彼女は何も覚えていなかった。自分の名前すらも。
年の頃は十代の前半、柔和な目に愛嬌のある顔貌をしている。アジア系ではないだろう。どうするべきか迷ったが、本人に選択してもらうことにした。
① 保護した場所に戻る。
② 警察に頼る。
③ 俺と一緒に来る。
少女が選択したのは、まさかの③だった。
理由を尋ねると、元の場所には戻りたくない。記憶はないが、あまり良いところではなかった気がすると。警察も信用できないらしい。過去に何かあったのだろうか。つまりは消去法だ。とはいえ、初対面の男についていくのもどうかと思うが。
「勘です」
……なるほど。まあ、直観は大事だ。それが人生を左右することもある。とどのつまり、本人にも上手く説明できないらしい。まあ、子供に頼られたのなら無碍にはできないだろう。
こうして、俺は彼女と行動を共にすることとなった。
「とりあえず、宿を探そう」
「はい。あの、お金は……」
ロゼが不安気に聞いてくる。ロゼというのは彼女の名前だ。さすがに名前が無いのは不便なので、暫定的ではあるが、そう名付けた。本人も嫌がっていないから、案外このまま定着するかもしれない。
どうやら、言葉やお金のことは覚えてるようだ。俺は専門家ではないので詳しくはないが、意味記憶とかエピソード記憶とか、そういうのが関係しているのだろう。
「大丈夫だ。問題ない」
俺はポケットから小粒のダイヤモンドを取り出す。ロゼが目覚める前に、その辺りの樹木を使って力業で作り上げたものだ。我ながら人間業じゃあないな。こんなことを繰り返していたらダイヤの価値が下落してしまう。多用は止めておこう。
そのまま宿泊施設へと向かう予定だったが、あの施設からは離れたほうが良いと判断し、夜行列車に飛び乗ることになった。
さて、目下の問題は俺達に戸籍がないということだった。金の問題は、ところどころでマフィアの事務所から資金を失敬することで何とかなった。俺の能力で不可視化すれば防犯カメラにも映らないし、潜入にはうってつけだ。金庫を開けるのは力業でどうにかなる。麻薬の取引現場に乱入したこともあったな。そのため資金には余裕がある。
マフィアを荒らしている流れで情報屋の存在を知り、彼に戸籍を手に入れてもらった。流石に日本人のものは難しいようで、俺は日系二世のアメリカ人ということになった。
ロゼの分も無事入手できた13歳のアメリカ人だ。
その後、俺は日本へ渡るか、アメリカで生活するかロゼと話し合った。意外だったのはロゼが日本語に精通していたことだった。日常会話程度ならほぼ問題ないレベルだ。書くのは少し苦手で漢字がダメらしい。
本人は日本へ行くのも構わないと言ってくれたが、慣れない土地では苦労するだろう。幸い俺は英語には明るいので、アメリカでの生活にあまり不安はない。なので東海岸の田舎町に居を構えることにした。
ロゼは年齢通り学校へと通ってもらい、俺は探偵業を始めた。探偵といっても何でも屋のようなもので、近所の雑用が主な仕事だ。
たまに、件の情報屋から仕事を請け負うこともあった。要人警護や要人救出だ。何を思ったのか、一個大隊の殲滅なんてものを持ってきたこともあった。俺のことをなんだと思っているのか。
ロゼを保護した場所についても多少調べてみた。表向きは製薬会社の研究所らしい。詳しく調べようと情報屋に依頼を出すと、速攻でNoという返事が来た。どうやらあの研究所は触れてはいけない領域らしい。命を落としたやつもいるとか。
危険な場所なのは間違いないようだ。