「自分は横須賀鎮守府・
堂々と、そのデカい胸を張って俺にそう名乗ったその女は自分を遠山と言う。遠山……そういやどことなく雰囲気が遠山金一に似ているな。キンジとも少し似てる。キンジからはちゃんと女の姉の存在は聞いたことはないけど、親類なのだろうか。
「貴様、軍人ではないと言っていたな?ならば貴様は何だ。……ただの若造ではないだろう。目を見れば分かる。その目は人を殺してきた者の目だ」
あーらら、そんなことまで分かるのこの人。その鋭く刺すような視線は伊達じゃないってことなのね。そういや思い出したけど、エンディミラはこのやり方だと時間も跳ぶとか言ってたな。もしかしてこの人、昔日本軍が送って回収できなかった密使か?だとしたら大遅刻だぜ。何せ今の日本は戦争をしていないどころか軍自体が無くなってんだからな。
「……誰でもいいでしょう?少なくとも、ここは日本で、俺ぁアンタに危害を加えるつもりも、日本軍の機密を聞き出す気も無い。それより、向こうの部屋でアンタを待ってるっぽい人達がいる。……案内するよ」
だからってここで喧嘩しても何にもならないので俺は穏便に済まそうとする。……のだが───
「貴様、銃を持っているな?寄越せ」
と、俺に軍刀──サーベルっぽい見た目をしているけど実際は日本刀だ──を突きつけたまま左手を突き出してそんな要求をぶつけてきた。
「ヤダよ、これは俺ん装備だ。……別にアンタを撃ったりしない。何なら俺が先導するよ」
面倒クセェなぁと思いつつまさかぶん殴って気絶させて引き摺るわけにもいかないよなぁと、平和的解決を夢見ていた俺はそう言っておく。
「ふん、ならば死体から奪い取るまで。……死ねぇ!」
えぇ……気ぃ短っ!?つーか、マジで日本刀の刃を俺の首目掛けて振り抜いてきたぞこの女。
と、俺は自分の首筋目掛けて振り抜かれた白刃を咄嗟にしゃがんで躱し、平和的解決を望んでいたが、こうなったら会話は無理だと俺は遠山雪花の足を蹴り折るつもりで伏臥姿勢から足を振り抜いた。だが雪花はそれを軽く跳んで躱すと俺の鎖骨目掛けて軍刀を振り下ろす。この野郎……俺の心臓を上から刺し貫く気だ……っ!
俺はそれを転がって避け、雪花の背後に回る。だが雪花は後ろ回し蹴りで俺を追撃。その蹴り足を掌で受け止めて足を掴む。そして脚を振り上げて雪花の右膝を蹴り折ろうとしたのだが、即座にその気配を察知したらしい雪花が軸足にしていた左脚1本で飛び上がり、空中で身体を捻って拘束から抜け出す。更に空中でも器用に軍刀を納刀した雪花はクラウチングスタートのような体勢から床を蹴り
───バンッッ!!
という音を立てて俺へと低い姿勢のタックルを仕掛けてくる。俺は突進してくる雪花の肩に手を置いて跳び箱を飛ぶようにしてそれを躱す。そしてすれ違ってお互いに背中合わせのような位置を取った俺達が振り向いたのは同時。
だが雪花は振り向き様に軍刀を居合切りのように振り抜いてくる。……コイツ、かなり強いぞ。
こうなったらもうスキルも固有魔法も解禁してやれと、俺はそれを右の手刀で受けて多重結界の強度でもって軍刀を叩き折る。そして素手で刃を受けてなお刀を叩き折ったことに衝撃を受けて雪花の動きが一瞬硬直した。その隙にそのまま右の掌底で雪花の顎を打ち抜く。さらにダメ押しとばかりに裏拳でもう一度逆側から顎を揺らす。
それでカクンと膝から崩れ落ちた雪花を受け止めると俺はようやく溜息を1つ。気配感知の固有魔法も、これでようやく雪花の意識が飛んだと知らせてきた。
「これ……スキルとか魔法無かったら殺されてたかもなぁ」
と、思わず1人ゴチて、俺は雪花を背中に背負った。背に当たる雪花の豊満な身体を意識しないようにしながら、俺は大勢の人間が待つ会議室へと繋がる扉を開いたのだった。
───────────────
あれから俺は雪花を大人達や、何故か居たキンジ達に押し付けたところで、猿田の運転する車で台場まで帰された。猿田からはマジックミラー越しに、"他言無用"とか"これ以上の詮索はするな"とか、色々言われたけど、俺がその気になればさっきの場所がどこにあるのか探れるしひとっ飛びなのよね……。なんてことは言わずに「ハイハイ」と大人しく頷いておいた。運転席と後部座席の間の仕切りはマジックミラーになってたから顔色は伺えなかったけど、どうせ胡乱気な顔をしていたんだろうな。
まぁ、俺としては遠山雪花が何者であるかも、ましてやあの場所そのものにも大した興味は無い。態々あんな準備を整えないと世界の1つも渡れないアイツらとは違って、コチラにはそれなりの道具があるのだ。
