セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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先生

 

 

詳しい話は明日の放課後の教員寮で話すからそれまでには強襲科に来いと言われて電話は切られた。

 

先生……先生ねぇ。どっかで悪いことしてるガキんちょ共がいて、俺はそれの摘発でもすればいいんだろうか。もしくはその先にいるであろう悪い大人を捕まえるとか。んー、俺のこれまでの仕事からしたらそっちの方が可能性高そうだ。

 

大学に潜入してそういう仕事をしたことも何度かあるし、もしかしたら違法な草やお薬がまた出回っているのかもな。

 

と、俺はそんなことを考えながら夕方に蘭豹の元へと向かうために防弾制服に着替えていた。そこで俺はふと、エンディミラが前は学者をしていたと言っていたことを思い出した。て言うか、エンディミラって日本語もフランス語も英語も上手なんだよな。

 

「なぁエンディミラ」

 

「何でしょう、マスター」

 

「お前、日本語も英語もフランス語も喋れるけど、言葉覚えんの得意なの?」

 

「私は語学が得意中の得意です。昔いた国では幼いエルフに共通語の他にもゲーナ語ハヤン語新大陸語を教えてもいました」

 

ほう、元先生なのか。何語を教えていたのかは全く分からんが。ま、蘭豹に行かされる学校がどこなのか知らんが、もしエンディミラを連れて行けるなら連れて行った方が良いかもな。俺は先生なんて柄じゃないし。エンディミラにはこれから会社の方を手伝ってもらう予定だけど、身内ばっかの所に入る前にまずは外を見せてやった方がいいかもだしな。

 

「んー、じゃあさ、ちょっと着いてきてよ。どうにも仕事で先生をやれって話があるんだけど、俺ぁそういう柄じゃないからさ。もし2人で入れそうなら入れてもらって手伝ってくれ」

 

「はい、どこまでもお供します」

 

と、良いのか悪いのか二つ返事でエンディミラが答えるので俺は宝物庫から武偵高のセーラー服を取り出す。キンジから返してもらって、クリーニングに出してからはまだ未使用のティオ用のやつだ。ちなみに使ったのがクロメーテルちゃんになったキンジだけなのでマジでティオは使ってない。

 

「武偵高に行くからこれに着替えといてくれ。サイズは多分大丈夫だろ」

 

エンディミラよりティオの方が背は高いからな。入らないってことはないはずだ。

 

「はい」

 

と、俺から武偵高の防弾セーラー服を受け取ったエンディミラが「部屋をお借りします」とリサの部屋へと消えていった。そして、少しするとさっきまで着ていた服を丁寧に畳んで抱えたエンディミラが武偵高の赤いセーラー服を着て戻ってくる。見た感じではサイズも大丈夫そうだな。しっかし、やっぱりエンディミラは何着てても似合うなぁ。コイツならそこら辺のジャージでも絵になりそうだ。

 

「あの、どこかおかしなところはないでしょうか?」

 

渡したのはロンスカの方なので、特に恥ずかしがる様子もなく武偵のコスプレをして出てきたエンディミラに俺は「大丈夫、似合ってる」とだけ返しておく。新しい服を着た女がいたら取り敢えず褒めろとはリサとジャンヌの(げん)。エンディミラも例に漏れず女の子ではあるのでそれでどこかホッとした様子になった。

 

「んじゃ、行くか」

 

と、俺はエンディミラを連れ立って武偵高まで向かう。道すがら何人かの武偵高の生徒とすれ違ったが皆「またコイツは……」みたいな顔をして見てくる。いや、だから違うんだってば。

 

という言い訳は喉の奥に閉じ込めて俺は道を細かく曲がって駅まで行く。前とは全く違う道順にエンディミラが疑問顔をしているが特にどちらから何を言うでもなく駅まで辿り着いた。

 

そして俺はエンディミラの分の切符を買ってやり自分はICカードで駅に入場。そのまま武偵高の方まで行くゆりかもめに乗って空いている席に腰を下ろした。

 

「あの、マスター」

 

と、そこで隣に座ったエンディミラが俺の方へ顔を寄せてくる。すると爽やかなんだけども甘さも感じられるエンディミラの髪の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

 

「んー?」

 

