キャスタウェイ   作:Bingo777

10 / 20
第十話

 そんな、あっけなさすぎる。ティターンズと自分たちで、ここまで違うなんて。『ジムII』の仲間たちだって一年戦争の生き残りで、艦長が保証すると請け合った腕利きだ。

 

《こちらサザーランド! モビルスーツ隊、爆発の閃光がふたつ確認できた! 状況を報告されたし! 聞こえるか、少尉!?》

 

「こちらイズミカワ、少尉と曹長は…落とされました!!」

 

《了解…軍曹、退くんだ! まもなくそちらに敵の増援が到着する、1対6で勝ち目なんかない!》

 

 三機がかりの包囲から逃れようとクレイバズーカの散弾で牽制しつつ、エリーゼはパイロットシートのコンソールに手を伸ばせずにいた。操縦スティックから片手でも離せば、次の瞬間に容易く狩られるに違いない。

 

 隙が欲しい、わずかな間だけでいい。考えろ、何か手が———これだ。『リック・ディアス』左手の甲に内蔵された多目的ランチャー。右手のトリモチは腕ごと失ってしまったが、左のダミーバルーンが残っている!

 

 バルーンの造形は本物と比べるとチープだが、おおまかな形状が似ていればコクピット内のコンピュータが『本物』と誤認して画像処理をする。

 

「これで…!」

 

 悪あがき以外の何物でもない一手だが、それでいい。コンソールを操作する1秒を稼げれば、それでいい! 回避と牽制を続けるモビルスーツのコクピットは、まるでミキサーの中に放り込まれたように脳や内臓をシェイクする。

 

 極度の緊張から過剰分泌されるアドレナリンのせいか、鼻血が止まらない。彼女は回避機動の半分以上をコンピュータの補助にまかせ、左の操縦スティックの親指位置に配されたセレクタを操作すると躊躇せずボタンを押し込んだ。

 

 連続して射出されるカプセルに収められた自機のダミーバルーンが展開し、ティターンズの動きが数瞬だけ鈍った。狙い通りだ。あたしは賭けに勝った! コンソールのボタンに手を伸ばし、エリーゼは『情報機雷』のコンテナを解放する。

 

 それは一辺が30cmの立方体。その角にアンテナのような8つの接触センサが生えている、という外見だ。コンテナには数十個が収められ、ガス圧によって機体前方120度の範囲に投射される。

 

 機雷といっても高性能爆薬を内包しているわけではなく、物理的な打撃力は皆無。モビルスーツの装甲を貫通するどころか、ノーマルスーツを着た人すら殺傷しえない。小さく、脅威たりえないデブリを撒くだけ。だから、誰もこんなものを避けようとは思わない。

 

 だが、それは彼女が考えた仕様の通りだ。装甲に覆われた頑丈な機体構造に対して物理的な破壊を企図したものでなく、システムの脆弱性を狙い撃つ機雷。

 

 ミノフスキー粒子散布下でも利用可能な、機体を接触させての通信。

 ティターンズも連邦軍の一部であり、機体制御に利用するOSは共通している。

 モビルスーツに搭載されている学習型コンピュータは、定期アップデートを繰り返す。

 

 ならば、そのアップデートを偽装したウィルスプログラムを接触回線で注入すると、どうなる? OSの対ウィルス防疫機構は、エゥーゴもまた連邦の一部である以上———十二分に、知り尽くしている。

 

 思想がどうであれ、機体そのものは友軍。エゥーゴ上層から辛辣と評された毒。それがエリーゼの『情報機雷』だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 この期に及んで引っかかるわけがないバルーンダミーを見て、往生際の悪いパイロットだと相棒が舌を打つ。敵増援の牽制に向かったブラボー小隊が思いのほか苦戦しているという報告に、デルタ小隊長の中尉も少しだけ焦れていた。

 

《こちらチャーリー・ワン。デルタ、ずいぶん手間取ってるな!》

 

 なかば揶揄するような色を含んだ問いかけに、皮肉屋の中尉は自尊心を傷つけられたのか歯噛みしながら部下に突貫を指示する。アッシュは規定通り戦闘力の過半を喪失した敵へ、救難チャネルで降伏勧告を送ることをちらりと考える。

 

