俺達のブチャラティが童貞なわけないだろ!いい加減にしろ! 作:点=嘘
「ゆ、許してくれよォォ〜〜……た、たった一回魔が差しただけですって……もうしませんッ! あーっやめてくれェ──ッ!!」
目の前でいかにも大袈裟に騒ぎ立てる小汚い男を見て、ブローノ•ブチャラティは相手に聞こえないように小さくため息を吐いた。
「ブチャラティ、一応見張りにナランチャを出しておきました。——始めますか?」
「いやフーゴ、もう終わった」
「それはまた……根性の無い。やっぱりあんたが出るまでもなかったじゃあないですか」
部下のパンナコッタ•フーゴが呆れたような反応をするのを見て、全くだとブチャラティも思う。少し痛めつけてやったらすぐコレだ。
相も変わらずヒーヒーうるさい男のすぐ後ろには年端もいかない少女が見える。その格好から察するに——まぁ、商売女とみて間違いない。
みたところ十五、六歳くらいだろうか? 間違っても成人には見えない。といっても、それが問題だからブチャラティたちが男を痛めつけに来たのかと言われると、別にそうでもない。正義の味方じゃああるまいし。
ブチャラティはギャングだ。
より厳密には、イタリアギャング”パッショーネ”の構成員というべきか。ざっくり言えば、この男はパッショーネの所属でもないのに勝手にポン引きなんぞやらかしたのだ。当然、シマを荒らされたと思った——事実その通りではある——パッショーネのとある幹部が、ナメた野郎を締め上げてこいとブチャラティに命令した。だからここに来た。つまりそういう話である。
「もうしないって! あれが初犯だよォ〜……知らずにやったんですゥ……」
「で、この男……どうします? こいつの場合、後腐れなく殺っちまっても問題は無いでしょうが」
「そ、そんな。……冗談、冗談でしょう! そうですよねッ?!」
いっそ何も言わないほうが可愛げがあるってぐらいこちらに媚びへつらってくる惨めな男をみて軽く頭痛がしたのか、額を抑えながらフーゴが質問してくる。どうでもいいことに対してよくブチ切れては暴れるフーゴは、こういう時には冷静だ。
無論、こういう場合でも普通にキレて暴れる確率も半々くらいにあるのだが——と、つらつら考えながらブチャラティも返答する。
「処遇については、今回はポルポの命令通りにやる。確か……『懲りたようなら指の二本や三本で許してやっても構わんが、そうでないなら殺してしまえ。その辺の判断は君に任せるよ』だと」
「こり……懲りました! 反省しました、指もやります! 命だけはァァ〜〜〜……ッ」
「あのな、僕たちはお前の指なんかが欲しいわけじゃあないんだよ。決めるのはブチャラティだ。……どうするんです? こう言ってますけど」
冷や汗をダラダラ流している男の顔をジッと見つめたブチャラティは、男へおもむろに問いかける。
「てめーはさっきから『初犯だ』だの『知らなかった』だの勝手に喚いていたが……どうだ、それが本当だったら今日のところは許してやる」
「……あんたはそういう所が甘いんだ、ブチャラティ。口だけだったら何とでも——」
「は、はひぃ! 本当の本当なんです、だから……」
まずい。ブチャラティはそう思ったが、事前に止めるには遅すぎた。「横から口を挟むとは、いかにもフーゴがキレそうな事だ……」とフッと頭によぎった瞬間、
「うるッッッッッせぇぞテメ──ッッ!!!!! いまオレが喋ってる途中だってのがわからねーのか!!! そんなに死にてぇんならその腐った脳ミソをもっとグズグズに………………」
そらきた。
「ぐげえええ」
「やめろフーゴ! 本当に死んじまうだろうが!」
「……わかりましたよ」
男の喉元を絞めて殺しかけながら怒鳴り散らすフーゴに静止の一言をかけて、なんとか落ち着かせることに成功した。今のところ、ブチャラティはキレたフーゴを——“そこそこ”の確率で——落ち着かせられる数少ない存在の一人である。
「げ、おげェ──っ」
「で、何でしたっけ……? そうそう、『口だけだったら何とでも——』言えるじゃあないですか」
言葉を邪魔されたという事実すら無かったことにして前の発言から言い直したフーゴに呆れながら、ブチャラティは一言。
「別に指で許すこと前提で言ってるわけじゃあない。少なくとも俺は命令通りにやるつもりだ」
「……というと?」
あまりピンときていないフーゴを置いて、ブチャラティはうずくまっている男の髪を引っ掴み、一つ一つ確認するように問いただしてゆく。
