それは、あまりに唐突に訪れた。
「え……」
「なんじゃ!?」
俺がティオに監視──と言うかルシフェリア避け──されながらネモとアリアに与えられた数学の課題をこなしていると、急に俺達2人に光の柱が降り注いだのだ。
そしてフワリと持ち上がる身体。俺の氷焔之皇が反応しないということは神代魔法を上回る存在強度の現象なのだろう。2人ともが浮き上がる中、ノートやプリント、筆記用具だけはテーブルに残されたまま、俺の視界は光に塗り潰された───
───────────────
───視界を覆う光が晴れるとそこは雲の上だった。何せ、俺の身体を引っ張る重力に釣られて下を見やれば、俺の視野に入ってきたのは文字通りの雲海。つまり俺は今高度数千メートル───と言うか1万メートル以上の高さにいると思われる。さっきまでは陸上にいたはずなのにこの高度に瞬時に放り出されて平気な俺の肺は本当に人間のそれと同じ構造とは思えないな。
で、気配感知で分かってはいたけど横を見ればティオも同じく急に放り出されたこの光景に目を白黒……はさせてないな。俺を見てニヤリと笑う余裕すらあるみたいだった。
「……取り敢えず、下に降りてみるか?」
「そうじゃの。鍵で帰るにしてもここからじゃなぁ……」
こんなところで越境鍵なんて使ったら気圧差で扉の向こうから空気が雪崩込む。それでこっちの環境に変な影響を与えても嫌だし、何よりこの久々の強制異世界転移がただの偶然か、何か意味のあるものなのか、確かめてからでも遅くはないだろう。
というわけで俺とティオは眼下に広がる雲海への突入を決めた。とは言え明らかなあんな分厚そうな雲に無策で突っ込みたくはない。俺はティオを抱き寄せるとそのまま周りを氷のドームで覆う。
そしてそのまま雲海へと突入。どうやらこの雲は積乱雲らしく、凄まじい乱気流と空気を引き裂くような音を立てて俺達へと迫る稲妻。とは言えこの氷の元素魔法により生み出されたドームを破壊するには至らずに俺達は適当に流されながらも重力に引き摺られるままに雲海を脱出。
だが氷のドームを解くのは少し躊躇われた。何故なら俺達が抜けてきた雲海から降り注ぐのは黒い色をした雨。地球───日本に住む者として
「ティオ、ちょっと待ってて」
「うむ」
俺は自身の身体は多重結界に任せ、ティオを氷のドームに置いたまま俺だけを外に放り出した。そしてそのまま黒い雨に向けて口を大きく開き、その水滴を口腔内───ではなく捕食者のスキルの胃袋の中へと放り込む。
そして行われる解析。俺の普段の思考とは別の回路で行われるそれが弾き出した結論、それはこの黒い雨は人体に有毒であり、細胞の壊死すら齎す正しく黒い雨だというものだった。下を見ればこの雨は海へと降り注ぎ、おそらく本来は碧かったはずの海を黒く染めていた。
「ティオ、この雨は不味い。雲の上に抜けよう」
「応なのじゃ」
俺は空力で跳び上がり、再び氷のドームの中に入り込んでティオを抱き抱えると、そのまま重力操作のスキルで上昇。相変わらず雷を叩き付けてくる雲海を上へと抜け、雲に遮られることのない蒼天の空へと舞い戻った。
そして雲の上で氷の足場を作り、そこに緩やかに降り立つ。
「……さてと、どうすっかなぁ」
「鍵で戻っては駄目なのか?」
「いいんだけどさ、ここの高度考えたら絶対地球の砂とか吸い込むじゃん?」
「ふむ……天人は意外とそういうことを気にしてくれるのじゃな」
と、俺の懸念を伝えればティオはわりかし酷いことを言ってくれる。みんな俺のことを何だと思っているのだろうか。
「……まぁいいや。取り敢えずこの雲の無いところ探そうぜ」
と、俺は不満を押し込めてティオにそう伝える。それに頷いたティオは"それで?"という顔をしたので、どうせ別の世界なのだから構わないだろうとティオには黒竜の姿になってもらい、俺はその背中に乗り込んだ。
