セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ノーチラスと聖痕

 

 

新しい朝を祝う大きな黄金の輝き……それにしても大きいな。新たな1日程度を祝うのに随分と張り切っている。……なんか、あの太陽いやに大きくないか?

 

と、昇ってきた太陽の大きさに疑問を抱いた俺はオルクス潜水艇の乗り込み口を開けて流氷の上へと舞い戻る。運転席にいたアリアも何事かとこちらによじ登ってきた。

 

いや……あれは太陽じゃあない。太陽と重なるようにもう1つの発光体が海中の極浅い所にいるんだ。証拠に、大きな太陽が2つに別れたかのようにもう1つの輝きが海の一部を輝かせながらこちらに向かってきている。距離は約2キロ、まだ俺の気配感知の範囲外だからそこに何がいるのかは分からない。人なのか、人ならざるものか。

 

だが俺にはそんなことは関係無い。相手が何であろうと俺の敵なら叩き潰す。それだけだ。

 

そうして次第に海面の輝きはハッキリと見えるようになってきた。そして───

 

 

───ズズズズズゥゥゥゥゥ……

 

 

と、海が持ち上がるようにして隆起し、そこから巨大な潜水艦が浮かび上がってきた。そう、()()()()()潜水艦だ。そんなトンチキな色をした潜水艦なんてそうそうあるものではないだろう。だいたい、あんな巨大な船体を覆うとしたらそれこそ数十トンの黄金では到底足りない。

 

「天人……あれは……」

 

戦いの後もアリアにしがみつかれていたからかHSSの気配が随分と濃いキンジが俺にそう呟く。分かってるよキンジ。いくら俺の頭が悪くてもアレが何だかなんて、見りゃあ直ぐに察しが付くってもんだ。

 

「ノーチラス……いや……」

 

そう。アリア曰くイギリス王室から170t程の金塊が盗まれて行方不明。そしてそれの行方は俺が羅針盤で突き止めた。それらは太平洋を潜航している潜水艦の外面にあると。

 

「やっと見つけたわ!本当に天人の言う通りね!」

 

俺は実物を見るまではどういうこと?って思ってたけどな。まぁ今見てもどういうこと?って感じだが。あんなトンチキな色した潜水艦、乗りたくねぇな……。

 

「隠し方こそ天人のおかげで判明したけど、犯人については元々あたしもメヌエットも、曾お爺様も……同じ推理をしたわ。───あれを盗んだのは、Nのモリアーティ教授だってね!」

 

すると、俺の後ろでサンドリヨンが何かに怯えるように蹲って唸り声を上げている。

 

「サンドリヨン、あの大型潜水艦。あれの詳細を知るなら言え!」

 

と、雪花が怯えながらノアを見やるサンドリヨンにそう強く訊ねる。

 

「う、うぅ……。あれは潜水艦ノア。元は中国の秦級弾道ミサイル搭載原潜(SBN)で、除籍及び退役時に中国政府が解体の委託の名目で教授に供出したものです」

 

と、サンドリヨンは雪花の迫力に負けたのか、それとも痛い目に遭うくらいならさっさと知ってることは吐いてしまう質なのか、直ぐ様ノアの出処をゲロった。

 

「さっきは時間が無いから聞かなかったけど、なんでモリアーティはイギリスから盗んだ黄金を艦に載せないで、あんな風にくっ付けたの?」

 

今度はアリアからの詰問だ。だがそれにはサンドリヨンは「知りません」と答えた。けれど、その顔は知っている顔だ。

 

「……質問に正直に答えろ」

 

と、俺は魂魄魔法によって擬似的に神言に近い効果をもたらすアーティファクトに魔力を流しつつサンドリヨンにそう迫る。あまり洗脳系の力は人目のあるところでは使いたくはないのだが、ユエがこの場にいない以上は俺がこれでやるしかない。

 

「……はい。Nでは黄金によって別の世界へと跳躍する手段を持っています。そして、あのノアは艦ごと別の世界へと跳ぶために外面に黄金を塗布しました」

 

魂魄魔法による縛りを受けて虚ろな目になりながら、サンドリヨンはアリアの質問に淀みなくそう答える。

 

「もしかしたらジャンヌから聞いてるかもだけど、アンタが倒したラスプーチナが現場に残した砂金と、アンタんとこにいるエンディミラが書いたメモから───純金を触媒にした時空を超える超々能力の実在は確認されたわ。あたしがアンタからジャンヌ借りて、白雪とかと神澱で調べたのは、その事よ。玉藻と伏見はその術を理論レベルでは知ってたわ。……跳金(チャオコン)って呼んでた」

 

ちなみに俺はジャンヌがアリア達と何を調べて、どんな結果だったかは聞いていない。ジャンヌからは「聞かないのか?」みたいな視線は貰ったけど「聞かないよ」とだけ返してそこで終わらせた。それは仕事の話で、例え俺達の間柄であっても守秘義務があることだし、何よりそこでジャンヌから情報を集めるのはフェアじゃないからな。

 

「いや、ジャンヌからは何も聞いてない。その術の話も初耳だ。ま、俺にゃどうだっていいことだけど」

 

