セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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潜水艦隊VS魔王

 

 

シャーロックは自ら指揮する伊・Uの垂直発射システム(VLS)のハッチを8門開かせ、直ぐ様そこから対艦巡航ミサイルを放ちやがった。

 

「───トマホークね……」

 

アリアがそう呟いた。そしてその通り、あれはタクティカル・トマホーク。アメリカの軍需メーカーの開発した第4世代のトマホークだ。シャーロックの野郎、東西問わずに好き勝手に兵器を搭載しやがって……。

 

そしてネモが乗るノーチラスからは魚雷迎撃魚雷(シースパイダー)個艦防空用ミサイル(シースパロー)が放たれる。

 

で、イ・ウーから放たれたトマホークはトマホークで、一部がフレアとチャフを搭載しているらしく、ノーチラスの迎撃システムを欺瞞しようとしている。

 

そんな海戦を、俺は一旦戻った流氷の上でキンジ達と眺めている。

 

本当はさっさとネモを捕まえたかったのだが、シャーロックの野郎が先制攻撃で魚雷を放ちやがったのだ。

 

しかもマシロとかいう奴と俺が戦っている間にも更に追加で魚雷を打っている上に、ネモはネモでそれの迎撃指揮を執るために艦内に戻っちゃったしで、キンジ達の保護も兼ねて戻らざるを得なかったのだ。俺が留守にしている間に下手にノアやノーチラスの主砲や副砲でコイツらを攻撃されても困るしな。

 

本格的なそれは俺とマシロの決着を待ってから始められたらしいこの海戦。それ自体にはそれ程の興味もなく俺はただそれを眺めている。と言うか、あの天才(バカ)共が周りの被害を欠片も鑑みないせいでこっちに大津波が迫ってんだよ。

 

魚雷の爆発が、冬の海の海水を流氷混じりの高波に変えて俺達に襲い掛かる。そしておそらくシャーロックは俺がここに戻ることを想定して魚雷や巡航ミサイルでの戦いを始めやがったんだ。

 

しかも間の悪いことにNの艦隊から離れたにも関わらず俺とセカイの繋がりが途切れる感覚。Nの艦隊のどれかが聖痕を封じるエリアを広げたんだろうよ。まったく、どいつもこいつもこんなんばっかりかよ。

 

「そこぉ動くなよ!!」

 

俺はキンジ達にそう叫んで元素魔法による氷の笠を展開。流線型に俺達の乗る流氷を覆い、襲い掛かる大瀑布を周りの海へと受け流す形だ。

 

いくら俺が魔王と言えど、総重量なんて考えたくもない莫大な量の海水と流氷を受け止める氷の壁を生み出すためにはこれまたとんでもない量の魔素が必要で、そして数の暴力の権化を受け止め、笠を虚空に維持するためにもそれなりの魔素量が持っていかれる。

 

だが俺は魔素をガリガリと持っていかれる倦怠感なんかおくびにも出してやらない。特にシャーロックにそんな顔を見せてやるもんか。俺はこんなもんには負けねぇんだよ。

 

 

───ドドドドドドゴゴゴドドゴゴゴゴゴッッ!!

 

 

と、莫大な量の海水と流氷が、俺の生み出した氷の傘にぶつかり、それだけで圧力すら感じる程の轟音を立てた。それを見てサンドリヨンは腰を抜かし、キンジやアリア、雪花、ラプンツェルも呆然とそれを眺めていた。

 

けれどもそれは長くは続かない。やがてそんな暴力も終わりを迎えると俺は氷の傘を砕いた。

 

「……怪我ぁねぇな?」

 

「あ、あぁ……」

 

見ればまぁ全員無事そうだ。ビックリして腰抜かしたサンドリヨンだけはすっ転んでケツを氷にぶつけたみたいで、痛みにそこを摩っていたけどその程度。

 

だが戦いはここからだ。シャーロックの指揮する伊・Uから放たれたトマホークの波がどんどんとナヴィガトリアに襲い掛かり、それを射撃管制システム(FCS)を載せているらしい対空砲火でナヴィガトリアが迎撃していく。なんだあれ、戦艦が潜水艦になったりイージス化したりしてんのか。

