セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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旅立ちの前
穏やかな一幕/武偵殺し


 

「ご主人様、朝ですよ」

 

鈴を転がしたような声、甘い、優しい声。それが俺の耳を打ち、肩を揺さぶるその振動は強くはない。けれども、それらはどんなにけたたましい目覚まし時計よりも手早く確実に俺の意識を眠りの沼から引き上げるのだ。

 

「あぁ、おはよ、リサ」

 

瞼を開ければ、そこにいたのは透き通るような金髪をした美しい少女。リサ・アヴェ・デュ・アンク、俺──神代天人──をご主人様と呼ぶ奴はこの世でただ1人、彼女だけだ。俺の身の回りの世話を焼いてくれるメイドであり愛おしい恋人でもある彼女に起こされることは俺の毎朝の日課だった。

 

「おはようございます、ご主人様。今日は始業式ですね」

 

朝一番で彼女の顔を見れる幸せを噛み締めつつ、一言そうだなと返し、俺はモソモソと布団から這い出でる。まだ毛布の中に残した温もりが恋しい気温ではあるけれど、今俺の目の前には布団より愛おしい恋人がいる。そして俺の鼻には彼女の作った朝食の匂いが届いているのだ。布団には別れを告げ、俺はリビングへと向かうことにした。

 

 

「「いただきます」」

 

2人で声を揃えて食事の挨拶。

用意された食事を1口、自分の口の中に放り込めば、うん、今日も美味しい。

 

付き合っていると言ってもお互いの性分なのだろうか、食事中にはあまり会話はしない。だが、別にそれが重苦しい空気になるということもなく、ただ穏やかな時間が流れていく。何となしに電源を着けたテレビから流れてく朝のニュースはどこでどんな事件が起こっただの何とかという政治家が失言をしただのと、昨日の夜には聞いたようなニュースを賢しらに繰り返している。本来は4人部屋のこの寮の一室は俺がリサと暮らしたいが為に他に居た3人の同居人と話し合いの末に別の部屋に移ってもらっていた。おかげで2人暮しでもまだ余裕のあるこの部屋にはリピート放送のように同じ映像が繰り返されるニュースでも広さを埋めきれていない。だが俺はこの余白が好きだった。きっとリサも好きなのだろう。飯を食いながら頬が緩んでしまうと口からスクランブルエッグが零れてしまうのでどうにかそれを堪え、この空白を楽しんでいたが、やがてそれも終わる。朝食を採り終え、リサが食器の片付けをしてくれている間に俺も顔を洗ったり歯を磨いたりして学校へ行く準備を進めていく。

服以外の身嗜みを最低限整え、パジャマを洗濯カゴに放り出した俺は自室に制服を取りに行く。

 

半分物置と化している机に無造作に放り投げ置かれているゲーム機や漫画の類を横目に、クローゼットから丁寧に畳まれた黒いタンクトップと白いワイシャツを引っ張り出して袖を通す。そしてハンガーラックに掛けられた臙脂色の制服を手に取りズボンに足を通してそのボタンと窓を閉じ、ベルトを締める。そして上着のブレザーを椅子に引っかけ、机の引き出しに入っているホルスターと拳銃を取り出す。マガジンに鉛玉が装弾数最大まで込められていることを確認してそれを差し直す。その機能美を追求した黒い殺意の塊を脇のホルスターにしまい込み、ズボンのポケットに"アレ"が入っていることを確認してからブレザーに袖を通した。

元々は勉強机だったらしい物置の傍に投げ捨てられていた薄い学生鞄を手に取って部屋を出れば、そこには今日もこれ以上無いくらいに可愛らしいリサがいる。

 

「モーイ、今日も防弾制服が良くお似合いです」

 

この褒め言葉もいつも通り。朝からそんな風に手放しで褒められるのは気恥しいばかりなので、照れ隠しにリサの形の良いおでこにキスを1つ落とす。

 

