「で、聞きたいことがあるんだけど」
昼飯は意外と料理上手なルシフェリアに任せてみたのだが、これがやはりティオ達にも好評。あのポテサラ以外の料理もミュウは美味い美味いと言っていたし、テテティとレテティも言葉こそなかったけれどその顔は喜色満面。とても気に入ったらしいのが見て分かった。尚、俺が食べたポテトサラダには隠し味にルシフェリアの
そうして一応は腹も満たされたので俺は本題を切り出す。ミュウとテテティ、レテティはお腹が膨れて眠くなったのかお昼寝中。その寝かしつけと、見張りはティオがやってくれる。その間に俺はルシフェリアを自室に連れて行ったのだった。
そもそもコイツを連れてきたのはNやモリアーティのことを聞くためだったのだが、恥がどうのだとか花嫁が何だとか言われて煙に撒かれてしまっていたのだ。
「なんじゃ、主様よ」
で、クッションに座り込んだルシフェリアはルシフェリアで俺に構ってもらえるだけで嬉しいのか、短いシッポがぴょこぴょこ揺れている。あとこら、何故部屋の匂いを嗅ぐ?しかもなんか幸せそうな顔しているし。一応空気が籠らないように換気はしているけど、そんなに良い匂いもしねぇだろ……。
「お前とモリアーティの関係だよ。モリアーティの曾孫みたいなことは聞いたけど、実際どうなのよ」
で、そんな様子のおかしいルシフェリアは放って、俺は聞きたいことを尋ねる。シャーロックはルシフェリアとモリアーティの関係性は薄いようなことを言っていたし、実際モリアーティは俺に向けた砲撃を放つのにルシフェリアまで巻き込んだのだ。確かにルシフェリアをモリアーティに対する人質には使えないのかもしれないが、コイツからモリアーティをどう思っているのかはまだよく分かっていないからな。
「そのようじゃがの。詳しくは知らぬ」
「……何だそれ。お前ら一応家族じゃないの?」
「ルシフェリアには家族は不要。愛も要らぬ。孤高こそが強さ……じゃと思っておったのだが……」
と、どうやらモリアーティのことは詳しくは知らないらしいルシフェリアだが、何やらやっぱり様子がおかしい。頬を赤く染めながらこちらをチラチラと見上げてくる。
「んー?」
「いや、やはり何でもな───ピャァァァァ!?」
一応尋問なので隠し事はNG。というわけで俺はルシフェリアのシッポをむずっと掴む。そして上がるルシフェリアの嬌声のようや叫び声。
「言え」
と、俺は威圧も当てながらルシフェリアに隠した言葉の続きを問うた。
「あ……な……し、尻尾を……ルシフェリアの尻尾を主様は3回も掴んだのじゃ」
だがルシフェリアはワナワナと震えるだけで答えを返してこない。
「悪いけど、
俺の目を見て、そして魔力による威圧を受け、ルシフェリアは一瞬言葉に詰まる。だが顔を伏せながらも直ぐに言葉を吐き出した。
「───嫌じゃ」
だがそれは、否定の言葉だった。
「何……?」
「主様は、我のことが嫌いなのか……?」
ガバッと顔を上げたルシフェリアの瞳には涙が浮かんでいた。けれど、その1滴を零すことは、彼女のプライドが許さないのだろう。ギッと力を入れた目元で、その感情の発露は留まっていた。
「嫌いかと言われれば別に嫌いじゃあない。……で、さっき言い淀んだのは何を言おうとしたんだ?」
「では……好きか?」
どうやらルシフェリアは自分の問いに俺が答えなければ俺の問いに答えを返してくることはなさそうだ。別に、こんな問答をしなくたって魂魄魔法のアーティファクトで無理矢理に喋らせることもできるのだけれど、何となくそれは憚られた。何故だか、コイツとはしっかりと言葉を交わしてやらないといけないと思ったのだ。
「好き……の意味にもよる。俺ぁお前には恋愛感情を持っていないから、そういう意味じゃ好きじゃないけど、ルシフェリアの気丈なところは……まぁ好きだよ」
同時にそれは面倒臭い部分でもあるのだけれど、まぁそういうところも含めて俺はルシフェリアのことは特に嫌いってわけじゃあないからな。
そして、ルシフェリアは俺の言葉を受けて、沈んだり頬を赤く染めたりと忙しい。しかしコイツはコイツで感情の忙しない奴だな。
「で、俺に答えさせたんだから俺ん質問にも答えろ」
そう言って俺が凄むと、何故か知らんがルシフェリアは、まるで"キュン"ときたかのような顔をしながら俺を見る。そして、その顔を見て俺の経験則が告げてきた。これは……きっとまた駄目なやつだと……つまりは、もしかしたら
「……我は、ナヴィガトリアで主様に負けた時、死にたい程の屈辱を覚えたのじゃ。けれどそれと同時に……喜びも覚えた───」
「喜び……?」
これはまさか……ティオの時と同じパターンか?だから俺が高圧的な態度を取った時とかコイツに意地悪をした時とかに赤くなったのか……?
