戦姫絶唱シンフォギア -月華の旅人-   作:乾燥海藻類

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第40話 それは流れる星のような

宇宙に対する憧れが最初からあったわけではない。あの時分、身体の不自由さを嘆き、本を開くことにすら苦痛と疲労を覚えるようになってから、出来ることといえば夜空を眺めることくらいだった。

春の時節に大三角や大曲線を探した。西に輝くオリオン座に去り行く冬を想い、東のさそり座に夏を懸想した。結局、その希う思いが届くことはなかったが。

世界が変わっても星の瞬きは華麗で、環を持つ月影を初めて見たときは、不謹慎ではあるが見惚れるほどに美しいと思った。

この世界は宇宙が近い。なにせ神様が宇宙からやってきたんだ。宇宙人の実在が証明されている。

風が吹いたと感じたのは、錯覚だったのだろう。船内は変わらず心地良さを保っている。

今までかかえていた疑問は全て氷解した。この身体が使命のもとに創造されたことも、魂を釣り上げられたことも、今となっては許容の範囲内だ。

神という威光が消え去り、ノイズという災害が消え去り、錬金術師という人災も消え去りつつある。

そのためか、S.O.N.G.は力を持ち過ぎるということで、各国からしばしば嫌味を言われているらしい。

S.O.N.G.という国連直轄下の組織でさえ、時として非難される。一個人が強大すぎる力を持つことは、間違いなく軋轢を生む。それは潜在的な脅威であり、時間とともに潜在的な恐怖となる。制御下に置けない大きな力、それを排除しようと考える輩が出てきても不思議ではない。人類はまだ、そこまで悟りきれてはいないだろう。

俺は神にも悪魔にもなるつもりはない。

外部モニターに映る青雲を眺めて思慮にふける。

後ろから小さな足音が近づいてきた。

「……疲れたか?」

「それは、こっちの台詞だな。随分と無理をさせた」

気を遣われるということには、もはや馴染みを覚えていた。愛嬌のある笑顔に安堵してしまう。

「何ほどのことはない。この船も興味深かったからな」

「随分と丸くなった」

「あの頃は余裕がなかったからな。お人好しどもにあてられたということもあるが」

キャロルは小さく笑って肩をすくめた。装者たちからは随分と良くされたらしい。特に響ちゃんは鬱陶しいくらいだったとか。それが安易に想像できてしまい、苦笑する。

「今さらだが、本当に良かったのか?」

「本当に今さらだな。まあ、問題はない。シャトーの全権はエルフナインに委譲したし、予備躯体のレイアたちもつけてある。補佐としてホムンクルスの半分を残しておいたし、なにより借りを作ったまま逃げられるというのは座りが悪い」

その気遣いがありがたくもあり、若干の申し訳なさもある。

「それに錬金術と宇宙は無関係というわけではない。マクロコスモスとミクロコスモス、ふたつのコスモスの照応は古来よりある思想であり、ヘルメス文書にも記された……」

ああ、ダメだ。変なスイッチが入ってしまった。こうなってしまっては無理に制止すれば、最悪の場合癇癪を起こす。

陰鬱な気持ちを面に出さないように斟酌しながら、キャロルの言葉に耳を傾ける。

「……つまり外宇宙探査は錬金術における完全なる完全、真理たる真理に到達するための新たな一歩となりうるわけだ」

「なるほど」

当たり前のように言ってくる彼女の言葉の、半分どころか八割以上理解できなかったが、とりあえず相槌を打っておく。

「――どうやら、レイアたちが着いたようだぞ」

モニターからテレポート・ジェムの光が漏れる。オートスコアラーとホムンクルス、それにセレナを加えた総勢十一人が乗船してきた。

「マスター、お待たせ致しました。全ての作業工程が完了致しました」

「ごくろう、レイア。では、出立の時だ」

キャロルはメンバーを見渡した後、こちらへと視線を向けた。

直接の見送りはない。既に言葉は語り尽くした。今頃は、潜水艦から見送っていることだろう。

 

『……さよならって、ちょっと照れくさいですよね。だから、またいつか!』

 

ふと、ある少女の言葉が脳裏をかすめた。離別の言葉ではなく、再会の約束。

「八千八声、啼いて血を吐く、不如帰。人類は神の手を離れ、独立独歩の道を選んだ。俺たちもまた、誰も見たことのない外宇宙へと飛び立つ」

誰に言うでもなく、自然と言葉が漏れた。

制御盤に触れる。俺の意思を汲み取るように、制御盤が光を放った。

打ち上げの時間はそう長いものではなかったが、快適ではあった。完璧に重力制御された船内は加重を感じることもなく、宇宙に飛び出した今でも適正重力を保っている。

「感激に浸る時間もなかったですね」

セレナがモニターに映る蒼い星を眺めながらつぶやいた。快適すぎるのも問題のようだ。宇宙に飛び出したという実感がない。

「星の海を行く。ロマンティックだ、実にね」

「うっちゅうー、うっちゅうー」

僅かな揺れで出発を感じ取ったのだろう。上機嫌な様子のふたりが姿を現した。キャロルの目が一瞬見開き、すぐに不機嫌なものへと変わる。

「何故、貴様がいる!?」

「久しぶりだね、キャロル。久しぶりだ、本当にね」

「――チッ!」

「では、そろそろ聞かせてほしいな、目的地を。悪くないけどね、当てのない気ままな旅というのも」

アダムが俺のほうへと向き直り、尋ねてくる。それは皆の意見の代弁だったのだろう。この場にあるすべての目がこちらへと向いた。

その視線に応えて、俺は皆に目的地を告げた。あの女神が厳かに紡いだ言葉を、その座標を。それは思いのほかよく響いた。

最初の反応は哄笑に近い笑い声だった。

「フフ……フハハハッ、面白い。実に面白いよ、君は。いつも越えてくるね、僕の予想を」

「アダムったらご機嫌ねっ!」

「しかし、あるのか?」

キャロルが怪訝顔で聞いてくる。既に蒼き故郷は彼方へと過ぎ去っていた。

「あるかもしれないし、何もないかもしれない。それは行ってみないと分からない。そして、行けば分かる」

「――フッ、なるほど。真理だな」

それはあてこすりなどではなく、彼女本来の笑顔だと感じた。

目的地は決まった。だが、急ぐ旅でもない。

最短でなくてもいい。

真っ直ぐでなくてもいい。

一直線でなくてもいい。

旅は楽しむものだ。その座標に、何もないのならそれでもいい。

どこでも行ける。どこまでも行ける。ならば、一番遠くを目指すのも悪くない。

叶うならば、銀河の果てまで。

 

 

 

 

 




というわけで、『俺たちの冒険はこれからだッ!』エンドで終了です。
このような拙作に最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
皆さまの暇が多少でも潰れたのなら幸いです。


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