 

そして、何やら俺達の方へとパラパラと大小の氷が降り注いでいる。これは……ナヴィガトリアが放った榴弾で砕けた氷山空母の破片か。

 

シャーロックからだけでなく武偵高でも教わったけど、自分の近くの木やガラスに敵の銃弾が当たると破片が飛んでくるから気を付けろって言うのは有名な話。そしてこれはそれの艦砲版だ。しかも跳ね飛んでくる破片は小さな木片やガラス片などではなく、下手したら成人男性の拳よりも大きな氷の礫なのだ。

 

「まったくどいつもこいつも……」

 

ちょっと大きい破片なんかが当たれば、当たり所が悪いと俺以外の奴ら致命傷になりかねないぞ。

 

「固まれ!!」

 

そう叫んだ俺は再び氷の傘を展開。ただし、今回のそれはそこまで規模は大きくない。今回の暴威はさっきの大津波と違って、この流氷丸ごとを飲み込むようなものじゃあない。俺達だけを覆うような氷に次々と氷山の破片がぶつかり大きな音を立てる。だが足元の流氷と違って俺の生み出したこれに亀裂やクレーターのできる様子は無い。そんなヤワに作ってないしな。

 

文字通り雨霰(あめあられ)と降り注ぐ致命の氷を受け止める氷の傘。だがその波も一旦落ち着き、ようやく自然の氷と魔素の氷のぶつかる音が鳴り止み、俺はまた氷の傘を砕く。

 

夜の明けた太陽に輝くハズの朝の空ではフレアとチャフが炎の輝きを放ち、爆炎と砲撃が黒雲を空に巻き上げ、海に落ちた莫大な海水が跳ね上がり白い水蒸気が辺りに漂っていて、それらが三重に渦を巻いていた。

 

俺も大概人智を超えた力を持っていると思っていたけれど、やはり人類が他の人間に抱く殺意と悪意と敵意が生み出した兵器と比べたら俺1人が持っている力なんて本当にちっぽけなものだと思う。俺がいくら頑張ったってこんな風な空模様は生み出せないだろう。俺はトータスじゃあ山を1つ消し飛ばしたりもしたけど、そんなものはきっとこの世界の技術でもやろうと思えば出来る。それはこの赫く爛れた空を見ればよく分かる。

 

まったく嫌になるね。こんな風に戦って戦って……俺はいつまで戦い続けるんだろうか。それとも、モリアーティを逮捕してしまえば全て終わるのか?

 

だが、俺はどうしてもそうは思えなかった。アイツらは組織だ。それも、一枚岩ではないと言ったってどうやらイ・ウーよりも纏まりのある組織みたいだし、ここでモリアーティを逮捕しただけじゃきっと終わらない。Nは活動を止めることなく、この世界の時代を巻き戻し続けるだろう。そしていつか"神"をこの世界に据えて、この世界そのものを作り替えるのだ。

 

別に世界が多少変わろうとも俺にとってはどうだっていいことだ。そもそも、Nの───ネモの目指す社会はきっと俺や俺の家族達みたいに人の枠から外れている奴らにとって今よりは多少生きやすい世界だろうから。けれど、コイツらはその世界を作るためには犠牲もやむ無しなんていう思考回路をしていて、実際世界各地でテロ行為を起こしているのだ。そんなことを許した上で成り立つ世界なんて、俺や……俺の家族は受け入れられない。何よりも神様なんてものを俺達は信用していない。しかも人の手に拠って据えられた神様なんて、信用に値する訳がない。

 

だから俺達はネモの最終目標そのものこそ応援したいけど、そのやり方には賛同できないから友達って形に落ち着いたんだ。

 

そして俺の思考はそこで止まらざるを得ない。何せ、イ・ウーの放つ攻撃に対する防御を全てネモの指揮するノーチラスに任せて、ノアとナヴィガトリアが持つ主砲と副砲の砲門が全てこちらを向いたからだ。人間が丸々入るようなサイズの砲門から放たれる砲弾を受けたら、それこそ人間なんて影も形も残らねぇぞ。

 

