特に番外編とかではなく普通に先週の投稿の続きです。
あの後御分院教頭から聞かされた2年4組の秘密。それは、あの学年の問題児……つまりは授業を妨害したりしがちな生徒を纏めて集めて他の真面目な生徒の邪魔にならないように隔離してあるというものだった。
どうにもこの上目黒中、経営的に苦しいようで昨今の私学の進学率重視の風潮からそういう手段を使わないと経営が成り立たなくなっているらしい。
だが理由はどうあれ自分達が学校からよく思われておらず島流しにされているなんてのは生徒も敏感に感じ取ってしまう。だからこそ余計にあぁいうクラスの雰囲気になってしまったのだろう。先生なんか信用しないというスタンスもここからきていると思われる。
んで、俺は俺で初日から怒鳴ったのが親に回ったらしく御分院からこってり怒られた。武偵高じゃあの程度は逆の意味で誰も気に留めないんだけどな。まぁそもそもあそことは違う世界を見てこいというのが蘭豹からのお仕事なので、あっちの空気を持ち込んだ俺が悪いのだけれど。
それと、やはり上目黒中としては4組の新しい担任を探すそうだ。まぁ学校としては中川は未来ある教師だからやらせ辛いんだろうな。あの人もそのうち消えるんだけどね。
「……先生って信用されてねぇんだなぁ」
書類仕事に追われながらボソリと俺は思わず呟く。すると信用には一過言あるエンディミラが
「私もそれは感じました。生徒達はマスター個人と言うよりも教師そのものを信用していないようです」
「俺もろくな先生に当たってこなかったって思ってたけど……それでも信用していないってこたぁなかったかもな」
シャーロックも、武偵高の先生達も、俺は「コイツらろくな教師じゃねぇ」と思い続けてきたが、それでも俺は少なくとも先生という立場の状態の彼らを信用していないってことはなかった。シャーロックのことは単に嫌いなだけだ。だけどここの生徒達は違う。心の底から教師というものを信用していない。そしてそのキッカケは……
「金、か……」
そもそも島流しクラスなんて作らなければ彼らはもう少しは教師を信頼していただろう。そして、島流しクラスを作るきっかけはこの学校の経営不振。つまり金だ。
「彼らもカネの被害者ですか……」
Nで勉強したらしいエンディミラはパソコンが超上手で、山のようにある書類仕事も彼女が手伝ってくれているおかげでどうにかなりそうだ。ていうか、マジでこれ俺1人じゃ無理だっただろ。エンディミラがいてくれて助かったぜ。
「親に金があったから私立に通えた……でもこの学校に金が無いからあぁなった……。なら最初から金なんて無ければ公立に通って……こうはならなかったのかな……」
金があれば幸せになれる……なんてことはないのだろう。もしかしたら中途半端に持っているくらいなら最初から貧乏な方が幸せなのかな……とか俺は思ってしまう。
「マスター……」
思わずエンディミラを見る。その美しい蒼穹の瞳に魅入られる。その蒼い鏡には俺が写っていて、腑抜けた表情をしていた。すると───
「───か、神代先生!!」
今まで話しかけてこなかったオバチャンの先生が泡食ったみたいに俺に駆け寄ってきた。
「に、2年4組の生徒が万引きで捕まったって今お店から連絡が……名前も住所も言わなかったけど制服でここの生徒だと分かったみたいで───」
あーあ、着任早々かよ。まぁ仕方ない。やっちまったもんはもうどうしようもないのだから、後は俺達が出る他ないよな。
「
なので席を立ち上がりながらそれを聞いていたら、御分院がコーヒー片手にやって来た。どうやら大津が帰ったからか自分がここのボス!って感じの振る舞いになっているな。
「行くな神代。これは4組の生徒を学校の責任ではなく退学にできるチャンスだ。学校は関係ないのだから警察に引き渡せと伝えろ」
「警察……最近は向こうも融通利かないんで中学生でも立件しかねませんよ?
「いいんだよ!どうせバカは治らん!大人になっても犯罪者になるに決まっている!」
このオッサンは……
「……そうさせないのが教師の仕事でしょうよ。行きますね」
埒が明かないと思った俺が御分院を避けて職員室を出ようとすれば……
「私は止めたからな。責任はお前が取れよ、神代」
と、案外簡単に通らせてくれた。ふん、要は自分のせいじゃないって明確にしたかったのね。
───────────────
俺はコンビニで仕方なく手数料を払って現金を幾らか降ろしつつ目黒駅近くのデパートへと向かった。閉店後なもんで俺とエンディミラは警備員にお願いして中に入れてもらい、案内されたバックヤードの従業員控え室にそいつらはいた。
犯人は小島芹奈と橋本葵、西野茜の3人。その前でチラチラと腕時計を見ている女の人がこの店の店員なのだろう。
3人とも反省はしていなさそうだ。不貞腐れているだけで早く帰してほしいってのが顔に出ている。
「すみません、俺は上目黒中の神代と申します。こちらはディー。この子達の担任と副担任をやっています。ウチの生徒がご迷惑を……」
と、俺がそう話しかけるとクルリとこちらを向いたネームプレートを付けた店員の女の人は
「───先生ですか。この子達反省していなくて。家の番号も言わないんです」
「何を盗ったんですか?」
