どうしようもなく、俺のホワイトデーはまちがっている。   作:サンダーソード

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母親というものは、息子の心を慮るべきである。

 深夜のキッチンにオーブンレンジが鳴り響き、中身の焼き上がりを告げる。

「ん……焼けたか」

 オーブンを開き、角皿を取り出す。シートにへばりついたクッキーを一枚剥がし、口の中に放り込む。

 咀嚼すると焼きたての香ばしい香りがサクサクとした歯ざわりと共に口の中に広がっていく。

 うむ、んまい。

 流石に雪ノ下の作ったクッキーとは比べるべくもないが、出来たて補正もあいまって中々に後引く出来だ。

 完成したクッキーを丁寧にこそぎ落とし、用意した二つの袋に大切に詰め込み、小町の指示で見繕ってきたリボンで括る。

「っし……」

 本日は三月十四日。

 全国的に、ホワイトデーと呼ばれる返礼の日である。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 準備を終わらせあまり眠れぬ夜を過ごし少々早めの朝を迎えると、珍しく母ちゃんがキッチンに立っていた。

「あれ、仕事は?」

「開口一番それかいあんた……。今日は午後からなのよ」

 午後から仕事があるのに休みもせず朝飯作ってくれてるのか……。ほんともう、身体大事にしてくれよ。この先臑が齧れなくなったらどうするんだ。

「ん……おはよう」

「はい、おはよう。できたから席着きな」

 朝食が机の上に並べられる。向かい合っていただきますしてさあ実食。……小町といい母ちゃんといい、分かっててプチトマトを用意するのはやめてくれてもいいと思う。

 プチトマトをよけたサラダをもむもむと食んでいると、母ちゃんがじっと俺の目を見ていることに気づく。

「……何?」

「今日は折角の三月十四日なんだけどさ。八幡あんた浮いた話の一つもないわけ?」

 その言葉で、先月の記憶が鮮明に蘇る。『ただのお礼』と称されたあの黄金より重いクッキーに対してわざわざホワイトデーを選んで返すのは自意識過剰ではないかとか、昨夜用意した焼き菓子の出来が悪くないと思えたのは出来たて補正や深夜テンションのせいではないかとか、逡巡や躊躇が視線を揺らす。

 その揺らめきに何を見透かされたのか、母ちゃんの目が驚きで見開かれる。母ちゃんという生き物は息子のデリケートな部分を土足で踏み荒らすのを断じてやめるべきだと思います。

「へえ……やるじゃない。八幡、目を閉じて喋らなきゃ結構いい男だもんね」

「……や、別に、なんもねえし」

 いや無理だから。母ちゃんにこの辺の微妙な関係性全部吐露できる男子高校生なんてこの世に存在するの?

「一応確認するけど、相手小町じゃないわよね? インモラルも度を過ぎると父ちゃんにしばき倒されるわよ?」

「母ちゃん俺たちをなんだと思ってんだよ……」

 そりゃまあ小町は天使だし小町が好きなのは俺だし小町は一生結婚しないけど、妹だぞ?

「あんたの溺愛も大概だけど、小町の兄離れできなさも並じゃないからねえ……」

 はあ、と嘆息。ただ少しだけとても仲のいいごく一般的な千葉の兄妹だぞ俺たち。全くもって杞憂もいいとこだ。

「で、ちゃんとお返しは用意したの? 貰ったんでしょ?」

「……だから、別に、なんもねえし」

 反射的に、ついっと目を逸らしてしまう。動作が不自然にならないよう視線の先にあった醤油差しを手にとって、朝食を見れば醤油を使うべきものがなく、結果としてすこぶる不自然な動作となっていた。

 言葉もなく醤油差しを戻すと、一連の無様をどう捉えたのか母ちゃんはため息をまた一つ。

「あんたまさか何も用意してないの? もー、しょうがないね。母ちゃんたちの部屋に仕事関係からの贈呈品積んでるから、適当なの選んで持ってきなさいな」

「だから……」

 無意味な反抗を言い募りかけるが、はたと止まって思い直す。一応、一応は、まあ礼儀の上でも必要なことであるし返礼の品も用意はしたものの、俺如きの作ったクッキーなんぞよりは高級店の商品の方が間違いなく旨い。手作りクッキーを貰ったからと手作りクッキーを作って返すのは単なる俺の自己満足ではなかろうか。あの二人のそれと俺のこれは正しく月とすっぽん。天地の差がある。

 返礼の上で大切なのは送る側の自己満足ではなく、貰う側の偽りない満足だ。

 ……となれば、ここは言葉に甘えるべきかもしれない。最終的にどうするにせよ、モノがなければそもそも選択肢が発生しえない。いや本来は自前で用意するべきだったのかもしれないがぶっちゃけこんなの初めてだから勝手も分からんわ。

「……菓子折、いくつか貰ってく」

「ん」

 満足そうに笑う母ちゃんの目が見てられん。大急ぎで朝食をかっ込んで母ちゃんの部屋に行き、積んでる箱の包装紙をひっちゃぶいて菓子がプリントされてるのを幾つか選んで丁寧に鞄に仕舞い込む。そして全く急ぐ時間でもないのに慌ただしく行ってきますと言い捨てて学校に向かった。

 背中に投げられる呆れたような行ってらっしゃいが、冬の気配の残る気温を感じさせてはくれなかった。

 

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