「じゃあ行こうか」

 

「はい!」

 

2人揃って男子寮の部屋を出る。そして階段を降りて寮の前のバス停でバスを待つ。武偵校はクラス分けそのものは掲示板で発表されるのだが、新しいクラスの席の割り振りは早い者勝ちなのだ。そのため、俺達はいつもより早く出て、始業式すらもフケて狙いの席を確保しようというわけだ。

お互いの手を繋ぎ、取り留めもない会話をしているとその内にバスがやって来た。まだほとんど人の乗っていないそれに乗り込むと、俺達が2人掛けの座席に座ったところでバスが発車する。

 

 

校舎の前まで走るバスから降り、掲示板で今年のクラスを確認したところ、俺達は2人ともA組とのことだった。他の奴らも確認したが、知ってる名前も多い。その中でも特に馴染み深い何人かが揃っていることも確認し、俺とリサは自分らの教室へと向かった。そこにはやはりまだ誰も来ておらず、俺は窓際後ろから2番目、リサはその横に各々のカバンを置いて席を確保。1番後ろにしなかった理由は単にプリントやノートを回収する役割を担うのが面倒だったからだ。

 

「まだ誰も来ていませんね」

 

「そりゃまぁ、その為に早く来たんだしな」

 

リサと2人だけの時間が流れていく。俺が1番好きな時間。俺はリサを自分の膝の上に乗せるとそのまま後ろから抱きしめる。そうすれば彼女の髪から柔らかい香りが漂ってくる。俺の好きな香り、腕から伝わる柔らかさも俺の好きな感触。それが俺の好みなのか、リサのものだから好きなのか、その区別は付いていない。だがそんなことはどうでも良いのだ。ただ俺はこれが好き、それだけだ。だから今はこれらを目一杯堪能する。

 

その内にガラガラと教室の後ろのドアを開けて190センチ近い身長の大男が入ってきた。車輌科の武藤剛気だ。ガサツなアイツにしてはやけに早い到着だから、きっと俺達の思考は同じだろう。

 

「あーくそ、天人に先を越されたか……って言うか、朝から見せつけてくれてんなぁ。轢いてやる!」

 

額に手を当て天を仰ぐ武藤は、リサを膝の上に乗せた俺を見て更にゲンナリしたような顔になる。だが轢いてやるという過激な口癖だけは忘れていない。

 

「おはようございます、武藤様」

 

「はーい、おっはよーございまーす!リサさん!」

 

だがそんな武藤もリサに挨拶をされれば即座に絆されて手のひらを返したようなニヤケ顔になる。

まったく、お前は白雪に気があるんじゃないのか?

しかし、俺のジト目も何のその。武藤は適当な机に薄っぺらい鞄を放り投げるとそのまま俺の後ろの席に座り込んでダラダラと春休みに何があっただのどんな乗り物を運転しただのと聞いてもないのに喋り出す。リサもリサで適当に頷いたり相槌を打ったりで聞き流してはいそうだが、武藤的にはそれでも良いのか特にお喋りを止める気はなさそうだった。こうなったら俺も聞いてるだけは暇なので会話に入る。

そうして適当に時間を過ごしていると、段々と教室に人が増えていく。……やっぱりあんまり始業式には出てねぇなこいつら。

朝のSHR(ショートホームルーム)の少し前に俺とリサの昔馴染みである峰理子がテンション高めに教室に入ってきた。そして、最後尾の席に赤い、ランドセルみたいなカバンを置いて席を確保。そのままその席に座った。……やたらとニコニコ顔なのが気になるが、まぁいい。

そうしてザワザワと騒がしくなったクラスに最後に入ってきたのは遠山キンジだった。こっちは理子とは対照的に凄まじくテンションが沈んでいる。そこに武藤が、キンジの幼馴染みである白雪をネタに絡みに行くが「今の俺に女の話題を振るな」と袖にされていた。ふむ、てことはまた()()()んだなぁ。

