キャスタウェイ   作:Bingo777

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第七話

 宇宙世紀0085年7月31日。

 

 この時代のスペースコロニーは、一基がひとつの大都市に匹敵する規模だ。そこには自治体があり、街があり、公園や学校や病院など、人の社会にとって必要なものはすべてそろっていた。ただひとつ欠けていたものは、政治だ。

 

 連邦政府はコロニーで生まれた住民に『連邦議会選挙』の投票権を与えていない。それは地球に住まう者たちにとってコロニー住人は、スペースノイドは事実上の二級市民であると言い放っていることと同義であった。

 

 宇宙移民が棄民政策だと喝破したジオン・ダイクン。その叫びはザビ家によって歪められ、選民思想の形でプロパガンダとして利用された。しかし終戦から5年が経過してなお、コロニー住人は『待遇の良い家畜小屋』で暮らすことを強いられていた。

 

 風通しの悪い、逼塞した地球社会に宇宙からの風を届けよう。スペースノイドに市民権を、しからずんば独立を! 活動家のアジテーションに煽られ、群衆はシュプレヒコールを叫び、メインストリートで放火や略奪行為を繰り広げた。

 

 連邦政府から暴動鎮圧の任を受けたティターンズが選択した、もっとも効率の良い手段とは、何だったのか。

 

 二度と暴動が起きないようにするには、外科的な手法が最もよろしい。

 

 反動勢力の根がどこまで浸透しているのか不明なら、致し方ない。

 

 対象を限定できないのならば『住民すべて』を対象とするほかあるまい。

 

 以上が後に『30バンチ事件』と呼ばれることになった虐殺事件の概要だ。ABC兵器の使用を禁じた南極条約は、あくまでジオン公国を名乗る者たちと交わしたもの。彼らはジオンではない。ならば、条約違反ではない。実動部隊の作戦指揮を執ったバスク・オム大佐は作戦内容について他の将校から受けた質問に対し、そう語ったという。

 

 この事件の衝撃は徹底した報道管制によって一般市民への流出がほぼシャットアウトされたが、それでも地球連邦政府や軍の中には広く深く染み入った。

 

 ティターンズはもはや文民の統制下にある軍ではない。軍閥化し、軍事独裁を目論む、極めて危険な集団ではないか。そのように危惧した一部の軍関係者やジャーナリスト、そして実動部隊の有志たちが結成した組織。

 

 それが Anti Earth United Government. 反地球連邦政府という言葉の頭文字を取ってAEUG。エゥーゴの成立であった。

 

 エリーゼが乗っていたサラミス級巡洋艦『サザーランド』もまた、30バンチ事件の間接的な目撃者として艦長以下、ほぼすべての乗員がエゥーゴへの加入を希望することとなった。

 

 ジオンは完全とは言えないが滅んだ。それは正義がなされたからだ。だが彼らどうだ? サイド2で行った暴挙を、より悪質に繰り返したティターンズは? いまでもこの世界に我が物顔でのさばっている。彼らを放置することは、次の30バンチを黙認することだ! 許してはならない、見過ごしてはならない! 軍人としての禁忌を犯すことになろうと、絶対に!

 

 艦長は『サザーランド』の乗員たちへエゥーゴへの加入を問う艦内放送で、そう言って演説を締めくくった。それはエリーゼの内側に広がる、復讐心という名の瘴気のあぶくを生むタールの沼に『大義』という火を放つものだった。

 

 『魔女と出会えないシンデレラ』と揶揄された彼女が、やっと運命に与えられたものは呪いのような奇跡。

 

 エリーゼが飛び乗ったのは、戦場へ向かうかぼちゃの馬車。

 

 エリーゼが望むのは、モビルスーツというガラスの靴。

 

◇ ◇ ◇

 

 宇宙世紀0087年8月1日。

 

 二年の歳月を費やし、エリーゼは看護師ではなく連邦宇宙軍の軍曹としてパイロットスーツに身を包んでいた。所属は変わらず『サザーランド』だったが、気心の知れたモビルスーツ乗りからはもう『ミス・マジノ』とは呼ばれていない。

 

 いま、彼女のあだ名は『ナイトハグ(夜の抱擁)』。それは魔女の隠喩であった。

 

「軍曹、腕を上げたな」

 

「はい、少尉殿。あなたのご指導の賜物です。それより、今夜…お部屋に伺いたいのですが、よろしいですか?」

 

「……構わないが、ここでその話はまずい。ちょっと来たまえ」

 

 エゥーゴは実戦部隊としての規模が小さく、かつて軍に入った時以上に人手不足であるとはいっても、ただの看護師がパイロットを志望して認められるわけがない。普通ならば。

 

 だから、エリーゼは普通ではない手段を行使した。

 

 モビルスーツデッキに積まれたコンテナの物陰に身を潜めた二人は、待ちきれないとばかりに唇を重ねてむさぼりあう。粘膜が触れ合う淫らな水音はモビルスーツ整備の騒音にかき消され、少尉がエリーゼの乳房を乱暴にこねあげた。

 

「あっ…もう、慌てないでかわいいひと。もう少ししたら、あなたの上でいっぱい踊ってあげるから…ね?」

 

 男の頭を胸に抱きよせ、耳がとろけるような声音で囁くエリーゼだが、その瞳は性的な興奮とは程遠く———不気味なまでに澄んでいる。

 

 深夜、男の上で煽情的に腰をくねらせ、胸を揺らすのはシンデレラではなく魔女。肉体関係を餌に己の願望へ、復讐へひた走る魔女だ。パイロットとして非凡な才能が認められた今でも、焦燥に駆られると男を求めてしまう。それなのに、海水を飲むように抱かれるほど心が渇く。

 

 その夜もエリーゼは自分が搾り尽くした男の部屋から抜け出して、シャワーで情事の痕跡を洗い落とすとパイロットたちの詰め所でひとり、膝を抱える。どうせ眠れないのだから、ここでいい。

 

 出撃命令はいつだろうか。少尉からの推薦という手回しで割り当てられたRMS-099『リック・ディアス』という堅牢なガラスの靴を履いて、戦場で奴らを躍らせてやりたい。彼女が考案し、情夫が検討し、エゥーゴ上層部が試験配備を許可した、すてきに愉快なびっくり箱。あれも使ってみたいものだ。

 

 それは『試作・情報機雷』と味気ない名前になってしまったが、その効果は斬新にして辛辣と評され、愛機の背に数十基の機雷が詰まったコンテナが取り付けられている。

 

 思い知るがいい。呪われるがいい。あたしが、おまえたちの死だ。

 




ごめんなさい。
次回になっちゃいます…
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