セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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投稿抜けてた話があったのでこの前の日曜に入れておきました(95話の後だったと思います)


エンディミラ・ディー

 

 

車輌科へと向かう道すがら、エンディミラから竜の魔女・ラスプーチナとやらの話を聞いた。

 

まず、エンディミラのいた世界はエルフ以外にも色々な種族の奴らがいるらしい。そして、そいつらの多くが魔術なんてものを使うのだとか。

 

だが古の民とか呼ばれているそいつらは種族間での争いを避けるために、自分らが戦いに使う魔術を記した『魔の書』なる本をそれぞれ作成し、シャッフルする形でお互いに持ち合うようにしたらしい。

 

しかもどれが誰の手にあるか分からないから、もし戦いを仕掛けた場合に『自分らの手の内は知られていて相手は未知の技を使うかも』という状況に全員を置くことで一種の冷戦状況を作り出して近郊と秩序を保っていたのだ。

 

だがそこに現れたのがラスプーチナ。コイツはエルフだけでなく様々な種族の奴らを捕らえては高値であちこちに売り捌く魔女。しかも魔の書を奪っては力を付けてエンディミラの世界を荒らし回っていたらしい。そして魔の書にはそれを扱う相性があり、ラスプーチナと最も相性の良い魔の書に記されていた魔術が竜を呼び出し、あるいは還す魔術だと言う。

 

そもそもラスプーチナは竜のクォーターで、祖母が竜なんだとか。竜たってティオみたいな竜人族とかそんな感じなんだろうが。じゃなきゃどうやって交わるんだって話。まぁやってること考えたらアイツらほど高潔な奴じゃあないな。

 

と、俺はそんな話を聞きながらまるで大迷宮みたいなジオ品川の、その逆円錐形の斜面をエンディミラとテテティ、レテティを連れて降りていった。そして、メモで指定された『極東家紡有限公司』と書かれていることが辛うじて分かる廃工場へと足を踏み入れた。

 

森林のド真ん中かのように視界の悪い廃工場を奥へと進んでいくと、途中で開けた場所に出た。どうやらここは中国資本の寝具メーカーの工場だったらしいが、縫製の工作台は売っぱらったらしい。

 

そして、そこで俺の気配感知の固有魔法が工場の更に奥のそのまた先、隣のビルの上15メートルほどの位置に何者かの気配を捉えた。

 

「来てやったぞ、ラスプーチナ」

 

俺が向こうに聞こえるように呼び掛けてやれば金髪頭の側面に枝分かれして後ろに伸びた角とケツの辺りから尻尾を生やし、ビキニアーマーって言うらしい露出過多な格好をした女が腰掛けていた。

 

「───アンタが神代天人か。実物を見るのは初めてだけど。……へぇ、お供の女も連れずにノコノコと来たんだね」

 

どうやらコイツは俺が聖痕を持っていること、そしてそれが今ここでは使えないこと、ユエ達が高い戦闘能力を持っていることを把握しているらしい。

 

「竜の魔女……ラスプーチナ!」

 

エンディミラが憎々しげにやつの名前を叫ぶ。

 

「で、態々俺がいるのにエンディミラを呼んだってことは、ボコられるのがお前の趣味なの?」

 

悪いけど女をタコ殴りにして悦に浸る趣味はないんだよね、こっちには。戦うなら容赦はしないけど手早くやらせてもらうよ。

 

「まさか、エンディミラを呼び出したら神代天人も付いてくるって話だったが、アタシは生まれて20年、可能な限り時間は無駄にせずに金を稼いできた。アンタとも良い取引ができると思ってるよ」

 

「あぁ?……お前がエルフや色んな種族の奴らを売り飛ばしてんのは知ってる。で、その口ぶりだと俺からエンディミラを買おうって話か?」

 

そしてコイツは俺から買ったエンディミラの転売益を得るということなのだろう。……ていうか

 

「おい()()。お前はどっちなんだよ」

 

この場に来ているのは俺達だけじゃあない。猿田もここにいるというのが俺の気配感知が捉えた事実。そして俺の言葉で俺に気付かれたことを察したらしい猿田がその姿を現した。

 

「本当に化け物みたいな奴だなお前は」

 

ただしその姿は中川のまま。結局今この場にあってもコイツの変形の方法は見えないままだな。

 

「で、小島と明磊をどうするつもりだったんだ、アンタ」

 

