先ほどの面子に飛鳥とジンを加えた中心メンバーで数時間前まで兎がいた談話室に集う。
追求の声が絶えないように思える状況であるが、端的な説明の後には永遠のような静寂に部屋は包
まれ、一段と今の緊迫した状況を醸し出していた。
誰が淹れたかも思い出せないコーヒーが、カップの中で微動だにせず自らの色を主張する。
そんな泥沼の現状の前ならば溜め息だってつきたくなる。しかしそれは事態の進展には繋がらない
のは明白であり、代わりとなる言葉を吐き出す。
「ンで、これからどォするつもりなんだ」
捻って捻って出てきた言葉がこれなんだから、学園都市一のコミュニケーション能力だって欲しく
なる。
十六夜は目の前の虚空を変わらず見つめ、レティシアはバツが悪そうに顔を背ける。
先程から話の進まないのは当事者の3人の態度に半分の原因があるだろう。
残りの半分は事実上の最高権力者が顔を真っ青にしているためではあるが、今は言及しない。
だがどうやら一人、溜め息を抑えていたストレス持ちがいたようだ。
「先鋒から何も来ないのだから、こちらから接触すべきだと思うけど」
もう我慢の限界といった表情を隠さず伝えてくる。
何も彼らは、考え無しに膠着に甘んじていたわけではなかった。
十六夜の考え、さながら誘拐犯からの犯行メッセージを待ち構えていたのだ。
だが、どうやらその可能性は霧散したようだと数時間で感じられた。
「よく考ええみろ、お嬢様。所有物を持ち帰ってくるように命令したら、どこの者かも知れない女を誘拐して部下が帰って来るんだぞ」
それが箱庭の貴族と呼ばれるならば尚更だと、無言を貫いてきた十六夜が問いかける。
「なら十六夜君は、まだここで待機してるべきだと言うの?」
まるで相手のリーダーの肩を持つような発言に対し、質問を質問で返す。
いやと否定して、おもむろに立ち上がる。
「待ちに待ってやったんだ、乗り込んだところで無礼も何もないだろ」
フラストレーションが溜まっていたのは同じだ、と言った風を見て思う。
徹夜確定かと。
そこには先ほどの鬱陶しい空気はなくなり、代わりに音無き闘志が湧いている。
仕方がないと、目の前の黒い液体を飲み干し倣って立ち上がる。
口に残る苦さは、どこかスッキリとしていた。
向かう先はサウザンドアイズの支店、困ったときの夜叉頼みとは物騒な話だ。
店はとっくに閉店しているものだという予想は、店の前に立つ仏頂面の店員に砕かれた。
「また入れないつもりかしら」
ファーストコンタクトが悪かっただけに、あまり良い印象を持てない飛鳥は小声で呟き、その光景
が容易に想像できることが嫌になる。
そんな時間のロスを覚悟で向かい合うと、またしても意表をつく返答がくる
「お待ちしておりました。白夜叉様のお部屋にどうぞ」
その口調からは客を持て成す色が伺え、さらに待っていたとまで言う。
まるで彼女の本当の意図が分からぬまま連れて来られた部屋。
彼女の意図を憶測する所要時間は40秒足らず。
つまり
「俺達より厄介なのがいるから早く追い出せ、てかァ」
言葉の端々で名無しを馬鹿にし、店員が来ると軟派する、まさに珍しくもない外道がそこにいた。
「だからー、さっさとそっちの吸血鬼を渡せって言ってんだよ」
これだから理解力の低い下層の屑は、と先ほどから会話は終始一方的、どうやら上の階層にいる自
分は自然と会話の主導権を握っているとお考えらしい。
こちら(特に飛鳥)が黒ウサギ誘拐の件を問いただしても、レティシアを盗んでいるのだから罪は
無いとおっしゃられる。
あまりの退屈さに目の前の男を敬ってみたが、反吐が出そうだ。
「こいつを返せば、黒ウサギも返してくれるのか首領様?」
十六夜に至ってはセールスマンもびっくりの営業スマイルをしながら会話する、という遊びをここ
に来てずっと行っている。
「おいおい、俺達は名のある英雄のコミュニティだぜ、汚名は頂けないんだよ」
十六夜の笑みを、自分に媚びているのだと勘違いして気分を良くしている。確かに傍目から見る分
には随分可笑しい遊びと言えよう。
