hair/目をつむるのが怖い   作:紫 李鳥

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後編

 

 沙知絵は益々、卓哉を避けるようになった。

 

 洗髪の時に人の気配を感じたのは、殺された璃子の怨念ではないだろうか……。恋人を奪った私を恨んで浴室に現れたのではないだろうか……。

 

 沙知絵はそんなふうに考えると、卓哉への疑惑と憎悪が募った。

 

 

 だが、取り調べを終えた卓哉は無罪放免で帰社した。

 

 死亡推定時刻とされる時間には、友人とスキーに行っていたという完璧なアリバイが証明されたのだ。

 

 そして、予想だにしなかったことが起きた。

 

 卓哉に代わって逮捕されたのは、千華だった。

 

「まさか、まさか」という言葉が、馬鹿の一つ覚えのように、沙知絵の頭の中で繰り返されていた。――

 

 

 

「畑中さんにお金を借りてました。ホストクラブに通うお金が欲しくて、多額の借金がありました。毎日のように催促が煩くて。期日までに返さないと、会社中に言いふらすと言われ、殺すしかないと思いました。

 

 殺害計画を立て、山に運ぶ前日の土曜、畑中さんが運転免許証を持っていることを知っていた私は、全額返済するから車で来てくれと言いました。

 

 理由として、実家に行けばお金がある。実家は駅から徒歩で行ける場所ではない、バスはない、タクシーは高くつくと。

 

 その前にアパートに誘い、睡眠薬入りのコーヒーを飲ませると、首を絞めて殺しました。

 

 キャスター付きの旅行カバンに、畑中さんの死体を詰めると、畑中さんが乗ってきたレンタカーで、買っておいた灯油缶と一緒に運びました。

 

 私は、手袋をした手でハンドルを握ると、焼却する適当な場所を探しました。

 

 秘湯近くの山林に決めると、死体を降ろし、その手に、持ってきた毛糸の手袋をつけ、それから灯油を浴びせ、使い捨てライターで手袋に火をつけました。火はみるみる広がり、死体を覆っていました。

 

 燃えるのを確認すると、軽くなった旅行カバンを引きずりながら、山道を下りました。秘湯帰りの客を装って。

 

 焼死体にしたのは、2つの理由があります。1つは自殺に見せかけるためです。でも、焼かれる前に死んでいたことは検死の結果で明らかです。つまり、他殺だと。だから、私が逮捕されたわけですから。

 

 もう1つは、畑中さんのハゲの有無をうやむやにするためです。私は、同僚の設楽沙知絵に、畑中さんはハゲで、カツラを被っていると、デマを吹き込みました。ハゲを悩んで焼身自殺を図ったんだと思い込ませるために。

 

 燃えてしまえば、ハゲの有無は立証できない。立証できなければ、ハゲではなかったこともまた立証できないわけです。

 

 ――なぜ、設楽さんにデマを吹き込んだのかって、設楽さんが憎かったからです。綺麗な髪をいつも自慢にして、男子社員を(とりこ)にしていた。

 

 私は、池田卓哉さんのことが好きだった。思い切って告白した時、『……ごめん。俺、設楽さんが好きなんだ』そう言って、呆気なくフラれました。

 

 設楽さんが憎い。私の中に殺意が生まれました。けど、直接手にかければ墓穴を掘ることになる。自分の手を汚さないで殺す方法。……そうだ、気を狂わせて自殺に追い込もう。

 

 私は設楽さんのロッカーから部屋の鍵を盗むと、合鍵を作りました。設楽さんの部屋のバスルームからシャワーの音がすると、その合鍵で部屋に入り、バスルームのドアを少し開けると、部屋を出ました。

 

 そんなことを一週間も続ければ気が狂うだろうと、目論(もくろ)んだのに、中からチェーンをしてしまい、部屋に入ることができなくなりました。

 

 仕方なく、次に計画したのは、池田卓哉さんと別れさせること。畑中さんと付き合っていたとか、畑中さんに借金していたとか、全くの作り話を吹き込みました。

 

 だけど、そんな嘘は直ぐにバレてしまった。池田卓哉さんは釈放され、こうやって、真犯人の私が捕まったのだから。……恋人が欲しかった。結婚もしたかった。なのに、お茶に誘ってくれる男すらいなかった。寂しかったんです。だから尚更(なおさら)、モテる設楽さんが憎かったんです。だって私、もうすぐ25ですよ。結婚適齢期が過ぎちゃう」

 

 刑事の取り調べに、千華は自分勝手な動機を淡々と答えていた。――

 

 千華はどうして、畑中璃子を殺したのだろう……。ニュースでは、「借金の返済に困って」とあったが、本当にそれだけの理由なのだろうか……。沙知絵は、釈然としなかった。

 

 

 ――沙知絵は髪を洗っていた。と、その時、ふと、人の気配を感じ、反射的に振り返ると、閉めたはずのドアが少し開いていた。アッ!玄関のドアチェーンをし忘れたのかと思い、バスタオルを巻き確認しに行った。

 

 だが、玄関のドアチェーンはしてあった。沙知絵はホッとすると、浴室のドアは閉め忘れだろうと思い、今度は閉めたのを確認してから洗顔をした。……なのに、背後に冷気を感じた。

 

 

 

 

 パッ!

 

 

 

 

 

 

 湯気で曇った鏡に、怨めしそうに見つめる、坊主頭の畑中璃子の顔があった。

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