セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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この新章で最終章になるはずの予定な気がしています。でも絶対じゃないです。


セカイの扉を開く者
氷の方舟


 

 

とある日、俺は巣鴨にあるキンジの実家に昼間っから呼び出されていた。なんでもラプンツェルとか言う奴が向こうの世界から帰ってきて、向こうの荒っぽい神様と協定を結んでこっちで戦争を起こそうとしているから止めるのを手伝え、ということらしい。

 

そういやそんな話をエンディミラのとこにいた神様だか精霊だかが言っていたなぁと思いつつキンジの実家に行けば、そこにはキンジと遠山雪花だけでなく、アリアやカツェ、あと極東戦役で見たドイツ人女(イヴェルタ)がいた。確か鬼や銀髪の弓使いが乗っていた船にいた奴だ。

 

「チッ……」

 

で、カツェは俺を見るなり舌打ち。イヴェルタも俺を嫌な奴を見るような目で見てくる。そんなに俺が嫌いなら呼ばなきゃいいのに。

 

「……お前ら、過去のことは一旦水に流せよ?」

 

どうどう、という風にキンジが間に入ってきた。それは向こうにだけ言ってくれ。俺は別にコイツらのこと何とも思ってないんだし。

 

「何でもいいけど、何をどうしろって話なんだよ」

 

今回のことに関しては大雑把にはキンジからメールで伝えられているのだが、細かいことは書かれておらず、俺自身もよく把握できていないのだった。

 

「その前にまず幾つか確認したい」

 

と、キンジが真面目な顔で座り直した。そしてアリアからも鋭い雰囲気が伝わってくる。

 

「んー?」

 

「白雪から聞いたんだが、世界ってのは異物を好まないとかで、なるべく排除したがるらしい。だけどお前やリサ、それにお前が別の世界から連れてきたって子達には何も無いよう思える。お前は聖痕の力で世界と繋がっているから何も無いんだろうって言っていたが、他の人達は別だろ?……白雪はそれを、何らかの強い力で守られているって感じていた。それは、何だ?」

 

へぇ、この世界にはそんなルールがあるのね。

 

「そのルールは知らねぇけど、守られてるってんなら、そりゃあ俺ん力だよ。俺ぁアイツら全員に加護を与えてる。勿論超常の力だ。けどその排除のルール、多分この世界だけの話だぞ。他ん世界じゃ、俺はともかくリサにも何も無かったからな」

 

俺は氷焔之皇の加護のことを素直に明かした。今更隠したってどうにもならんし、バレたところで何の対策も立てようがないからな。

 

そして、それはともかく、そんなルールがあるのなら、最初に飛ばされた世界でリサに何かあったはずだ。だが実際には何もなく数ヶ月の時が流れ、最後にはあの夏に俺が織斑千冬と篠ノ之束を殺害したことによりあの世界の運命が捻じ曲げられ、異分子である俺とリサは別の世界へと飛ばされた。

 

「世界には運命ってやつがあって、それはある程度の幅はあるらしいがおおよそ決まっている。んで、この世界の奴らにそれを変えるこたぁ出来ねぇ。それをできるのは別の世界から来た奴ら……もしくは俺らみたいな一旦この世界の理から外れた奴らだけらしい。だがそういう奴らが世界の運命を捻じ曲げた時にこそ、世界は異物を外へと弾き飛ばす。俺ぁそうやって幾つかの世界を回った」

 

それがあらゆる世界における共通のルール。だからキンジの言っていたことはきっとこの世界にしか当てはまらないものなのだ。

 

「待て、貴様はキンジの言ったことがこの世界に関してだけと言ったが、自分はレクテイアでも世界から排除されそうになった。これはどうする」

 

「レクテイア……?」

 

って何?という顔を俺がすれば、キンジとアリアは溜息。

 

「あんたがエンディミラって女を連れ帰ってきた世界がレクテイアって言うのよ。何で行ってきたくせに知らないのよ……」

 

と、アリアが呆れ顔をしながらも説明してくれる。

 

「あぁ?……あのなぁ、普通は世界に名前なんて要らねぇんだよ。だから向こうをレクテイアって呼ぶのはこっちの奴らの都合で、向こうにゃ関係ねぇんだ」

 

だからこっちの世界には名前は無い。何せこっちの奴らからすればこの世界に名前を付けて区別してやる必要はないんだからな。

 

「んで、そのレクテイア?だっけか。……あの世界はこっちとかなり近い位置にあるんだよ」

 