そしてアイツらの狙いはキンジやアリアじゃない。俺だ。キンジ達を狙っている()で、俺をこの場に留めることが奴らの狙い。けどよぉ、俺がそんな手に乗ってやると思ったのかよ。

 

重力操作のスキルでフワリと浮かび上がり、俺がキンジ達の乗る流氷を氷の笠で3度覆ったのと、ノアとナヴィガトリアが死の引き金を引いたのがほぼ同時。

 

俺はその破滅的な炎が見えた瞬間には宝物庫から電磁加速式ガトリング砲を2門召喚。6×2の12門の銃口が唸りを上げて回り出す。そして、異世界製の死神の鎌と科学技術の粋を集めた地獄の使者が北の海の上でぶつかり合った。

 

そこに音は無かった。紅い閃光と火線が衝突し煌びやかに砕け散る。爆炎が煙と共に俺を焼こうと迫るがそんなもの、熱変動無効を纏っている俺には何の痛痒も与えはしなかった。

 

「……アリア」

 

円月輪で傘の中と外を繋いだ俺はガトリング砲の斉射を止めて傘の中へと戻った。

 

「何よ……」

 

真上で行われた爆炎と閃光の応酬に呆気に取られていたらしいアリアがらしくもなく小さく答えた。

 

「モリアーティはシャーロックがやりたいだろうからアイツに譲ってやる。けどナヴィガトリアも潰さなきゃこの傘は解いてやれねぇ。だから俺が向こうを潰す」

 

でなければ向こうの弾薬が尽きるまで俺達はここに押し留められてしまう。俺の魔素が尽きるのが先か、向こうの弾薬が尽きるのが先か。比べっこをしてやるほど暇じゃあない。そして問題は、神水では魔素は回復しないことにある。

 

今もあの2隻が放つ火線によって俺の魔素はどんどんと削られていく。リムルじゃないんだ。聖痕の力を抜きにした俺の魔素の量は覚醒魔王としては平均よりもやや低い数値に落ち着く。それでもあっちの世界の基準であってもとんでもない量だし、実際1人で戦艦2隻の全門斉射を受け止めている時点でとっくに人間なんて辞めている。

 

だからってこの均衡を永遠に保っていられるほどの魔素はもうない。マシロとの戦いでも多少減らされているのもあって、この減り方でいけば1時間程度しか耐えられないだろう。さてさて、向こうはどれ程の弾薬を積んでいるのかな。そして、この1時間という数字はあくまでも向こうに隠し球が無かった場合に限る。もし向こうにもう1人聖痕持ちがいたら、きっと耐えられないぞ。

 

「……これは、耐え切れるのか?」

 

「あぁ。あと1時間はこの雨に晒されても穴ぁ空かねぇよ」

 

不安そうなキンジに俺はそう答えてやる。

 

「天人、アンタならあたしとキンジをネモの船に乗せられるんじゃない?」

 

さっさとあのウザったいナヴィガトリアを抑えてしまおうとした俺にアリアがそう問いかける。

 

「出来ると思うよ。まぁ、やらないけど」

 

「なんでよ!!」

 

「……これは俺んワガママだよ。ネモを逮捕するのは俺じゃなきゃ嫌だ。お前らにやらせたくないってだけ」

 

犬歯剥き出しのアリアに俺はそう答えた。本当の本当に個人的な理由。ネモに手錠を嵌めるのは俺じゃなきゃ嫌なんだという我儘。だが2隻の潜水艦からの斉射を俺が1人で受け止めている今のこの状況は、それを押し通せるだけの条件が揃っていた。

 

「じゃ、そういうことで。……安心しろよ、ちゃあんとお前らは守ってやる」

 

俺は円月輪のゲートを潜って氷の傘から出ていく。勿論背中を氷で囲ってアリア達が押し通れないようにしながらな。

 

そうして再び戦禍の中に飛び出した俺は、手に電磁加速式のサブマシンガンとアーティファクトのトンファーを持って重力操作のスキルで空へと浮かび上がった。

 

当然俺の元には火線が集中する。だがそれを電磁加速された異世界製の弾丸で撃ち払う。そして砲撃の間を縫うように重力操作のスキルでナヴィガトリアへと接近を試みる。

 

