原宿の竹下通りから1本奥に通りを入った先の雑居ビル、その2階に店舗を構えるここは、所謂ロリータ・ファッションを中心に扱う店だった。価格帯はこのジャンルの服としては比較的リーズナブル。学生やロリータ初心者がよく訪れる店であり、だからこそここに務める店員の誰もが、例えバイトの身であろうとも、ロリータ・ファッションに対して人一倍の熱意と知識量を持ち合わせていた。
今日、平日の夕方の時間帯にシフトを入れていたバイトの彼女もまた、ロリータ・ファッションに対する想いは熱いものがある。
今日は店長と2人でのシフトだった。とは言えこの時間帯であれば、元々メインカルチャーというわけではないジャンルを扱う店においてはそれほど忙しいというわけでもない。
今も店内には客はおらず、静かな時間がゆっくりと店内を流れていた。しかし、やがてその静寂が破られる。店のドアが開かれたのだ。
カランという鈴の音に彼女が振り向けば、その瞳を大きく見開くことになった。
(うっそ……)
言葉には出さなかったが心からの驚きと
店内に入ってきたのは2人の少女。1人は日本人の成人女性と比較しても背の高い──165センチ前後だろうか──少女。
店内の照明に薄く照らされた銀髪は輝くように美しく、後ろでポニーテールに括られた髪が見せるうなじは男女問わず目線を引き込む。
真面目そうに前を見据えた両の瞳はアイスブルーに輝き、雪のように白い肌は彼女のルーツが日本ではないことを殊更に強調している。何よりも、高身長と言うだけでなく、冗談のように長い股下と、髪色と同じように輝くような美しい顔はこの店の店員の間で伝説的に語られている
今、その銀髪の美しい客が着ている赤いセーラー服はお台場にある東京武偵高校の女子制服であり、それはとりもなおさず彼女が暴力の世界に身を置いているというのが、あの服の与える印象だった。そして、繊細な商品を扱っているこの店からすれば、そのようなイメージのある人間の来店はあまり好ましいものではない……筈だった。
けれどもこの店に務めている人間であれば全員が知っている事実。その見目麗しい武偵の少女は商品を───ロリータ・ファッションを乱雑に扱うことはないし、何よりもその見た目と所作の美しさから彼女に見惚れる人間が多数だった。
今この店を訪れた──そしてこの店の誰も彼女の名前を知る由もないが──ジャンヌ・ダルク30世はこの店の常連だった。もっとも、今彼女を営業スマイルで出迎えたバイトはこれまでのシフトの都合で初対面だったのだが。
そして、彼女は今日自分はとても幸運だと思っていた。それは、噂になっていた麗しの銀髪美少女と遂に対面できたことだけではない。
店員達の噂では、彼女は普段は常に1人で店を訪れる。──ただし1度だけ、青みがかった白髪の、これまた驚く程にスタイルの良い美少女と一緒に来店したことがあるらしい──
服は買ったり買わなかったり……と言っても来店すれば結構な頻度で購入していくからそれなりに武偵としての実入りは良いのだろうと想像されていた。いくらこの店がリーズナブルを売りにしていようとも、布の量や縫製に手間のかかるデザインもあって、どうしたってそれなりの値段になってしまうからだ。
だが、今日は噂と違って1人ではなかったのだ。これも店員達の噂だったが、彼女はこれまで片思いの相手がいたのだが、最近その恋が成就したというのだ。もっとも、どれも本人の口から直接聞いたわけではないから嘘か本当かは分からない。
ただ、
「ここだ、ユエ」
「……んっ」
(ユエ……貴女ユエって言うのね……)
麗しの銀髪美少女と対面した感動のままに同行者を見た彼女はそこでまた思考が止まる。何故なら、ジャンヌの隣にいた女性もまた彼女の人生でこれまで見たことがない程に美しかったからだ。
神の被造物かの如く完璧に作られたビスクドール、そう見紛う程の美貌。それを想起させるのは隣にいるジャンヌのアイスブルーの瞳と対を成すような紅色の瞳。
