脳髄。 作:はせがわ
「ファッキュメーン! ファッキュメーン!」
ウチのセキセイインコの声が、部屋に響く。
「ファッキュメーン! ファッキュメーン!
ファファ! ファ! ファッキュメーン!」
そんな愛らしい声を聞きながら、俺は静かに立ち上がり、鏡の前に立つ。
手に持っているのはストッキング、そしてセーラー服一式。それを鏡の前でイソイソと着て、最後にニッコリと微笑んでみる。
……よし、完璧だ。バッチリ決まってる。
「さて、出かけようか。……行ってくるよ、ユキちゃん」
「ファッキュメーン!」
俺はユキちゃん(セキセイインコ)に別れを告げ、鳴き声に見送られながら意気揚々と部屋を出た。
うむ! 外は晴天ッ! 憎らしい程に青い空ッッ!!
「――――オッス! おら女子高生!! いっちょやってみっか!」
俺はスカートの中が見えないように気をつけつつ、アパートの階段を降りていく。
元気に「フゥー♪」とか言いながら。
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
リボンを結んで、リップも塗った。新しい私、デビュー!!
そんなゴキゲンな気分で街を練り歩く俺。なにやら清々しい気分さ。
「煩わしいのよ! この世界! 全てを捨ててしまいたいのよ!!」
地位も、名誉も、未来もいらない。ただ今この瞬間さえあれば良い。そんな風に思う。
これを若さと呼ぶなら呼ぶと良い。「後悔するぞ」と言いたいなら、言えば良い。
だがそんな薄っぺらい上辺だけの言葉が、俺の胸に届くと思うか? 俺は今こんなにも清々しい気持ちでいるんだ。
――――そう! 何故なら俺、いまパンツ穿いてないからね! ノーパンだからね!
このスカートの中身は今、大変潔い事になっており
ああ風が気持ちいい! 下半身がスースーする! こんなの初めて!
女っていつも、こんな感じなんだな!!
「――――我思う、ゆえに我あり!」
人間は考える葦である。色んな事を考えながら、勉強しながら生きていこうじゃないか。
前進する事、成長する事を決して止めてはならない。そんなのもう、死んだ方がマシだッッ!! そうだろう?!
何のため―にーうーまれてー♪ なーにをしーてー生きるのかー♪
だからこのセーラー服を着て、しかもノーパンで街をブリブリ練り歩くという経験も、今後の俺の人生において非常に有益な物となるハズだ。
自分は今、それを強く確信している次第である。忘れられないメモリーを、この手に!
「……あっ、やっべ! 靴下履いてくるの忘れたッ!」
おぉなんと恥ずかしいッ! まさかこの俺とした事が、靴下も履かずに外へ出てしまうなんて! なんとはしたないッ!
いま俺、きっと周りから「石〇純一みたい!」とか思われてる! そういうライフスタイルなんだと勘違いされてしまう! ぬかったわッ!!!!
「見ないで! 見ないでよ! こっち見ないでったら! えっち!!」
そうこちらをジロジロと見る通行人たちに叫びつつ、俺はクネクネしながら街へと繰り出していく。
目指すは繁華街――――今日はこの格好のまま、TSUTA〇Aにフォレストガンプを借りに行く。
それが己に課したミッション。ベリーインポータントなミッションだ。
「あ、その前に飛行機に乗って、札幌までラーメン食いに行こうかな?」
俺は急遽予定を変更し、満面の笑みで右手を上げ、タクシーを止めた。
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?!
お医者様がいらっしゃいましたら、手を貸して下さい!」
スカートを気にしながら足を組み、飛行機の機内で経済新聞を読みふけっていた時、そんなスチュワーデスさんの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「私は医者です。どうかなさいましたか?」
俺はスッと右手をあげ、スチュワーデスさんの方に向き直る。
「本当ですか?! ありがとうございますセーラー服のお客様!