こっちに来てから直ぐに俺とセカイの繋がりが結ばれる感覚があった。つまりこの世界であれば俺は強化も白焔も使えるということで、もしこの世界でどこかの誰かと戦闘になっても、それにはそれほどの不安を感じてはいなかったからな。
そうしてティオの背に乗り、俺は重力操作で背中に張り付いているのでティオも遠慮なく好きなように空を翔ける。その黒い翼の羽ばたきが空気を叩き、推進力を生み出す。
螺旋を描くように回り、急上昇したかと思えば急降下で空気を切り裂く。自由奔放に、蒼穹こそが己の支配領域なのだと言わんばかりに空を舞う。
そうしてしばらく空の旅を楽しんでいると、時々ティオのあげる咆哮に応えるかのように、微かだが何者かの声が聞こえた。これは……人の声ではない。だがこの世界ではついぞ生き物を見つけられなかったのだ。陸地の在処を知る良い機会だとティオはそちらへと向かった。
幾つかの山を超え、一際大きく渦巻く雲の柱を迂回すれば正面には零れたインクのような黒い点が見える。あれがきっと声の主なのだろう。
ティオが近付いていけばその姿が段々とハッキリする。それは……そいつらは竜だった。それも、手足と翼のある竜。ユエの雷龍のような蛇の仲間みたいな姿ではなくどちらかと言えばティオの姿に近い。ただし、その身体は貧相で体長も2~3メートル程だろうか。痩せ細っていて、とてもこの世界の空の支配者とは思えない。
「ほぅ……この世界にも妾の同類がおったか」
「竜と人の間なのか、ただの竜なのかは分かんねぇけどな」
どんどんと距離も近くなってきたことだしと、ティオが彼らの知能の程を確認するために話し掛けてみた。だが返ってきたのは獣のそれと変わらない鳴き声のみ。どうやらコイツらには人間と同じような発声器官もなければ、当然念話のような意思疎通の手段も無いようだ。
だが、そいつらの動きに明確な変化があった。いや、変化と言うか……
「んー?」
ふと俺が顔を上げると目があったのだ、竜達と。だがその瞬間、彼らの動きが変わった。大慌てで反転すると一目散に逃げ出したのだ。まるで予期せず天敵に出会ってしまったかのように……。さっきまでティオの威容を見てもそんな様子は見られなかったから、これはきっと俺を見て逃げたのだろう。俺、何もしていないんだけどな……。
「……アイツら、人間が怖いのか?」
あれは未知のものに対する恐怖からくる動きではなかった。むしろ俺の姿を───人間を知っていて、それが恐ろしくて逃げたように見える。つまり、この世界にも人間はいるってことだ。
「アイツらを追えばこの世界のことも分かるかもしんねぇ。頼めるか?」
「当たり前じゃ」
ティオが翼をはためかせる。俺はティオの背中に隠れ、逃げた小さな竜達から少し距離を置いて追い掛けてもらう。視覚的に姿を見失っても羅針盤があるから完全に逃げられる心配もない。
ティオが飛んでいる間に、羅針盤を使ってこの辺りであの黒い雨に降られていない陸地を探したのだが、どうにも見つからなかったのだ。どうやらこの空を覆う分厚い雲はこの世界全体を覆っている可能性があるのだ。
それだけではない。いきなりこっちに飛ばされたこともあり、確認ついでにティオとの空の散歩の途中で、向こうの地球の陸地との気圧差は諦めて虚空へと越境鍵を突き刺したのだが、それが空振ったのだ。この世界と俺の世界の距離があまりにも遠くて魔力が足りないとかそんな問題ではない。それだとしても刺さるには刺さるはずなのだ。そもそも魔力を持っていかれるタイミングは刺した後なのだから。それが刺さりもしないということは俺達はどうあってもこの世界から出られないということで、それはそれでおかしな話なのだ。