態々純金を掻き集めにゃ跳べない程度なら俺の方が余程上だ。俺の越境鍵に至っては、リソースの許す限り時間すらある程度好きに跳び越えられるのだから。

 

「……あの潜水艦は、つまり玲の国への扉を開くものなのか?答えろ、サンドリヨン」

 

再びの雪花の詰問。それに対しサンドリヨンは───

 

「はい。ノアはレクテイアの海に抜ける艦なのです」

 

と、やはり虚ろな目のままそう答える。だがそこまで答えた時点でサンドリヨンの瞳には光が戻りつつあった。俺の魂魄魔法入りのアーティファクトじゃあまり長くは続かないな。まぁ、必要があればまた同じ手を使えばいいだけなんだけどね。

 

すると、サンドリヨンはまた急に怯えたように「ひっ……」と息を飲み、失神寸前の顔でノアの艦橋を凝視している。そちらを見やればそこには背の高い精悍な人物が立っていた。男に見ようと思えば男に見え、女に見ようとすれば女に見える、そんな不思議な風体の人物。旧式のイギリス海軍服とコートに包まれて堂々とした佇まいは、そいつがそれなりの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうと想像させ、顔には幾多の苦難を乗り越えてきた苦行者のような超越感がある。

 

そして、遂に俺の右目に仕込まれた魂魄魔法がそいつの魂を視て捉えた。……どうにも、人かどうか怪しい、そんな魂をしているな、アイツは。多分アイツがモリアーティなのだろう。そして、俺の予想を裏付けるように足元のサンドリヨンが無線機に向かって何やら喚いていて、その相手を呼ぶ呼称はもれなく"教授"だった。

 

『君に会うのは、海が良いだろうと思っていた』

 

無線機越し特有の雑音の中でもはっきりと聞こえるその声。明瞭なイギリス英語(クイーンズ・イングリッシュ)は全身に初夏の風を浴びたかのような爽やかさで俺の耳を打ち据えた。そしてやはり、声も男か女か分からなかった。しかもそのセリフは俺達やサンドリヨンに対して向けられたものではないようだった。だが明らかに旧知の仲の誰かに宛てたもの。誰だ……?いや、心当たりはあるけど、まさかな……。

 

そして、状況はさらに動き続ける。時は止まらない。ただ前に進み続けるだけ。シャーロックの言う通りだった。今度はノア飲むかって左手500メートルほどの位置にある海面が盛り上がる。そして再び、巨大な黒い潜水艦がその姿を俺達の前に現したのだ。

 

『た、戦うなっ!天人!!』

 

排水もそこそこに、黒い艦橋へ上がってきた背の低い人物。その魂に俺は見覚えがある。そいつは、19世紀のフランスの海軍服を着たネモ。その声がサンドリヨンの通信機越しに届いたのだ。

 

「あれは何か!!知る限りを答えよ!」

 

と、俺のアーティファクトの使用も待たずに雪花はサンドリヨンを猫掴みで持ち上げながらそう訊ねる。

 

「ノーチラスですっ。インド政府が提督に……超アリハント級原潜・マハーバーラタを供出したもので……ぐ、ぐるじぃ……中国とインドはパンスペルミアの扉の革命に乗り遅れまいと……競い合ってNに協力していて……は、放じでぐだざぃぃぃ……」

 

俺は念の為羅針盤で教授の位置を割り出す。するとやはり、あの黄金に輝く潜水艦(ノア)の艦橋にいるのが教授だと、概念魔法の込められたアーティファクトは指し示した。

 

「ネモ、俺に戦うなって?……言ったろ、俺ぁお前らが俺ん前で犯罪を犯すってんなら捕まえるってなぁ。だから本当はお前には出てきてほしくなかったんだ。……けどもう遅ぇ、俺ぁやるぜ」

 

そして、これはアリア達からの依頼とは別件だ。こっから先、俺を縛る契約は無い。だから俺も、全力()()でやらせてもらうぞ。

 

「……来い、銀の腕」

 

俺の右腕が銀色の装甲を纏ったそれに置き換わる。背中からは3本のパイプ型スラスターが現れ、先端からチロチロと白い焔が噴き出している。神の魂すら燃やし尽くしたその力の奔出がもたらす痛みを俺は眉根を寄せることすらせずに押し殺す。

 

「天人……」

 

そういや、コイツらが俺の右腕を見るのは横浜でのブラドとの戦いの時以来か。しかもあの時だって俺は直ぐにジャンヌに預けていたリサの元へ飛んで行ったから、見えたのも一瞬だったからな。

 

そして、アリアが何やらネモの家系について喚き散らかしていると、さらに局面は動き出す。黄金に輝くノアと漆黒に佇むノーチラスの間の海が持ち上がる。しかし、今度のはノアやノーチラスと違って凹凸のある持ち上がり方だ。どうにも上甲板に色んな構造物があるらしいな。

 

しかもこちらを向いていたノアとノーチラスと違い、コイツは斜めに上がってきた。ちょうど、ノアとノーチラスとでNをえがくように。

 

「戦艦……?」

 

そう、それは戦艦だった。だが俺はそれがどこの何だか知らない。第一次とニ次の大戦、その時のどちらの雰囲気も感じ取れるんだが……。

 

「あれは大英帝国海軍、クヰーン・エリザベス級と認む。艦名は……自分には分からぬ」

 

