これは、とある世界の陽炎のお話。

【お目汚し、失礼します】

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かげろう

陽炎。その言葉を聞いて、みんなは何を思うだろう。

いま語り部的に頭の中で言葉を紡ぎ続ける、陽炎型駆逐艦1番艦の私、陽炎のことだろうか。

それとも、きれいな羽と体を持つけど・・・たった1日で死んじゃうカゲロウ?

もしくは、夏の暑い日によく見る陽炎現象だろうか。

・・・それとも、いろんなサブカルチャーの陽炎って名前のキャラクター?

 

まあ、そんな意味深なことを考えている理由は簡単。

 

 

 

 

今、とてつもなく暇なのだ。

 

 

 

くだらないって思ってる人もいるかもしれない。

でも、出撃も遠征ももはや意味をなさないこの鎮守府では、この時間が一番有意義と言える。

実際、私以外の陽炎型の姉妹たちはワーカーホリックに取りつかれてるらしく、たまに提督の許可を得た上で遠征に出させてもらっているぐらいだ。

 

深海棲艦との戦争が終わって、早3ヶ月。

戦争のときは陽炎型の長女として、しっかりとした一面を保ち。提督の秘書艦も務めた私だけど。

戦争が終わった途端、提督は秘書艦ですら執務室に入れてくれないし、そもそも仕事しているかも不明。

提督からもらう許可って言うのも、提督室の扉の前にあるポストに入れてその1時間後に妖精さんが届けてくるって言う形でだ。

 

・・・まぁ、艦娘人権派が多かったこの世界では戦後の艦娘たちは対等な人間として扱われて何なら人権も戦争中に保証されていた。

その際にやめていった艦娘も多かったけど、志願した艦娘も多かった・・・・・・

話の流れてわかると思うけど、この世界は工廠で生まれる艦娘と、人間の女性が志願してなるタイプの艦娘がこの世界の主流だ。

私はこの鎮守府唯一の工廠で生まれた艦娘で・・・妹たちはまぁ元人間ってわけだ。妹たちにはいろんなことを教えてもらったなぁ・・・ブラジャーの付け方からインターネットの使い方・・・スマホなんて便利なものができていた時は本当に驚いた。サラシか付けないって妹たちが知った時は阿鼻叫喚だったなぁ・・・まぁ、軍隊に志願した結果なのか、妹たちには男の気がないけど・・・今じゃ、唯一不知火だけが結婚してるし、それにしても不知火のお相手がこの鎮守府で艤装整備兵やってるあの優男君だったとは。

 

「まあ、平和が一番よねぇ・・・」

 

それにしても暇である。私は工廠生まれだから、と言うこともあるのか。

戦争と待機以外何もできないのだ・・・ふと最近のニュースが気になり隣に置いといたスマホを操作する。

えっとなになに、鈴木さんの入れ歯がまた喪失、今年で42回目。ってこれ地方ニュースじゃない!!しかも、町内会でやるようなやつ!!

つい、フフッて笑って部屋にいる雪風が変な奴を見る目で私を見てるじゃないのもー!!

 

「陽炎ねー様は、なにをみてるのですか?」

 

と、ジト目をしつつ私のスマホを覗いてくる。

このスマホも、姉妹全員で半舷上陸して買いに行った代物。だから私の宝物・・・なんだけど、シニア用のスマホなのがなぁ・・・。

確かに、本体年齢ならかなりのおばあちゃんだけど・・・実際、私として過ごした年数は8年しかないわよ。まだまだ若いわよ!!ぴちぴちよ!!

 

「地方ニュースよ、それよりもスカート穿きなさい。てかせめてスパッツ穿いて」

 

「今はねー様と私しかいないんですからいいじゃない・・・はい、お姉さまの言うとおりに穿きますから拳骨だけはやめて~!」

 

「全く女の子が来やすく肌と下着を露出させるんじゃありません!!」

 

「それ、島風に向かって言えますか?ねー様」

 

そう言われると弱い、さすが私の妹。よくわかってる(血のつながりはないけどね!!)