「我はルシフェリア。地上の誰よりも強く、そしてそう在り続けねばならないとしてきた。それは母も祖母も、先祖代々そうしてきたのじゃ」
誰よりも強く……それがルシフェリアの……彼女の抱えてきた
「だから我も自分にそう言い聞かせてきたのじゃ。そして、肩肘張って、偉ぶって……あれだけ多くの者に囲まれながらも、我は孤独じゃった……」
孤独……ルシフェリアは多くの者に好かれていた。それはあの艦の様子を少しでも見れば分かることだった。ただ、多くの奴から好かれることと、そいつが孤独であることは矛盾しない。あの艦に乗っていた奴らは皆、ルシフェリアに憧れていただけで、彼女の友になってくれる奴はいなかったのだろう。
「それも……主様に負けて終わったがの。あの時我は最強の種の座から引きずり降ろされ、皆の前に顔を出せないくらいの辱めを受けたが……それでふと、肩の荷が降りたかのように軽くなったのじゃ」
俺がルシフェリアを倒したことで、ルシフェリアは最強ではなくなった。その虚勢はもう張れない。俺がそうしたのだ。
「車でアリアの家に運ばれていく間、我は時々目を覚ましておったがの。どうせこれから人間の処刑場に連れて行かれるのだろうと思っておったのじゃ。それがあそこで再び目覚め……そして主様は我を殺さなかった。それに、アリアに殺されそうになった時も我を守ってくれた。あの時にまた……我には新たな感情が芽生えたのじゃ。───守られた、嬉しい……というな」
その告白は、ルシフェリアにとって恥ずかしいことなのだろう。ルシフェリアは自分の手で朱に染まった顔を隠している。
「我は……かつては誰かに守ってもらうことなど考えたこともなかった。庇護されるのは弱さの証じゃから……。でもあの時守ってもらえて……ユエとの戦いの時も心配してくれておったな。それも凄くビックリして、嬉しくて……その後に食べ物まで我に用意してくれて……それで、我はもう……」
そう語るルシフェリアの声色は、俺にとっては聞き馴染みのある声色だった。だからルシフェリアが俺に抱く感情の正体も、俺には何となく予測が付いてしまっていた。
「それからも我は主様には勝てず……料理を褒められ……我の中でどんどん主様の存在が大きくなったのじゃ。そして、ユエ達を見て分かったのじゃ。この感情の正体は喜びだけではない。この感情は……」
ルシフェリアはそこで言い淀んだ。そして、ウットリとした顔で俺を見上げ、その瞳を潤ませたまま俺の膝に手を置いた。
「幸せ……きっとこれは……女の幸せじゃ……」
そうしてルシフェリアは、今までにないくらいに蠱惑的に俺に寄りかかってきた。俺は、流石にルシフェリアの身体を跳ね除けてしまうことが出来なかった。跳ね除けて、拒絶の意志を示してしまえば全てが終わるのに。もうきっとルシフェリアからはこれ以上有益な情報は取れないだろう。モリアーティ達は潜水艦で移動する以上、ルシフェリアも今の奴らの位置は知らないだろうし、そもそも場所なんてものは羅針盤で調べれば直ぐにわかることなのだ。
シャーロックが言っていた、俺やユエ達への対策だってコイツは知らされていない可能性もある。むしろ、コイツが知っていたのならモリアーティはもっと苛烈にルシフェリアだけは始末しようとした筈だ。だがモリアーティは巻き込むことを躊躇いこそしなかったが積極的にルシフェリアを殺そうとはしなかった。
だから俺はこれ以上この女に甘くしてやる必要はない。むしろ、ここで跳ね除けてしまわないとまたユエ達にドヤされるのは確実なのに。
「ルシフェリア……」
「何じゃ?主様……」
俺がルシフェリアの名前を呼ぶだけでルシフェリアは嬉しそうに頬を染める。その顔は正しく恋をした乙女そのもので、俺は思わず押し黙る。
「……もしお前がユエのメイドを続けるなら、俺ぁお前も守るよ。けど、それは花嫁としてじゃあない。もしルシフェリアが俺の花嫁になりたいんだったら、俺だけじゃない。リサやユエ達を納得させなきゃ駄目だ。分かるか?」
「主様は、我を花嫁と認めてはくれぬのか?」
「あぁ。アイツらの許し無しにルシフェリアを……他の女を花嫁として扱うことはあの子達への裏切りになる。俺ぁそれだけは出来ねぇ。……だけど、もしルシフェリアがあの子達を納得させられたなら、俺もお前のことを花嫁とするかどうか、真剣に考えるよ」
だからお前は甘いんだと、俺の中のユエ達が俺を半眼で睨む。分かってるよ、自分が酷く駄目な奴だってことくらい。けど、どうしても俺はルシフェリアを強く拒めなかった。己は強いんだと周りに虚勢を張って、そしてその虚勢を崩しても良い相手に依存してしまう気持ちは……俺には充分以上に理解出来てしまうから。
「主様……我も……リサやユエ達のように主様から愛されてもいいのか……?」
ズイッと、ルシフェリアがその端正な顔を俺の顔に思いっ切り近付けてきた。それと同時に香る甘い香り。
「さぁな」
と、そろそろドアの向こうで控えているティオからの気配が鋭くなってきたので俺はにべもなくルシフェリアの身体を俺の身体から離した。するとルシフェリアは俺に触れられた途端に「んっ」なんて艶かしい声を出すもんだからドアから殺気が。て言うかルシフェリア、お前今の声はもうティオがいること分かっててワザとでしょ。流石は悪魔ちゃんだぜ。ホント、嫌がらせが的確だよ。
───────────────
午後3時過ぎ、俺の携帯に着信あり。しかも携帯の画面に写ったその番号の登録名は───
「ネモ……?」
ネモ・リンカルンその人だった。急にどうしたんだ?いや、ルシフェリアの身柄がこっちにあることくらい把握しているだろうし、急でもないのか。と、俺はその電話に出る。
「ネモか?」
と、俺はネモに合わせてフランス語で電話に出る。すると返ってきたのは───
「あぁ、天人。私だ」
ネモの綺麗なフランス語だった。
「電話してこれたってことは一応無事?」
「ノーチラスはシャーロックに追い回されたがな」
何かそんな様なことはシャーロックも言っていたな。逆に追い返されたようなことも言っていた気がするが。
「で、どうしたのよ」
「ルシフェリアはそこか?」
「おう。いるぞ」
「今私も日本の……東京にいるのだ。そこでだな───」
と、ネモが珍しく言葉に迷っている。
「迎えに来てほしいのだ。……私は酷く方向音痴でな。電車でそこへ行こうとしたが駅名が読めずに辿り着けなくて……今構内を出た駅も何駅か分からない。タクシーのような小型車に乗ると……とても車酔いする体質だし……」
世界を股にかけてこの世を超常が跋扈する世の中に変えようというNの重鎮が方向音痴な上に乗り物酔いする体質って……。
「可愛いなお前……」
と、俺は思わず本音が零れる。もちろん日本語でだけど。だが───
「なっ……かわっ……!?」
あれ、ネモが電話口でも分かるくらいに慌てている。どうやら俺から零れ落ちた日本語が伝わってしまったらしい。ふむ、つまりネモは日本語も喋れるってことか。
「……日本語分かるんなら乗り換えくらいはどうにかならなかったの?」
「え……あっ……いや、勉強して日常会話くらいは出来るようになったが、まだ漢字が読めないのだ」
あぁ、なるほどね。俺も漢字は苦労したなぁ。今じゃ言語理解のおかげで何語でも構わず読めるけどさ。
「あー……じゃあ迎え行くよ。その駅の特徴とか分かる?」
まぁ答えが出なさそうなら羅針盤で探すけど。