 

その直後、教室の前の扉を開けて入ってきたのは大人の女の人。というかこのクラスの担任の先生を務めるらしい高天原ゆとり先生だ。ちなみに2つ名は血濡れ(ブラッティ)ゆとり。元傭兵で、前に頭部を撃たれた影響で今は戦うことは出来ないけれど、この学校のヤバい教師2大巨頭の蘭豹と綴梅子との3人でルームシェアをしているのに今も生きているということはそれだけこの人もとんでもない人ではある。担当科目は探偵科、今のキンジが所属している学科だ。

 

「はーい、それではホームルームを始めますよ~」

 

パンパン、と高天原先生が手を叩けばザワつきは収まりつつ皆そっちを見る。

 

「では自己紹介からお願いします。じゃあまずはぁ、3学期に転校してきた可愛い女の子からぁ」

 

と、ゆったりじっくり紹介されたソイツが席から立ち上がる。ピンクブロンドなんていう物珍しい髪色をした背の低い女子だ。ていうか知っている。神崎・H・アリアだ。強襲科のSランク武偵にして強襲成功率の高さと負傷率の低さで有名な国際的な武偵。3学期にこの東京武偵校に転校してきて強襲科に所属、即俺をパーティーに勧誘してきた奴だ。もちろん俺はアイツの勧誘は断ったが。あと、奴と同じクラスなのも知ってた。クラス名簿、名前順だったからな。神代(かみしろ)神崎(かんざき)だから近いのだ。で、その神崎がいきなり後ろを向いたかと思えば───

 

「あたし、アイツの横に座りたい」

 

と、キンジを指差して宣った。

キンジも神崎の顔を見て驚いたようで、椅子から転げ落ちそうになっている。雛壇芸人か何かか?どうやら朝のキンジの機嫌が悪かったのにはアイツが関わっているらしい。高天原先生も「あらあら、最近の若い子は積極的ねぇ」なんてポヤポヤしているし、キンジの横の席、というかキンジが武藤の横の席に座ったんだが、ともかくその武藤も「俺、転校生さんと席変わりまーす」なんて言ってキンジの腕をブンブン振り回している。

 

そしてそんな喧騒の中を神崎はツカツカとキンジの元に歩み寄り、何かを手渡した。……ベルト?

 

「これ、アンタ忘れてったでしょ」

 

そしてそれを見た理子が突然、勢い良く席から立ち上がる。

 

「理子分かった分かっちゃったぁ!これフラグバッキバキに立ってるよー!!」

 

甘ったるい声で明るい茶髪のツインテールを揺らしながら理子がまたアホなことを言い出す。

 

「キーくんベルトしてない。それを転校生さんが持ってた。つまりキーくんは転校生さんの前でベルトを外すような行為をした……。ということは、2人は熱い熱い恋愛の真っ最中なんだよー!!」

 

ドーン!!なんて擬音が聞こえてきそうだ。ビシッとキンジのベルトを指差してドヤ顔を晒しているけど、まぁ多分無いだろ……。しかしこのクラス、というか武偵校の生徒は元々専門科目での顔見知りが多く、クラス替えをしても結構知っている顔が多い。仕事でも組む時あるしな。だから新学年になった直後でも仲は良いのだが……それが発揮されるのは大抵こういう悪ノリの時ばかりなのだ。

そして今回も例に漏れずに、不潔ーだの根暗だと思ったのに、とか、陰気な奴だと信じてたのに!とか、キンジもまぁ、半分くらいは自分のせいなのだがそれにしても酷い言われようだ。で、もう1人の渦中の人物こと神崎アリアさんはと言えば……。

 

ダダンッ!