「───地中海艦隊の、戦艦バーラムだ。我がドイツのU(ウー)ボートが撃沈したハズだが……」

 

俺とキンジ、アリアには分からなかったそれを、その戦争の時代を生きた2人───雪花とラプンツェルが目を見張りつつそう語る。

 

「……ナヴィガトリア」

 

それがあの戦艦の今の名前なのだろう。もう痛い目に遭うのはゴメンらしいサンドリヨンが聞かれてもないのに答えた。

 

「HMSバーラムを勝手に引き上げて使うなんて……言語道断だわ!」

 

どうやら元はイギリスの軍艦だと把握して、犬歯剥き出しで歯軋りしつつそう言ったアリア。だがそんなアリアとそしてキンジと雪花はその艦橋に出てきた1人の少女を見てハッと息を飲んだ。

 

「かなで……?」

 

かなでちゃんのお顔を俺は存じ上げないけれど、この寒さにも関わらずビキニで外に出てきたことだけは俺も驚いたよ。しかも、頭に何やら……旄牛(ヤク)のそれを太くしたみたいな角が生えているな。

 

『ルシフェリア、撃つな!彼らは友なのだ、必ずや私が説得する!だから───!!』

 

だから撃つなと言いたげなネモだが俺はもう戦う気満々だぞ。この状況で俺の目の前に現れたんだ。逮捕される覚悟くらいしているんだろう?

 

『今は緊急時だからその名を言う。彼女はルシフェリア・モリアーティ4世。レクテイアの───あぁ、よせっ!止すのだ、ルシフェリア!!』

 

どうやらあの少し小柄なビキニ女はモリアーティの曾孫らしい。あと何やらレクテイアがどうのとか言いかけてたな。もしかしてモリアーティはずっと前からレクテイアと交流があって、向こうの人ならざるものとの間に子を成したのかもしれないな。そうすりゃあの角も説明がつく。

 

そして、ルシフェリアは何やらワガママな無茶振りをその戦艦にいる奴らに下したらしい。ナヴィガトリアの全主砲、副砲の砲口───そこを塞いで浸水を防ぐハッチが舞台の幕が上がるように次々と開いていく。……撃つ気か?いいぜ、全部受け止めてやるよ。

 

あの氷の舟が健在の時は塞がれていた聖痕も、今や久々にその枷から解き放たれている。俺は魔素と、無限に湧き出るその力を合わせて氷の壁を生み出す準備を整えていく。だが、状況は更に混迷の極みへ渦を巻いて転がっていく。

 

 

───ズズズズズズズズズズ

 

 

俺達の背後で都度4度目の海鳴りが始まる。振り返れば2キロ後ろの海が盛り上がっている。海水を掻き分け、こちらへ向かってきながら第4の潜水艦が浮上してきたのだ。

 

()()を見たことがないらしい雪花と、Nの艦隊は3鑑だと知っているサンドリヨンは混乱の真っ只中。だが───

 

「俺ぁ知ってるよ」

 

「あたしもよ」

 

「俺もだ」

 

振り返り、俺とアリア、キンジがそれぞれそう告げる。俺達があの姿を忘れるわけがない。俺があれを忘れられるわけがない。あの潜水艦は俺が暮らし、俺が喧嘩のやり方を文字通り血反吐を吐いて学び、リサと愛を誓った潜水艦なのだ。だからあれを、俺が忘れるなんてことは有り得ない。

 

 

 

そう、あの潜水艦の名前は───

 

 

 

「「「イ・ウー」」」

 

 

 

俺達3人の声が重なる。キンジ達だってあの艦にはそれなりの思い出があるだろう。その思い出が、思い出として残したいものなのか戦いの記憶でしかないのか、それは本人達にしか分からないけれど。

 

そして、その漆黒の甲板の上に、自分が濡れるのもお構いなく上がってきた古めかしいスーツを着た男は背の高い美丈夫だった。ネモに撃たれて昏睡状態となり、目が覚めた途端にバチカンからその姿を忽然と消した男、シャーロック・ホームズ。

 

その整った顔には珍しく怒りの色が浮かんでいた。俺ですら見たことがない表情に、アリアも額に汗を浮かべていた。

 

「……キンジ、アリア。お前らはノアとナヴィガトリアを狙え。ノーチラスは……ネモは俺の手で逮捕する」

 

アリアの瞳は既に紅に光り始めていた。緋緋神のレーザー攻撃をどうやらアリアは使えるらしい。それは同じことが出来るネモへの牽制なのだろう。だがそんなもの、俺には要らない。そしてネモをお前達に任せる気はない。アイツは、アイツだけは俺がこの手で直接逮捕しなきゃならないのだから。

 

「……任せていいのね?」

 

「あぁ。ネモは俺が逮捕する。これだけはお前らには任せらんねぇ」

 

すると、海から微震が伝わってきた。どうやらシャーロックは先制攻撃でイ・ウーから魚雷でも発射したようだ。つまりはもう、戦いの火蓋は切って落とされたってことだ。

 

