脳髄。 作:はせがわ
「宇宙だぁぁぁあああーーーーーッッ!!」
ぼくはそう叫び、家を飛び出しました。
「宇宙ッ! 宇宙だぁぁぁああああああーーーーーーッッ!!」
バーン! と扉を開け放ち、勢いよく外へ走り出します。
久しぶりに浴びる太陽の熱、そして照りつける日差しの眩しさを感じながら、手をバンザイしながら走ります。ドドドドドと砂煙を上げて。
「管制塔、聞こえるかッ?! 宇宙だぁぁぁああああああーーーッッ!!」
宇宙を感じます。こうやって何も考えず、ただただ一心不乱に走っている時、ぼくは宇宙の存在を感じます。
非常に近く、すぐ傍に感じるのです。
なにやら通りすがるご近所さん達がギョッとした目で振り返り、ぼくを見ています。
でも今ぼくの目は見開き、充血し、全力疾走しているので視界も定かではありません。彼らの事を気にしている余裕はないのです。
「宇宙だぁぁぁああああああーーーーッッ!! うわああああああーーッッ!!」
そう叫びながら住宅街を走っていると、ぼくは軽トラに撥ねられてしまいました。
ぼくの身体は錐揉みしながら30メートルくらい飛んでいき、ゴロゴロと地面を転がります。
軽トラの窓から顔を出した運転手さんが「大丈夫ー?」とぼくに声を掛けました。
「――――急いでますんで!」
立ち上がり、両の足で大地を踏みしめ、ぼくは再び走り出します。
ただでさえ悪かった視界が、額から流れてくる血によって更に悪くなります。もう何も見えません。
しかし、宇宙を感じます。
必死に動かす足、全力で振る腕、血まみれの顔、ゼイゼイとうるさく音を立てる胸、その全身で宇宙を感じます。走る事に何の問題もありません。
「宇宙だぁぁぁぁあああああーーーーーーーーッッ!!!!」
……ふと今、過去の思い出がスッと頭をよぎります。
あれは確か、去年のクリスマスの夜……、自分の欲しいプレゼントの内容をワクワクしながら告げた時、お母さんに言われた一言だったでしょうか?
『まさお? アンタ本当は、ウチの子じゃないんだよ……』
「宇宙だぁぁぁぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
宇宙を全身で感じながら走っていると、やがてぼくは海に辿り着きました。
そこにはキラキラと光る砂浜、澄み渡るような青空、そして楽しそうにはしゃぐ家族連れや恋人たちと、沢山のビーチパラソルがありました。
ぼくは足を止め、立ち止まり、ただただ眼前の海を眺めます。
――――広い! こんなに広いのか海は! 広いッ!!
海とんでもねぇな。海パネェ。
そんな気持ちが胸いっぱいに広がり、ぼくはとても幸せな気持ちになりました。
「助けて下さいッッ!!!! 助けてくだぁぁぁあああいッッ!!!!」
やがてぼくはその場にへたり込み、天を仰ぎながら涙を流します。
「助けて下さぁぁいッッ!!! 助けて下さぁぁぁあああいッッ!!!!」
おいおいと泣きながら、空に向かって叫びます。
家族連れやカップルの人達が訝し気にぼくの方を見ています。けれどぼくはただただ叫び続けます。
「――――助けて下さいぁぁぁいッ!!!! 助けて下さぁぁあああいッッ!!」
するとどうでしょう! 突然山ほどもある巨大なマリアさまが〈ズモモモモ……!〉と音を立てて、海から現れたではありませんか!
ペッカーと後光の差すマリアさまのお姿は、この世の物とは思えないほどの美しさです。
「マリアさまだ!」
「おい! 海からマリアさまが現れたぞ!」
「あぁなんという事だ!! アメイジング!!」
突然のマリアさまの出現に、この場にいた親子連れやカップルの人達がザワザワと騒めきます。
そんな中、ぼくはマリアさまのお姿を前に、ただただ涙を流し続けます。
「――――奇跡ッ! 奇跡の日です! なんと素晴らしいッッ!!」
今マリアさまがぼくを見つめ、ニッコリと優しく微笑んでいます。
「――――今日は奇跡の朝です! マリアさま! あぁマリアさま!!」
3月の海。声にならない嗚咽を漏らし、ぼくはその場に蹲りました。
マリアさまの光に包まれ、その慈愛とぬくもりに包まれながら、涙が枯れるまで泣き続けました。
なんまいだぶ、なんまいだぶ。
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「やかましい! いいから酒買ってこい!!」
「アンタッ!!」
海から戻り、家に帰ってくると、お父さんとお母さんの喧嘩する声が聞こえてきました。
「うるせぇ! いったい誰のお陰で暮らせてると思ってんだ!!
さっさと酒買ってこい!!」
「アンタッ! アンタぁーッ!!」
ぼくは靴を脱いで、スタスタと廊下を歩いて行きます。そしてお父さんとお母さんの声が聞こえる居間の襖を開けて、声を掛けました。
「お父さん、ぼくがお酒を買ってきます。エビスでいいですか?」
「お、すまんなまさお。ほら、千円札だ。
お釣りでお菓子を買っても構わんぞ?」
「ありがとね、まさお。気をつけてね」
ぼくは家を飛び出し、再び走り出しました――――
モルツビールと、じゃがりこのサラダ味。それをしっかりと、胸に刻みつけて――――