恋姫†無双 島津伝 作:新名択捉守
雷光を伴い天より降臨するその者、天の御使いなり。
彼の者、大陸に知恵と安寧をもたらす者なり。
光を感じ、ゆっくりと目を開くとそこは地平線の彼方まで何も遮るものがない荒野だった。
それは初めて見る光景でありながらも、妙な既視感も抱いていた。
「これが死後の世界・・・というものなのか?だとしたらなんだか拍子抜けもいいところだな」
でも、あまりにも現実感があり過ぎた。
この現状をまだ受け止め切れずに呆然と立ち尽くしていると肩を突くものがいた。
突かれた方を振り返るとやっと気づいてもらえたことに喜びの鳴き声をあげる馬が一頭。
歴戦の武士を思わせる凛々しい目付きに漆黒の綺麗な毛並み。そして何よりも印象的なのは一般的な輓馬より一回り以上も大きい威圧感たっぷりの体躯。
鞍と申し訳程度の武具を身に着けているその戦姿には強く懐かしみを感じた。
「・・・お前、薩摩か?」
その問いかけに黒馬はそうだ、と答えるかのように「ぶるるるぅ」と一鳴きした。
「そうか。本当に薩摩なんだな」
そう呟きながら、昔と同じように少し強めに撫でてやる。
すると、目を細めながら体を寄せてくるその様子も記憶のままの薩摩だった。
しかしこの薩摩という名の黒馬はもう遥か昔に亡くなっている。それが隣にいるということは、やはりここは死後の世界なのだろうと考える。
そして意識を自分自身に向けてみる。
完全武装の甲冑姿。刀を2本帯刀しており、愛馬の薩摩と同じく戦姿だった。
身体を少し動かしてみる。ガチャリガチャリという具足や甲冑が擦れる音が奏でられた。
その多少耳障りな音を無視して、もう少し負荷をかけるようにして身体を動かす。
具体的には腰に差している2本の刀を抜刀し、まるで演舞かのように刀を振る。
軽い。
まるで戦場を駆け回っていた全盛期の頃のようだ。
とはいえ、直接敵を斬ったことなど数えるほどしかないが。
それから少しの間だけ、思い通りに動く自分の身体を堪能しながら刀を振り、区切りのいいところで刀を納める。
ひとつ短く息を吐き、久方ぶりの充実した気怠さに酔いしれていた。
とりあえず兜を外し、薩摩の鞍に引っ掛ける。
「あぁ・・・空が青い」
地面に仰向けで寝そべる。
太陽から注がれる陽射し。
身体を優しく撫でるようなそよ風。
これじゃあ、生きてるのか死んでいるのかわからないなと心の中で呟きながら、ぼんやりと思考する。
これからどこへ向かえばいいのだろうとか、この装備で三途の川を渡れとでも言うのかとか、そして残してきた家族のこととか。
隣で草を食べている薩摩を横目で見ながらそのようなことを考えていると急に風向きが変わって、太陽から注がれる陽射しも雲によって遮られた。
その風によって不意に来たツンと鼻にくる臭いに顔をしかめると、「ぶるるぅ」と相棒も何かを感じ取っていた。
鉄の臭い。血の臭い。
微かに臭う程度のものだったが、懐かしくも嬉しくないその香りに誘われて風上である後ろを振り返る。
視線の先には村があった。
ただ、言葉通りに村があるわけではなかった。
過去形としての『あった』であった。
その村を獣や野盗から守るために設置されていたであろう木製の壁や柵は無残に壊されており、遠すぎて詳細は見えないがその中にある家屋もボロボロであることは想像に難くない。
今、争っているような喧騒は聞こえない。
恐らく、もうすでに手遅れなのだろう。生存者もきっといない。
かつて乱取りのために襲われた村を目にしたことがある。
家屋は破壊され、至るところに黒く変色しきった血痕の数々。男たちは串刺しや断頭によって殺され、女子供は辱められた後に殺されていた。
時間が経ったその亡骸たちには蟲が湧き、見るも無残な姿に変わり果てていた。鼻につく臭いは血のみならず、死臭も酷かったことを鮮明に覚えている。
視線の先にある村からは血の臭いはするが腐乱した臭いまではしてこない。
人の姿のまま弔ってやることくらいはできるかもしれない。
「行くぞ! 薩摩ッ」
そう言うや否や青年は黒馬に跨り、黒馬は初速からトップスピードで村に向かって駆け出した。
オレは確かに死んだ。
オレは居城である鹿児島城の中で家族に見守られながら確かに息を引き取ったのだ。
辞世の句を詠み、遺言を残していくもの達へと託し、我が人生一片の悔いなしと笑いながら黄泉へと旅立ったはずなのだ。
九州の覇者『島津義久』として。
だが、おかしなことに冒頭のような状況に置かれている。
意味が分からないが、似たような経験ならしたことがあった。
実のところオレには島津義久になる以前の記憶があった。
平成という平和な時代に生きた平々凡々な大学生『島津義久』としての記憶だ。
