帰ったら何故か雪花のユーチューブチャンネルでジャンヌがヨーデルを歌って炎上していた。あまりにも意味が分からないが事実がそうなのでそうとしか言いようがない。どうやらどんなに美人でも度を越した音痴だと炎上してしまうもののようだ。
て言うかジャンヌはレキに歌を教えてもらえ。レキくらい……とまでは言わなくても、まともに歌えてたら炎上ももう少し穏やかだったんじゃないの?
───という現実逃避をしたかったのだが──いや、ジャンヌは確かにヨーデルで炎上したが──そうは問屋が卸さない。俺が雑に投げ入れた女2人が聖痕持ちだということはユエ達は直ぐに勘着いていたし、そうなると俺が1人で聖痕持ちと戦ったということで……それはそれはユエ達からお冷たい視線を頂戴する羽目になっているのだ。
「……天人、正座」
何せこれが家に帰り、リビングの扉を開けた俺へのユエからの第一声だからな。当然座布団なんて上等なものは用意されていない。俺はもれなくフローリングの硬い床に膝をついた。レミアもミュウを抱えて俺を悲しげに見ているし、ジャンヌとエンディミラも呆れ顔。リサもハラハラと、心配そうな顔をしている。
「……あの2人はアリアの指示通りに引き渡した。それで、何か言うことは?」
ユエさんの目が冷たい。と言うか光を失っている。これはマズイですよ……っ。
「不測の事態だったんです」
俺もまさかあそこでモリアーティ達と一戦交えるは思っていなかったからな。これは本当の本当。
「でも、1人目を投げ入れた時点で私達を呼ぶことは出来ましたよね。少なくともユエさんの目の前に扉を開いたんですから」
これはシアから。ユエの前で正座する俺を見下ろすようにそう言った。それはまぁ、申し開きのしょうがないくらいに正しいですね。
「……はい」
「それで、ちゃんと無事なんじゃろうな?」
と、ティオが俺の背中からそんなことを尋ねてくる。無事かどうかは、見て分かるでしょう?
「……無事って言うのは、神水とか再生魔法とか、蘇生のアーティファクトを使ってないよね?ということ」
だが俺の言い訳は口から出る前にユエに潰される。そしてその紅色の美しい瞳は俺に嘘を許さない。だから───
「……1回は殺されたし神水も飲んだし腕は死んだ時以外で左右1回ずつ飛んだ」
だから俺は正直に話した。確かに今俺はこの場に五体満足で正座させられているけれど、その前に何度も死にかけて……いや、1度は本当に死んだのだ。ただ俺には死者蘇生のアーティファクトがあったから還ってこられただけで。
「……他は?」
「全身の粉砕骨折と幾つかの内臓破裂。細かくは数えてない」
と言うか普通の人間ならこれだけで何度か死んでるよね。これはただ単に俺の身体が化け物だったから死ななかっただけだ。そして、俺の負傷報告を聞いたユエ達は「はぁ」と大きく一息。
「……大丈夫?」
ペタペタと、ユエが俺の身体を触りながらそんなことを問う。俺はそれに「大丈夫だよ」とだけ返した。するとユエがヒシッと俺に抱きつく。リサやシア、レミアにジャンヌにエンディミラとティオも俺の左右や後ろからそれぞれ抱きつき、ミュウもよく分かっていないながら俺の頭に飛びついてきた。テテティとレテティはそれを眺めながら何ごとか頷いている。……それが1番気になるんだけど何?