俺が眉根を寄せて尋ねれば店員が手でテーブルの上を示した。そこにはファンデーションやマスカラ、口紅と小さくて盗みやすい品々が並んでいた。
教室での様子からこの3人の中心は小島だと分かっていたので、俺は小島の胸倉を制服のリボンごと引っ掴んで顔を上げさせた。こいつ、こうでもしないと目を合わせようともしないからな。
「お前ら、何回やった」
「……3回」
「嘘だったら弾く」
とは言え今の顔と声色からすれば嘘ではないだろう。俺は小島の頭に乗っかったデカいカチューシャがズレるくらいに荒っぽく押し戻し財布から万札を何枚か置く。
「……払えば済む問題ではないというのは重々承知の上です。ですがここはこれでどうか……。コイツらには俺からキツく言って聞かせます」
そして俺は机にデコがぶつかるくらいに大きく頭を下げた。エンディミラもそれを真似にして俺の後ろで頭を下げる。
この人は早く帰りたそうに時計を見ていた。そしてネームプレートからこの人がこの化粧品店の店長であることも分かっている。つまりこの件はここで止められて、そしてこの人も止めたいはずだ。
「自分の指導不足です……っ!本当に、本当に申し訳ございません……っ!」
きっかり5秒ほど頭を下げてから顔を上げれば店員のお姉さんはそんな俺をしばらく見つめ、そして椅子に座った。んで、自分のハンドバッグからタバコを取り出して、そして恐らく禁煙のここで火をつけた。
ふぅ……と、煙と溜息をまとめて吐き出したその人は俺が机に置いた万札を数えつつ
「……アタシもガキの頃はグレてたけどね」
と、小島達を睨み、それから俺の方を見やる
「そうまでしてくれる先公はいなかったね。まず来てもくれなかったし」
あ、貴女元ヤン……?ラ行の喋り方のイントネーションがそれっぽいですもんね。
「ウチもこういう棚減りが3回起きたのは事実なんで……経理的には売上ってことにするから、それは持って帰って。あと、その子らは出禁ね」
と、店員がお釣りと品物、それからコイツらが盗んだらしい物がチェックされたリストを俺に寄越しつつタバコの灰を携帯灰皿に落とした。
「お前ら、謝れ!!」
ここで俺がそう怒鳴ると3人とも形だけは「ごめんなさい」とは言った……けれど顔は不貞腐れたままだ。お前ら泣き真似くらいはしろよ。本当に大丈夫なのか……?コソ泥としても危ういぞそれ。
で、それでどうにか解放してくれたので、俺とエンディミラは3人を連れて夜の目黒の繁華街を歩く。ま、3人とも一言も喋んないけどね。お礼言われても困るけど。
「お前ら、盗んだの転売してたろ。盗んでたやつとお前らん下手くそな化粧は色が違ぇし、教室でも売り買いの話してたしな。濠尾に売れ残りを卸してる話もしてたが、アイツの販売ルートは別だな?」
と、俺が問い詰めれば3人とも黙ったままお互いを見合ってキョロキョロしている。うん、黙るんなら目も黙らせようか。それじゃあ全部喋ったのと変わらないからね。
「手癖は直せよ?万引きは手癖みたいなもんだからな。このままじゃ一生治らん。……言ったろ、悪い子にはなるなって。終いにゃ俺みたいに逮捕歴付くぞ」
と、普段はちゃらんぽらんな俺にしては珍しくお説教をかましていたら
「え、何?逮捕歴って」
と、小島が余計なところに引っかかりを覚えやがった。
「んー?殺人容疑だよ。不起訴だし、捕まるようなことはしてねぇよ」
殺してない、とは言えないけどね。ただ、武装検事に捕まるような殺しはしていないのは事実だが。
で、俺の言葉に橋本と西野はドン引きだったが小島だけはお目目をキラキラと輝かせていやがる。……なんで?
「落ちた奴は厳しい仕事しかなくなる。這い上がるのも一苦労……じゃあ済まねぇ。だから今ここでお前らぁ踏み止まれよ?取り敢えず盗みは金輪際止めろ」
俺はあの日1度リサ以外の全てを失って、イ・ウーに……この世界の裏に落ちた。そしてあそこでも落ち続け、最後にリサに引き止められた。だから今はこうしてここにいれるが……今だって公安から狙われる身だ。果たしてこれが上に上がれたって言えるのかね。だから俺にも分かる。1度落ちた人間が這い上がるのがどれだけ難しいのか。あの奈落の底から這い上がるのだって、死ぬ程痛い目をみてようやく出られたのだから。
だが俺の雑なまとめでも3人は「うん」と頷いた。これにはエンディミラも驚いた顔をしている。
「分かった。もうやらない」
「なんか、先生を見てたら……」
「こうなっちゃいけないって気がしてきた……」
お前らなぁ……。まぁいいか。盗みをやらねぇって言うのならそれで。
で、俺がエンディミラと3人を連れて目黒通りの交差点を渡ると道の先で赤い光がキラキラと輝いていた。……いやあれ、警察じゃん、巡回中の。しかもパトカーから降りてこっち来てるし、作り笑いを浮かべてさ。それって要は……
「げっ……サツじゃん……」
職質しますってことだろ?こんな夜中に中学生3人と美人連れてたらそりゃあ怪しまれるよね。ていうか連れてる理由が理由だけに説明もできないじゃん。しかも……
「ね、先生。あのお巡りさんに「先生に酷いことされた」って言っていい?」
なんて、小島がネコっぽくニヤニヤと俺にそんなことを言ってくる。この野郎……恩を仇で返すつもりか?