なのでエンディミラを迎えに行くのは問題無い。関東圏じゃ俺の聖痕は塞がれてて、多分異世界へ行くには魔力が足りない──魔素も変質者のスキルでトータスの魔力と統合すれば魔力の都合はできないでもないけどあまりに効率が悪い──からまだ地球で聖痕が使える地域に1回飛んでからにはなっちまうけどな。
そして、夜中遅くに戻った俺は翌朝、皆に今の状況を説明しておく。と言っても、俺がエンディミラをどう思っていたかなんてのは、全員分かっていたようだし、ミュウもエンディミラには懐いていた。それにテテティとレテティとも友達になっているから、もしまた一緒に暮らせるのなら大歓迎とのことだった。
そして、俺はあの別れの日から3日後、羅針盤に魔力を注いで座標を特定。そして越境鍵で扉を開く。そこで久々に感じる魔力の消費。この世界の中だけなら地球の裏側に扉を開いたってこんなにも魔力を持っていかれることはない。確かに魔力消費は大きい。向こうに行った直後に戦闘になる可能性を考えればやはり聖痕の使える場所から飛ぶのは正解だとは思う。けれどもそこまでだ。俺の魔力を一気に持っていかれる程ではないのだ。トータスから香織達の世界へと繋ぐ扉を開いた時みたいなべらぼうな距離は感じない。ここと向こうはどうやらかなり近い位置に存在しているらしいな。
だが魔力消費が少ないに越したことはない。そして、今はそんなことは些事でしかない。俺は開いたのだから、時間も世界も越えてエンディミラの元へと繋がる扉を。
けれど、俺はそれに何か感慨を抱くでもなく、ただ自分が惚れた女の元へと1歩踏み出すのだった。
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「へぇ……」
扉を閉じた俺は思わず呟いた。まさかいきなり目の前に現れられてもエンディミラも驚くだろうからと、俺はエンディミラから1キロほど南方に扉を開いたのだった。そして俺が足を踏み入れた異世界で最初に見た光景は、深い森の風景だったのだ。
ただ、自生している植物には全く見覚えがない。この感覚は、リムルのいた世界に飛ばされた時以来か。あの時も地球に生えている木々とよく似た木が生えていたが、確かにあれも俺達の世界の木とは違っていたのをよく覚えている。
ま、今となっちゃそれもただ懐かしいだけで意味は無い。俺は再び羅針盤を取り出すと、そこに魔力を注ぎながら望む場所を探し出す。俺が探す座標はただ1箇所、エンディミラのいる場所だ。
そして、それも直ぐに分かる。やはり同じ世界にいれば座標の特定に消費する魔力量はそれ程でもないな。聖痕とも繋がっているし、ここなら魔力やら魔素のリソースの制限に苦労する必要は無さそうだな。
「……ここ、トータスともまた違う感じがする」
森の中を少し歩いてそんな感想を漏らしたのはユエだった。俺もそれに頷く。
「似てはいるんですけどねぇ」
と、ボヤくのはシアだ。
「そう不穏な気配がしないのは僥倖と言ってよいかもなのじゃ」
周りを見渡し、そう言葉を発したのはティオ。ジャンヌは無言で辺りを見渡しながら俺の左手側を歩いている。
エンディミラの迎えには俺達5人が行くことになった。と言うか、ミュウも行きたがったのだが流石に治安も分からない……どころか俺達の世界の日本よりも怪しそうで、どちらかと言えばトータス寄りの異世界に、下見もなくミュウを連れて行くのは気が引けたのだ。なので「直ぐに帰るから」とお留守番してもらっている。
テテティとレテティには行くかと聞いたのだが、あの子達は首を横に振った。どうやらこっちで待っていたいらしい。まぁアイツらも向こうじゃそんなに良い目に遭ってないから戻りたくないのかもな。
「……天人、車では行かないの?」
と、どうやら行動開始数分で徒歩移動が面倒臭くなったらしいユエが俺の袖をクイクイと引っ張りながらそんなことを言い出した。
「ここであんなもん出したら悪目立ちするだろ」
あと森の中だからそこかしこで木の根が盛り上がっていて足場も悪い。いくら異世界製の上こっちに戻ってきてからも本物のサスペンションと見比べながら作り直した魔力動力車と言えどガタガタして乗り心地は最悪だろう。こういう時は素直に歩くのが1番だ。
「むぅ……」
そんなことを俺を見上げるユエに言ってやれば、ユエは頬を膨らませている。……そんなに歩くの嫌?
