ルージュがうちに来て一年ほどが経った。宣言通り俺の仕事を手伝っている。俺としては学校へ通ってほしかったのだが断られた。
「学費を出してもらうのは申し訳ないし、勉強はそんなに好きじゃない」
下手に学費を出すと言ったのがマズかったのかもしれない。だが学校なんて無理矢理通わせるものでもないし、本人の意思を尊重することにした。もちろんあの情報屋からの物騒な依頼には連れて行くことはない。真っ当な仕事だけだ。まあ、未成年を浮気調査の現場に連れて行くのは真面ではないかもしれないが。
この一年間は平穏無事だった。変化が訪れたのはある夜のことだ。
「戦う力が欲しい」
ルージュがいきなりこんなことを言い出した。
「隠しているみたいだけど、ボスが時々戦場へ行っているのは知ってる。分かるんだ、匂いで」
ちなみにボスってのは俺のことだ。一緒に仕事をするようになってから冗談交じりにそう呼ぶようになったのだが、いつの間にか定着してしまった。というか戦場の匂いが分かるってどういうことだ。
「ノイズに復讐したいってんならお門違いだ。戦場にノイズが現れることなんて滅多にない」
ルージュがノイズを憎悪しているのは簡単に察することができた。ノイズ被害の情報が入るたびに顔をしかめていたからな。普通の人間はノイズを嫌い恐れていても、憎むことはあまりない。直接の被害者でもなければ。
「……違う。ノイズは確かに憎いが、そんなんじゃないんだ。戦争で傷ついてる人を助けたい。それだけだ」
「本気か?」
「気付いちまったからには、知らんぷりはできねぇ。あたしも戦う。その為の力をあたしにくれ」
「俺がおまえに力を与えられると?」
「ああ。ボスにはできるんだろ? そんな気がする」
勘の鋭いヤツだな。突っぱねるのは簡単だが、このタイプは絶対無茶するだろうからな。目の届くところに置いておくほうが安全か。
「上手くいく保障はないし、危険だぞ」
「覚悟の上だ」
そんな覚悟はしてほしくなかった。
結局、ルージュの決意を止めることはできなかった。
まさか自分が亜空間まで作れるとは思わなかったが、そこまで広いものじゃない。精々が八十畳くらいだ。
俺の前には一本の槍が浮かんでいた。銘を【アスカロン】と言うらしい。聖ゲオルギウスが使ったとされるドラゴン殺しの聖槍だ。そいつが淡い光を放っている。
「これがお前の力となる」
「その槍が……」
「武器として振るうわけじゃない。こいつは聖遺物といってな、まあ超常の力だ。ノイズとも渡り合える」
聖遺物については俺も造詣が深いわけじゃない。先史文明の遺産で、身体能力の向上や厳環境への適応能力、ノイズに対して有効な攻撃手段を持っている、その程度の知識しかない。
「あーっと、つまり、あたしはどうすればいい?」
「こいつとお前を一体化させる。手順は俺がやるから、お前はこいつを受け入れることだけを考えろ。吸った空気が体内に入るように、飲んだ水が体内に入るように、こいつも自分の体内に納まるのが当然と考えるんだ」
「正直よく分からんが、なんとなくは分かった。やってくれ!」
「ああ、ではいくぞ」
俺は【アスカロン】を握り、穂先をルージュの腹部にゆっくりと突き刺していく。ルージュの緊張が伝わってくる。聖槍の姿が完全に消え去ったとき、ルージュの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「どうだ?」
「身体が熱い! 腹の底が燃えてるみたいだ!」
「無理に抑えようとするな。解放するんだ。おまえの中にある熱を解き放て!」
「ぐぅ、ああああああっ!!!」
両手で肩を抱いて膝をつく。彼女がどの程度の苦痛を感じているのか、俺に推し量ることはできない。
相性はいいはずなんだ。勘のようなものだが、確信がある。
だが成算があるとはいえ、絶対ではない。
ルージュの衣服は、自身の汗を吸い取って湿り気を帯びていた。顎の先からも汗が滴り落ちている。
どれほどの時間が経ったか。ルージュは身体を抱え込み、赤子のように丸まっている。気付けば、彼女の震えは止まっていた。
ルージュの身体が光に包まれる。現れたのは赤を基調に黒をあしらった鎧を着込み、純白のマントを羽織ったルージュだった。
「上手く制御できたようだな」
「…………」
返事はなかった。ルージュは既に気を失っていた。
アスカロンって伝承によって剣だったり槍だったりするらしいです。ゲームなんかだと剣として描かれることが多いですね。
本作では槍ということで。