俺は威圧の固有魔法を猿田に軽くぶつけながら詰問する。この問いの答えによってはコイツも俺の敵になるのだ。

 

「別に。ただ俺がお前の名前を騙ってメールで誘った別々の映画館に置いておくつもりだっただけだよ。念の為、気付かれないようにだが警護も付けてある。リボンとカチューシャも、お前が欲しがっていると言ったら直ぐにくれたよ。お前に頼まれたからな。2年4組をよろしくって」

 

猿田は流石は公安の人間だな。俺の威圧には動じずに淡々とそう答えた。そして、どうやらあのドローンを俺に寄こしたのはコイツで確定のようだ。

 

「で、コチラさんとの関係は?」

 

俺がラスプーチナを親指で指せば猿田はふむと1つ頷き

 

「コイツは俺の武装検事への昇進の足掛かりだ。俺の上は代々……明治時代からずっとコイツを狙っていたらしいからな」

 

どうにもさっきのラスプーチナの発言と矛盾するところもあるが、取り敢えずコイツは俺の敵にはならなさそうだ。

 

「あっそ。じゃあ取り敢えずあそこのおねーさんはテテティへの傷害容疑で逮捕だ」

 

と、俺が改めてラスプーチナの方へ振り向けばアイツはアイツで嵌められたことで悔しげに顔を歪めている。どうやら猿田は俺達をエサにラスプーチナを、小島と明磊をエサに俺達をここに呼び出して鉢合わせにしたようだ。まったく、頭が回るようで何よりだよ。

 

「───罪深き者達に、慈悲深き死を」

 

しかし切り替えの早い方らしいラスプーチナはふと悔しげな顔を収め、ロシア正教の古い十字の画き方で十字を切りつつ背中に隠していた革装丁の辞書みたいな本をロシア語で読み上げた。すると、それを見たエンディミラは息を飲み、らしくない慌て方で

 

「ラスプーチナ!止すのだ!この地域では魔法が色金粒子に阻まれる恐れがある!小さな術ならともかくそのような大きな術を失錯したら……取り返しが───」

 

「情報が古いぜ耳長ウサギ。今日本は色金の空白地帯なんだ。世界中から魔女が引っ越しているところさ」

 

あれ、いつの間にやら日本はそんなことになっていたのね。気付いたら魔女だらけとか。まぁ俺の周りは前からそんな感じか。

 

そして、何やら周りにいくつかの魂が現れた。気配感知にもその存在は引っかかっている。どうやら何か……恐らく見えない竜でも召喚したんだろう。

 

「お逃げくださいマスター!!いくらマスターでも───」

 

「まぁ落ち着けエンディミラ」

 

と、俺は慌てるエンディミラの頭に手を置き一旦口を閉じさせる。

 

「そうだぞ耳長ウサギ。さて神代天人、ここで死ぬか、それともその耳長ウサギを10万ドルで売るか……どっちを取る?」

 

「ここまで来て金くれるたぁお優しいねぇ。けど10万ドル……800万円か……馬鹿じゃねぇの?」

 

俺は引っ込めていた威圧を今度はラスプーチナ目掛けてぶつける。危うく魔王覇気を使ってしまわないように気を付けながら、言葉を続けていく。

 

「エンディミラも、テテティもレテティも金になんて替えられるわきゃねぇだろうが。人の女に手ぇ出そうとした挙句に勝手に値付けしやがってよぉ……。手前はこの場で潰す」

 

「粋がるなよ、神代天人。お前は今何匹もの見えない竜に囲まれてんだぜ?リアリストになりな。お前がここでそこの耳長ウサギとタヌキ2匹をこっちに渡せば金はやるしもうお前らには関わらねぇ。それでいいだろ?……人は金の奴隷。今の世の中じゃ誰も彼も人生を1日幾らで切り売りしてんだ。人生は金で売り買いされるモノなんだよ」

 

「モノじゃねぇよ。人の人生はモノじゃねぇ。そんな簡単に金で売り買い出来るわけねぇだろ。……いいか猿田、手錠はお前に掛けさせてやるから手ぇ出すな」

 

俺は宝物庫から電磁加速式拳銃を取り出す。そしてその銃口を虚空に向け、引き金を引く。

 

───ドパァッ!