「……天人」
「はいはい……」
ユエの言いたいことは分かったので俺は大人しくその場に腰を下ろした。するとユエが俺の背中に飛び乗りその細いふくらはぎを俺の腰に回し、腕を俺の肩から前に掛けてきた。俺はユエの太ももの下で後ろ手に腕を組んでユエの身体を支えながら立ち上がった。
「……んー」
と、ユエが嬉しそうに喉を鳴らしつつ俺の頬に自分の柔らかいほっぺを擦り寄せて来た。甘えたがりの猫かな?いや、猫飼ったことないからイメージだけど。
「ユエさん……」
「ユエ……」
「まったく……」
しかし俺に背負われたユエを見てシア達は皆呆れ顔。ただ俺としては懐かしのオルクス大迷宮でもこんな感じだったからかあんまり気にしていない。言われてみれば、最近エンディミラに掛かりきりでユエのことあんまり構えていなかったからな。
しかしユエをおぶさって再び歩き出した俺の右腕にシアが、左腕にジャンヌが自分の腕を絡めてくる。珍しく出遅れたティオが所在無さげに両手を上げ下げしながら着いてきているのをユエが「ふふっ」と笑い、それを見て膨れっ面になったティオがいきなり俺の背中……というかユエに突撃するもんだから歩き辛いのなんの。別に重くはないけど、人を2人も背負うのは俺の体格だと中々難しいのだ。特にティオは背ぇ高いし。
けれどこんな風に歩くのも久しぶりで、それが俺にはどうにも楽しくて、文句なんて出ようはずもなく、羅針盤の導きに従って俺はただエンディミラの元へと歩みを進めるのだった。
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森の中を歩く俺達はずっと視線を感じていた。どうにも木々の上から誰かがずっとこっちを見ているようなのだ。この辺はエルフの縄張りなのだろう。エルフって種族は木の上で暮らしているってエンディミラも言ってたからな。
「どうする?」
と、同じ気配を感じていたらしいジャンヌが俺を見上げながら聞いてくる。
「ほっとけ。別に何かしようって感じもしないし。エルフには基本女しかいないって聞いたから、多分男の俺が珍しいんだろ」
「女しかいなくて子供は産まれるのか?」
「あぁ、なんか1番頭の良い奴が男に変わるらしい。んで、その男がたくさんの女のエルフを囲うんだとよ」
と、俺はエンディミラから聞いたエルフの繁殖方法を話した。それを聞いたジャンヌは「ふむ」と頷いて一瞬頭上を見渡した。だがそれで何かを言うでもなくまた視線を前に戻した。
「ユエ、どうだ?」
と、両手の塞がっている俺は、羅針盤を持っているユエに今俺達がどの辺なのか聞いてみる。
「……んっ、もうすぐみたい」
すると羅針盤に魔力を注いでエンディミラの位置を特定したユエからそんな答えが返ってきた。
そして、それから俺達はまた10分程歩き……
「……ここ」
と、俺達はハルツィナ樹海の大迷宮にもなっていた大樹のような大きな木……太い綱に
「これはまた……」
「太いな」
「樹海の大樹みたいですぅ……」
と、それぞれがこの大樹を見ての感想を漏らした。視界の悪い森の中、途中からは少し霧も立ち込めてきていたから俺達からは急に目の前に大樹が現れたようにも感じたのだ。
「……この上にエンディミラがいる」
そしてフワリと、俺達はユエの重力魔法によって身体を浮き上がらせた。垂れ下がる蔦はきっと、エルフにとってはこの木を上に登る唯一の手段なのだろうが、それをマルっと無視して10数メートルも重力魔法によって登った俺達の目の前に現れたのは、太い……それこそそこらの木の幹くらいはありそうな木の枝の上に建てられた神社のような建築物だった。そしてその社の中からは確かにエンディミラの気配がした。
「行こう」
ただ、その更に奥からはエンディミラのようなエルフ達やユエやシア、ティオのような奴らとも違った、掛け値無しで人ならざるものの気配がする。この気配は、どちらかと言えばエリア51で感じた瑠瑠神や璃璃神のような奴らの気配に近い。