「ひィ〜〜っ、やってねぇって言ったろ、助けてくれよォォッ」
「もう一度だけ言う。それは本当だな?」
「だから……そう言ってるじゃねぇかぁ……」
そうか、とブチャラティが呟いた直後——男が突然泡を吹いて倒れた。
脈を測れば、男の心臓が今をもって停止してしまったことが分かるだろう。その心臓が「出血もなく真っ二つになっている」とまで分かる者は流石にいないだろうが。
「……意外ですね、あんたが感情に任せて人を殺すなんて。僕じゃあるまいし」
「いや、こいつが嘘を吐いている事は分かっていたさ」
「あー、汗を……久しぶりに見ましたよ、それ」
いつからか身につけていた「嘘を汗で見抜く」という特技。パッショーネに入った時に身につけた『能力』とは別モノだが、これで中々役に立つものだ。
「…………………………」
そしてこの場にいるのはギャング二人と商売女——というには若すぎるかもしれないが——の三人。
これだけ騒いでいるのにピクリとも動かない、うつろな目をした少女だ。どんな目に合ってきたかは知らないが……ともかく、「どうにか」しないといけないのだけは確かだろう。
「それでそれで? どーしたんだよ、その商売女?」
「ナランチャ、首を突っ込むのは構いませんが、手は動かしてくださいね」
いまやブチャラティチームの溜まり場と化しているリストランテにて、フーゴは今回の仕事についてメンバーと話をしていた。
といっても、同僚であるナランチャ•ギルガに勉強を教える片手間に話す程度のことであり、ハッキリ言って雑談とそう変わりはない。
「いいじゃねーかよォ〜〜……オレだってその任務に参加してただろ? それってオレも関係あるってコトじゃん」
「つってもオメーは外で”立ちんぼ”だったがな。……”商売女”だけに!」
「……プッ」
「…………」
「……それでフーゴ、結局どう片付けたんだ? その女」
イチゴのケーキを食べているチームのガンマン、グイード•ミスタに先を促され、フーゴはナランチャを諫めつつも続きを語る。
「ブチャラティが何とかしてくれましたよ。孤児院に預けるとかどうとか。詳しくは聞いてませんがね」
「か──っ、お優しいこって。それって保証人だの何だの、いろいろ用意しなきゃなんねーってことだろ? いちいちそんなことで足を止めてりゃ、出世の道も遠のくってモンだぜ!」
よく知りもしないで「保証人だの何だの」というセリフをノリで言ったミスタに対し、フーゴもまたどーでも良さそうに答える。
「知りませんが、そういう積み重ねが信用を作って地位に繋がるんじゃないですか? 現にブチャラティもそろそろ幹部昇進が見えてきましたし。……まあ、彼もそういう俗な考えで人助けなんかやってるわけじゃあないと思いますけどね。知りませんが」
かくいうこの場にいる全員が、そのブチャラティの人徳に人生を救われてここにいる。前置きまみれなフーゴの言葉もそう間違っていないのだろう、と全員が頷いたところで——今まで黙って話を聞いていた最後のメンバー、レオーネ•アバッキオが口を開いた。
「にしても売春か……最近どうも増えてきたな。つってもまあ、そいつに限った話じゃあねーがよ」
彼らのギャング組織、パッショーネはかつて”義賊”のような活動をしていた。ギャングという事に変わりはないが、法律では裁けない犯罪への「報復」を請け負ったり、麻薬を陰ながら取り締まったりなど。
それが最近方針が変わったのか、もしくは最初から方便だったのかは定かでないが、とにかく現在のパッショーネは極めて強い拝金主義へと形を変えた。それに伴い治安は悪化、犯罪も増え、麻薬をはじめとした裏取引も増えたというわけである。
「アバッキオはその流れにこういう犯罪も絡んでると考えてるんですか。……まあ、なるべくしてなっているという所でしょうね」
「嫌な世の中になったもんだ」
と、ここまでは割とシリアスな話の流れであった。
だが内容はあくまで「売春」について。そうなると、チーム内でも随一のお調子者であるミスタのせいで話が下世話な方向へ向かっていくのも無理はないわけで……
「そういえばよォ、ブチャラティって童貞なのかな?」
「ブッッッッッッッ!!!」
ちょうど口に含んでいた紅茶を思いっきり吹き出したのはナランチャだ。
「うわっ汚ねえなオイ!」
「ばっ、ばばバッカお前、……オレたちのブチャラティが童貞なわけないだろ!いい加減にしろ!」