だが俺はそれを顔には出さずに目線だけそちらに向けてやる。

 

「先日とは違う道順でここまで来ましたが、何か意図があるのですか?」

 

「あぁ……」

 

と、俺は周りを見渡す。気配感知の固有魔法でもどうやらまだ()()()いないようで少し離れたところに()()()の気配が感じられるがここまでして撒けなかったということはもうとっくに尾行に気付いたことには気付かれているんだろう。

 

「尾行者がいたんでな。撒こうと思ったが駄目だった」

 

「なんと……。それで、尾行者はどこに?」

 

「少し離れた所で俺達を見てる。ま、相手にゃ心当たりがあるし武偵高に入っちまえば向こうも下手なことは出来ねぇから放っておこう」

 

「分かりました。では私も尾行者のことは気付かない振りをしておきます」

 

「おう、そうしとけ」

 

と、それっきりどちらも黙りこくったまま時間が過ぎ、そして俺達は武偵高へとやって来た。久し振りな気がするな。最後に登校してからそんなに期間は空いてないんだけど。ここ数日が濃すぎるんだよな。

 

で、俺はエンディミラを後ろに連れて──そしてやはり尾行者はまだ着いたきた──強襲科の建屋まで向かう。メールで指定された通りに入口前で待っていると10分程度で蘭豹がやってきた。武偵は時間厳守。例え蘭豹であってもそれは守る。10分待ったのは俺達が早く来ただけだからな。蘭豹は時間ちょうどにやって来たのだ。

 

「おう神代、久し振りやな。……で、なんやお前また彼女増やしたんか?」

 

と、蘭豹はいきなり腰をかがめてエンディミラを睨むように見やる。

 

「彼女じゃねーですよ。学校に教師で潜入す(はい)るって言うから使えるかもと思って連れて来たんですよ」

 

まぁ、なんか余計な人まで連れて来ちゃったけどね。という俺の目線に蘭豹は目敏く気付いたようで溜息を1つ。

 

「はぁ……まぁええわ。こっち来いや」

 

お、珍しく蘭豹が実技を見せてくれるみたいだ。今日の授業は尾行(ケツシ)の撒き方講座だ。

 

と、俺達は黙って蘭豹に着いていく。そのうち俺の気配感知からも奴の気配が消え、ついに面倒な尾行者を撒くことに成功したようだ。流石は蘭豹だな。俺が撒けなかった奴をこうもあっさりと撒けるんだからなぁ。

 

んで、やって来た教員寮の、『蘭』の表札のある部屋の隣。その開け放たれた窓から漂ってきた猛烈な臭いに俺とエンディミラは思わず鼻を押さえる。

 

「……綴先生とは隣同士なんすね」

 

「せやで。ベランダの非常扉をぶち破って行き来できるようにしとる」

 

そう言って上げてもらった蘭豹の部屋は……一言で言えば汚部屋ってやつだ。ゴミだらけで足の踏み場もないような。ちなみに、散らかす───と言うか片付けないタイプである俺は人のことはあまり言えないが、俺達の家自体はかなり綺麗だ。何せリサとレミアとシアがいるからな。汚れようがないのだ。

 

「ほれ、これや」

 

と、胡座をかいて座った蘭豹がA4のクリアファイルを俺に手渡す。それは上目黒中学という私立の中学校の教員募集のパンフレットのようだった。見る限りはそこそこの進学校で、写っている限りでは校舎も比較的綺麗そうだ。写真に写っている生徒も真面目そうだし多分今時点でも俺より勉強できるんじゃない?

 

「……見たところ、何の問題もなさそうな学校に見えますね」

 

「何も無い、ってのはあんまり良くないな、学校の場合は。ちょっと気になってこないだウチも軽く調べた。どうも教諭の離職率が高いみたいや」

 

辞める先生の多い学校、ねぇ。よくあるドラマみたいに校内暴力で荒れてるって雰囲気でもなさそうだけど、何が眠っているのやら。

 

「それで、蘭豹先生にも募集が?」

 

「そうみたいや」

 

「でも俺、教員免許なんて持ってないですよ。てかまず高校も在学中なんですが」

 

「知っとるわ。せやから特別非常勤講師や」

 

