大地は荒れに荒れ、クレーターや小高い丘のみならず、小ぶりな渓谷さえ生み出していた。その谷底で、全裸の男が大の字で空を見上げている。
「不思議な感覚だな。破壊と再生を同時に味わうというのは」
こちらに視線を向けずに、アダムはただ茫洋として天を仰ぎながら独りごちた。
「『物質変換』とはね。予想外だよ、さすがにね」
この一戦でこちらの特性を読み取ったのだろう。やはり錬金術師としても一流のようだ。キャロルですら見抜けなかったことを、この男はあっさりと看破した。
卑金属を貴金属に精錬することは、錬金術の到達点のひとつである。俺がやっていることは、ほぼそれに近いことだ。その身に喰らったとはいえ、よく気づけたものだと感心する。文字通り、キャロルとは年季の入り方が違うということか。
「何故助けた? 君にとっては天敵だろう、僕は」
「まずは、そこの勘違いから正さないといけないな」
送られてきた知識の中に、この男の設計図もあった。このタイミングで知らされたということは、つまりは『そういうこと』なんだろうと当たりとつけただけにすぎない。
「何故アンタは奴らの言う事を頭から信じたのかってことだ。他人から『お前には無理だ』と言われたら、そこで諦めるのかよ。奴らはアンタが思っているほど万能じゃない。奴らが真に全知全能だったというのなら、アンタが逃げ切れるはずがない。とっくに捕まって廃棄処分されてるよ。アンタは奴らに裏切られたと思っているようだが、アンタを裏切ったのはアンタ自身だ。勝手に限界を決め、勝手に可能性を見限り、勝手に未来を取りこぼした」
「――言ってくれるね、好き勝手に」
コイツもキャロルと同じだ。凝り固まった思考にとりつかれ、それが唯一無二のことだと信じて疑いもしない。コイツの場合は、自分が間違うはずがないという絶対の自信があったため、更にたちが悪い。
「そもそもアンタの計画は根幹から破綻している。バラルシステムを解放すれば、邪神が甦り人類が滅ぶぞ」
「フッ、それは……」
「――どういうことだ?」
アダムの言葉を継いだのは、鈴の音のような声だった。
「君たちか……。見られてしまったね、恥ずかしい姿を」
それがどちらの姿を指しているかは不明だが、サンジェルマンは自らのコートをアダムへと放り投げた。
「局長、貴方にも聞きたいことはありますが、まずはあちらからです」
そう言って、サンジェルマンは再びこちらへと視線を向けた。
彼女のそばにはプレラーティとカリオストロが控え、三人が三人とも、あの軽薄そうなカリオストロまでもが難しい顔でこちらの反応を窺っている。
「言った通りだ。バラルとはアヌンナキの一柱『シェム・ハ・メフォラシュ』を封印するシステムにすぎない。彼女は死の間際に、自らの一部を『言葉』へと潜り込ませた。統一言語が復活し、全人類の脳波ネットワークが繋がれば、彼女は甦る。強大な力を持つアヌンナキをもってしても殺しきることは叶わず、封印することで精一杯だった化物だ。彼女の目的は全ての知性体をひとつへと統合する事。すなわち」
そこで一度言葉を切ってから、サンジェルマンの目を正面から見据えた。彼女の額には小さく汗が浮き出ており、こちらの一言一句を聞き逃すまいとしているのが分かる。
「……人は滅ぶ」
その言葉を聞いて、サンジェルマンの身体が目眩を覚えたようにぐらりと揺れた。隣にいたカリオストロの肩を借りて絞り出すように言葉を紡ぐ。
「根拠は、あるのだろうな? それを、それでは私の、これまでの、犠牲は……」
思考と呂律が回らぬようだが、まあ言いたいことは分かった。要するに信じたくないんだろう。
「シェム・ハについては、感づいていたんじゃないのか?」
そう言ってアダムへと目を向けた。敗北したわりにはさっぱりとした表情で胡坐をかいている。
「まあね。降臨の予感はあったよ、カストディアンの。だから手にしなければならない。アヌンナキに対抗し、超えるだけの力を」
神の力を手に入れ、神に並び、神を超える。それが目的、それが復讐か。
「……ま、そのための俺だ。ああ、根拠のことだったな」
言いながら、サンジェルマンの目をじっと見つめる。
「南極に行こう」
その言葉に対する返事はなく、荒野はただ静謐に包まれていた。