こちらには条理予知(コグニス)のシャーロック・ホームズ、不可能を可能にする男(エネイブル)の遠山キンジ、緋弾のアリア(アリア・ザ・スカーレット・アモン)神殺しの魔王(神代天人)。向こうにも同じく条理予知(コグニス)を上回るジェームズ・モリアーティ、可能を不可能にする女(ディスエネイブル)のネモ、モリアーティの曾孫であるルシフェリア・モリアーティがいる。それにどうせアイツらのことだ。俺がいると分かってて出てきてんだろうから、聖痕持ちだって後ろに控えてんだろ?しかも、公安0課みたいに自分らの仲間だけは聖痕が使えるような仕組みを持ってさ。

 

この戦い、何がどうなるかなんてのはもう誰にも分からねぇ。けどな、そんなことは俺にとっちゃ路傍の石ころ程にも関係が無いんだ。コイツらは俺の敵として俺の目の前に立ち塞がったんだ。だったら俺は、それを叩き潰すしかねぇだろうが。

 

 

 

───────────────

 

 

 

イ・ウーから放たれた魚雷の次に動いたのは俺だった。背中のスラスターを吹かし、ネモのいるノーチラスの黒い甲板まで飛び掛る。銀色の握り拳を構え、一息にネモの眼前まで飛び出した。

 

「……何故分かってくれない」

 

ネモの、その呟きと共に俺の銀の腕が消失した。同時に俺の中でプツリと繋がりが途切れる感覚。予想はできていた。俺の前に現れるのなら、聖痕を塞ぐ仕掛けがしてあるだろうことは。だから俺も無策で強引に飛び込んだわけじゃあない。重力操作のスキルを使ってそのままノーチラスの甲板……ネモの真横に着地する。

 

「分かってたさ。このくらいはな」

 

ネモの超々能力は俺には通じない。氷焔之皇(ルフス・クラウディウス)によってビームもシャーロックに使った反射技も全て俺の力に変換できるからだ。だからそれらは怖くない。

 

「あぁ、教授も全てを予知しておられた……」

 

俺の背後から人の気配と殺気が突き刺さる。そこに誰かがいるのは気配感知の固有魔法で分かっていた。そして殺気も抑え切れていないから直ぐに分かる。

 

ダンッ!と甲板を踏み抜く音に合わせて俺はその場でバック宙を切った。視界の端では赤いモヤのようなものが揺らめいていた。そして、逆さだった視界が元の上下を取り戻したその時、一瞬俺の視界が真っ黒に染められた───

 

「───ッ!?」

 

そしてその瞬間に光が煌めいて俺の身体を包んだ。今のは魂魄魔法と再生魔法により、俺の死を感知した瞬間に発動する死者蘇生のアーティファクトの光。つまり俺は今、確かに1度殺されたのだ。誰に?そんなもの考える必要なんてない。さっき俺に突撃して何やら見え辛い刃で斬りかかってきた奴の他に、もう1人聖痕持ちがいて、そいつが俺を殺したのだ。

 

「……っ」

 

俺の魂と肉体の蘇生が終わり、視界を取り戻した瞬間にノーチラスの甲板に着地。どうやら今この場にいるのはネモと聖痕持ちが2人。どんな力を使うのかは両者とも不明。しかも俺を殺した1人は姿がまだ見えないときている。

 

すると、俺に最初に斬り掛かってきた奴──よく見れば俺と同い年くらいの女だ──がもう一度俺に斬り掛かってくる。

 

相変わらずその刃は末端と思われる部分に赤いモヤがあるくらいで目で見るだけだと全貌がよく分からないのだが、どうにも細かく振動させて斬れ味を確保しているらしく、俺の持つ熱源感知の固有魔法がおおよその刀身を把握してくれるから助かっている。

 

ただ予想外なのはこの女の膂力だ。

 

明らかにコイツのこれは人間のそれではない。そんな次元は当に飛び越えてしまっていて、斬れ味は小技で誤魔化しているだけなのでどうにか俺のトータス製のトンファーであれば金剛の固有魔法と合わせて問題無く刃を凌げているのだが、奴の振るう刃を受け止めるにはこの俺(バケモノ)が全力を出さなければ押し負けそうになる程度のパワーがあるのだ。

 

だが着ている黒いスーツから分かるスタイルは華奢で、公安0課の獅堂のような筋肉の鎧を纏っているようには思えない。だからと言って、俺と同じ強化の聖痕を持っているにしてはパワーが弱い。

 

それに、この赤いモヤで微妙に不可視ではなくなっている刃も謎だ。聖痕の力は基本的に1人に1つ。稀に俺や彼方のような二重聖痕の奴もいるが、それだって能力はそれぞれ別々なのだ。1つの能力でできることは基本1つ。透華と彼方の透過のように()()()ことで様々な現象を起こせることはあるし、粒子の聖痕の男も様々なことができたが、それだって本質は1つ。透過は()()()こと、粒子はそれに色々な種類があったというだけ。

 

だがコイツはまず不可視の刃で1つ。人間離れした膂力でもう1つ。完全に別体系の力を2つ使っているのだ。俺は念の為氷焔之皇を当ててみているのだが、このどちらも俺の究極能力では凍結させられない。ならばコイツの力はこれらが出来る聖痕ということになる。

 

聖痕の力の出力を考えたらタネが分からないのは不安だが、ともかくコイツはこういう奴だと思って対処していく他なさそうだ。

 

で、問題はもう1人の方。ノーチラスがいくらデカい潜水艦だからと言って、お互いに甲板にいる以上は俺の気配感知の固有魔法からは逃れられない。コイツの聖痕も殺傷能力のある力みたいだから、殺気や気配を消されることもないだろう。

 

だから位置はだいたい把握できるのだが、何せコイツはコイツでどんな力を発現させるのかが相変わらず謎。今はその力で再び俺を殺そうとするでもなく、ただ構えているだけのようだがそれが逆に鬱陶しい。……先にアイツを潰しちまうか?