そんな尋常とは違う気配に俺の警戒心が上がる。それを感じたのか、ユエ達もみんな1つスイッチが切り替わったような顔になる。
スルりとユエが俺の背中から降り、シアとジャンヌも俺の腕から身体を離す。それを合図に俺は社の、その閉じられた扉に手を触れた。
「エン───」
『誰ですか?』
俺がエンディミラの名前を呼ぼうとしたその瞬間、中から女の声がした。だがそれはエンディミラの声ではない。と言うか、生き物の喉から出した声とは思えなかった。例えて言うならそう、念話や思念伝達での会話のように、脳みそに直接響いてくるかのような声。言語理解が無理矢理に俺に音を言葉にしてくれたが、そんな技能が無くても、俺はきっとこの音を言葉として意味を把握しただろうと思えるような気持ち悪さ。何せ日本語どころか、きっとこれは俺達の世界中のどこを探しても使われていない言語。コイツらはコイツらで独自の言語体系を確立しているのだ。
「神代天人だ。エンディミラ・ディーを迎えに来た」
俺は手短に要件を伝える。言語理解のおかげでこいつらの言葉もすんなりと俺の口から出ていった。
『入りなさい』
頭の中に直接入り込んでくる言語に眉を顰めながら俺は目の前の扉を左右に開けた。すると、そこには俺達の世界で購入した洋服を着たエンディミラがいて、その奥の1段高い座にはなにやら簾のようなものが掛かって向こうが見えないようになっていた。そして、さっきからずっと感じている人ならざるものの気配はそこからプンプンと漂ってきているのだ。
「マスター!?」
「おう、約束通り迎えに来たよ」
やはり、本当に来れるとは思っていなかったらしいエンディミラは驚愕を隠せていなかった。だがその顔には喜色というよりも、俺を心配する色が強く浮かんでいた。
『話には聞き及んでいます、神代天人。世界の境界を越え、時間の不可逆性にすら朔逆するその力。かの竜の魔女・ラスプーチナすらも一蹴したそうですね』
「アンタも、アイツ程度なら余裕でボコれるって雰囲気してるぜ」
俺は後ろ手に回した右手でユエ達に"セントウニソナエヨ"とサインを送っておく。コイツ、持ってる雰囲気が尋常じゃない。エヒト程じゃあないが、それでも魔国連邦ですら通用しそうな存在強度を感じるぜ。
『私はそれほど争いを好みません。また、人の営みには興味こそあれ干渉する気も無い』
「あっそ。俺もする必要の無い喧嘩してる程暇じゃあないからな。……帰ろう、エンディミラ。テテティ達も待ってる」
俺がこの部屋に足を踏み入れてからこっち、ずっと片膝着いていたエンディミラに手を差し出す。エンディミラはそれを見て簾の向こうと俺の顔を交互に見て、ユエ達にも視線を巡らせ、そしてまた簾の向こうを見やった。
「あの……私……」
「いいか?」
と、オロオロと向こうとこっちで視線を行ったり来たりさせているエンディミラに代わり、俺がそう告げる。
『数十年前、こちらに来て私達に戦争をしろと言ってきた人間の女がいた。そいつはどうした?』
すると、簾の向こうからそんな言葉が返ってきた。だが俺はそんな奴のことは知らないしこっちと向こうとで戦争になった記憶も歴史も無い。それは表に限った話ではなく、イ・ウーにいた頃にも聞いたことはない。つまり世界の裏側でも、そんな話はなかったはずだ。
「誰のことだ……?俺ぁそんな奴は知らないしこっちの世界と俺達の世界で戦争になったなんて話、聞いたこともねぇよ」
『こちらとそちらを渡る時には時間の流れを跳躍することがある。ならばそいつはそうなったということだろう。では改めて聞く。お前は私達と争いたいか?』
「……もし戦いになったら容赦も手加減もしねぇ。俺達に害をなすなら叩き潰す。……けど、だからって態々喧嘩したいとも思わないよ。それだけ」
そう、それだけ。もしコイツらが俺達の世界を侵略でもするつもりなら俺はこの場でコイツらを叩き潰してやっても構わない。けれど争う気が無いのならこっちだって態々戦う気は無い。これはそれだけの話だ。