「良かった……良かったよぉ……」
「ご主人様……よくご無事で……」
「もう……本当に心配したんですからね」
「無茶し過ぎなのじゃ……」
「私達はお前が呼ぶのならどこへだって向かうのに」
「天人……もうどこにも行かないで……」
「もうあなた1人の身体ではないんです……無理はしないで……」
7人もの女にしがみつかれ、頭にはミュウが乗っていて、俺はもう身動きが取れない。彼女達の柔らかさと香りに包まれて俺はふぅと息を1つ吐いた。
「大丈夫だよ。俺ぁどこにもいかないし、絶対にお前らを置いて死んだりしないよ。だから泣かないでくれ……」
聖痕の力がどれほど凄まじいのか知っているユエ達や、聖痕持ち同士の戦いを直に見たことのあるリサなんかはもう俺の制服に染みるくらいに泣いてしまっていた。
結局その日はずっと誰かが俺に順繰りに引っ付いて、夜は全員で雑魚寝をすることになった。
───────────────
次の日、俺はアリアからお呼び出しを食らった。どうにもルシフェリアと上手く意思の疎通が取れないらしい。ちなみにルシフェリア、一応女同士ということでまずはアリアが身柄を預かることになったのだ。これもアイツが寝ている間に勝手に決めた。まぁいきなり起きて男の家とかルシフェリアも嫌だろうしな。アイツ、男のことだいぶ見下してたし。
で、昨日の今日なので当然ユエ達も着いていくと言い出したけど、これから行くのは女子寮のアリアの部屋で、会うのは超能力や魔術を封印された相手だから戦闘にもならないよと言って置いてきた。
アイツら連れてって話拗れんのも面倒だったのだが、随分と悲しげな顔をするもんだから振り切るのに大変な労力だった。主に精神的な。
だがユエ達をどうにか振り切って俺は女子寮のアリアの部屋までやった来た。チャイムを押して、扉を開けてくれたアリアに着いて部屋に上がるが、コイツの部屋スゲェ良い匂いがする……。アリアと同じ……いやまぁコイツの部屋なんだからこいつの匂いがして当然なんだけど、クチナシの甘い香りが凄いな。女所帯には慣れてるけど、この部屋にいると匂いだけでクラクラしそうだ。
で、そんな甘ったるい匂いに包まれた7SLLDKとかいう超絶広い───それこそホテルのスウィートルームみたいな部屋の南リビングにルシフェリアはいた。アリアが用意したのかあの水着みたいな衣装じゃなくて武偵高の女子制服を着ている。ご丁寧に尻尾の部分には穴を開けてそこから俺が引っ掴んだ尻尾がお見えだ。
聞いたところ、コイツはアリアからの尋問には殆ど答えず、ただ俺を連れてこいとしか言わないらしい。アリア的にはこいつを味方に付けてNの空中分解を狙いたいとのことだが……俺がそんなに仲良くできるかねぇ……。
「来たぞ、ルシフェリア」
取り敢えず後ろ──壁際──を向いて正座しているルシフェリアに俺がそう声を掛けると尻尾がピクリと反応した。どうやら意識はしているらしい。
「一応聞く。お前の名前はルシフェリアでいいんだな?」
名前は誰にでも答えられる質問とされている。だから分かりきったことでもこれを聞くことで相手の精神状態や記憶が混濁していないか等を図るのだ。
「そうじゃ。我の一族は皆ルシフェリアという。人間のように、個々の名前を持つのは下等種の証じゃ」
取り敢えず、会話は成立するな。随分とまぁ人間を見下してはいるけれど、アイツの持ってた超能力や魔術の類からすれば人間なんてそんなもんに思えても仕方ないのかもな。
「何故我が生きておる。情けをかけたのか?それとも大勢のヒトが見ている前で処刑し、ルシフェリア殺しの名誉を得ようというのか?」
なんかエンディミラもカナダの大使館で奴隷になるだのならないだのと言い合ってた時にはこんな感じだったよなぁと、俺はふと思い出していた。レクテイアの奴らはこんなんばっかなの?