その輝きに思わず目を逸らしそうになるジャンヌの瞳とは逆に、1度目を合わせたらそのまま引きずり込まれそうな引力すら感じる。
彼女の湛えるこの世のどんな糸よりも美しく見える深い金色の長い髪は店の照明よりも明るく輝いていた。そして、その黄金に輝く頭の上に乗せられているのは黒い色の大きなリボンのカチューシャ。普通そんなものを着けていても、幼子であればともかく高校生では痛々しいとすら思われかねないファッションであったが、それを強引に似合わせているユエの持つ美しき貌の前では全てが脇役となり
どちらか1人であっても街中ですれ違えば老若男女問わず振り向くであろう2人が今日ここに来るまでに誰からも声を掛けられなかった理由は彼女達の着ている東京武偵高校の赤いセーラー服の印象の悪さ故だった。そうでなければ若者の街原宿の、それも竹下通りを彼女達がただ人混みを縫う程度の苦労で抜けられるはずがなかった。
もっとも、彼女達の持つ戦闘能力であればそこらのナンパ程度は音も無く悶絶して地面を這い蹲ることになるのだが……。
(こんな……綺麗な子が2人も……)
背が高くモデルすら裸足で逃げ出しかねないスタイルのジャンヌと、歳の割に一際小柄ながらその美貌で見る者の心を掻き乱すユエ。騎士然と育てられてきたジャンヌと、上に君臨することを求められ、またそれに当たり前のように応えてきたユエ。この2人が立ち並んでいる時に漂わせる独特の空気感に当てられたこの店のバイトは思わずジャンヌとユエに魅入ってしまい、欠かせないはずの来客への挨拶を忘れて放心していた。
「ようこそいらっしゃいませ」
「───っ!?」
ふと、その声に我に返る。後ろから聞こえてきた挨拶はこの店の店長の声。彼女はジャンヌを何度も見ていたからこそ、ユエという驚きの同行者があってなお、どうにか放心を免れていたのだった。
そして、ジャンヌとユエはその声にチラリと視線を向けるだけで直ぐに視線を店内に所狭しと展示されたロリータ・ファッションに戻した。
「どうだ?」
「……んっ、中々」
ジャンヌとユエは飾られた布量過多なドレスのような洋服を見渡してそう言葉を交わしていた。
「ユエのように愛らしければどれも似合うのだが……」
「……んっ、当たり前」
(何それズルい……)
何の臆面もなく隣の友人を褒めるジャンヌと、その賞賛を当たり前のように受け取るユエに、バイトの彼女は心を揺さぶられている。
「さて、まずは甘ロリはどうだろうか」
と、ジャンヌがまず向かったのは甘ロリを置いているエリア。淡い色の水玉や花柄のロリータ・ファッションが並んでおり、明るい雰囲気の空間だった。その中の1着をジャンヌは手に取り、ユエの身体の前に丁寧にかざした。
「……ふむ」
「……どう?」
「……うん。───試着室、良いだろうか?」
すると、遂にバイトの彼女がジャンヌから声を掛けられた。思わず「ひゃ、ひゃいっ!」と上擦ってしまう声に頬を染めながら彼女はユエを試着室へと案内した。
「着付けは私も手伝おう」
と、素人には中々着るのも一苦労のロリータ・ファッションであるからか、ジャンヌも一緒に試着室へと入っていった。本来なら店員が手伝うべきなのかもしれないが、彼女であれば品物をぞんざいに扱うこともないだろうと店員も何も言わずに試着室と店内を区切るカーテンを閉めた。
「……ユエ、お前───」
すると、ガサガサという衣擦れの音と共にジャンヌとユエの話し声がカーテン越しに漏れ聞こえてくる。
「……何?」
「意外とあるな」
「……どこ見てるの?」
(は、鼻血出そう)
上背は140センチほどに見えるユエだ。何がとは誰も言わないけれど、どうやら背の割にはそれなりのものをお持ちらしい。そして、それが分かるということは今のユエは少なくとも上には衣類を纏っていないということで、下着姿のユエをカーテン越しに幻視した彼女は思わず鼻を押さえていた。ちなみに妄想の中で纏っていたのは、肌が透けそうな程に薄く緻密な刺繍の施された黒。
