キャスタウェイ   作:Bingo777

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第九話

 よく覚えておくといい。真空の宇宙で星は瞬かない。作戦中に、もしも視界の隅で『瞬く星』があれば———それは兆しだ。そこにお前を狙う誰かがいるぞ。

 

 一年戦争当時、セイバーフィッシュでザクを四機撃墜したという叩き上げの少尉が、安いバーボンのボトルと引き換えに教えてくれた言葉だ。

 

 しばしば経験則は理屈を超えて、言語化できない説得力を持つ。彼の言葉を素直に受け止めて警句として捉えたアッシュは生き残り、鼻で笑ったかつての相棒は死んだ。

 

 そしていま、アッシュが見つめる星々の片隅に———ちらりと何かが瞬いた。

 

「敵襲ーッ!!」

 

 静止状態から機体を真横に投げ出すようにバレル・ロール機動を打つと、一瞬前まで自分がいた場所を二本のビーム光条が薙ぐ。

 

「デルタ・スリーよりワン! 敵襲、敵襲、敵襲!」

 

《デルタ・ワンよりエコーリーダー。PAN-PAN。戦域警報の発報要請。ボギーから攻撃を受けた。ボギー規模は不明。デルタはこれをバンディットとして邀撃する》

 

《エコーリーダー了解。デルタの判断を承認する。イーストコントロール、戦域警報を要請する。ブラボー、チャーリーはデルタを支援せよ》

 

《こちらイーストコントロール。戦域警報。イーストウィング、デルタにてボギーとコンタクト。コントロールはこれをバンディットと認定する。デルタ・ワンは観測情報を……》

 

 奥歯を噛み締め、耐G呼吸を繰り返すアッシュが左右に機体を振るシザーズ機動を繰り返す最中でも軍は機械的な冷静さでRoE(交戦規定)に基づいた連携を行い、淡々と手続きを進める。

 

「デルタ・スリーよりワン、バンディットの数は3。当機はバンディット3機を認む。うち1機は———ちぃッ!」

 

《スリー、アッシュ! ひとりで突っ込むな!》

 

 モビルスーツのアイカメラは可視光線の画像だけでなく赤外線なども捉え、コンピュータが自動的にライブラリ内のデータと照合する。そして合致した機体の3Dモデルをリアルタイムに画像処理し、モニタに表示する方式だ。

 

 一見すると迂遠だが、輪郭を強調表示したり周囲の光量に左右されないといった利点が評価されて軍用機には一般的な機能となっている。

 

「うち1機は『リック・ディアス』! エゥーゴの一つ目だ!」

 

 V字のフォーメーションをとって高速で肉薄する敵の先頭に立つ重モビルスーツ『リック・ディアス』。その左肩に小さく描かれたエンブレムはガラスの靴。

 

「死ねよッ!!」

 

 殺意を乗せたトリガーを引き、マラサイのビームライフルが吼えた。

 

◇ ◇ ◇

 

「こいつッ!」

 

 フットペダルを蹴りつけ、機体を側転させて眼前の銃口を避けたエリーゼは奥歯を噛み締める。相対速度を考える理性が残っていれば、まず選ばない手を使ってくる敵だ。誘爆が怖くないのか、ティターンズの新型は!

 

《軍曹、上だ!》

 

 全周モニタの天頂方向を仰ぎ見るより早く機体を後退させ、頭頂部のバルカン・ファランクスを自動照準にして牽制射を加える。ハイザックは仲間に任せて、いま新型から目を離しちゃいけない!

 

《こちらサザーランド。モビルスーツ隊、聞こえるか? ティターンズの増援を確認した! 二個小隊、数は六! こちらの増援は180秒後に到着予定だ、持ちこたえられるか?》

 

《敵の増援次第だな。到着予想は?》

 

《こちらより早い。90秒後だ》

 

 通信に耳を傾けながらマラサイと切り結ぶエリーゼは焦れた。ティターンズの増援が来る前に、この新型を片付けられそうにない。ビームサーベルで何度切り込んでも、受けられる。こいつは単騎で戦うより連携を重視するタイプで、弾薬をケチるしみったれだが継戦能力は高い。そうなると戦力バランスが崩れたとき、一気に持って行かれる。

 

「少尉、使います!」

 

《例のびっくり箱か!》

 

《やるなら急いでくれ、こいつ…ぎゃあっ!》

 