「お前を殺さなかったのは、敵でも殺したら武偵法で俺まで死刑になる決まりだからだ」
て言うか、トータスで殺した魔人族の女と違って、コイツはもう俺達の脅威にはなり得ない。何せ超能力や魔術の類は全部凍らせたからな。ただの角の生えた女1人、怖がる理由なんてないのだ。
「───我が生きているということは我ら今だに決着つかずじゃ。さぁ、勝敗を決めようぞ」
「……アホか、勝負なんてもうついてんだよ。お前だって分かってんだろ?もうお前にゃ超能力も魔術も使えない。武器も力も無いお前じゃ俺にゃ勝てないよ」
俺がそう言えばルシフェリアはぐぬぬと唸るもののそれっきり黙り込む。あらゆる武器を奪われた自分と、体力もあり異能の力も存分に振るえる俺と、どっちが強いのかは火を見るより明らかだった。
「……あ、あれは油断しただけじゃ。それに本当は3回勝負じゃからな、ここからの我の華麗な逆転劇を見るがいい」
だが数秒の思案の後にルシフェリアはそんなことを言い出した。ルシフェリア族は潔く死ぬんじゃなかったのかよ。随分とまぁ諦めの悪い奴だ。もっとも、俺はそういうのは嫌いじゃない。最後の最期まで諦めないってのは良いことだと思うぜ。
「ルシフェリア。あんたここで暴れたら承知しないわよ」
と、ルシフェリアがやる気満々なのを見てかアリアが黒と銀のガバメントの銃口をルシフェリアに向ける。
「止めとけアリア。今はコイツとは戦うんじゃなくて話聞くんだろ?」
だが俺はそれを制し、ガバメントの銃口に自分の手を重ねる。すると武偵高基準のバカみたいに短いスカートで片膝立ちなんてしていたルシフェリアがキョトンとした顔で俺を見ている。
「今……そちは我を守ったのか……?何故じゃ……?」
そして、そんな分かりきったことをさも不思議そうに聞いてくる。
「何でって……捕虜の虐待は捕虜取締法で禁止されてるし、そもそも俺ぁお前と喧嘩しに来たんじゃない。話を聞きに来たんだ。銃なんて向けられてたら聞くもんも聞けねぇだろうが」
俺が溜息混じりにそう告げるとルシフェリアはその大きくクリクリとした瞳を丸くしたまま固まっている。アリアはアリアで間宮あかりに話があるとかで俺にルシフェリアを押し付けて出て行っちゃうし。えぇ……自分の部屋に俺とコイツを残してお前は出て行っちゃうの?しかも「部屋の物壊したら承知しないわよ」なんてセリフを残して……。
「……まぁいいや。お前、モリアーティ教授とどういう関係なの?曾孫らしいけど」
「───戦え」
アリアは行っちゃったので仕方なく俺は尋問を続けようとしたのだが、それはルシフェリア本人に遮られる。どうやら意地でも俺と決着をつけたいらしい。
「はぁ……。まぁいいよ、それで納得するなら喧嘩くらい付き合ってやるよ。けど、ルール決めようぜ。じゃなきゃいつまで経っても終わらなさそうだし」
どうやらアリアも部屋を出たようだし、多少身体動かす分には大丈夫だろう。部屋の物さえ壊さなければ……いや、壊しても最悪再生魔法で元に戻して知らんぷりしよう。壊れても時間ごと元に戻しちまえば壊れてないのと同じよ。
「ルールか。そんなもの決まっておろう。『いつでも首を落とせる』ポーズを取らされた方の負けじゃ」
「首……何?どんな格好だよ」
首落とすだけなら普通に突っ立ってても落とせない?