そんな俺を、それでも撃ち落とそうとしてか、30mm8連装機銃、12.7mm4連装機銃、10.2cm連装高角砲、副砲のマークⅡ単装速射砲───とにかく俺を狙える位置にあるものが片っ端から火を吹いている。だがナヴィガトリアは元々は戦艦バーラム───大戦時代のものだ。現代のファランクス(CIWS)のような速射性は無いし、あったところで瞬光を発動させた俺なら躱しきれる。だがナヴィガトリアは更なる攻撃手段として、主砲のマークⅠ連装砲を俺に向けてきた。

 

戦艦の主砲───それもこれから放たれたのはマークXⅦbと言う196キロの火薬で放つ879キロの徹甲弾。そんな化け物みたいな徹甲弾は本来はもっと大きく動きの鈍い的に目掛けて放つもの。人間サイズの小さく小刻みに動くターゲットなんて当てられようもない。もちろん俺はそれを躱す……までまもなく遠くへ外れて飛んでいったのだが、マッハ2で飛ぶあの質量の物体が生み出す衝撃波は甚大。

 

所詮は自分にかかる重力を操っているだけの俺は思わずその風圧に流される───のだがそれを利用して弾幕を抜けつつさらにナヴィガトリアに接近。近付けば近付くほどに分厚くなる弾幕に、俺は空力と縮地、豪脚をまとめて発動。一息に弾幕を抜けて超音速で艦橋上部───一本橋の信号桁へと突っ込んだ。いや、勿論直前で急ブレーキを掛けましたよ?でないとこの細い平均台みたいな信号桁が折れるし。

 

すると、カツカツとハイヒールの足音を響かせながらこちらへ上がってきたのは頭に角を生やし、チラリと見えたが鹿みたいな尻尾を生やした気の強そうなスタイルの良い女が1人───ルシフェリアだ。

 

下手なビキニ水着よりも露出の多い衣装を纏い、その顔はバッチリとメイクで決めてある。だがそれは言葉に表しようがない程に似合っていて、シアよりも露出している衣装はそれを着ているのが当然のように見えるし派手なメイクはしかしケバケバしさなんて微塵も感じさせない。彼女の持つ魅力を最大限に引き出すその化粧は完璧な黄金比を与えられた神の使徒とはまた違った美しさがあった。

 

背後でノアが潜水を始め、ノーチラスは撤退をしていく。おかげでガリガリ削られていた魔素にも多少の余裕が生まれる。その上、ルシフェリアが何やら手で指示を出すと直ぐにナヴィガトリアからの砲撃も止む。さらに、艦橋のドアを盾にしながら俺にアサルトライフル(FN SCAR)サブマシンガン(イングラムM10)グレネードランチャー(チャイナレイク)を向けて覗いていた人ならざるものの女達がそれらを引っ込めた。ただ彼女達の顔には、敵を見るのとは別の()()()が浮かんでいるようにも見えた……。だが、それらに俺が疑問を挟むまでもなく、ルシフェリアが蠱惑的な笑みを浮かべて俺を見る。

 

「───あの弾幕を抜け、我の艦に乗り込んでくるとは大した人間……いや、()()氷を見れば、もうそちはそんな器には収まらんかの」

 

随分と古臭い日本語を使う奴だ。誰に教わったんだよそれ。ま、頭に生えた角を見れば明らかに霊長類としての人間じゃあないから、案外長生きなのかもな。

 

「……んなこたぁどーだっていい。俺ぁただお前を逮捕しに来ただけだ」

 

1音1音艶があり、凛として澄んだその声に、俺はただぶっきらぼうにそう返した。お互いの距離は6メートル。拳銃の平均交戦距離だけど、はてさて、コイツに普通の拳銃が通用するのかな。

 

「報告によればそちはヒュドラ殺しを成し遂げ、ラスプーチナも討ったとか。例え聖痕を封じられていようと、ここでもレクテイアでもない別の世界の技をもって、我らが目指すこの世界への侵掠の妨げになるようじゃの」

 

「で、それを知って、あれを見て、それでも俺の前に出てくるお前は随分と自信家なんだな」

 