 撃破された仲間の悲鳴と、その名を叫ぶ少尉の声。ハイザックのライフルが放ったビームでコクピットを撃ち抜かれたRGM-79R『ジムII』が、球状の炎と化して周囲を照らす。視線移動を検出したモニタが自動的に仲間を撃墜したハイザックの姿をズームすると、敵はエリーゼへ「次はおまえだ」と言い捨てるようにモノアイを光らせた。

 

◇ ◇ ◇

 

《デルタ・ワン、一機撃墜。素人だな、他愛もない》

 

《イーストコントロールよりデルタ。ボギーの増援が接近中。コンタクト予想120秒。増援規模は不明》

 

《こちらエコー・ブラボー・ワン。当小隊で増援の規模を確認し、そのまま牽制攻撃を具申する。コントロールの判断を請う》

 

《イーストコントロールよりブラボー。提案を承認する。チャーリーはデルタと交戦中のバンディットを撃破後にブラボーと合流されたし》

 

《ブラボー了解》

 

《デルタ了解》 

 

《チャーリー了解》

 

 皮肉屋の中尉が素人だと評した敵について、アッシュも同意見だ。チキンレースじみた近距離からの射撃で、あきらかに動揺していた。あんなものは挨拶代わりだ。重モビルスーツは飾りか? 素人がのこのこ出てきていい戦場じゃあない。

 

 戦場はプロフェッショナルのもので、感情の抑制もできないアマチュアがしゃしゃり出てくるべきではない。感情でどうにかなる場所ではないのだ。そして、どうにもできない者は代償を命で支払う羽目になる。

 

 これまでのやり取りで『リック・ディアス』パイロットの技量は把握した。弱兵であり、素人だ。データバンクにない背中のコンテナ状の装備が気になるが、その前に落とせばいいだけの話。

 

「スリーよりワン。こいつは自分が仕留めます。中尉はツーの援護を!」

 

《へへっ…よお、気張るじゃねえかアッシュ!》

 

《了解だ。ツー、背後を突く。シザーズで振り回せ》

 

 あいつが背負ってるコンテナは、積載位置からも形状からも近距離装備ではない。中距離射撃戦でのクレイバズーカは散弾だけに警戒すべきだ。ならば、サーベルの距離で!

 

 『マラサイ』の背と脚のスラスタ推進軸を一直線に揃え、頭から飛び込むように加速するアッシュは右肩のシールドを展開して身を隠す。左手はすでにサーベルを掴んでいるが、あえてビーム刃を生成させずにタイミングを計る。

 

「くたばれよ、宇宙人ッ!」

 

 見かけに反して軽快な運動性が小癪な機体だが、それも油断ならない手練れが乗っていればの話だ。こちらの機動をただの体当たりだと思ったのか、半身を開いてビームサーベルを抜く以上の対応ができていない。

 

 『リック・ディアス』のビームサーベルをシールドで受け、溶断されるまでの数瞬を稼ぐ。アッシュは左腕のサーベルにビーム刃を生成させると敵の右腕を付け根から切り飛ばし、同時に頭部の60mmバルカンを至近距離で斉射。

 

「もう一丁!」

 

 『マラサイ』はバルカンの集中射で敵のアイカメラを破壊し、ひるんだところに回し蹴りを叩きこんで強引に引きはがして距離を取った。格闘戦で相手ともつれたまま戦いにのめり込むことは危険だ。攻撃は複数の手段を同時に叩き込み、一撃離脱を堅持。

 

 エースに憧れるな。彼らは非凡だ。自分とは違う。

 

 一撃必殺を求めるな。華麗に戦うな。敵の戦闘力を削れ。動揺を誘え。連携を忘れるな。

 

 これまでの軍歴で培った戦訓とパブで語られる警句がアッシュの持つ財産の全てだ。決して多くないが、生き残るには十分なそれを駆使して戦ってきた。

 

《スリー、こっちは片付いた! 援護するぜ!》

 

「助かる!」

 

 残るはお前だけだ、ざまあみろ。

 




蛇足解説
セイバーフィッシュ:MS開発前に連邦軍が採用していた戦闘機。わりとマイナー。
バレルロール/シザーズ:戦闘機動のひとつ。
ボギー:敵か味方か識別できない勢力
バンディット:敵勢力

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生身での戦闘シーンも相当ですが、MSになると輪をかけて難しい...

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