まあ、島風ちゃんには一応、注意したんだけど・・・・・・まさかあの制服が大本営指定の服なら強く言えないじゃない。実際、教えてくれた時すっごく目が死んでたし、人間ってホントに死んだ魚の目ってできたのね・・・

 

「って、今なら言えるじゃん」

 

「でも島風は、終戦したら制服から1秒で肌を露出させない完全ガードな服装に着替えてましたよ」

 

「それだけ嫌だったのね・・・」

 

「まあ冬とかさむそうですし」

 

「それあんたが言えたこと?」

 

「艤装が温かかったからいいんですよ!!」

 

「それ、島風に向かって入れる?雪風」

 

雪風と馬鹿なことをしつつ、暇な午前中を過ごす。

お昼ご飯は、不知火に教えてもらったペペロンチーノを雪風と一緒に作った。

唐辛子を痛めたときに目が痛くなったのはつらかったなぁ・・・雪風も痛がってたし。

そして食べてみれば不知火が作ってくれたものよりも辛くて辛くて・・・私も雪風もしばらく牛乳瓶を手放せなかったわ。

 

・・・そんなバカなことをやってると。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん、陽炎型駆逐艦1番艦【陽炎】。提督がおよびです~。』

 

どこか間の抜けた声がスピーカーから拡散される。

この声は・・・あぁ、いつも提督さんの肩に乗っかってた羅針盤の邪神妖精さんの声か。

 

「ねー様何かしたの?」

 

「うぅん・・・何かした覚えはないけど。多分秘書艦のサインが必要な書類でも出たんでしょ?ちょっと行ってくるね~」

 

「はーい」

 

私の部屋から出て、提督の執務室がある司令棟へと向かう、こういう時に大本営指定の制服を着ててよかったな~って思うわ。これ、着替えるのめんどくさいし。それにしても夏と言っても横須賀でこれほどの陽炎が怒るのはある意味珍しいと思える。今日は何かいいことがあるのかな~?

・・・でも、なぁんか嫌な予感がするのよねぇ。

 

=========================

 

「秘書艦、陽炎!入りま~す!」

 

掛け声、というか習慣になってしまったことをしつつ、執務室に入室する。

そこには、私たちの提督が噂のゲンドウポーズ?をして待ち構えていた。

 

「やあ陽炎。適当にかけてくれ」

 

「あ、はい。紅茶?緑茶?コーヒー?」

 

「緑茶」

 

「ほい」

 

そして私は息をするようにお茶を入れ始める。

これも癖になってるなー・・・妹たちをワーカーホリックって言ったけど、訂正する。私もだわ。

手慣れた動作でお茶を入れて提督の前に置く、そしてそれを提督が一口すすると、うんおいしいっ。って言ってくれた。

なんか照れるなぁ・・・

 

「ところで、陽炎。なぜ私が、君を呼んだかわかるかい?」

 

「はぁ・・・書類関係じゃないんですか?」

 

「う~ん、中らずと雖も遠からず。まあ、そろそろ」

 

 

 

 

この世界の真実を話そうと思ってね

 

 

「・・・・・・はい?」

 

提督が口走ったその言葉は・・・少しだけ聞き取りずらかったけど、世界の真実を話すとかいう中二病まみれた言葉だ。・・・いい精神科とかあったかな?

 

「精神科の心配は必要ないよ、だって・・・もう【陽炎】は終わりだし?」

 

「は?」

 

「いや、君のことじゃないよ。」

 

提督、ついに働きづめで頭おかしくなったのかな・・・・・・あとで不知火に連絡しとかないと。

 

「まず、深海棲艦について話そう」

 

「まってまって、提督は何を言ってるの?」

 

「答え合わせさ、君が忘れた何千何万何億と言う繰り返しの日々の。ね」

 

「はぁ?」

 

もう駄目だ、この提督。

ついに寝不足とストレスで完全に壊れてる・・・携帯携帯って、え?

 

「おかしいな、圏外?なんで?」

 

「・・・陽炎、ちゃんと聞いてほしい。この世界は君が作り上げた夢の中だ

 

その言葉を耳にした途端、提督の姿が、ぐらりとゆがむ。

そうまるで・・・陽炎みたいに。

 

「・・・で、その話が本当ならなんで提督はそれを知っているの?」

 

「簡単だよ、■■。君たちが提督と慕っている【ボク】は、観察て(みて)知識って(しって)傾聴いて(きいて)接触て(ふれて)愛情して(あいして)るからさ」

 

どうして、どうして・・・どうして、提督の姿が陽炎のように揺らいでいるんだろう。

何で今にも死にそうな声をしているだろう、何で今にも消えてしまいそうな姿をしているんだろう。

まるで、それが・・・決めつけられたかのように。

 

「・・・まぁ、受け入れられないよね」

 

「あ、当たり前じゃない!。なによ、ちょっとロマンチックなこと言って・・・どうせドッキリでしょ?どこかに青葉さんがドッキリのプラカード持って隠れてるんでしょ?!もう十分だから出てきてよ!!!」

