セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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王様と騎士様

 

 

アーヴェンストの母艦と思われる艦が俺目掛けて勢いよく突っ込んでくる。その前部甲板には拡声器のような物を手に銀髪を靡かせた女が身を乗り出していた。

 

「併走してください!!そして、クワイベルを私に!お願い!!」

 

そいつが叫ぶのはクワイベルという名前。それがこの小さな竜の名前なのだろう。銀髪の女の顔に浮かぶ必死の形相。きっとアイツがクワイベルの言う友達。

 

「ティオ、そのチビ助任せた」

 

「応なのじゃ」

 

俺とすれ違うようにアーヴェンストの母艦が横を駆け抜ける。そしてそれと相対速度を合わせたティオが、クワイベルを抱えたまま甲板に乗り込んだ。

 

殿(しんがり)はやってやる。───ティオ!」

 

「分かっておるよ」

 

クワイベルを銀髪の女に押し付けたティオが俺の声に合わせて横へとやってくる。アイツらの位置は羅針盤で見失うことはない。まずはコイツらを逃がして、後でじっくりお話を聞かせてもらおうかね。

 

そうして背後へ抜けていく母艦の真後ろに陣取った俺達に迫るのはバルカン砲とミサイルの群れ。既に聖痕は開いている。俺に流れ込むは無限に等しい力。俺の中で力が溢れるままに、自身に迫る火線の全てを絶対零度の壁で消し去ると、俺は宝物庫から対物ライフルを取り出し、1番手前の戦闘機の左翼を撃ち抜いた。

 

片翼から炎を上げてバランスを崩し後退するそいつにはもう目もくれず、俺は氷の元素魔法による槍を未来位置に射出。それで纏めて10機の戦闘機の翼を潰した。

 

『コチラに追撃の意思も殺害の意図も無い。撤退するなら俺達もこの場から去るだけだ。これ以上は物資の無駄遣いだろう?───平和にいこうじゃないの』

 

あの浮島でもこの戦闘でも、俺はまだ誰1人として殺してはいない。戦闘機の翼を破壊してこれ以上の戦闘は不可能にしていたが、操縦者は緊急脱出装置で空に射出され、パラシュートを操って母艦へと戻っている奴らばかりだ。まだ戻れていない奴らも、このままいけば回収に支障はない。

 

力を見せつけられ、人的被害もほぼ無いのであればここで一旦引くのはそう悪い手ではないはずだ。

 

けれども俺は侮っていたのだ。アイツらのプライドの高さと、この世界におけるあのクワイベルの重要性を。

 

───ゴウッ!

 

と、俺達に迫ってきたのは白銀色の砲撃。それはこれまでのフルメタルジャケットの弾丸や炎熱攻撃とは別の殺意。それに対して俺が掲げるのは相も変わらず氷の壁。ただしこれには氷焔之皇が纏わっていて、あれが物理・超常のどちらであっても対応可能だ。

 

そして、俺の拒絶の氷と奴らの殺意がぶつかる。その瞬間、奴らの殺意は全て俺の身体の中へと還元された。あれはこの世界特有の科学技術による砲撃というだけでなく、どうやら超常の力を源にしたものらしい。

 

氷の壁に一切の負荷がかかることなく瞬時に消え去ったそれに、向こうの母艦は大騒ぎのようだ。一瞬の静寂と、それを突き破るような騒ぎが、念話を通して聞こえてくる。

 

どうやら今のは奴らの6割程度の本気らしく、次は全力全開での砲撃と、さらなる戦闘機の投入が行われるらしい。

 

『───いい加減分かれよ。お前らの火力じゃ俺は抜けない。帰るんなら追い掛けないし、後でお前らを侵略する気も無い。無駄弾を使う必要はない』

 

『……バカを言うな。敵の言葉を信じるほどお人好しじゃあないし、何より貴様の力は危険すぎる。本来なら人体実験でも何でもやりたいところだが、最優先事項は貴様を殺すことだ』

 

どうやら、奴らが引いてくれることはなさそうだ。俺も随分と高く評価されたもんだね。そして、向こうの指揮官か誰かの言葉を合図に、先程とは別次元の分厚さで弾幕が放たれる。その照準の中心の全ては俺のようで、後ろでひいこら逃げているアーヴェンスト達は最早眼中に無いらしい。