 しかし相棒は衝動のままに突入し、ダミーバルーンのひとつを跳ね除け———そのままの姿勢で機体が硬直した。

 

《なんだ!? いったい何が起こっている!? 機体のコントロールが!》

 

《ツー、何があった!? 今行く、報告しろ! アッシュ、続け!》

 

「了解!」

 

《チャーリー・ワンよりデルタ、天頂方向から援護に入る。何かヤバそうだ、各機警戒せよ》

 

 士気が高い軍隊は、絶対に仲間を見捨てない。逆に言うと、仲間を見捨てる軍は士気が低く、容易に敵の調略に乗ってしまう。ティターンズとは、言うまでもなく前者である。

 

 軍歴のない者は損切りをせずに二重遭難のリスクを冒すのは愚かだと断ずるが、それは非人間的なリスクマネジメント理論に身勝手を装飾した戯言だ。窮地の仲間を見捨てる者は、次に見捨てられるのが自分かも知れないという想像力を欠いている。

 

 戦場で互いに命を預け合う者たちの紐帯とは、ロマンチックな幻想ではなくシビアな現実主義が導く帰結なのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 だが、どんなものであっても———それがいつでも正しいとは限らない。エリーゼの毒はそういう者たちへ向けた冷笑であり、嘲笑であり、痛罵。

 

《あは、あはははははは!》

 

 救難チャネルの近距離通信から、だしぬけに若い女の哄笑が耳朶を打つ。アッシュが『リック・ディアス』のパイロットと声の主を結びつけた時、彼もまた毒の餌食となった。

 

 割れ響く鐘のような狂笑とともに『マラサイ』の全周モニタに異変が生じる。ダミーバルーンを大量に散布されたように、前後左右、上下までも敵機が続々と表示される!

 

《こちらデルタ・ツー、敵だ! 大部隊だ! 包囲されているぞ!》

 

《こんな馬鹿なことが...!? どこから出てきた、ありえない! 撃たれている!》

 

《ははははは! あははははははは!》

 

《この声は誰だ!? 誰が笑ってい——》

 

《ブラボー・ツーがロスト!》

 

 わずか数秒でティターンズの二個小隊が、六人のプロフェッショナルが混乱の坩堝に叩きこまれる異常事態。悪質なジョークというより、悪夢に近い何かだ。アッシュは敵がコンピュータに介入し、虚像を表示させているのだろうという推論を立てる。

 

 しかし、たちの悪い手品のタネが割れたところで虚像の中に紛れて反転攻勢に出た『リック・ディアス』の女を識別することはできない。いや、仮に識別できたとしても———虚像の大部隊から放たれるビームの弾雨をかい潜らずにいられない。虚実の判別がつかない以上、すべて避ける覚悟で動き続けなければ本物の弾に落とされる!

 

「あーっはははは! 踊れ踊れ、ティターンズ!」

 

 混沌の戦場でただひとり機雷の効果を受けていないエリーゼは、全能感に満たされていた。生殺与奪の権利を手中にする神になったような高揚に頬を染め、見当違いの方向にライフルを向けたり滅茶苦茶な回避運動を繰り返す者たちを嘲い、手近な者からバズーカの砲口を向けてトリガーを引く。

 

「パパ、ママ! サイド2のみんな! あたしのすべて! 全部ぜんぶ、お前たちが!」

 

 死ね、死ね死ね死ね! 燃えてしまえ! そして償え! 

 

《ふざけるな! 全部、お前たちが始めた戦争だ、スペースノイド!!》 

 

 エリーゼの叫びに応える怒号は強烈な横殴りの衝撃とともに彼女の意識を一瞬飛ばす。衝撃の源を視線で探ると、破損したメインカメラの視界を補填するサブカメラの粗い画の中に赤いモノアイが光っていた。

 

《見つけた、見つけたぞ! 仲間の仇! 僕の...俺のすべてを返せ! いますぐに!》

 

 無機質なはずのモノアイに、どす黒い炎が見えたのは錯覚だろうか。言い知れない恐怖に突き動かされ、エリーゼはフットペダルを踏み抜くように押し込んでスラスターを最大噴射して『マラサイ』を引き離そうとする。それに抗うアッシュもまた、同様に加速し———二機はもつれあったまま、月軌道から離れて行った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。