 

半分・・・ううん、私は・・・そんな揺らいでいる提督の姿を見て簡単にパニックを起こす。

・・・まるで、この結末を知っているかのように恐れている。

どうしてだろう、私はこんなことは経験したことがない・・・でも本能が怖れている。

それ以上聞くな、早くそこから離れろ。無意識に脳が体にそう命令するが・・・動けない。

動いたら・・・・・・ダメな気がする。

 

「ごめんね、陽炎。これはすべて、現実・・・夢の中だから正夢って奴かな?正夢なんだ・・・」

 

そう言いつつ提督は、私の入れた緑茶を飲み干す。

そして提督椅子から立ち上がり、ソファーに座っている私の隣に移動してくる。

・・・あぁ、だめだ。拒めない・・・否定できない。

 

「本当は、ボクも、もうちょっと君に接触て(ふれて)愛情して(あいして)、何なら結婚だってしたかった。」

 

そう言いながら、霞んでいる提督が私をそっと抱きしめる。

まだ…まだ触れられる。まだ、そこに居る。

・・・・でも、今にも消えてしまいそうだ。

 

「なら、ならどうしてっ・・・・・・どうしていなくなろうとするのよ!!」

 

「これが、ボクが生まれた理由だからさ。」

 

提督が、まるで赤子をあやす様に、私の頭を撫でてくる。

その手も、今にも消えそうだけど・・・とても大きくて温かい手だった。

なのに・・・なのに、少しずつ、薄れていく。陽炎が、なくなるかのように。

 

「ボクはね、もう・・・人間じゃなかったんだよ。提督して選ばれて、任命され・・・着任されたその日、ちょうど君が秘書艦として派遣される少し前・・・もうすでに、この鎮守府で死んだ。」

 

「じゃあ、アンタは・・・なんでいるのよっ」

 

「妖精さんが・・・あの子が、ボクを鎮守府につなぎとめてくれたのさ」

 

あの・・・あのやる気の無い妖精が?でも、どうして・・・あの子は、そんなそぶりは。

・・・うぅん、あの子は・・・わかってた上で隠してたんだ・・・多分今頃。

 

うん、泣いてるだろうね。マイクの入ってない放送室で

 

「あなた・・・じゃあ、いままで・・・この8年間は一体何だったの?」

 

ボクにとっては猶予期間、君たちにとっては人間になるまでの準備期間。ボクが消えることで君たちは初めて人間になれるんだよ?

 

「そんなの・・・そんなのおかしいわよっ!!」

 

もう、身体が消え始めた提督の襟首をつかんで目を見る。

その目は、とても悲しそうで・・・どこか嬉しそうだった。

 

「どうして、どうして私たちが生きて!あんたが死ななきゃならないの!!あんたが死ぬなら、どうして私たちは生きているの!!みんな確かに人間じゃなくなって・・・もとから人間じゃない、工廠で生まれた私たちだっている!!そんな私たちが生きてこれたのは・・・・あんたがいたからっ!!あんたが、あんたが人間としての生き方をさせてくれたから!!」

 

叫ぶ。ただ、ただただ、感情的になって・・・わかってる。こんなことを叫んでも、提督が消えないわけでも・・・ましてや、元に戻ることなんてない。

もう、夢は覚める時期なんだ・・・これは、私が・・・・・私の、我儘で・・・夢が長引いてるだけなんだ。

提督と一緒に居たいという・・・提督と結婚したいという・・・・・・私の、人間らしい我儘の。

 

「ていとくっ・・・消えるなら・・・消えるぐらいなら、私を傷物にしてよっ・・・・・・あなた以外に愛されないように、醜いぐらいに傷つけて!!」

 

最初で最後の・・・告白。

・・・でも多分、受け入れてくれない。提督は、誰かを傷つけることを嫌うから。

 

うぅん、ごめん。好きな人を傷つけることは、できないから・・・だから、

 

提督の唇が・・・私の唇を捉える。

優しい・・・小鳥が啄むようなキスから・・・段々とディープなキスに変わっていく。

体内時計で5分・・・その間も、提督の身体は透けている。

 

これで、許してほしい。

 

「っ・・・・・・ここまでするなら、責任取りなさいよ!!」

 

責任?

