あれから2年4組は俺達の授業をちゃんと聞いてくれるようにはなった。まぁ聞いてもらってもそう大層なことは喋ってやれんのだが。
小島が日がな機嫌良さそうに俺を見てくるのはいただけないが、濠尾もムスッとした態度はあまり変わらないけど、それでも当てりゃ答えるしトイレと偽ってフケることもなくなった。
俺とエンディミラはそれにホッとしつつ放課後の書類仕事に勤しんでいたのだが───
「神代先生!来た来た来た!バッズが来た!」
バッ……何?何が来たんだよと、職員室にも関わらず普通にドタバタと騒がしく小島が入ってきた。
「バッ……誰?」
「バカ!バッズってのはチーマーだ!また来たの!?じゃあ警察に電話!」
と、御分院は俺に怒りつつお茶の湯飲みを器用にお手玉している。……チーマー、ねぇ。
「電話しても中々来ないですよ?何しに来たのか知りませんけどね、そういう時こそ俺の出番です。これでも武偵なんで、生徒じゃない不良を多少シバいても体罰にはならんでしょ?」
と、俺はエンディミラに一応のバックアップ……というか最悪生徒達の保護をしてもらおうと着いてきてもらう。
んで、我がクラスである2年4組に入場したところ、あぁいたいた。分かりやすいねぇバッズさん。片やパーカーにタトゥー、片やジャージに無駄に太いチェーンネックレスの2人組がガムをクチャクチャやりながら机に座ってますよ。
で、その机の下に転がっているのは既に結構ボコられている様子の濠尾。顔が鼻血塗れだから窒息の心配もあるな。
「あ?アンタ誰?」
俺に気付いたらしいジャージの方が思いっきり眉根を寄せてガン飛ばしてくる。んー、他の先生ならそれでビビったんだろうけどね。
「俺ぁこのクラスの担任だよ。バッズってのがアンタらなら、関係者以外立ち入り禁止なんで、出てってもらえます?」
いくら何でもそこらのチーマーに睨まれた程度では怖いなんて感情は俺には湧いてこないのだ。それに、濠尾の鼻血が心配なので穏便かつさっさと事を済ませようとする。だがバッズさんの用事はただ濠尾をボコることではないみたいだ。
「まだだぁ。弁償してもらってねぇからさぁ。なぁ、濠尾ぉ?」
パーカーの方が濠尾を見下ろしながらそんなことを言っている。
「またカネの問題ですか……」
それを聞いてエンディミラが後ろで呟く。その声色には嫌悪が含まれているように聞こえた。
「そうみたいだな。……で、濠尾が幾らの何をどうしたんです?」
この場でこの2人を俺がボコって追い出すのは簡単だ。けれどバッズがこの2人だけとは限らないし、さらにその上まで出てこられたら面倒なことになる。俺だけでなく、ここの生徒まで巻き込まれるのは避けたい俺はさっさとぶっ飛ばして終わらせたい衝動を我慢しつつ質問を重ねた。
「先週コイツを飲みに付き合わせてやったらそこで俺にぶつかってきてさぁ……ほらここ、ここにタバコの火がジーンズに落ちて焦げちまったのよ。これビンテージもんだよぉ?30万すんのよ。弁償するのが筋ってもんでしょお?」
と、右のケツにモロに真新しいジーンズメーカーのロゴを付けたそいつが何か言っていた。てかそれ、量販店で買えば7000円程度だろうが。
ま、さっきの小島とか御分院の雰囲気からしてコイツらはちょこちょこここに来ては似たようなことやってんだろうな。なんかバッズさんもそんなこと言ってるし。どうやら濠尾が先生を信用していなかった理由ってのが見えてきたな。きっとコイツらが来ても今まではずっと見捨てられてきたんだろうな。
で、濠尾は濠尾で不良集団のパワーゲームに早々にしくじって今や立派なカモにされてるってわけか。ま、濠尾の金の理由がこれで良かったよ。
「どうすんだ濠尾、払うんか払わないのか、それはお前が決めろ」
「払う以外ねぇよなぁ?おらぁ早く金持ってこいよ」
「明日まで待ってやっからよぉ。30万だぜ」
と、既に出目金みたいになっている濠尾の顔をまたもやスニーカーで踏みつける。
「……ボコりたきゃ……ボコれ……けどもう……2度と払わねぇよ……カスがっ……俺ぁもう……落ちねぇ……」
だが濠尾はボコられながらも強気にそんなことを言っている。その瞳には光が灯っているように見えた、気がした。あと喋らせて分かったけど鼻や喉には血は詰まっていないな。それならこれも一安心だ。
「おう、ちゃんと度胸付いたじゃねぇか濠尾。自分をボコった相手にそれ言えるのは中々男前だぞ?……それに、悪い奴から離れるのも悪い子を辞める第1歩だ。……んじゃあこっからは俺の問題だな」
と、俺はバッズのお2人に歩み寄り、まるで青春の1ページを彩る仲良し3人組みたいな雰囲気で2人と肩を組んだ。
「───俺ん組にカチコミして
と、そんな風に語りかければエンディミラはエンディミラで「活き活きしだしましたね、マスター……」と呆れ顔だ。でもまぁやっぱ俺の得意分野はこっちなのよ。
「アァ?」
「っせぇんだよ!おめーにゃ関係ねぇだろ!」
さて普通にボコっても芸がないなぁどうするかなぁと思っていた矢先にジャージの方がズボンの腹に挟んでいた拳銃───
ジャージがビビりまくりパーカーが目を丸くして呻いて濠尾は唖然としている。そしてドア脇から覗いていた小島は何故か目をキラキラ輝かせている。あー、もしかして君は喧嘩が強くてちょっと過去に問題があるような人が好きなの?