「ざけんな!全員逃げろ……っ!捕まったら補導されて家に連絡されるんだぞ!」
と、俺は3人の背中を押して横道に逃がす。
「あの警官は1人だから全員は捕まえられません!救援を呼ばれる前に早く!」
と、エンディミラの声でようやく3人とも走り出した。
「別々の道に散開しろ!グズグズしてっと暗箱に入れられんぞ!」
俺のその声に従い3人とも交差点を別々にバラけて逃げ出した。
俺とエンディミラも走るが西野の足が遅かったから捕まるかもと、俺はシグに
最後まで走って逃げてもいいが、警官の1人くらいさっさと撒いて家に帰りたい俺は、エンディミラと走りながらあの3人とは別の方向へ逃げる途中、エンディミラを正面から抱くようにして抱え上げる。
「ひゃあ!?」
「エンディミラ、後ろ見とけ。警察が視界から消えたら教えろ」
「は、はい」
と、俺はコンクリートを踏み締めてドンドン加速していく。いきなり加速したらエンディミラが舌噛んじゃうかもだし。それでもそろそろ100メートル走で世界記録も狙えそうな速度になってきたな。そして1つ角を曲がって
「も、もう警官の姿は見えません」
という声を合図に空力で空気を踏み締めて上へと跳躍。エンディミラの「ひゃあ!?」なんていう声を聞きながら雑居ビルの屋上を越えるように跳び上がった。そして背面跳びの姿勢のまま宝物庫から越境鍵を取り出し魔力を注ぎながら屋上の床へと鍵を投げる。鍵が空中にある間も魔力放射で鍵に魔力を注ぎ、そして扉は開いた。
「んじゃあ帰ろうか」
と、俺は開いた穴へと向かって頭から落下していく。そして鍵で開いた扉をくぐる時に鍵を引っ掴んで背中から俺の部屋のベッドの上へと落ちていく。
重力操作のスキルで衝撃を緩和しつつボフリというマットレス毛布が沈む音とギギッ!とスプリングを軋ませる音を同時に立てながらベッドの上にエンディミラを抱えながら着地。それに合わせて開いていた扉も閉まった。
「あっははははは!こういうのは初めてやったな」
結構面白かったな、今の。もっと切羽詰って逃げる時にも使えそうだし中々良さげだ。俺がエンディミラを離しながらそんな風に笑っていると
「わ、私はドキドキしました……」
と、エンディミラは興奮に頬を赤らめながら自分の大きな胸の上に両手を置いて深呼吸をしている。
「でも……確かに気分は高揚しています。きっとこれが楽しいということなのでしょう」
と、エンディミラは感情を初めて覚えたロボットみたいなことを美しい顔に笑顔を浮かべて言うのであった。
───────────────
翌朝俺達が教室へ入ろうと扉に手をかけるが、教室のスライドドアはガタガタと音を立てるだけで開きゃしない。中から笑い声も聞こえてくるし、どうやら内側から鍵を締められたようだ。
「どうします?」
「んー?……これ蹴破ったら弁償だもんなぁ。しゃーなし、上行くぞ」
まさかここで錬成を使うわけにもいかないから俺はエンディミラを連れて校舎の階段を上がっていき、午前の陽射しが心地よくも少し眩しい屋上まできた。真下が2年4組の辺りでフェンスをヒョイと乗り越えればエンディミラも合わせてフェンスを乗り越える。
「窓が空いてたからそっから入ろう。……エンディミラは
「ありません。けどできると思います。木を蔓で降りるようなものですよね?」
「あぁまぁそんな感じ。じゃあ、行くかぁ」
俺はベルトからワイヤーを出してフェンスの柱にフックを引っ掛ける。そしてエンディミラをお姫様抱っこで抱えてひょいと飛び降りる。高さが2年4組の教室のある2階に来たところでブレーキを掛けたベルトのバックルから火花を散らしつつ転がるように教室に飛び込み受身を取る。
その寸前で俺から離れたエンディミラもスカートはきっちり押さえて華麗に床に着地して立っている。
すると何やら教室いる生徒が皆キョトンとした顔でこちらを見ている。あれ、もしかしてというかまぁ当たり前なのかもしれないけれど、普通の学校じゃ窓から人は入ってこない?
「はいおはよう。……て言うか、窓から人入ってくるのそんなに珍しい?俺んとこじゃ階段降りるの面倒臭い時ゃ皆これやってたけど」
と、俺はベルトワイヤーを回収しつつそんな話をしておく。まぁ確かにコイツらの着ている制服のバックルにはワイヤーなんて仕込んでなさそうだしな。空挺降着なんてあんまりやらんのだろう。
「ホームルームの時間無くなっちまったからこのまま授業やるぞ。……けど、流石にこんな手にゃ引っ掛かんねぇぞ」
と、俺がひょいと持ち上げて見せたのは教卓用の丸椅子。ただシートにはカッターで小さく切られた隙間に画鋲の針がこんにちはしている。
「1回敵意を見せたらもう相手は罠にゃ掛からん。むしろこんな罠1つでも自分がそこにいた時間、練度、指紋などなど……色んな情報を敵に与える。しかもこれ……何も塗ってねぇじゃん。普通は筋弛緩剤……キシラジンとか塩化スキサメトニウム辺りを使うだろ」
ま、俺には毒耐性があるから効かないし、何なら多重結界で画鋲なんか刺さりゃしないんだけども、それは俺だけの話なのでここでは割愛しますね。