であるなら、この世界から出られない原因は、この世界そのものに存在すると考えられる。そうなると俺達はそれを探り、解決し、その後に越境鍵で世界を繋ぐ扉を開かなければならない。これは、そのための調査の1つだ。
そうしてあの竜の後ろを追っていくと、目の前に現れたのは雲の上に浮かぶ島。羅針盤も、あの島に彼らがいると示している。あれが原理を用いて浮いているのかは知らないが、どうやらこの世界は俺のいる世界よりよほどファンタジーな世界のようだった。
島の近くまで来ると、真ん中にある森がザワつく気配。どうやら俺達の存在を中に隠れた竜達が感じ取ったようだ。そして、ザワつきもそこそこに静謐な時間が訪れる。どうにもこれでより一層身を潜めたということらしい。
そして、ティオが穏やかにその島に降り立ち、俺がその背中から降りるのを確認して直ぐに人の姿に戻る。すると、せっかく落ち着いた森がまたザワつく。やはり、コイツらは俺そのものではなく人間の存在そのものを恐れている。
きっと、この世界での人間と竜は捕食者と被捕食者のような関係なのだろう。
「……俺ぁあんまり奥に行かねぇ方が良さそうだな」
「ふむ……どうにもこやつらは人そのものを怖がっているようじゃからのう」
「一応……土壌の確認でもしとくか」
土に足を付けてしまった以上、場合によっては後で身綺麗にしてから帰らなければならないからな。俺はその場で収束錬成を発動。辺りの砂を掻き集めつつ1つの塊に纏めていく。
──収束錬成──
錬成の派生技能の最果ての1つ。周りにある鉱石を魔法陣すら介さず、触れずとも錬成により操る魔法。もう1つの想像錬成──こちらは錬成に限り魔法陣が必要でなくなる──と合わせて錬成魔法の最奥であった。これは、エヒト共との戦争の準備を整えている間に昇華魔法により無理矢理に発現させたものだった。
そして集まる
「ほう……。綺麗じゃが、まるで神結晶のようじゃな」
それを見たティオの呟きに、俺は頷いて返す。
「んっ、細かく言うと違うみたいだけど、この世界で言う魔力を取り込んで液状にして垂れ流すってとこは同じだな」
ただ、鑑定の結果によれば、神結晶程は魔力を溜め込むことは出来ず、水分となって垂れ流される液体にも神水のような法外な治癒能力は無い。とは言えその水に含まれる栄養価は高いし、何より魔力を水に変える循環の速度と効率は神結晶と神水の比ではない。
「なんでこんな大質量の物体がろくな推進力も持たずに浮いてるのかは知らんが、大地から切り離されたこの島の自然が豊かなのは
「神結晶モドキ……いや、もっと別の物質というわけじゃな」
と言うティオの言葉にも俺は頷く。さて、この土にはそれほど危険性は無さそうだが、結局のところ俺達がこの世界から出られない理由は分からず仕舞いだ。どうしたものかと俺が1つ溜息をつくと
「んー?」
1匹の竜が、木の後ろからひょっこりと顔を覗かせている。どうやらまだ俺達を恐れてはいるようだが、暴れるわけでもない俺達に多少は興味を引かれたらしい。
驚かせる必要も無いかと俺が少し下がり、ティオが逆に1歩前へ出る。すると俺達を見ていた小柄な灰色の竜がビクリと身体を震わせた。やはり人間が怖いらしい。ただ、ティオの浮かべる穏やかな表情に、彼らがいつも見ている人間とはまた違うものを感じたのだろうか。ビクビクしながらも1歩、また1歩その灰色の竜はティオへと近付いてきた。
動かないティオにその竜は鼻をひくつかせて少しずつ近寄る。そうして鼻がティオに届きそうなところで様子を伺うように匂いを嗅いでいる。すると他にも何匹かの竜が出てきて、ティオに鼻を寄せてきた。それをそのまま受け入れたティオが顎の下に手を差し出すと、一瞬恐怖からか後退るが、それでもティオが手を引っ込めずにそのままにしているとその手のひらに竜から顎を乗せた。それをティオが優しく撫でてやればそいつは気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
