彼女は小高い丘に倒れていた。決して明けることのない未明の大地に。
黄泉、冥府、極楽浄土。様々な呼び名があるが、要するに死んだ人間が行きつくところだ。ここはその入り口にあたる。
辺りには老若男女、悲しいかな子供の姿もある。皆一様に生気がなく、目の焦点もあっていない。夢遊病者のように、ただ一点を目指して歩いている。
その中で唯ひとり倒れている彼女は酷く目立った存在だった。この中で唯ひとりの生者ともいえる。放っておけば、すぐにでも彼らの仲間入りになるとしても。
身体を屈めて、彼女の顔を覗き込む。その光景を目にして、全身に緊張が走るのを感じた。
――あの時と同じだ。
両の目と口から鮮血が流れ出ている。
死んではいない。まだ死んではいないと思う。なら手遅れではない。正直、ここからの治療など例にないことだが。
治療というよりは再生、再生というよりは創造に近かったが、なんとか治療は完了した。
彼女を抱きかかえ、吹きつける涼風に逆らって進む。気付かぬうちに早足になっていた。
こんな陰鬱な場所からは一刻も早く立ち去りたかった。
ロゼと出会ってから4年が経っていた。ロゼは17歳になり、現在はハイスクールに通っている。
彼女も同じ年頃に見える。おそらく成人はしていないだろう。
「……んん。誰だ? あんた」
どうやら眠り姫が目覚めたようだ。
「俺の名前は神宮寺紫音。君を保護した者だ、一応な。自分の名前は言えるかい?」
「名前? あたしの、名前……?」
予想はしていたが、外れてほしかった。
これまで何人かの重篤者を治療したが、どうも俺の能力は外傷や内臓損傷は治せても、心や精神、脳の深い部分には影響を与えられないようだ。
「それは日本語だな。君は日本人か?」
「日本……。うん、たぶんそうだ。そうだと思う」
「なら大使館に行くのが、一番いいだろうな。だが、君にはビザやパスポートなどの身分を証明するものがない。名前も分からないし、身元確認には時間がかかるだろう。面倒な手続きも必要になると思う」
記憶喪失がどの程度かは分からないが、ロゼと同じパターンなら、こちらの言っていることは理解できるはずだ。
「……なあ」
彼女はしばし考え込んでから、口を開いた。
「アンタは、どんな仕事をしてるんだ?」
「仕事か……まあ、探偵だな」
「ならさ、アンタの仕事を手伝うから、ここに置いてくれないか?」
言葉に詰まる。まさかそんな答えが返ってくるとは予想もしていなかった。
「ダメか?」
「――いや」
この娘が普通ではないことは推測できる。ならば、こちらで保護しておいたほうがいいのかもしれない。
「なら名前を決めないとな」
「それじゃあっ!」
「紅子かルージュだな」
「……ルージュでいいよ」
「いや、日本人だし紅子のほうが」
「ルージュでいいって!」
彼女――ルージュが悲鳴じみた声を上げてこちらを睨みつける。
俺は小さく笑うと、右手を差し出した。ルージュは一瞬呆けたものの、にやりと笑って俺の手を握った。
「よろしくなっ!」
その笑顔はとても輝いていた。
一応、彼女が留まったのには理由があります。記憶の残滓にある人物と、主人公の印象が似ていたからです。
長身、しっかりとした体躯、頼りがいがありそうな雰囲気。
さて誰でしょうね?