先ほど突然お倒れになった方がいまして! 意識不明なんです!」
「ほう、それはいけませんな。案内して下さい」
席から立ち上がり、胸元のリボンをキュッと締め直して、気合を入れる。
慌ててはいるものの、どこかホッとした様子のスチュワーデスさん。そんな彼女に連れられて、俺は倒れた客がいるという席まで向かって行く。
「アンタぁ! しっかりしてぇー! アンタぁー!」
「おとうさぁーーん!」
やがて目の前に、倒れた患者にしがみついているらしきご婦人と、そのお子さんの姿が見える。
俺はそっと彼女達の肩に手をやり、場所を空けるよう指示する。命を救う為に。
「先生っ! どうですか!? 夫は助かりますか!?」
「おとうさんはどうなんですか!? セーラー服のせんせいっ!」
やがて診察を終え、そっと聴診器を耳から外した俺のもとに、奥さんと子供さんが詰め寄る。
俺は彼女達を安心させる為、出来る限り柔らかな笑みを浮かべ、こう告げた。
「――――残念ながら、余命1か月です」
「アンタぁぁぁああああああーーーーッッ!!!!」
「おとうさぁぁぁああああーーーーんッッ!!!!」
この場では死なん、この場では――――だかこの家族には、非情に辛い現実が待ち受けていた。
こんなにも良い人達に! こんなにも愛し合う家族にッ! どうして不幸が降りかかるッッ!? 悪い事など何ひとつしてはいないのに!!
俺はやり切れない想いを抱え、ギュッと胸元のリボンを握りしめる。
「命とは何だッ! 生命とは! 人生とは何だッッ!!」
神よ、アンタは残酷だぞ!!
俺は医者として、ひとりの人間として、天上の神に問いかける。
どうして神は我々に、命という
なぜ人は、それでも生きていかねばならないのかッ!!
「……くッ!!」
思わず零れそうになる、涙――――
俺は顔を伏せ、必死に涙を堪えつつ、セーラー服のスカートをフリフリと揺らしながら自分の座席へ戻った。
「あ! フォレストガンプあるじゃん! ラッキー♪」
ふと座席をいじっていると、機内で観れる映画の一覧にフォレストガンプの名前がある事を発見。さっそく再生する。
どうやら幸運にも、TSUTAYAで借りてくる手間が省けたようだ。今日はツイている。神様ありがとう。さっきはほんとゴメン。
そんな事を思いつつ、「~♪」とばかりに鼻歌気分でヘッドフォンを装着しようとした時……、突然機内のスピーカーから、機長の声であろう放送が流れて来た。
『えー、当機はこれより、
「――――マジでかちきしょう!!!!」
死ぬのか? 俺は死ぬのか?! セーラー服のまま!!
飛行機が墜落し、セーラー服を着たまま死んでいくと言うのか!
神よ、アンタは残酷だぞ!!
………………………………………………
……と、そんなこんながありつつも、現在俺は自室で湯を沸かし、ラーメンを作る準備を行っている。
あれから飛行機は海に落ちたが、辛うじて不時着という形にはなったので、俺たちの命は救われたのだ。無事にこうして家に帰る事が出来た。
まぁあの家族のお父さんの命は、余命一か月のままだが。それは仕方の無い事である。
「結局、フォレストカンプも札幌ラーメンもおじゃんだな。
せっかく勇気を出し、セーラー服を着て出かけたというのに……」
「ファッキュメーン! ファッキュメーン!」
今も背後からは、我が家のセキセイインコの元気な鳴き声が聞こえている。大変微笑ましい感じだ。
「だが、まあいいさ。セーラー服は、また着れば良いんだから――――」
やがて3分という時が経ち、俺はカップのフタを開けて、勢いよくズルズルとラーメンをすする。
札幌ラーメンは駄目だったが、俺には買い置きのカップ麺があったのだ。
「うん、美味い! こんなにも美味いラーメンが、他にあるだろうか?!」
エースコ〇クのわかめラーメンより美味い物があるなら、ここに持って来なさい――――
心から、そう言える。
胸を張って、世界中の人達に伝えたい。そんな気持ちでいるんだ――――