宇宙世紀0087年8月10日。協定世界時 午前3時00分
旧世紀の宇宙開発に携わった科学者の名を冠した月面都市、フォン・ブラウン。その軌道上に、ティターンズの部隊は配置を完了していた。
《イーストウィング、エコーリーダーより各中隊へ通達。情報部よりエゥーゴの部隊が月軌道への遷移を行った可能性が高いとの連絡が入っている。交戦の可能性、大。側面からの強襲に警戒せよ》
《エコー・デルタ・ワン了解。デルタ・ワンより各機。聞いての通り、クソ仕事に張り合いが出そうで何よりだ。そうだアッシュ、どうだ新型は?》
「デルタ・スリーよりワン。問題ありません。会敵の際は自分が突貫し、攪乱に努めます」
《隊長ォ、なんで新入りがいきなり新型なんですか?》
《お前がハイザックの運用データを新型にちゃんと調整して組み込めるなら、そうしていたんだがな》
連邦のモビルスーツは運用データを定期的に収集し、南米ジャブローなどの重要拠点で集積・解析を行って機体動作や制御の最適化を行っている。これは一年戦争で初の量産モビルスーツ『ジム』が設計された時から続き、練度や技量の不足しているパイロットのサポートや新機体の設計など、ビッグデータとして様々に活用されていた。
ただ、問題が全くないとも言えなかった。ニュータイプと評されたスーパーエースがRX-78『ガンダム』を扱ったデータを、そのまま『ジム』に転用できるわけではない。ある程度の調整が不可欠となるのだ。
一年戦争以降の連邦はモビルスーツの開発を強力に推進し、結果としてさまざまな機体の運用データが統一性を欠いた状態で集積されることとなった。教導団が機体特性を活かしたデータを十分に蓄積する前に、次の新型が上から降りてくる有様で———ありていに言えば新型モビルスーツとはソフトウェアが未成熟な機体であり、口の悪い者に言わせると欠陥品である。
「調整パラメータはコンピュータ上で検査しただけの状態ですが、マクロ化してデータバンクに保存してあります。あとはそれぞれ、自分の機体調整パラメータに落とし込めば…そこまでテスト飛行に時間をとられないかと」
《了解だ、中隊長もお喜びになるだろう》
《アッシュ、お前さんはソフトエンジニアか? よくそんなことができるな》
「大学の頃、すこし齧った程度だよ…始まったようですね」
自転、公転とも27日周期の月は、夜が約13日も続く世界だ。ミノフスキー粒子が散布され、実質的に電波誘導の兵器が使い物にならない戦場では熱源から放射される赤外線か、可視光線に視覚の情報量を制限される。つまるところ、夜戦は砲爆撃の命中精度を無視できないレベルで低下させるのだ。
そのため月面都市フォン・ブラウンを制圧する『アポロ作戦』は、都市が月面の昼の側に入るタイミングで実行された。攻撃本隊の艦砲射撃が都市の防空設備を狙い撃ち、クレーターに縁どられた街に毒々しいオレンジの光を咲かせる。
《ヒュウ、パーティが始まったぜ。お楽しみってやつだ…エゥーゴなんかに肩入れする馬鹿な犬にゃあ、誰が主人か教えてやらなくちゃあな》
近距離無線から聞こえる相棒の言葉に無言で頷き、アッシュはモニタに映っているフォン・ブラウンを睨みつける。お前ら、スペースノイドのくせに独立や自治を要求できる立場だと思っているのか。
お前ら、地球にどれだけ養われたと思っている。コロニーを作る材料も、技術もぜんぶ僕らの地球から持ち出したものだ。ジオンは、その恩を仇で返すクズのペテン師だ。そんなやつの笛に踊らされる連中に言葉は通じない。
そうとも、30バンチは第二のジオンだ。コロニーを落とすような真似を三度も許すものか。死者がたった1500万で済んだのは、僕らティターンズがいたからこそだ。もし連中がまたコロニーを落としていたら、その100倍か、もっと多くの市民が犠牲になった。
「そうさ、そうとも。宇宙人が何人くたばろうと、知ったことじゃあないさ」
砲撃の爆炎と、都市の要所を制圧に向かう友軍モビルスーツの噴射炎が色彩の褪せた視界に映る。いいぞ、もっと撃ってやつらを叩き潰してやれ。ティターンズの、僕らの正しさを思い知るがいいさ。
◇ ◇ ◇
宇宙世紀0087年8月10日。協定世界時 午前3時05分
焦燥にはらわたを炙られる感覚というものは、何度経験しても慣れるものではない。冷たく脂汗がにじみ、パイロットスーツのインナーに染みこんでいく。
サラミス級巡洋艦『サザーランド』の甲板に係留されたリック・ディアスのコクピット内で、エリーゼは膝を抱えて出撃の時を待っていた。
情報部からの緊急報によって、ティターンズのフォン・ブラウン襲撃を知ったエゥーゴは作戦行動可能な実動部隊に招集を発した。寄り合い所帯の艦隊というデメリットは、それぞれの艦長へ『信ずるところの最善を尽くせ』という訓令を与えることで———各艦が互いの独断専行(スタンドプレー)を最大限に活用する軍集団となっていた。
一歩間違えば壊滅、半歩のミスさえ許容されないような薄氷を踏み渡る軍集団。それがエゥーゴだった。しかし、彼らの士気は高い。反ティターンズという一点において、彼らの意思に乱れはなかった。
《こちらは艦長。モビルスーツ隊は180秒後に発進し、ティターンズ空母『ドゴス・ギア』の側面から攻撃せよ。攻勢圧力で戦力を逸らし、アーガマ隊を側面支援する。いつも貧乏くじを引いてくれる彼らの肩の荷を減らしてやろうじゃないか。後詰の待ち伏せが予想されるが、その場合は誘引し本艦の主砲射程圏に誘い込め》
《了解、まるで美人局ですな》
《はっはっは! ポン引きに転職とは、なかなか刺激的ですなあ!》
「了解。キスでも投げてあげましょうか」
上品とも洒脱とも程遠い兵士のジョークにも慣れ、軽口を返せるようになっていたエリーゼは全周モニタにウィンドウ表示されている小隊の仲間にウィンクを送った。とたんに爆笑が起こり『サザーランド』の艦橋スタッフからも陽気な声と口笛が聞こえる。
《イズミカワ軍曹、その辺にしておきたまえ。私はモンローよりヘプバーン派なんだ》
「失礼しました。でも艦長、女はどっちにでもなれるものですよ? ハロウィンパーティで御覧に入れましょうか」
《降参だ軍曹。では、ハロウィンを楽しみにするとして仕事にとりかかろう。発進60秒前、モビルスーツの係留を解除! 諸君、叩きつけてやれ!》
エリーゼの『リック・ディアス』を先頭に、二機のRGM-79R『ジムII』が左右から甲板から浮かび上がり、カメラアイを光らせる。さあ、踊りなさい。炎に焼かれる蛾のように。
発進時刻のカウントダウン表示を見つめ、ゼロになった瞬間。
彼女は、嚆矢となって月軌道を飛翔した。
蛇足的に用語解説
イーストウィング:旗艦を中央としてみたときの左翼部隊
エコー:フォネティックコードで「E」のこと。この場合はイーストのE
デルタ:同じくフォネティックコード「D」のこと
デルタ・ワン:D小隊の一番機(=小隊長)
----------------
最近、googleの広告にプレバンの割合が高くなってきました。
ティターンズとか検索してるせいですなこりゃ。
欲しくなるから目の毒で困りものです。。。