どうしようもなく、俺のホワイトデーはまちがっている。   作:サンダーソード

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あなたたちの中で初めてバレンタインデーのお返しに贈り物をするときに失敗のなかった者がこの自称ぼっちに、まず石を投げなさい。
そんな経験のなかった者は好きな寿司ネタでも挙げてなさい。


誰だって、初めてのことは緊張する。

 邪魔しないように音を立てずに席に着き、まだ鞄に入っていた化粧箱も長机に取り出して積み重ねておく。全部で四箱あった。教科書とか殆ど入らなかったのも納得だな。どのみち授業内容も頭に入ってなかったから結果オーライだろう。いや何一つ良くはないが。

 短いようで長いようなくすぐったい時間が過ぎ、どちらともなく二人は俺に視線を向けてくる。

「ヒッキー、これ、食べてもいいかな」

「まあ……食べてもらうために渡したんだしな……。飾られても困る」

「そうね。なら、紅茶を淹れ直しましょうか」

 雪ノ下がクッキーの袋を机に置いて、電気ケトルに足を向ける。

「なあ……ちょっといいか」

「? 何かしら」

「ヒッキー?」

 柔らかな視線がそこはかとなくくすぐったい。出しておいた化粧箱をぽんと叩き、二人の意識をそちらに逸らす。

「その……当然そっちのクッキーはプレゼントするんだが、よかったら、こっちのも食ってくれないか。普段由比ヶ浜が雑談のお供にお菓子食ってるだろ? それに供するってのでもいい」

「いいの?」

「ああ、もちろんだ」

「……でも、どうして急に? 最初は選んでくれという話だったのに」

 雪ノ下の自然な疑問が的確に急所を突いてくる。ぐぅと唸って怯む俺。

「……言わなきゃ駄目か?」

「言えない理由でもあるのかしら?」

「ダメじゃないけど……気になるね?」

「ぐぬぅ……」

 雪ノ下は微笑みながら追撃し、由比ヶ浜は雪ノ下の様子を窺いつつも興味をちらつかせてくる。

 まああんな醜態見せた後にやっぱりどっちも食ってくれ、ってのはなぁ……。さすがに説明責任果たす必要あるか。最初っから両方渡しとけって話になるし。

「……これ、今朝急遽母ちゃんに持たされたお菓子なんだよ。……で、その、手作りクッキーを用意してたことは言ってない。つまり、これを持って帰ったらお返しが渡せなかったと見做されて今からでも行ってこいと叩き出されるか……別に用意してたものを、その、仔細に説明する羽目にだな……」

 話の後半になるにつれ、二人の間に苦笑と呆れの気配が色濃くなってくる。しかし馬鹿にするようなものではなく、親愛の気配を感じるのは二人の優しさか。

「じゃあ、それも貰っちゃおっかな。……でも、最初に食べるのだけは、やっぱりヒッキーが作ってくれたクッキーにする」

「私も……そうしましょうか。残りは大切に持って帰らせてもらうわね」

 二人の話を聞き流してるポーズ取りながらも実際は意識の大半をそっちに持って行かれつつ、聞いてませんアピールを込めて化粧箱のシュリンクを引き裂いていく。多分効いてないし見透かされてる。開けると中身はチョコレートが敷き詰められていた。

 そうだな、四箱あるし俺も食べるか。席離れてるから机の真ん中に置いてもお互い取りづらいし、もう一箱開けよう。

「ん」

「ありがと、ヒッキー。あ、チョコレートだね」

 長机の上を一箱滑らせて、由比ヶ浜に受け取らせる。その間に雪ノ下が紅茶の準備を終わらせた。

「じゃ、ヒッキー……。開けるね?」

 由比ヶ浜が両手でクッキーの袋を捧げ持ち、改めての宣言をする。

「お、おう……。もう二人にあげたもんだから所有権はお前らにあるし、好きにすりゃいいけどいや上手くできたかは保証外だからな? それはちゃんと理解して」

「ヒッキー緊張してる?」

「むぐ……」

 アホの子のくせに、過程も何もなく直感だけでズバリ図星言い当てられて閉口する。アホの子だからか? 大体人の話を遮っちゃダメってママに教わらなかったの? なお俺は教わった覚えはない。

「……初めてなんだよ、こういうの」

「へ……へへ、そっか……初めてなんだ、あたしたち……」

「そう……。初めて、なのね……」

 初めて初めて連呼するのやめて! そういうのと無縁の人生だったって聞こえちゃうから! まちがってないんだけど!

