非処女は全員死ね   作:石黒ニク

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第2話 非処女は全員死ね

「っていうかさー。耐性の話をしただけで、恋愛の話になるのっておかしくない? それってもう、アイドルたちをそういう目で見ているってことになるよね?」

「しつこいな、おめえ。さっき受け流していたくせに、なんでいまになって蒸し返すんだよ? 全校放送でもしておめえが処女だってこと言い触らしてやろうか?」

「別にいいけど、セクハラで訴えるよ。慰謝料は20億円くらいでいいかな?」

「搾取が過ぎるな……冗談に決まっているだろ。はは、帰ろうぜ」

 

 冗談にしては目が本気だったような。でも、安心していい。いまのご時世、男のヒトは冤罪に弱いので、困ったときは冤罪ハラスメントを使えばコンビニエンス。

 昇降口で靴を履き替える。黒光りしたローファーが夕陽に照らされて明るさを増す。ノスタルジックな雰囲気に、つい目頭が熱くなる。見慣れた景色なのに不思議。

 

「あとさ。これだけは言いたいんだけど、高2の女子で処女なんて普通だと思うよ」

「ウソ吐け! 化粧とかして妙に色めきだっているやつとか居るだろ!」

「それはそれ、これはこれだよ。だいたい見た目で人を判断するなんてサイテー」

「スカウトマンの仕事、全否定かよ。いちおう、アイドル眼を養っているんだぜ」

「だとしたら、逸樹の慧眼はレベルゼロだよ。転生でもしてチートもらいなよ」

 

 景色に見とれながら、くだらない会話を楽しむ。だけど逸樹とこうして放課後を過ごすのが嬉しい。話の内容はまあまあクソだけど。親には聞かせられない。

 

「お前に言われるとちょっと腹立つんだよな……正論なのが余計に精神汚染だ」

「だったらさ。ちゃんと養っているところを証明してよ。たとえば、あの子で」

 

 私たちの前をひとりの女の子が歩いていた。うちの学校の制服だ。学校指定のスクールバックに、目立ったアクセサリーはナシ。後ろ姿だけで評価できるのか。

 

「ふむ、茶髪のショートカットか。清純そうで可愛らしい子だ。センターにしてもいいな……いや、待て。こういうタイプはソロデビューってのも悪くない」

「お。プロデューサーっぽい発言だねえ。急に気取っちゃってどうしたの?」

「気取ってねえよ。これでも前橋プロダクション社員の端くれだからな。アイドルかどうかを見抜くスキルは悪いけど、レベル12くらいはあるつもりでいるぜ」

「ちなみにそのレベルはマックスが10億で宜しい?」

「バカか、おめえ。最大値は23に決まっているだろ」

「なんでそんなに半端なの……逸樹にそこまで女の子を見る目があるとは思えないんだけど。逸樹ってまともに彼女できたことないじゃん。私、知っているんだから」

 

 仮に23をマックスとしても、やっぱり逸樹の見抜きスキルは1未満じゃないかな。私をアイドルとしてプロデュースしないんだから、それくらいの処置は当然だよ。

 こんなに可愛いのに。まあ、自画自賛は恥ずかしいから口に出さないけど。しかも、戯言なので本気にされても困る。スカートなんて私は制服だけで充分なのだ。

 

「な、何をだよ。俺に彼女なんてできたことねーよ。ぜんぶノーカウントだ」

 

 I know. 私は知っている。本当は何ひとつとして知らないんだけど、動揺しているヒトを揺さぶるのは好きだ。裁判のゲームで何度も体験して快感になった。

 

「ぜんぶノーカウントってことは複数あるってことじゃん。トラウマになるレベルのひどい恋愛をしたことがあるの? 逸樹なんかに? 私、初耳だな~」

「トラウマなんてもんじゃねーよ。俺が付き合うオンナはだいたい浮気するぜ。これを才能と呼ばずして、何というべきなんだ。俺ってば罪な男ってやつなんだよな」

「それ、単純にさあ。逸樹に男としての魅力がないだけじゃ――おっと。この話はここまで! 続きは有料会員じゃないと聞けないシステムにしておこうか!」

「悪い、ぜんぶ聞こえた。そうか、俺に魅力がないのか……なんかショックだ」

「あわわわ。逸樹がメンヘラになっちゃった。だ、だだ大丈夫だって。そのうち、魅力的な女の子に出会えるって! ――なんなら、幼なじみの私が居るしっ」

 

 さすがに最後の言葉は言えなかったけど、逸樹って意外とモテるんだ。へえ。

 

「つーか、初耳なのかよ。小癪な……やっぱり非処女は全員死んだほうがいいな」

「その言葉さあ……さすがにアイドルたちには言っていないよね?」

「夏休みのラジオ体操ばりに繰り返しているけど、何か問題でも? もう、言い過ぎて口癖になっちまったよ。確かにひどい言葉だけどよ、格言なんだな、これが」

「うわあ。年頃の女の子になんてことを……ぜったい傷付いているよ」

 

 もはや処女だとか非処女だとか関係ないもん。パワハラまである。たぶん訴えたら勝てる。なんなら、私が証言台に立ってもいい。異議あり! ってね。

 ――って、それは弁護人やないかーい。っていうツッコミは間に合っています。

 

「その程度で傷付くんなら、アイドルには向いてねえよ。身近のアンチに耐えてこそ、アイドルとしてのメンタルが鍛えられるって、父さんが言っていた気がする」

「……大丈夫なの、前橋プロダクション。パワハラが横行していそうなんだけど」

「横行っていうか、もはや日常茶飯事だけどな。鉄は熱いうちに打てとはよく言ったもので、アイドルへの叱咤激励はおよそすべて悪口っぽくなっているぜ、うちでは」

「マジかよ……あ、驚きが強すぎて男口調になっちゃったよ」

 

 いつの間にか、目の前を歩いていた女の子は居なくなっていた。帰り道が違ったのだろうか。あるいは逸樹の邪な発言に嫌気が差したのか。それは分からない。

 とにかく、逸樹のアイドルのマネジメントの仕事を手伝うことになったので、パワハラを振りかざすマネージャーにはならないようにしよう。私が彼女たちの味方になってやるんだ。そしてあわよくばソロデビューとか……なんちゃって。




カ〇ヨムで投稿していた「非処女は全員死ね」の3~5話でした。
次回から事務所編に入ります。

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