あの魔力消費の少なさからすれば、こっちとレクテイアはかなり近い位置に存在する世界だということ。もっとも、世界の文明が似ていれば近くに存在するというわけでもない。実際、こっちと香織のいる地球はかなり遠い位置にあるからな。

 

「こっちとレクテイアは別の世界として分岐したのは結構最近で、だから似たようなルールがあるんじゃねぇの?」

 

これは聖痕を持っているからこそ分かる感覚。世界の距離はそれぞれが独立した世界としていつ分岐したかによって変わってくる。もっとも、最近と言ってもそれは世界から見た基準で、人間の感覚で言えば気の遠くなるような時間だろうけど。

 

「……そうか、貴様は聖痕を持っているのだったな」

 

すると、キンジから俺のことはそれほど聞いていなかったらしい遠山雪花がこちらを横目で見やりながら聞いてくる。だがその意識は確実に彼女の腰の後ろ──恐らくそこに拳銃か何かを武装をしている──に向いていた。

 

「あぁ」

 

「待て雪花。聖痕ってやつは今の関東地方じゃ使えない。細かい理屈は知らんが聖痕を閉じる仕掛けがそこら中にしてあるらしいぞ」

 

「そ、なんでそんなにカリカリすんなよ」

 

と、キンジの言葉を拾って俺が両肩を竦めて見せれば、雪花は少しイラッとしたような顔をしたが、今はまだ抑える場だと思い直したのか直ぐに表情を収めた。

 

「なるほどな……」

 

そして、何やら意味深に呟き、俺を再び見やった。

 

「で、他に何かあるか?」

 

と、俺が話題を変える。

 

「あぁ。これが1番大事なことだが、天人、お前はレクテイアとこっちで戦争をやりたいって言っている奴がいたら止めるか?」

 

メールでもキンジから伝えられていたこと。俺は呼び出しには行くよとだけ返したから、これは確認なのだろう。

 

「止めるだろ。そりゃあ俺ん理想とは随分遠い話だからな。こっちから攻めるのも、向こうから攻めてくるのも、どっちも御免だね」

 

それは俺の理想とする世界からかけ離れる行為だ。そんなことをしたら余計にこっちの奴らとこっちの基準での霊長類の人間とは離れた奴らの距離がはなれてしまう。

 

「メールでも軽く触れたけど、レクテイアとこっちの戦争を目論んでいる奴がいる。俺達はそいつを逮捕したい。そして、お前なら協力すると踏んでいる」

 

「……へぇ。まぁそりゃあ半分正解だね。俺も向こうでこっちとレクテイアの間で戦いをしようと唆しているこっちの世界の奴の話ぃ聞いててな。多分同一人物だろ」

 

「半分……?」

 

「俺がお前らに協力するって部分。そういうの、俺が1人でやった方が早ぇ」

 

「索敵のアテはあるのか?」

 

と、雪花が俺を睨みつつそう聞いてくる。

 

「ある。それで場所も分かるしそこに行く手段もある」

 

羅針盤と越境鍵がある以上何も問題は無いのだ。俺はただ相手を強襲し、逮捕する。それだけ。そして戦闘になったとしても多重結界に氷焔之皇、金剛の固有魔法だけでなく、再生魔法と魂魄魔法を組み合わせた死者蘇生のアーティファクトがある以上コチラも何も支障はない。

 

「確かに、天人にそれがあるのは俺も知ってる」

 

と、キンジはそう言って俺の言葉を引き取った。キンジがそう言わないと、アリアと雪花が何やら言ってきそうな雰囲気だったからな。

 

「けどお前に頼ってばかりもいられない。この前のこともある。いつ俺達が敵同士になるか分からないんだからな」

 

この前のこと、キンジとバスカービルで俺を囲んだ時の話か。とは言え、それは武偵をやってりゃままあることだけどな。

 

「あっそ。俺ん好きにやらせるんなら武偵庁からの報奨金だけ貰おうと思ってたんだけどな。俺を縛るんならちゃんと報酬は貰うぞ」

 

俺がその気になれば今日中にでもその危ない奴を逮捕して全て解決できるのだ。それをさせずに依頼という形を取るのならそれなりのものを貰わないとやってられない。

 

「分かってるわ。報酬は強襲武偵(アサルトDA)の相場通りに払う。それともう1件、これは別口の依頼よ」

 

と、キンジが強襲科のSランク武偵にどうやって報酬を払うのかと思ったらどうやらアリアから支払われるらしい。そして、そのアリアは何やら別件を抱えているようだ。

 