と、俺は蘭豹の目線に促されて中を見れば確かに教員免許があれば優遇と書かれているが必須とは書いていない。なるほど、とにかく辞めた先生の穴埋めが欲しいのか。

 

「日本の教員不足は深刻や。ナンボでも補充できるようなもんでもないからそうそう辞めないメンタルの強い教師が欲しいっぽいで。そこんところ、お前なら問題ないやろ。そこの金髪姉ちゃんも、神代と一緒におるくらいなら相当なガッツの持ち主やろ。一緒にどうや?」

 

まぁ確かに、蘭豹から見たらあれだけ女の子と付き合ってる俺といて、しかもどうやら彼女じゃないらしい女というのはメンタル強そうに見えるだろうね。俺もそう思うし。

 

「えぇ。私もそのために来たので」

 

と、エンディミラにしてはやや塩対応。リサ達にはもう少し丁寧な喋り方だったはずだけど、あれは俺の家族が相手だったからかな。

 

「でもなんで態々俺になんですか?俺ぁ人に教えるって柄じゃないですよ?テストも英語以外は酷いもんですし」

 

シャーロックに(物理的にも)叩き込まれているから俺の得意科目は英語だ。あと体育。でも体育は武偵……特に強襲科の奴らはだいたい得意科目なのでお勉強となると俺は英語くらいしかマトモにできやしない。学校の卒業に必要な単位はほぼ全部武偵としての仕事で得たものだ。それは蘭豹も重々承知のはずだけどな。メンタルの強さなら強襲科の奴らなら大抵並の強度じゃないし。

 

「お前ももう3年や。ここを卒業したらウチから何か教えられる機会もそうそう無い」

 

それはそうだ。来年の春には俺はここを出て社会人になる。大学になんて通う気は無いからこのまま武偵企業に入るのか、自分で武偵企業を立ち上げるのかの2択だ。まさかいきなりNに入るわけにもいかないしな。後はまぁ、暴力の世界から身を引いてリサ達と今やってる会社をやっていくか、だ。どっちにしろ食わせていかなくちゃいけない奴らがいるのだから早めに決めなければならないのだろうが……。

 

「それにな神代、お前は戦闘力は申し分ないが、これまでずっと戦いの中に身を置いてきたやろ」

 

確かにな。誰かに言われるまでもなく、俺はオランダを出てからずっと戦うことでしか居場所を確保できなかった。暴力で勝ち取らないと何も残らなかったのだ。それはイ・ウーだけでの話ではない。武偵高に入ってからも、そして幾つかの異世界を巡っている間も、常に俺は自分の戦闘能力で居場所を手に入れ、欲しいもの、守りたいものを掴んできた。それ以外に、やり方を知らなかったから……。

 

「だからここを出る前に1度くらいは戦闘能力じゃ勝ち取れないものを見てこい」

 

「それが先生、ですか?」

 

「そうや。お前の戦兄妹だった火野は今じゃ強襲科の2年女子でトップレベルに強い。お前は戦う力を教えることはできる。けど世の中腕力だけじゃ手に入らんもんもある。それを学んでこい」

 

上目黒中学は武偵や武装職とは何の関係も無い。どちらかと言えばお坊ちゃん学校のようだ。そんな普通の人間しかいない所で学べるものもある、ということだろう。言わんとしていることは分かる。それは確かに俺に欠けている部分なのかもな。

 

「……分かりました。その仕事請けますよ」

 

て言うか、別に潜入ミッションじゃなかったんだな。そう思って身構えていたんだけど、むしろこっちの方が難易度高そうだな。

 

「おう、任せたで。ウチも一筆書いてやるからな」

 

「ありがとうございます」

 

俺はこの時初めてこの人が本当に先生なのだと実感した。普段は酒飲んじゃあ酔っ払って暴れて。受け持った体育の授業も適当に開始の合図だけしてフケて消えるし、ろくな先公じゃないと思っていたんだけどな。きっとこの人もちゃんと先生なんだ。俺も、この人に恥じないように先生ってやつをやらなきゃな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

都民の日の次の日、平日ではあったが俺達は上目黒中で面接をしてもらえるそうだ。まずここを突破しないと話にならないからな、気合い入れないと。

 