 

と、何かを吐き出すような発砲音を置き去りにして超音速の弾丸が何も無いはずの空間に消え、そして何かの血肉が吹き飛んだ。

 

「なっ───!」

 

そしてそれを見てこの場の全員が息を飲む。悪いけど姿を隠すだけの能力じゃ俺には見えてるのと変わらないんだよね。確かに皮膚は硬いみたいで、トータス製の弾丸が向こう側まで貫通しなかった。強度だけならオルクス大迷宮の魔物に勝るとも劣らない。光学的にも完全に消えてはいるから、そこだけ見たら深層───それも50階層以降クラスの力はあると思って良さげだけど、所詮その程度だ。

 

「エンディミラ、見せてやるよ。俺ぁこんな雑魚共が何匹集まっても問題ねぇ。……それよりお前、コイツに森焼かれたんだろ?今でも復讐してやりたいか?」

 

俺の振り向きながら問いかけにエンディミラは1つ頷く。

 

「え、えぇ……今でも復讐心はあります」

 

「分かった。ならその復讐、叶えさせてやる。ま、俺の前じゃ殺させてはやれねぇけどな」

 

と、俺は再び拳銃を構えて引き金を引く。さっきからドタバタと足音を立てて俺に向かってきている気配があるのだ。恐らくあの竜は目が見えない代わりに耳が良く、音に反応して敵を食い殺しにくるのだ。だから俺はそれに合わせて引き金を引くだけでいい。

 

そうすればほら、発砲音を置き去りにした弾丸が屍を積み上げていく。

 

「ラスプーチナ。お前、俺がこの程度の雑魚でどうにかなると本気で思ってたんなら、この商売向いてねぇから辞めな。……ま、どうせ暫くは牢屋の中だからさ、転職先はゆっくり考えなよ」

 

俺が感じた気配の全てを撃ち砕くと、ちょうどそのタイミングで俺の背後から空間魔法による扉の開く気配。さっき念話で連絡したからユエ達だろうと振り向けば、やはりユエとシアとティオがそれぞれ持っている鍵で俺の元へと来たようだ。ちなみにこれは空間のみを渡れる簡単なもので、扉を開くための対になるアーティファクトの方は俺がさっき適当に後ろに転がしておいたのだ。

 

「……あれ?」

 

「おう。ま、雑魚だよ」

 

と、ユエにそう答えればユエは「ふぅん」とあまり興味が無さそうだ。ていうか、来たはいいが誰も彼もラスプーチナに興味無さそう。

 

「───アンゲルスキ・クルク」

 

ユエ達の到着を見て、表情から余裕の消えたラスプーチナが魔の書の別のページを開いて何やら唱える。すると俺とエンディミラ、テテティ、レテティとユエ達との間に炎の壁が現れた。どうやらユエ達が現れた扉は俺後ろの方で転がっている珠を起点に現れたことは見抜かれたらしい。そして、これなら空間跳躍の扉は現れないだろうという判断か。

 

確かにこれなら普通は分断された形にはなる。ま、俺に炎は効かないしユエ達も来ようと思えばこっちに来れるけどね。

 

「あぁ……あぁ……火が……」

 

だが俺達には何の効果も無くてもエンディミラには効果絶大のようだ。きっと森を焼かれたエンディミラにとっては炎はトラウマなんだ。そして、ラスプーチナもそれを分かっていて敢えてこの魔術を選んだのだろう。けど───

 

「なん……だって……」

 

──氷焔之皇──

 

俺を魔王たらしめる究極能力のその権能によって、魔術で生み出された炎は銀氷(ダイヤモンドダスト)と散る。……大した補給にはならないな、これじゃあユエに緋槍の1発でも撃ってもらった方がまだマシだぜ。

 

「エンディミラ、顔上げてみな」

 

俺は足が竦んで立てなくなっていたエンディミラに視線を合わせてしゃがみこみ、その顎を指先で持ち上げてやる。

 

「あ、マスター……これは……」

 

そして、ついさっきまで自分を囲んでいた炎の壁が消えて周りには銀氷が舞っていることに気付いたエンディミラは、それをなしたのが俺だと直ぐに理解した。

 

「エンディミラ、お前は何も怖がらなくていい。邪魔なものは全部俺が掻き消してやる。だからお前は、お前のやりたいようにやっていい」

 

俺がエンディミラの頬と、そしてエンディミラ両手で抱えていたトランクを指先で撫でればエンディミラははっと顔を上げて俺を見る。

 

