第3話 処女厨は全員睨め
「ここが俺の家……即ち、前橋プロダクション。つまり、お前が今日から俺と同じように、アイドルのマネジメントや諸々の雑務をしてもらうことになる場所だ」
最後に来たのはいつだっただろうか。回覧板を届けたのが昨日だから、1日ぶりといったところだ――って、ずいぶんと最近やないかーい。なんだこのモノローグ。
逸樹の家は、アイドルの育成事務所ということもあって、一軒家の並ぶ住宅街ではかなり目立つ形をなさっている。毛〇探偵事〇所を想像すると分かりやすい。
「時給は900円以上でお願いね。でないと手伝ってあげないんだから」
「やったこともないのに、もう賃上げ要求かよ。悪いけど、うちは弱小も弱小のプロダクションだから、いまのところは最高でも時給500円が限界だろうな」
「うわうわうわ。北海道の平均最低賃金より最低じゃん。さすがはブラック」
「いまや名高いホワイト企業も、最初のうちは人手不足で悲惨だったと思うぞ」
「ヒトデ不足ねえ……あんなのに食べられるところなんかあったっけ?」
「おめえは計算高いのか、単にアホなのか、よく分からねーな。まあ、とにかく上がれよ。この時間ならたぶん、誰かしら居るだろ。確証はまったくないけど」
事務所の前で立ち話していても始まらないので、そこにある不透明のガラス製のドアに手をかけ、押し開ける。ふーん、そこは毛利〇偵〇務所とは違うんだ。
「あ、マネージャー! お帰り~! そのヒトは誰? 彼女さん?」
整然としたオフィスのような空間に、見たことのない女の子がひとり居た。なんかすっごい高級そうな制服を着ているけど、学生で合っているよね?
「んな訳あるか。こいつはだな……いや、自己紹介は全員が揃ってからのほうが良いな。
「花菜ちゃんはまだ学校だって、さっきメールが届いていたよ。美沙希ちゃんはうんこだと思う」
「おい、
「えー。だって、本当にうんこだもん。さっき、慌ててトイレに行っていたし」
日和と呼ばれた少女は可憐な見た目の割に、ずいぶんとはっきりとモノを言うらしい。そんなガールから急に飛び出てきた下品なワードに動揺を隠せない。
「……ふう。あ、逸樹マネージャー、いらしていたんですね。そちらの方は新しいアイドルの方ですか?」
入口とは違うドアから、また別の女の子がログインしてきた。この子もアイドルなのだろう。道行く女子とは明らかに違う可愛らしさがある。オーラと言うのかな、そういうのが見える――気がする。
「美沙希ちゃん、お帰り~。あれから6分くらいしか経っていないから快便だったみたいだね! それとも、踏ん張ったけど何も出なかったパターンだったりして?」
「なっ、ち、違いますっ! マネージャーが居る前でそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよぅ!! プライバシーの侵害及び自尊心を傷つけた容疑で訴えます!」
「美沙希の言う通りだ、日和。アイドルはうんこなんかしねー。きっとトイレ掃除でもしていたんだ。そうだよな、美沙希。お前は真面目なやつだから、な?」
ああ、なんてこと。逸樹は女の子に幻想を抱きすぎて、異常なまでの処女厨になってしまったとでもいうの。いったいどういう振られ方をしたら、こうなるの。
「そ、そうです! アイドルはそんなことしませんっ! トイレで用を足すといっても、せいぜいおしっこくらいです! 変な言いがかりはやめてくださいっ」
「……は?」
「え? えっと、逸樹マネージャー?」
逸樹の顔が、狂気を含んであり得ないくらいに歪んでいる。まるでそこだけが異次元であるかのように、匠も驚くレベルで顔面がビフォーアフターしている。
もはや草も生えない。ケッペンの気候区分で言うところの、ツンドラ気候まである。氷雪地帯で、夏ですら苔しか生さないし、トナカイの遊牧が盛ん。何が?
「アイドルはおしっこもしねーんだよ。訂正しろよ、ボケナスめが」
「う、うう……アイドルはトイレには行かないですぅ、うう……」
「え、でも。美沙希ちゃんはトイレに6分も――」
「行ってねえ。しつこいぞ、日和。仮に行ったとしても、トイレ掃除をしていたんだよ。それで美沙希のトイレに関する考察は終了だ。異議の申し立ては認めない」
だいぶ白熱した議論が繰り広げられていたけど、よくもそんなくだらないことを話し続けられるよ。さすがは処女厨。アイドルのトイレ事情にすら首を突っ込む。
美沙希ちゃん、泣いているし。どうやら、モラハラが横行しているのは本当っぽい。これが叱咤激励のはずがない。価値観の押し付けだよ。そうだよね、処女厨。
「――それで、その人はマネージャーと、どういったご関係で?」
「え、い、いや、その……」
なんだ、この子。逸樹が言うには日和ちゃん、だっけ。明らかに年下なのに、積極的なまでに、話のイニシアティブを奪取してくる。この感じはあれだ。教育実習の女子大生を質問攻めにする男子中学生みたいな、って彼女は女の子だけど。
「おい、日和。優花が困惑しているだろうが。おめえは謝罪会見のアーティストを質問攻めにするマスコミかよ。報道する自由の前に、初対面なことを忘れるな」
「えー? だって気になるじゃん。マネージャーが女の子を連れてくるなんて、道端でたまたま見た草が四つ葉のクローバーだったくらい珍しいよ?」
それ、結構な頻度で連れ込んでないかな? さながら、ふくびきの補助券を10枚使うガチャで銀の宝箱を引き当てるレベルで。朝の占いが1位だったレベルで。
「ってことは、やっぱりその方って、アイドル志望の方ですか? わあ! 新しい別のアイドルなんて、わたしたち以来じゃないですか?」
「わたしたち以来……? ちなみに聞くけどさ、逸樹。ここのアイドルって彼女たち以外には居ないの? 昔はもっと居たと思うんだけど。
日和ちゃんに美沙希ちゃん。このふたり以外に、アイドルらしき影は見当たらない。小さい頃は割と賑わっていたように思うのだけど、いまはシャッター街のごとき侘しさが半端ない。逸樹のママやパパも居ないみたいだし。時計の音が目立つ。
「おめえ、何千年前の話をしているんだよ。梓乃さんはとっくに引退して子どもを産んで幸せに暮らしているよ。幸せかどうかは知らないが、あの人はもう非処女だ」
「え、結婚したんだ……。そりゃあ、するよね。梓乃さん、可愛かったし。なんだっけ……聖母倶楽部だっけ? あれのセンターだったもんね、梓乃さん!」
「ああ。だが既に非処女だ。アイドルとしても、女としても、もはや価値がない」
ため息を吐く。こいつの、女の子を測る物差しは狂ってやがる。
そう断言せざるを得ないほど、悪意に満ち満ちた偏見が蔓延っていた。ほんとにこんなのが初恋の相手かよ。もしかしたら狂っているのは、私のほうなんじゃね?
「……なんで睨むんだよ、優花。俺なんか悪いことしたか?」
「別に。『幼なじみが処女厨すぎて草ww』なんて、みじんも思っていないから」
もう一度、ため息。そりゃあ、恋も冷めるわ。視線とともに。
カ〇ヨム版6~8話でした。次回は4/25の23:15ですね。