俺は自前の、と言うかメヌエットに買わされた黒いスーツで、エンディミラには取り敢えずティオの持っていたものを借りた。後でエンディミラにもちゃんとスーツも買ってやらないとな。

 

それと、想定される質問とそれへの回答……特にエンディミラに対するそれを念入りに確認して、いざ俺達は上目黒中へと足を踏み入れた。

 

目黒駅から徒歩5分の位置にある駅近の立地。蘭豹が荒れてはいないと言っていただけあって確かに荒れている雰囲気は無いな。窓ガラスも全部綺麗にハマっているし壁に落書きもない。喧嘩の声も聞こえてこなければ当然銃声も響いていない。

 

登校してきた生徒に俺は職員室の場所を訪ね、そして丁寧に教えてもらったそこへ行く。木製の扉を右手に開いて職員室へと入る。だが数人の教員がチラリとこちらを見るだけで誰も何も言ってこない。て言うか、いくら何でもよそよそし過ぎないか?

 

まぁ、校長室への繋がる扉は見て分かったので俺はエンディミラを連れてスタスタとそちらを歩いていく。んで、俺はエンディミラと共に細長い校長室へと入ったのだが、そこに居たのは───

 

「しかし校長、いくらなんでも高校在学中の生徒を採用するのは……。きっと問題が起きますよ」

 

「しょうがないだろう。他にいないんだし……。それに昔と違ってベテランの先生が指導しても荒れたクラスを纏める事はできないのだ」

 

ガタイが良くて顎もデカいオッサンとややディフェンスラインが後退しているオッサンが俺のことを話しているっぽい。いや、それはいいんだよ。内容も、言われても仕方のないことだからこれも気にしていない。だがこの部屋には3人の人間がいる。その最後の1人が……

 

「あ、面接に来られた方ですか?おはようございます、中川と申します。僕の面接は終わったのでどうぞ」

 

スラッとした爽やかなイケメン。中川とか名乗りやがったそいつはカナダ側からナイアガラで伊藤マキリを殺し、俺の頭を対物ライフルで吹っ飛ばそうとしたあの()()だった。

 

「神代です」

 

「ディーです。エンディミラ・ディー」

 

と、その中川(猿田)と、デカい方と小さい方のオッサンにそれぞれ名乗っておく。どういう理屈か体格から何から何まで変わっている猿田は変装してここに潜っているのだろう。だが肉体は変えられてもその魂までは変えられない。俺の義眼に付与された魂魄魔法が、目の前のイケメンがあの、姿勢が悪く脚と肺が悪かった猿田だと明確に告げているのだ。

 

ま、ここにいる目的は知らないが俺達を害さないのなら放っておいても問題は無い。ここで事を荒立てるよりはちょっと探りだけ入れて平気そうなら後は黙りでいいだろう。

 

「あぁ、校長の大津です」

 

「教頭の御分院だ」

 

と、それぞれ名乗った。だがエンディミラは

 

「オークとゴブリン……?」

 

とか言って半歩後ずさる。いやまぁ確かに似てるけれども。俺も「あ、コイツら魔国連邦(テンペスト)で見た顔だな」とか思ったけれども!!

 

「大津さんと御分院さんだよ?」

 

と、エンディミラには小声かつフランス語で返しておく。仮に彼らに聞かれても何言ってたか分からないように。実際向こうも頭にはてなマークを浮かべているから事なきは得たようだ。

 

「ディーさんはネイティブスピーカーとか。……ご出身は?」

 

と、まずはエンディミラの方から面接が始まる。

 

「イギリスです」

 

ちょっと心配にはなったが、エンディミラは用意しておいた答えとはいえ淀みなく答えた。取り敢えずエンディミラにはまずは自信を持って答えろ、俺に確認を取ろうとするなとは言ってある。自分の出身地を確認するとか普通に不審だからな。あと最悪間違えても俺がフォローするから安心しろとも言ってある。ま、エンディミラは頭が良いしそうそう変な答えをするとも思えないけどな。……いや、さっきオークだのゴブリンだの言ってたおかげで本当に大丈夫なのか、些か心配になったのだけれど。

 

「それで、神代は本当に英語ができるのかね?何でもまだ高校生という話じゃないか」

 