「あぁ、ありがとう。東京の……恐らくセントラル駅にいる。アムステルダム
お、それなら1箇所だけ心当たりがあるぞ。そりゃあ東京駅だ。良かったよ、方向音痴のネモが変に行き辛い駅に行ってなくて。
───────────────
ティオにはネモを迎えに行くと言って俺は1人家を出る。新橋駅経由の山手線で東京駅に向かった俺は、ネモがいるというカエデ並木道、そこにある内店の傍にネモはいた。
アメリカ旅行以来の私服姿。ガーリーなそれは控えめなフリルの白いブラウスとコーラルピンクのミニスカート。ネモは異国で落ち着かないのか前髪やツインテールを梳かすように指先で弄っていた。そして、まだ少し距離はあったが俺に気付き───
「───天人!!」
トタトタと、その青く美しい色のツインテールを靡かせながら女の子走りで俺に駆け寄ってきた。
俺もネモに「おう」と片手を上げて応える。で、女の荷物を男が持つのは義務で名誉だとジャンヌ先生に教え込まれた俺は、その癖でそのままネモのトランクを持ってやる。するとジャンヌと同じフランス人のネモにとってもそれは常識だったのか、すんなりとトランクを手渡してきた。
「長旅お疲れさん。大丈夫だったか?」
「当たり前だ。私の一族は深海の一族。海中では遅れはとらない」
いや、そっちじゃなくて。
「じゃなくて。待ってる間、変な奴に絡まれなかったか?ナンパとか、ネモ声掛けられそうだし」
ネモさん背は低いけどとっても可愛らしいからな。しかも今はあの厳しい軍服じゃなくて普通の女の子っぽい服だし。パッと見で外国人なのは分かるだろうけど、英語や、最悪日本語でも話しかけてくる輩はいたかもしれない。それに、ネモは日本語が少しは話せるようになったらしいし、それで思わず日本語で返したら余計にしつこく誘われそうだ。
「お前は、私がそんなのに靡く女だと思うのか?」
と、ネモはジト目で俺を見上げながら睨む。
「いや、靡くとは思わないけどしつこい奴はしつこいし、ここじゃ派手に力ぁ使えないでしょ?」
まさかこんな衆人環視の中目からビームを撃つわけにもいくまいし。
「天人は、私のことを心配してくれるのか?」
と、ネモがその綺麗な
「え、そりゃあするでしょ」
知らない国で、いくら強い力を持ってはいてもそんなものを振り回せる状況にもなくて、しかもネモは腕力的に強いわけじゃない。そんな子が1人東京のド真ん中でポツンと佇んでいるのなら心配の1つもするだろうよ。
と、俺としては至極普通のことを言っただけだと思ったのだが、ネモにとっては予想外の言葉だったらしく、照れた風に頬を赤く染め、そっぽを向いてしまった。
「まぁいいや、行こうぜ。……迷子にならないように手ぇ繋いでやろうか?」
ついでにからかい半分でそんなことを言ってみたのだが、思いの外ネモが素直に自分のそのちっちゃい紅葉みたいな手を差し出してくるもんだから、俺は思わず一瞬固まり……そして言い出した手前引っ込みがつかずにその手を握ってやったのだった。
───────────────
「そういや、ネモならあの瞬間移動で俺の家に来れなかったのか?ノーチラスからなら目立たなかったろ」
と、いい加減電車の中じゃ手を離してくれたネモに、俺はそんな質問をする。街中での瞬間移動は流石に目立ちすぎるのは俺も越境鍵を持っているから分かる。だが自分の艦で行うなら、行き先もネモの力を知っている俺の元だし、気にする必要はないと思ったのだ。
「
ふうん。まぁ確かに俺の越境鍵も座標が曖昧だとどこにも行けないからな。ネモの言っていることは、こういう便利な瞬間移動系の力の宿命なのかもしれん。
「天人も実際、私の元へは電車で来ただろう?帰りもこうして公共交通機関を使っているし」
「いや、だって瞬間移動とか人前でやったら馬鹿目立つじゃん。普段はこうやって自分の足と公共交通機関を使うのが良いんですよ。あんまり便利に魔法とか使ってっとダメ野郎になっちゃうし」
という俺の言葉にネモは一瞬何かに引っ掛かりを覚えたような顔をして……そして直ぐに「そうかもな」とだけ返してきた。
その後は電車の窓から景色を眺めていたネモが半月が綺麗だとか日本にあってフランスにはない様子だとかについて適当に駄弁る。そうして俺達は乗り換え駅に着いた。ここは時間的にも人が少なく、俺達は少し込み入った話をすることにした。
「ルシフェリアとは争いになっていないか?」
「1回ユエとルシフェリアで決闘にはなったよ」
と、俺が言えば───
「なっ───!?ユエはっ!?……いや、その様子だとユエは無事なようだな……」
ほうっと、ネモは溜息を1つ。やはり、ルシフェリアは本気を出せば相当に強いようだ。まぁ、宇宙にある太陽光を収束させて地上に叩き付けるなんて技が出来るんだ。そりゃあそんなのと戦ったと聞かされたら相手の命の心配もするよな。
「……ルシフェリアがその気になって魔術を弄すれば、天人やユエだけでなく、この世界の人間を全員殺せるのだ」
と、ネモは真剣な声色でそう告げた。
「だろうな。アイツの魔術の類は今は俺が封印しているけど、だから分かるよ。アイツがその気になればこの星を滅ぼすことだってできる」
「───封印?できたのか?私達も万が一のことを考えて、そういう行為を検討したことはあるが、出来なさそうだったぞ」
「んー?ま、別の世界の魔法ってやつでな」
そう俺が言えば、イタリアでは氷焔之皇で自分の超々能力を潰された経験のあるネモは自分の小さい顎にその白くて細い指を当てて思案顔。だが直ぐに思い至ったようで
「なるほど、イタリアで私の超々能力を潰したのと同じ類の能力か」
と、即座に
「封印出来ているのならそれでいい。ルシフェリアは代々、人類と全面的には争わない協定を守っている。本人も人類を滅ぼしても旨味はないと分かっているから心配は要らないだろう。ただ、彼女には、単独でも大魔術によるこの世界への侵略が可能だということは夢々忘れるなよ」
と、ネモは真剣な顔で念押しをしてくる。
「ルシフェリアは向こうの世界───レクテイアの神族。それも上位神……強い神だ。彼女個人が比較的に平和主義であっても、彼女を利用しようとする者が現れるとこの世界が危機に陥る。我々はそれを気をつけねばならない」
もしそうなれば俺は今は封印で留めているルシフェリアへの氷焔之皇の拘束を、今度は魔術の燃焼という形で永久に没収するだろう。そうしてしまえば彼女はただちょっと角の生えただけの美人に終わるからな。
「あぁ、それに対する対策も、まぁあるにはある。……んで、その上位神とかってのは何で決まってんの?」
「向こうの神は、こちらの神とは定義や概念が異なるのだ。自分の意思で世界を自由に変えてしまえる者。狭義では"世界を滅ぼせる者"を神と呼んでいるのだ」
確かに、クロリシアもその気になればこの世界を滅ぼせただろう。それにはそれなりの時間が必要だとは思うが、生態系を著しく変えてしまえるというのは世界を変えるに相応しい。
「んじゃあ、その上位だの下位だのはどーやって決めてんだ?滅ぼせんなら全部同じじゃないの?やっぱパパっとやれる奴が上?」
「その通りだ。どれだけ迅速に効率良く世界を滅ぼせるかで神の強弱は決まる」
そうなると俺が神になっても序列は低そうだな。て言うか神に収まれるかすら微妙だ。いや、昇華魔法で生成魔法とか重力魔法の適性を上げれば星を1つ滅ぼすことはできるかもな。
「……具体的には?」