 

だが、いくら奴らがプライドを懸けて飽和攻撃をしようとも、その全ては俺の眼前でゼロになるのだ。そして、カウントの後に放たれた今度こそ本気の白銀の砲撃も、氷焔之皇と繋いだ捕食者の胃袋の中に力を力として、魔素に変換することなく収めておく。

 

「悪いなティオ、面倒かけるよ」

 

「よいよい。天人のことは分かっておるし、妾もたまには運動をせねばならぬと思っておったのじゃ」

 

そんなことしなくてもティオのスタイルは美しいよ、なんて軽口が出そうになったがそれはティオの髪を梳くように撫でて終わりにする。そもそも、変成魔法があるから美ボディの維持とかそんなに難しくないってのは、普通の女の子には知られない方がいいかもね。絶対に目の敵にされる。

 

その瞬間、ティオが漆黒の螺旋渦に包まれる。いや、真隣にいる勿論俺もそれに巻き込まれているのだけれど、これが俺を傷付けることはない。

 

そうして黒い螺旋が球体となり、爆ぜた。

 

そこに現れたのは漆黒の竜。

 

天空の王者が吠える。空気に翼を打ち据える。

 

この世界の痩せ細った竜達とは、文字通り次元の違う勇壮さ、荘厳さ、そして大空を総べる覇者たる威厳を撒き散らすその姿に、戦場の空気が変わる。

 

ティオがその姿を晒せばそれだけで空気は威容にアテられ、彼女に支配される。それだけの強さと圧力がティオにはあり、それは見る者全てに伝わるのだ。

 

『───引かないのなら、潰す』

 

 

 

───────────────

 

 

 

第2ラウンド開始のゴングはティオから放たれた。

 

3メートル程の直径を誇る黒いブレスがティオの口から放たれ、雲間を突き破り空気を引き裂いた。

 

それは奴らの母艦や戦闘機に当たることはなかったけれども、超高密度かつ大質量のエネルギーが高速で通過する力に大気は悲鳴を上げる。それに巻き込まれた戦闘機がバランスを崩し、隊列が大きく乱れる。そこに放たれたのは黒い槍。

 

竜の姿の時はいつも口腔から放たれるブレスだが、俺の名付けを経た今のティオはそんな制約には縛られない。自身の周囲に黒い球体を幾つも出現させるとそこからブレスの槍を射出。俺達を追い込もうと飛び出していた戦闘機の尽くはその翼を奪われ、パイロットは緊急離脱を余儀なくされる。

 

そしてティオが飛び出した。漆黒を纏う大空の覇者。よーいドンの速度勝負ならいざ知らず、火力防御力機動性において、空でティオに敵うものはこの世界にも存在しないようだ。

 

次々と撃墜されていく戦闘機。放たれた銃弾はティオの黒い鱗を削ることすらできず、ミサイルは魔法によって打ち砕かれるか速度と旋回性で引きちぎられるばかり。それでも今だに誰1人として死者が出ていないのはそれだけティオと奴らの間に隔絶した力の差があるということ。

 

俺はティオの背中から離れ、またあの隠密行動用のアーティファクトで奴らの母艦の後部へと張りついていた。

 

そして収束錬成と想像錬成を合わせて、更にそれらの届く範囲を昇華魔法で引き上げる。そうして艦体後部を俺の真紅の魔力光が覆ったかと思えば

 

──バガゴンッ!──

 

と、巨大な戦艦の1区画──燃料の代わりにされていた竜達が収められていた区画──が外れ落ちる。それをビット兵器4機の空間遮断結界で覆うと、それを持って俺はいそいそとその場を離脱。

 

戦闘機達はティオの方に気を取られていて俺に戦力を回している余裕は無いみたいだ。どうやら戦闘態勢ということで、俺が錬成で抉り取ったエリアには人も乗っていないらしい。手が掛からなくて助かるぜ。

 

そうして俺は戦火を避けるように少し大回りをしながらもアーヴェンストの背後へと戻った。

 

「結局諦めてはくれねぇんだな……」

 

「奴らにも、プライドがあるのじゃろう?」

 

「くぅだらねぇ」

 