俺が椅子から画鋲を引っこ抜いては捨ててエンディミラと共にクラスを見渡せばその全員「コイツは何者だ?」という顔で俺達を見ている。まぁこれはこれでいいか。
「さてさて、教科書開けと言いたいけどね。ぶっちゃけこの教科書詰まんねぇだろ?俺も読んでて詰まらんかった。……で、だ。お前らが知りたいのは俺達のことだろ?目ぇ見りゃ分かる。俺達が何モンか分かんなきゃ何されっか分かんねぇもんな。そこで今日は趣きを変えて……俺かエンディミラのことについて、お前らの質問に何でも答えてやる。但し質問は英語でしろ。簡単な単語だけでも、文法が間違ってても構わんし辞書も好きに使え。お前らの安全のためにも俺達から情報を引き出して見せろ」
「何でも?マジで?」
「
ここからは英語でしか答えないぞという風に俺は腕を組んで画鋲を抜いた丸椅子に座る。すると小島が昨日のことなんて忘れたかのようにケロッとした顔をして
「神代とエンディミラは恋人なの?付き合ってんの?」
なんて質問を、それも結構しっかりとした英語でいきなり飛ばしてくる。……コイツら、島流しクラスと言えどもしかしてそこそこ勉強できるのかもな。あぁでもエンディミラも顔真っ赤にしちゃってるし……
「違ぇよ。はっ倒すぞお前」
と、今後似たような質問が続かないように釘を刺す意味でも汚い英語で凄んでおく。
「エンディミラは神代のこと好きなの?」
凄んだ……筈なんだけどなぁ……小島め、結構根性座ってんなぁ……。こういう奴は案外武偵向きだったりするんだよなぁ……。
「私はマス……神代先生にそのような感情を持ってはいけない立場です。好意は時に、相手の負担になることがある……。私は彼に忠誠を誓った身なのでそれを避けなければならないから。それに……」
と、エンディミラがコチラをチラりと見る。お前、続きに何言おうとしてたのか知らないけどそれは含みが出るだろう……。
「お前なぁ……エンディミラが可哀想だからいい加減他の質問にしろよ」
と、この後を恐れた俺が話を変えようとするのだが
「何でもって言ったじゃん。……で、それにって?」
小島はメゲることなく話を続ける。しかも島流しされた奴らばかりとは言え、流石は進学校の生徒。この程度の英語は理解できるらしく他の生徒もエンディミラが途中で切った言葉の続きを今か今かと待っている。
「それに……いえ、何でもありません。これは神代先生が答える問いです」
と、何故かエンディミラは俺に全てをぶん投げた。で、そうなれば俺にクラス中の視線が集まるのは必然。そして俺の答えは決まっている。ただ、彼らの期待に応えられるような回答ではないのだけれど。
「いや、俺はエンディミラが何を言おうとしたのかは知らんぞ。ただ俺とエンディミラが恋仲じゃないのは確かだ」
何となくエンディミラが何を言おうとしたのかは察しが付いている。ただ悪いけどそこははぐらかさせてもらおう。武偵的には人間関係の、特に付き合ってるだのといった関係性は伏せておいた方が良い。いつそれを悪用されて弱味になるとも限らんからな。
「て言うか他の話題ねぇのかよ」
と、俺が再び話題の転換を測れば別の女子生徒が手を挙げた。俺が彼女を指せば
「神代先生は銃を持ってるって聞いたんですけど本当ですか?」
これは小島達から漏れたかな。目黒で俺が撃った音を聞いたのだろう。まぁこれは隠すことじゃないか。今度は男子生徒が「見せて見せて」とうるさいし。ただ、騒いでても一応英語で喚いているのだから良しとするか。
「いいぞ。シグザウエルP250だ。お前らは帯銃免許無いから触らせてはやれんけどな」
と、俺がジャケットの脇のホルスターからシグを出して見せれば皆「すげー」だの「銃持ってる先生ってあり?」だのとこれまた一応英語で騒ぐ。
「俺ぁ銃を持ってない先生がいない学校から来たからな」
拳銃だけでこんな喧騒に包まれるクラスを見てると呑気な奴らだ……とは思う。けれどコイツらはこんな武器とは何の関わりもない世界を生きてきたんだ。そういう奴らが武器に憧れるのはまだ日本が平和な証拠なんだろう。平和ボケって言われることもあるのかもだけど、平和にボケられることほど幸せなボケ方もねぇだろうよ。
その後は俺がどこの出身か聞かれて「オランダだ」と答えればオランダ語喋ってよと言われ、他に何語が喋れるのかと問われればドイツ語とフランス語とイタリア語だと言ってやればこれも何か喋ってよと言われた。いや君達聞いても分かんないでしょ……なんて思うが色んな国の言語に触れることが悪い事だとは思わないので俺も適当に何かその言語で喋ってやった。
エンディミラもフランス語が喋れると知れば2人で何か会話してみてと言われたので教科書の例文を英語からフランス語に翻訳して喋ってやったり……何だか途中から英語の授業ではなくなってしまっていたがまぁ別にいいだろう。なんか皆楽しそうだし。
で、ふと見ればまぁだいたいの生徒の視線は男も女も問わずに顔の良いエンディミラに集まっているのだが、何故か小島だけは俺を見ていて──しかも何やら機嫌の良さそうな顔をしてこっちを見ている──逆に濠尾はそんな小島を不機嫌そうに横目でチラチラ見ている。君達はどうしたの……?