俺はわざとらしく懐から──そこから出したと見せかけて本当は宝物庫からだが──超能力者用の手錠を出して見せびらかす。これで今からお前を捕まえるのだと宣言するように。

 

「───敵から逃げるなど!ルシフェリアにはあってはならぬことよ!!」

 

けれどルシフェリアは今日日強襲科くらいでしか聞かないそんな敵前逃亡禁止の空気を出してきた。あっそ、まぁ逃げても捕まえるけどね。つーか、ルシフェリアってのは個人の名前と種族の名前のどっちでもあるんだな、面倒な奴だ。

 

「そちこそ知っておろう?ルシフェリアはそちの言葉ではルシファーと呼ばれておる。悪魔の最上級の名で、実際に我はそうなのじゃ」

 

悪魔って言われるとディアブロとか、リムルのとこにいた奴らが思い起こされるけど、ルシファー……俺がミュウにあげた生体ゴーレム軍団の中の1匹がそんな名前だった気がするな。あれ悪魔の名前だったのか。……なぜミュウはそんな名前を?

 

「……何か反応せい。それとも、凄すぎて言葉も出ないのかの?」

 

思わず押し黙ってしまった俺にルシフェリアがそんなことを言ってきた。あぁごめんね、全然別のこと考えてたわ。

 

「ルシファーとか何とか言われても知らん」

 

それ、娘のペットの名前です、とは言わないでおく。と言うか、コイツに"神代天人には娘がいる"なんて、下手したら弱味になるような情報は与えたくなかった。

 

「ふん、話に聞いてはいたが無知な奴じゃのう。……まぁよい、今降伏して我の靴を舐めるのなら殺さずにやってもよい。そちの身柄は……そちを恨む者───アスキュレピョスの姉妹達に渡せば良い下賜品になろう」

 

悪かったな頭悪くて。と、俺は降伏勧告に対してもそんな悪態しか頭に思いつかない。と言うか、コイツはやっぱり俺に勝てる前提で話すんだな。

 

「御託はいいよ、やるんなら相手になってやるから掛かってこい」

 

こういう相手は怒らせて冷静さを失わせてやろうと、敢えて俺は強い言葉でルシフェリアを煽る。だが、ルシフェリアは確かにカチンときたような顔をしたがそれも一瞬。直ぐに冷静な顔に戻って戦いの構えをとった。……案外落ち着きのある奴だな。

 

「野蛮で原始的な男なんぞが我に喧嘩を売るか。ならば望み通りこの場で八つ裂きにしてやるのじゃ」

 

そんなこと望んでねぇよ、なんて言ったところで聞いてくれなさそうだ。あと、顔には出さないだけで結構怒ってるのね。そりゃあ良かった。でなきゃ俺はただ無駄にイキっただけになっちゃうからな。

 

「…………」

 

ふっと息を吐いて無言を貫く俺に、ルシフェリアも何かを言い出すことはなかった。そして、対峙する俺達の間に一陣の風が駆け抜け、その際に靡いた髪の毛の質量の移動に合わせてルシフェリアが動いた。

 

助走無しの側転1発。その手裏剣のように回した手足の1巡で俺の眼前に迫るルシフェリア。確かに自信家だけあってそれなりに速い。けれどそこまで。この戦いが始まってからこっち、ずっと瞬光を使いっぱなしの俺の知覚で捉えられない速度じゃあない。

 

片手を支点に落ちてきた蹴りが2発。さらに手刀が1薙ぎ。それらを受け流すと今度は平拳2発からの飛び膝。俺がその膝を握力で受け止めるとルシフェリアはそこから何やら超能力のようなものを発しようとして───

 

「───っ!?」

 

───何も起こせないことに彼女は驚愕した。

 

俺にとっちゃ別に不思議なことじゃあない。ただ氷焔之皇でルシフェリアの持つ超能力の類を全て凍らせただけだからだ。

 