「最近、イギリスが財産として持っていた黄金172tが何者かによって盗まれたわ。そして、それは5大大陸の何処にも無いことは分かってるの。天人には消えた黄金の在り処を探してほしいの」

 

確かにそんなものは羅針盤を使えば1発だ。例え異世界にあったとしても導越の羅針盤は物の在り処を指し示すのだ。そこに込められた概念魔法によってな。

 

「分かった。そっちは1件500万円。俺は在り処をお前に教えるが、取り返すんならそれはまた別口だぞ」

 

「……分かってるわ」

 

と、アリアはこうなることが分かっていたのか、脇に置いていたバッグから小切手を取り出し、そこに文字を書き連ねて俺に差し出した。

 

「じゃあ……ん、出たぞ」

 

500万という数字が書かれた小切手を受け取った俺は、宝物庫から取り出した羅針盤に魔力を注ぎ、アリアの言うイギリスから盗まれたらしい黄金の在り処を問う。そして、解放者達の残した概念魔法の込められたアーティファクトが指し示したのは───

 

「あるのは……海の中?潜水艦かな……。その外壁に塗られてるみたいだな。んで、潜水艦の居場所は……海の中だ。今は太平洋ん底にいるな」

 

羅針盤は黄金が太平洋の海中を潜航している潜水艦に塗布されていること、そしてその座標を俺に感覚的に流し込んできた。なんと言うか、この感覚は体験した奴じゃないと分からない、不思議な感覚だ。

 

「なるほど。5大大陸のどこにも無いってのはそういうことだったのね。……けど天人、その潜水艦ってのは何なのよ。誰が乗ってるの?」

 

「それは俺も知らん。俺が分かるのは場所までだ」

 

羅針盤は場所までしか教えてくれない。それが一体何なのかは、羅針盤に込められた概念魔法では辿り着けないのだ。

 

「ふうん。……まぁいいわ。キンジからその道具の力は聞いてるし、信じてあげる」

 

と、アリアは仕方なさそうにそう言った。俺としては羅針盤を疑うわけではないが、正直盗まれた黄金172tが潜水艦に塗りたくられていて絶賛太平洋を潜水航行中とか信じられないのだ。けれどもコイツはキンジから羅針盤の力を聞いたからと言う理由で信じるらしい。

 

ま、武偵憲章1条、仲間を信じ、仲間を助けよって言うしな。そこは別にいいさ。

 

「で、作戦は?俺を縛る以上はそれなりに考えがあるんだろ?」

 

と、小切手を懐に仕舞う振りをしながら宝物庫に放り込んだ俺はキンジにそれを問う。羅針盤と越境鍵の使用を制限するのならそのヤバい奴のいる場所の発見やその他の戦力の把握、移動手段など諸々、共有しておかなきゃならない情報は沢山あるからな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

天山を空母に乗っけて北方領土の近くまで運び、そこから発進させて敵を捕捉、キンジと雪花が移乗攻撃(アボルダージュ)を行う。そして俺はアリアと一緒にオルクス──俺とリサを含めたイ・ウーからこっちに来た奴らが乗ってきた小型潜水艇──で後から参戦。と言うのがキンジ達の立てた作戦らしい。そして、キンジと雪花の位置を掴むのが俺の役目。元々これはキンジに新たに増えたらしい妹のかなでが行う予定だったらしいのだが、キンジはかなでを参加させるくらいなら俺を使うと言い出したらしい。ま、かなでとやらはかなめと違ってまだ小学生みたいだからな。そんな小さな子をどんな魑魅魍魎が出てくるか分からない戦闘に巻き込むわけにはいかないよな。

 

で、空母とオルクスはともかく、天山なんていう戦時中に現役だった戦闘機をどうやって調達するのかと思いきや、そこは雪花のツテがあるらしい。どんなツテだよ……とか、普通に戦後に作られた哨戒機とかじゃ駄目なの?とか思わないでもないが、確保できそうな飛行機は天山だけらしい。天山だけしか確保できないツテって一体……。

 

まぁ、向かう先が北方領土周辺ということなので、高度は殆ど出せず、大きさもあまり大きいとレーダーや何かに引っ掛かられても困るってんで俺の持つ重力魔法で操作するロケット鉛筆君の出番は無さそうだ。あと、俺も自前で潜水艇持ってるよ、動力は魔力だから海の中から追いつけるよって話は出したんだが、俺はあくまでキンジの捕捉と、オルクスで追い付いてからの波状攻撃のみをやれとのこと。ハイハイ、お客様の申し出通り大人しくしてますよ。

