脳髄。   作:はせがわ

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脳髄。その7

 

 

 未だ薄暗さの残る、澄んだ空気が心地よい朝方。

 始発に乗って地元に帰ってきた一人の青年が、自宅への道をテクテクと歩いている。

 

 彼の名はチョコ太郎。

 これは彼の両親が「どんな困難にも負けず、強く育って欲しい」という願いを込めてつけた名前だ。

 

 季節外れのピッチリした半ズボンに、でかでかとハートマークがプリントされたタンクトップ。

 彼は夜勤明けにも関わらずしっかりと眼を開き、背筋を伸ばして歩いていく。

 まさに“チョコ太郎”の名に恥じる事の無い、真っすぐな性根の男であった。

 

「……ん?」

 

 歩みを進める内、やがて彼は横断歩道の前に差し掛かる。いつも通っている見慣れた光景だ。

 しかし彼は、その傍に立つ電信柱に張り付けられていた標語を目にし、その歩みをピタリと止める。

 

【信号を守ろう。】

 

 おそらくは小学生が書いたのであろう、交通安全をテーマとしたよくある感じのポスター。

 だがそこに書かれた文字を目にした途端……突然チョコ太郎はその場から飛び退き、そして即座に戦いの構えを取った。

 

「よっし! お前は下がってな!!

 ……さぁ来いッ! 俺が相手だッ! 死にてぇヤツから前に出ろッ!」

 

 いま彼が、全世界に向けて宣言するかのように、言い放つ。

 

 

「――――この信号機は、俺が守る!!」

 

 

 美しい朝焼けの光。

 今それに照らされた彼が信号を守る為、力強くダンと足を踏みしめる。

 ここは一歩も通さぬ、命を懸けても信号を守る、その決意を示すようにして。

 

「……ぐっ!」

 

 突如、通りかかった車が水溜りの上を通り、チョコ太郎に水を引っ掛ける。

 

「……な゛っ!? ぬぅおぉぉっ!!」

 

 その途端、道端に転がっていた空き瓶により、チョコ太郎は地面に倒れ伏してしまう。

 

「ぐぅああぁぁぁっっ!! 足がっ! 足がぁぁぁっっ!!」

 

 グキッと足を挫き、痛みにのたうつチョコ太郎。あまりの激痛にたまらず目を見開く。

 

「ぎゃあぁぁーーッッ!!」

 

 今、たまたま通りかかった自転車が、地面に投げ出していた彼の足を轢く。先ほどとは比較にならない痛みがチョコ太郎を襲う。

 

「ぬぅわーーーーッッ!!」

 

 そして、あぁなんという事だろう! 空から「カァ~!」という何やら間の抜けた鳴き声が聞こえたその瞬間、チョコ太郎の頭に〈べちょっ!〉とカラスのフンが直撃したではないか!

 

 これを受けては流石のチョコ太郎も、ただただ地面に倒れ伏す他ない。

 彼という正義感溢れる好青年を以てしても、この悪夢のような攻撃の数々には耐えられなかったのだ。

 

「くっ……! 俺に信号機は守れないのかッ……!」

 

 男は地面に倒れ伏し、やがて〈ガックリ!〉と意識を手放す。

 悔しさを滲ませた表情。未熟な己では信号を守る事は出来ないという事実を、しっかりと胸に刻み付けながら。

 

 

………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「お主がこの寺に来て、もう何年になるかのう?」

 

 時は流れ、10年後――――

 中国大陸の人知れぬ山奥に、チョコ太郎の姿があった。

 

「来る日も、来る日も、修行ざんまい。

 食う物も食わず、ロクに眠ることもせず……ただ毎日修行をするばかり」

 

 中国武術界における生きた伝説……通称“仙人”と呼ばれるその老人は、今もひたすら大木に拳を打ち込み続けているチョコ太郎に向け、静かに問いを投げる。

 

「ワシは今まで、数多くの人間を見てきた。

 しかし、お主ほど強い意志を持つ者を見たことが無い……。

 お主ほど真っすぐな目をする者を、見たことが無い……。

 何がお主をそうさせる? 何故お主は、そうまでして戦おうとするのじゃ」

 

 今チョコ太郎が老師に向き直り、まっすぐに目を見つめる。

 

 

「守りたい物があるのです。

 守らねばならぬと、心に決めたのです――――」

 

 

 

…………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「帰って来たぞ! 信号機よ!!」

 

 約10年という長い時を経て、再びチョコ太郎が例の信号機のあるこの場に帰って来た。

 

「待たせてすまなかった……。

 しかし今度こそ、お前を守ってみせる」

 

 あれから変わる事なく電柱に張り付けられたポスター。【信号を守ろう。】の文字。

 ドシンと大地を踏みしめ、以前とは見違えるように逞しくなったチョコ太郎が、シュバッと戦いの構えを取る。

 

「さぁ来い! 俺が相手だ! どこからでもかかってくるがいい!!」

 

 彼が今、再び世界に向けて力強く宣言する。

 

 

「――――この信号機は、俺が守る!!」

 

 

 雄々しく「うぉぉぉ!」と雄たけびを上げて、チョコ太郎が体内の気を極限まで燃焼させる。

 修行の成果を見せるは今ぞ!!