 

俺は氷の礫を向こうで隠れている奴の真下に作り出し、それを射出する。すると、鳩尾に入ったようで一瞬の呻き声と共に1人の人間が投げ出されてきた。俺はさらにもう1発、そいつを背中から氷の礫でこちらに吹き飛ばし、俺と切り結んでいた奴の間に突っ込ませる。

 

「うわっ……!」

 

それを察知して後ろに跳び退ったそいつは放っておく。まずは鳩尾と背中から肺を打たれて息の詰まっているこいつを捕まえておこうと、俺は宝物庫から聖痕持ち用の手錠を取り出し、1度は俺を殺したコイツの両手首に嵌める。見ればコイツも女で、どうやら日本人っぽいな。

 

「まず1人……」

 

いくら聖痕持ちとは言え、コイツもどうやら能力は持っていても体力は持ち合わせていないらしい。打ち上げられ、甲板に叩きつけられて、それだけでもう痛みにのたうち回る余裕すらないのだからきっと半分素人みたいなものだったのだろう。それに今は頼みの聖痕すら封じた。コイツはこれで終わり。あとはあの女だけだ。

 

「お前……っ!」

 

感じた殺気に俺が咄嗟に首を振れば、頬から血が1滴滴り落ちる。

 

見ればあの女は何やら腕を振り抜いた格好で止まっているから、何か力を飛ばして俺の顔面を刺し貫こうとしたのだろう。まったく物騒な奴だ。

 

さて、本当はこんな手を使わずに綺麗に決着をつけたかったのだけど、あの女は俺がさっき捕まえたアイツと仲が良いのだろう。今はもう俺を親の仇かのように睨んでいる。

 

「うるぁっ!」

 

そして、ダンッ!と甲板を蹴ったその女は凄まじい初速で俺に突っ込んできた。

 

───パァァァァァァン!!

 

と、超音速駆動独特の破裂音と共に振るわれるその刃を俺は金剛を発動させたトンファーで受け止める。俺はその瞬間に絶対零度を発動。コイツの脚を砕いて動きを止めようとする。だが───

 

「んっ!!」

 

バンッ!!とその女はノーモーションでその場から跳ね上がって俺の魔法を回避。俺の目には、その動きは縮地の固有魔法を使ったかのように映る。そして跳び上がったその女は俺の頭を真横に切り裂かんと熱で赤くモヤの掛かった不可視の刃を振るう。

 

だがその刃の軌道は奴の腕の振りと一致しているし刀身も今は約50センチ程だ。俺は上半身を後ろに逸らすだけでそれを躱すと、目の前の女に纏雷を撃ち込む。

 

バチバチバチッ!!という電撃特有の音と共に「きゃあ!」という女の叫び声。聞いていてあまり良い気分ではないけどそうも言っていられない。俺はオーバーヘッドキックのようにその場で後ろに回転しながらそいつを蹴りつける。その瞬間に足に伝わったのは肉を蹴る感触ではなく何やらもっと硬い……膜のような何かを蹴る感触。だが俺は力任せにその女を蹴り飛ばし、背中から甲板に着地。転がりながら立ち上がり、そして熱源感知の反応に従ってその場を跳び退る。

 

次の瞬間には俺が数瞬前までいた場所にいくつかの穴が開く。鋼鉄の甲板を貫く威力だ。俺の多重結界すら抜きかねないぞ……。

 

「マシロ、船のことは気にしなくていい!」

 

すると、さっきまで俺とコイツらの戦闘のどさくさに紛れて物陰に隠れていたネモがあの女にそんなことを呼び掛けた。だが俺を見るその瞳には薄く涙が浮かんでいて、まるで俺に"ここから逃げてくれ"と言っているかのようだった。なんでお前がそんな顔をするんだよ……それなら───

 

「っ!?」

 

───ゴウッ!!

 

それなら───その先を俺が思考することはできなかった。何故なら純粋な力の塊が俺の頭上を通り抜けていったからだ。それは純粋な聖痕の力そのものであり、本来俺達聖痕持ちそれぞれの肉体をフィルターにして様々な現象という形で世界に現れるはずのそれが、殆どそのまま放たれたのだ。咄嗟に這い蹲るように倒れ込まなきゃ俺の上半身は完全に消し飛んでいただろう。それも、死者蘇生のアーティファクトごと。

 

だが今の攻撃で何となくコイツの力が掴めたぞ。なるほど、コイツの聖痕は力をただ力のままに操るのか。この力の砲撃が1番分かり易かったが、あの不定形の刃も、マシロとか言うらしいあの女を覆っていた結界みたいな膜もそれか。

 