 

と、そんな縛りを課されつつも俺達はキンジが───と言うよりジーサードとかなめが都合してくれて、横須賀に停泊している原子力空母・カールビンソンに乗り込んだのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

で、俺はカールビンソンのメインデッキにあるハンガー・ベイでアリアと一緒にオルクスの整備をさせられている。俺だって別に機械に詳しいわけじゃない。トータスじゃ二輪車や四輪車、飛行機に潜水艇まで作ったのは確かだが、あれらの動力は魔力や魔法によるもので、機械的な要素は限りなく薄い。だが、それでも力仕事くらいはできるでしょとアリアに駆り出され、俺はカールビンソンに乗っていた整備兵の人達と共にあれやこれやと運んだりボルトを締めたり、整備兵には見えないところでこっそり錬成を使ったりしてオルクスを動かせるように仕上げていく。

 

しかしそれでもまだ時間が掛かりそうということで、俺とアリアは一旦進捗をキンジ達に連絡すべく、キンジの部屋へと2人で赴いたのだった。

 

「おーす、入るぞ」

 

と、俺が部屋のドアをノックし、そのままガチャリとドアを開けるとそこには───

 

「あ、ごめん」

 

「───キィンジィィ!!あんたねぇ!!」

 

「違うんだ!話せば分かる!!」

 

露出過多──メイド服はロンスカ一択の俺的にはNG──な甘ったるいコスプレ用メイド服を着た雪花を椅子に座りながら対面に跨らせているキンジがいた。

 

「じゃ、存分に話し合っててくれ」

 

キンジ達の痴話喧嘩には欠片も興味が無い俺はそのまま──一応キンジが逃げやすいように扉だけは開けてやって──その場を立ち去った。その立ち去り際、部屋の方からはゴグシャア!!というおよそ人体から出ているとは信じられないような打撃音が響いてきた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「アニエス学院以来かしら。アンタとこうして組むのは」

 

オルクスでの潜水航行中、運転を自動操縦に切り替えたアリアがふとそう呟いた。結局、海水気化装置(スーパーキャビテーション)という高速航行のための装置だけが上手く作動させられず、俺達はゆっくりとした航行を余儀なくされていた。あれこそがオルクスをオルクスたらしめていると言っても過言ではないのだが、まぁ無いものは仕方ない。俺の錬成だってあぁいう特殊な装置を作れる類の魔法じゃないし、何よりキンジ達からは魔法を使うことは基本禁じられているから大っぴらには使えないのだ。

 

「そうだな。……今随分と久しぶりな雰囲気出してたけどあれそんなに前の話じゃねぇだろ」

 

「あら、そうだったかしら」

 

と、アリアはふふっと笑う。それに俺は溜息を1つ。どうにかこうにか2人分の座席を設けたこのオルクスは、トータスにあったあの大迷宮(オルクス)と比べるとどうしても狭さが際立つ。

 

「……アンタは───」

 

「んー?」

 

「……アンタは、世界を変えたいのよね?」

 

アリアの声のトーンが少し下がった。

 

「……あぁ」

 

俺もそれに釣られてか、思わず低い声で唸るようにそう呟いた。

 

「けど、ラプンツェルと戦うってことは、戦争を起こそうってわけじゃない。ローマでもアニエスでも、一般人を傷付けるようなことはしなかった。それは、この先も信じていいんでしょう?」

 

1つ1つ、確かめるようにアリアは俺に問う。

 

「あぁ。俺は扉を開けるのには賛成だけどな。それでも向こうの神って奴らと戦争をする気は無ぇし、こっちの奴らを態々酷い目に遭せようってつもりも無ぇよ」

 

俺の目的は霊長類としての人とそうでない人とが差別も偏見もなく一緒に暮らせる世界。だから必要なのは戦争ではない。むしろそんなの、お互いへの憎しみや恨み……悪感情を募らせるだけで俺の目的とは真反対へ繋がる道なのだ。だから俺はラプンツェルとかいう奴の目的を果たさせるわけにはいかない。

 

そして、モリアーティやNの奴らがテロを起こすというのなら、それも止める必要がある。そんなことをして果たされる世界を受け入れるわけにはいかない。これは、俺と言うよりもユエ達の意思だけどな。

 

「だから、もしお前らがラプンツェルに勝てそうになけりゃあ俺ぁ俺ん力でラプンツェルを止めるぞ」

 