「ジーパンの弁償させるつもりならその真新しいパッチは剥いどけよ」
と、まぁ足が床に着いていない奴なんてのは誰でも簡単に簡単に動かせちゃうので、2人の耳を引っ掴んでダン!と2人を床に叩き落とした。さてさて、ここでこの2人を濠尾がやられたみたいな出目金顔にしてやるのは簡単だがそれはやっぱり芸がなくて面白くないんだよな。それにあんまり殴ったり蹴ったりをこの子達に見せるのも教育によろしくないだろう。
さて、そしたらあれでいいな。
と、俺は微妙に立ち上がれない角度をキープさせたままバッズさん達の耳を掴んで引き摺って窓際まで行く。そして椅子と机を階段替わりに窓の縁まで上がって、そのまま2階から下へと飛び降りた。当然、バッズ達も一緒だ。何のカウントも無くいきなり落ちたそいつらは情けない悲鳴を上げつつ地面へと落ちた。ちなみにこれ、強襲科で蘭豹に色んな奴がよくやられた引き摺られ方なのだ。当然その中には俺も含まれているわけで……おかげでやり方はよく知っている。
落ちる時は一応死なない程度に角度作ってやったが、随分大袈裟に痛がるな。この程度武偵高じゃ日常茶飯事だったんだけどな。キンジなんてアリアから椅子ごとバックドロップ喰らって5階から落とされたことあるぞ。あれはあれでよく生きてたもんだと思うけどさ。
「お前らもただの先公に
と、首根っこ掴んだままバッズ2人を引き摺りながら警告も加えてそのまま校外に放り出すと2人とも一目散にケツを押さえながら何処かへと逃げていった。
で、校舎へと戻ろうとしたらよろけながらも濠尾が出てきた。後ろから小島とエンディミラもやって来ているけどそれには目もくれず随分とハラハラしたような顔をしている。まさか俺が2階から降りた程度でどうにかなると思ってたのだろうか。
「おう、心配ご無用」
まさかあの流れでもつれて落ちちゃったとかは通じないだろうからそれだけ言っておく。
「……なんで来たんだよ」
「何でって、言ったろ。俺ぁお前を見捨てねぇ。そもそも、俺がチーマーの100人や200人でどうにかなると思ってんなら心外だぜ」
「お節介しやがって……っ!」
「お前も来てんじゃん。それに、武偵憲章8条、任務はその裏の裏まで完遂すべし。俺ぁお前らの先生なんだからこの程度のこといくらでもやってやるよ」
幾ら人間辞めちゃった化け物の俺でも年下から助け求められて手を差し伸べない程ロクデナシではないつもりだぜ。お前、目で訴えてたじゃんね、助けて───ってさ。
「今までの先生がどうかは知らねぇけどな、俺ぁ誰も見捨てたりはしねぇからよ」
つーか俺の知り合い、もっとヤバい問題抱えてた奴らばっかりだったし。チーマーに絡まれてる程度のことで一々腰引けてられないのよね。
なんてことは言わないで俺はただただ格好付けた風で背中越しに濠尾に手を振ってやって校舎に戻る。その後ろに小島が、俺の横に、やたらと距離が近い気がするエンディミラと共に───
───────────────
この2年4組にはもう1人生徒がいる。明磊林檎という女子生徒だ。今まで俺もまだ顔を見ていない、所謂不登校というやつなのだ。
普段はリサが作ってくれるお弁当を、今日はエンディミラが作ってくれた昼休みにクラスの奴等に話を聞く限りでは、クラスで虐められているわけではなさそうだ。むしろ、ここの先生を追い出した主犯格っぽい話も出ていた。夕方に職員室でも話を聞く限りは問題児っていう扱いかつ電話しても保護者が出ないという、ちょっと濠尾や小島なんかとはベクトルの違う問題を抱えていそうだ。
事なかれ主義の大津校長からも、出来れば探してほしいという言葉を頂いたので、俺はエンディミラを連れて早速放課後に明磊林檎を探すことにした。
まずは一応ダメ元で親に電話を掛ける。だがこれは不発。時間を置いて何度か掛けても駄目だったから家に突撃しても居留守を使われるパターンだな。
「他の生徒に聞き込みをしますか?」
と、エンディミラが提案してくれる。
「んー?……いや、それには及ばないよ。面倒だしさっさと見つける」
俺は校外に出て羅針盤を使う。私立なので生徒の家はバラけてはいるが所詮都内か精々遠くても首都圏だからさしたる魔力は消費せずに明磊林檎の現在地は把握出来た。
「それも、魔法の力ですか」
「おう。取り敢えず現在地は見つけたから行くか。どうにも室内っぽいし、動かなさそうだ」
と、俺はエンディミラを連れて羅針盤が指し示した五反田へと山手線で向かった。しかしあれだな、五反田に着いた途端エンディミラの距離が近くなったな。まずはこうやって物理的な距離を詰める作戦か……。
「お、あったぞ」
羅針盤の示す通りに向かった先は超ボロいアパート。その集合郵便受けに『明磊』の文字。職員室で調べた明磊林檎の住所は広尾の高級マンションだったはずだが家出でもして親戚の家に転がり込んでるのかね。
俺とエンディミラは木造アパートの階段を登り、厚紙にマジックで明磊と書かれたお手製の表札のドアをノックする。……このアパート、インターホンも無ぇのか。
「何?」
すると、20歳前半位のお姉さんが直ぐにドアを開けた。ただ化粧が中途半端だな。どうやら出掛ける準備をしていたらしい。入学式の集合写真で見た明磊林檎本人ではない、母親にしても若すぎる。姉か……?