さらに掴まれた膝はそのままに左脚で俺の側頭部を狙った上段蹴りの、その蹴り足をそのまま掴みとる。その蹴りもさっきまでの3連撃2つと比べると威力なんて無いにも等しい。さっきまでの攻撃にも超能力的手段で何らかの補助を入れてたみたいだからな。そして、蹴り足を掴まれて驚愕に固まるルシフェリアの膝を押し、身体を回転させるように投げて信号桁の上にうつ伏せに叩きつけた。

 

ダァン!という音と共に落ちたルシフェリア。そこまで強く投げたわけじゃなかったけど、何故だかルシフェリアが動かなくなる。超能力やなんかは封じてあるし、今のコイツの物理攻撃なら俺には通らないので取り敢えず露出の激しいハーフバックから見える半ケツの上にピョコリと生えた短いシッポを引っ掴む。それも、ムギュっと音がしそうなくらい。すると───

 

「ぴゃあああああああんっ!?」

 

と、鳴き声……と言うより甲高い喘ぎ声がルシフェリアから発せられた。分厚い防圧ガラスの向こうからもレクテイアの女乗組員達がその分厚さを貫通するくらいの大声で何か叫んでいるし。……どうやら、ルシフェリアの尻尾を掴むのは割と不味い行為だったかもしれん。

 

だがそんな事情は後回しでいい、取り急ぎコイツは逮捕してしまおうと、尻尾から手を離して手錠を取り出すのだが、ルシフェリアが身体を丸めてまるで土下座みたいなポーズになってしまった。そして、声にならないくらいの音をワナワナと震えながら発し、顔を赤く染めて俺を睨み上げた。

 

「……なんだよ」

 

すると、ガガシュンッ!という音が断続的に響く。……これは、砲塔の防水隔壁が閉じる音だ。確かにこの船は俺とルシフェリアが戦い始める直前から潜水し始めてはいた。だがそれは、足場をどんどんと狭くしてルシフェリアをアシストでもしているのだと思っていた。けれどこれはもうそうじゃない。まだ艦長が外にいるんだぞ。どういうことだ……?

 

「カミシロタカト、急ぎ我の首を落とせ。皆がそれを見らるうちに、皆の前で。下劣な男などという異種族に負けることは、ルシフェリアにとってはあってはならぬこと。それを犯してしまった以上、我は潔い死に様でしか面目が立たぬ。艦が沈む前に、やれ」

 

面倒くさ……しかも周りを見れば窓の向こうからこっちを見ている奴らも騒ぎはしているけど、それは潜水をするかしないかじゃない、皆そんな覚悟はとっくに出来ていて、顔は介錯人のそれだ。なるほどね、このまま潜水すればルシフェリアは死ぬ。それがコイツにとっても1番良いとアイツらは思ってるんだ。

 

「早くやれ!」

 

「……嫌だね。そもそも俺ぁ法律で殺人を禁止されてる」

 

だから手ぇ出せ、と俺が手錠を見せながらそう催促すると、ルシフェリアはバッ!と動き出し俺から手錠を奪い取った。げっ……なんか降参した風なこと言ってたから油断した。で、俺がそれをもう一度奪い取ろうとすると───

 

「は……?」

 

ガチャガチャと、ルシフェリアは素早く片方の輪っかを自分の右手首に、もう片方の輪を柵に掛けてしまった。しかも、ナヴィガトリアの沈降速度はむしろ上がっていく。あぁもう……どこまでも面倒臭い奴だな。

 

「あっ……!?」

 

俺が絶対零度で手錠の掛けられた柵の一部を破壊したのを見てルシフェリアが声を上げる。本当はこの船は拿捕したかったんだが、もう結構潜水も進んでいるし、今更ルシフェリアが潜水を止めるように言ってくれるとも思えない。この船を制圧したところで俺には運転できないし、その間にこの死にたがりのルシフェリアに自害されたらたまったものじゃない。もうこうなったらナヴィガトリアは諦めてルシフェリアの身柄だけでも貰っておこう。

 

と、俺は殺せ殺せと抵抗するルシフェリアに手錠を掛けて抱え上げ、信号桁を蹴って空中に踊り出す。そしてそのまま重力操作のスキルでキンジ達のいる流氷に戻ろうとして───

 

「───っ!?」

 

背後から光が迫ってきた。あれは……聖痕の力!?

