遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。音からして二台だな。車は俺たちの数メートル手前で停止した。中から飛び出してきたのは一人の少女『風鳴翼』だった。
「奏っ! 奏ぇぇぇ――ッ!」
何の警戒もなくルージュに抱き着く。瞳は涙に濡れていた。
「奏っ! 生きて……本当に……」
「えーっと、だな」
流石のルージュも困惑しているようだ。少女に続いて二人の男が車から降りてきた。一人はスーツ姿の優男風。一人は赤いシャツを着た体格の良い男。
ルージュも二人に気付いたようだ。そして眉をひそめる。見たことがある、だけど思い出せない、そんなところか。だが、次第に強張った表情が柔らかくなっていく。
「ああ、翼。おまえはいつまで経っても、泣き虫だなぁ」
そのままルージュがくずおれる。
「――奏ッ! 奏ッ、大丈夫!?」
「大丈夫だ。一気に記憶が戻ったんで、脳が吃驚したんだろう。そのうち目覚める」
「記憶が……? それに貴方は?」
「記憶を失っていたんだよ。ルージュ、いや奏はな。俺は、こういうものだ」
懐から名刺を取り出し少女に渡す。
「あなた方もどうぞ」
「ああ、どうも」
「これはご丁寧に。痛み入ります」
互いに名刺を交換する。赤シャツの方が特異災害対策機動部二課の課長『風鳴弦十郎』、スーツ姿の方は風鳴翼のマネージャー『緒川慎次』か。
「私立探偵、神宮寺紫音さん。日本の方でしょうか?」
「いえ、日系二世のアメリカ人ですよ。国籍もアメリカです」
そう言うと弦十郎氏は僅かに眉根を寄せた。日本人なら抱き込めると思ったかな? 今、日米関係は微妙になってるからな。
「申し訳ないが、少々我々に付き合って貰いたい。構わないだろうか」
「もちろん。こちらも話したいことがありますからね。できれば良好な関係を築きたいものです」
「それはこちらも望むところです」
そうして俺たちは車に乗り込んだ。
宵闇を裂いて車は進む。到着したのは人気のない港だった。
「こちらへ、足元に気を付けてくださいね」
港の隅にぷかりと浮かんでいたのは、潜水艦の出入り口のように見える。
「いいんですか? こんなものを見せても」
「信頼の証だと思ってもらえればありがたい」
中々に強かな男のようだ。こちらが協力を断り辛いように仕向けている。いや、これがこの男の「素」かもしれんが。
「叔父様、奏を医務室まで運んできます」
「ああ、頼む」
「はい。では、しばし失礼します」
こちらにお辞儀すると、翼さんは奏を抱えていった。
「では神宮寺さん、こちらへ」
俺は応接室に通される。対面には弦十郎氏と緒川君。女性職員が淹れてくれたあったかいものを嚥下する。口火を切ったのは弦十郎氏だった。
「では聞かせて貰えますか? 死んだはずの奏が、貴方と一緒にいた理由を」
「ふむ、やはり奏は『死んだ』のですか? 失礼ながら、彼女の死因、死に様を聞かせて貰えますか?」
「むッ! それは……」
「質問を質問で返すのは無礼ですが、そこを抑えておいた方が、こちらの説明もし易いもので」
弦十郎氏はしばらく考えこんだ後、覚悟したように嘆息した。
「これから話すことは、多分に機密が含まれている。他言無用に願いたい」
「心得ました」
俺が了承すると、弦十郎氏は奏が死んだ日のことを語りだした。
彼は淡々と語りだした。あの日起こったことを。
ライブ会場の惨劇。ノイズの大量発生。完全聖遺物の暴走。シンフォギア。そして絶唱。奏は命を燃やして歌い、その身体は塵と消えた。
「なるほど、大筋は理解しました。ではこちらの番ですね」
最早熱さを失ったカップの中身を飲み干すと、俺は奏に出会った日のことを語った。