お姉さん越しに見える室内には林檎の姿は無い。だが左手奥の部屋からはカチカチとゲームのコントローラーを操作する音が聞こえてくるから明磊林檎本人はそっちにいるのだろう。気配感知の圏内だからそこに人がいるのも分かっているし。
「明磊さん、ここに林檎さんはいませんか?俺達は上目黒中の2年4組の新しい担任と副担任でして。学校で姿を見ないので家庭訪問に来た次第です」
と、俺が愛想笑いを浮かべつつそう伝えると
「なんでここが分かったの?」
お姉さんは怪訝な顔をしているが、ここにいることは教えてくれたな。まぁ羅針盤で分かってはいたけれど。
「親御さんに聞きました」
これは嘘。ただ電話を無視しまくる親と明磊林檎の関係性を探りたくて敢えて親を出したのだ。
「嘘だね。叔父さんは林檎がここにいることは知らない。……私もうすぐ出勤なんだよね。家庭訪問は林檎とだけやってくれる?……もう、林檎!先生来てるよ!いい加減学校行けよ、面倒なことになんでしょ」
あーらら、全部喋ってくれた。林檎と親の関係性は不仲。この人は林檎の従姉、林檎は家出してここに転がり込んでいるけどこの人も林檎は邪魔だと思っている。あと、貴女これから出勤ってことはお仕事はキャバクラとかですかね。
「えぇ、まずは林檎さんからお話だけでもと思いますので」
と、案外すんなりと上げてくれた部屋に俺達は足を踏み入れる。
「明磊林檎さん、俺は新しい担任の神代天人だ。副担任のエンディミラ先生も来てる。話がしたいんだが、入っていいか?」
だが返事は無い。……しかも、常に展開している気配感知に人の動く反応あり。あの野郎、カチカチというコントローラーの音だけ残して外に出やがったぞ。
「……逃げられたぞ」
と、俺が林檎のいる部屋の扉を開けるとそこはやはりもぬけの殻。窓は空いていて外には隣の家の屋根が上り坂みたいに見えるからそこから逃げっぽいな。
「追いますか?マスター」
「あぁ、まだ俺ん索敵圏内だ」
と、俺が窓際から飛び出そうとすると、足首に何か、糸のようなものが引っ掛かる感触。……これ、ブービートラップじゃん!
俺は右の手のひらで空力を発動。バン!と前に傾いた姿勢を無理矢理に身体ごと弾いて後ろへ持っていく。そして何が飛んできても良いようにと後ろにいたエンディミラを押し倒すようにして覆いかぶさり、自分の身体を盾にした。だが、パァン!パァン!と鳴り渡ったのは爆竹の音だけ。あとその音に驚いた林檎のイトコの姉ちゃんの「きゃあ!?」という悲鳴。
「あ、あの……マスター……」
と、咄嗟にエンディミラを押し倒してしまったが俺の身体の下にいるエンディミラは顔を真っ赤に染めている。
「あぁ悪い。……ただの爆竹だったな」
と、直ぐに上から退きつつブービートラップを検分。直ぐに退いた俺にエンディミラはやや不服そうではあったけど……。するとお姉さんもやって来て「何今の音?」と言うので、特急で作ったからか一部不発だった爆竹を見せてやり「逃げられました」と言えば「あのガキ……」とお姉さんも怒っている。
「まぁ靴も履いていないですしそんなに遠くには行けないでしょうから追いつけますよ」
と、俺はエンディミラの手を持って引っ張り上げてやりつつ窓の縁に足を掛けたのだが───
「うおっ……」
今度はダイナマイトが飛んで……違う、あれは偽物だ。何かをそれっぽい紙で巻いてタコ糸か何かをくっ付けただけだ。と、俺が直ぐにそれを見破り叩き落とそうとしたのだが……
「あっ……」
「えっ……?」
俺が急に止まったからかエンディミラは前につんのめり、俺を押し出すような格好になった。そして下手に耐えた方がエンディミラが痛いかもと、そのまま俺は隣家とアパートとの間に落ちようとしたのだが……
「マスター!?」
俺が落ちそうになったもんだからエンディミラが咄嗟に俺の手を掴み……そのまま俺の体重に引き摺られるように一緒に落ちてきた。
ドン!という鈍い音が夕方の住宅地に木霊した。俺は俺でエンディミラが怪我をしないようにむしろ重力操作のスキルで浮かせるようにしてこちらに引っ張り込み、落ちた時に痛めないよう抱き込むようにしてエンディミラを包んだのだが、エンディミラは俺に急に抱きしめられたことで顔をまたもや赤く染めて固くなっている。
そして、さらに間の悪いことに───
「げっ……」
屋根の向こうから何かが再び投擲され、液体が飛び散った。しかもこの刺激臭……シンナー、トルエンじゃん!無害な攻撃で油断させつつ最後に本命とはやるね……。
だが感心している暇はない。俺には効かないけれどトルエンは安価で入手が容易な割に危険性の高い毒物なのだ。引火性もあり、今俺の目の前で盛大に揮発しているそれを沢山吸い込めば急性中毒に陥り、呼吸困難や失明する危険もある。エンディミラは逃がさないと……!