「えぇ、分かってるわ」

 

そして、一瞬の静寂の後に、アリアがふと思い立ったように顔を上げた。

 

「もうメーヤから聞いてると思うけど、曾お祖父様が目を覚ましたわ。……と言っても、直ぐにどこかへ行ってしまったみたいだけど」

 

とのこと。いや、その話俺は初耳なんだが……。

 

「……悪いけど俺ぁその話は初耳だ。ま、アイツなら遅かれ早かれ起きるとは思ってたけどな」

 

「……メーヤはあの時に会談したメンバー全員に伝えたって言ってたわよ?」

 

「アイツの全員に俺ぁ含まれねぇのよ」

 

メーヤは絶対に俺のことを認めやしないだろう。俺がどんなにアイツらにとっての善行を積もうが、俺の存在はアイツらにとっては許されないものなのだから。

 

「アンタのやることを認める、とは言えないけど、確かにこの世界を変えたいって気持ちは分かるような気がするわ……」

 

と、アリアは俺が相当酷いハブられ方をされていることを察して、こめかみに指を当てながら呆れ顔。そして、それっきり俺達の間に沈黙が横たわり、狭い船の中俺達はただ黙ってキンジ達の乗っている天山を海中から追い掛けるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「これか……」

 

俺は羅針盤に魔力を注ぎながらそう呟く。俺達の乗るオルクスの目の前には巨大な流氷。どうやらキンジはこの中にいるみたいだ。

 

「なるほどね。……これなら確かにレーダーには引っ掛からないわね」

 

アリアも、ラプンツェルの移動手段がまさか超巨大な流氷だとは推理できなかったらしい。ただでさえ大きな瞳が零れ落ちんばかりに見開いている。

 

「出入口は表面にあるらしい。……裏口は無いみたいだな」

 

俺が羅針盤で探ったこの要塞の入口。それはこれの海面から顔を出している上面にのみあるようだった。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

オルクス潜水艇が海面からこんにちは。船から這い出た俺はアリアを流氷の上に引っ張り上げた。そして、船を留めておく繋留所も無いしとオルクス潜水艇は俺の宝物庫へと一旦仕舞っておく。

 

「……これか」

 

甲板と言っていいのか知らんが、ともかく上面の氷の下にはどうやらソーラーパネルが埋め込まれているらしく、これで内部の電力を確保しているみたいだった。そして、その甲板には下に通じる梯子階段から下に降りることができるみたいだった。

 

「行きましょう。キンジ達が心配だわ」

 

そうして道が分かっているのかどうか知らないが、アリアが先導する形で俺達はこの流氷の船の内部へと侵入していった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

船の中を下に進んでいく道中、金髪の女を捕まえた。誰かと思えばコイツはラプンツェルの付き人みたいな奴で、サンドリヨンとか言うらしい。その上、ラプンツェルはNのメンバーではないが、コイツはNの……下っ端とは言え一員らしい。

 

「ふぅん。……どうする、コイツ」

 

「どうするって……。捕まえておく他ないんじゃない?」

 

「だよねぇ」

 

と、俺はアリアの寄越した手錠を受け取り、サンドリヨンの両手に枷を嵌める。コイツはどうやらろくに戦闘力を持っていないようで特に苦もなく捕まえることができた。

 

そうしてサンドリヨンとかいう女を拘束しつつ放り捨て、今度は何故か室内に生えていた大きな木を降りることになった。

 

「降りるぞ。……乗れ」

 

と、俺はその場にしゃがんでアリアに背中を差し出す。チマチマ木を伝って降りていくより俺がアリアを背負って飛び降りてしまった方が早い。降りるのも空力か重力操作でどうにかなるしな。

 

「……まぁいいわ。落とさないでよ?」

 

「落とすかよ」

 

と、俺の背中にアリアが乗ったことを確認し、俺はその場から飛び降りた。重力加速を重力操作のスキルでコントロールしながら俺はアリアを背負いながら底まで辿り着いた。

 

そして、降りた先は植物園か何かのような様相を呈していた。……これは、見たことのない植物ばかりだな。幾つかはエンディミラを迎えに行った時に向こうで見たことあるかもって感じのもあるが、どっちにしろこの地球上には存在しない植物ばかりだ。

 

「これ、ここ出る時に全部燃やさないと駄目だな」

 

「そうね。こんなものが地上に漏れたら生態系が崩れるわ。それは、許されないことよ」

 

