いつもの部屋に、いつものS.O.N.G.メンバーが揃っていた。違うところといえば、サンジェルマンと、想像していたよりも馴染んでいる風なキャロルが同席していることくらいか。
まずはこれまでの経緯を説明した。シェム・ハのこと、南極のこと、バラルの呪詛のこと、そしてパヴァリア光明結社の改革。全てを語り終えた後、弦十郎さんが大きく溜め息を吐いた。
「なんというか……随分と大変だったようだな」
「オレは、あの男が人形だったことに驚いた」
さすがのキャロルも気づいていなかったらしい。まあ長年傍にいたサンジェルマンですら気づいていなかったから、仕方ないともいえるか。
「あのー、じゃあわたしたちは何をすればいいんですか?」
ゆっくりと手を上げて、響ちゃんが遠慮がちに聞いてくる。
「それについては、私から要望がある。先ほど彼が言った通り、パヴァリア光明結社は真っ当な活動をすべく舵を切った。今は組織改革に努めているが、反対意見も多い。説得を続けているが、離反する者も少なくない。いや、ただ袂を分かつだけならいいんだ。だが、我々の目を逃れて非人道的行為を続ける者もいる。そういった輩は見つけ次第しゅく、捕縛しているのだが、いかんせん手が足りていないのが現状だ」
今普通に粛清と言いそうになったな。十代の子供たちには過激な言葉だから言い直したようだが。
「彼らが問題行動を起こした場合、国連からそちらに要請がいくこともあると思う。そういった場合、可能な限りでかまわないので、こちらに引き渡してほしい」
彼らにとって国連に捕縛されるのと、パヴァリア光明結社に引き渡されるのと、どっちが悲惨だろうか。
「ふむ、よかろう。俺の権限が及ぶ限りなら協力しよう」
「……こいつらを信じるのか?」
キャロルは思案顔だ。まあ、過去に出奔したものだから、思うところもあるのだろう。
「彼が一緒にいるのなら、そう酷いことにはならんだろう」
そう言ってこちらを見る。俺は軽く肩をすくめた。
「感謝する。こちらも協力は惜しまない。特にプレラーティは、チフォージュ・シャトーの建造にも関わっているからな、役に立てるはずだ。お上から色々と言われているのだろう?」
サンジェルマンがキャロルへと視線を向ける。キャロルはばつの悪そう顔で、小さく舌打ちした。
「うむ、ではこれからよろしく頼む」
弦十郎さんとサンジェルマンが握手を交わす。
「さて、話もまとまったところで、ひとついいだろうか、神宮寺さん」
さあ帰るかと思いきびすを返したところで、背後から声がかかった。嫌な予感がする。
「トレーニングにつきあってくれ」
いつもの赤シャツ姿ではなく、それは戦闘服だった。トレーニングウェアなどでは断じてない。
「叔父様が戦闘服を着込むなど、何年振りでしょうか」
と言っていたので、あれは間違いなく戦闘服だろう。見方によれば、ただの黄色い衣装と言えなくもないが。防御力や敏捷性を高めるよりも、気分を高揚させるのが主目的なのだと察した。
彼我の距離は、近いとも言えるし、遠いとも言える。一足飛びに懐に飛び込めそうではある、微妙な距離。
空調は効いているはずだが、じわりとした汗を感じていた。とまれかくまれ、このままにらめっこをしているわけにもいかないだろう。
飛び出しは同時だった。拳の応酬、足も忙しなく動いている。まだ準備運動だ。どちらも本気ではない。だが、まともに喰らえば一撃で相手を昏倒せしめるくらいの威力は秘めていた。
蹴りはない。脚には腕の三倍の力があるというが、競技ではない実戦で蹴りを使う者は少ない。理由はいくつかあるが、まず体勢が不安定になるということ。二本で立っているのが、一本になるのだから、軸足を払われれば終わりだ。それは致命の隙となる。実力が伯仲しているのなら、まずやらない。結局のところ、使えるのはローキックか前蹴りくらいのものだろう。
拳を交わしながら、体を入れ替える。気づけば立ち位置も入れ替わっていた。その応酬のさなか、脇腹に拳をあてられているのを感じて、反射的に飛び退く。だが、拳は吸盤が張り付いているかのように、こちらを離そうとしない。普通なら、ゼロ距離からの拳打など頓着には値しない。だが、至近距離でこちらを睨みつけているこの男を、普通の範疇で高を括るのは愚策にすぎる。
着地までの一瞬で決断しなければならない。さらに飛び退くか、或いは踏み込むか。
伸るか、反るか。
着地した爪先に、いっそうの力を籠める。押し出された身体は、彼我の距離をさらに縮めた。
果たしてそれは予測の範疇だったのだろう。脇腹にあてられた拳は一切ブレなかった。
訪れる激痛を予感しながら、こちらも右腕を突き出す。それは狙い通りに左肩へと突き立った。同時に訪れる衝撃。両者の身体が弾かれたように投げ出された。
反撃に転じたことは正解だったのか、確かに勁の威力を減じることはできた。聞くところによれば、彼は映画を見ただけで寸勁を体得したらしいが、本当だとすればつくづく常識外な男だな。
向こうは外れた肩を力ずくではめ直したところのようだ。
「身体も暖まってきたな」
「ではギアを上げていきましょうか」
大きく深呼吸。酸素を全身へと送り込む。
痛みがないわけではないが、無視できる範囲ではある。
単純な戦闘能力を比べれば、目の前の相手よりも自分が一段劣ることは認めざるを得ない。聖遺物を使えば話は別だが、それは互いに望むところではないだろう。
そんな考えが頭をよぎり、苦笑する。これはただの訓練だ。殺し合いじゃあない。
まずは、跳ぶ。床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴る。用意された空間を十全に活用し、縦横無尽に跳ね回る。亜音速の動き、常人なら捉えることもできない速度。
相手は軽く膝を曲げ、両腕をだらりと下げている。脱力の構え、全方位に対応できる構えだ。常道なら、死角からの一撃を加えるだろう。つまりは背後から。だが、相手もそれは予測しているはずだ。だから、すこしずらす。
跳び出しは右後方から、狙いは下半身、すれ違いざまに膝を砕く。だが、それは横っ飛びでかわされた。一瞬目を剥くが、直ぐに二の矢を放つ。床を滑りながら反転。相手は既に構えていた。半身をわずかに引き、拳に力を蓄えている。
迎撃するつもりだ。俺は我知らず笑っていた。
両者の踏み込みが床を鳴らす。踏み込みの強さはそのまま拳の威力へとつながる。ふたつの拳が激突し、空気が爆ぜた。両者の袖口がその威力によって弾け飛ぶ。刹那、室内にけたたましくサイレンが鳴り響いた。
「――フッ、魚雷並みの衝撃か。ここでは、これ以上は無理のようだ」
改めて思う。やっぱこの人、人間じゃねぇわ。