俺がボヤいたその時、ようやく奴らの本気の砲撃が放たれた。白銀色の中に黒い異物が混ざるその砲撃は、きっと人の身体にとって良くないものだ。だがそれも恐らく超常の力。ならば───

 

『戦艦の……それも臨界点の主砲だぞ……』

 

何やら漏れ聞こえるのは絶望の声。氷焔之皇を張られた氷の壁に、超常の力はただの物理攻撃よりも無力なのだがそれを教えてやる義理はない。さて、どうせならエヒト共とやり合った時以来のアーティファクトも天日干しといこうか。

 

俺は太陽光収束兵器を宝物庫から7機全て取り出す。ただ、あの時は俺以外が使う予定があったこと、上空から降って湧いてくる魔物や神の使徒を消し去る目的があり、衛星軌道上に展開できる機能を持っている必要性があったことなどから、かなり図体の大きなアーティファクトだったが、地球じゃそんなもん展開していられない。そのため、地球に帰る前にかなりのダウンサイジングを施してあった。

 

そして、俺が何か攻撃をする前に放たれた、黒が混じった白銀色の砲撃を氷焔之皇の氷の壁で受け止める。そのエネルギーも魔素には変換せず、吸収した力のまま捕食者の胃袋へ。

 

そして、氷で砲撃を受け止めたまま俺の周りに展開していた太陽光収束砲を打ち出す。7条の極熱の光の殆どは戦闘機と母艦を分断させるために放たれ、その役割を全うする。そして1条だけが母艦の主砲を斜めに穿いた。

 

『……言ったろ、殺す気は無い。戦略的後退を躊躇いなく選べるのも強さのうちだと思うけどな』

 

俺の言葉が届いたのかは分からない。ただどっちにしろ彼らが選んだ選択肢は、回れ右をしてこの場を去ることだった。そうして奴らが水平線の向こうに消えたのを確認し、俺とティオはアーヴェンストの母艦へと降り立った。

 

「に、人間になった……?」

 

甲板にいた金髪の男がそう呟く。その瞬間、ガクンと艦が揺れる。高度も落ちているし、推進力を維持出来ていないらしい。だが、銀髪の女がクワイベルを見やると、それを合図にクワイベルがぴぃ!と1つ鳴き、コイツから発せられた白銀の暖かな光が艦を包む。そうすれば艦の姿勢は安定し、徐々に浮力を取り戻していく。

 

そうして艦を安定させると、銀髪の女がこちらを振り返る。その髪は風に煽られボサボサで、服もツナギのような質素なものなのに、どこか気品を感じさせる佇まい。それで分かる。ルシフェリアと同じで、コイツは人の上に立つ力があり、またそのように育ってきたのだろう。

 

「お初にお目に掛かります。竜騎士様、真竜様。私はアーヴェンスト王国の女王、ローゼ=ファイリス=アーヴェンスト。竜王国を代表して此度の助力に感謝致します。……生憎とこの有様ですので、大した御礼は出来ませんが、是非とも我が艦、ロゼリアにてその翼をお休めください」

 

そんなローゼの言葉と共にクワイベルが俺たちの周りをぴぃぴぃ甲高い声で鳴きながら飛び回っている。どうやらコイツは俺達のことを歓迎してくれているようだ。

 

「細かい挨拶は後で。まずはこっちを先に」

 

と、俺はビット兵器の結界で包んでいた金属塊を降ろす。そして錬成でその塊を解けば、中から痩せ細った竜が何匹も出てきた。だが、彼らの背には翼があるというのに、この竜達はまるで飛び方を忘れてしまったかのように動けない。

 

けれども、ここでもまたクワイベルが鳴く。その声と同時に発せられる白銀色の光に包まれた竜達は、1匹、また1匹とまるで翼の使い方を思い出したかのように空へと帰っていった。どうやらこのクワイベルには随分と特殊な力があるようだな。艦に浮力を与え、痩せ細った竜達に飛ぶ気力を与えてやれる権能。やはりコイツらこそがこの世界から出る鍵を握っているのだろう。

 

重い金属塊は無造作に宝物庫へと放り込み、俺とティオは再び彼らに向かい合う。

 

「天人、神代天人だ。職業は武偵。竜騎士とか真竜なんてご立派なもんじゃないよ」

 