植物は幾らかでもばら撒けてしまえば勝手に広がってしまう。特にコイツらは氷にさえ根付いてしまえる程に高度な生命力を持っているのだ。こんな、世界の果てどころか異世界からの植物なんてものがこっちの世界にばら撒かれたら生態系がどう崩れるかなんて、俺には想像もつかない。俺だってトータスから出る前には召喚組も含めて全員にユエとティオの風属性魔法で全身こざっぱりしてから世界を渡ったのだ。もしこれが世界中に散らばれば、たとえ俺達の力を持ってしても拡散は止められない。どう足掻こうともこの世界の生態系は文字通りの崩壊を辿るだろう。

 

すると、この茂みの向こうからキンジと雪花、それからもう1人誰だか知らない奴の気配を感じる。きっとこれがラプンツェルなのだろう。どうにも人間とも違う、けれどもレクテイアで感じた、あの森にいた()()とも少し違う気配だ。

 

ま、そういう細かい話は俺の専門じゃあない。実際に行って確かめるだけだ。この時点で向こうが人間とは少し違うとは分かっていれば警戒のレベルも上げられるからな。俺にとってはそれで充分なのだ。

 

そしてこの先からは戦闘音が聞こえる。アリアもそれを聞き取ったようで、瞳に警戒の色と……キンジを心配する色が宿っていた。

 

まず俺が先頭に立って赤い花をポツポツと咲かせた茨の茂みをナイフで切って進む。どうにも足元は少しだけ踏み均された後があり、きっとここをキンジと雪花も歩いたのだろうと思わせた。

 

そしてその奥から感じるのは人から外れた気配。さっきよりもそれが濃くなっている。どうにもさっき感じたラプンツェルの気配とは違う。もっと、あの森の社にいたアイツに近い気配だ。

 

そして、奥では植物が蠢き、ビュンビュンバチバチと音を鳴らしている。それはまるで、撓る鞭で人の身体を打つような音で、それに打たれている奴らを思えば一気にこの場を駆け抜けたくなる。そして、俺がそう思うということはコイツはその気持ちをもっと強く持っているということで───

 

「キンジっ!!」

 

と、俺を押し退けてアリアが駆け出した。俺はアリアの頭の上を飛び越えて、駆けるアリアを再び追い越すように再び先頭に立つ。向こうがどうなっているのか知らないが、たかが人間程度の身体のアリアを先に行かせるのは危険だ。しかも今コイツはキンジのことで頭がいっぱいで、周りが見えなくなっているだろうからな。

 

「───アリア!!」

 

「よう」

 

どうやらHSSらしいキンジは俺のことなんて視界に入っていないかのようだ。それにしても雪花と2人、随分とまぁボロボロだな。ウネウネと動く植物共に酷くやられたらしい。

 

「神代天人か」

 

そして、俺達の乱入を見たラプンツェルがそう呟いた。だが俺の右目に映る奴の魂は人のそれではない。だからと言ってエヒトの持っていたあれほど薄汚れてもいないが。

 

「お前がラプンツェルかい」

 

「そうだとも。そして今はクロリシア───レクテイアの神が1柱でもある」

 

と、ラプンツェルもといクロリシアが大仰に両手を広げて自己紹介。

 

「そうだ神代天人。君も我々と共に終わらぬ戦争を始めようではないか。異世界の神との戦いだ。私は知っているぞ、君が異世界での戦いの果てに更なる進化を遂げたことを。レクテイアの神々との戦いはきっと君をもっともっと強くなれるぞ」

 

なるほど。どうやらこのラプンツェル(クロリシア)さんは俺に対して大きな勘違いをしているようだな。それは、正しておかないと今後が面倒臭そうだ。今だってアリアやキンジ、雪花が俺のことを滅茶苦茶睨んでるんだからな。

 

「嫌だね。……俺ぁもう戦いとかどうでもいいんだよ。俺が欲しいのは力でも進化でもねぇんだ。俺ん欲しい世界は戦争じゃ手に入らねぇ。むしろお前は……俺の欲しい世界にゃ邪魔なんだよ」

 

俺はその言葉の間に着ていた防弾ジャケットとワイシャツを宝物庫に仕舞って上半身に纏う衣類は黒のタンクトップだけになる。そしてとある魔法を発動。俺の中にある()()()()()を呼び起こす。

 

「キンジぃ……コイツぁ俺がやっていいか?」

 

