「―――。―――。―――」
音がする。何の音だ? いや、違う。これは声だ。話しかけている。誰に? 俺に?
「―――。―――。―――」
分からない。理解できない。何を……ぐぅっ!
強烈な頭痛。脳みそをかき回されているような不快感。声が、降りてくる。その言葉が断片的に理解できた。
知識、記憶、容量、制限。
痛みが強まる。吐き気を催すほどの異物感。
ブート、ロード、プロセス。
やめろ。やめろ。やめろッ!
「――やめろッ!!」
掛け布団をはねのけて身を起こす。いつもの自室だ。手汗が酷い。背中にも冷たい汗がにじみ出ている。
「兄さん。どうかしましたか? 起きてます? 開けますよ」
ノックの音とセレナの声。そうだ、ここは間違いなく自宅の、俺の部屋だ。
「ああ、大丈夫だ」
「どうかしたんですか? やめろって……」
「いや、少し夢見が悪くてな」
「凄い汗。すぐ着替えてください。洗っちゃいますから」
「ああ、着替えたら下りるよ」
カーテンを開けると、目を焼くような光が飛び込んできた。
手早く着替えて階下に下りる。カウンターの中を覗くと、粗方の仕込みは終わっていた。洗濯機に寝間着を放り込むと、顔を洗う。
「じゃあ、私はそろそろ出ますね」
洗濯機が音を立てて回りだす。セレナは外したエプロンを椅子に掛けると慌ただしく支度を始めた。
「あまり気を遣うな。客なんてそうそう来ない」
趣味でやっている店だ。再開したことを知らない住民も多いだろう。
「せっかく来てくれたお客さんを待たせるよりはいいじゃないですか。そんなに多くは作ってないですから、余ったって大したことないですよ」
「そうか。まあいい、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
セレナを見送った後は、いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読む。10時が来れば、ドアの看板を「close」から「open」に変える。喫茶店にしては遅い時間だ。だが、それくらいが丁度いい。
新聞を読み終わると、今度は文庫本を手に取る。適当な時間になると昼食をとり、夕方が来れば店を閉める。それが一日の流れだ。だが、今日は珍しく客が来た。
おかしな組み合わせ、おかしな三人組だった。
一人は男装の麗人。一人は眼鏡をかけた少女。一人はやけに胸を強調した服装の女性。普通三人ならテーブル席に座りそうなものだが、彼女たちはカウンター席に陣取った。
「ブレンドを三つ」
男装の麗人が透き通るような声で注文を告げる。コーヒーはいつでも出せるようにしてある。主に自分用ではあったが。
三人は無言でコーヒーを飲んでいる。談笑するわけでもなく、こちらを観察しているようでもあったが、あまり客をジロジロと見るのも失礼だろう。俺は彼女たちから少し離れて腰を下ろそうと思ったが。
「神宮寺紫音殿。少し話がある」
何故か名前を知られていた。
とりあえず互いに自己紹介した後、彼女たちの上司に会うことになった。テレポート・ジェムで移動した先にはいたのは、白いスーツを着た美丈夫だった。端正な顔立ちの上に、微笑を浮かべている。
「やあ、僕の名はアダム。アダム・ヴァイスハウプト。パヴァリア光明結社の統制局長を務めている」
妙な気配の男だった。人間とは少し違う。かといってオートスコアラーやホムンクルスとも違う感じがする。
「まあ、掛けたまえよ。君は下がっていいよ、サンジェルマン」
「ハッ。では失礼します」
テーブルの上に錬成陣が光ると、そこから紅茶が浮かび上がってきた。敵意は感じない。少なくとも今のところは。
「興味があってね、君に」
優雅な所作で紅茶をすすり、言葉を続ける。
「協力していたそうだね、キャロルに。シンフォギア共とは敵対、というほどのこともなく、丸く収まっているね、最後には。だからこそ興味がある。君の行動原理が、君の目的が」
「俺の目的を話す前に、アンタの目的を聞かせて欲しいね」
嫌な感じだ。人を喰ったような、見下しているような視線だった。
「おや、聞いていないのかな、サンジェルマンから。僕らの目的は『神の力を以てヒトの相互理解を阻むバラルの呪詛を消し去り、完全へと至ること』だよ」
「所詮はおためごかしだろう。アンタの本当の目的はなんだ?」
「……どういうことかな?」
「自分を捨てた神に復讐することか?」
「――ッ!? 貴様ッ!」
アダムの双眸が驚愕に見開かれる。切れ長の目が妖しい輝きを放ち、こちらを睨み付けている。
「俺はアンタと同じだよ。アンタが『最初の人間』なら俺は『最後の人間』ってところか」
ぶっきらぼうに告げて、俺は紅茶を飲み干した。