 

ルシフェリアごとを俺を抹殺しようとするその攻撃に、俺はルシフェリアを投げ捨てて自分も縮地の魔力爆発で一気に横へ逃げるように飛び退る。

 

「ひゃあ!?」

 

だが後ろから迫られたことで反応が遅れたせいもあり、右腕が二の腕の中程から持っていかれた。

 

だがそんなことを気にしている場合でもない。俺は直ぐにルシフェリアを左手で掴み直して飛行を続ける。そして時折やってくるノアからの追撃の度に、ルシフェリアを投げ捨てては拾いながら自分も縮地での急激な方向転換と魔素をたっぷり注ぎ込んだ氷の壁でそれを躱していく。

 

そして、俺が流氷に辿り着いた辺りで追撃が止む。そこで俺は氷の傘を解いて氷の上に座り込んだ。

 

「天人っ!!腕が───」

 

俺に駆け寄るキンジがそう叫ぶ。

 

「こんなもんかすり傷だから放っとけ。それよりルシフェリアの身柄は頼んだぞアリア」

 

俺は再生魔法のアーティファクトで失った右腕の時間を元に戻しながら立ち上がる。流氷に投げ捨てられたルシフェリアが何やら文句を垂れているが無視。右腕を取り戻し、さて次はネモだと向こうを睨むが───

 

「───あぁもう!」

 

再びの聖痕の力による砲撃。俺は空間魔法を付与した円月輪を展開し、その致命の一撃を真上に向けて逸らした。だがアイツらがあれを使う以上は俺はこの場から動けないぞ。まぁ、モリアーティの狙いはあの、俺でしか対処出来ない砲撃でもって俺をここにピン留めしておくことなんだろうけどな。

 

『流石だよ神代天人くん。ここまで君のために色々仕込んだのに、結局ルシフェリアくんは捕まってしまった』

 

キンジの持っている通信機からモリアーティの声が響いている。男の声に聞こうと思えば男に、女の声に聞こうと思えば女に聞こえるその不思議な声。

 

「うるせぇよ、それより、そろそろタイムリミットなんだろ?」

 

遠見の固有魔法で見れば、国後島の方からロシアの国境警備隊が誰何の信号を送ってきている。アイツらの報告次第じゃ国境軍が出てくるぞ。まさかこんなところでロシア軍と戦闘なんかやってられない。もうお互いに潮時だろうな。

 

と言う雰囲気を言葉に乗せながら俺はキンジとアリアにモリアーティを攻撃するよう、手話で指示を出す。それを見て頷いたキンジとアリア。そしてアリアがノアの方向を睨み、そのカメリアの瞳を緋色に輝かせ───

 

パァッ!とレーザーを放つ。そして俺もそれと同時に───

 

───ドパァッ!

 

と、何かを吐き出すような音を置き去りにした超音速の弾丸を放つ。アリアのレーザー攻撃と俺の電磁加速式対物ライフルの一撃。それらが生み出す二条の閃光はしかし───

 

「───ネモぉぉぉぉぉ!!」

 

ノアに辿り着く直前で真上へと方向を変えた。それを認めたアリアが悔しげに叫ぶ。どうやらネモが超能力でレーザーと弾丸の方向を捻じ曲げたようだ。そして、あの盾がある間はこれ以上の追撃は無理。氷焔之皇で潰してしまっても良いけど、向こうには聖痕の力を一時的に使える道具もあるみたいだし、下手に時間と手数を掛けてロシア軍に追い回されるのも面倒だ。ここらで引くしかないな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

意外と暴れずに大人しく黙り込んだルシフェリアを連れて俺達は関東へと戻ることにした。アリアが操縦するオルクスに流氷ごと曳航してもらって上陸した北海道は知床岬灯台で、諸星自動車の寄越した観光バスみたいな大きさのキャンピングカーに乗り、それに揺られて24時間近くが経った。その間はサービスエリアに寄りまくって北国のお土産を買い漁りながら飲み食いして、ようやく首都高の中環、王子出口を出た辺りでキンジの携帯が鳴る。相手はシャーロックのようだ。

 