 

天井に向けてガバメント(大口径拳銃)をぶっ放した。この武偵校、確かに校舎内での発砲は禁止されていない。だが必要以上にはするなとされている。これがどうかは知らんが。だが顔を真っ赤にして弾いた神崎は俺達に向けてこう言い放った。

 

「れ、恋愛なんてくっだらない。私はそんなものに興味はないしするつもりもない……。そんなくだらないことばかり言う奴には───」

 

 

──風穴空けるわよ!!──

 

 

それが、神崎・H・アリアが高校2年生になったクラスに向けて放った、最初の言葉だった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「で、朝のミッションはクリアしたのか?」

 

昼休み、超高速でクラスの追求から逃げ出したキンジは丸っと無視して俺はリサと理子と弁当を囲んでいた。話題は午前中に学校から回ってきた周知メールの件。男子生徒が爆弾魔に襲われたという内容。

 

「んー?まぁボチボチかなぁ。取り敢えず最低限はって感じー」

 

「俺はやらんからな」

 

「まーね。天人、()()()抜けちゃったし」

 

ギルド、とは理子がやっているインターネットを利用したゲームの中で使われる組織を指す言葉だ。ネットのゲームには、ギルドと呼ばれる集団が幾つもあるらしい。今俺達はそれの話をしている振りで会話を進めている。

 

「抜けたっていうか、ありゃ半分追い出されたんだろ」

 

「まーね。……卵焼きもーらい」

 

「あっ、させるか!!」

 

理子が俺の弁当箱からリサの作った卵焼きを箸で奪い取ったのでそれが理子の口の中へ運ばれる前に、俺はその箸から卵焼きを奪い返す。……箸こと咥える形で。

 

「ギャー!?」

 

理子の叫び声が教室に響く。クラスにいた奴がこちらを見るがこの程度の騒ぎ、武偵校じゃ日常茶飯事だ。ただ俺達が遊んでいるだけと気付き、皆すぐに視線を戻す。

 

「ティッシュはやる」

 

「そういう問題!?ねぇリサ!どうなのこれぇ!?」

 

「え、えぇと……」

 

リサはリサで、女子的には反論したいが元々おかずを奪ったのは理子なのでなんとも言い難い、そんな表情をしている。

それに対し理子が「リサは天人に甘い」と文句を垂れつつ箸を拭いている。そんな風ないつも通りの光景。学年が変わっても俺達がやることは大して変わらない。この時はそんな風に思っていた、いや、思いたかったんだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

始業式から数日後、その日は生憎の雨模様で、俺とリサは学生寮から学校まで出ているバスが混雑するのを嫌っていつもより早目に出ていた。どうやらキンジはアリアに付き纏われているみたいだが俺はそっちに関わる気は無い。

だがそんな俺の携帯に1本の電話が掛かってきた。

 

「もしも───」

 

「天人!!どこにいるの!?今すぐ強襲科でC装備に着替えて女子寮の屋上まで来なさい!!」

 

携帯のマイクから鳴り響いたのはアリアの甲高いアニメ声。その声量に思わず俺は携帯を耳から離す。何なんだ一体……。

 

「……今学校だよ。何でだ」

 

「学生寮前を7:58分発のバスがジャックされたわ。被害者はそれに乗っている武偵校の生徒。仲間を信じ、仲間を助けよ、よ。分かった?」

 

ここでこれを断ろうにも俺にはその理由を話すことか出来ない。まったく、面倒なことだ。

 

「……レキは呼んどけ」

 

「当然じゃない。もう居るわ」

 

「あっそ」

 

俺はそこで電話を切り、ガシガシと頭を掻き毟る。俺はアイツからのパートナーになれという誘いは断ったが単発の事件で組むことまでは拒否していなかった。流石に、同じ学校同じ学年の強襲武偵同士でそこまでするのは割と面倒だしな。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

そして、リサは俺のその態度で全てを察した、というかあんだけデカい声で喋りゃ横にいるリサには丸聞こえだっただろう。ともかく俺が出ることを把握したらしいリサは直ぐに俺のカバンを受け取った。

 

「悪いな。ま、すぐ戻るさ」

 

「お気を付けて」

 