「お前の故郷を焼き払い、テテティとレテティから言葉を奪ったアイツらに復讐するんだろ?……それを、俺に見せてくれ」

 

「マスター……でも、私はあの女が怖いのです……憎いのに……復讐してやりたいと思っているのに……震えが……」

 

「大丈夫だ、エンディミラ。もしエンディミラの手が震えるというのなら俺が抑えてやる。足が震える、腰が抜けるって言うなら俺が支えてやる。エンディミラは誰の下でも誰の奴隷でもない、エンディミラはエンディミラなんだ。心のままに戦え。大丈夫だ、俺がエンディミラを守るよ」

 

呼蕩を使いながら俺はエンディミラの蒼い瞳を見据えながら言葉を囁いていく。すると、テテティとレテティもトテトテとエンディミラに駆け寄り、その手に自分達の手を重ねた。言葉はなくてもそれでお互いの思いは伝わったようだ。エンディミラは小さくこくりと頷くとトランクの鍵に手をかけた。

 

「マスター、これは精霊の許しなく我私のために用いることは禁じられています」

 

「あぁ、もしそれでお前が怒られそうになったら俺が言い返してやる。何かされそうになったら俺が守ってやる」

 

「───っ!……これがエルフが最も得意とする武器です」

 

と、エンディミラは俺の言葉に頬を赤く染めながらもトランクを開けた。その中身に俺は少しだけ驚いた。

 

──コンパウンドボウ──

 

現代科学がアホみたいな性能を与えた科学の弓。グラスファイバーとカーボンの複合素材のリムは大きく反り、持ち手はマグネシウム合金。上下の滑車がそれ無しの弓の2倍から3倍の威力で矢を撃ち出せるのだと武偵高で教わった。

 

弓矢に限った話で言えば、多分俺がトータスの素材だけで錬成するよりもこういった地球素材の科学技術の方が性能は高いだろう。単純な剛性だけならトータス素材の方が強いが、あれはあまり()()()が出ないからな。

 

「な……っ!弓……っ!?」

 

すると、ラスプーチナは俺に不可視の竜を瞬殺された時よりも驚いた顔をしてエンディミラを見ている。

 

しかしラスプーチナはまだ手を残しているようで、奴の周りに金色の粒子が舞い始めた。氷焔之皇で探ればそれは転移の魔法のようだ。確かに、あの炎の壁を俺がどうやって消したのか分からないのならその手を使うだろう。だけど、俺の前じゃそれは愚策にもならねぇんだよ。

 

「なっ───!?」

 

その粒子も、俺の氷焔之皇の前ではただ銀氷と散るのみ。どんな超能力だろうが魔術だろうが、俺にとっては大した障害じゃあなあ。

 

「大丈夫だエンディミラ、俺がいる」

 

と、弓に矢を番えたエンディミラを俺は後ろから包むようにして支える。弓を支える白い手に自分それを重ね、エンディミラの腰を背中側から抱く。そして、エンディミラの右手の指が矢のケツから離され───

 

───ヒュン!

 

と、小さな風切り音と共に矢は放たれた。そしてその矢を躱そうとするラスプーチナを追うように風がコースを微調整する。これはきっとエンディミラの魔術だ。

 

そして──ビシッッッ!!──と音を立てて矢はラスプーチナに突き刺さった。アイツが抱えていた魔の書を貫き、左肩と左胸の間辺りに。

 

「……っ!……お前……魔の書を───」

 

「また書けばいい。お前のいない場所で」

 

痛みよりも驚愕に目を見開いたラスプーチナに、残心を解いたエンディミラは弓を下げながらそう言い残した。

 

「……ラスプーチナ、お前を障害の現行犯で逮捕する」

 

攻め手も逃げ手も俺に封じられ、頼みの綱の魔の書すらもエンディミラに射られたラスプーチナはそれでも抵抗の色が瞳の中で燃えていた。だが猿田に手錠を嵌められ、引き摺られて行く姿に俺は何の感情も覚えなかった。

 

「マスター、私はサルタに少し話があります」

 

「……分かった」

 

エンディミラがそう言うので俺はエンディミラを見送り、ジオ品川に立ち尽す。何せ今の戦いを見ていたユエ達から非常に冷たい視線を頂戴しているのだからな。

 

