ドクターはクリスちゃんに押し付けてきた。一緒にいた調と切歌は嫌そうな顔を隠そうともしていなかったな。だがドクターの有用性は理解しているらしく、最後には渋々ながら受け入れた。レイア、ミカと派手にやりあっていたようだが、結局は痛み分けで双方帰還することとなった。
「で、これが目的の聖遺物か」
「ああ、ヤントラ・サルヴァスパ。これでシャトーは完成する。譜面に旋律は刻まれていなくとも、世界を分解するだけなら十二分に事足りる。分解するだけなら……な」
キャロルが俺を見ていた。渋面を作り、いつもの尊大さは鳴りを潜めている。どこか哀切を感じさせるような瞳だった。
「聞かせてくれ、おまえの『答え』を」
優しく、意志を籠めて問いかける。
「薄々は気づいていたのだ。パパの遺言を汚し、曲解し、妄執に囚われていたのだと。エルフナインの言に激高したのも、それを認めたくないが故にだと。愚かだな、本当に愚かだ。こんな、土壇場になって、気づくとは……」
キャロルの瞳が涙に濡れる。俺は知らずのうちに、彼女を抱きしめていた。この娘はずっと独りだった。人形とホムンクルスに傅かれ、誰もこの娘を抱きしめてやらなかった。この娘は孤独に殺されたんだ。
「出会わなければよかった。お前になど。独りであれば、気づかずにすんだ。こんなに苦しいのなら、こんなに悲しいのなら、気づきたくなどなかった!」
キャロルは肩をふるわせてむせび泣いた。それは最後に残った彼女の矜持だったのだろう。慟哭ではなく、魂にまで響くような嗚咽だった。
夜明けは誰にとっての夜明けなのか。
報われる日は来るのか。いや、俺にできることはまだ残されている。
「キャロル、おまえが腹蔵なく本音を見せてくれたこと。俺はそれに応えたい」
涙に濡れた頬を拭う。彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、俺は言葉を継いでいく。
「まだ遅くはない。まだ土壇場ではない。俺に、任せておけ」
「……何を、するつもりだ?」
「実はな、学生時代は演劇部だったんだ。なに、ラスボスの代理くらいは演じ切ってやるさ」
日本近海に浮かぶ小さな孤島。その上空に巨大な建造物が浮遊していた。
「キャロル、S.O.N.G.の動きは?」
≪存外に早い。既に装者を集め、こちらへと向かっている。時はないぞ≫
こんなデカブツ、本土からでも確認できるからな。押っ取り刀で駆けつけてくるだろう。
時を待たずして、海中から四本の水柱が上がった。お出ましのようだ。ミサイルは空中分解し、中から二人の装者が現れる。それが四本、装者勢揃いのようだ。
「――兄さんっ!」
「黄金の鎧に金色の二刀。ボスのやつ、初っ端から本気だぜ」
「――紫音さんっ! 私、まだ聞いてません。紫音さんの正義、紫音さんの譲れないもの。エルフナインちゃんが言ってました。紫音さんは優しい人だって、人の心に寄り添える人だって。なら、私たちが戦う理由なんてないはずです!」
エルフナインの評価が高すぎる。まあ、俺の良いところしか見てないんだから、当然ともいえるが。
「では教えてやろう。俺の目的は、世界の矛盾を正すことだ」
「……矛盾を……正す?」
「一部の権力者たちに富が集中し、その陰で貧困にあえぐ人々がいる。平穏に暮らす人々の陰で、戦禍に怯える人々がいる。フロンティア事変で何かが変わると思ったが、何も変わらなかった。だから俺が変革しようというのだ。このいびつな世界を平らかに治めるには、絶対的な支配者が必要なのだ。国ではなく、星を管理する者が必要なのだ。キャロルを利用して、それを成すつもりだったが、あの女は土壇場で怖気づいた。だから切り捨てた。改めて宣言しよう。この世界は、俺が征服する。さあ、お前たちはどうする? 従うか、抗うか、どちらを選ぶ?」
一息に告げる。皆呆けてるな。響ちゃんなんか血の気が引いてる。とりあえず、ヘイトはこちらに向いただろう。
左手の太刀を振るう。その一振りで豪風が巻き起こり、地が裂けた。
「迷う時は無いぞ。選べ。戦うか、膝を折るか」
「――チッ! 上からもの言いやがってッ!」
「立花! 呆けている場合ではないぞッ!」
「……はい。やります! 紫音さんを、止めてみせますッ!」
「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」
黒き柱が三つ上がる。
「――調、切歌、いけそう?」
「認めたくないけど、ドクターのLiNKERは身体に馴染む」
「癪に障るデスけどねッ!」
「フッ、なら私たちもッ!」