そして、それを見た周りの竜達もティオに甘えるように擦り寄っている。そんな竜達の姿にティオが呆れたような言葉を発するも、その顔に浮かんでいるのは優しげな笑み。その瞳には竜達への慈しみの色が見えていて、俺もティオのそんな表情にただ見蕩れるしか他ない。
そして、ティオに甘えていた内の何匹かが俺を見やる。その顔には明らかな恐怖が現れていたが、その中には隠し切れないほどの好奇心も浮かんでいた。
俺はその場でどっかりと腰を下ろすと、ちょいちょいと竜達に手招きをする。それが伝わったわけではなかろうが、それでもこの場で座り込んだことで俺が自分達を襲う存在ではないのかもと思えたらしいそいつらは俺にも恐る恐る近寄ってくる。そうして俺の身体の匂いをスンスンと嗅いでいく。
ただ、多重結界で覆ったままの俺の身体からはろくな匂いがしない気もする。そして、それはやはりそのようで、そいつらはふむと首を傾げるような動作。
そして───
「んー?」
俺も首を傾げた。
「ふむ……これは───」
ティオも首を傾げた。
何せ、遠くから音が聞こえてくるのだ。それも、聞いたことがあるようでないような。そんな音。似ている音を記憶から探るとするならば、それは戦闘機のジェットエンジンの音と、その推進力が生み出す莫大な速度を誇る航空機が空気を切り裂く音と酷似していた。
けれど問題なのは、イ・ウーや強襲科で様々聞かされた戦闘機のエンジン音のどれとも一致しないのだ。まぁ、ここは異世界だから、俺の世界にあるそれらと音が違ったとしても当たり前と言えば当たり前なのだろうが。
そして、俺達の耳よりも一瞬早くその音を聞き付けたらしい竜達は慌てて踵を返し、森の中へと駆け出していった。なるほど、これから行われるのは人間による竜狩りってわけか。
そしてその音は思いの外速く俺達の上を駆け抜けていった。青空のような……けれどどこか無機質なスカイブルーの体躯。おそらくミサイルの発射口と思わしき太い筒のようなものが幾つも翼の下に取り付けられていた。
おおよそ三角形の作りをしたそいつらが5機、空を裂くような音を立てて上空を飛び去る。それは、地球にあるそれとは色や形など、細部は異なるが正しく戦闘機のそれ。俺の作るパチモン航空機とは違って航空力学で計算された機能美溢れるフォルム。
コクピットと思わしき機体前部にはガラスの向こうに人が乗っていた。そして、綺麗な隊列を保ったままこの島をグルリと旋回したそいつらが再びこちらへと向かってくる。
「あぁ……聞きたいことがあるんですが」
俺の言語理解と念話で声が届けば良いのだが、返ってきたのは光の波紋。それがもたらすのは───
「───ッ!?」
───キィィィィン!!という高音硬質な音波だった。ティオが咄嗟に風の魔法である程度相殺してくれたが、その守りのない竜達にはこれ以上無いほどの苦痛だったのだろう。悲鳴のような鳴き声と共に竜達が森から一斉に飛び出した。
そして、そうやってアイツらを炙り出すのがあの音波の目的だったのだろう。今度はスカイブルーの戦闘機からミサイルが放たれた。
だが、着弾と同時に爆炎を撒き散らすかと思ったそれは、竜達にぶつかる前に破裂し、そこから網のようなものを吐き出した。
しかも、竜達を囲って捕らえたそれは下に落下することなく空中に留まる。まるで空に浮く檻だ。
そして、その檻を俺が壊すことはしない。俺はこの世界のことを何も知らないのだ。いくら竜達と多少の交流があろうと、何も知らない状態でこの世界のことに立ち入る気は無い。海や地上があの黒い雨で汚染されていたということは、空に生きるこの竜達は人間にとっては貴重なタンパク源の可能性も高いのだ。