 かすかな擦過音を立てて、リボンを解く。中身は俺からは見えないが、中身を見る二人の表情は見えるのだ。花開く笑顔が眩しすぎて、つい目を逸らす。

「ヒッキー、上手だね。……っていうかもしかしてあたしのより……」

「さすがにそれはねえだろ」

「……ゆきのん? どかな」

 だが、判断を投げられた雪ノ下は惑ったように視線を彷徨わせ、空いた間を埋めるように紅茶で唇を湿らせた。

「……明白な差があるわけもでなし、優劣を付けたい気分にはなれないわね」

「らしくねえな?」

「いいじゃない。こんな日なのだから。大体、それをあなたが言うの?」

「んぐ……」

 つい先程の、雪ノ下と由比ヶ浜のクッキーの価値判断を保留した前科を掘り返されてぐうの音も出なくなる。綺麗に投げ返されたブーメランに、俺も紅茶で唇を湿らせることにした。

 俺とやりとりしてる雪ノ下に先んじて、由比ヶ浜が一足先にクッキーをつまみ取る。

 が、食べるでもなく何でかじーっと見つめてる。あ、あれ……? 何か変な失敗してた……? 袋に詰める前に一つ一つ矯めつ眇めつ問題なしを確認したはずなんだが……。

 内心脂汗かいてると、由比ヶ浜はふっと笑って、

「ゆきのん、あーん」

 雪ノ下の口元にゆらゆらさせながらその手を突き出した。

「ゆ、由比ヶ浜さん?」

「あーん」

 にこにこ笑いながら雪ノ下に突き出す由比ヶ浜。退く気配はない。

 雪ノ下はちらちらとこっちを窺いながらも、由比ヶ浜の圧力に勝てるわけもなく、

「あ……あー……」

 うろたえて迷って陥落した。頬を染めながら目を閉じ小さく口を開く。

 由比ヶ浜は嬉しそうにその口にクッキーを運んで、恥じらう雪ノ下に食べさせる。

「ど? おいしい?」

「……ええ、そうね」

 その和らいだ表情からは、無理している様子は見られない。よかった……これで不味かったらマジでどうしようかと。

「じゃ、ゆきのん、あたしにもちょうだい!」

 そう言って由比ヶ浜も艶やかな唇を開き、

「あー」

 とか言いながら餌待ち状態の雛になる。まあこうなった由比ヶ浜に勝てるわけもなく、結果はさっきの焼き直し。

 雪ノ下は小さく溜息を吐いて、自らの袋からクッキーを一欠片つまみ上げる。

「あ、あーん」

 なんて頬を染めつつ由比ヶ浜の口元に持っていく雪ノ下に、由比ヶ浜は大層ご満悦な様子。勢い余って白魚のような指先まで僅かに唇で食んでしまい、雪ノ下は肩を揺らして僅かに驚く。

 由比ヶ浜はそんなことなど気にも留めず、満面の笑顔でクッキーを堪能してくれているようだ。……そこまで喜んでくれるのは冥利に尽きるってもんだが、この子のパーソナルスペースマジで狭すぎない?

「ヒッキー! すごくおいしいよ! ありがとう!」

「……おう。そりゃ、よかった」

 真っ向から喜色満面でお礼言われてどう答えていいか迷ってしまい、結局何も面白くない当たり障りのない返答になってしまった。

 ……そんなものでも嬉しそうに受け取ってくれるから困るんだが。

「じゃ、残りは持って帰るね」

「そうね。後はこちらのチョコレートをいただきましょう」

 二人は解いたリボンを結びなおし、丁寧に鞄の中に仕舞い込む。むず痒くなるその所作を意識しないように、俺は一足先にチョコレートに手を伸ばした。

 

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