「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」
更に三つの黒き柱。
「奏さん、あれ本心だと思います?」
「さぁな、ボスとは短くない付き合いだけど、時々クソつまんねぇジョークとか言うからな。ま、とりあえずぶん殴って、引きずって帰るしかなさそうだ」
「結局そうなりますか。まあ、私たちが全力を出しても、兄さんなら大丈夫でしょう」
あっちはあっちで物騒な事言ってるな。だが、クソつまんねぇジョークとはどういうことだ。さすがに斜めに聞き流すわけにはいかんぞ。
俺の憤慨はよそに、目の前に現れた光景は瞠目に値するものだった。
漆黒のシンフォギアが並ぶ。壮観だな。味方であれば、なおのことそう思っただろう。
「まずはアタシからだッ! 喰らいやがれッ!」
4門の3連ガトリングが一斉に火を噴く。それと同時に、別方向からの砲撃も加わる。セレナ、それにマリアのものか。
全方位からの射撃に抗するため、自身の身体を包むようにバリアを展開する。耳をつんざく轟音と衝撃。その白煙に隠れて近づく炎の気配を視界の端に捉えた。このバリアではもたない。そう判断すると、バリアを解除して右腕を振るった。
炎刃と光刃が交差し、閃光がほとばしる。
「君の歌は好きだったよ。だが世界は歌のように優しくはない!」
「――くッ! なんという金剛力ッ!」
炎刃を打ち払い、空いた腹部を蹴り飛ばす。飛来する巨大なミサイルを三枚に下ろし、その砲台へと向かう。
「戦争の悲惨さ、不条理。君はその身に味わったはずだろう。俺が人類を管理すれば、二度と戦争など起こさせはしない」
「確かに戦争は嫌いだ。パパもママも戦争の犠牲になった。でもなぁ、アンタが間違ってるってことくらいは分かんだよッ!」
腰部アーマーから小型ミサイルが現れる。だが、近すぎたな。一気に距離を詰め、発射前に斬り裂く。ミサイルは周囲を巻き込んで爆散した。
爆炎を切り裂いて横手から迫ってきたのは禁月輪だ。それを左の太刀で受け止める。同乗していた切歌が飛び降りて放った上段の一撃を、右の大太刀で弾き返す。
「世界は残酷だ。それ以上に、人間は残酷だ。君たちは味わったはずだ。人間の悪意を、あの研究所で」
「――確かに、あそこにはあまり良い思い出は無い」
「でも分かったんデスッ! 世の中悪い人ばかりじゃないってッ! 皆が教えてくれたんデスッ!」
「だが、力が無ければ何も守れない。何も変えられない。世の中を変えることができるのは、絶対的で圧倒的な力だ。力なき者が何を吠えようと、誰も耳を傾けたりはしない」
左右の太刀を振るい、禁月輪を切り裂き、大鎌を打ち砕く。
「ふたりを惑わすのは止めろッ!」
疾風を伴い黒き大剣が突進してきた。剣戟の音が響き渡る。
「優しい性分は君の美点だが、優しさだけで世界を救うことはできない」
「セレナのことは感謝しているわ。でも、この行いを看過することはできないッ!」
「そうだぜ、ボス。らしくねぇことやってんじゃねぇよ!」
紅い穂先が煌めく。大剣を捌きながら後ろにステップ。ミラーシールドを展開する。だが、聖槍の連撃を防ぎきれず、程なくして破砕音が響き渡った。
「見違えたな。もはや歴戦の戦士だ」
「鍛えられたからな。ボスやダンナ、皆にも」
大剣と聖槍を同時に弾き上げる。腰部ミラーから放たれた閃光が、ふたりの腹部に突き刺さった。
「「――ガハッ!!」」
至近距離からの砲火に二人の身体が吹き飛ぶ。更にミラーを反転させ、後方に向けて発砲。セレナと響ちゃんが吹き飛んだ。
戦闘開始から僅かに数分、既に戦況は圧倒的だった。だが、その場に諦めている者は一人もいなかった。
エクスドライブ。
シンフォギアシステムの最終決戦機能。それを使用しても俺を打倒するには届かなかった。元より一対多を得意とする兵装が多いからだ。だからこそ、最終局面には究極の一をぶつけるようだ。
七筋の光が集まっていく。そこから形成されるのは巨大な拳のアームドギア。
「当たると痛いこの拳。だけど未来は誰かを傷つけるだけじゃないって教えてくれた!」
「いいだろう。お互いの最大火力をもって終局としよう」
右手に集束されたエネルギーが黄金色の巨大な刀を形成する。
「「――ウオオオォォッ!!」」
気づけば雄叫びをあげていた。俺も興が乗っていたようだ。
二つの極大エネルギーがぶつかり合い、その余波が大気を揺らす。樹々が薙ぎ倒され、水面が泡立つ。
「ガァァァングニィィィーーールッッ!!!」
――押されるッ!
力の均衡が崩れていく。大刀のひび割れる音に重なるように、巨大な爆発が巻き起こった。