「先日のクロリシアは下の中。仮に人類の核兵器を全て自由に撃てる者がいるとすると、そいつの強さは中の下。熱核攻撃はレクテイアの尺度ではさほど効率的とは言えないのでな。そして───ルシフェリアは、上の中。紛うことなき上位神だ」
言われてみれば、異世界の植物を持ち込んで生態系を乱すよりも、核ミサイル撃ちまくる方が人類殲滅は早そうだ。そして、それよりもブラックホールを生み出したり氷河期を迎えさせたり、地軸をズラしてしまう方が更に効率的だろうな。
「もっとも、出来ることとやることは別の問題だ。ただ、機嫌は損ねない方が良いし、監視も兼ねて面倒を見てやるべきだろう。そもそも、彼女は周囲に世話をする者がいないと駄目なタイプだし」
そんな彼女は今、ユエさんのメイドになり俺達に昼飯を作ってくれましたって言ったら、ネモはどんな顔をするんだろうな。ま、それは後のお楽しみにしておこう。そういや今日の学校が終わればリサはルシフェリア用のメイド服を作るための布を買いに行くはずだ。ということは、一両日中くらいにはメイドルシフェリアが見られるということだ。ふむ……これもネモに見せてやりたいな。
「……何を可笑しそうな顔をしているのだ」
「いや、何でもない。続けてくれ」
「そうか……。ルシフェリアはNでは自由に振舞っていて、教授も管理していなかった。曾孫だからか放任されていたのだ。だが、今回初めて彼女を見守るように頼まれた」
なるほど、ネモが態々日本に来たのはそんな理由があったのね。だが、アリアの目的はルシフェリアと仲良くなりNの空中分解を狙うこと。当然Nの一員であるネモとはあまり一緒には居させない方が良い気もするんだけどな……。
と、そんな話をしている間に俺達は最寄り駅に着いた。人通りの少ないここは、さっきまでと同じように内密な話をするのにはおあつらえ向きだった。だから俺は、ここ最近頭に浮かんでいたあることを、ネモに打ち明けることにした。
「……ネモ」
「どうした?」
俺の、今までとは少し違う真剣な声色にネモが不思議そうにコチラを見上げてきた。
「色々考えたんだけどさ、ネモ。俺達と一緒に来ないか?俺には……お前が必要なんだ」
超能力者や魔女といった超常の存在が差別されない世界。それがネモの目指す世界で、俺もその世界が欲しい。それは、リサやユエ達が自分を偽らずに生きていける世界だと思うからだ。けれどネモはそんな世界を作るためにテロ行為をも辞さないと言う。俺達はそんな手段で作られる世界は許容できない。
そして、俺達の手には世界の扉を開く鍵がある。膨大な準備や時間の跳躍のリスクもあり、こことレクテイアしか繋げないNの世界間跳躍と違って、俺の持つ越境鍵であれば時間の跳躍も無く、好きな世界へと繋がれるのだ。
さらに、越境鍵程の汎用性は無くとも、決められた世界と世界を繋ぐ扉を開く鍵であれば、ある程度の数は生み出せると思う。その力が俺達にはある。
だから、世界の準備と、扉の準備。N……いや、ネモと俺達が手を組めば、ネモの理想の世界はきっとNでモリアーティと作り上げるよりももっと早く平和的に作り上げられると思うのだ。それにシャーロック曰く、モリアーティの目的はただ自分だけが行く末を知っている混沌を生み出すこと。そんな目的のためにネモの純粋な願いが利用されているのは腹が立つ。だったら同じ志を持つ者同士……これからは本当の同志になれるはずだ。
───という思いを込めて端的に言いたいことを伝えた、筈なのだが、ネモの反応は俺の思っていたのと少し……いや結構違っていた。
「あっ……なっ……えと……」
ネモは顔を真っ赤に染めて、両手を広げてブンブン振りながらワタワタしている。え、今の話そんなに照れる要素ありました?返事がイエスでもノーでも、何かもうちょい違うレスポンスじゃない?
「これでも俺ぁ真剣だよ。だから、ネモにも考えてほしい。これは……俺達の将来に関わる話だから」
「しょっ……」
伝わっているのか不安なので念押しをしたはずなのにネモのテンパり具合が酷くなった。今度はもう言葉にも詰まって動きも固まってしまっている。これは、もしかしたら俺が言葉を間違えたのかもしれない。て言うか、多分間違えてんだろうなぁ。……さて、ではこれまでの会話を思い返してみようか。ネモがおかしくなったのは俺の言葉からだ。
まず今の状況、周りに人はいない。あまり人に聞かれたくない話をするのにはうってつけのシチュエーション。時間は夕方、沈みかけた夕日が俺達を赤く照らしている。その日暮れの頃、これから俺の家に行く道すがらの言葉だ。俺の言葉は端的に言えば"俺と来てほしい、俺にはお前が必要だ"……か。
で、その後には"真剣に話している、俺達の将来に関わる話だから"ね。
………………………………………………………………………………………………………………うん、俺が悪い。
いやこれ半分……ってかほぼプロポーズじゃん。俺は馬鹿なの?いや、馬鹿でしたね……友人だと思ってた男にいきなりそんなこと言われたらそりゃあネモも驚くよね……。
「あ、ネモ……誤解してい───」
「───返事は!!」
「あ、はい」
ネモの誤解を解こうかと思ったのだが、ネモに機先を制された上、勢いで押し切られてしまった。
「……分かった。私も真剣に考えるから。返事は、もう少し待ってほしい」
待ってほしいのはむしろこちらである。いや、誤解を生む言い回しをしてしまったのは俺だけど、そんな顔真っ赤にして目線逸らしながら言われても完全にプロポーズの返事を考える女の子にしか見えませんから……。だからせめて、せめて誤解だけは解かせてほしい……。という俺の思いは……
「あ、あぁ。待ってるよ」
ネモの醸し出す乙女な雰囲気に流されてしまって、届けることが出来ずに終わってしまうのであった。
───────────────
ネモが黙りこくってしまった。いや、正確にはゴニョゴニョとフランス語で何やら呟いているし、俺の聴力なら聞こうと思えば内容も聞こえるとは思うのだけれど、それを全て把握してしまうのが怖かった俺はなるべく耳に入れないようにしていた。
だが俺が玄関の扉を開けると、なんとそこにいたのは───
「アリア……?」
そう、何故かアリアが来ていたのだ。て言うか、この距離なら扉越しでも気配感知で分かったでしょうよ。どんだけ動揺してたんだ俺は。
「主様〜……同志ネモ!来てくれたのか!」
「おかえり、家主様。……って、何でネモまでいるのよ!」
「あぁ、同志ルシ……神崎・ホームズ・アリア!?何故ここに!?」
で、ひょこっと俺達を出迎えてくれたルシフェリアと、何故かいるアリアと俺が連れて来たネモ。黒にピンクに水色。カラフルな3色が互いに見合っている。そして───
「「……っ!?」」
お互いに相手が何故ここにいるかを考え、そしてそれらがどうでもよくなったのか他に優先すべきことがあると思ったのか、ネモとアリアらお互いに睨み合い、そしてアリアはその
「ここでビームを撃とうとするなアホ」
だが、その光は直ぐに雲散霧消する。俺が氷焔之皇でビームを凍結させたからだ。ここは俺の家で一応賃貸なんだぞ。最悪再生魔法で無かったことに出来るとはいえ、そう気軽にビームを放ってもらっても困るんだよ。
だがこの2人は
「……む」
だがアリアの両手は氷の元素魔法で、ネモはショートソードを持っている右手首を掴んで2人を拘束。
「刀ぁ折られたくなけりゃ力抜きな。て言うか、出会った傍から戦おうとするなよ」
