港からは緒川君の運転でホテルまで送ってもらった。ちなみに、奏にはロゼのことは話してもいいが、セレナのことは話すなと言い含めてある。
ホテルのエレベーターに乗ったところで俺は自分のミスに気付いた。
「マリアのこと話してねぇな」
向こうは奏のことしか頭になかったのだから、こちらが水を向けるしかない。そもそも俺たちの目的を知らないだろうし。
まあいいか。とりあえずセレナに報告だけはしておこう。時刻は深夜に差し掛かろうという時分、起きているかどうかは、微妙なところだ。
セレナの部屋をノックする。しばらくして、セレナの返事があった。
「……はい」
「入っていいか?」
「どうぞ」
表情は変わらず沈鬱なままだが、目のクマは若干マシにはなっている。少しは眠れたようだ。
俺は今日の出来事をセレナに説明した。奏の記憶が戻ったこと、日本の対ノイズ組織、二課と協力体制をとったこと。それらを話している時、懐の端末が震えた。この端末に連絡してくるのは一人しかいない。情報屋からのメールに目を通した後、俺はセレナに問いかけた。
「ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、月読調、暁切歌、聞き覚えのある名前はあるか?」
「――ッ!!」
明らかな動揺の色。どうやら知り合いのようだ。
「この四人に加えてマリア、計五人で動いているらしい。聞かせてくれるか?」
「……マム、ナスターシャ教授は私たちを統括する立場の人でした。とても厳しくて、怖がっている子も多かった。でもそれは私たちの中から『脱落者』を出さない為だったんです。本当は優しい人。ウェル博士は私たちに投与される薬の管理をしていた人です。正直、あまり良い印象はありません。仕事には熱心な人でしたが。月読さんと暁さんは年少組の二人で、少し話した程度です」
あくまでセレナの個人的な解釈だが、参考にはなった。情報屋の調査には主観的な意見が全くないからな。しかし、よくここまで詳細に調べられたものだ。あの研究所、米国連邦聖遺物研究機関(F.I.S.)はマリアたちにズタボロにされてデータのほとんどが抹消されたらしいが、同時にセキュリティレベルも大きく低下していた。入り込むのは余裕だったらしい。そして得た情報を再構築したそうだ。
「近いうちにマリアたちと接触する。そこでマリアの本心を確かめる。おまえの出番はその後だ。それまでは我慢してくれ。だが、籠ってばかりじゃ気が滅入る一方だ。明日は買い物にでも行こう」
俺がそう言うと、セレナは多少ぎこちないが笑顔を見せてくれた。
あれから一週間が経った。マリアたちに動きはない。国土の割譲などと大層なことを吐いた割には不気味なほどだんまりだ。
奏は向こうで上手くやっているらしい。翼さん以外の装者とも仲良くなり、一緒に戦闘訓練もやっているとか。
俺とセレナは一緒に買い物したり、ジムに行って身体を動かしたり、思い出話に付き合ったりしていた。いや、遊んでいたわけではない。セレナの気を紛らわすためだ。
動きがあったのは、ある日の夕方だった。
「今夜攻め込む?」
「ああ、あたしら装者四人でな」
「俺も行くか?」
「弦十郎のダンナからの要請はなかったんだろ? つまりはそういうことさ。何、装者が四人もいるんだ。問題ねぇよ」
そもそも彼は俺が『戦える人』とは認識してないと思う。奏がどこまで話したか次第だが。
「そうか、もしマリアが出てきたら様子を探っといてくれ」
「了解だ」
そう言って俺は通話を切った。
マリアたちは街はずれの廃病院を拠点としていたらしい。廃病院、廃工場、倉庫などは調べていたのだが、運悪く逆方向だった。やはり身体が一つでは限界があるな、派手な動きもできないし。かといってあまり二課に借りを作りたくはない。
まあ、今回は二課のお手並み拝見といこう。