「あのぉ……」

 

「「「はぁ……」」」

 

そして振り返れば、綺麗に揃った溜息を3つ、ご馳走になるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

あれからテテティとレテティは少しだけ声が出せるようになった。と言っても、まだ会話は無理だけど。ただ、笑う時だけは少しだけ声を出して笑えるようになったのだ。おかげでミュウとはもっとよく遊ぶようになっていた。エンディミラは何やら猿田から魔の書の一部を貰ったようでそれを読み込んでは何かをメモしていた。

 

そんな数日を過ごしたある日、俺はリサやエンディミラ、キンジと共に遠山武偵事務所で中空知達と話し合いの場を持ち、その帰り───

 

「マスター、少し、寄り道したい所があるのですが」

 

エンディミラがそんなことを言うので俺は大人しく後ろを着いて行く。どうやら2人で話がしたいと言うのでリサは先に帰らせた。エンディミラはアメリカから一緒に日本に帰ってきた時に見た台場のパレットタウン大観覧車に乗りたいとのこと。

 

「初めてこの町に来た時から乗ってみたいと思ってました」

 

「おう」

 

本当はテテティとレテティも一緒に乗せてやりたいとのことだったので、俺は念話でユエと連絡を取りつつ物陰に入って越境鍵でテテティとレテティをこっちに連れて来る。そして4人揃ってこの、1周16分もかかる、日本3位の大きさの観覧車に乗った。

 

「マスター。あの日から、長い間私達を養ってくれて、ありがとうございました」

 

俺の向かいの席で左右にテテティとレテティを座らせたエンディミラが、その美しい笑顔に少なくない切なさを交えてそんなことを言ったきた。

 

「……なんだよ、急に」

 

それは、とても怖いことが起きているかのようだった。まるで、もうすぐ別れの時が来るかのような……。

 

「私達はマスターの言うところのNに属し、ネモ様の部下として働いていましたが、それは表向きのこと。本来の仕事は、知ることでした」

 

まるで、俺達にこれまで隠していたことを吐き出して全てを終わりにしようとするかのような予感がエンディミラから漂ってくる。だから俺は、その先を言わせたくなかった。けれど、エンディミラの瞳に決意の色が見えてしまい、躊躇った俺はタイミングを逸したのだった。

 

「マスターにも話した通り、私達はこの世界とは別の世界で生きていました。そして、そこではヒトの信じる概念上の神々とは異なる、別の神々と交流しています」

 

それはまるで、トータスのような世界。

 

「その神々はモリアーティ教授とある交渉を行った末に、私をここへの密使として送ったのです」

 

待ってくれ、俺のそんな言葉は俺の喉を出ることはなかった。話について行けないのではない。ついて行けるからこそ、この先が分かってしまったから。だから言わせたくないのだ。だがエンディミラの言葉は止まらない。Nに協力していた理由、俺達の元に下った理由、そして、この先とはつまり───

 

陽位相跳躍(フェルミオンリーブ)視界外瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)時空のトンネル(トリ・レ・トロ)を通る魔法の、その更に高位の魔法を用いて還ります」

 

エンディミラが元の世界に帰ること。

 

「……猿田に仲介をさせて、この国の高名な魔術師と遣り取りをしました」

 

俺の耳にはエンディミラの言葉が届いていたはずだ。ラスプーチナの残した魔の書に記されていた世界を渡る方法。エンディミラの知識とその高名な魔術師の力があればエンディミラは自分の生まれた世界に還れるということ。

 

そして、その期限は今夜までだということ……。

 

「……直ぐに戻って来られるのか?」

 

答えなんて分かっていた。エンディミラが態々改まってこういう場を設けたということは

 

「いいえ。その可能性は低いでしょう。トリ・レ・トロによる跳躍を行うと時間も跳躍します。一瞬の差しか生じない時もあれば、長い時間が距離と共に飛ぶ場合もあります。今回はジオ品川でラスプーチナが使った、数日しか跳ばないものを使えますが───」

 

「その方法しかないのか?……世界を跳ぶだけなら俺だって出来る。そんな魔術師だかの力を使わなくても、俺ならお前の世界にお前を還してやれる。時間だって跳ばない。だから───」

 

だから神々とやらにこっちの話をし終えたら直ぐに戻ってこいと、そう言おうとした俺の唇を、エンディミラがその白く細い人差し指で制した。

 

