戦姫絶唱シンフォギア -月華の旅人-   作:乾燥海藻類

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第33話 棺

空は暗雲に覆われていた。だが、雨は降っていない。南極に雨が降ることはほとんどない。

皆の表情は一様に硬い。アダムだけはいつもの余裕ぶった表情だが、胸中はどうだか知れたものではない。

「杞憂……ではないのか」

明確な答えを期待したものではないのだろう。サンジェルマンが独りごちる。無視してもよかったのだが、聞こえてしまっては答えを返さないわけにもいかない。

「棺がどの程度の戦闘力を有しているのかは未知数だが、仮にも先史文明の遺産だ。生半な性能ではないだろう」

それは望んだ答えではなかったのだろう。サンジェルマンは顔をしかめた。だが、こちらの言いたいことは伝わったのか、ゆっくりと視線を凍てついた湖面へと戻した。それが合図になったわけではないだろうが、静かに湖面が隆起を始めた。

赤い熱波が天へと上り、棺が現出する。

「なあに、あれぇ」

「これは……規格外というワケダ」

棺というよりは、人型のメカだな。

「――チッ!」

サンジェルマンが引き金を引く。銃口から錬金術の弾頭が射出される。その反動でサンジェルマンの身体がわずかにのけ反った。

棺の抵抗はなかった。着弾した瞬間に猛烈な爆砕を引き起こす。爆炎を裂いて、またしても光熱波が氷面を焼いた。

「――散開ッ!」

反射的に叫ぶ。

棺の表層には傷ひとつ見られない。

「堅いね、随分と」

「得意の火力でなんとかならないのですか?」

サンジェルマンの表情には焦りが見える。初撃で仕留める、或いは大ダメージを与える目算だったのだろう。確かにそのくらいの力は感じられた。

「無理だな。あの戦いで消費した魔力、大して回復してないんだろ?」

俺がそう指摘すると、アダムは小さく鼻を鳴らしただけで、否定の言葉を口にすることはなかった。あの時、アダムは現有するほとんど全ての魔力を消費したはずだ。この短期間で全快するとは思えない。

「回復する予定だったんだよ、僕の予定では」

「俺が余計なことをしたってのは認めるよ。判断が甘かったんだ」

今にもカリオストロとプレラーティが攻撃を加えているが、いずれも有効打には見えない。

それを嘲笑うかのように、棺に新たな動きがあった。本体から虫のような子機が無数に飛び立つ。それに気をとられたのか、棺からの砲撃に対する反応が遅れる。錬金術のシールドでガードしたようだが、それをぶち抜いて、ふたりは氷漬けになった。

「ファウストローブの防御が突破されただとッ!?」

「埒外の物理学か。やるものだよ、敵もね」

「本体は俺が仕留める。ふたりは子機の撃墜を」

返事を待たず、中空へと躍り出る。光の翼が俺の身体を一瞬にして棺の頭上へと押しやった。

眼下に佇む棺へと視線を向ける。所詮は神の作った道具にすぎない。そこに意思はなく意志もない。あるのはただ命令を遂行すること。そう思えば、やるべきことは実に単純で簡単なことだ。

アダムとサンジェルマンの手によって、周辺を舞う子機が次々と落とされていく。道は既にできている。翼を翻し自由落下からさらに加速。棺の天頂に剣を突き刺し、切先へと破壊の力を送り込む。爆発の予兆を感じて棺を蹴った。

棺の内部で爆砕が起こる。断末魔は聞こえなかった。巨体はうつ伏せに倒れ、それきり動かなくなった。頭部から背部に走った亀裂の隙間から、きらりと光るものが確認できる。

「あっけないものだね、終わってみれば」

アダムが鷹揚に頷きながら、中を覗き込む。

「これが聖骸、神の遺体か」

「それに大した意味はない。本命は……」

遺体の腕に目を向ける。そこには煌びやかな腕輪がはまっていた。

「まったく、酷い目にあったワケダ」

「あーしらあんまり役に立てなかったわねぇ、メンゴ」

おどけた様子でカリオストロが謝ってくる。サンジェルマンはふたりの氷結を解くのに、大した力を使ったようだった。もしくは子機を撃墜するときにか、少しばかり呼吸が乱れていた。

遺体から腕輪を外し、自らの腕にはめる。

「……やるつもりかい? 本当に」

アダムが半眼で問うてくる。こちらを気遣っているわけではないだろうが。

「またしても後手に回れば、今度は本当に取り返しがつかなくなるかもしれない。自分のホームでけりをつける」

「ホームか。まさしくこれ以上はないといった表現だが……」

「おそらくは、これが一番成算がある」

ちらりとアダムの顔を見やる。今さらこの男が裏切るとも思えないが、一抹の不安はある。味方になったわけでも、ましてや仲間になったわけでもない。お互いに利用価値があるから利用しているだけにすぎない。

パヴァリアを離反した者たちがクーデターを起こさないのはこの男の存在が大きい。俺は抑止力としてアダムを利用し、この男は神への対抗策として俺を利用している。

「奴の情報である『言葉』は、全人類の遺伝子に刻まれている。復活するんだ、何度でも、人類がいる限りね。だが『そこ』ならその心配はない。上等だよ、策としては」

「だといいがな」

これが最善手かどうかは分からない。だが、最善手と信じて進むしかない。

俺は仰向けに倒れ、深淵へと意識を沈み込ませた。

 

 

 


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