ここで一時の感情に流されてこの狩りを邪魔するということは、俺が彼ら人間に対して"死ね"と言っているのと変わらない可能性だってある。だから俺は手を出さない。ティオもそれを分かっていて、この狩りを黙って見ていてくれた。
そうして異世界の戦闘機を見上げていれば、彼らの中の1機がこちらに向かってきた。もしかしたら彼らとは会話ができるのかもしれない。そうすればこの世界のこと……ひいては越境鍵が刺さらなかった理由も分かるかもしれない。
俺は迫る戦闘機に向けて両手を上げ───
───マズルフラッシュが瞬いた
「……マジ?」
回転する機械が唸り声を上げた途端に閃光が瞬き、俺達を襲ったのは殺意の雨。鈍色のそれは音を置き去りにして俺達を生物から肉片へと変換するために殺到した。
だが、機銃と思われるそれらが俺とティオの肉を穿つことはなかった。弾丸が俺達に到着する3メートル手前でそれらは全てダイヤモンドダストとなり散り消えたからだ。
───
あらゆる物質の動きをゼロにして銀氷に散らせるそれを、普段とは違い空間そのものに展開。そこに足を踏み入れた物質の速度や質量に関わらず、あらゆるものをダイヤモンドダストにしてしまうこれは、魔素こそそれなり以上に喰う代わりに対物理攻撃では多重結界よりも強固な守りとなる。
北海道沖でノアやナヴィガトリアと繰り広げた対艦戦闘じゃ質量に質量で対抗して大変な思いをしたからな。後でこれを思い付いて試してみたが、相手の武装次第じゃこっちの方か効率が良いのだ。
まぁ、正直問答無用の射殺も止む無しとは思う。地上があぁなっている以上、雲の上に存在する島というのは相当に貴重かつ重要なはずだ。その上ここには狩るべき竜もいるときた。そんなところ、当然のように然るべき管理がされているだろう。
キンジは前にイギリスのバッキンガム宮殿の柵に手を掛けただけでも衛兵に問答無用でボッコボコにされたらしいし、ここに見知らぬ人間がいたのなら軍から射殺されるというのは無理からぬ話。
そして、戦闘機からのバルカン砲の掃射を受けて傷1つ無い俺を見てさらなる兵器の投入が行われるのもまた無理からぬ話である。
だがおそらく地球にあるトマホークや何かととそう変わらない弾頭のミサイルと、更に続け様に放たれたナパーム弾のようなミサイルも全て爆発前にダイヤモンドダストに散ったのを見て、明らかに戦闘機の動きが変わる。
俺達を警戒し、周りを旋回し始めたのだ。そして、さっきまでは火薬兵器でのお返事しか返してくれなかった奴らから、遂に言葉が聞こえてきた。もっともそれは、俺への返答ではなく、ただ奴らの会話が漏れてきただけなのだが……。
『……どうなっていやがる。ミサイルが爆発前に消えただと』
『もしかして、オーパーツ保持者……とかですかね?』
『まさかな。この時代に探索者なんているかよ。それより見ろよあの女。すこぶるつきの上玉だ。なぁバンズさん、あの男も何だかこっちに呼びかけてきていたし、降りて男だけ殺してあの女だけ俺にくれよ。前の女がもう使い物にならねぇんだ。新しいペットが欲しいんだよな』
……どうやら、品性の方はあまり無いらしいな。それともう1つ分かったことがある。少なくともコイツらのような軍属……ないしは竜狩りを行う連中はそれなりに裕福な生活ができるようだ。ただし、地球の日本よりも福祉によるセーフティネットは行き届いておらず、様々な搾取もまた激しいんだろうというのも予測できる。
もっとも、俺にとってはそんなコイツらの社会情勢なんてものはどうでもよくて。1番の問題はコイツらがティオを
徐々に異世界製の戦闘機がコチラに迫る。
俺は両脚に力を込め───
───バンッ!!