オレはその当時、男だけの四人兄弟の長男。ちょっとやんちゃで自由人。でも根は真面目な大学1年の次男とその1個下で兄弟の中では一番しっかり者の高校3年の三男。そして末っ子らしくマイペースな高校1年の四男。
バイトで稼いだお金を頭金にして中古のスポーツカーをローンで購入した次男坊が運転する車で兄弟四人での初ドライブをした際の帰り道。高速道路のトンネル崩落事故に巻き込まれて命を落とした。恐らく、下の兄弟たちと共に。
そのはずだった。
だが、気が付いたときには元服の儀式の最中。
平成時代の記憶と戦国時代の記憶が入り交じり、突如激しい頭痛と吐き気に襲われて倒れたのを鮮明に覚えている。
そして症状が治まり、平成の『義久』と戦国の『義久』の意識の同期が成されたときには思わず笑いが止まらなかった。何せ未来の知識があるのだ。もちろん知識の全てを有効活用できるとは思わなかった。でも未来の知識は他家を圧倒できる手札になり得る。
これで島津が九州の支配者になれる、と。
その当時は父上や爺や、家臣団たちに島津家の行く末までもを心配されたものだ。そりゃそうだろう。いきなり倒れて意識を失ったと思ったら、今度は馬鹿みたいに笑っているのだから。
特に弟たちの狼狽えっぷりも酷かった。同母兄弟である義弘と歳久はもちろん、異母兄弟である末っ子の家久もとても心配してくれた。
恐らくこの出来事があったからだろうか。戦国時代のオレは弟たちから過保護なまでに守られていた気がする。
そしてその弟たちは平成時代の弟たちとよく似ていた。性格も嗜好も姿形も。強いて異なる点を言えばオレへの呼び方くらいなものか。
そんな弟たちと共に時に武力を使い、時に知識を使って九州を史実で成しえなかった統一をあり得ない速さで果たした。
死ぬまでには平成の『義久』が知っている歴史とは大きく変わった日ノ本となり、現在に至る。
廃村に着いたオレは愛馬・薩摩から飛び降りて念のため生存者を探す。
村に入るなり目に入ったのは死体の山。それも2つ。
皆、黒ずんだ血で汚れているが恐らく丁寧に積み重ねられている山は村人で、もうひとつ乱雑に置かれている山は侵略者の死体だろう。よく見ると服装が違う。
それに亡くなった村の女子供には布が被せられている。乱暴により服が破り捨てられていたのを不憫に思い布をかけてやったのだろう。
「まだ誰か人がいるかもしれないな」
この数の亡骸を一か所に集めるのには相当な労力がかかる。もしかしたら2人以上、生存者がいるのかもしれない。
そう思い「誰か! 誰かいないか!」と、声を上げながら1軒目、2軒目と家屋の中を覗く。
それを何度か繰り返し、まだ見ていない家屋が残りわずかとなった頃。
同じように建物内に入ったと同時に殺気と共にナニかが飛んできた。
オレはそれを抜刀と同時に二刀をクロスさせ流しながら後ろへと飛び、九死に一生を得た。オレが受け流したナニかが床に衝突し物凄い音と揺れを発生させる。
そのせいで床は貫通し、その下の地面が大きく陥没。ただでさえ壊れていたこの家屋が振動で崩壊した。
その光景を目の当たりし、あとわずかでも反応が遅れていたら自分がこうなっていたなとゾッとする。
たったの一撃で腕が痺れた。それに受け流した刀もガタが来ている。追撃が来たら全力で避け、薩摩に飛び乗り逃げるしかない。
だが、そんな決死の覚悟も相手の顔が見えたことによって霧散した。
「ほぅ・・・上手く流されたか。ワシ渾身の一撃を受けて尚、死なぬとは吉川殿、本多殿以来3人目だ」
身の丈の倍はあろうかというほどの大きな得物【斬馬刀】を担ぎ上げながらそう宣う大男。
その名は。
「貴殿の武に敬意を払ってワシから名乗ろう!!」
島津 琉球守 義弘。
そう。戦国の世に残してきた自分の弟だったのだから・・・
主人公、島津義久。
四兄弟の長男。まとめ役。妻は大友麟音義鎮。
平成生まれの大学4年だったが、ある日突然、戦国大名・武将の島津四兄弟へと転生してしまった過去がある。
本拠地は薩摩国・鹿児島城。所領に本拠地・薩摩国、大隅・日向・肥後・筑前・豊前・豊後があるが、豊前・豊後は妻麟音の領地でもある。
九州探題職・琉球探題職。
恋姫の世界では、将来の中国が少しでも海洋進出するのを抑えようとする。
島津義弘。別名、鬼島津。
四兄弟の次男。自由人。戦国最強。妻は戸次美雪鑑連。
琉球出兵の総大将を任された。島津琉球守義弘。
所領は肥前国・筑後国。肥前・佐賀城城主。
島津歳久。
四兄弟の三男。影と幸が薄い、器用貧乏。知恵者。
琉球出兵の際、更に海上を西進し高山国(台湾)を制圧。島津高山守歳久。
所領は琉球国・高山国。本拠地は琉球国・首里城。
島津家久。
四兄弟の四男、末っ子。上3人とは母が違う異母兄弟。
火縄銃の名手。
本拠地は対馬国だが、朝鮮半島南部にある耽羅国(済州島)の支城に詰めている。