と、俺は固まっちゃったエンディミラを抱えて車道側に逃げる。だが気配感知の固有魔法が捉えている反応では林檎はアパートの中を駆け抜けていったようだ。そんな音もするし、お姉さんの怒声も聞こえる。靴を拾って玄関から逃げたみたいだな。しかも俺達が逃げた車道はどん詰まりになっていて、林檎が逃げたアパートの入口の方へ行くにはグルリと道を回らなきゃならん。だけどこの程度で逃げられたと思うなよ?
「エンディミラ、大丈夫か?さっきのやつ吸わなかったか?」
だがまぁ取り敢えずエンディミラの方を心配してやらねばならない。俺がそう聞けばエンディミラは頬を染めたまま
「はい、大丈夫です」
と、伏し目がちにそう答えるのであった。
「そうか。変な幻覚とかはないか?身体の感覚で、何か変なところは?」
吸ってはいないとのことだったが念の為の確認。だがエンディミラはこれも大丈夫とのこと。
「大丈夫なら良かった。けど体調悪くなったら直ぐに言えよ?」
「はい、お気遣いありがとうございます、マスター」
「取り敢えず明磊林檎を追うぞ。どうせ行く先は1つしかないだろうけど」
と、俺はエンディミラを連れて、明磊林檎が行くであろう場所へと向かうのであった。
───────────────
明磊林檎が身を寄せられそうな場所は後は広尾のマンションだけだ。そこで俺達がそこへ向かえば俺の読み通りマンションの前で明磊林檎が腕組みをして立っていた。どうやら逆に張っていたらしい。顔も、写真で見た通りだな。
「……明磊林檎だな」
「ウチには来るな」
俺の問いに明磊林檎は長い前髪の間から睨むようにして返してくる。理子と気が合いそうな甘ロリの服を着て髪には赤いリボン。見る限り痣があるわけでもガリガリに痩せ細っているわけでもないな。一応、そこは安心だ。
「俺ぁ家庭訪問しに来たんだよ。ウチに行かなきゃ家庭訪問にはならん。喧嘩して、家を飛び出して親戚の家に転がり込んだんだろうが───」
「来るな!」
「そこで待ってたってこたぁ何らかの武装をしてんのかもしれねぇけどな。俺ぁ今までの先生とは違って武偵もやっててね。当然武装もしているし、見たいなら
と、俺がジャケットの中の拳銃を分かるように見せてやれば林檎は「そんなのありかよ……」というような悔しげな顔をした。
「……あたしのパパと話せば気が済むかよ。じゃあ話して諦めろ」
そしてクルリと回れ右をしてマンションへと入っていった。はぁ……家庭訪問も一苦労だぜ。
だが、最上階である9階に、林檎に連れられてやって来るとそこには先客がいた。
「明磊テメェ!返済期限とっくに過ぎてんだぞ!そこにいんのは分かってんだ!」
と、ガンガン玄関の扉を蹴っている野球帽に金髪のオカッパ女がいた。何あれ、借金取り?面倒クセェなぁ。林檎が特に何も反応しないってことはあれも日常の光景っぽいし。
俺達に気付いてチラリとこちらを見た金髪は再び何か喚いて、そして諦めたように踵を返して立ち去っていった。去り際、俺達とすれ違う時に「チッ」と、舌打ちと共に俺にガンくれながら、だったけど。
原チャリで恵比寿方面へ消えていったそいつを確認し、俺達は林檎の持っている鍵で明磊家に乗り込む。だが暗いね。借金取りに居留守を使うためだろうけど、カーテンも締め切っている。しかも中は荒れ放題で、コンビニで買ったのであろうパンの空き袋や空になったペットボトルがそこら中に転がっている。蘭豹の汚部屋よりは多少マシだが、ぶっちゃけどっちも大して変わらんかな。
無言で歩く林檎に着いていくと、廊下の先の扉を潜り入ったリビングの奥で煌々と明かりが灯っている。何かと思えばパソコンのディスプレイの光で、画面が5つもあるよ。しかもその画面を見るにやっているのは株や投資関係だな。んで、その前でブツブツと独り言を言っているのが林檎のパパ──デイトレーダー──か。
娘の林檎が「ただいま」と言ってもあまり興味なさげに「……林檎か、誰だその人達」と、直ぐに画面に目線を戻してしまう。一応自己紹介と要件を伝えるのだが、これも「後にしてくれ」とのこと。一応一段落したらとは言ったが、外国為替とかやられると24時間張り付かれるんだよな……。
「マスター、彼は子供を放って何をしているのですか?」
「株だな。あと他にも色々やってるみたいだけど」
「株とは何なのですか?」
「あぁ……俺も専門じゃないけど、株って言うのはまぁ会社を経営する権利みたいなもんで、その会社が利益を上げれば株の価値も上がる。んで、高価値になったところで売れば利益が出るって仕組みだ」
「カネの取り引きですか……。しかし、彼の目付きは闘技場で賭博をしている者達と同じです」
と、エンディミラが随分と的を射たことを仰られた。
「ま、短期の株の売り買いは博打と同じだよ」
と、エンディミラにヒソヒソ声で返してやる。
「林檎、あっちで寝てたのがお母さんか?」
と、俺がこの部屋に入った時から気配感知で捉えていた気配について聞くと、林檎は「は?」って顔をしている。んー?もしかして知らないのか?