足元の地面に蜘蛛の巣状の亀裂が入る。だがそんなものを気にしている暇はない。俺と先頭の機体との距離は一瞬でゼロになる。そして絶対零度で
「な───」
俺はその男の首を腕で抱えると機体の側面に向けて縮地を発動。一気に加速してまた地上へと舞い降りる。
しかし、コイツも流石は戦闘機乗りだけあって、普通の人間なら身体に掛かるGで大怪我を負ってもおかしくはないのだけれど、それを呻き声だけで抑えたのだ。
もっとも、地上に降りた傍から鳩尾を俺の踵で踏み抜かれ、両手の親指を結束バンドで固定された時には血反吐を吐いていたが……。
さて、次は……と。
流石に俺の足元に身内がいる状態でミサイルや機銃をぶっ放つ気にはなれないのか、他の4機は俺の様子を伺うように周りを衛星的に飛び回っているだけだ。
俺は電子加速式対物ライフルを宝物庫から召喚。飛び回るうちの1機の左翼を超音速の弾丸で撃ち抜いた。
『なっ───!?』
奴らの通信からそんな驚きの声が漏れてくる。地上があの有り様だと緊急脱出装置なんてもんは着いていなさそうなのだが果たしてどうかな。
「…………」
だが俺の予想に反してどうやらそれらは着いていたようだ。きっとこの浮遊する島へと緊急着地するためのものなのだろう。それならそれでこっちとしては都合が良い。全部纏めて撃墜させてもらおうか。
俺はスコープから奴らの未来位置を覗いて弾丸を
「ティオ、頼む」
「応なのじゃ!」
俺は乗り捨てられた戦闘機を宝物庫に仕舞い込み、黒竜の姿となったティオの背中に乗る。そして地球のそれよりも早い速度で空を駆けていく不埒者を追いかけて行くのであった。
───────────────
ティオの背に乗って対物ライフルを放ちながら異世界製の戦闘機を追い立てていたのだが、アイツらの戦闘機は最大でマッハ4くらいの速度を出せるようで、さしものティオも途中でスタミナ切れ。羅針盤があるから探そうと思えば探せるものの、速度勝負では勝てなかった。
とは言えティオも瞬間最高速度とは言えマッハ4程度は出せていたから、ティオはティオで生物界最速の称号を貰っても良いだろう。
けれども負けは負け。機械仕掛け如きに負けたのが悔しいらしいティオを慰めつつ俺達は羅針盤の針に従って奴らの
そこでようやく見つけたのだ。ラグビーボールのような流線形をした、まるで飛行船のような空母を。それは地球にある空母──もっとも地球のは海に浮かぶ艦だが──の2倍程度はあろうか。その巨体の後部から白銀の粒子を振り撒きながら結構な速度で足を進めている。
あの粒子、さっき落とした戦闘機もあれを排出しながら飛んでいたからあれがきっとこの世界の推進力なのだろう。ここもやはり、地球とは違うな。
「どうするのじゃ?」
「どうするも何も、
さてと、俺は宝物庫から気配を消す類のアーティファクトを取り出す。これはシアやティオの耳を隠しているのと同じようなものだが、その範囲がやや広い。身に着けた者の存在そのものをあやふやにするから、レーダーにも掛からなくなるのだ。
「ティオは念のため
もし何かあったら念話で伝えて外から砲撃でもしてもらおうかと思い、ティオにそう伝えるたのだが
「……嫌なのじゃ」
何故かティオに拒否された。
「……何故」
「妾も一緒に入りたいのじゃ」
「えぇ……」
ティオのこの声色、俺が1人で潜入するのは心配だからとかではないな。これは俺に甘える時の声だ。つまりはまぁ……ただの我儘ってことで、その我儘ってのは俺と離れたくないってことなのだから俺はもう折れるしかない。アーティファクトの範囲はそんなに広くはないけどピッタリくっ付いていれば2人なら余裕でカバー出来るしな。
「んっ、じゃあ行こうか」
俺がティオから降りるとティオも竜化を解いた。ティオも飛べるから態々そうする必要は無いのだけれど、俺はアーティファクトの隠密性に任せてティオを抱きとめ、重力操作のスキルでふわふわと馬鹿デカイ異世界の空母へと侵入するのだった。
───────────────
「これは……逆に不気味なのじゃ」
「そう言うなよ、楽でいいじゃん」