不可思議な膂力も、筋繊維や骨格、関節をその力で無理矢理に補強した結果なのだろう。その瞬発力に付いてこれる神経系すらも補強できると考えて良さそうだ。でなけりゃ流石に神の使徒レベルの身体駆動には目が追い付かない筈だからな。

 

けどそれで発揮出来る身体能力は俺の強化の聖痕程ではないな。根本的にその形で出力されている俺の力と違ってコイツのこれはそもそもが応用編。扱いが難しいんだ。

 

だから身体能力は今の俺と同じ程度までしか発揮できず、直線的なスピードはあの力を推力として発揮して補っているのか。

 

ま、もっとも今みたいな単純な砲撃の火力は流石聖痕の力だ。今のも射角をやや上に向けていなきゃどこまで破壊が広がってたか分かりゃしない。

 

さて、こっちも聖痕が使えればこういう奴は俺の敵ではないのだけれど、使えない以上はこの火力は厄介極まりない。何よりさっきの力を弾丸みたいに小刻みに発射するやつ。あれでもう1人の聖痕封じの手錠を破壊されると面倒だ。まずは捕まえたあの女の方からご退場願おうか。

 

と、俺は円月輪のアーティファクトを1組召喚。あの火力じゃビット兵器の金剛程度では盾にすらならないし、大盾のアーティファクトも同様だ。この空間を繋ぐ魔法を付与した円月輪であの馬鹿みたいな威力の砲撃は明後日の方向へと飛ばさせてもらうぞ。

 

そして更に追加で越境鍵も召喚。事情を説明している暇は無いがユエ達の元にこの女を飛ばしてしまおう。

 

と、俺が鍵で扉を開こうとした瞬間───

 

「うるぁっ!」

 

マシロが背中から力を推進力にして俺に飛び掛ってくる。しかもさっきまでとは桁違いの力を纏い、その手に集められた聖痕の力は俺の多重結界程度なら容易く打ち砕けそうな気配だ。だがな、異世界製のアーティファクトを舐めんなよ?

 

「───っ!?」

 

俺は目の前に空間魔法で繋がった円月輪を広げる。奴の視界にはもう片方の出口から見える海面が見えている筈だが、寸前で広げたからな。急停止は間に合わず、マシロは俺の背後でドッバァァァン!!と大きな音と水柱を上げながら海中へと突っ込んだ。

 

その隙に俺は越境鍵で扉を開き、家でのんびりとテレビを見ていたユエの目の前に現れる。

 

「……えっ」

 

「ユエ、この女の手錠は外すな。あと逃がさないでくれ」

 

急に扉が開いたかと思えば朝のオホーツク海の冷たい空気と潮風、更にいきなり俺が手錠を嵌められた見知らぬ女を投げ込んだことでユエはその大きな紅の瞳が零れ落ちんばかりに目を見開いている。

 

「じゃっ!」

 

海に突っ込んだ程度じゃ直ぐに浮上してくるからと俺は返事も聞かずに扉を閉める。その瞬間、俺の背後で再び水柱が上がりマシロが急浮上してきた。

 

「っのぉ!!」

 

さらに空中で肩甲骨あたりから力を噴出させての超音速の飛び蹴り。それを1歩横に躱して、脚が甲板を貫通して動きの止まったマシロにカウンターの膝蹴りを顔面に入れようとするが、マシロは右手からあの砲撃を放つ。

 

ゴウッ!!という音と共に放たれたそれを辛うじて身を捩り躱す。だが流石にこのゼロ距離で、しかも膝蹴りをキャンセルしてからでは完璧には躱しきれずに脇腹を少し抉られる。しかも粒子の聖痕の攻撃と違ってこっちは熱量で傷口が焼かれないから普通に出血がある。今はまだ致命傷じゃないし、俺にも治癒力変換の固有魔法があるからしばらくは大丈夫とは言え、このパワーを相手にあまりそっちにばかり魔力は回したくない。

 

ただでさえコイツを覆っている力のせいで絶対零度が効いていないんだ。魔力や魔素はなるべく攻撃に回したいし。

 

しかもこのままだと手錠を掛けようとしても聖痕を塞ぐ前に手錠ごとぶっ壊されるだろう。まずはコイツの意識を奪う!

 

俺が剛腕の固有魔法を使いながらマシロの顔面をぶん殴ろうとすると、マシロは背中から推力を放出して勢いよくその場から離脱。俺の拳は空振りに終わる。

 

そしてマシロは空中で体勢を整えると右手から、刃渡りで言えば1メートル程度の力の刃を形成。ズッッッバァァァァァン!!と空気の壁を突き破り、超音速で俺に突っ込んでくる。

 

ゴバァァァッ!!という爆音を轟かせて振るわれるその刃を俺は跳び退って躱し、勢いのまま空へと飛んでいったマシロ目掛けてこちらも超音速の氷の礫を放つ。

 

マシロを逃がさぬように奴の身体を全方位から打ち据えた氷の礫だが、あの力の鎧は相当に硬いようで、身体を丸めたマシロにはそれほどダメージが届いていない様子。逆に、力の放出を球体状に行うことでそれらを全て吹き飛ばされてしまう。

 

だがその一瞬の間に俺は対物ライフルを召喚、それが放つ超音速の弾丸を最大火力でマシロに叩き付ける。

 

───ドパァッ!