「ママはパパが借金し始めた頃……2年前に離婚したよ」
「えぇと、じゃああれ誰?」
と、俺が指差した先にはちょうど寝起きって感じでキャミソールだけ着た派手なオレンジ色の髪とタトゥーをした女が出てきたのだ。
「知らない」
「えぇ……」
ってことは状況からしてあれが新しい林檎パパの彼女かな。あと酔ってるな、足元がフラついてるし手に酒瓶持ってるし。
「───あ?誰だお前ら」
「てめーこそ誰だよ」
と、派手な女にも気後れせずに思いっ切り目を吊り上げながら返す林檎。コイツ、やっぱ気ぃ強いなぁ。
「あたしはマサちゃんの彼女だよ。ネットで知り合ったの」
しかし、さしもの林檎でもその発言には強いショックを受けたようだ。フラついた林檎をエンディミラが支えてやっている。
「てゆーか、関係無い奴は出てって欲しいんですけど」
「俺達はこの林檎の担任と副担任だ。家庭訪問に来たんだよ。アンタこそ、家族じゃないなら退席願おうか」
「じゃああたしも居ていーじゃん。もうすぐ家族になるかもしれないし。マサちゃんが勝てば」
という女の言葉に林檎が震え上がっている。つーか、パパも女運無いな……。林檎の母親は金の切れ目が縁の切れ目、今度は金の繋ぎ目が縁の繋ぎ目……か。
「お前、娘なら掃除くらいしとけよ」
と、パパの背中にしなだれかかった女に林檎は
「───死ねよ、ブス!」
と、ブチ切れて突撃し、髪の毛を掴んで指を目ん玉に突き入れようとしている。闘争心が高すぎて強襲科からオファーが来そうだ。
だが体重差は如何ともし難く、腹を蹴られて転がされる。俺は林檎が何かにぶつかる前にそれを受け止めてやったが、林檎は泣き出した。ただ蹴られた腹が痛いんじゃない、心が辛いんだ。
だが───
「───静かにしてくれ!今こっちは大変なんだよ!」
と、メガネを掛けた林檎のパパはそれでも画面から目を離さない。俺はそれに……
「ふざけんな!!」
と、立場も何もかも忘れてテーブルの上のマウスやキーボードを全部薙ぎ払うようにして退かした。ガシャア!と音を立てて散らばり、しかしケーブルで宙吊りになったそれらをまだパパはヤク中みたいな目で掴もうとするので俺は胸倉を掴んで無理矢理に立たせる。
「手前が自分で稼いだ金をどう使おうが勝手だ!女も好きにしろよ!けどなぁ、林檎はお前の娘だろ!いいか?親には保護責任ってモンがあんだよ!林檎が学校に来ねぇなら行かせんのは半分はアンタの仕事だぞ!」
俺は柄にもなく怒鳴る。けどまだこの親子はやり直せる。あの柄の悪い女を林檎が認められるかはともかく、まだ林檎と父親は仲違いしていない。今はちょっと、大事なモンが見えなくなっているだけだ。だから───
「マサちゃんのサクセスを邪魔してんじゃねぇよ!一晩で億が動くんだ!勝って結婚すればそれが半分はあたしの金になるんだ!」
───だがそこでさっきまで寝室の方に引っ込んでいた女が出てきて金切り声を上げた。しかもガシャッ!という音に振り向かされればその手にあったのは
「マスター!」
エンディミラが悲鳴のような声を上げ、女はマジで俺を撃とうとする。いや、俺は撃たれても問題無い。服は防弾性だし肉体強度的にもその上からなら受けてしまっても死にはしない。その上多重結界もあるし金剛だって張れる。だがあれは散弾銃だ。この距離じゃ弾は結構散らばる。その拡散範囲には林檎の父親もエンディミラも林檎も全員入ってんだ。
だからと言って、エンディミラはともかく林檎達の前で絶対零度や氷の元素魔法、トータス製のアーティファクトを使うわけにもいかない。
だから俺は、敢えて散弾銃目かげて突進した。
「止せ!」
駆け寄り肉薄した俺は散弾銃のバレルを掴んで固定し、多重結界も解いた──あれは攻撃を滑らせるので跳弾が後ろに流れる危険もある──その瞬間に半分ヒステリーを起こしていた女の指がイサカの引き金を引いた。
バキュゥン!という発砲音と共に
「……ってぇ」
流石に多重結界も無しに散弾銃をゼロ距離で食らえば俺でも痛い。だが防弾服のおかげで
だが銃声が鳴ったにも関わらず林檎のパパは娘を見ようともしないし女の方は俺にバレル掴まれてるのにポンプアクションで次弾装填していますし?これはもう家庭訪問った空気じゃねぇな。
「退くぞ、エンディミラ。林檎を頼む」
やむなく林檎はエンディミラに抱えさせ、女は撤退の雰囲気を悟って引き金から指を離した。俺もエンディミラ達が女とすれ違い、玄関の方へ向かったところで散弾銃から手を離してエンディミラ達へと向けられた銃口の射線を切りつつ玄関から外へ出た。まったく、家庭訪問1つでこの騒ぎかよ。これじゃ武偵高の奴らの方が大人しいんじゃねぇのか?
