「雨酷いなぁ」
俺は学校の玄関で外を見ながら呟く。新しく顧問になった滝先生のせいで吹奏楽部の面々がやる気を出してしまい、練習後も普通に練習する生徒が増えた。
まぁ、それでも俺はやる気がない時は余裕で帰るんだが、部長で同じサックスパートの小笠原部長に「塩見くんは上手いからみんなに教えて欲しいんだけど……」と頼まれるとNOと言えなかった。
小笠原部長の声が小さい頃からお世話になっている母親の友人と声がそっくりなせいもあるが。
そんな感じでもう薄暗くなるくらいまで練習に付き合い、いざ帰ろうと思ったらこの雨である。
「あれ? 塩見くんじゃないか」
条件反射とばかりにその声に超反応すると、そこには部活上がりなのかほのかに制汗スプレーのにおいがする狼谷さんがいた。
「塩見くんも今帰りかい?」
「はい! 首筋のほのかに汗のにおいが混じったところをクンカクンカしたいです!!」
「え?」
欲望が思わず口から出てしまったので自分に頬パンチ。俺の発言を聞いても引かないどころか少しを顔を赤らめるだけの狼谷さんは女神だろうか、ああ、女神だった。
とりあえず愛しの和泉と下校したであろう式守に『狼谷さんマジ女神』と送ってから狼谷さんと向かい合う。
「狼谷さんも今帰り?」
「ああ。今日はちょっと後輩の娘の練習に付き合ってあげてね。遅くなってしまったよ」
「何それ羨ましい」
「え?」
狼谷さんとマンツーマン放課後レッスンとか超羨ましい案件だったので思わず零れた口に対して頬パンチ。
狼谷さんは傘と取り出しながら笑顔で俺に対して口を開く。
「もしよかったら一緒に帰らないかい?」
「はい!!」
もう俺の幸せ絶頂タイムである。だが、すぐに現実に引き戻される。
「あ~、ものすごく……ものすごく魅力的な提案なんだけどさ、現実問題として一緒に帰れないんだよ」
「? ど、どういう意味だいまさか私のことが嫌いだからとかじゃないよね?」
「え?」
「コホン、なんでもないよ」
一瞬だけ狼谷さんが吹奏楽部みたいなノリに染まった気がするが気のせいだろう。
とりあえず俺は一緒に帰りたい……いや、本当に一緒に帰りたい、心の底から一緒に帰りたいけど帰れない理由を告げる。
「傘がないんだよ」
「? 今日は朝から雨だったよね」
狼谷の疑問は当然だ。今日は朝から雨が降っていたから普通の人間だったら傘をさして通学する。当然のように俺もそうした。
だが……
「田中先輩に吹奏楽部法第二条を盾に傘を強奪されてな」
「吹奏楽部法」
「俺も田中先輩の訴えは吹奏楽部法第三条に抵触するから無効だと訴えたんだけど棄却されてしまった」
「無効や棄却」
部長である小笠原部長を味方にできたが、田中先輩は吹奏楽部の表のヒロインである中世古先輩、そして裏のヒロインである雑賀先輩を引き入れて数の暴力で強制可決させたのだ。
「まったく、田中先輩の傘を使って脱走用のパラシュートを作ったくらいで怒りやがって」
「いや、吹奏楽部は何をやっているんだ」
「法と秩序に守られた部活動かな」
「確かに法はあるようだけど」
苦笑いしている狼谷さんに首を傾げる俺。確かに俺も含めてちょっと一般人の感性からずれた部員が多いのが吹奏楽部である。
待て、そんな吹奏楽部を方法はどうであれ纏めている滝先生って実はすごいのでは……?