「あぁ」

 

サッと周りを見て誰もいないことを確認し、俺はリサの口にキスを1つ落とす。いつも任務に行く前の俺達のお約束。拳銃と刀剣の類を確認し、俺は走り出す。雨の中、態々強襲科までの道のりを。

 

 

 

 

 

「来たわね。後は……」

 

土砂降りの中、態々C装備に着替えてまで女子寮の屋上まで行くとそこにはアリアがいた。あとドアの横にレキ。

 

レキ──狙撃科の生徒で俺たちと同学年。だがそのランクはSの超凄腕狙撃手だ──

 

で、そのレキは何やらヘッドホンで音を聞いている。前に何を聞いているのか聞いたところ、風の音だとか答えられてむしろこっちが返事に困ったことがある。何せ、ホントかよと思って俺もヘッドホンを耳に当てたのだが、そこから聞こえてきたのは本当に風の音。環境音とでも言うのだろうか。だがそれにしては寒々しい音が鳴るだけで俺は直ぐにヘッドホンを返した記憶がある。あと踵も返した。

で、今も携帯に向かって何やら叫んでいる神崎を横目に俺もボケっと突っ立っていたのだが、再びここに繋がるドアが開いた。そこから出てきたのはなんとキンジ。まぁ、キンジも強襲科で入学した時はSランク武偵だったしそもそも今の神崎の目的はキンジなのだから当たり前か。

 

「天人……レキもか」

 

「おすキンジ」

 

「揃ったわね。まぁこれだけいれば火力不足にはならないわ」

 

「待ってくれアリア。リーダーをやるなら勝手にやれ!けど状況説明(ブリーフィング)くらいはちゃんとしろ。武偵はどんな任務にも命を懸けて臨むんだぞ!」

 

「武偵校の生徒を乗せたバスが武偵殺しにジャックされたわ!任務はこのバスに仕掛けられた爆弾を解除して生徒達を救出すること、以上!」

 

「武偵殺しって……そいつはもう逮捕されたんだろ!?」

 

「……落ち着けキンジ」

 

「天人っ!」

 

「逮捕された武偵殺しは替え玉だ。本人じゃない」

 

「……へぇ、天人、アンタやけに詳しいじゃない」

 

「さてな。で、だ。武偵殺しはその凶器が爆発物である関係で基本的にはその場にはいない。だが遠隔で操作する以上は電波や何かを使う必要があるが……」

 

「……武偵殺しの使うそれにはパターンがあるの。私はそれをキャッチしたのよ」

 

そこまで話したところで空からプロペラの音が聞こえてくる。ヘリまで用意してあったのか。用意がいいな。

 

「続きは空の上でだな」

 

 

 

───────────────

 

 

 

雨の中、走るバスの上にヘリから降り立った俺達はまずキンジがバスの車内に侵入、状況把握に務めつつ神崎が爆弾の解除を試みる。俺とレキはそれのバックアップだ。しかし、というか神崎とキンジは何やらこの事件に関して約束でもあるようだ。それも、キンジに対して神崎は実力を見せてみろというような感じの……。ということは、キンジはあのチャリジャックの時にでも神崎と出会い、()()になったということだろう。そしてその時のキンジの実力に興味を持った神崎に付き纏われていると。だが今のキンジにはこの任務は荷が勝ち過ぎている。俺が上手いことやらなければならないかもしれないな。

 

「……来ます」

 

無線からのレキの声に合わせて俺は()()()()()()()()()()()()。それにより俺は自身の身体に力が漲ってくるのが分かる。

すると、土砂降りの雨の中、バスの後ろからルノーがとんでもない速度で駆け抜けてくる。よく見れば座席には人影はなく、代わりにUZI(サブマシンガン)が鎮座していた。あぁまったく、これ以上ないくらいに武偵殺しの仕業だよ。