キンジと、それから雪花からはHSSの強い気配を感じる。だからもしかしたらコイツは俺が手を出さなくても勝てるのかもしれない。けれど俺としては()()を試しておきたいし、何よりラプンツェルは俺にとって邪魔者なのだ。出来るなら自分の手で潰してしまいたい。

 

「いや、俺と雪花だけで充分だよ。だから、天人は雪花と、それからアリアを守ってほしい」

 

俺の腕が()()()で覆われ始めたのを見てキンジはそう指示した。ま、一応今回の依頼主はコイツらだからな。仕方ない、従ってやるか。

 

「……あいよ。じゃあしっかり決めてこい」

 

バキバキ……と、俺の両腕はもう完全に黒い竜鱗で覆われていた。それだけではない、背中や首、頭からも竜の鱗による鎧が現れて俺の身体をより強靭にしていく。

 

「何故だ……何故君達は戦争による人類進化を拒む!君達も時間を逆行させる者達なのか!?」

 

俺に勧誘を拒否されたラプンツェルは、俺達がNと同じ思想を持っているこのようなことを言い出しながら茨の鞭を振るった。それは途中で先端の速度が音速を越え───

 

 

───パァァァァァァン!!

 

 

と、破裂音を置き去りにしながら俺の首へと向かう。だが───

 

──バチィィィ!!──

 

それは黒竜の強靭な鱗に弾かれた。これは電磁加速された超音速の弾丸だって弾くんだ。その程度の攻撃が通るわけがない。

 

俺が今使っているのは変成魔法。それも、捕食者で入手、解析したティオの竜鱗を俺の身体に発現させているのだ。ちなみに鱗はティオから貰ったそれを、空間魔法を付与したザルで粉微塵にして水で喉から捕食者の中に押し込んだ。

 

そして俺は宝物庫からビット兵器を4機呼び出してキンジと雪花、アリアの周りに浮かべておく。ただでさえトータスの頑丈な鉱石によって作られたこれは表面に金剛の魔法を付与しているから並大抵の攻撃じゃあ貫けない。近代兵器であれば、対物ライフルの弾丸を至近距離から喰らっても平気なのだ。最悪空間遮断結界も張れるし。

 

「馬鹿言え。時間は前にしか進まねぇ。……戻せる奴は───」

 

いない、とは言えない。俺は知っているからだ。時を巻き戻す魔法も、時間の不可逆性に逆らう力も。

 

「───どんなに時を巻き戻したってなぁ、最後にゃ前に進むんだ。それによぉ、戦争なんて無きゃ無い方がいいに決まってんだろ。あんなもん無くたって人は前に進めるんだ」

 

振るわれる超音速の茨の鞭を竜鱗のブレードで切り落とし、棘を纏った拳大の大きさの種子のような砲弾を黒い鱗で覆われた裏拳で叩き落とす。何やら攻撃の準備をしているらしいキンジと雪花にも植物からの砲撃が迫るが、それは金剛を付与したビット兵器を盾にして弾き飛ばし、カウンター代わりに衝撃変換を付与した炸裂弾を放ち、リングのように俺達の周りを囲う植物共を薙ぎ倒していく。

 

そのうちに、足元から微震を感じるようになる。視界が共有されているビット兵器で見れば、どうやらキンジと雪花が貧乏揺すりを繰り返している。……あれは、ナイアガラの滝でキンジの父親が放った地震を起こす技かな。

 

そして、最初は震度2程度に感じられた揺れは直ぐ様大きくなっていく。震度4……5……その震源地はキンジと雪花。ここまで来れば微震なんてものじゃない、立派に地震だ。

 

「この……桜吹雪……っ!」

 

そしてその揺れは今、7になった。しかもこれの震源地は地表なのだ。感じる揺れの強さは普段日本にいて感じる揺れとは桁違いの大きさだ。実際、この氷の方舟はもう巨大な手で掴まれて外から揺すられているかのような揺れ方をしている。

 

「見忘れたとは!」

 

それだけじゃあない。どうやら雪花が起こしているらしいが、彼女を中心に同心円を描きながら幾輪もの炎の柱が吹き上がっているのだ。

 

そして───

 

「言わせないぞ!!」

 

 

───ドォォォォォォォンン!!!!