「それは無理です、マスター。きっと私達の神々はそれを許してはくれない」

 

「そんなこと……っ!そんなもん、俺がどうにかしてやるよ。だから……」

 

だから行くな、行くにしても報告したら直ぐに帰ってこいと、俺はエンディミラの手を握り、そう願った。

 

「マスター……。それは、どうしてですか?」

 

俺の手の中から自分の手を引き取ったエンディミラが、その蒼い瞳で俺を見据える。

 

「約束通り、私を働かせたいからですか?」

 

「違う!」

 

思わず出た俺の声に、エンディミラとテテティ、レテティがビクリと身体を震わせた。

 

「ごめん……。でも、俺ぁお前を働かせたくて引き留めてるんじゃない。ただ、俺はお前と居たいんだ、エンディミラ。お前と、テテティ、レテティも一緒に。リサやユエ達と、皆で居たいんだよ」

 

「すみません、今のは失礼な発言でした……」

 

「いや、いい……」

 

分かってる。今自分がエンディミラにどんな感情を抱いているのかなんて。言われなくても、あの夜、俺達2人だけの公園でエンディミラに()()られた時から、教職なんて柄じゃないことやっている時に、俺の拙い授業をしっかりと支えてくれたエンディミラ、遅くに帰ったのに次の日の朝も早くに起きて弁当まで作ってくれていたこと……そんな、あの日よりも過去の出来事すら愛おしく思えたあの夜。

 

「……マスター」

 

その声は、俺のことを諭すかのような声色で、その中にどんな感情が込められているのか、俺は想像するのも怖い。そして、自分がこれ程エンディミラに()()()()いることを痛いほど自覚させられた。

 

「ありがとうございます。私が、どれほどその言葉を待ちわびたか……」

 

「エンディミラが俺のこと好きだと言ってくれるなら、俺ぁ時間も世界も越えてやる、神々だろうと何だろうとお前を連れ戻すのを邪魔する奴ぁ叩き潰す。だから帰ってこい、エンディミラ」

 

半分を過ぎて、下り始めた大観覧車の中で俺はエンディミラを抱き寄せる。俺の腕の中に収まったエンディミラは俺の服の胸元を握りながら

 

「そんなことを言われたら、期待してしまいますよ?」

 

と、上目遣いでコチラを見上げてくるのであった。だから俺は……

 

「あぁ、期待してていい。絶対に迎えに行くよ」

 

ただ微笑んでそう返すのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

既に地上には猿田とあと伏見とか言う緋袴を穿いたキツネ耳の女が待っていた。なんか語尾に"コン"とか付けてるけどキツネはコンとは鳴かないでしょ……。

 

で、そんなこと変な奴らに俺達は窓から外が見えないようにフィルムを貼られ、運転席側もマジックミラーで見えないようにされたリムジンに乗せられた挙句携帯の電源も切らされた。で、そんな物々しい車内で伏見からは、その後を考えて俺とエンディミラはなるべくギリギリまで一緒にいてほしいこと、そして俺は服を着替えてほしいと言われた。

 

「軍服……?」

 

そして、俺が渡されたのは海軍の軍服だった。そう、海軍。海自ではなく大日本帝国海軍───旧日本海軍の軍服。白い詰襟に金ボタンの第二種軍装だ。

 

俺が疑問符を隠そうともせずに顔を上げると───

 

「おい……」

 

俺の正面に座っていた伏見が何の躊躇いもなく巫女服を脱ぎ始め真っ赤なランジェリーがお見えになられた。しかも「死にたくなきゃ着替えろコン」とのこと。軍服着ないと死ぬ状況って何……?

 

で、伏見も海軍の軍服──納得いかないことに俺より位が高いやつ──に着替え始めたのでまぁ別にいいかと俺も渡された真っ白な詰襟に袖を通した。

 

あとテテティとレテティも渡された紺色の襟のセーラー服───二等水兵の軍服に着替えている。なんでリムジンの後部座席でお着替えショーが始まっているんだろうか……。だが何故かエンディミラは着替えない。まぁ、エンディミラは帰るつもりだから別にいいのかもしれんけど。

 

 

 

───────────────

 

 

 