───────────────
「マスター、大丈夫ですか?」
「そうだよ!撃たれてただろ!?」
と、狭い夜の広尾東公園の石垣に俺達は腰掛けた。直ぐにエンディミラが俺のワイシャツを脱がそうとするが、それはエンディミラの手を取って止めさせる。
「大丈夫だ。このワイシャツも防弾性だから弾は貫通してない」
金剛も跳弾の可能性があったから使えなかったから痣くらいはできてるかもだけど、それも俺の身体なら直ぐに治るさ。だから問題無し。
「だからって……撃たれるやつがあるかよ」
「しゃーねーだろ。銃口弾いても跳弾の可能性もある。あれが1番安全だ」
それよりも、と俺は話題を変える。むしろ、こっちが本題なのだから。
「悪かったな。無理矢理に家庭訪問なんかして……」
父親があんな状態じゃ、確かに見せるのも嫌だろうよ。
「林檎、これは然るべき所に相談すべきだ。エルフの掟でも子捨ては重罪だ」
確かにネグレクトは立派な案件モノだ。だが理由が理由だけに、もしかしたら林檎は父親と一旦引き離されるかもしれない。まずはあのギャンブル依存症の方をどうにかしなければ、何も解決しないからな。
「なんだよ……パパを悪く言うな!……パパは何も悪くないんだ……パパは……パパは昔はとっても、いいパパだったんだ……ウォルトランドにも連れて行ってくれたんだ……!でも、おかしくなっちゃったんだよ……」
林檎は父親を弁護している。あれだけ無視されたのに、まだ父親のことを信じているんだ。母親のいなくなった林檎にとって、あんなんでもあの人が唯一の親だから。あの人からの愛が欲しいんだ。
「……悪かった。謝る。それで、その……お前の父親はいつからああなっちまったんだ?」
「……一昨年の、秋くらい」
2008年のリーマンショックか。確かに、株でおかしくなるとしたらその時期かもな。
「……彼もまた、カネの犠牲者ですか」
エンディミラが広尾の街を見つめる。その蒼穹の瞳で、聡明な頭脳で、この街を、人間の世界を嫌悪するように。
「気が済んだ?あたしも、諦めがついたよ。……パパの所に帰ったのは3ヶ月ぶりだけど、あんなになってるとは思わなかった。あたしは、もう要らない子なんだな。……ママにとっての、あたしと同じで」
林檎は、何か大切なものを諦めてしまった顔をしていた。林檎は母親にも捨てられたと感じ、そして今、父親にも捨てられたのだと感じている。最も自分を愛してほしかった2人に見捨てられた林檎は……何を諦めちまったんだ。
───────────────
林檎がトボトボと、きっとあのイトコのアパートに去っていった後、俺達は広尾駅に向かって歩いていた。だがそこで、駅前の交差点が騒がしいことに気付く。そしてそこにいる奴らがこぞって上を見上げるので俺も釣られて上を見ると───
「───っ!?」
俺もエンディミラも血の気が引いた。14階建てのマンションの屋上、そのフェンスの外に林檎が立っているのだ。それも、今にも飛び降りそうな顔で。
「あのバカ───っ!」
ちょうど信号が青になったので俺とエンディミラはダッシュして信号を渡り、エンディミラは真下に待機させ──人が複数人で近寄ると、それが追い立てられたようになってピョンといきやすいと武偵高で習った──俺は林檎のことを下から面白がって撮影している野次馬共を掻き分けてマンションの階段に駆け込む。途中人の目が無くなってからは人外の膂力を惜しむことなく発揮して一気に屋上まで辿り着いた。
「お、おい林檎……」
俺の声に林檎が振り向く。そして───
「来んな!あたしにはもう……生きてる意味が分かんないんだよ……生きてても、辛いことばっかりだ!」
林檎は叫んでいた。心から、この先の未来に絶望して、今まさに自分で命を絶とうとしている。その覚悟が、林檎の顔と声色から伝わってきた。
「止めとけ……ここ、40メートルはあるぞ?下はアスファルトで、飛び降りたら人間の身体なんかスイカみてぇに砕けるんだ」
「うるさぁい!来るなっつったろ!!」
とにかく喋りつつ俺は泣き喚く林檎との距離を詰めていく。幸いベルトにはワイヤーがあるし、最悪の最悪は空力でも何でも使ってやるぜ。
「死んでやる……っ!帰れよ……帰れ……っ!」
「……死んでやる、か。ま、覚悟はできてるみたいだな」
と、ここで俺はフェンスまでは辿り着いた。そしてガシャリと音を立ててそれを掴めば林檎は反射的にフェンスを強く掴んだ。
「けど膝が震えてんぞ?怖いんだろ?」
と、そこで俺は一息にフェンスを乗り越え、林檎と並び立つ。
「高い所から落ちんのは怖いもんな。だから……俺も一緒に行ってやるよ」
と、唐突に意味不明なことを言い出した俺に林檎の目が点になり、そして俺はフェンスを掴んでいた林檎の手を離してやった。
「人生上がるのは大変だけどな───」
「え……」
「───降りるのは一瞬だからな」