俺がいるこの場では戦闘は無理と悟ったのかアリアとネモの力が緩む。俺はそれを合図に2人の拘束を解いた。
「……ネモは曾お爺様を殺そうとした敵よ」
「それこそ、シャーロックは私を殺そうとした敵だ」
で、また2人とも睨み合うし。キリがないなコイツら。
「あぁ……まずアリア、何でお前ここにいんの?」
ネモがいる理由は俺が説明ができるので、まずは何故アリアが俺の家にいるのか、そこから尋ねることにした。
「ルシフェリアの様子を見に来たのよ。この家は女の子ばっかりだけどアンタの女癖の悪さはキンジクラスだわ。そんなの、ルシフェリアが心配になるじゃない」
「オーケー、その大いなる誤解については後で話し合おう。そして見ての通り、ルシフェリアは元気だし俺ぁ手ぇ出してねぇぞ」
「そんなことより、何でネモがアンタといるのよ。ネモはNの提督!私達の敵なのよ!?」
「ネモもルシフェリアの様子見に来たんだよ。俺ぁ迎えに行ってただけ」
俺の女癖が悪いという不名誉な誤解を"そんなこと"で流されるのは納得いかないけど反論の余地も無いっちゃ無いのでそこは一旦脇に置いておく。すると───
「玄関先でどうしたのだ?」
「……んっ、ドア開けた途端に騒がしい」
という声に振り返ればジャンヌとユエがちょうど帰宅。リサとシアは布を買いに行ったのかな。すると、ネモの姿を認めた2人は「久しぶり」と軽く挨拶。靴を脱ぎ俺達の脇を通ってユエは自分の部屋に、ジャンヌはリビングへ、そそくさと向かってしまった。
「……あんた達、テロリストと仲良すぎるわ」
「───ネモ様!?」
と、今度は向こうの部屋から戻ってきたエンディミラがネモの訪問に驚いている。
「エンディミラか、天人には良くしてもらっているか?」
「はい、天人とは仲良く……」
エンディミラさんや、いい加減そこで照れるのは止めましょう。そしてネモ、お前は俺をケダモノを見る目で見るな。そーゆー目で見られるのは結構辛いんだぞ。
「みゅ、ネモお姉ちゃんなの!」
「あらあら、お久しぶりです」
で、今度はミュウとレミアだ。ミュウはお昼寝から目覚めてからはレミアの方に行っていたからな。て言うか、もう神代家全員集合にも近いな。そのうちリサとシアも帰ってくるだろうし、さっきティオとテテティ、レテティも顔を覗かせていたし。何だかとっても騒がしくなりそうな予感がプンプンするぜ。
───────────────
取り敢えず2人には光モンを仕舞わせる。そんなもんを出されながらじゃ冷静に話し合いも出来ないだろうからな。それで渋々家に上がった2人は、しかし敵対的な空気を崩そうとはしなかった。ただ無言で紅茶やコーヒーを啜る時間だけが過ぎる。
「では、こうしましょう」
と、この空気感を見兼ねてか、エンディミラが柏手を打って何やら思い付いた様子。
「ルシフェリア様、ネモ様、私、アリアで一緒にお風呂に入りましょう。エルフの知恵で、同じ水に入ると仲良くなれるのです」
日本では腹を割って話すとか裸の付き合いとか、そんな言い回しがあるように風呂に入ると仲良くなるというのはあながち間違いでもない。どっかのバスタブメーカーの調査だと、同じ風呂に入った日本人の61%が友人との距離が近くなったと回答しているらしい。1度女同士でゆっくり話し合うべきだな。
「そうだな、バスタブメーカーの調査でもそれでいい数字が出てるらしいし、俺もリサ達迎えに行ってくるから、その間に風呂入っててくれ」
と、俺は立ち上がり、部屋を出ていく。エンディミラとルシフェリアはともかく、アリアとネモは流石に俺が居るのに風呂には入りたがらないだろうからな。
「エンディミラと天人がそういうのなら入ろう」
と、ネモは信頼していた部下の発言であることもあってか直ぐにその気になってくれた。負けず嫌いのアリアもネモのその様子を見てなら自分もと立ち上がった。まったく、コイツらが揃ったのは何か大きな間違いだったような気がするよ……。
───────────────
リサに連絡を取り、彼女達と合流した俺は荷物持ちをしながら時間を潰し、ティオからアリア達の風呂が終わり、4人とも着替え終わったという連絡を貰ってから部屋へと戻った。
すると、俺が部屋を出る前よりはアリアとネモの関係性は多少は良くなったようで、腹が減っただのと話している。で、アリアとネモはどうやらユエに服を借りたらしく、2人ともこれまたガーリーな感じ服を着ている。しかも2人ともツインテールじゃなくて長い髪をそれぞれ降ろしているから中々に新鮮な光景だ。
で、今日の飯の当番はレミアらしく、もう既に夕飯の良い匂いが漂っている。あとティオとミュウ、テテティ、レテティの気配が風呂場からする。どうやらもう皆風呂に入ってしまおうということらしい。
「おや、アリアさん」
「アリア様、いらっしゃいませ」
「あら、シア、リサ。お邪魔しているわ」
これで神代家全員集合かな。すると───
「皆さん、お夕飯が出来ましたよ」
というレミアの声。シアは「手を洗ってくるですぅ」と元気よく通学に使っているリュックを置きに部屋に戻り、リサも同じく学生カバンを置きに戻った。他の奴ら──いるのはユエにエンディミラ、ジャンヌくらいだが──は配膳を手伝ういつもの光景。で、そこにユエに睨まれたルシフェリアも加わる。それを見てネモがひっくり返りそうになっていたので俺は咄嗟にその小さい背中を支えてやる。
「ル……ルシフェリアが……手伝っている……?」
あぁ……ネモ的にはルシフェリアが配膳を手伝うなんて光景は見たことがないのか。まぁ確かにアイツはこういうことやらない風だもんなぁ。
「あれ、風呂で聞かなかった?」
「聞いているものかっ!あ、あのルシフェリアがお手伝いをしているだと……!?」
「ユエとルシフェリアで1回喧嘩になったって言ったろ?それで、ルシフェリアは負けたからユエの
と、俺の語った事実はネモにとっては余程衝撃的だったらしい。「うぼぁ……」なんて、乙女にあるまじき呻き声を上げながら魂が抜けてしまいそうな顔をしているよ。
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皆で食卓を囲みながら飯を食う。今日はゲストにアリアとネモも加えて、ただでさえ賑やかな神代家の食卓が更に混迷を極めていた。
「まさか、こうしてネモやルシフェリアとご飯を食べる時が来るとは思わなかったわ。これも、天人の女癖の悪さのおかげね」
褒めるならもうちょい言葉を選んでほしいものだ。それだとほぼ貶しているぞアリアよ。という俺の抗議の目線は柳に風。アリアには完全に受け流されているしネモはうんうんと頷いているし。
「アリア、皆で仲良くするのは良いことじゃぞ。世界と世界の繋がりは人と人との繋がりから始まるのじゃ。こことレクテイアの繋がりも、我と主様の婚姻でスムーズに結びつくであろう」
と、ルシフェリアさんは良いことは言っているのだが最後が余計。俺はルシフェリアと結婚する気はないってのに。
「……それはダメ。主の旦那に手を出すメイドは許しません」
ふい、とアリアがリサを見るがリサはニコニコと笑っているだけ。ただいつもの花の咲くような可愛らしい笑顔と言うより、ちょっと裏のありそうな笑み。すると今度はアリアの目線が俺に映る。何ならネモも俺を見ているしリサも俺を見てる。あれ、これ俺が何か言わなきゃいけない流れなの?