あの後車で地下に降り、辿り着いたのはだだ広くて何も無いコンクリート打ちっぱなしの空間。それも規模からして公にされていない国の施設だろう。そして海軍コスをしていなかった猿田は途中で離脱し、伏見に連れられてやって来た部屋。そこにはなんとキンジや星伽白雪、あとこれは星伽の妹なのだろうか、星伽に似た少し幼い女の子。確か前に京都にある星伽の要塞みたいな神社で見た気がする。それに加えて玉藻と、あと姿こそ見当たらないけど、理子にアリア、レキの気配もするな。

 

それだけじゃない、これも海軍コスに身を包んだ不知火や士官の服を着た男女が数名と少将の服を着たヨボヨボの爺さんまでもがいた。……ていうか、大人達の顔には何人か見覚えがあるな。テレビかなんかで見た気がするんだけど、どうにも芸能人って面じゃねぇんだよな。

 

「神代君、見聞きしたことを口外しないのならば、エンディミラ君の希望で君は次の部屋まで行って良いとのことだ。……だが、その次の部屋には行ってはならない」

 

「先週行った検疫の結果ですが、エンディミラ氏のインフルエンザ、麻疹、風疹、結核その他感染症の検査結果は全て陰性でした」

 

「では経路が補足出来ている間に。……あと15分です」

 

と、ほぼ何にも説明がないままに大人達は何やら話を進めていく。

 

「ここの言語で私が最も理解している……フランス語ですが、仮説のメモはここに」

 

と、エンディミラはポケットからメモ帳を取り出してテーブルに置いた。

 

「テテティとレテティはここに残します。……マスター」

 

「分かってる。2人は俺達が預かるよ」

 

この場でエンディミラを迎えに行く予定の話はしない方が良さそうだ。何せここにいる全員、エンディミラを無事に向こうに送り届けることに全力って感じだからな。普通に扉開いて世界を渡れますなんて、言わない方が良い空気なのだ。

 

そして俺達は、1枚の扉を潜った。

 

 

 

───────────────

 

 

 

さっきの会議室のような部屋から扉をくぐり入った小部屋はレトロな喫茶店みたいな雰囲気の部屋だった。小さなテーブルに水の入ったガラスの水差しとグラスが置かれ、部屋の奥には深い茶色をした木製の扉がある。きっとあれがこっちとあっちを繋ぐ部屋に続いているのだろう。全く大仰なことだ。俺なら魔力さえあればどこでも扉を開いて世界を渡れるのに。

 

扉を閉め、2人きりになった室内で俺とエンディミラは見つめ合い、笑いあった。壁には『蒼穹』というタイトルの抜けるような青空を描いた油彩画が掛かっていて、それは奇しくもカナダ大使館に掛けられていた絵とよく似ていた。

 

「この無菌水は私が頼んだものです。……水は、幾つにも分かれて幾つでも繋がるもの」

 

「……あぁ、だから直ぐに迎えに行く。俺達はずっと繋がっているんだから」

 

エンディミラが1口、見惚れる程に美しい所作で水を飲み、俺も残りを飲み干した。

 

「そのアーティファクトはまだ持ってろ」

 

と、俺はエンディミラが外そうとした、耳を人の認識から逸らすアーティファクトを指差した。どうせ直ぐにこっちに戻ってくるのだから、外す必要はないと。

 

「マスター……」

 

だがエンディミラは、それをまだ信じられないような顔で俺を見る。

 

「大丈夫だ。絶対に直ぐ迎えに行く」

 

そう言って俺はエンディミラを抱きしめる。そして、俺を魔王たらしめる権能──氷焔之皇──をエンディミラに掛ける。もっとも、これから超能力だか魔術だかで世界を跳ぶエンディミラの邪魔にならないように、超常の力の凍結と燃焼は発動させないでおく。

 

それでも何かの術が自分に掛けられたのを感じたエンディミラが俺を見上げる。

 

「マスター、これは……」

 

「俺がお前を守るって約束だよ、エンディミラ」

 

「本当に、本当に期待しても良いのですか?」

 

どうやらエンディミラからすれば、好きに時間も空間も越え、神すらも凌駕するつもりだという俺の力は中々信じられるものではないらしい。

 

「あぁ。エンディミラ、俺ぁお前が欲しい。だから神だろうと何だろうと、他の誰かには渡さねぇ」

 

だから俺はエンディミラに誓う。絶対に迎えに行くと。時間も空間も神すらも凌駕して、俺はお前の元へと辿り着き、あの家へと連れて帰るんだと。

 