「私が奏と出会ったのは、時間的にはその直後でしょう。常世と幽世の狭間。日本人には三途の川とか黄泉平坂と言ったほうが分かりやすいかな。要するに『この世ならざる場所』です。普通に死んだ人間はそこを通って黄泉の国へと旅立つのですが、普通ではない死に方をした人間はそこで彷徨うことがあります。稀に現世へと迷い出るケースもありますが、いわゆる亡霊や悪霊といった類ですね。ともかく、そこで奏を見つけました。奏の肉体はすでになく、魂も消滅しかけていました。それを私が治療した。魂、肉体ともに再生しましたが、奏は記憶を失っていました。その後は私と共に暮らしていたましたが、あなた方と出会ったことで記憶が戻ったみたいですね」
俺が一息に語り終えると、二人は難しい顔をして考え込んだ。
「荒唐無稽に聞こえるが、治療とは?」
「それは私の能力に関係するので、今はまだ話せませんね」
「む、そうか。失礼した」
「では、その『この世ならざる場所』で貴方が奏さんと出会ったのは偶然ですか?」
「これは後から思い至ったのですが、アスカロンと惹かれあったのだと思います」
「アスカロン……ですか?」
「奏が纏っている聖遺物ですよ」
今にして思えば、あれは完全聖遺物だ。それをすんなりと受け入れることができたのは余程に相性が良かったのだろう。だとすれば、互いに惹かれあったとしてもおかしくはない。アスカロンが奏を『呼んだ』可能性もある。
「聖遺物だとッ! シンフォギアではなく、融合症例かッ!」
「それが本当だとすれば、響さんに続いて、ということになりますね。いえ、時系列でいうならば、ほぼ同時期……」
またしても、二人して考え込んでしまった。しかし融合症例か、言い得て妙だな。確かに融合だ。
「すまない、取り乱した。ところで奏の処遇についてだが」
「それは本人に聞いてみることにしましょう。丁度来たようですから」
「何?」
タイミングよくドアが開く。現れたのは奏と翼さんだった。
「奏」
「奏さん、大丈夫なんですか?」
「ああ、心配かけたな緒川さん、ダンナも。あとボスにもな」
「存外に元気そうじゃないか。まあ座れ、これからお前がどうするか。皆が聞きたいそうだ」
「あたしが?」
「簡単に言えば、これまで通り俺と行動を共にするか、それともここに残るかだな」
「ああ、そういうことか」
「……奏」
翼さんが泣きそうな顔で奏を見ている。この娘ってこんな感じだったっけ? 映像で見た時はもっとキリッとした感じだったんだが、あれはアイドルとしての顔で、こっちが本当の顔なのかもな。
「ボスはどう思う?」
「おまえの意思を尊重する」
「その言い方はズルいなぁ」
奏は困ったように頭をかいた。そう言われてもな、無理矢理連れ帰ったって誰も納得しないだろ。向こうの印象も悪くなるだろうし。
「ボスには感謝してるよ。今のあたしがいられるのはボスのおかげだし。でも、あたしはここに残るよ」
「――奏っ!」
「泣き虫を放っておくわけにもいかないしな」
「奏ったら! また私を子ども扱いして!」
「ははっ、悪い悪い」
やれやれ、仲のよろしいことで。
「まあ、今生の別れじゃあるまいし、会おうと思えばいつでも会えるさ。そんなわけで、弦十郎さん。奏のことよろしくお願いします」
「うむ、任されよう。それと、貴方にも協力して貰いたいが」
「共同戦線を張るのは吝かではありません。ですが、行動は別とさせていただきます」
「理由を伺っても?」
「単に組織行動が苦手なだけですよ。まあ、何かあれば連絡を下さい。私の連絡先は名刺に書いてありますので」
「了解した。では、これより俺たちは同士だ。遠慮は無用に願う」
そう言って弦十郎氏は右手を差し出した。随分と真っ直ぐな人だ。
「では、これからよろしく」
「……あの」
俺たちが固い握手を交わしていると、翼さんがおずおずと声を掛けてきた。
「きちんと自己紹介していないと思いまして。改めまして風鳴翼です。奏を救ってくれて、ありがとうございました」
そういえば本人から自己紹介はされてなかったな。