と、俺は林檎の手を取りそのままマンションから飛び降りた。その瞬間にはワイヤーのフックをフェンスの柱に引っ掛けて、だけど。
「わぁぁぁぁぁ!?」
だけどそれを知らない林檎は叫んで思わず俺に抱き着く。……なんだよ、やっぱり生きたいんだろ?当たり前だよな。だからさ、生きようぜ。
シャーッ!と、ワイヤーがどんどん吐き出されていく音がする。下を見れば落下地点にいた奴らが蜘蛛の子を散らすようにワーワー言いながら散っていった。けど皆携帯で動画撮ってやがる。そんなに人が死ぬところが見たいの?まったくどいつもこいつもイカレてんね。
邪魔に感じた俺は下からハラハラした顔で見上げるエンディミラ以外に向けて固有魔法の威圧を放ち、それで脅して野次馬共を退かしてやる。
そして地上から数メートルの所でバックルのブレーキが掛かり、ようやく俺達は落下を止めた。……と思ったらどうやら勢いと荷重に耐えきれなくなったらしくバキッという音と共にバックルは壊れ、俺は林檎を抱えたまま背中から地面に落ちた。最後の最後で締まらないなぁ……。
「きゃっ!」
「ま、マスター!?大丈夫ですか!?」
「おう、平気平気」
と、林檎を抱えたまま俺は手を振ってやる。そしてよいしょと林檎を立たせながら自分もエンディミラに手を借りつつ立ち上がった。だが林檎は俺にしがみついたまま顔を真っ赤にして「……先生の……ばかぁ……」と心臓バクバクですって顔をしている。まぁあの高さから落ちたらそうもなろうよね。
「さて林檎、落ちるのは簡単だけど怖いだろ?でも見てみろ、お前、あのマンションの上まで上がれるか?難しいだろ?……だからまずは横へ行こう。逃げたっていいんだ、下に落ちなきゃな」
落ちる時に俺にしがみついた時点でこの世に未練がある、生きていたいって思いは丸分かりなので今更聞くほどでもない。だから生きている今、お前は何をしたいんだ?林檎。
「取り敢えず、今お前はどこ行きたい?」
「……何か、食べたいな」
「おういいぞ。食べるってのは生きることだ」
俺も生きるために喰らったからな。沢山食いすぎて、身体はもう人間のそれとは違っちまってるけどね。
───────────────
夜のラーメンのなんと背徳的なことか。でもあんまりやるとリサやシアに怒られちゃうからね、程々に。
と、俺はエンディミラと林檎を連れて白金のラーメン屋に入った。ラーメン屋と言っても屋台みたいなもんだったけどな。
今日日怪我人すらいない自殺未遂を警察はろくに調べやしないから直ぐに包囲からは抜けられたよ。
そして最後にやることが1つ。
「林檎、さっきお前の家の玄関蹴ってた女、あれ知ってるか?」
「キラキラローンの吉良とか言う人でしょ。借金取り」
あそこで驚かなかった時点で林檎はアイツを知っていそうな雰囲気だったから聞いてみたけど当たりだったか。向こうは知らないっぽかったから多分居留守してたんだろうな。
「へぇ。……お、これか」
そして携帯でキラキラローンと調べれば電話番号は直ぐに見つかった。しかも仕事用のものなのか知らんが080で始まるってことは携帯電話だ。せっかく家庭訪問に来たんだ。ちゃんと最後までお話聞かせてもらうぜ、林檎パパよ。
と、俺は直ぐにそこに電話を掛けた。そして3コール程で出たそいつに
「夕方に広尾のマンションですれ違った者なんだけど、アンタがあそこの奴に貸してる金、回収できるよ」
と伝える。するとそいつは「今品川だけど直ぐに引き返す」と言って電話を切った。林檎には隠れて羅針盤でさっきの奴の居場所を探れば確かに品川の方からこっちに戻ってきているな。
そして広尾のマンション前で合流した俺達は林檎に連れられて部屋に向かう道すがらにブリーフィングをしておく。そして、9階にある林檎達の部屋の鍵を林檎に開けてもらい、ドカドカと中に上がり込む。
そして相も変わらずにPC画面と睨めっこしている林檎の父親に俺は強引に武偵手帳を突き付け───
「武偵だ。債務不履行による財産差し押さえの強制執行に来た。エンディミラ、そのパソコンのスペックを吉良に見せてやれ」
「はい、マスター」
と、エンディミラは青ざめる林檎の父親を無視してキーボードを掴み上げて操作を始めた。エンディミラはパソコンに強いからな。さっき見た時にそれなり以上に高価なものだということも分かっていたらしい。
そして吉良は吉良でそのタワーPCと言うらしいパソコンを撫で回しながら何やらスペックが良さそうということをゴチャゴチャ言っていた。まぁとにかく借金はチャラになりそうなんでそれは良かったよ。
「さて、株式とか外貨を全部日本円にするならその間だけは待ってやる。但し、それ以外の操作を1つでもしたって見なしたらエンディミラがお前のそのパソコン?……ワークステーション?を全部その場で初期化する」
と、俺が脅せば事ここに至って林檎の父親は諦めたように脂汗をダラダラ流しつつ売り注文っぽいことをし始めた。