あぁ、さっきもそんな話してましたね。まぁ俺も中学教師を高校生がやるのはどうかとは思いますよ。家庭教師ならともかくねぇ。言い方が嫌味ったらしいのは気に入らないけどね。

 

「両親は日本人ですが生まれはオランダなもんで。『今からこの学校では英語だけでも生活できますけど』……どうします?」

 

間に英語を挟んで返せば御分院は何も言えなくなり、代わりに大津が

 

「では、元々2年4組の担任をしていた前任者が辞めてしまったのでそこの担任を神代くんに任せたい。ディーさんは副担任で。書面上はこの中川くんが担任だけど、実際には彼には各クラスの国語の先生をしてもらいます」

 

……あ、もう面接終わりなのね。ほぼ俺が英語喋れるのかの確認だけじゃん。まぁ手早く終わるなら良いけども。

 

「分かりました」

 

「じゃあ今日から頼むよ。今から職員室に挨拶だ。HR(ホームルーム)は8時50分からね」

 

え……今から……?それはいくらなんでも早くない?引き継ぎとか色々あるでしょうよ……。いや、もう何を言ってもどうにもなるまい。武偵は何でも屋。金さえ払ってくれるのなら何だってやるものだからな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

俺達──これには中川も含まれている──3人にはあまり関わりたくないというのが職員室の雰囲気だった。ま、イケメンの中川と美人のエンディミラにはそれなりの歓迎ムードはあったが俺はあんまりそういう人気の出るタイプではないので端から無視されている感じ。世知辛いねぇ。それともどうせすぐ辞めると思われてんのかな。確かに長居する気もないけどさ。書類上は中川が担任とはいえ、教員免許の持っていない俺を実質長々と担任にさせておくのは向こうも都合が悪いだろうしな、そのうち誰か見つけてくんだろ。

 

「珍しい編成になりましたけど、頑張りましょうね、神代さん、ディーさん」

 

と、俺達がホームルームのために廊下に出ると中川がそんなことを言ってくる。どうやら貫き通すつもりか、もしくは俺に気付かれたことには気付いていないっぽい。

 

「……そうですね。それはそうと、俺の知り合いに猿田さんってのがいるんですが、中川さんと瓜二つなんですよね。最初に拝見した時には余りにも似ていて驚いたんです」

 

俺の言葉にエンディミラは「は?」って顔で、中川は……特に顔には出ていないな。隠すつもりなら別にいいけど、釘は刺させてもらうよ。

 

「世の中には自分にそっくりな人が3人はいるって聞いたことありますけど、中川さんと猿田さんはそうなのかもですね。猿田さん、近所に住んでるっぽくて時々お見かけするので話のネタが増えたなぁ」

 

「へぇ、世の中広いようで狭いですね。そんな偶然もあるんだなぁ」

 

と、中川は知らんぷり。中々のポーカーフェイスっぷりだよ。そうでなきゃ武装検事なんて務まらないんだろうな。ま、別にそれならそれでいいけどね。そっちのスタンスがそれならこっちも深入りはしないさ。武装検事達に関わるとろくなことなさそうだしさ。

 

「だから不思議と中川さんとは初めて会った感じがしなくて……あ、俺達はこっちなのでこれで」

 

「はい、お互い頑張りましょう」

 

と、俺達は何事も無かったかのように2年4組の教室の前で別れる。先へと歩いていく中川を尻目に

 

「じゃあ、いこうか」

 

俺も素知らぬ顔で振り向く。

 

「はいマスター」

 

エンディミラは疑問顔のままだが、それは後で説明してやろう。

 

まだガヤガヤと騒がしい教室の扉を俺が開く。さ、教師なんて初めてだけど蘭豹の期待に応えるためにも、自分に足りないものを探すためにも、まずはやってみなきゃな。

 

「おはよう、今日から君達の担任になる神代だ。こっちはディー先生。副担任をしてもらいます」

 

扉を開けて入ったその教室はただただ騒がしかった。だが見渡す限り髪の色を染めている生徒もいなければ長髪も剃り込みを入れている奴もいない。タバコの臭いもしないしナイフで遊んでる奴もいない。全員至って健全……傍から見たらそう言われる生徒ばかりだ。ただ1つ、24人全員が俺達を無視していることを除けば、だ。

 

