戦姫絶唱シンフォギア -月華の旅人-   作:乾燥海藻類

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第35話 深遠の中で

最初に思ったことは、この『力』の制御法を会得することだった。例えるなら、ペーパードライバーにフォーミュラカーが与えられたようなものだ。しかもそのフォーミュラカーはフルチューンされている。なんとか運転は出来ても、その性能を十全に発揮することは不可能だろう。実際、『力』に引きずられることはままあった。つまり俺がやるべきことは、その車の性能と仕組みを理解し、運転技術を向上させることだ。

まずは手当たり次第に武術や格闘技を学んだ。実際に道場やジムに通ったり、指南書を読んだり、ネットで調べたりもした。身体を自由に動かせることが嬉しくてたまらなかった。

時間を作っては、この名称不明で正体不明の『力』と向き合った。後に聖遺物だと判明するが、とりあえず【八咫鏡】と名付けたこの聖遺物には『人間の設計図』が記録されており、傷病を治療しているのはでなく、正常な肉体を上書きしているのだと理解した。微細な身体的特徴は、脳の量子群と遺伝子からダウンロードしている。なので個々人によって大きく違う、脳の深奥部分には手を加えることができない。セレナや奏が記憶障害を患ったのは、それが原因だった。

多くの日本人がそうであるように、俺は銃はおろか、包丁以外の刃物も握ったことはなかった。

戦争も、戦場も、言葉でしか理解していなかった。力に溺れていたわけではない。力の使い方に方向性を持たせたかっただけだ。

そこには死が溢れていた。意味のある死ではなく、理不尽な死が。

俺が歪まなかったのは、ひとえに帰る場所と、待っていてくれる人がいたからだ。

そう考えるならば、救われたのは彼女ではなく俺の方だったのかもしれない。それが自分の依るべきところだと気づいたのはいつ頃だったか。その出会いは俺にとっての好運だった。

俺は知りたかった。

何故、こんな力が与えられたのか。

何故、こんな世界に放り出されたのか。

意味を求めていた。

戦場に身を置けば、それが分かると思った。分かると思っていた。

独善的で、偽善的な人助けだった。

そんな、最初の頃の記憶が明滅する。ぼんやりと、これは走馬灯だと思い至る。

なにかをしゃべろうとするが、口がうまく動かない。

視界がうっすらと開けてきた。天井が見える。これはホスピスの天井だ。

それに気づいて、ぎょっとする。どうして今頃になって。

今までのことは夢だった? だとすれば、随分と長い夢だ。いや、むしろこちらのほうこそが、夢ではないのか? 分からない、夢と現実の境界線にいるような錯覚を覚える。これは現実なのか、夢なのか。

「君には申し訳ないと思っている」

唐突にそんな声が聞こえてきた。一瞬、誰の声か分からなかったが、これは『彼』の声だ。ベッドの傍らに佇む白い影が見える。

「君にとっては、交通事故に遭ったようなものだろう」

そこは宝くじに例えてほしかったが。

そこで疑問が湧き上がってきた。今まではテレパスのような、曖昧模糊とした意思の伝達だったが、今回は『彼』の声がはっきりと聞こえた。

「君の友人がバラルシステムを解除したようだ」

「……統一言語」

だが人間には遺跡のアクセス権はなかったはずだが……。そうか、あの腕か。脳裏に確かな意志を灯した、柔らかな笑顔が浮かんだ。しかし、シェム・ハの消滅をどうやって知ったんだ?

「あの最古の人形が教えていたな。月への道程にも色々と手を回していたようだった」

俺の表情から察したのだろう。ゆったりと告げてくる。

アダムが協力したというのは、正直意外ではあった。

「まもなく私の自我は、完全に星へと還るだろう。その前に、君と話がしたかった」

そこに悲壮感はなく、むしろ充足感すらあった。

「君には私の記憶をおおよそ伝えたが、何か質問があれば答えよう。おそらくは、これが最期になるだろうからね」

最初に聞きたいことは決まっていた。

「俺が選ばれた理由は?」

「理由はみっつある。ひとつめは君が生を渇望していたこと。ふたつめはタイミングがあったこと。みっつめは相性」

「……相性?」

「魂と肉体は本来同一のものだ。それが乖離するときは死ぬとき以外にない。だからこそ相性が重要になってくる。相性が悪いと、魂は肉体に定着せず、弾き出される」

そういえば、フィーネも自身の末裔にしか転生出来ないという縛りがあったな。

「始まりの場所があそこだった理由は?」

「私たちの、先史文明の匂いが強かったからだ」

先史文明の匂い……聖遺物? いや、フィーネか。フィーネの匂い、或いはあのときフィーネ自身が居たのかもしれない。

「そろそろ時間がない。もういいかな?」

「じゃあ最後に。俺はこのまま死ぬのか?」

「今の私に、君を帰還させる余力はない。君自身にもないだろう。それでも、君の死が確定したわけではない」

「それはつまり、第三者の力が必要というわけか?」

こんなところにわざわざ来るやつがいるとも思えないが。

「そして、それはもう来ている」

「……なに?」

疑問を口にしたとき、すでに白い影は消えていた。

はたと気づく。歌声が響いていることに。聞き覚えのある曲。聞き覚えのある声。記憶を失っても、自分の名前すら忘れても、何故かその歌だけは覚えていた。

「……Apple」

「えらく殺風景な部屋だな」

彼女の眼差しは笑っていなかった。むしろ鋭く、ともすれば怒っているようにも見える。

「――キャロル」

「いつまでこんなところに居るつもりだ? さっさと帰るぞ」

「迎えに来てくれたのか?」

「本意ではないがな。おまえがいつまでも眠りこけているから、痺れをきらしたやつらに頼まれたのだ。いい迷惑だ」

キャロルが憂い顔とも仏頂面ともとれる表情を浮かべ、プイッと顔を逸らした。

「そうか。手を煩わせてすまない」

「――フッ。本当にな。存外に、世話がやける」

ようやくキャロルは生来の花顔を見せた。つられて俺も破顔する。

「では帰るぞ。速やかにな」

キャロルのたおやかな手が、俺の額へと触れた。キャロルの身体が淡い光に包まれ、その光が俺の身体にも伝播する。

刹那、視界が暗転した。

何も見えない。視界は暗闇に覆われていた。そして気づく、自分が目蓋を閉じていることに。何も見えないのも当然だ。

ゆっくりと目蓋を上げる。ふと、自分の両手が暖かいものに触れていることを感じた。右手にはエルフナインが、左手にはセレナが、それぞれ手を添えていた。

「無事戻ってきたようだな」

キャロルが額に手をのせたまま、俺の目を覗き込んできた。

 

 

 

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