まぁそんな様子のおかしい2人はいたが授業自体はそれなりに好評のうちに終わり、俺は終わり際に濠尾に「今日はトイレは行かなくていいのか?」と聞けば「うるせぇ」とだけ返されてしまった。んー、本当は事情聴取したかったんだけど距離置かれてるなぁ。
……と思いきや都合は直ぐに付いた。
放課後俺とエンディミラが校内を歩いていると濠尾が向こうからやって来たのだった。
「おす、帰りか?」
と俺が聞けば濠尾は俺を憎々しげに睨みながら
「顔貸せ神代、銃は無しで来いよ。今ここでエンディミラに預けろ」
なんて、教師を呼び止めたと思ったらこの言い草。典型的な不良って奴?ま、こーゆー方が俺としても接しやすいけどね。
「エンディミラ、先帰っててくれ」
「いいのですか?」
「おう」
と、俺はエンディミラにシグと
と、エンディミラを先に帰らせた俺は濠尾に着いて行く。そして着いた先は校舎裏……んー、これぞ不良って感じだよね。校舎裏と体育館裏こそ不良のテリトリー……ってのは偏見が過ぎるかな。
「神代、お前先公辞めろ」
なんて、校舎裏に着いたと思ったら濠尾はコチラを振り返り様、ポケットに手を入れたままそんなことを言い出した。
「嫌だ」
まぁ俺も返す言葉なんて決まってるけどね。
「ところで濠尾。お前、どーしてまとまった金が要るんだ?」
「なに……?」
俺が本題を切り出すと濠尾は眉根を寄せた。どうして俺がそんなことを知っているのか、って顔だね。
「俺ぁ小島達がパクった化粧品の一覧貰っててな。お前に卸されてたんはアイツらが知り合いに売れなかった余りモンだ。それを売るんならネットだよな。色々種類はあったから細かい商品名並べて検索すりゃあお前のネットオークションのアカウントは直ぐに特定出来た。……昨日ん夜に1個落札されたろ?ありゃ俺だ。で、今朝のメールにあった振込先の口座名がお前の姓名。他にも色々出てたなぁ、濠尾」
俺が見つけた濠尾のアカウントでは工事現場から盗んだっぽい銅線やらこれまたどっかから盗んだっぽいマウンテンバイクやらも出品されていた。落札こそまだされてなかったけど全部売れたら5万や10万じゃきかなくなる。流石ちょっと見過ごせない規模の商いになっていたのだ。
「───消えろ。俺に手ぇ上げたら体罰だかんな」
と、濠尾がポケットから出したのはスタンガンだ。はいはい出ました出ました。不良ってスタンガン好きよね。まぁ俺も纏雷をスタンガンみたいに扱うことあるけど。あとトータスにいる頃に纏雷スタンガンのアーティファクトも作ったんだよね。しかもスイッチで魔法陣起動するからほぼこっちのスタンガンと変わらん。ま、威力はそこら辺の──例えば今濠尾が出したセーバー社の35万ボルト──と比べるとダンチだから普通に人1人殺すには十分過ぎるパワーあるけど。
「いいぞ濠尾。お前1人で武装して俺には武装解除させた。そりゃあ基本だけど大事なことだぜ」
だがそんな俺の褒め言葉は濠尾には煽りにしか聞こえないらしい。
「何言ってんだ!俺はお前に辞めろっつってんだよ!辞めねぇなら……本気で当てるぞ!」
ちなみに俺は纏雷を使いまくっている影響か、多重結界無しでもこういう電気による攻撃には比較的強い。流石に自然界の落雷が直撃したら危ないけれど、濠尾が今持っているスタンガン程度のパワーならモロに喰らっても平気なのだ。
そんな俺が1歩前に出ると濠尾はバチバチッ!と、威嚇するつもりなのかスタンガンで
「セーバー社の35万ボルト。最近洋モノが安いらしいからなぁ。で、その距離でそれ出しても届かねぇから脅しにゃならんぞ。ま、素人なら今のお前みたいに音だけでもビビるんだけどね」
「喰らったらに死ぬ時ゃ死ぬんだぞ!俺は未成年だから殺しても無罪だ!怖くねぇのかよ!」
これは黙っておくけど俺はその程度じゃ死なないよ。てか多分聖痕がなくとも身体が人間のままでも多分俺は怖くない。何故って……
「怖かねぇな。むしろ懐かしいよ。俺ん学校じゃあそれを当て合う授業もあったし。ほれ、俺で練習しろよ、度胸付くぞ」
と、俺は自分の胸板を拳で軽く叩く。昔は強襲科でも当て合ったし、何ならシャーロックにも当てられたからな。今更スタンガン程度はそれほど怖くはないのだ。なので俺は濠尾の手の届く範囲───腕を差し出せばスタンガンを当てられる圏内に近付いてやった。すると───
「う、うぅっ……!」
バチバチッ!とちゃんとスイッチを入れてスタンガンを差し出してきた。いいぞ、それくらいの度胸も無い奴が悪ぶってなんかいられないもんな。
と、俺はちゃんと自分の身体で濠尾のスタンガンを受けてやる。勿論、多重結界は解除してあるから身体に電流が流れる。
とは言え、普段からアースも何も無しで纏雷を使っている俺の身体である。しかも、ただでさえ魔物を喰らって頑丈に作り替えられた俺の肉体が濠尾が持っている程度のスタンガンでどうこうなるわけもなく、ただただワイシャツが少し焦げるだけに終わった。
で、俺は濠尾が腕を突き出したまま固まっているので1歩引いて……その腕を逆手で取ってすれ違うように前に出て後ろ手に肘関節を極める。本当はスタンガンを受ける前にやるのがこの「突き短刀取り」なのだがまぁそこはそれ。濠尾も1発当てれば度胸も付くだろうし、これも濠尾が身体で覚えられるように敢えてゆっくりとした動作でやってやる。で、手首を軽く捻ればボトりとスタンガンが濠尾の手から地面へと落ちた。