 

 

キンジが最後に左足で床を蹴る。その瞬間にさっきまで震度7程度だった揺れは、一気に倍くらいに増えたような勢いでこの氷の方舟を揺する。

 

そして、その揺れはこの舟に積まれていたあらゆるもの──玉座や樹木、果てにはこの舟そのものにもヒビが入り──全てを破壊していく。

 

巨大な岩盤や氷というものは外からの衝撃には強いが破壊するのは案外簡単で、穴を開けてそこに水圧などで内側から衝撃を放てば直ぐに割れてしまうのだ。

 

木は折れあらゆる物が散乱し、放たれた炎で轟々と燃え尽きていくこの空間で俺はふと思い出す。

 

今この舟は崩壊に向かっていて、流石にこれを止める程のパワーは、結局ここでも聖痕を封じられている俺には無い。そして、これを止められないと言うことは俺達はもれなく極寒の夜の海に投げ出されるというわけだ。

 

投げ出されたところで俺は特に問題は無いしキンジ達も自分らでどうにかするだろう。例え俺とキンジしか泳げなくたって雪花とアリア、ラプンツェルの3人程度ならどうにでもなる。だが上で俺に手錠を掛けられたあの女───サンドリヨンとかいう奴は、仮にある程度泳げたとしても両手を手錠で塞がれてしまっているのだ。あんなもん、こんな状況で放り出されたら数分で死んでしまう。

 

「あぁ、キンジ。俺ぁちょっと上に用がある。こっちは任せていいか?」

 

と、この巨大な方舟を内側から破壊するという離れ業を放った本人にそう確認をとる。するとキンジは「あ、あぁ」とだけ返してきた。雪花は「何の話だ?」って顔だがアリアは直ぐに俺の言っていることが分かったのかちょっと慌てた顔で「早く行け」と上階を指差していた。

 

「俺んことは気にしないで逃げていいからな」

 

俺もそれだけ言い残して上へ跳び上がる。落ちてくる木々などを足場に直ぐに上りきった俺は周りを見渡す。すると、ワタワタと両手を手錠で縛められたまま、器用にこの崩壊する方舟から逃げようとするサンドリヨンを見つけた。

 

「……流石にここで死なれたら9条破りになりそうだからな」

 

完全にこの方舟が沈む時間が近いのか、急に斜めになった床に滑って膝を強かに打ち付けて悶絶しているサンドリヨンを抱え上げる。

 

「あ、あの……っ!た、助けて……!」

 

「あぁ。死なねぇようには助けてやるよ」

 

左肩にサンドリヨンを乗せた俺は空いている右手を上に掲げ、既に変成魔法は解いて人間の形に戻っている俺の右手に召喚されたのは電磁加速式の対物ライフル。俺はそれに魔力を注ぎながら引き金を引く。

 

───ドパァッ!

 

何かを吐き出すような銃声を置き去りにして、赤い閃光が方舟の天井を貫く。

 

「口閉じてろよ、舌ぁ噛むぞ」

 

空まで通じる風穴を開けた俺は対物ライフルを宝物庫に仕舞いながら再び上に向けて跳び上がる。

 

そして崩壊する氷の方舟から少し距離を置いて水面近くに立った俺は当たりを見渡す。夜目の固有魔法で暗闇でもある程度視界の利く俺の目にはまずキンジとアリアがエアバッグにしがみつきながら脱出してきて、辺りを見渡したキンジが照明弾(スターシェル)を撃ったところが見えた。しかしアリアがキンジに思いっ切りしがみついているからキンジは少し動き辛そうだ。

 

どうやらキンジは雪花を探しているようだったが、俺の目には向こうからバシャバシャと不格好なバタ足でこちらに向かって泳いでくる雪花が見えている。それにしても随分と鈍い泳ぎだと思ったが、どうにもラプンツェルを抱えているようで、そりゃあ遅くもなるかと俺は1人溜息。

 

そして俺とサンドリヨン以外は皆揃ってズブ濡れで寒さに震えながらも、近くにある大きな流氷の上へと集まった。その頃にはアリアは何事もなかったかのようにキンジから1歩離れて澄まし顔。

 

「取り敢えずオルクスでこの氷を曳航して運んでくれ。ロシアに見つからないようにゆっくりな」

 

「はいはい。仰せのままに」

 

俺と、俺に担がれたサンドリヨンだけは寒い夜の海へのダイブを回避したもんだからキンジ達には大いに睨まれながらも俺は宝物庫からオルクス潜水艇を放り出し、そこにアリアが入り込んだ。

 

俺も全員にバスタオルを配りつつ後ろの席へと乗り込む。その頃になると地平線の向こうから太陽が昇る。その黄金の輝きは新たな日を迎えたこの瞬間、きっと大袈裟ではなく世界を救ったこの夜を祝福するように空と俺達を照らしていた。

 

 

 

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