「そちらの言葉で言えば土下座の格好じゃ。仰向けではいくらでも抵抗できるからのう」
土下座の格好か。確かに理に適ってはいるな。人間、仰向けなら覆い被さってくる相手に対して殴る蹴るも出来るし投げることも可能だ。けれど土下座の格好からじゃ、構造上反撃は難しい。確かにその体勢を取らせたら勝ち、その格好になったら負けってのは良い塩梅かもな。それに、言われてみればあの時のルシフェリアもそんなポーズにさせられた途端に負けを認めた雰囲気だったからな。
「分かった、それでいいよ。けどお前はもう1回負けてんだから後は無ぇからな。負けたからって後から5回勝負とか無しだからな」
もう既に後出しで3回勝負とか言い出してる生き汚いルシフェリアさんに俺はそんな風に釘を刺しておく。ここで言っておかないと後から後から無限に言い出されてキリがなくなりそうだ。
「当たり前じゃ。そちこそ逆転された後でそんなことを言い出すでないぞ?」
「あぁ」
お前じゃねぇんだよ、という言葉が喉までせり上がったけどどうにか飲み込んで吐き出すのを堪え、立ち上がる。そうすればルシフェリアも立ち上がり、俺と向かい合った。
「我はこの世を侵掠し、民を
そして、両手両足を大の字に広げてバーン!と効果音が聞こえてきそうなくらいに勢いよくそう宣った。だがそんなものに興味が無い俺はちょいちょいと、早く来いよという風にルシフェリアを煽った。だがルシフェリアはそれに一瞬苛立ったような顔をしたものの、直ぐに仕掛けてはこない。
「……どうした、来な───」
と、俺がそこまで言いかけた途端、ルシフェリアが飛びかかってきた。どうやら俺が喋っている隙を狙っていたようだが───
「隙ありっ!───きゃん!」
それを1歩横に避けてすれ違い、その入れ替わり様に足を引っ掛けて転がしてやる。ちょっと腰を押してやって、ちゃんと、アリアの身体に似合わない巨大なソファーにルシフェリアが俯せに落ちるようにな。
で、自分が俯せにさせられたことに気付いたルシフェリアはうーうー唸りながら顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「はい、俺の勝ち」
パンと1つ
「今そちは狡い技を使ったじゃろ!それは無しじゃ!禁止、禁止じゃ!それと、今のは練習で、こっからが本番じゃ!」
そんな訳の分からん技は使ってねぇし、そもそも狡い技って何よ。一応戦いなんだろうが……。という言葉も喉を出かかったところでどうにかセーブ。しかしコイツ、今後俺が何をしてもこんな風にして負けを認めなさそうだな。
「面倒くさ……。はいはい、じゃあこれが本番ね。でもお前、これ負けたら───」
「キェェェ!!」
で、俺の言葉の途中でルシフェリアがまた襲いかかってきた。けどそれも読めてる攻撃だ。俺はルシフェリアが放つ飛び蹴りの、その蹴り足を掴んでグルっと回り、丁度掴み易い位置にあった尻尾を引っ掴んでまたソファーに俯せに置いてやる。
するとルシフェリアはまた顔を真っ赤に染めて俺を睨む。コイツの尻尾は掴んじゃいけないやつだったかな……。
「わ、我を3度と伏せさせた挙句2度も尻尾を掴むなんて……」
「……ま、ともかくこれでお前の負けだ。いい加減分かったろ?」
コイツを捕まえたのは情報を聞き出すため。アリア的には多少時間を掛けてもコイツを味方にしてNの内部分裂も狙っているみたいだが、どっちにしたってルシフェリアには負けを認めてもらい、俺達に協力的になってもらう必要がある。だから俺としてはさっさとコイツから"負けました"の言質を取りたかったのだが───
「……我の尻尾を掴み、あまつさえ殺しもせぬと言うのなら、掟に従って我を───」
「───悪いけど、奴隷にしろとかは無しな。そーゆーの求めてないから」
前にエンディミラと一悶着あったからな。そこは先に言わせてもらうぞ。だが、ルシフェリアは俺の話を聞いているのかいないのか、ガバッと起き上がって俺に詰め寄ってきた。そして───
「───我を
───なんて宣いやがった。
つがい……番。つまり
「ネモから聞いておるのじゃ。そちは何人もの美しい女を侍らせておるとな。まったく獣のような奴じゃ。その上我までも番にしようと……。いくら我が美しいからと───このゲスめ!」
届いていないからって酷い言い草だ。あとネモ、お前俺のこと何ていう風に言い回ってるの?知らない間に酷い誤解を受けてる気がするんですが!?