「リサはメイドもやってる嫁だから」
と、俺はお決まりの言葉を返す。するとリサのニコニコ顔がいつもの柔らかく愛らしいそれになった。良かった、少なくともリサの正解は当てられたようだ。
「……そう、そもそもリサは天人が1番最初に愛した女の子だからいいの。でもルシフェリアは違うでしょ?」
で、ユエさんはルシフェリアに圧をかけるような雰囲気と言い回し。それを見てネモは今度はアワアワと震えている。コイツも忙しい奴だ。だがルシフェリアはそこで何故か余裕の笑み。え……それはそれで怖いんだけど、あなた様はどんな爆弾をお持ちなんですの?
「主様は我の身体をあんなに貪り食ったというのにのう。戦いの責任も、女を貪った責任からも逃げるというのか?」
「ぶぐぅっ!?───ゴホッゴホッ!」
で、叩きつけられた爆弾に俺は口に含んでいた水を噴き出しそうになり、慌てて飲み込んだが少しだけ気管に入ってむせた。
「……天人?」
ユエの……ユエ様の目がヤバい!あ、シアもだ!完全に目から光が失われている!!アリアはケダモノを見る目で俺を見ないで!!
「これっぽっちもお前の身体なんて求めたことないだろうが!!なんだその作り話は!」
というか、全部知っているはずのティオさん!助けてよ!!
「天人貴様!ルシフェリアと関係を持った直後に私にプロポーズをしたというのかっ!?」
あぁネモさん!状況をこれ以上ややこしくしないで!ネモさんのその発言でさっきまで目に光のあった何人かの瞳から光が失われてしまっているから!!
「……ちょっと天人さん?これは
無い無い!全部誤解なの!だからそんなに魔力光を迸らせないで!え、
「か、身体ってあれか!?昼間のマッシュポテトに勝手に入れやがった汁とかいうやつだろ?そんなんノーカンだろうが!」
と俺が情けなく叫ぶとルシフェリア「きひひっ」とそれはそれは悪魔っぽく笑うのであった。ちなみにどこからどう抽出された汁なのかは怖くて聞けていない。毒物じゃなかったので俺の毒耐性にも何も反応無かったし。だがこれで笑っているのはルシフェリアだけ。そりゃあそうだ、まだ俺のネモへのプロポーズの話が終わっていないからなっ!
「あ、あれは誤解なんだ!」
「誤解だと!?まさか……あれはお巫山戯で貴様は乙女心を弄んだというのかっ!」
「いえ真剣でしたっ!」
「やっぱりネモさんにプロポーズしたんですねっ!?」
「してませんっ!そうじゃなくて!あれはNじゃなくて俺達と一緒に新しい世界の形を作ろうぜって話でした!」
「え……あっ……そういう……それならそうと早く言えっ!おかげて……エンディミラやルシフェリアにも本気で相談しようと思っていたんだからなっ!」
「私はまたネモ様と一緒にいられるのは嬉しいです」
「我も、もうNやナヴィガトリアに戻る気はないからのう。ネモも一緒にこっちに来ると良いのじゃ」
一瞬ガッカリした風で、その後には真っ赤になってキレ散らかしているネモに、ネモと仲が良かったらしいエンディミラとルシフェリアがこっちにおいでと勧誘をしている。あとユエさんシアさんティオさん、誤解は解けたんですからもう俺をジト目で睨むのは止めません?あとジャンヌ、お前は何でいつもこういう時は我関せずで紅茶啜ってるの?て言うか食うの早くない?ちゃんと噛んでる?