ナランチャは、実の父親よりも真剣に自分のことを叱ってくれたブチャラティに憧れている。そして、それこそがギャングの道に入った切っ掛けなのである。彼にとってはそれこそ父親に等しいほどの存在であるブチャラティをそんな風に言われたらナランチャも怒る。怒るし、なんか複雑だ。
とはいえ、ミスタも別に考え無しに言ったわけでは全然無い。むしろ自身の推理力に感心すら覚えてしまったほどである。
「いやよォ、今回拾ったのって、ガキとはいえ一応商売女だろ? それなのにあ〜んなことやこ〜んなことを考えもしないでヨソに預けちまうなんてよォ……
これにはアバッキオも十五、六相手に欲情はしないだろ、と飛躍しすぎな発想を割と冷めた目で二人のやりとりを見ていた。
一方で、十五、六歳を”ガキ”呼ばわりされたフーゴ(16)は幸運にも何の反応も示さなかった。といっても、例えるならば「足元をチョロチョロ歩き回る地雷が踏み抜いた足を偶然避けてくれた」ようなもので、一歩間違えればブチ切れていたのは言うまでもない。閑話休題。
「ま、それは流石に冗談としてもだ。ブチャラティって誰にでも
「ぶ、ブチャラティが……そんなまさか……」
ミスタの詭弁に煽られてこの世の終わりみたいな顔をしているナランチャ。それを流石に哀れに思ったのか——勉強の手が止まっているからである可能性の方が高いが——フーゴは助け船を出すことにした。
「いや、それは無いと思いますよ」
「「え??」」
途端に静まり返るミスタとナランチャ。
いきなり割って入ってきたかと思えば、何の根拠があってそんな事が言えるのだろう。そう思った二人だが、直後に放たれた衝撃の一言によってそれらの感慨は吹き飛んだ。
「だって彼、彼女いますから」
何の気なしにそう言ったフーゴをマジマジと見つめた後——二人が同時に発したのは、驚嘆による絶叫だった。
「「え、えええええッッ!?」」
「僕はこの中で一番ブチャラティとの付き合いは長いですからね、彼女さんとも何回か会ったことはありますよ」
それを聞いていたアバッキオは、そういえば、といった感じで思い出した事を口にする。
「あー、俺もそれ聞いたことあるな。付き合ってる女がいるって、確か一つ年上だったか?」
「ちょ、ちょっと待て! お前ら何で知ってて当然みたいな感じに言ってんだよ! 特にアバッキオ、お前はオレより新入りだろーが!!」
「ハッ、お子様には話せないようなこともあるって事さ」
アバッキオの物言いにナランチャは軽く憤慨したが、それよりも興味の方が先行したようで、それについての話を勉強そっちのけでセガみ出した。
「ぐ……なぁアバッキオ〜、ブチャラティの彼女ってどんな奴なんだよ? あとさぁ……」
「その女とは『どこ』まで行ったんだ? なあ教えてくれよォ、減るもんじゃねーんだしさ!」
「そうそれ! 結局のところそれが知りたい!!」
ナランチャに便乗してまで話を聞き出そうとするミスタ。そんな彼らに一瞥をくれてやった後、アバッキオは否と答えた。口外はしないで欲しいと頼まれた話も少なからずある。彼はその見かけによらず義理堅い性格なのだ。——まあ、単純にそう易々と教えてやっても面白くない、といった考えもあったことは否定できないが。
「イヤだね。そんなに知りたきゃあ本人から直接聞くんだな」
「なんだよ、ケチな奴だな。……じゃあフーゴ、フーゴも何か知ってるだろ? 教えてくれよ!」
唐突にこちらへ矛先を向けられて少々辟易としたものの、表向きは平静を取り繕ってフーゴは答える。
「ナランチャ、さっきからずっと手が止まっているじゃあないですか。勉強を教えてくれと頼んできたのは君なんだから、僕がこんな話をしていて滞るなんて本末転倒ですよ」
いきなりド正論をかまされたナランチャは言葉に詰まる。ギャングの癖にこんなまともな事を言うなんて……そんな意味不明な考えが頭によぎるが、それで諦められるほど軽い話題ではないのも確かだ。
「これじゃ気になって身が入らないって! ……そうだ、名前。名前だけ教えてくれたら勉強もするから、なっ?」
「……はぁ」
精一杯の譲歩として、これだけは是非とも聞きたいところだ。
フーゴも一理あると判断したのか、はたまたこれ以上とやかく言っても仕方が無い、と思ったのかは定かではないが——不承不承といった様子で、これだけ答えた。
「カッサンドラ。カッサンドラ•グレコ……それが彼女の名前ですよ。さあ、もう十分でしょう? そろそろ勉強を再開してください」