彼らは勝手に教室内を歩き回り身内で駄弁ってはワハハと笑いあっている。もしくは携帯を弄っているかだ。有り体にいれば休み時間のまんま、誰も彼も勉強なんてやる気もなければ新しい担任にも興味の欠片もないみたいだ。

 

「はーい、これが先生達の名前です。覚えてくださいね」

 

まだだぞ。そもそもここには暴力で解決できないことを学びに来ているんだぜ、こっちも。いきなり威圧の固有魔法で全員こっち向かせるとかは無しだぞ。

 

と、俺は黒板にチョークで「神代天人」と「エンディミラ・ディー」と白い字で書いておく。だが当然そんなものを見る奴はほぼいない。見ても横目でチラって見るだけだ。んで、誰かが「汚ねぇ字!」とか言って笑うもんだからどっかからクスクスと笑う声もする。んー、武偵高なら「誰が笑ったか分からんから全員殴る」とか言い出すんだろうな。いや、それはそれで駄目だろうとは思うけどさ。

 

「あぁ……取り敢えず具合悪そうな奴はいないな?……1時限目は英語だから準備しておけよ」

 

一応クラス中を見渡して確認した俺の話も誰も聞いちゃいない。あーあ、やけに先生が辞めるって蘭豹から聞いてたけどこういうことか。どういう訳か知らんがこのクラスは先生の話を全く聞かない。きっと俺が何を言っても言うことなんざろくに聞きやしないだろう。

 

そして、人間は無視されるのは案外辛いもんだ。意地悪くされるのも辛いが無視されるのも心にクるんだよな。特に、お互い嫌いあってて話したくもない間柄ならともかく、生徒と先生っていうような関係性ならなおさら、な。

 

「何かあったら先生に話してくれ。じゃあ、またね」

 

と、特にホームルームの用意もしていなかった俺はそれだけ言い残して一旦教室を出る。背中に

 

「先生になんか頼るわけねーだろ」

 

という言葉を刺されながら───

 

 

 

───────────────

 

 

 

この4組は他と違って国語だけを中川が教えて他は俺達が教える。そういう契約なのでそれはそれで構わない。数学や理科はエンディミラが比較的できるみたいだったからあまり問題はない。社会もまぁ、教科書を読んどけばいいだろう。

 

だが授業の内容はともかく、俺が教科書を出せと言っても誰も教科書を出そうとはしない。それどころか女子の一部なんかは「定価は4800円だけど半額でいいよ」だの、「今夜また仕入れに行くから」とか、「あぁ、こないだの売れ残りは濠尾にもう売ちゃった」だのと、スマホで堂々と通話しながら何かの商売の話をしていやがる。アイツらは小島芹奈、橋本葵、西野茜とか言ったな。

 

こちらから指名しても「やでーす」だのなんだのと言って携帯を弄ることを止める素振りはない。じゃあいいよと俺は自分で教科書を読み進めていくのだが、何だこのSVOだのって……。ドラグノフかよ……いや、あれはSVDか。こんなのシャーロックは教えてくれなかったぞ。あの野郎人のこと小突きながら難しい単語だの迂遠な言い回しだのばかり教え込んだくせに、肝心なところ抜けてんじゃねぇかよ。……まぁ、言われてもよく分かんなかったと思うけどね。

 

俺が色んな方向にキレ散らかしそうになった雰囲気を察したのかエンディミラが若干引いているが俺としてはそれどころではない。何故か授業中に普通に教室から出ていこうとする奴がいた。さっきの女子の通話で名前が出てた、目付きが鋭く丸刈りの濠尾って男子生徒だった。

 

「おーい、授業中にどうした?」

 

「トイレ」

 

と、俺の呼び掛けにも濠尾はこちらを見ることなく一言だけで返してくる。それ強襲科でやったら蘭豹に半殺しにされるぞ。

 

「休み時間に行っといてくださいね……」

 

だがまぁトイレに行きたくなるのは生理現象だしそれを制限するのは宜しくないので仕方なく手振りで「行ってこい」と示せば他の男子も「俺も俺も」と何人も出ていってしまった。なるほど、濠尾がこのクラスの男子のボスなのね。

 

「よいのですか、マスター。彼らはしばらく授業を聞かないことになりますが」

 