「分かりました。マスターのその言葉、信じます」

 

それから、と、エンディミラが言葉を続けた。

 

「これは言うなと言われていましたが、1人行けば1人来ます。どうか、お気を付けて」

 

小声でエンディミラが俺にそんなことを告げてきた。なるほどな、エンディミラがこの方法の帰還に拘ったのはそういう訳もあったのか。

 

「密使を送ったのは私達だけではありません。こちらの世界からもまた、あちらに密使を送っていたのです」

 

そして、日本としてもどうせならその密使には帰ってきて貰いたかったという訳なんだな。 何にせよ不便極まりないな、ここのやり方は。

 

「あと1分です」

 

と、扉の向こうから女の声が聞こえてくる。

 

「……エンディミラ」

 

俺はエンディミラの頬に右手を当てる。

 

「マスター……」

 

そして、エンディミラも俺の頬にその白い両手で触れ、そのまま自分の顔を近付けてきた。

 

「んっ……」

 

そして俺達の距離はゼロになる。柔らかなエンディミラの唇が俺のそれに触れ、直ぐに離れた。俺はそれを追うようにして自分からもエンディミラに口付けを落とす。

 

「では、また」

 

そしてエンディミラは小部屋の奥の扉を開いた。

 

「あぁ。……そうだな、3日後には逢いに行くよ」

 

俺のそんな言葉にエンディミラは上品に微笑み、そして扉を閉じた。コツコツ……と、足音が遠ざかり、その扉の隙間から大きく明るい光が漏れ出た。しかしそれもやがて止む。どうやらエンディミラは自分の生まれた世界へと還っていったようだ。

 

だがそれだけでは終わらない。今度は扉の向こうからこちらへ近付くようにコツコツと足音が響いてきたのだ。体重は近いっぽいけどエンディミラじゃないね。足音が違うし、何より俺の気配感知に掛かるそれは全くの別人を示している。ただ、どうやら俺がトータスから帰ってきてから会ったことのある人物じゃあなさそうだけど。

 

1人行けば1人来る、だったか。さてさて、帰ってきた密使とやらは一体誰なんだろうね。

 

と、俺は無言で扉を見つめ続けた。そして、扉は開き、中から1人の女が現れた。背丈は俺より低いが女にしてはかなり高い。大日本帝国海軍の第二種軍装を着ている。肩章は中佐。俺より上じゃん。エンディミラも20歳前後っぽい見た目だったけどコイツもそんくらいかな。胸はとても大きくて、軍装の金ボタンが弾け飛びそうになっている。

 

ただボケッと眺めていた俺の前で蘭豹よりも鋭い目付きで室内を見渡したそいつは───

 

「───今は皇紀何年か」

 

ギロリ、なんて音が聞こえてきそうな程に鋭い目で俺を睨む。

 

「即位紀元、皇暦である。何故即答できぬ。貴様、米英のスパイか?」

 

そんな昔の暦知らねぇよと思う俺を置いて、目の前の女が俺を親の敵かのように強く睨んだ。て言うかこの目、人を殺す覚悟も殺される覚悟もある奴の目付きだ。なるほど、着ている軍服は俺みたいな嘘っぱちのコスプレじゃないってわけね。

 

「貴様、何者だ?何故自分と同じ白衣の軍装───栄えある死に装束を纏うか!」

 

滅茶苦茶に気が短いなコイツ。なんかもう既に腰から軍刀引き抜きやがったぞ。

 

「神代天人。この軍装はここに来るにはこれを着ろと言われたから着ているだけで俺ぁ軍人じゃない。気を悪くしたなら直ぐに脱ぐよ」

 

あのキツネ野郎、何が占いでこれが出ただよ。絶対失敗だったじゃねぇか。これなら普通に和服でもモンペでも着てりゃあ良かったのに。下手に軍装なんてさせるから余計に相手の神経逆撫でしてんぞ。

 

「貴様ァ!栄えある死に装束を愚弄するつもりか!?」

 

あぁ……でもこれ、俺の言葉も間違えたっぽいですね。でも最初から軍装させなきゃこんなことにならなかったんでやっぱ伏見が全部悪い。

 

と、軍刀をマジで構えた目の前の女に対して俺も、戦闘準備とばかりに腰を落としながらそんなことを思うのであった。

 

 

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