『そうか。……ではもう1つ』
「んー?」
『コチラに住む者達を無理矢理にそちらに移動させるつもりはあるか?』
なんじゃそりゃ。そんなことしたらただの人攫いじゃねぇか。
「ねぇよ。エンディミラとは元々約束してただけだ、絶対に迎えに行ってやるってな。今日はそれを果たしに来ただけ。それ以外の奴らがどうとかはないよ」
モリアーティはこっちに来て何やら話をして帰ったらしいし、こいつの質問はそれについての話だろう。ネモ達はこっちと向こうとの扉を開いてエンディミラ達のような人間とは少し違う奴らを地球に連れ込んでそういう奴らが当たり前に暮らす世界を作ろうとしているらしいし。
『分かった。もう充分報告は受けたし、そこのエンディミラ・ディーは連れていくといい。それを私は止めることはない』
「……だとよ、エンディミラ」
思いの外交渉は緩く纏まった。ま、話が早くて助かるよ。態々こんな奴と喧嘩なんてしてらんないし。するとしたら多分俺はコイツを滅ぼす他なくなる。手加減なんてしている余裕はなさそうだ。
「あぁ……ありがとうございます」
と、エンディミラは簾の向こうに頭を下げ、そして振り向いて俺の手を取った。
「マスターも、約束を果たしてくださり、ありがとうございます」
「おう」
と、俺はそれだけ返してエンディミラの手を引き、立ち上がらせる。そして俺達はそのまま踵を返し、この間から立ち去る。
『その子を、幸せにしなさい』
そして、去り際に掛けられたそんな声に俺は空いていた右手を挙げて応えるのであった。
───────────────
向こうから帰ってきて数日が経過した。ちなみにあの遠山雪花だが、何やら最近は理子と一緒に動画配信をやっているらしく、ジャンヌに態々金を払ってまで動画編集をさせているらしい。
俺達もユーチューブに上げられた動画を見たけど、美人な雪花がガチで本物の軍服を来て軍国主義的な内容をよく通る声で堂々と喋るもんだから再生回数はうなぎ登りだし人気も高い。
旧日本軍マニアの間じゃ即刻あの軍服が形だけそれっぽく真似たイミテーションなんかじゃなくてかなり精巧に作られた物──まぁ実際は本当にあの時代の服なんだけど──だとバレて、それが更に雪花の人気に火を付けているらしい。
それとこれも後からジャンヌから聞いた話。あのラスプーチナの奴、実はロシアで賞金首だったらしい。まぁ俺としては目先の金よりも武装検事共に恩を売っておくほうが都合が良い気がするのでこっちは割と諦めがついた。だが今は目下そんなことよりも面倒な事態に陥っていた。それは───
「なんだよ、バスカービルが揃いも揃って」
俺の目の前にはアリア、理子、星伽、キンジが立っていた。それも、ハイマキも使って人払いを済ませた上で、だ。ということはレキもどっかでスコープを覗いているのだろうな。確かにここは人通りが元々少ないから人払いもしやすいのだろうが、態々俺とエンディミラ2人だけのタイミングを狙ってお話って雰囲気でもないけどね。
「アンタ、ラスプーチナを逮捕したそうね」
「んー?ま、手錠は武検の奴に掛けさせたけどな」
「勿体ないわね。アイツを武偵庁に引き渡せば相当の稼ぎになったはずよ」
「俺としちゃあ目の前の金より武検に恩を売る方が得なんだよ」
出来れば俺達のことを放っておいてくれると助かるからな。向こうだけ聖痕使えるとかズル過ぎだろ。しかも"再生"なんていう攻略不可の能力なんて2度と相手にしたくねぇ。
「あっそ。……それより、その女、エンディミラっていうらしいけど、向こうに帰ったんじゃないの?」
つい、とアリアがエンディミラを睨む。ちなみに星伽は俺よりもエンディミラをずっと睨んでいる。
「帰ったよ、1回はね。だから迎えに行ったんだよ」
エンディミラがここにいる理由は俺が迎えに行った、ただそれだけ。何も特別なことじゃあない。