「いいよ連れションくらい。どうせすぐ戻ってくんだろ」

 

心配そうに濠尾達の出ていった扉を見つめるエンディミラとそんな会話をしてから俺は自分で教科書を読み始める。

 

だが英語を喋れはしても学校の授業で使うような学習用語には疎い俺がそれらに頭を捻らせていると、どうにもそういう弱みを見つけるのは早いらしい生徒達から「教えられねーなら帰れよ」だの「そうだよ帰れ」とか、終いには「かーえーれ!かーえーれ!」とのコールが始まってしまう。しかしさっきまではてんでバラバラにくっちゃべってただけなのにこういう時は良いチームワークを発揮しやがるな。その合唱はエンディミラの「あぁもう!静かにしなさい!」という声も掻き消すくらいの大きさになっている。

 

そういやさっきトイレに行った奴らも1人たりとも帰ってこないな。早退扱いにされないようにトイレと言い残してフケたな。はぁ……あんまりこういう手段は使いたくない……と言うか、使わずに解決しなきゃ駄目なんだろうけどな。

 

「はいはい、皆さん帰れのコールが揃ってて宜しい。良いチームワークですねー。チームワークが悪いと孤立した分隊狙撃手(マークスマン)が殉職したりするからね。大変宜しい」

 

と、まずはにこやかに、そして───

 

「けどなぁ……お前ら!いい加減黙れ!!」

 

ガンッ!と、俺は教卓を蹴って大きな音を立てる。すると、人間は大きな音には本能的にビビるように作られているので何人かは警戒して俺を見た。何人かはビビったのを隠すように「初日からキレんの?」とか「忍耐力無いんじゃね?」だとか「うわーん、叱られたよー」なんて棒読みで周りにちょっとウケている奴もいる。だがそれも直ぐに止み、クラスは俺を敵と認識した顔で静まりながらも睨んでいる。

 

「はぁ?()()()()()()()、だろうが。お前ら、ガキん頃も親に叱ってもらえただろ?赤ちゃん時はコンロ触ろうとしたりハサミ持とうとした時とかな。いいか?子供ならまだ大人から叱られる()()がある。中坊ならギリだけどな。けどなぁ、大人んなったら誰も叱ってくれねぇぞ」

 

俺はそこでクラスを見渡す。うん、人間、敵の言うことには注意して聞くからな。そのまま大人しく聞いとけ。

 

「大人は大人のすることには見て見ぬふりだ。例え悪いことしててもな。やってくれることと言えば警察に通報するくらいだぜ。誰も手前らのことなんて考えちゃくれねぇんだ。……そうだな、1つ教えておく。いいかお前ら、俺ぁお前らに良い子になれとも良い大人になれとも言わねぇ。そりゃあ定義も分からんもんだからな。けどな、()()()にだけはなるなよ?悪い子ってのは悪い大人に利用されるだけされて捨てられる。組織犯罪の末端として働かされて、都合が悪くなりゃゴミみてぇに捨てられるもんだぜ。自分らのトカゲの尻尾切りにな。仮に今日の授業の内容全部忘れても、これだけは覚えとけよ」

 

俺が本性を現して素の喋り方になると生徒達は皆鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔になっていた。コイツら皆中流階級以上の生徒だろうから俺みたいな半分チンピラみたいな奴とは縁が無かったんだろうな。ま、その方が良いと思うけどね。

 

「マスター……」

 

と、エンディミラは心配そうに俺を見ている。だが俺はコイツらが黙っているうちに言っておくべきことをまとめてしまおうと言葉を続けた。

 

「これはさっきのお説教とは違うが……俺ぁ正確には教師じゃなくて講師だ。クビが安い分私学行政課もPTAも怖かねぇぞ。叱る時ゃキッチリ叱るから覚悟しとけ。んでもう1個、お前ら外で警察(サツ)の厄介にゃなるなよ?そりゃあ悪い子の第1歩だぞ」

 

と、そこまでまとめて……

 

「んじゃあ教科書出せ。悪い子にならんためにゃ良い子の()()ぃしとくのが1番手っ取り早いんだぜ」

 

と、俺は教科書を再び読み始めた。誰も中身なんて聞いちゃいない、静かで空虚な教室のど真ん中で。

 

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