そして、それっきり声こそ聞こえてこなかったが、衣擦れの音は続き、数分の後にようやくカーテンが開かれた。
「か、可愛……」
そして彼女の目に飛び込んできたのは白とピンクを基調とした薄いピンクのパステルカラーの甘ロリに身を包んだユエだった。パニエでふっくらとボリュームを出しているスカートから覗く
「 本来ならロリヰタにはそれに合わせた化粧があるのだがな。ユエはそうしなくても充分に愛らしい」
「……んっ」
相当の賛辞を送られている筈のユエは、けれどそんな言葉は当たり前とばかりに言葉を受け取っていた。ジャンヌも、ユエがそのように返すのは当たり前だと思っているようで、ともすれば言い合いの火種になりそうなユエの返事に何も思うところすらなさそうだった。
「……ジャンヌだって可愛い。こういう服も似合ってた」
「んっ───!?」
すると、急にユエがジャンヌを褒める。ユエとしては、実はジャンヌのような美人にあれだけ褒められて嬉しくないわけはなかったのだ。ただちょっとそれを表に出すのが恥ずかしかっただけ。素っ気無いように思える反応もそれが故だった。
だが、ジャンヌが自身のことを男っぽくて可愛らしさとは無縁だと思いがちということは知っていた。だからユエも先程までのお礼代わりにそのように口にしたのだ。勿論ユエとしてもジャンヌが美人な上に可愛らしい女の子だということは本心で思っていることだから、それを口にすることを躊躇うこともなかった。
人への好意は出来るうちにする、と言うのはユエとジャンヌが共に愛する男の信条だった。それがいつの間にやらユエにも移っていたのだった。
(死ぬ……ここにいると死んでしまう……)
2人のあまりの可愛らしさと美しさに殺されて自分は死ぬ。多分これが俗に言う"尊い"という感情なのだろうと、そんな裏の事情を一切知らない彼女はそう確信した。
「さて、次だが……。クラロリに行こうか」
クラロリ───エレガント・ロリータやクラシカル・ロリータと呼ばれるジャンルで、スカートの丈が他のロリータ・ファッションと比べると長く足首近くまである。また、他のロリータ・ファッションと比すれば落ち着いた印象で、大人の雰囲気を醸し出すロリータだ。
完璧に作られたビスクドールのような美貌を持つユエであればきっとこれも似合う……そう店員も確信していた。
「……んっ」
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「ふふふ……ようやく本命だ」
ジャンヌが妖しく笑みを浮かべた。
クラロリも随分と似合っていたユエだが、その後に黒ロリを着せていた。そしてそれも終え、敢えて最後に残していたゴスロリのエリアへと来ていたのだ。
「……んっ。これ?」
ゴスロリ───ゴシック・ロリータ、黒を基調としたどこか退廃的な雰囲気を纏うロリータ・ファッション。黒ロリとも混合されやすいが、色が黒なだけで可愛さを優先する黒ロリが持っていない退廃さがあるのがゴスロリの特徴だった。
「そうだ。どれも似合っていたが、これもきっと似合うぞ」
「……ふふっ。楽しみ」
(あぁ……笑顔も素敵……)
さっきまではジャンヌの褒め言葉も素っ気なく返していたのに、いつの間にか素直に受け取っているユエを見て店員は遂に昇天しそうな顔をしていた。それを知ってか知らずかユエは店員の方へ一瞥もくれることなくジャンヌと共に試着室へと入り、カーテンで区切った。
そしてやはり数分の後……
「とっっっってもお似合いですよ!」
カーテンを開けて試着室から出てきたユエへの店員の第一声がそれだった。
黒を基調としたデザイン。神秘さやダークな雰囲気を纏わせるファッションが、着替えに少し疲れてきたユエの気だるげな雰囲気と相まってより一層それを引き立てていた。
「ちょっと、そこへ座ってみてくれ」
ジャンヌが指し示したのは靴を履く時のために用意された低めの椅子だった。ユエはそこに黙って腰掛けるとふとジャンヌを見上げた。
(もやは存在が芸術では……?)