「お前らも、俺が別の世界に飛ばされて、そっから帰ってきたことは知ってんだろ」
「そうね。それと、アンタが
「まさか別の世界に簡単に渡れるとは思わなかったって?」
そういやコイツらには越境鍵のことは細かく話していなかったっけか。
「……で、何の用なのよ。お前らが雁首揃えてまさかこれが本題なわけないだろ?」
「……そうね。単刀直入に言うわ。天人、アンタ、モリアーティ教授を逮捕しなさい」
あぁ、ついにこの話がきたか。アニエスじゃ協力する必要があったしまず目の前の問題があったからこの話をアリアから出すことはなかったけど、もうそんな気遣いをする必要は無いもんな。
「これはあたしの勘だけど、ネモって子はこの世界にとって良くないことを起こすわ。そうなる前にNは潰さなきゃならないの」
アリアのその言葉に、俺の後ろに控えていたエンディミラがピクりと反応したのが伝わってきた。エンディミラにとってネモは自分を拾ってくれた恩人であり、利用していたとは言え、仲の良い上司と部下の関係でもあったのだ。外からこんな風に言われたらそりゃあ内心穏やかではいられないだろうよ。
「悪いけどお断りだ。……俺にとっちゃNはまだ利用価値があるんでね。ま、アイツらが俺の目の前で犯罪を犯すなら逮捕する。その方針は変わらねぇからよ」
俺は交渉決裂という雰囲気を出しつつこの場を去ろうとする。夕暮れの台場にはもうすぐ夜の帳が降りてくる。
「駄目よ。それじゃ間に合わないの」
と、アリアは食い下がる。
「天人、アリアの勘は当たるんだ。だから───」
キンジも、アリアに同調するように1歩前へ歩み出た。その顔には、何故だか俺を心配するような色が浮かんでいた。
「───だから?この世界にとって良くないこと?そりゃあそうだ。アイツらはこの世界を変えようとしてるんだぜ?今のこの世界にとって良くないことなのは、当たり前だろ。……で、お前らは今のこの世界が本当に良いものだと思ってんのか?」
俺にとってこの世界は俺のいるべき世界。だけど、どうにもこの世界も少なからず歪んでいる。ならば俺は世界ごと大きく変革してしまいたいのだ。そして、ネモ曰く、どうやら俺はその資格を持ってしまったらしいからな。あの時の言葉が本当か嘘かは知らないけど、駄目なら駄目で俺が途中で放り出されるだけなのだ。そして、その程度であれば俺は直ぐに越境鍵で帰れるから障害にはなり得ない。
「アンタ……」
アリアが俺をギッと睨む。星伽なんかは今にも俺に斬りかからんばかりの鋭い目を向けてきている。
「なぁ、もういいだろ?……別に、俺ぁお前らを邪魔する気も無いよ。……それに、俺もモリアーティ教授ってのは気に入らねぇ。アイツの目的がどこにあるのか知らねぇけど、もしそれが俺にとっても都合が悪りぃならそん時ゃとっ捕まえるのも吝かじゃあない」
だからこの話はここで終わりだと、俺はエンディミラを連れて家路へ帰ろうとする。俺とエンディミラは今日はただ家の物で足りない物を買ってきただけなのだ。ユエ達はたまたま仕事で外に出ていて、俺とエンディミラだけが手空きだったからな。
まさかレジの店員の目の前で宝物庫に仕舞うわけにもいかずに手に持っていたビニール袋を掲げてキンジの脇を通り抜ける。何か邪魔でもするのかと思いきや、特に何があるわけでもなくそこは通れた。ハイマキがいるのにレキの姿が見えないから、この辺で狙撃でもされるかもと頭に金剛を張っていたのだが拍子抜けしてしまった。
「───待ちなさい」
だが、銃弾の代わりにアリアのアニメ声が後ろから飛んできた。俺が億劫そうに振り返れば
「あたし達の邪魔をしないって言うなら、ジャンヌを貸しなさいよ。島根の
そう言うアリアに俺は無言で片手を挙げる。好きにしろよ、と、言葉に出すのも面倒だったのだ。
そして俺は背中にアリア達の視線を受けながら家路へと歩き出していく。そう言えば、普段あれだけお喋りな理子が一言も喋っていなかったなぁということだけが頭に残っていた。