「誤解しかない上に人が聞いたら更に誤解を重ねる言い回しをするな。まず俺ぁ番ルールなんて知らないし、美人を見たら誰彼構わず引っ掛けるなんてこたぁしてねぇ」
なのでここはしっかりと否定しておく。だがルシフェリアはその瞳に宿った疑いの色を隠す気はないようで、ジットリと俺を睨んでいる。
「ふん。信用ならないのじゃ。それに、我は人前で敗れ、尻尾を辱められ、あまつさえ殺されもしなかった。一生分の恥をかかされたからには番となりそれを雪ぐしかないのじゃ!番は一心同体じゃからその片割れに平伏したのであれば、我は我に平伏したのだから恥にはならぬ。そうしてそちの子を産んで番の生を果たす以外にルシフェリアの道はない!」
な、なんなんだコイツ……。これならまだ負けたから隷属する。恩ある上司への取引に使われるくらいなら自死するって言い出したエンディミラの方が理屈が通るぞ……。人前で敗北させられたとか、尻尾を触られるのは恥ってのはまぁ、まだ理解出来なくもない。それに恥は死よりも重いってのも、考え方次第と言えなくはないだろう。けれど別に番になったところで一心同体にはならないし、そうしたらコイツのその後の理論は全部破綻する。
「それに……ルシフェリアにとって繁殖は戦争。強い者の子を宿し、次世代により強いルシフェリアを遺すのも勝ち方の1つ。我は好き嫌いではなく勝つためにそちの子を産むのじゃ。つまり我は男などという原始的な生き物を好いた悪趣味なルシフェリアではない。そこを履き違えるでないぞ!」
まぁ、レクテイアには女ばかりだと聞くし、そうなると子孫を残すっていう生物の本能に対しては人間よりも功利主義になるんだろう。だからルシフェリアが自分が負けた相手の子を産むというのは理解できるかもな。むしろ、さっきの恥云々から繋がる話よりは幾分か理解しやすい。
「と言うわけでこれからそちのことは
えぇ……主様とか止めてくれよ。絶対悪目立ちしかしないじゃんか。ティオが俺のことを
それと、コイツの番うだの繁殖だのを聞いて思い出したことがある。エンディミラから聞いたが、レクテイアの奴らは種族によってそれぞれ固有の繁殖方法があるらしい。そして、基本的にはその方法に則って種を増やしているのだとか。だが、これもエンディミラから学んだことであり、今この場では困ったことにレクテイアの奴らは女しかいない割には人間と同じ生殖機能は残っているのだ。ただ、その機能は人間のそれよりも弱いらしく、子供は中々できにくいとも言ってはいた。まぁ、何となくの感覚で分かるのだが、魔王になった俺の種馬としての能力はきっとこの世界の人類では1番だろう。体力的にも精度的にもな。俺の中にはレクテイアの奴らであろうが確実に子供を宿してやれるって感覚がある。魔王になる前の俺にはそんな力は無かった筈だから、これはきっと人間が人間のまま魔王になった際の1番の変化だと思う。
だからトータスにいる頃からかなり色々気を付けているんだけど、だからこそこれはまずいな。このことがバレたら俺はコイツに延々と振り回され続ける気がする。て言うか付け狙われる。それだけは絶対に避けなくては……っ!