「ルイオス=ペルセウスの名にかけて誓おう」
満面の笑みの裏側では交渉の成立目前でほくそ笑んでいるのだろうか。
しかし、この遊びの最も楽しいところは最後の掌返しにあるのだろう。
その証拠に十六夜の顔には邪悪さが垣間見えてきた。
「お断りだぜ、色男」
「ハッ身分を弁えろ!下層の屑ども」
「それなら屑にお恵みでもしてくれよ、上層の屑様」
十六夜の無礼を通り越し見下す態度に、ご立腹のルイオスだが、唯の一つだけ譲らない方向性があ
るそうだ。
「ならギフトゲームで決着をつけましょうよ、それがこの世界のやり方でしょう」
「おいおい、お前たちと同じ土俵に立ってやると思っているのか」
ギフトゲームはやらない。一向にこの方針は変えないようだ。
「そんなに十六夜君が怖いの?あなた自分が格上と思っているのでしょう」
きっとこの憶測は間違ってない。先程からチラチラと十六夜の姿を盗み見て、十六夜には強く出れ
ないようだ。
「バカを言え、神格保持者を倒したと聞くがその程度だろ」
しっかり調べているところに、どうしようもないヘタレさを感じてしまう。
こちらにだってゲームをできない理由ってものがあるんだよ、と前振りして
「第一そこの女は買い手が決まっているんだ。今さらゲームで取り返すなんてできないぜ」
レティシアを指差しながら話は続く。
「お前たちそいつのギフトカードは見たのか?」
ハッと目を見開くレティシアを見て、ルイオスはいやらしい笑みを浮かべる。
「お前たちのところに代償なしに行けるわけがないだろう、そいつは恩恵を魔王に奪われ、わざわ
ざ霊格まで誰かさんに渡して来たんだよ」
十六夜、一方通行、それにレティシアを加えた3人で行ったギフトゲーム、人間である2人に歯が立
たなかったのは、弱体化が原因だったのだろう。
苦虫を噛むような少女の表情に一様の満足を得たルイオスは最後の提案をする。
「分かっただろ?そこの女にお前たちが期待しているほどのパフォーマンスはないんだよ」
さあ、早く交換といこうか、と話を終わらせてくる。
確かにルイオスの言っていることは正しい。こちらに価値が有るのは間違いなく黒ウサギの方だろう。
だが問題児集団の筆頭、逆廻十六夜だけはそんな面白く無い交渉を善しとしなかった。
「なら相手が提示した金額以上の代物を賭ければ、ゲームをしてくれるのか?」
ノーネーム一同の、いやジンの顔色が真っ青になる。
金も富も名声もないためノーネームなのだ。ペルセウスが満足するものなど彼らには無い。
「面白いジョークだ、お前たちにそんなものがあると?」
一拍おいて十六夜は最後のカードを切る。
「お前も言っていただろ、箱庭の貴族の兎には価値が有るだろ」
鮮やかな手口。相手が黒ウサギ価値が提示してくれるのを待ち、切り札にする。
一方通行でさえ交渉の勝利は確信した。
その言葉を聞き三者三様、いや今は六者六様の表情を見せる。
無論最初は驚愕の表情を皆するが、その後はそれぞれだ。
ルイオスは考える素振りをし、ジン信じられないものを見るような顔をする。
後の白夜叉、レティシア、飛鳥でさえも憤怒の表情を惜しげなく晒している。
唯一人だけ笑みを浮かべる中。
「面白い、最高だよ仲間を賭けるとはたまげたよ、あぁいいぜそのゲームなら乗ってやる」
腹を抱えて笑う姿は自分の勝利した後を考えているらしい。
待てという高い音が後方より聞こえてくるが、それを黙殺して話は進む。
「小僧、黒ウサギを取られたら、お前の首は分かっておるのだろうな」
という星霊の脅しも、どこ吹く風のようだ。
「ゲーム内容は、そうだなお前たちの最高難易度のやつでいいぜ」
その先の話は細かいルールだったか、黒ウサギの扱い方だったか記憶に残ってすらいない。
一つだけ心に残っているのは、逆廻十六夜という人間は自分と全く同じ人種であるという既視感と言うか、期待はずれと言うか、結局彼が考えたのも全く同じ切り口だったというだけだ。
しかしゲームの内容は決まり、1周間を待つだけとなった。
最後の訳が分からないような文は次の次ぐらいで解説するので少々お待ちを。