そして武器を失った濠尾は急に弱気になり……腕の痛みやら悔しさやら色々入り交じったみたいで歯軋りしながら振り返って
「ぼ……暴力だ……体罰だぞ……!お前……先生なんだろ……っ!」
「こんな時だけ先生扱いかよ。……まぁいいや、先生らしく教えてやる」
と、俺は濠尾の腕を離しながら膝を折らせて座らせる。そして濠尾の肩を抑えながら自分も腰を下ろして目線を合わせてやる。ま、濠尾は首だけ振って目を合わせようとはしないけど別にそれでいいさ。
「お前、この前トイレ行っちゃってたから聞いてなかったな。……俺ぁお前に良い子になれとも良い大人になれとも言わねぇ。けどな、悪い子にだけはなるなよ?悪い子は悪い大人に利用されるだけされて、都合が悪くなりゃゴミみてぇに捨てられる。組織犯罪の末端で使われて、そいつをエスケープに使って自分らはトンズラこくんだ。……まずは窃盗と盗品の売買から辞めろ。オークションのアカウントは消して銅線やらチャリンコやらは持ち主に返して謝ってこい。……俺も一緒に謝りに行ってやる。これ以上下に落ちるな、踏み止まるなら今だぞ」
「な、なんだよお前……俺の気持ちなんか知りもしねぇでよ……」
と、俺から逃げようと身体を揺すっても何をしようとしても全く動かせない濠尾が段々と涙目になってきた。
「あぁ知らねぇ。知らねぇから教えてくれよ。けど目ぇ見りゃ分かるぜ、お前が何か問題を抱えてるってこたぁな。ありゃあ遊ぶ金欲しさじゃねぇな?生徒の問題を解決してやるのも先生の役目なんでな、話してみろ」
世の中腕力だけじゃ解決できない問題もある。確かにそうだ。だけどやっぱり腕力で解決できて……そしてそれが1番手っ取り早く解決できる手段の時もまだあって……そしてそれは俺の1番の得意分野なのだ。
「口じゃそう言って……でも話したらビビってケツ捲くって俺を見捨てるんだろっ!?それがお前達先公なんだよ……っ!」
「アホ言え、俺ぁお前を見捨てねぇよ。俺ぁ武偵でもあるからな。相談してみろ、きっと力になれる」
少年犯罪にはパターンがあるってのは探偵科武偵じゃなくても知っていることではあるが、じゃあ実際に本人がどれなのかは直接聞き取らないと分からない場合がほとんどなのだ。もちろん解決の糸口を見つけることも、聞き取ってやらないと難しい。
だが濠尾は俯いたまま泣いている。多分、自分ではどうにもならないくらいに大きなものを抱えちまってて……でも誰にも相談できないでいるんだ。俺もあの時、きっとシャーロックに助けられたのだろう。割と無理矢理拉致られた気がするけど、それでもアイツがあそこで俺を捨てていたら今の俺はいない。多分、そこらで野垂れ死んでいただろうよ。だから今度は俺の番だ。この子は……助けてやらないとな。
男2人なら案外話しやすくなるから何時間でも粘るかと俺が覚悟を決めたその時───
「か、神代先生!何をしてるんですかぁ!」
と、さっきのスタンガンの音を聞きつけてか御分院が来てしまう。俺が思わずそっちを向いた時、濠尾は高速が熔けて立ち上がり
「はっ……ざまぁ見やがれ……っ」
と、捨てセリフだけ残して御分院が来た方向とは逆方向に走っていってしまう。
───────────────
あの後校長室に連れていかれた俺は御分院と大津から締め上げられる……かと思ったし実際その辺までいったんだが、何とエンディミラが小島を連れて来て……そして小島と一緒に何故か濠尾までやって来て……そもそも暴力は無かった、スタンガンも自分が持ち込んだ物だとか言い出したんで俺の処分は一旦保留になったのだ。
「マスター、1ついいでしょうか?」
と、学校からの帰り、駅から家へと向かう道すがらにエンディミラが何やら聞いてくる。
「んー?」
「中川のことです。マスターは中川と猿田が瓜二つのように仰っていましたが、その……猿田とは
あぁ、そういやあの後バタバタしてて話すの忘れてたな。それも説明してやらんとな。
「あのってのがどれなのかは知らんがカナダで会った猿田のことならアイツだ」
「その、疑うわけではないのですが、あの時の猿田と中川と名乗る人物は到底同一人物とは……」
「あぁ。まぁ俺もどういう仕組みであんなに変貌したのかは知らんけどな。俺ん右目は義眼なんだよ」
と、俺は自分の右目を指差しながら言葉を続ける。
「で、この右目には人の魂を視る魔法があってな。それで中川と猿田が同じ魂を持ってたんだ。幾ら姿形を変えても魂までは変えられんからな」
とは言えこの右目も万能ではない。例えば俺がトータスに行く前にしか会ったことのない奴の魂は知らんから変装すれば1発目はバレないし、初見の人物も対応不可だったりする。
「なるほど……マスターには変装も通じないと」
「そんなご大層なもんでもねぇけどな」
実際、猿田がどうやって中川に成ったのかは見当もつかん。もしかしたら逆で、中川が猿田になっているのかもしれんけど、どっちにせよ俺には変成魔法でも使ったのかよとしか思えないんだよな。
「エンディミラこそ、よく濠尾を連れて来られたよな」
濠尾が来なきゃ俺のクビもヤバかったし。あれには助けられたな。
「ホント、助かったよ。ありがとな」
「マスターが濠尾とトラブルになりそうだったので直ぐに芹奈を呼んだのです。濠尾は芹奈の言うことならよく聞きますので」
「あ、そうなの?」