「そ、それだったらどうだろう」
狼谷さんの言葉に俺の思考回路は狼谷さんに対して全振りする。狼谷さん>>>>>>>>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>>>>>>滝先生な俺の思考回路である。
「わ、私の傘に一緒に入っていくかい?」
「その時俺に電流走る……!!!」
「え?」
余計なことを口走った自分に頬パンチ。待て、落ち着け塩見周。クールになれ。これは父親や叔母がよくやる『一見天国に見せかけた地獄』ではなかろうか。
だが待て、女神である狼谷さんがクソを煮詰めたような性格である父親と叔母のような真似をするだろうか。
「や、やっぱり迷惑かい?」
「全然迷惑じゃないしむしろ入れてくれるなら超嬉しいんですけどいくら払えばいいですか?」
「え?」
余計なことを口走った自分に頬パンチ。
そして狼谷さんは少し顔を赤らめながら傘を開きこちらを見る。
「ど、どうぞ」
「お、お邪魔します」
そして俺も狼谷さんの傘の中に入る。二人ができるだけ濡れないようにするには密着したほうがいい。つまり何が言いたいかというと。
(あ! あ! あ! 右腕が狼谷さんと触れ合っているしなんかいい香りがしゅる!!! あぁぁぁ!!! いけません狼谷さん!!! いけません狼谷さん!!! あぁぁぁぁぁ!!!! 浄化されちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「え?」
思わず心の声が漏れてしまっていたので空いている手で自分に頬パンチを入れておく。そうしたら少し正気に戻った。
それからは二人で歩きながら会話をする。
「そういえばさっき言っていた吹奏楽部法ってなんだい?」
「ああ、それは主に自由に行動する吹奏楽部員……まぁ、主に俺と田中先輩なんだけど、それをある程度コントロールするために俺と田中先輩で作った法律」
「うん、どういうことかさっぱりだ」
吹奏楽部の汚れた連中だとこの説明だけで納得するのだが、納得できない狼谷さんはやはり女神という認識を深めつつ、説明を続ける。
「具体例でいうと吹奏楽部法第一条は『先輩だろうが後輩だろうが煽れる時は全力で煽ってもよい。しかし、煽り返しされることも覚悟すること』みたいな感じ」
「……法律?」
「いや、まぁ、去年は吹部はいろいろあったからさ。風通しをよくしようって意味で」
俺の説明に納得した様子を見せる狼谷さん。去年の吹部の一件は学校でも問題になったのだ。
「この法律の実際にあった例で言うと俺が吉川に「うるさいわねこのチンパンジー」って煽られてな。煽り返しであいつの目の前でチンパンジーの真似しながら超スローでバナナ食ってやったら全力泣きで逃げやがってさ。こっちも腹たったから追いかけてやり続けてやったんだよ」
「それって最終的に塩見くんが職員室に呼び出された奴じゃないかい?」
「あ、よく知ってんね。そう、副顧問の松本先生に呼び出されてさぁ。全力泣きの女子生徒を追いかけるなって注意されたんだけど、こっちは『違います先生! 吉川のほうが俺のことをチンパンジー呼ばわりしたんで全力でチンパンジーをやったんです!! こう皮を剥きながらバナナを咀嚼しつつチキータ!! って感じでやっただけなんです!!』って訴えたら職員室からたたき出されてさぁ」
今でも俺はあの対応が不満である。俺はきちんと吹奏楽部法第一条にのっとって全力で煽り返しをしただけなのに。
「それじゃあ塩見くんが田中先輩に傘を強奪された第二条ってなんだい?」
「第二条は『後輩の物は先輩の物である』だな」
「急なジャイアニズム……!!」
狼谷さんが戦慄しているので俺は説明を続ける。
「いや、田中先輩からこの条案を聞いた時に俺もやばいと思ったから第三条に『しかし、先輩の権力を使うのは違反である』って条項をつけたんだ」
「……完全に矛盾しているよね?」
「そういう時のためにあるのが吹奏楽部裁判だ。これはどちらに言い分があるかを吹奏楽部全員で判断する多数決でさ。当然のように他の部員に対して買収、脅迫、取り込みなんでもありな裁判なんだよ」
「いやそれは駄目だろう!?」
「だけどそもそもこの裁判をしたりするのが俺と田中先輩だけなんで大きな問題はないんだよなぁ」
というか吹奏楽部で問題を起こすのは俺か田中先輩である。必然的に裁判も俺と田中先輩のやり取りにしかならない。
「……田中先輩と仲が良いんだね」
狼谷さんの言葉に俺は首を傾げる。
「付き合いが長いからなぁ。中学時代から同じ部活だったし、ノリが近かったからなぁ」
「そっか……羨ましいよ」
「え?」
聞き取りずらかったのでもう一回尋ねると狼谷さんは微笑みを浮かべて口を開いた。
「なんでもないよ」
塩見くん
放課後スーパーラッキータイム突入。チンパンジーの物まねをみた吉川優子曰く『気持ち悪いくらいに似ている』そうである
狼谷さん
ちょっと勇気を出して相合傘に誘ったメインヒロイン。塩見くんと田中先輩の気安い関係が羨ましい
吹奏楽部
塩見くんと田中先輩のせいで問題のある部活扱い
そんな感じで梅雨と相合傘編です。
本当はこのまま塩見くんが狼谷さんを父親がやっているお店に連れていくつもりだったんですが、吹奏楽部の話を書いていたら長くなったので中止です。
でも付き合う前に塩見くんの両親に狼谷さんを合わせたいところ。
次回は原作の女子会に塩見くんを乱入させたいところ