俺の昇華魔法はそれなりに習熟していると自負しているが、おかげでトータスの魔法以外も生成魔法で付与できるようになったのだ。それを使って多重結界や捕食者の権能の一部を付与、それと魂魄魔法も合わせて作った俺の
おかげで俺とティオは人目を気にすることなく艦内を歩いている。当然誰かとすれ違うこともあるが、向こうも誰かがいることには気付けるので普通に避けてくれる。こっちも軽く避けてやれば綺麗にすれ違えるのだ。
それで分かったのは、コイツらは地球で言えば軍隊に近い存在だということ。指揮系統がしっかりとしており、階級制度もある。その上この艦とは別に、これを所有するキチンとした国家が存在するようだ。もっとも、モラルの方はトータスの帝国と比べてもどっこいかやや低い気がするが……。
そうして辺りを見回しながら歩いていると、向こうから血の匂いが漂ってきた。すると角から現れたのはお揃いのツナギを返り血で汚した2人組。だがその目には人を殺したことのある色は無い。ただその夥しい量の赤黒い血が、彼らが何か動物を解体したのだろうと予測させた。
そして、この場で解体される動物の心当たりは、1つしかない。
一息の休憩らしい彼らの話す内容はきっと俺がさっきまで叩き落とすか追い回していた連中に関してだろう。彼らは補給部隊で、戦闘の専門ではないようだ。また、空賊とかいう賊軍もいるらしい。ただ、血濡れの2人組の会話からすればその賊共はそれほど力のある連中ではないみたいだ。むしろ、補給部隊程度の戦力であろうともさして問題はならないはずのようだが……。
それは賊軍って言うよりかわいらしい
そして、一服の後にまた部屋に戻った彼らの後ろについて血と臓物の臭いが溢れるその部屋に入ると俺達の目に入ってきたのは───
「……竜、ね」
「うむ……」
檻に入れられた竜や染み付いた血で赤黒く染まったテーブルに乗せられ、腹をかっ捌かれて息絶えた竜だったもの達───
そして、恐らくあれがこの艦や戦闘機の推進力……ひいてはあの島が浮いている理由なのだろう。腹を裂かれた竜から取り出されたのは白銀色の小さな石。それを作業員が丁寧に洗い、機器に通していく。
「行こうか」
「うむ……」
俺はティオの腰を抱き、部屋から出ようとする。嫌なものを見た。確かにそうだろう。だがこれでコイツらを悪く思う気は無い。地上があんなに汚された世界で、唯一空こそが彼らの生きられる場所なのだ。生きることは奪うこと。俺達だって動物を飼育し殺し、その肉を食べて生きているのだ。ただ鏖殺の現場を見たことがないだけ。だからこれはちょっと遅れた課外授業。
これを責めることは出来ないと、この場を立ち去ろうとしたその時───
──ゴウッ!──
と、身体に感じるG。どうやらこの艦は一気に加速したらしい。そして流れる艦内放送。そこではこの艦が直ぐに戦闘に入ること。そして、その相手がアーヴェンストという集団──さっき休憩していた2人組が言っていた所謂空賊だ──であることが伝えられる。
「これでもう少しこの世界のことが分かるといいけどなぁ……」
「では、どうなるか見てみようかの?」
ティオの誘うような言葉に俺はただ頷いて血生臭いこの部屋を出る。そして、艦の外に出てこの世界のドッグファイトでも見てやろうと気配をぼかしたまま空母から距離を取った。
そうしてから併走するようにしてその戦闘を眺める。どうやら戦況は空賊の劣勢。どうにも奴らの戦闘機の操縦の腕は、軍属とは1つ格の違うレベルに見えるが何分兵器の性能差が絶望的だ。その上数も3倍程度は違うだろうか。
賊軍としては、戦いたくて戦っているわけでもないのだろう。むしろ見つかってしまったから逃げているという方が正しそうだ。どうやら、このままでは逃げ切れないと悟ったのか一か八か左手に見える雲の山に逃げ込むつもりらしい。
だが到底逃げ切れるとは思えない。別に空賊を助ける気にはなれないが、万が一生き残りでも出たらそいつからこの世界のことを聞くのも良いかとアーヴェンストとかいう奴らの行く末を見ていると───
───ぴぃぃぃぃぃぃっ!!