「悪いけど、俺ぁ番う相手はもう決めてんの。それに、ルシフェリアがこの世界を侵掠するってんなら、俺ぁ余計にお前とは番えないな。繁殖は戦争とか言ってたけどな、俺ぁお前の戦争の手伝いなんかやらねぇよ」
あと、コイツの言う侵掠で俺は1つ、気になったことがあった。と言うか、コイツはそうやるつもりだと思っていたのに、まさか繁殖とか言い出すとは思わなかったから一瞬頭から吹っ飛んでしまったのだ。
「───て言うか、お前は他の種族……人間を物理的にぶっ殺して侵掠するもんだと思ってたんだけどな」
わざわざせっせと子供を産んで育てて……なんて気の長いことをやる前に適当に戦争吹っ掛けて侵掠した方が早い気がするんだよな。植物と違って人間とかはそんな簡単に増えて育たないし。
「それは出来るが、ルシフェリアの掟に反する」
あ、やっぱり出来るのね。
「これだけの数がいるヒトを全て根絶やしにするとなると、1000年の冬を到来させたり星の軸をズラしたり、無限の闇に吸わせたりせねばならん。そうしたら我にとっても住めぬ地になってしまうじゃろ?それに、我のために働く者もいなくなってしまうし。じゃからヒトとは1000年ほど前に全面的な戦をしないように協定も結んであるぞ」
コイツは……地球に氷河期を齎したり地軸をズラしたり巨大なブラックホールを発生させたりすることが出来るってことだ。そして俺は、コイツがそれをできることを知っている。何せその力を封印したのは他でもない俺の
「それに、今の時代のここには穴空きがいるようじゃからな。どっちにせよ力ずくでの侵掠は難しいのじゃ。それでもクロリシアのようにこの世のヒトを滅ぼそうと企む神もおる。我はそういった神々からヒトを守ってもやろう。何しろ我の子は半分ヒトになると今確定したのでな」
あ、確定したんですね……。でも多分半分ヒトって言うかバケモノが産まれるんじゃないですかね。今の俺の肉体はもう人じゃないし。あぁでも遺伝子的にはどうなんだろうか。人間?魔物?そんな検査したことないから分かんないな。こんな事例、今まで無いだろうから聞いても誰も知らないだろうし。
あ、あと流しそうになったけどコイツらは聖痕持ちを穴空きって呼ぶのね。それに、今の
「主様、子を産むノルマは10人とするぞ。1人のルシフェリアが10人産み、そのルシフェリア達がまた10人産む……これを繰り返せば12世代でルシフェリアは1兆人になるからの」
1兆人……今の人間が60億だか70億人だかだっけか。そうなると12世代も待つまでもなくこの世界はルシフェリアで侵掠され尽くすな。あと、多分お前の頑張り次第じゃ10人と言わず100人でも200人でも産ませてやれるけど、これは言わないでおこう。絶対そうしろと言われるだろうからな。ま、まずそんなに育てられないけど。
───────────────
帰ってきたアリアにルシフェリアが「我は主様の花嫁になったのじゃ」とか宣うせいで俺とルシフェリアはアリアの部屋を追い出された。しかもルシフェリアの為にとアリアが買ってきたらしいお姫様感のあるベッドまで押し付けられて。まぁそんな荷物は宝物庫に放り込んでしまったのだが。
だが生きているルシフェリアをあの中に放り込むわけにもいかず、だからってアリアみたいに俺もルシフェリアを放り出すわけにもいかず、女子寮を出てルシフェリアと並んで歩きながら俺は心の中で頭を抱えていた。本当は物理的に頭を抱えたかったのだけれど、サッとルシフェリアが俺の腕を取ってそのどデカい──シアかリサくらいはある──胸の中に仕舞い込みやがったのだ。当然俺はそれを一旦は振り払ったのだが、ルシフェリアは懲りずに何度も俺の腕を捕まえにくる。そんな諍いも面倒になり、仕方なしに俺は「袖の先なら掴んでていいぞ」と言ってやったら、ルシフェリアはニヤニヤしながら随分と嬉しそうに俺の左袖の先を掴んだのだった。
で、ボヤっとしながらも俺の足は帰巣本能に従っていつの間にやら自分の家の前まで辿り着いていた。あれ……記憶が無いよ……?ルシフェリアとか絶対ICカード持ってないから、俺が駅で切符を買ったはずなんだけどな。まぁいいや、結局何も良い考えは浮かばなかったし、ここまで来たら帰ってきたのはシア辺りには気付かれているだろうから、誤魔化せもしないしな。