そして、オンフックにした携帯から語られたのはモリアーティがサード・エンゲージを起こそうとする動機。だがそれは金でも名誉でもない。イデオロギーですらなく、ただの快楽だと言うのだ。

 

「……適当な所で止めてくれ」

 

それを聞いた俺は運転手にそう伝える。一刻も早くモリアーティを逮捕するためだ。だが───

 

「止めた方がいい。それでは君が無駄に死ぬだけだよ」

 

シャーロックにそれを止められる。俺の一言で俺が何をしようとしているのかを察したらしいな。

 

「君がいるのにも関わらずモリアーティ教授が君の目の前に現れた。それは彼が君への対策を完璧に立てているということだよ、天人くん。だから今君がモリアーティ教授の元へ乗り込んでも彼を逮捕することはできないだろう」

 

「だからって───」

 

「───落ち着きたまえよ君」

 

シャーロックの、聞いたことがないくらいに低く腹の底に響く声に俺は思わず押し黙った。

 

不可能を可能にする男(エネイブル)のキンジくん、可能を不可能にする女(ディスエネイブル)のネモくん。私の推理では、この2人が対になるはずだったんだ」

 

と、シャーロックは急にそんな話を持ち出した。それに対し、俺達は何も言えなかった。そうはならなかった今、返す言葉が見つからなかったからだ。

 

「だが現実はそうならなかった。ネモくんと親交を深めたのは天人くん、君だ。キンジくんは不可能を可能にし、ネモくんは可能を不可能にしてしまう。けれど君は可能を不可能にし、不可能を可能にもする、理不尽に気ままに条理を捻じ曲げる……正しく特異存在(イレギュラー)なのだ。端的に言えば、君は教授の書いた(ブック)を横から破り捨てることができるのだよ」

 

そんな理不尽の権化のような存在だからこそ、今のこの場で俺に死なれたら困るのだと、シャーロックは俺にそう言った。そして当然、作家のように振る舞うモリアーティにとって、折角書いた本を横から掻っ攫って破り捨ててしまう俺のような存在は、本のあらすじに変更の必要性をもたらすキンジ達以上に邪魔で警戒すべき対象であり、俺を消す機会を常に伺っているだろうと。そして、今俺が乗り込むことは彼が思い描く最も理想的なシナリオということらしい。

 

「けど、俺を殺したらユエ達が黙ってねぇぞ。多分、アイツらは俺がモリアーティ達に殺されようもんなら武偵法なんて無視してモリアーティを殺すぜ。当然Nも丸ごと潰す。それで、その後どうするかは俺にも分かんねぇけどよ……」

 

逆に、そうなるのなら俺はモリアーティに殺されてはならないのだ。アイツらにそんなことをさせてはならないと思うのなら、俺は確かに今この場はシャーロックの言うことに従って退くべきかもしれない。

 

「彼女達もまたこの世の条理には縛られない存在だから、私にも正確な推理は出来ないのだけどね。勿論モリアーティ教授は彼女達に対しても何らかの手立てを用意していることだろう。そして、ここまで言えば君はどうするべきか分かるはずだけどね」

 

「……分かったよ。取り敢えず今は退く。だがまた俺ん前に現れるんなら俺ぁ戦うぜ。罠だろうが何だろうが、そんなもんは全部ぶっ壊してやる」

 

俺がそう言うと、シャーロックは「今はそれでいいよ」とだけ返した。そして、今度はキンジがルシフェリアについての話題を切り出す。

 

そして、シャーロックによればルシフェリアは確かにモリアーティと遺伝的繋がりはあるようだがそれは薄いということ、そしてモリアーティにとってルシフェリアは最悪切り捨ててしまえる程度の存在だということが語られた。

 

そして、今のこの話をルシフェリアは聞いていない。彼女は今は寝ていて、意識がないことは俺の気配感知の固有魔法で把握しているからな。

 

さらにシャーロックは、俺達がルシフェリアをどうするかでこっちとレクテイアとの世界の間の趨勢に関わるが、何をどうしたらいいかは分からないから全部任せると言って、電話を切る。

 

雑に世界の命運を任された俺達の間には、無言の帳が降りるのであった。

 

 

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