バスの中に入ったキンジの情報に寄れば、1年の女子生徒の携帯がすり替えられたのか乗っ取られたのか、そこから流れる機械音声に減速したら爆発すると脅されているようだし。

 

俺は更に身体の中の扉を開け、全身に力を流し込む。そうして増大した知覚能力に任せて俺は引き金を引く。

 

ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 

俺の右手に構えられたP250(シグ)から吐き出された9ミリの弾丸がルノーのタイヤを撃つがどうやら防弾製のようでフルメタル・ジャケットの弾丸はそのゴムを穿つことなく弾かれてしまった。

ルノーが突撃して来た時にはキンジが運転手に指示を出していて、既に片側の車線に寄っているから一応射線は限定されてはいる。けれども───

 

「キンジ!神崎!左手側からだ!!」

 

いくらこっちが満員のバスで、向こうがルノーのサイズでもこのスピードで走っている時に横合いからぶつかられたらそれなりの衝撃はある。

俺が思わずたたらを踏んだ瞬間───

 

バババババババッッ!!

 

ルノーが窓ガラスを下げた途端に車内のUZIが火を吹いた。そこから放たれた9ミリの弾丸がバスの窓ガラスを叩き割り車内へ殺到する。武偵校の生徒であれば防弾制服を着ているから頭を撃たれない限りは即死は無いだろうが、それでも打ち所が悪ければ骨折や内臓破裂に至ることもある。防弾制服というのは弾丸の貫通こそ防いでくれるものの、その衝撃までは殺せない。

 

無線からキンジの苦悶の声が聞こえる。アイツは今は制服じゃなくて防弾チョッキだから多少撃たれても大丈夫だろうが、それなりの痛みと衝撃はある。だがルノーが窓を開けたおかげでこっちからの射線も通るぜ。

俺はルノーの運転席にいたUZIに弾丸を叩きつける。それによりまずは危険な火器を潰すことに成功した。そしてキンジからトンネルに入るという無線の連絡を受けて一旦姿勢を低くする。すると10秒程でトンネルの中に入った。すると、そのタイミングでメットをぶち破られたらしい神崎も上に登ってきた。

 

「ルノーにメットを叩き割られたの。助かったわ」

 

「あぁ、けどまだ来るぞ」

 

そう、俺達の乗るバスの後ろにはさらにもう1台、ルノーが来ていたのだ。それもやはりUZIが乗っている。

 

「どうせあれも防弾製だろ。横合いに付けられて撃たれるのを待つしかない」

 

「……かもね」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

すると、今度はキンジがメット無しでこっちに登ってきた。

 

「な、何でアンタはメットをしてないのよ!危ないから中にいなさい!!」

 

「運転手が負傷した!今は武藤にヘルメットを渡して運転させている!」

 

「あぁもう!!」

 

「……喧嘩してる暇はねぇぞ」

 

トンネルを抜け、レインボーブリッジに差し掛かった所でルノーの後ろからもう1台、今度はワゴン車が見えた。そしてヘリの中にいる視力両目とも6.0のレキからとんでもない通信が……。

 

「……ワゴン車の車内に武装を確認。多少形状は違いますが、ウルティマ・ラティオ・へカートⅡと推測します」

 

12.7mmの超大口径を持つお化け火力の対物ライフル。なるほど、これが俺への対策ってワケかよ……。

 

「そんな……」

 

「はっ、ありゃあ俺への対策だ。……神崎、キンジ、俺はアレとやるからここで離脱だ。UZIは任せたぞ」

 

「無茶よ!!」

 

「舐めんな。あれくらいどうにかなる。……レキ、爆弾の方は任せたぞ」

 

「了解です」

 

レキの返事を聞き流しながら俺は神崎達の前に立ち、身体を大きく捻りながら半身で構える。当然、扉は全開だ。化け物には化け物をぶつけるってんなら相手になってやるぜ。()()()()()()()()でこの俺に勝てるつもりかよ、武偵殺し。

 