「クラスでの様子を見れば分かりますでしょう。濠尾は芹奈が好きなのです。そして、芹奈はマスターが好きです」
えぇ……濠尾が小島を好きなのは確かに言われてみればそんな気もするけど……小島は俺かよ……。いやいや、応える気は無いぞ流石に。
「……俺ぁいくら何でも小島の気持ちに応える気はねぇぞ」
エンディミラの目は語っていた。「コイツはまさか生徒に手を出すのではなかろうか」とな。だから一応釘を刺しておこう。確かに俺は一途とは縁遠い存在だけどもそこの分別はつけているぞ。というか、小島も俺の今の生活を見たら冷めるだろ。流石に見せらんないし、見せたら見せたで何しでかすか分からんから黙っとくけど。
手は出さんと告げた俺を見てエンディミラはホッと一息。んー、言わなきゃ駄目な辺り異性関係のの信用が足りていない。
そんな悲しい事実を突き付けられつつ俺達は家に戻ってきた。エンディミラに渡してある鍵でレミア達の方の扉を開けばトテトテと、お留守番していたらしいテテティとレテティが駆け寄ってきて3人でヒシと抱き合っている。まるで母子みたいな光景だが俺はパパ役になる気はないので一緒に出てきたレミアにヒョイと挨拶だけする。
「ミュウはもう寝てる?」
「はい、ユエさんとシアさんと、あとティオさんも一緒に」
どうやらトータス組はこっちに集まっているようだ。となるとあっちにはリサとジャンヌだけか。
「ん、最近構えなくて悪いな。……おやすみ」
と、俺はレミアと1つ口付けを交わす。それをエンディミラは真っ赤になって見ていて、テテティとレテティも「ほわぁ……」って感じで、声は出さずに見ている。
「はい、おやすみなさい。アナタ」
「……あの、マスター」
「んー?」
俺がリサ達の部屋に戻ろうとするとエンディミラが俺のスーツの裾を掴んで声を掛けてくる。
「夜分遅くに申し訳ございませんが私も……テテティとレテティもこれからそちらに伺ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、良いけど」
「では、お邪魔します」
俺は頭に疑問符を、レミアは「あーあ」みたいな顔で俺を見ている。皆には俺とエンディミラは仕事で普通の学校の先生をやることは言ってあるし、俺としては生徒の教育方針的なあれこれの話だと思ってるんだけど、違うのかな。職員室じゃ何となく込み入った話はし辛いし、書類整理もあるしな。
と、俺達が部屋に戻るとリサ達はもうすぐ寝るところだったようだ。鍵を開ければ寝巻きのリサとジャンヌが出迎えてくれた。
「お疲れ様です。ご主人様」
「お疲れ、天人」
「おう。……もう寝るところだった?」
「そうだな。リサは待っていると言っていたが、教師は夜も遅いし夜更かしは女子の敵だからな」
「そりゃそうだ。リサも、俺のこたぁ気にせずに先に寝てていいからな。俺ぁお前が待ってくれてるより、早寝して健康でいてくれる方が嬉しい」
と、俺は玄関で靴を脱ぎながらリサの両頬と唇にキスを落とし、勿論ジャンヌにも同じようにキスを落とした。
「お気遣いありがとうございます、ご主人様」
「ん、じゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
放っておくと俺が寝るまでリサは起きてそうなのでジャケットを預かってくれようとしたのも制し、代わりに頭を撫でてやりつつ自分で部屋に持っていく。
まぁこっちには部屋を用意してやれてないから仕方ないんだがリサ達と一言二言会話したエンディミラも、テテティとレテティと共に俺に着いてきた。
「あー、俺ぁ少し調べ物があるから先シャワー浴びてていいぞ」
と、俺は濠尾が果たしてオークションのアカウントをどうしたのか確認しようと思ったのでそうエンディミラに声を掛けておく。
「分かりました。お先にいただきます」
と、エンディミラも俺の用事は察しが着いているらしく大人しくシャワーを浴びに風呂場へと入っていった。その時の顔が、何やら覚悟を決めた顔に見えたのは気のせいだろうか……?
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俺が自分の寝室に戻ると視界に飛び込んできた光景に思わず動きが止まってしまう。何故なら……
「エンディミラよ、その格好は一体……」
エンディミラだけでなくテテティ、レテティも合わせて3人が珍妙な格好をしていたのだ。
珍妙な、というか見たことある服───それも俺が色々手を回してようやく入手したお宝品こと武偵高のアドシアードで使われるチアユニじゃん!胸元が弾丸の形に切り抜かれてるやつ!おかげでエンディミラの大きな胸が生み出す深い深い海溝と、その前で揺れる俺のあげたアーティファクト──エンディミラの耳から世間の意識を逸らす、シア達も持っているそれ──が部屋の明かりに照らされて俺の視線を誘い込む。
てか、なんでエンディミラがそんなものを持っているんだよ。それはリサのサイズの分しかないからエンディミラには少し小さいしテテティとレテティの分はそもそも存在しないはずなのに……っ!
「え……何それ……」
「リサ達から聞きましたが、マスターはこの様な衣装がお好きとのこと」
そうだけどそうじゃない!あとリサはなんてこと教えてるんですか!?ていうか耳まで真っ赤にするくらい恥ずかしいなら着なきゃいいのに!