「う……だが私にはNの提督としての立場が……」
「それでも、俺ぁお前が欲しい」
実はさっきの問答の際にユエからは神言で多重結界を解除させられ、更にシアには組み伏せられているので俺はそんな状態でネモを見上げながらもそう伝える。
「うう……何故天人はそんなに私を求める?貴様の力なら扉を開けることなど容易いように思えるが」
ネモはこちらにいるエンディミラをチラリと見やりながらそう言った。一応真剣なお話なのでシアには俺の上から退いてもらいながら俺は言葉を続けた。
「開けるだけならな。もっとも、まだ開き続ける為の手段がないけど、それはこれから考える。けどやっぱり俺ぁ頭が足りないんだよ。その手段だって思い付かないし。……それに、扉を開けたって受け入れてくれる世界がなけりゃ意味がない。それはネモじゃなきゃ作れないんだ」
だから俺にはネモが必要なのだ。そして、俺は敢えてシャーロックから聞いたモリアーティの目的は伏せてある。ネモはモリアーティのことを信頼し、心酔しているようだから言ったところで逆に来てくれなさそうだからな。
「それは……少し、考えさせてくれ」
「あぁ。考えてくれるだけでも嬉しいよ」
「まったく貴様は本当に……」
で、誤解は全て解けたはずなのに何故俺は皆さんからジト目を頂戴しているのでしょうか。
「……そう言えば天人」
「んー?」
と、何やら思い付いた様子のネモ。ただ、その顔に浮かぶのは意地の悪い笑みで、きっとその口から出てくる言葉はろくでもないものなのだろうという嫌な予感がビシバシ漂ってきた。
「私の乙女心を弄んだ責任もあるがもう1つ、私の裸を見た責任もまだ取ってもらっていないな」
「は……ぐぇっ───」
何の話だっけと思い返す暇もなく俺はシアに再び組み伏せられる。あ、ユエの目から光が消えた。きっとこれはシアの目からも光が消えているのだろう。完全にうつ伏せに組み伏せられているからシアの顔色は全く伺えないのだけれど。
「……天人?」
「うす……あれだろ?前にキンジを助けに無人島に行った時の話だろ」
と、俺が言えばネモも頷く。……やっぱりあれの話か。
「あれはまずキンジを日本に返して、ネモもいるって聞いてたからそのまま島のどっかにいるネモの所に扉を開いたんだよ。そしたらネモが……水浴びをしてるところだった」
「なるほど、天人さんとしては見たくて見たわけではないと?」
上からシアの冷たい声がする。怖いってその声。
「もちろん。まさか無人島で……しかも
と、俺がキチンと過不足なくその時の事実と認識をお伝えすれば、ネモも組み伏せられている俺を見て溜飲が降りたのか
「確かに、その時の天人の対応は実に紳士的だった」
という助け舟を出してくれる。いや、そもそもこうなったのもネモさんのせいなんですけどね。
「……で、ネモの裸はどうだったの?」
ジィッと、ユエが湿度高めの紅の瞳で俺を見据える。うぅ……事故なのになんで……。
「……それはそれは綺麗でした」
だけどユエに嘘は付けない俺は素直にそう白状する。するとユエとシアは大きな溜息、ネモはやっぱり照れて頬を染めている。ルシフェリアはルシフェリアで「我の裸も見るか?綺麗じゃぞ」とか言い出してユエに睨まれているのでそっちは無視。
そうして全ての誤解を解き、ちゃんと身綺麗になった俺はようやくシアの拘束から解き放たれるのであった。その間アリアはずっと俺のことを強く睨んでいたのだった。
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「そう言えば天人」
と、諸々の誤解から解放された俺はティオやルシフェリア達とテレビを見ながらダラケていた。リサとユエ、シアにレミアはルシフェリアのメイド服製作のため部屋に籠っている。それを分かっているからか、ルシフェリアはテレビを見ているのにどこかソワソワして落ち着かない。そこに、ネモが頭に疑問符を浮かべていた。
「んー?」
「学生らしく勉強はしないのか?さっきユエやシアから学業の方はあまり振るわないと聞いたが……」
え、ここでそんな話題出ます?
「ふむ、そうじゃなぁ。天人はもう少し勉学に励んだ方が良いかもしれんなぁ」
と、一緒にテレビを見ていたティオもそんなことを言い出すし
「そうね、アンタはもう少し学校の勉強もすべきだわ。テストだって毎回酷いんでしょ?」
なんと今日はお泊まりをする気らしいアリアまでそんなことを言い出す。あれ、これ俺もしかして味方いない……?
「ふん、英語は毎回満点だし古典だって高得点だってーの」
ちなみに古典は言語理解を手に入れてからの話。それまでは何が書いてあるのかとんと分からん教科でした。
「あんたのそれは魔法でズルしてるんでしょうが!!」
そういやアリア達にはアニエス学院での潜入任務の時に言語理解のこと少しだけ話したっけな。だけど英語だけはちゃんと勉強したものだからな!
「はー?英語はちゃんとシャーロックに叩き込まれましたー!!」
「結局それだけじゃないの!!」
「子供か貴様は……」
で、ネモにはそんなことを言われるし他の皆からは呆れ顔と溜息を頂戴するし……。いいでしょ別に勉強出来なくたって。それでこれまでどうにかなったんだから。
「しかし天人よ、妾としては天人にも勉強はしてほしいのじゃ。特に天人は名目上だけとは言え一応社長なんじゃから」
と、ティオが割とマジなトーンで俺を追い詰める。
「えぇ……」
「折角なら私が天人の勉強を見てやろう。これでも数学は得意だ」
「それがいい。天人は特に数学が苦手のようだからな」
と、ジャンヌもしっかりと頷いている。
「実際、こっちの世界は数学を使うことが多いのじゃ。天人にももう少し計算が出来てくれると助かるのじゃ」
そんなネモとティオの言葉にジャンヌとアリアもウンウンと頷いている。どうやら味方は居ない……いや、まだルシフェリアがいる。アイツは悪魔ちゃんだしお勉強なんて真面目くさったことからは逃げる気質のはずだ。
と、そんな下心で俺はルシフェリアを探すが、あれ、リビングに居ないぞ……?けどリサ達の方からルシフェリアの気配がする……。てことは最後の合わせで呼ばれたのか……。つまりここにいるのは全員俺を机に向かわせたい奴ら……完全に四面楚歌じゃん。
「けどさぁ……そんな漫然と勉強して将来に役立てろとか言われたってやる気が……」
で、ルシフェリアという後ろ盾を入手出来なかった俺は最後の足掻き。こうなったら何を言われてもやる気出ませーんで押し通すしかない。
だがそんな俺の浅はかな考えは───
「ではこうしよう。もし天人がこれからの武偵高の数学のテストで全て90点以上であれば、私が貴様達に協力する。もっとも、Nを抜けてまで……とはいかないがな」
───ネモのそんな言葉で全て破壊された。
「いいのか……?」
「まだNを抜ける決断は出来ない。けれど私の目的を達成する手段の1つとして天人達に協力する。私だってテロ行為をしたいわけではないのだ。そうせずとも目的を達せられるならそれに越したことはない」
「……パパ、お勉強しないの?」
すると、ミュウが俺を見上げながらそう呟いた。
「んー……?」
「パパ、ミュウにはちゃんとお勉強するように言ってたの。それでミュウはママとかリサお姉ちゃんとかにお勉強教わってるの。パパはお勉強嫌なの……?」