 

と、何かを吐き出すような発砲音を置き去りにした弾丸は、赤い閃光となってマシロに届いた。だが弾丸は貫通することもマシロの身体を粉々に砕くこともなくただ奴のバランスを崩すだけに終わる。やはりあの聖痕の力の鎧は硬い。分解の魔力による防御を使う神の使徒よりも硬いとなると、さてどうやって崩すかな……。

 

俺はマシロの真下に巨大な魔法陣を展開。そこからエヒト共との戦いで神山を叩き潰した氷の槍と同じくらいの大きさの槍を超音速で大量に射出。

 

巨大な質量を持つ物体が空気を切り裂き辺りから音が消えた。だが瞬光も使って知覚を拡大した俺には巨槍がマシロを強かに打ち据えているのが分かる。流石にこれだけの威力であればあの防御も多少は貫けるようで、掠めただけで神域の魔物ですら肉片となる魔槍を受けてなお人の形を保ってはいるが、それでも圧倒的な質量と速度の暴力によってマシロは錐揉みしながら打ち上げられた。

 

だがそれでもまだ気配感知の固有魔法はマシロには意識があることを伝えてくる。このままこれを続けてもそのうちまた出力を上げた全方位放射で槍ごと打ち払われるのがオチだ。

 

ならばと俺は槍の竜巻を収め、豪脚と縮地で一息にマシロとの距離を詰める。そして俺の聖痕を塞ぐこの船から大きく離すために蹴り飛ばそうとしたその時───

 

「───っ!?」

 

さっきまで意識はあるが全身を打ち据えるダメージでろくに動けなさそうなマシロの目がかっ開いて俺を見据えた。咄嗟に空力と縮地で身体を捻り、マシロの正面から身体を逸らしたその時───

 

 

───ゴッッッッッ!!

 

 

と、マシロの右手から破滅的なエネルギーの奔流が解き放たれた。それは俺の左腕の肘から先を消し飛ばし、空に浮く雲に風穴を空けた。

 

「っりゃあぁぁぁ!!」

 

更にマシロは俺の脇腹に蹴りを突き刺す。しかもその脚から聖痕の力が爆発し、俺をノーチラスの甲板へと超音速で叩きつけた。

 

「ぶっ……!!」

 

全身を金剛で覆った上で変成魔法による肉体の強化がなければ今頃俺は全身を粉々に砕かれていただろう。

 

「がっ……あ……ぶっ……あぁ……」

 

鋼鉄の甲板に全身がめり込んでいる。変成魔法による強化はギリ間に合ったが、龍鱗の鎧までは届かなかった。おかけで今の一撃を喰らった俺の身体はズタズタだ。いくらトータスで魔物を喰らって人外の強度を手に入れたところで聖痕の力にはそうそう敵うものではないし、あの威力で蹴り飛ばされてこの速度で鋼鉄に叩きつけられればそりゃあ身体中の骨が砕け、内臓も幾つか破裂しようものだ。

 

俺は宝物庫から取り出した神水を、痛みを訴える身体を無理矢理に魔力の直接操作で動かして飲み込む。そうすれば砕けた骨は直ちに修復を始め、破裂した内臓も姿を取り戻し、どうにか身体を動かせるようにはなった。

 

だが神水は欠損した四肢までは戻せない。俺の左腕はどこかで再び銀の腕(アガートラーム)を発現させるか再生魔法を使わなければならない。

 

けれどこの艦隊の近くでは聖痕は封じられているし再生魔法のアーティファクトを使う余裕をマシロは与えてくれないだろう。向こうも俺の槍で相当にダメージがたまっているようで、あの蹴りの直後に追い打ちを掛けてくることはなかった。だからそこ神水が間に合ったのだが、あのままもう一撃を喰らわせる余裕があったなら俺は再び殺されていた。

 

死者蘇生のアーティファクトはあるが、それが残るかは分からないし、残って、発動したとしてもその瞬間に再び殺し直される可能性もある。そうなればそのうち俺の魔力が尽きて俺は完全に死ぬだろう。

 

神水のおかげで左腕の失血は止まった。俺はややバランスの悪くなった身体を起こしてマシロを見上げる。

 

バキバキと、俺は全身に黒鱗を纏い始める。今はとにかく防御力を高めなければ、またいつ全身を砕かれるか知れたものじゃない。ただ分かったことは1つ。アイツを倒すにはトータスやリムルのいた世界の魔法じゃ駄目なようだ。やはり聖痕には聖痕(アガートラーム)をぶつけないと……。

 

俺は重力操作のスキルで浮き上がり、そのままノーチラスから離れるように空へと飛び出した。そうすればマシロは死に損ないの俺を逃がすまいと背中から聖痕の推力を噴き出して俺を追う。

 

だが俺だって一応は魔王の端くれ。重力操作のスキルと言えど超音速駆動が出来ないわけじゃあない。

 

ティオの龍鱗で身体をソニックブームから守りつつNの艦隊から離れる。だがマシロは俺を追って来ない。どうやらこの船の聖痕封じの範囲はそれほど広くはないらしい。

 

マシロは馬鹿みたいな火力の砲撃で俺を打ち落とそうとするがそれだけ。しかも───

 

「……」

 

無言でその矛先をキンジ達の方へ向ける。その上分かりやすく手の先には力が集まっていて、俺はその射線上に入らざるを得ない。

 

そして俺が目の前に現れるのを待ってから態々放たれた聖痕の力による砲撃。武偵法も遵守しなければならない俺は、眼前に空間魔法を付与した円月輪を召喚してその砲撃を直上の空へと逃がす。

 

アイツの力の鎧は確かに強力で、ただの物理攻撃であれば大概は弾けるのだろう。だが空間魔法はどうだ?それも、その力が存在する空間ごと削り取る魔法なんだ。物理的な強度なんて関係無いだろう?