俺は諦めて玄関の鍵を開ける。するとその音を聞きつけたらしいリサが真っ先に出てきて、一瞬ルシフェリアを見て固まり、俺の袖の端をちょこんと掴んでいるのを見て刹那の瞬間だけイラッとした顔をして……そしていつもの花の咲くような朗らかな笑顔で「お帰りなさいませ、ご主人様」と言ってくれるのであった。
で、俺をご主人様と呼ぶことが気に入らなかったらしいルシフェリアが何やらリサに絡みに行こうとした瞬間に俺はルシフェリアの手を振り払ってリサをハグしに行く。
「疲れたよ……」
リサを抱きしめると良い香りがする。そしてシナモンのような甘い香りが俺の鼻をくすぐった。ルシフェリアが何やら喚いているが俺はその尽くを無視して氷の元素魔法でドアとその鍵をノールックで閉める。この横着も慣れたもので、前は見ながらじゃないと上手くいかなかったのが最近はスムーズだ。こういう時にしか役に立たないけど。
で、レクテイア出身でルシフェリアの名前を知っているエンディミラとテテティ、レテティなんかは恐縮しまくりだったが、ルシフェリアを見たユエ達の目が凄まじい。俺がルシフェリアから離れてリサの腰を抱いているから俺への視線はまだ多少マシ……いや、ルシフェリアが「我は主様の花嫁じゃ」とか言い出したのでまぁまぁ凍りつくような視線を頂戴してしまったけれど。あとティオ、お前はなんで一目見た瞬間にルシフェリアと固い握手を交わしているんだ。まるでそう……初めて同好の士を見つけた奴ら同士のように。
「そりゃあルシフェリアが勝手にそう言ってるだけだよ。俺ぁそんなつもりは更々ない」
と、どっかりとソファーに腰を下ろし、右手にリサを、左手にはルシフェリアに少し怯えた風のエンディミラを抱いてやった。テテティとレテティもそんなエンディミラに2人で寄り添って警戒するようにルシフェリアを見ている。
「ふむ、そち達はレクテイアの出身じゃな。……エルフ族と……」
そんなエンディミラ達の様子を見てルシフェリアは満足気。そういやコイツ、俺やアリアの元じゃろくすっぽ尊敬されていなかったけど、元々はNの中でも一目置かれてたんだよな、あのナヴィガトリアの
「こちらレクテイア出身のルシフェリアさん。種族もルシフェリア。コイツらは名前と種族が同じ名前らしい」
と、ユエ達の「はよこの女を紹介しろや」という目線に負けて俺がそう伝える。
「なるほどな、そち達が主様が侍らしている女達というわけじゃな。するとその子はそちと主様の子かの……?」
すると、周りを見渡したルシフェリアがミュウとレミアを指差してそんなことを言った。するとミュウは「ミュウはパパとママのこどもなの!」と元気よく返し、レミアもそれに頷く。で、今度はルシフェリアがギッと俺を睨む。……何だよ。
「何……?」
「そちは我よりも先に他の女と子を育てておるのか」
「だから?そもそも俺ぁお前を嫁にする気なんて無いって言ってんだろ」
あくまでお前は捕虜で家族じゃないと俺はきっちり言っておく。そもそもコイツは俺が好きで子供を産むとか言ってるわけじゃないからな。レクテイアの文化じゃ恋愛結婚は少数派で、コイツみたいな功利主義が一般的であったとしても、ここはレクテイアではないし、俺は功利的に子供を作る気は無いからな。
「ふむ。ヒトとは不思議なのもよ。何故自分の子ではな───」
「───ちょっと来い」
俺はルシフェリアにその言葉の続きを言わせなかった。その先は、レミアはともかくミュウを傷付ける言葉だからだ。それを発することを俺が許すわけにはいかない。
一旦リビングから廊下に出た俺は、塞いでいたルシフェリアの口を解放してやる。
「急に乱暴にするでない。主様と言えど、女男では女の方が上。花嫁は大切にするものじゃぞ」
「……そんなことよりもだ。確かにお前が気付いた通り、ミュウの生みの父親は俺じゃねぇ。けどそれをミュウが聞くことは許さねぇ」