 守るべき大切な信号を、今度こそ守ってみせる為に。

 

「はっ!!」

 

 今、傍を通りかかった車から浴びせられそうになった水溜りのしぶきを、チョコ太郎が華麗な足さばきで躱してみせる。

 その半ズボンとタンクトップを、微塵も濡らす事なく。

 

「そぉうあっ!!」

 

 まるで計ったように足元に置かれていた空き瓶を、華麗な前方3回転宙返りで躱す。見事に転倒を回避。

 

「蛇ッッ!!」

 

 フラフラとスマホ運転してきた自転車を、後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。辺りに〈ガッシャアァァン!〉というやかましい音が響く。

 スマホ運転ダメ、ぜったい。

 

「だだだだだッッ!!」

 

 まるで雨のようにこの場に降ってくるカラスのフンを、ひとつ残らず回避してみせるチョコ太郎。もう以前の彼ではない。ここにいるのは老師から「免許皆伝じゃ!」とお墨付きを貰い、奥義を授かって帰国を許されたまごう事なき武人であるのだから。

 

「……はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 頭、腕、胴体から謎の出血をしながらも、信号を守るため奮闘するチョコ太郎。

 息は上がり、視界は歪み、今にも崩れ落ちそうな身体。

 

「まだっ、まだだっ! 俺はまだやれる! 必ず守ってみせるっ!」

 

 それでも誓いを果たすべく、チョコ太郎は必死に立ち続ける。

 風で飛ばされてきたコンビニ袋を手刀で撃墜し、ブーンと飛んでくるカナブンをダッキングで躱す。決して休むことなく動き続ける。

 

「 !?!? 」

 

 その時! チョコ太郎はこの場に巨大なトラックが突っ込んで来る事に気づく!

 こっくりこっくりと舟をこいでいる男が運転する大型トラックが、チョコ太郎のいるこの場に向けて猛スピードで突っ込んで来るではないか!

 

「イカン! このままでは信号機がッッ!!」

 

 即座にチョコ太郎はトラックへと向き直り、まるで力士のように大地を踏みしめ、深く腰を落とす。

 信号機を支える電信柱を守るべく、その場に踏み止まったのだ。

 

「ぬぅおぉぉぉぉぉーーーーーーーーッッ!!」

 

 凄まじい衝突音が鳴る。トラックを力づくで押し留めるチョコ太郎の両足が、ギャギャギャという耳障りな音を立てて地面を削る。その体はどんどん後ろへと押されていく。

 

「負けん! 俺は二度と負けない! 必ず守ってみせるッッ!!」

 

 額の血管は破裂し、歯を食いしばる口から血が流れる。その丸太のように太く隆起した両腕が、ミシミシと嫌な音を立てる。

 

 

「イカン……限界が近いっ! このままでは信号機がッッ!!」

 

 トラックを押し留めるチョコ太郎。電柱までの距離は、もうわずか1メートル程しかない。

 しかし彼の身体は悲鳴を上げ、もう今にも吹き飛ばされてしまいそうに見える。明らかに限界であった。

 

「守れない……というのか……。俺に信号を守る事は……」

 

 背後の電柱が、わずか20㎝の距離まで迫る。

 もはやこれまでかとばかりにチョコ太郎の心が折れそうになった、その瞬間……。

 

『――――あきらめちゃダメだチョコ太郎! 勇気を出すんだ!!』

 

「 ッ!?!? 」

 

 突然チョコ太郎の心に、この場に居ないハズの人達の声が聞こえる。

 

『そうよチョコ太郎! ファイトよ! 諦めちゃダメ!』

 

『負けんじゃねぇ! 頑張れ!! もう少しだ』

 

『貴方ならやれるわチョコ太郎! さぁ! 涙を笑顔に変えるのよ!』

 

『がんばれ! がんばれ!』

 

 沢山の人たちの声援が、直接チョコ太郎の心に響く。

 

「……不思議だ……みんなの声が聞こえる……」

 

 静かに目を閉じて、心の声に耳を澄ませる。

 これはチョコ太郎が以前所属していたサークル、なか卯のはいからうどん同好会のメンバー達の声だ。彼らが今、自分に力をくれているのだ。

 

『食う物が無かったと言われがちじゃが、

 ワシは戦時中、意外と腹いっぱい食うとったよ――――』

 

「お、おじいちゃん! おじいちゃんまで!」

 

 サークルの仲間たちに加え、チョコ太郎が小さい頃に亡くなったおじいちゃんの声まで聞こえてくる。

 チョコ太郎の心に、どんどん勇気の火が灯っていく。

 

「みんな! 俺に力をかしてくれッ!!

 うおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーッッ!!」

 

 チョコ太郎の身体が凄まじい熱を発し、地面のコンクリがメキメキと割れていく。

 こちらを圧し潰そうとアクセルを全開にするトラック目掛けて、今チョコ太郎が大きく右腕を振りかぶる。

 

「――――炒飯(チャーハン)寺最終奥義! 真! 流星胡蝶拳ッッ!! 」

 

 チョコ太郎の身体が光に包まれた瞬間、とてつもない轟音を伴ってトラックが吹き飛ぶ。その巨体は天高く舞い上がり、遠くに落下したのちに爆散していった。

 

シーホー(老師)! やりました! 俺にも胡蝶拳が打てました!

 やったぞみんな! やったよおじいちゃん!!」

 

 ボロボロになった身体で、肩で息をしながら喜んでいたのもつかの間。

 トラックの脅威が去ったと思ったその途端、空からゴゴゴッと音を立ててこちらに迫りくる何かの存在に、チョコ太郎は気づく。

 

「 !?!?!?!? 」

 

 ジャンボジェットだ(・・・・・・・・・)!!

 煙を上げたジャンボジェットが、こちらに向かって墜落してくる! チョコ太郎と信号機があるこの場に!!

 

「なんて事だ! もうこの身体では流星胡蝶拳は打てない……!

 アレを止めうる術など……どこにも……!」

 

 今もキィィィ――ンと音を立てながら、どんどんこちらに迫ってくる巨大なジャンボジェット機。チョコ太郎はただ茫然としながら見守る他ない。

 胡蝶拳を放った事により全身の骨はへし折れ、もう立っている事すらままならない身体となったチョコ太郎には、成す術などあろうハズも無い。この場から逃げ出す事すら。

 

「守ると誓ったのに……。

 やはり俺には、信号を守る事など……俺の力では……」

 

 しかしその時、チョコ太郎の脳裏に声が響く。

 

 

『――――力が、欲しいか』

 

「ッ!?」

 

 

 ふと気が付けば、いつの間にか彼の眼前に、形容し難い姿をした得体の知れない存在が立っていた。

 その身体から黒い霧のような、オーラのような何かを放つその存在は、何故か真っすぐにチョコ太郎の方を見て、彼に問いかける。

 

『――――力が欲しいか?

 たとえ何を失うとしても。何と引き換えにしても』

 

 何なのかは分からない。どういう意味なのかすら理解出来ない。

 恐らくは、“悪魔”と呼ばれる類の存在なのだろう。いま眼前に現れたコレは、瀕死の彼に対していわゆる“悪魔の契約”を迫っているのかもしれない。

 だがチョコ太郎は迷う事無く、一切の躊躇なく言ってのける。

 

「 欲しい! 力がッ! 」

 

 今もどんどん迫りくるジャンボジェット。その巨大な機体が今にもチョコ太郎を圧し潰そうとする中で……彼の大きな声が響き渡る。

 

 

「 力が欲しい!! 何と引き換えでもッ!! どうなっても構わん!!

  ――――だから俺に、信号を守らせてくれッッ!! 」

 

 

 いま彼の目の前にあるのは、あの【信号を守ろう。】という標語のポスター。

 誓った。約束をした。守ってみせると確かに言ったのだ。

 だから自分は、“信号を守らなければならない”。――――たとえ、何と引き換えにしようとも。

 

『相分かった。

 人間、お前の望みを叶えよう――――ここに契約は完了した』

 

 

 

 チョコ太郎の身体が眩しい光に包まれ、視界が白く染まる。

 

 いま一人の青年の“信号を守りたい”という想いが、奇跡を起こそうとしていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 小説の途中ですが、すいませんギブアップです(・・・・・・・)

 

 この続き、この話のオチを書く力は、ボクにはありませぇん!!

 許しなさい! 許しなさい!

 

 

 とりあえずみんな! 信号を守っていこうぜ!

 チョコ太郎の戦いはこれからだ!

 

(6勝1敗)

 

 

 

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