俺を見上げてくるミュウの瞳は、どことなく俺を責めるような色が見えて……それが地味に辛い。
「いやいや……勉強ってのは習慣なんだよ。これが無いと大きくなっても俺みたいに勉強嫌いになっちゃうからな、ミュウにはそうなってほしくないんだよ」
という俺の言い訳は───
「みゅ……パパは狡いの!」
プイ、とそっぽを向いたミュウに全て放り捨てられる。
「え……」
「パパがお勉強しないならミュウもしないの!」
そして、そう言い捨てたミュウはトテトテとリサ達のいる部屋へと小走りに消えていく。それを見ていたネモがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら「どうするんだ?」なんて聞いてくる。けれど、ミュウにああ言われた以上、俺の答えなんて決まっている。
「しゃおらぁ!さんへーほーの定理でも何ちゃらの証明でも何でも来いやオラァ!」
───────────────
俺のアホな叫びは何事も無かったかのように流されつつ、取り敢えず俺のお勉強会をすることにはなったのだが───
「これでどうやって高校に入学したんだ……」
「ホントにテストで単位を取ってないのね……」
ネモとアリアは俺のあまりの不出来さに頭を抱えていた。何せ俺はあのシャーロックからすら匙を投げられるほどに勉強出来ないからな。まぁイ・ウーにいた時はやる気も無かったというのもあるが……。
「これは基礎の基礎……そのまた基礎から見直した方がいいな」
どうやら視力が少し弱いらしいネモは今はメガネを掛けている。下ろしていた髪を後ろで束ね、メガネも掛けているネモの姿は初めて見たから新鮮な気分だ。
「えぇ……まずは小学生のレベルから見直した方が良いわね」
え……そんなに……?いくら何でもそんなに駄目でした……?いやいや、そんなことはないはずだ……きっと、多分おそらく……。
「ま、待ってくれ、流石にかけ算九九は
なので俺はまず足掻く。流石にそんなところから始めてたらいつまで経っても高校数学には辿り着けない気がする。
「……ホントに?」
だがネモの疑いの目は終わらない。どうやら俺が想像以上のお馬鹿だと思われているようだ。……否定する言葉が無いのが口惜しい限りだ。
「あぁ、流石に俺だってそんくらいは出来るよ」
「じゃあ一次方程式からね」
「そうだな、まったく……これで本当に世界を変えられるのか……?」
で、俺という共通の
さて、まずは中学生の範囲のおさらいからと思った矢先、部屋のドアを控え目にノックする音が聞こえた。気配感知で察するに、リサとルシフェリアだ。俺が「どーぞー」と返すと、ガチャリとドアが開かれ、ルシフェリアを連れたリサが部屋に入ってきた。
「失礼致します。ご主人様───」
で、恭しい一礼から顔を上げたリサの動きが止まる。その顔はみるみるうちに驚きに染まっていき、もう少しでその大きな瞳がこぼれ落ちそうだ。
「ご主人様が……勉強を……?」
リサにまでこう言われてしまって俺はもう泣きそうだ。もしや俺が学校の勉強をしないというのは人類の共通認識なのかもしれない。その認識は早急に改めてほしいところだ。
で、リサにまで俺がお勉強をしている姿に驚かれてしまい椅子から崩れ落ちたのを見てリサは
「た、大変失礼致しました!ご主人様もお勉強をなさっているのですね。いい子いい子、です」
と、俺の頭を優しく撫でてくれる。それでどうにか顔を上げられた俺は、リサの肩口から向こうを覗き、そこに黒と白のモノトーンカラーの洋服に身を包んだルシフェリアを認めた。すると、リサもその視線に気付いたのか俺の手を取って立ち上がり「どうでしょうか?」とルシフェリアを指し示した。
ルシフェリアが着ていたのはメイド服。メイド服を身に着けたルシフェリアを見て、ネモがまた気を失いそうになっているのでそれを支えてやりながら、俺はルシフェリアを見やる。
黒を基調としたシンプルな意匠。それでいて袖口や胸元にはフリルがあしらわれていて可愛らしさは損なわれていない。角の間に置かれた白いヘッドドレスも、普段は気の強そうなルシフェリアの鋭さを和らげて見せているように思える。あとこれは俺の好みなのだが、メイド服はロングスカート派の俺にとって、キチンとスネの半ばまで伸びたプリーツスカートが好ましい。
「どうじゃ?似合っておるか?ま、我が着ればどんな服でも美しく栄えるのだがな!」
ヒラヒラのフリフリな服を着てもルシフェリアはルシフェリア。その大きな胸を張って自信満々……でもないか。いつもは真っ直ぐに俺を見据える大きな瞳が泳いでいる。それは、慣れない系統の服を着て照れているのか、言葉の割に実はそのメイド服が似合っているのか自信が無いのか。けれど、ルシフェリアに自信があろうとなかろうと、俺の言う言葉は決まっていた。
「おう、そーゆー服も似合ってるよ」
実際似合っているのでそう言う他ない。すると、それを聞いたルシフェリアはちょっと不安そうだった顔をパァッと綻ばせ
「そうか?そうじゃろ!やっぱり主様には我の美しさがよく分かっておるのじゃ!」
と、それはそれはニッコニコ。美人なルシフェリアがまるで子供のように笑顔を咲かせているのは普段とのギャップもあって中々以上に魅力的に見える。だが何故かネモとアリアは俺をジトッとした目で見ている。まるでカラスに漁られてゴミ捨て場から飛び散った生ゴミを見るかのような目だ。
「何……?」
「あんた、可愛い子を見ると見境なく何でもすぐに褒めるのね」
「貴様のその癖は直した方がいいぞ。いつか刺される」
「え……駄目なの?」
女は褒めろと俺にしつこく教育してきたのはイ・ウーに居た頃のジャンヌだったから、男はそうするものだと思っていたのだが……違うのだろうか。
「それで変な勘違いを起こす子が出たらどうするのよ!」
「だってジャンヌが昔『女が新しい服を着ていたら褒めろ。特に普段は着ないような系統の服を着ていたら特に気にして褒めろ。これは男の義務だ』みたいなこと言ってたら、そうすんのが普通だと思ってたんだけど……」
「………………」
ふとこちらを覗きに来たジャンヌに視線が集まる。そして、当のジャンヌさんは全力で目を逸らしていた。どうやら何か後ろめたいことがあるらしい。
「……ジャンヌは天人に褒められたいからそんなことを言った」
と、ユエがジャンヌをジト目で見上げながらそう呟く。スルりとジャンヌはその視線を躱すが、避けた先にはシアがいた。シアもそれはそれは湿度の高い目でジャンヌを見据えている。
「あーでも……俺も一応誰でも彼でも褒めちぎったりはしてないぞ。一応相手は考えてるし思ってても言わないことだってある」
仕方ないので俺はそんな助け舟を出してやる。するとアリアが「嘘だぁ」って顔で俺を睨む。
「嘘おっしゃい」
あ、顔だけじゃなくて口に出された。
「嘘じゃねぇよ。アリアも思い返してみろ、俺ぁお前を可愛いとか言ってないし、ネモが今メガネ掛けてて髪型も普段のツインテじゃなくてポニテにしてるのに何も言わなかったろ?」
「主様よ、今結構凄いことを言った自覚はあるのか……?」
「天人は喋らない方がいいのかもしれないな……」
すると、ルシフェリアからは呆れ顔を、ネモからもそんな言葉を……他の奴らからも盛大な溜息を頂戴してしまった。