「いや、そのサイズの……それもテテティとレテティの分までどうやって用意したのかとか色々聞きたいことはあるけど、だからってなんで今それを着てるの!?」
「マスターは私に様々なモノをくださいました。……居場所、服、そして仕事……それも、今の仕事は私にこの世界での見聞を広めるためにとのこと……そして今の教職が終われば今度は別に仕事を用意してくださっています」
そうだね、だってそれはお前に必要なもので……居場所たってそりゃあ俺がネモからお前を任されたんだから当たり前だろうに。
「最初、私はマスターに対して敵対していました。実際、マスターがNの障害になるという考えは今だ変わっていません。けれど、そんな私をマスターは受け入れてくれました」
そんなことか……。エンディミラ自身に俺達を害する気持ちがないのなら、エンディミラが俺の事をNの敵だと認識していることと、エンディミラを傍に置いておくことは俺の中では矛盾しないのだから気にされても困ってしまう。
「対して私はマスターに何か返せているでしょうか?マスター達の暮らしぶりを見て、マスター達はそれほどカネには困っていない様子。ならば私が働いた程度で生み出せるカネで返せるとは思えない。それに、マスターは多くの美しい女性に囲まれていて、女に困っているわけでもない」
仮に女に困っていたとしても、流石にそれで手ぇ出したりはしないけどな、多分。
「ですが、教師の仕事の忙しさで最近は謀殺されている様子。ユエ達やリサ達ももう寝てしまいました。……ならば、ここは私がマスターを慰めるべきではないかと」
慰めるべきではないです。ていうか……
「……お前、口でそう言ってても本当は怖いんだろ。顔に出てるぞ」
あと手も震えている。テテティとレテティはまだよく分かっていないみたいだけど、俺はそんな奴に手を出すほど腐っちゃいないぞ。てか別にエンディミラが本気で俺のこと好きだったとしても、ここで手ぇ出したらユエ達を裏切ることになるからしないけど。
「確かに、この先の行為を思うと恐怖はあります。けれど、私にもいざ事に及べば性的興奮する本能はあるはずです」
それに、とエンディミラは続ける。
「ヒトの男性は疲れた時こそ女性に気持ちが向くとか。……マスターは戦闘こそしていないものの慣れない仕事でお疲れでしょう。マスターこそ、顔に出ていますよ?リサ達も気付いてはいるみたいですが」
まぁ、確かに書類仕事だのなんだのってのは俺からしたら不得意にも程がある分野だし勉強を教えるってのも不慣れだ。英語や体育だけならともかく他の教科なんてほぼ分からんし。だから疲れてるってのも確かにそうだし、男は疲れてる時にこそ性的に興奮しやすくなるのは知っている。だからってなぁ……
「だからって、誰でも良いわけねぇだろ」
「マスターは、私の姿はお嫌いなのでしょうか?」
「違ぇよ」
むしろ見た目の好きか嫌いかで言えば割と好みだ。だがそれはそれ、ここで手を出したりはしない。
「ここでお前に手ぇ出したらリサ達への裏切りになるだろうが」
トータスじゃリサには何も言わずにユエ達を愛した俺が何を言うのかという話だが、リサの場合は前々からそういうのはOKみたいなこと言ってたし。けどユエ達は違う。そういう風に受け入れるのなら皆の許可を取らなくてはならない。ジャンヌもそうやって受け入れてもらったのだから。
「では許可があれば良いのですね?」
「いやまぁそうだけど……って言うか、お前は嫌なんじゃないのか?別に俺のこと好きなわけじゃないんだろ?」
「……それは、分かりません。私は恋をする性格ではないと思っていました。ただ、人の勇者の子を授かれるのなら喜んでこの身を差し出そうと思っていただけなのです。ですが……」
と、そこでエンディミラは言葉を切り、格好と今のシチュエーションによる羞恥で真っ赤に染まった顔の、その形の良い唇を手で隠した。
「リサ達から聞いたのです。その人が好きかどうかは、自分がその人と、その……き、キスをできるかどうかを想像すれば良い、と」
あぁ、そう言えばエンディミラはよくリサ達と何やら話していた。それは最初に会った時もそうだし教師をやることになってからも隙があれば何か言葉を交わしていたことは知っている。そん時にこんなこと話してたのか……。
「それで、あの芹奈達と警官から逃げた夜からなのです。昨夜からマスターといると胸が高鳴るのです。私も自分がこの様な感情を抱くなんて知らなかったのです。ですから……確かめさせてください」
スルりと、エンディミラが俺の目の前に寄ってきた。扉を背にした俺の首に手を回して、そして顔を寄せ……
「駄目だ……」
けれど俺は瞳を閉じたエンディミラを受け入れることなく、その口元を手のひらで押し返す。するとエンディミラは酷く傷ついたような顔をして……
「そう、ですか……」
と、呟いた。
「お前のことが気に入らないってんじゃない。むしろ、見た目だけなら好みだし……」
最後は面と向かって言うのが恥ずかしくてゴニョゴニョとなってしまったが流石に手をちょっと前に伸ばせば届く距離なのでバッチリ聞こえていたようで、エンディミラもまた恥ずかしそうに顔を伏せる。
「だからその気持ちの本当のところを知りたいんなら、俺をお前に惚れさせてみろ。……そうしたらきっと全部分かるさ」
俺は一旦逃げることにした。エンディミラだってまだ自分の感情がよく分かっていないみたいだし。吊り橋効果で俺の元に来たら後悔するかもだしな。
「分かりました。では全力でそのように致します」
言っておいてあれだが、それはそれで困るんだけどな。マジで俺が落とされたらどうしようって思うし。
「あぁ……一応時と場所は考えてくれよな?」
「はい。学校ではそれとなく、家ではしっかりとアピールします」
そういうこと……なのかな?……そうかも。……上手く言いくるめられた気がするけど俺の頭じゃよく分からん。
「取り敢えず今日はもう休もう」
夜も遅いし明日も学校だからな。
「分かりました。……ご一緒しても?」
というエンディミラの発言に俺は無言で越境鍵を取り出して、レミア宅のリビングまでの扉を開いて3人をそこに放り投げた。