そして俺が構えたのを見計らってか狙いをつけられたのが今なのか、へカートⅡから死を内包した致命の弾丸が解き放たれた。

俺は爆発的に増大した知覚の中でそれを捉える。音を完全に置き去りにしマズルフラッシュが瞬いた時には既に腹の寸前に迫っているそのNATO弾を俺は───

 

 

──左手の人差し指と中指で挟み込んだ──

 

 

そしてその瞬間には捻った身体を腕ごと跳ね上げるようにして回転する。

俺を真っ二つにしようとした弾丸は俺の指の間を抜け、その手前で進行方向をあらぬ向きへ変えられて虚空へと飛んでいった。俺は直ぐに左拳を握り、指の調子を確かめる。うん、大丈夫そうだ。

そして俺は駆け出す。濡れたコンクリートの上へ、あの怪物兵器を載せたワゴン車の元へ。

そして強烈な2射目が飛んでくる前にへカートⅡの銃口へ俺の拳銃から弾丸をお返ししてその怪物兵器を粉砕する。そしてワゴン車が俺を轢殺しようと迫った瞬間、俺は右足で車体を蹴り上げる。そして跳ね上げた車体の下を潜るように身体を後ろに逸らしてバック宙を切りながら左足で車の下部を蹴り上げた。

反転する視界の中でワゴン車は回転しながら宙を舞い、無様な姿を晒してレインボーブリッジに横たわった。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

あの後、バスの裏に仕掛けられていた爆弾そのものは揺れるヘリの上からの狙撃という離れ業をやってのけたレキにより排除され、もう1台のルノーも神崎によって破壊された。これにより武偵校の生徒を狙ったとされるバスジャック事件は一旦の解決を見た。もっとも、犯人に繋がる手がかりは得られず終い。神崎もルノーと刺し違える形になって、戦闘に支障は無いことは不幸中の幸いとは言え、その形の良いデコに消えない傷跡を残すことになった。

 

そして入院する羽目になっていた神崎が退院する予定の前日、俺はその豪華な個室に呼び出されていた。

 

「……なんで呼ばれたかは分かってるわよね?」

 

夕暮れに照らされた神崎はその美貌と相まって中々に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「確かに、俺はお前の欲しい答えを知っている。けどそれを答える気は無い」

 

「アンタ……」

 

「分かってんだろ?どういう所か」

 

「ふん、高速で突っ込んでくるワゴン車を蹴り上げるような人間の台詞とは思えないわね」

 

()()()()って言ってんだよ。お前、次は死ぬぜ?」

 

神崎が今追っているのは確かに武偵殺しだ。だがコイツの本当の目的はその延長線上にいるとある組織。だがそこは構成員の私闘を()()()()()()()。当然、俺が何か話したと勘繰られただけでも武偵殺しなんて子供の悪戯に思えるようなヤバい奴らが出てくるわけだ。

 

「死ぬのが怖くて───」

 

「お前が死んだら誰が手前の母親を出すんだよ」

 

「───っ!?な、何で……アンタが……そ、れを……」

 

神崎の目が驚愕に見開かれる。あんまりに大きく開いたもんだからその大きな瞳が零れ落ちそうだ。

 

「言ったろ、俺はお前の聞きたい答えを知ってるって。そして、これこそ俺がお前に何も話せない理由だ。……あぁそうだ、武偵殺しと()()はあっちじゃワーストの2人だ」

 

 

これくらいは別に喋っても良いだろうよ。言われた方は良い気はしないだろうが、俺にとっちゃその2人なら問題の無い相手だからな。

 

「……なら武偵殺しについてくらい教えなさいよ」

 

「悪いな神崎。俺は友達は売らない主義なんだ」

 

これが俺に出来る最大限の譲歩。そのデコの傷に見合うとは思わねぇけどな。それでもこれ以上は言えないよ。

俺は夕暮れの中に項垂れる神崎を置いて、その1人には大き過ぎる病室を後にした。

 

 

 

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