神が完璧に姿形を整えたかのようなユエの美しさと紅の瞳が放つ人を寄せつけぬ圧力。しかし髪は財宝のように輝き否が応でも人の目を惹く。
それらを包むのは黒を基調とした退廃的な雰囲気を醸すゴシック・ロリータ。深い黒がユエの元々持つ神秘的な雰囲気を際立たせ、1個の芸術作品としてその場に君臨していた。
「ふふっ。よく似合っているよ」
「……んっ、ありがと」
そうして微笑み合うジャンヌとユエの姿は、この世のどんな絵画よりも美しかったと、後に今日のシフトに入っていたバイトと店長は語っている。
そして、そんなに美しい光景を自分も見たいと、この店のバイトのシフトは争奪戦になってくのだが、それはまた別のお話。
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「……ふふっ、良い買い物をした」
両手に抱えた袋には黒を基調としたロリータ・ファッションが入っていた。あの後数着試着したユエは気に入ったゴシック・ロリータを1着購入したのだ。
「……天人は褒めてくれるかな」
一瞬、心配そうにユエが呟く。普段の天人は家族の誰かが新しい服を買ったり、店で試着した時も絶対に褒めてくれる。と言うか、何を着ても───それこそ学校の体育着やジャージですら思いっ切り褒めるので何の参考にもならない。おかげで本当に服を見たい時は家族の誰も、天人は連れて行かないことがあるくらいだった。
けれど、ユエはトータスにいる時もこれ程までに凝った服は着たことが無かった。何なら旅の中ではヒールのある靴も戦闘に支障が出るかもしれないからと天人からはあまり履かないように言われていたくらいだった。
ユエの個人的な服の趣味はロリータとまではいかなくても、ガーリー系の服が好みだったから、フリルやリボンがあしらわれた服も着ていて、それは天人も褒めてくれていたけど流石にこれはまた別の系統だろうと思ったのだ。
「天人がユエの服を褒めないことなんてないだろう」
と、ジャンヌは当たり前のようにそう言った。ユエには言っていないが、前に天人にジャンヌの趣味がバレた時も天人はジャンヌがそれを着ている姿を褒めてくれていたから、ユエのことも褒めないなんてことは有り得ないと確信していた。
「……それは、そうだけど」
ただ、ユエとしては初めてのロリータ・ファッション。それも、前にシアが着ていてそれを天人が褒めていたからという理由で自分も着たくなり、ジャンヌに店まで着いてきてもらっていたからか、自身の容姿にはそれなりに自覚的なユエにしては珍しい反応だった。
その不安は好きな人に自分のことを褒めてもらいたいという前向きな乙女心と、もし相手の好みと違ったらどうしようという後ろ向きな乙女心の両面が現れていて、そんなユエを見るのが初めてのジャンヌとしては随分と新鮮な気持ちにされられていた。もっとも、ユエがここまで気にするのはきっと、天人の周りにはそれだけ他にも魅力的な女性がいるとユエも考えているからなのだ。
ふとユエはジャンヌを見上げる。本の中から出てきたような美しい貌と自分と比べて20センチ以上も高い身長。脚も長く、しかもふくらはぎは細く、ももは太くはないのに健康的な肉付きの良さを感じさせる。有り体に言えばスタイルが良い。それもとんでもなく良い。胸も、それほど大きいわけではないが自分よりはある。しかも、あれだけの女の子がいれば天人の好みのタイプは分かってくるし、自分がその好みとはまた違うタイプだということも自覚していた。
とは言え、天人が女の子に対して見た目以上に性格が合うかどうかを強く求めることも知っていた。そして天人がジャンヌのことも好きというのは、言い換えればジャンヌも彼の心の隙間に入り込んでいるということだった。つまりは、ジャンヌだってユエの中の天人の周りにいる魅力的な女性の内の1人だったのだ。
自分もトータスでそのようにして彼の中に
自分の恋人が、自分の知らない顔を他の女の子に見せている。しかもそれは過去のことではなく、今と、この先もきっとそれはあるのだ。その道を選んだのはユエ自身とは言ったって、どうしたって不安になってしまう瞬間があるのは仕方のないことだった。
「大丈夫だユエ。天人は絶対にそれを着たユエのことを褒めてくれるし、天人がユエを愛さない時間は永遠に来ないさ」
ユエの不安を感じ取ったのか、ジャンヌはそう言葉をかけた。
「むしろ、私の方が不安だ……」
「……ジャンヌが?」
「あぁ。私はリサと違ってずっと天人といたわけでも、一緒に異世界を旅したわけでもない。トータスで戦ったわけでもないしな」
それは、ジャンヌが抱える不安。天人はイ・ウーではリサのために戦っていたし、武偵高で再開した後も天人はリサと共に異世界の旅をした。トータスではユエ達と大変な旅と戦いをしていたと聞いていたし、彼女達と天人の間には絶対に自分が割り込めない絆があると、ジャンヌもそう感じていたのだ。
「……私達、似た者同士?」
小首を傾げる仕草が愛らしい。小柄で可愛らしく、あまりにも女の子らしいユエに、ジャンヌは何度も嫉妬していた。自分に持っていないものを全て持っているかのようなユエ。トータスという世界から天人が帰ってきた直後、ユエ達のことを紹介されたジャンヌは大きなショックを受けていた。それをふと思い出していた。
「かもな」
そして、ふと目が合ったユエとジャンヌが笑い合う。日が落ちてきて夕焼けに染まる頃、金と銀の髪の美少女が2人、実はお互いがお互いに向ける感情には少しの共通点があったことを、今初めて知り合ったのだった。