 

「そうよ!!いつかでいい、いつか私の元に帰ってきて!!これ以上のことを私にして!!」

 

・・・そっか、ならボクは約束する。

 

言い切る前に、提督の身体が完全に消え去る。

でも、まだそこに居る。まだそこに居てくれてる。

私は、それをそっと抱きしめると・・・・提督は私を抱きしめ返してくれる。

 

 

「ボクは、必ず君の元に帰るよ」

 

 

最後のその言葉だけ・・・・・・やけにはっきりと聞こえた。

 

=============================

 

その日、横須賀鎮守府から提督が消えた。

その件を受けて、艦娘が・・・退役した艦娘まで協力して・・・日本全国。ましてや海の上や外国まで捜しに行った。・・・でも、彼の足取りどころか・・・噂でさえもつかめずに・・・8年の月日が流れた。

 

=============================

 

8年、短いようで長い日々を送る私は・・・海上自衛隊から日本海軍になり、そして名前と規模が元に戻った海上自衛隊に所属している。無論、一般兵士として、ではなく、艦娘として。

あぁ、あと、妖精さんたちは結局、終戦して横須賀鎮守府が消えた後でも存在した。むしろ鎮守府に所属してないことになったから前より自由になった。あのけだるげな妖精さんも私の相棒(たまに羅針盤を回すけど)として、海上自衛隊に所属している。

10代だった妹たちは全員もれなく20代となり、ちゃんとした結婚相手を見つけて・・・それぞれの幸せな家庭を築いている。

私も16歳となって人権的には結婚可能年齢になったけど・・・私の体どう見ても20才なんだよなぁ。

あぁ、そうだ・・・あの頃からの癖で語り部やってる暇はなかった・・・えぇと

 

「ねえ、パス。次なんか予定入ってたっけ?」

 

「ん~とね~・・・・・・新人艦娘の教導だって。」

 

「またぁ?昨日神通さんに任せられるぐらいまで指導したのに?」

 

「それとは別。」

 

「あ~・・・つまりまた新しい編成部隊ってわけね?」

 

「そ~」

 

ちなみにそのけだるげな羅針盤妖精にはコンパスのパスの文字を取って名付けた。今じゃ、大切な相棒だ。

そして私のこの海上自衛隊での役職は、志願の艦娘たちを教導する教官役。でも、私がやるのはあくまで新兵レベル。そこから先、一般的な艦娘に育てるのは私と同じで海上自衛隊に所属している神通さんの役割だ。私で挫けるのは大抵が艦娘なんて余裕だと思っている頭の弱いギャルのようなやつら。実際、そいつらで食らいついてきたのは今じゃ呉のエースに輝いている鈴谷ぐらいしかいない。そして、海上自衛隊の規約の一つとして戦艦級と空母級の運営は緊急時以外は禁止なので、実質呉のトップエースでもある。そして、また今日、別の編成隊を教導するらしい・・・昨日もしたのに。そろそろ有給使おうかなぁ・・・

 

(まあ、これも人類の脅威が居なくなった反動って奴かな)

 

実際、今の日本は大変な立ち位置に立っている。

あれだけ多くいた艦娘の大勢を予備兵役として待機させ、10割のうち1割を残し海上自衛隊に軍事組織を戻した。

そこまでは良かった、だけど増長した英国がその残りの1割も半分まで解任しろと指示・・・それを米国が反論し、日本は現状維持のまま会議会議で放置されている。そんな中隣のK国が艦娘技術を利用して海軍増強を始めている。だから最近ではK国製の哨戒艇の艦娘なんてできて大変だよ・・・。

そして、そんなK国のチャイナな国が一部の艦娘の引き渡しを要求しているらしいし・・・

 

「はぁ・・・提督が居ればどれだけ楽か・・・」

 

「あの人、完璧超人だったからね~・・・」

 

パスと愚痴をこぼしつつ、あの日陽炎のように消えた提督を思い出す。

優しくて優秀で、涙もろくて・・・たまに怖い時もあったけど、私たちの提督は私たちを第1に考えてくれていた。

それに比べて、K国や英国、米国はどうだ。いまだ艦娘兵器論が根深く根付いているからこれまた大変だ。

 

「さて、今日も・・・がんばり、ます・・・か?」

 

「どうしたの?かげ、ろー・・・・・」

 

ふと、視線を向けた先。そこに居るのは困ったような笑みを浮かべる懐かしい顔。

その服装は、見たことある白い軍服。そして、見慣れた仕草と手癖。

 

 

「やっと会えた。陽炎、お待たせっ」

 

 

・・・提督が、そこに居た。

そして私は、人目も気にせず、その人に飛びついたのであった。

 

 

 



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