 

と、俺は内側には転移の空間魔法を、刃には空間ごと削り取り目標を切り裂く空間魔法を付与した円月輪をマシロの背後から迫らせる。

 

「ギッ───!」

 

最悪真っ二つにして聖痕を塞いでから死者蘇生のアーティファクトで甦らせようとしたが、マシロはギリギリのところでこれを回避。だが脇腹を切り裂かれ鮮血が舞う。

 

致命傷には程遠いがようやく目に見えてダメージを受けたな。こっちはこれまでに全身砕かれたり内臓破裂させられたり散々だよ。

 

だがマシロはあの力で傷口を覆ったようで、出血そのものはすぐに止まってしまう。もっとも、怪我が治ったわけではないから動きは多少鈍るだろうが。更に俺はマシロの背後から氷の巨槍を放つ。超音速で大質量の物質を叩きつけられたマシロがこちらに吹っ飛んでくる。だが一瞬の後には力の鎧を固めて槍を弾く。それでも完全に意識は逸らせた。マシロの意識が俺と自分の背後にいったその隙に、俺は広げた円月輪で上からその輪の中心を潜らせるように通した。当然それには転移の空感魔法が発動させられていて、その出口の先は、俺の背後200メートル向こうなのだ。

 

そして俺は反転しつつ超音速飛行で一息にマシロの眼前へと迫る。そこでようやく俺の欲しかった感覚……セカイとの繋がりを感じられるようになった。だがマシロの判断は素人のそれとは思えない早さで、俺の背後に飛ばされた瞬間にはその右手を俺に向けていた。

 

「消し飛べ!」

 

そして放たれる圧倒的な破壊。純粋な力そのもの故にその火力は絶大。いくら俺の身体が頑丈に作られていて、その上変成魔法でティオの黒い鱗を纏っていたとしても一瞬の抵抗も許されないだろう。

 

けれど、ここにはもう俺を縛るものは何もない。俺とセカイは再び繋がったんだからな。

 

 

───来い!銀の腕!

 

 

───ゴウッ!!

 

 

と、轟音が俺達を包む。力の奔流に対してぶつけられたのは銀色に輝く俺の右腕。その手の甲が開き、無色のまま放たれた力そのものを吸収していく。

 

 

──銀の腕・煌星(アガートラーム・セイリオス)──

 

 

背中のパイプ型スラスターは円環に、腰にはスカートアーマーが現れ、そして両腕は銀色の腕へと変わる。

 

更に背中の円環には白い焔の翼が3枚。さぁマシロ、これで俺も聖痕を発現させられたぞ。

 

「ぐっ……」

 

俺の聖痕のことは知っているのだろう。マシロは悔しげに顔を歪めた。けどもう(おせ)ぇ。強化の聖痕も引き出したんだからな、こっからは力技でも負けねぇよ。

 

俺は一瞬で肉薄するとマシロの鳩尾に拳を叩き込む。銀の腕が聖痕の鎧を貫き、マシロの肉体に俺の膂力を届かせた。

 

「ごっ───」

 

内側からも聖痕の力で補強しているんだろうが、俺の膂力は人のそれを遥かに上回る。マシロとやらの聖痕はそもそもがただ力を力のまま放つ聖痕なのだ。内側からの人体の補強なんて綿密な力の制御を求められるそれは、ただの保険程度でしかない。そして俺の腕力じゃ、そんなものは無いのと一緒だぜ。

 

俺の打撃を受けて悶絶するマシロ。更に俺は右裏拳でマシロの顎を打ち据える。普段聖痕の力による防御に頼っていたマシロはそれで脳震盪を起こしたようにカクンと全身から力が抜けた。

 

「っと……」

 

海中へと落ちそうになったマシロを受け止め、俺は取り出した聖痕用の手錠をマシロの両手に嵌めた。

 

「はぁ……」

 

久々の聖痕を全力で開いての戦闘。それに加えて全身の骨をバキバキに砕かれたダメージ。怪我は神水で治ったがどうにも疲労感が凄まじい。

 

俺は越境鍵で再び家への扉を開くと、胡乱気な目をしたユエの元へとマシロを放り投げる。

 

「また頼むよ。コイツも手錠外さないでな」

 

と、それだけ残して俺はまた扉を閉じた。扉を閉じる直前、ユエは何かを言いたげに口を開いたのだが、その美しい花弁が何か具体的な音を発する前に俺は繋がりを切ったのだった。

 

何せまだ俺にはやらなくちゃいけないことが残っている。ネモと、それからモリアーティを逮捕しなけりゃならないんだからな。

 

 

 

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