「ちなみに態と遅くしてるって判断しても初期化だからな」
サッカーなら1度目の遅延行為は警告のイエローカードで済むけど残念なことに俺は武偵で吉良はヤミ金らしいんでね。半端にイエローカードなんて出さずに即座にレッドカードで1発退場だぜ。
そして、しばらくして林檎の父親は作業を終えた。どうやら手元にはほとんど金は残らないらしいが、依存症から人を救うには依存の対象を断つしかない。株式によるギャンブル依存症ならこういうパソコンを奪っちまうのが第1歩なのだ。
「手元に残ったカネはもう2度と賭け事には使わないように。『頬張れば息が詰まる』───強欲を戒めるエルフの諺です」
と言いつつエンディミラが手際よくデータやらシステムやらを消去し始めた。すると、飲んで寝てて今のドタバタで起きたのか、あのアホっぽい女が寝室から出てきた。
「何してんだよおめーら」
と、ドアに立て掛けてあったショットガンを手に取ろうとしたのでそれは俺がシグを向けて制する。
「武偵でも登録の難しい散弾銃を、どう見ても素人のお前が持ってるの……違法か合法なのか、取り調べてやろうか?言っとくが、武偵には準逮捕権があるからな。今それに触って現行犯にならん方が身の為だぞ?……あぁあと、明磊は破産した。明日からはカタギの仕事をする───だよな?」
と、最後は林檎の父親に言ってやれば彼もコクコクと頷いた。それを見た女は目を丸くしつつ
「マジ?サクセスは?」
なんてアホなことを聞いてくるので
「シャンプーは流すもんだ」
と、俺もそれはそれは適当に返してやった。だがそれが良かったのかどうかは知らんが女も「じゃあ帰る」とか言って散弾銃置いてさっさと身支度して出ていったよ。
んで、その間に初期化の終わったらしい何とかってパソコンを吉良がニコニコしながら持って帰ったので───
「さてさて、ようやく本題。……じゃあ始めましょうか、家庭訪問」
と、俺は今日の本題にようやく取り掛かれるのであった。
俺がテーブルにつけばエンディミラは隣に姿勢良く座り、俺の向かいには林檎のパパが、その隣……エンディミラに向かい合うようにして林檎が座る。
林檎は林檎で俺に飛び降りの話をされるんじゃないかと思っているのか少しビクついているから、目で言わないよと伝えてやる。
「アンタ……只者じゃないな。林檎は教師っていう人種と相性が悪いと思ってたんだが……」
「俺が何者かなんてどうでも良いでしょう?それより、林檎さんは頭が良い。学校は上目黒中でなくてもいい……普通にマトモな学校に通わせてやってください」
間違っても武偵中や武偵高になんて寄越さないでくださいよ?この子、下手に適正ありそうだし。
「この子の頭ならどっかから奨学金も取れそうですし。……あぁけど、貰うんならちゃんとしたところから貰えよ?俺の知り合いにイタリアの武器商人から金借りて、挙句に生命保険掛けられて殺されそうになった奴がいましてね……」
そういやキンジは今どうしているんだろうか。同じ便で日本に帰ってきてからこっち、全く連絡取り合っていないんだよな。多分死んじゃいないと思うけど。
「私も林檎には教えたいことがあります。……おいで」
と、エンディミラはエンディミラで林檎を連れて洗面所の方へ行ってしまった。俺と林檎パパを男2人で残して……。
「今更ですけど、何でアンタ、デイトレーダーなんか始めたんです?」
と、俺は俺でどうせ男2人なら色々話しやすいだろうと気になっていたことを尋ねる。すると、どうやらこの人は元々は会社員として働いていて、林檎の成績が良いんで私立中学に通わせたはいいんだが、そこで金に少し困り、銀行からの紹介で投資を始めてそれが上手く行き……投資家にジョブチェンジして、そしてリーマンショックで失敗したんだとか。
そんな話を聞いて俺は俺で返す言葉もなく……沈黙がこの場を支配していた。だが少しすると───
「戻りました、マスター」
と、エンディミラの美声が沈黙を破り、そちらを見れば林檎が何やらエンディミラの後ろでモジモジしている。だがエンディミラに前に押し出され、もう借金取りも来ないんで電気で照らされた室内で、林檎の印象が少し変わっていた。
「髪切ったのか。前髪と……あとは整えた程度かな」
「はい。この子は前髪が長過ぎたり、少し手入れを怠っていましたので。この子に教えたかったのです。女は全員、正しく見繕えば美しくなれるのだと」
まぁ元々が可愛らしい顔立ちをしていた林檎だ。エンディミラが手入れをしたおかげでそれが余計に際立っている。
林檎も父親も、言葉を交わして笑いあっている。うん、もうこの2人は大丈夫だ。きっと上手くやれるよ。
エンディミラも親子が笑顔を交わしあっていることに満足したのか、その端正な顔を綻ばせている。じゃあ俺達はもうお暇しますかね。
と、俺とエンディミラは長い一日を終えて、明磊家を去り、また来るはずの明日に向かうため、家路を急ぐのであった。