「――くそッ!」
悪態をつきながら男が殴りかかってくる。冷気弾も凍気弾も、自信満々に放射した絶対零度が何の意味もなさないと理解した男は、逃げることを選ばずに、こちらへと向かってきた。
黒いローブに真白い帽子。まあ、似合ってない。なんだってこいつらは意固地に黒いローブに拘るのだろうか。コーディネートとか考えないのかね。
そんなどうでもいいことを考えながら、カウンターで殴りつけ、そのまま腕を掴んで投げ飛ばす。受け身もとれず背中から叩きつけられた男の肺から苦悶の声と空気が漏れた。
転がり落ちた雪のような帽子を、同じく雪のような白い指が拾い上げる。
「なんだか拍子抜けねぇ」
言いながら、彼女は拾った帽子を人差し指でくるくると回す。
彼女、カリオストロが館の屋根をぶち抜いて突入した瞬間、錬金術師たちは忘我の状態に陥った。その一瞬後、辺りは騒然となる。向かってくるもの、逃げ出すもの、大別してその二種類に分けられた。向かってきたやつらは全員無力化して本部に送りつけた。逃げたやつらは、プレラーティたちが捕らえているだろう。
突入後、俺たちは館の中をぐるりと回るように、二手に分かれた。そして、俺が当たりを引いたというわけだ。
カリオストロが悶絶している男にテレポート・ジェムを投げつける。淡い光が男を包み、転移が完了した。
「これで終わりか?」
「プレラーティと合流して、館の中を調べるわ。一応ね」
カリオストロは周囲を見渡した。ここ、正面玄関は綺麗なものである。あちこちに氷が張っているが、破損箇所はほとんどない。大きく破壊されているのは食堂の屋根くらいだろう。そこから入り込んだ寒気の風が、ここまで届いている。
「あのダイナミックエントリーに意味はあったのか?」
「敵の意表を突くという意味はあったわ」
「無意味な破壊は禁じたワケダ」
声は正面扉から入ってきた少女のものだった。
「んもう、プレラーティったらいけずねぇ」
「……はぁ」
プレラーティがかぶりを振って、深々と嘆息した。
「ではこれより、第38回キャロル会議を開催する」
「だからッ! そのキャロル会議というのをやめろ。そもそも38回もやってないだろッ!」
キャロルが眉根を寄せて立ち上がり、指をさして睨み付けてくる。
「そう怒るなよ。ユーモアは大事だ。ユーモアは人生を豊かにしてくれる。キャロルも学ぶべきだ」
「……むぅ。減らず口を」
俺の言葉に一理はあると納得したのか、呻きながら席に着く。本当にユーモアを学んでほしいのはホムンクルスたちだけどな。徐々に人間味が出てきたが、やはりまだまだだ。
会議室には総勢で19人。俺、キャロル、プレラーティ、オートスコアラーが4人とホムンクルスが12人(エルフナイン含む)だ。
それぞれの前には紅茶と菓子の入った小皿が置かれている(オートスコアラーたちを除く)のだが、ゼクスの小皿はすでに半分になっている。あいつ意外と食いしん坊だからな。
「茶番も済んだところで、議題に入るワケダ」
「はい、前回の作業でシャトーの外部兵装は、派手に解除されました」
レイアが手元の書類を読み上げる。内部の兵装はセキュリティの意味でも多少残してある。米国はシャトーごと接収したがったようだが、さすがにはねのけた。日本政府もキャロルとの関係が拗れるのを嫌ったようで、かなり援護してくれた。米国のいいなりになるのも癪だったのだろう。
レイアが細かい報告を済ますと、エルフナインに視線を向ける。
「皆さんの協力のおかげでシャトーの武装解除は完了しました。賠償金の支払いも終了しましたし、キャロルの監視も解かれると思います」
「ようやくあの鬱陶しいやつらとおさらばできるか」
キャロルが辟易したようにぼやく。S.O.N.G.に居る間はずっと張り付かれていたらしい。
「なら、シャトーについての議論は終了だ。次の議題へと移るか」
そう言って、プレラーティへと視線を向ける。彼女は軽く頭を押さえてから閉口した。
「……おまえは錬金術師じゃないから、軽く言えるワケダ」
「錬金術の公開か。以前のオレなら激怒していただろうな」
俺がキャロルに、そしてサンジェルマンに提案したのは、まさしく錬金術の一般公開だった。人間は排他的な生き物だ。よく知らないものを恐怖する。理解できないものを排除したがる。キャロルの父親がそれだ。錬金術というものを理解できない民衆によって火刑にされた。キャロルの台詞にはそういった意味が込められているのだろう。
錬金術を公開し、なんなら学校を作る。それを聞いたサンジェルマンは、あまり良い顔はしなかったな。自分がどうこうというよりは、反発が目に見えていたのだろう。実際、パヴァリア所属の錬金術師のほとんどが反対したらしい。
理由は様々だ。異端技術は軽々に公開するべきではない、神秘は秘匿されるべきだ。あとは選民思想や特権意識といったものまで。
だが、錬金術や錬金術師が市民権を得るには必要な過程だと思っている。今まで錬金術師の犯罪は見逃されてきた。錬金術師が法の下で平等に生きるためには錬金術を学問として周知させるのは必須といえる。しかし、その代償として制約を負い、自由を失う。好き勝手に生きてきた錬金術師ほど躊躇するだろう。
だからサンジェルマンも頭を悩ませている。組織改革が万全ではない状態で、これ以上の敵を抱えるのは得策とは言えない。
「時期尚早……としか言えないワケダ」
「そうだな、オレも同意見だ。いつかは必要だと思うが」
「ボクも難しいと思います。異端を理解するのは時間がかかりますから。じっくり時間をかけてやるべきじゃないかと」
三人に反対されて、俺は肩をすくめた。まあ、問題は提起した。今はこれで十分と考えよう。
「了解だ。俺ひとりが急いても仕方がない。この話はここまでにしよう」
緩やかに腕を振って話を締める。
次の議題はなく、キャロルとプレラーティが二言三言交わして、会議は終了となった。終始つまらなそうにしていたミカがガリィとじゃれ合いながら退室していく。
少しばかり残っていた紅茶を飲み干し、小皿に残った菓子をゼクスに手渡したところで、エルフナインから声がかかった。
「紫音さん。響さんのお誕生日会なんですけど」
「ああ、確か13日だったな」
「はい、来られそうですか?」
エルフナインがにこやかに問うてくる。といわれてもな、参加者のほとんどが装者だろう。女の子だらけの誕生会に行くのは幾ばくかの躊躇を覚える。
どう返事をするかと思案していると――。
ふと、とてつもなく嫌な予感を知覚した。確信に近い予感。この身体の本能が警告を発している。
額に冷たい汗が流れる。肺を押さえつけられたような圧迫感。早いな。早すぎる。想定よりもかなり早い。良かれと思って施した封印が、逆に刺激を与えたのかもしれない。
「エルフナイン――」
言いかけて、思考がたたらを踏む。エルフナインが怪訝そうに小首を傾げて、こちらの言葉を待っていた。
「――行けたら行く」
我ながら馬鹿な答えを口にしたものだ。