と、ホイッスルのようなけたたましい高音が辺りに鳴り響く。だかそれは試合終了の合図ではなく生き物の鳴き声。それもまるで助けを求めるような、そんな声色だった。
「んー?」
すると、オレンジ色の爆煙と雲間から覗く夕日を縫うようにして1つの影が俺達に迫る。それは白銀色の小さな竜であった。その小さな体躯でめいいっぱい羽ばたきながら俺達に近寄ってきたそいつは、気配をぼかすアーティファクトが働いているにも関わらず、俺とティオの周りを、俺達の存在を把握しているかのように飛び回っていた。
「んー?」
そこで俺はティオの髪の匂いを嗅ぐ。んー、いつも通り良い香りだ。だけどそれは人間から香る香りとしてはそう並外れたものではない。そうなると考えられる可能性は───
「ティオって竜に効くフェロモンでも出てる?」
「そんなわけなかろう」
「ですよね」
じゃあコイツは一体何を持って俺とティオの存在に気付いているのか。そして、どうしてここにいる俺達に助けを求めるかのような表情をしているのだろうか。
それだけではない。さっきまで死に物狂いで逃げていたアーヴェンスト達がこの竜目掛けて戦闘機を翻して戻ってきているのだ。それだけこの竜が彼らにとって必要不可欠というのだろう。
「……お主は、いったい何なのじゃ?」
ティオがボソリとそう呟いた。空賊達が一か八かの逃避行を止めてでもこの竜に拘る理由。さらに正規軍と思われる奴らもこの竜の存在に気付き、何機かの戦闘機がこちらへと向かってきているのだ。コイツには、それだけの何かがあるのだろう。それが何なのか、そしてこの世界に閉じ込められた理由がもしかしたらそこにはあるのかもしれない。
俺の刹那の逡巡を感じ取れたわけではなかろうが、この小さな竜からいきなり白銀の光が発せられる。その光は、あの正規軍の母艦の推進力のようにどこか身体に悪そうな光とは違い、何故だか暖かみを感じさせる光だった。
『───たすけて!たすけておうさま!おねがい!ともだちをたすけて!!』
最初の数秒だけは俺の氷焔之皇に阻まれて届かなかったが、直ぐにこの意思を通すようにすると、俺の頭にはそんな言葉が伝わってくる。
ともだち───アーヴェンストの奴らのことだろうか。もしくはあの母艦に捕らえられている竜達か。どっちにしろ、この竜はこの世界の鍵を握っていると考えていいだろう。少なくとも、何かを知っているはずで、それに答えてくれもするだろう。そうなればやることは1つ───
「───っ!?」
その瞬間、俺達を衝撃波が襲った。これはあの浮島でやられたやつの、さらに威力の高いものだった。とは言え、俺とティオにはさほどのダメージは無い。が、あの小さな竜は別だ。
衝撃の波から遅れてその身体は吹き飛ばされた。正直この威力の衝撃波を受けてバラバラに砕けていないだけ頑丈なのだ。あの小さな竜は意識を失って今にも眼下の雷雲の中へと落ちそうになる。
「あ!これ、しっかりせぬか!!」
そして、それを見たティオが咄嗟に飛び出した。そこは俺のアーティファクトの効果範囲外であり、つまりティオの存在を誰もが認識できるようになるということで───
「結局、こうなるのね……」
正規軍の戦闘機からあの空中に固定される網が放たれた。ティオとチビ助を狙ったそれを、俺は絶対零度で銀氷にして消し去る。そして敢えて姿を晒すようにアーティファクトを宝物庫に仕舞った。
「ティオ、どうにもそいつはこの世界の鍵を握ってそうだ」
「そうかもしれぬな。では天人よ───」
「あぁ。───やるぞ」
更に迫る正規軍の戦闘機の下から本来は空中の網を引っ掛けるためのものと思われるフックが飛び出してきた。そしてそれが俺達と重なる軌道で戦闘機は飛行する。
音速を超えた速度であんなものにぶつかられたら大概の人間は木っ端微塵になるだろう。だが、俺にとってはそんなもの、当たりもしない。
俺の眼前に迫るフックは、5メートル手前でワイヤーごと消滅する。後に残るのはダイヤモンドダストだけだ。
俺の絶対零度の守備範囲内じゃ、この程度の攻撃はゼロになるのだ。そして、この交錯が俺と奴らの戦闘の合図となった───