キャスタウェイ   作:Bingo777

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第三話

 宇宙世紀0078年がもうすぐ終わる日。

 

 彼女は付き合い始めたばかりのボーイフレンドとの逢瀬を心待ちにしていた。クリスマスは例年通り家族と過ごしたが、新しい年へのカウントダウンは彼と過ごしたい。口うるさい母親を説得し(父は頬にキスするだけで十分だった)、カフェのアルバイトで貯めた軍資金をはたいて———初めての旅行に出かける予定だった。

 

 そうなってしまったら、どうしよう。旅行先で求められた時に下着が上下で揃っていなかったり、ちょっとほつれていたりしたら、きっと幻滅されてしまいそうだ。

 

 いや、彼に勘違いさせてはだめだ。自分はそもそも、そんな軽薄な女ではない。二度や三度のデートで体を許してしまうなんて、あってはならない。それを期待しているような素振りなんて、もってのほかだ。

 

 だけど、せっかくの旅行なのだ。家族でも友人とでもなく、ボーイフレンドと行く、はじめての旅行。許す気も勘違いさせる気もない。これは自分へのご褒美。それ以上でも以下でもなく、ただ必要だと思うからそうするのだ。

 

 行きつけのランジェリーショップで、じっくり時間をかけて厳選を重ねた数点の下着。

 

 同じく、お気に入りの靴屋でたっぷり時間を費やして選び抜いたブーツ。

 

 さすがにコートまで新調するのはためらわれたが、一目ぼれしてしまった白いファーのマフラーだけは譲れなかった。

 

 そのままだと背中にかかるくらいの髪は、もう少し伸ばすつもり。母親譲りの癖が強い髪質で、トリートメントに気を使ってもブラシをかけるたびに嫌になる。だが仕方ない。本当はもっと短くしたいが、彼がポニーテールが好きだというのだから、仕方がないのだ。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 

 シリンダー状の内壁に大地が広がる、スペースコロニーの端にある宇宙港のロビーで午前九時ちょうどに待ち合わせ。クリスマスの飾りと新年を観光スポットで迎えようと誘う広告が目を飽きさせないから、八時前に到着していても退屈ではなかった。

 

 あたしもさっき来たところだから、なんて旧世紀の恋愛ドラマですら使い古されたセリフが、まさか自分の口から出る日がこようとは。しかし、嬉しそうに笑うボーイフレンドの顔を見ると、まんざらでもない。

 

 彼女たちが住み慣れたサイド2『アイランド・イフィッシュ』からサイド7に向かったのは、午前十一時のことだった。その時の彼女たちは知らなかったのだが、午後のシャトルはすべて欠航となった。理由は宙域の安全確認のためと告知されたが、本当の理由は別の要因だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 宇宙世紀0079年、1月3日未明。

 

 精神的な疲れで、シーツに包まった彼女は眠りつけずにいた。

 サイド7は見どころも何もない、まだ建設途上の『ど田舎』だった。カレッジの学生であるボーイフレンドは安定した収入を見込めるコロニー公社への就職を望んでいて、ぜひ君にもそれを見せたいと熱弁していた。

 

 あまり流行っていないテキサス・コロニーで乗馬体験でもしていた方が、まだ楽しめただろう。これでも、二年までハイスクールのチアリーダーを務めたのだ。今でもエクササイズを欠かさず、食事にも心を配り、容姿には十分に気を使っていて———自信だって多少はある。

 

 だから、情熱的に、ロマンチックに誘ってくれたなら流されても良かった。

 

 けれど、あろうことかデートコースは建設現場だ。ほこりっぽい空気にせき込み、せっかくのマフラーがざらざらになった。それでも顔だけはニコニコさせて「そうなんだあ」「知らなかった!」「すごいすごい!」と三つの単語を駆使して場をつないだのだ。

 

 この忍耐は賞賛されていいはずだ。いや、賞賛されてしかるべきだ。それなのに、男ときたら安宿(!)の部屋に入るなり「ボクもう我慢できないよ!」などと言うや否や、まだコートさえ脱いでいない自分のスカートをめくり上げようとする。

 

「我慢できないのはあたしの方よ!」

 

 男とは別の方向に我慢の限界を迎えた彼女は、怒りに任せて彼の股間に膝を食い込ませた。本当なら宇宙港のベンチで寝ることになろうと構わず、さっさと帰るつもりだったが———チケットが、取れなかった。

 

 きっと新年を別の場所で迎えようとする人が多いんだよ、だってここは建築途中のコロニーなんだからさ。彼はそう言ったが、新年を迎えても、その次の日になってもチケットが取れない。もう出発前に予約済みの便で帰るしかないのかと暗い気持ちになった。

 

 唯一の救いは、男が詫びとともに別部屋を取ってくれたことだ。もっとも、それだって同じ安宿なのだが。股間に膝蹴りを入れ、男をバスルームで寝かせた翌日から二人の間には微妙な空気が流れていたが、もはやそんなものはどうでもよくなっていた。

 

 あの男は、まだ自分を口説けると思っているのか。どこまで頭が悪いのだ。もしかしたら、母親が言っていたように男は下半身で思考する生物なのかもしれない。人並みかどうかは分からないが、自分にだって性欲はある。そのための機能は、とっくに体に備わっている。

 

 だが、男と違って女の行為はリスキーだ。相手を慎重に選ぶに越したことはない。特に、初めての相手は極めて重要だ。同級生なんかは願い下げだ。年下は話にならない。やはり、年上が良い———そう思っていたからこそ、この旅行に来たのだ。

 

「チアだから男なんてとっかえひっかえで、遊び慣れてるとか思われたのかなあ」

 

 シーツに包まったまま内側に溜まった形容しがたい感情を言葉にすると、悔しくて涙がにじんできた。今回は間に合わなかったけれど、次のデートまでに髪を染めようと思っていた。彼が好きだと言っていた、ハニーブロンドに。

 

 シーツに包まったまま、めそめそ泣くなんて自分ではない。まだ夜明け時間ではないが、今日の夜には家に帰るのだ。家族に心配させてはいけない。そう思って、気分転換に熱いシャワーを浴びようかと服を脱ぎ捨てたとき。

 

「大変だ、起きてくれ! 僕らのコロニーが!」

 

 突然にドアが叩かれ、男の焦り声が廊下に響いた。

 

 その勢いに飲まれ、あわてて着たガウンの帯も結ばずにドアを開けると、彼の顔は血の気が引いて蒼白だった。ふらふらと部屋に入った男が備え付けのテレビをつけると臨時ニュースが流れていた。

 

《……繰り返しお伝えします。かねてより連邦政府との関係が不安定であったサイド3、ジオン共和国は、先ほど『ジオン公国』を称して連邦政府に宣戦布告いたしました。そして現在、ジオン軍がサイド2を襲撃したという情報が入っています。詳細については…》

 

 戦争? 襲撃? あまりにも突拍子のない話に現実感を喪失し、彼女は胸元を押さえていた手を落とした。薄暗い部屋の中でテレビの明かりがはだけた乳房を照らすが、それに気付くことすらできなかった。

 

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