と、俺が割とマジな雰囲気で言うと、少なくともその意思だけはルシフェリアにも伝わったらしい。彼女も少しだけ真面目な顔になった。
「何故じゃ?ミュウは自分の父親を勘違いしておるのか?」
「……ミュウはレミアと前の旦那の間に出来た子だ。だけどその人はミュウが産まれる前に死んだらしい。そして、俺とレミアはその後にくっ付いたんだ。俺とミュウとレミアの出逢いとかは、少なくともミュウに聞こえない範囲でならユエ達に聞いてもらっても構わねぇが、それをミュウに言うことだけは許さねぇ。いいな?」
俺は少しだけ固有魔法の威圧も使いながらルシフェリアにそう念を押す。するとルシフェリアは何故かちょっとボウっとした顔をして───そしてハッと我に返ってから「ま、まぁ分かったのじゃ。我も花嫁として主様の願いには応えよう」と頷いた。
そしてルシフェリアを連れて再びリビングに戻れば目の前にはジト目のユエが。これは、俺とルシフェリアの間柄を追求される流れだな……。
「……天人は何をしたの?」
まず俺が何かしたという前提から入るのを止めてほしい。いや、無理か……。
「何ってか……戦って勝って、そしたらこうなった」
「……本当にそれだけ?」
ユエの瞳の湿度は下がらない。その紅の瞳の奥には「その後何かあったんだろ?」という文字が書いてあるかのようだった。
「男に負けたのは恥だから殺せと言われて、武偵法で決められてるから殺さないって言ったらじゃあもう番うしかないとか言い出されてこれだよ……」
俺は何もしてないんで助けて?とユエにSOSを求める。するとユエはそれはそれは深い溜息を付いてから「……仕方ない」と一言。くるっと振り向いてルシフェリアに向き合い───
「……私はユエ。天人と番いたいのならまずは私を通して」
と、俺の保護者を通り越してもはや俺の管理者みたいな発言をなさった。するとルシフェリアはそんな自分よりも背の低いユエを上から下までじっくりと眺め───
「ふむ……確かにそちも美しいがまだ幼いのじゃ。主様よ、本当にこんな未成熟な女と番うのか?」
なんて宣った。そして出会い頭にいきなり未成熟だなんて言われればユエ様は当然───
「……は?」
ガチ切れである。もう既に黄金色の魔力光が溢れ出ている。ユエがここまでキレてるのもあまり見たことがないが、ルシフェリアは当然そんなことを気にする風でもなく、むしろそのデカい胸を張ってユエを挑発するように見下ろしている。
「将来はともかく、今はまだユエは幼い。それよりもまずは我と番って子を産むのが良いのじゃ」
ただ胸を張るだけでも揺れるその果実を見たユエの顔には青筋がハッキリと浮かんでいた。シアとティオは「あーあ、知ーらない」とでも言いたげな風でそっぽ向いているし、今のちょっと刺激的なお話はミュウには聞かせられないとばかりにレミアはミュウの耳を塞いでいる。ジャンヌは当然ユエを制止してやる気はないみたいで黙って紅茶を啜っていた。
「……言わせておけば、天人の子供を産むのは私が先。て言うか、天人はお前とは番わないから諦めて」
ヤバい、ユエの声が聞いたことないくらいに冷たい。トータスでも変なのに絡まれることは多々あったけどここまでユエがキレ散らかしているのはオルクス大迷宮で天之河にキレた時以来に見たぞ。もう黄金色の魔力光どころか真紅の魔力光まで漏れ出ているし、結構な殺気も感じる。
「ふん、それはそちが決めることではないじゃろ。主様と我が真っ先に番うのは決定事項じゃ」
「いや、決定してな───」
「───よくほざいた。なら今決める」
ユエもルシフェリアも俺の話を聞いていない。と言うか、こういう時は、俺の話はだいたい誰も聞いていなくて当事者を放って話が進むのも慣れてきたね。嫌な慣れだけど。
「ほう?決闘じゃな」
「……んっ、私とお前。お前が勝てば天人と1番最初に番っていい。けど私が勝ったら───」
ユエが珍しく中途半端に言葉を切る。そしてルシフェリアが「勝ったら?」と先を促した。するとユエは「ふぅ」と一息吐き、ルシフェリアをその紅色の瞳で見据える。そして───
「……勝ったら、お前は
───ルシフェリアを指差し、そう力強く宣言したのであった。