「妾はティオ=クラルス。妾は確かに竜の姿にも成れるが、妾も竜騎士でもなければ真竜という存在でもないのじゃ」

 

まずはそこをハッキリさせておく。竜騎士だの真竜だの、コイツらの思い込みで勝手に役割を決められても困るからな。

 

「───言っておくがお前らに伝わる伝承だとかは知らん。俺ぁそんなものとは関係ないし興味も無い。俺達にゃ目的があり知る必要がある。だからお礼がしたいってんなら俺ん聞くことに答えてくれ」

 

でも……と口を開きかけたローゼに対して俺は先んじて言葉を被せる。伝承だの口伝だの、そんなこの世界の事情なんて俺には知ったことじゃないのだ。知りたいことはこの世界を出るために必要な情報であって、コイツらのことじゃあない。

 

「……分かりました。あの戦いの最中、竜達まで助けて頂いたことにも感謝申し上げなければなりません。立ち話、というわけにもいかないでしょうから、どうぞ中へ……」

 

そうして俺達はローゼに連れられて艦内へと入る。だが応接室とやらに通される前にまずこの艦の損傷具合が気になって仕方ない。通る場所通る場所、そこかしこに穴は空いているしそれを埋める補修作業に人が走り回っている。その上時折異音が響くものだから、思わず「この艦内、穴だらけだけど落ちないよね……?」とローゼに聞いてしまった。

 

まぁ答えは「だ、大丈夫ですよ?……多分」なんて頼りないどころかそう遠くないうちに起こる墜落を予想させるものだったもんだから、結局俺が錬成で空いた穴を塞いで回ることになったのだけど。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

「まず聞きたい。あの黒い雨は何なんだ?」

 

艦の修理も一段落つき、ようやく落ち着いて話を聞ける状態になった。そこでやっと応接室に通された俺とティオ。開口一番に聞くとすれば、やはりあの黒い雨だろう。

 

「それを聞くということは、本当に竜騎士様ではないのですね」

 

「だから最初に言ったじゃん。俺ぁそんなご立派なもんじゃあないよ」

 

「そう……ですね。……あの黒い雨、あれは堕ちた王竜───ヘルムートの嘆きと憤怒の証と言われております」

 

そして語られたのはこの世界の───と言うよりコイツらアーヴェンストの歴史。まだ黒い雨が降り注いでいなかった時代には人と竜は深く繋がっていたらしい。その中でも絶対的な力を持った竜が王竜。そして、その王竜と友誼を結んでいたのがアーヴェンスト竜王国の王族。それによりアーヴェンストは絶対的な権威を誇っていた。

 

だが、世の中は盛者必衰であり栄枯盛衰こそ理。この世界で竜の次に栄えたのは普通に科学技術だった。だが俺達の世界と違う点が1つ。科学技術とは言ってもガスや電気ではなく、天核と呼ばれるエネルギーが用いられたのだ。

 

それは俺があの浮島で錬成によって収集した石のことらしい。それはこんなに大きな飛行船を飛ばしたり戦闘機の推進力にもなれば明かりを灯すことも熱や冷気を発生させることも出来るのだとか。

 

けれど、それの収集には酷く手間がかかる。そして新たに発見されたのが竜核───あの艦で竜の(はらわた)から取り出された石のようなものがそれらしい。しかもそれが秘めるエネルギーは天核とは比べ物にならないほどの量で、この世界は直ぐに竜核へと飛びついた。

 

もっとも、竜との関係性を大事にしているアーヴェンストを除いて……らしいが。まぁ、でなきゃクワイベルがコイツらを友達と呼ぶわけもないか。どうやらこのクワイベルも王竜ってヤツらしいし。

 

そんな風につらつらと語られるこの世界の歴史を話半分に聞いていく。結局のところ、世界から遅れをとったことに焦った昔のアーヴェンスト竜王国の王子様が王竜の竜核に手を出したところから世界は顕著に崩壊したらしい。

 

そして、ただの御伽噺だと思われていた天核と竜核こそがこの世界のバランサーであるというお話こそが、実は事実だと判明したとか、それでも結局人間は竜核を手放せず、竜の養殖を始めたとか、そんな話だった。

 

んで、竜の養殖にブチ切れたのが王竜達。王竜の中のヘルムートとかいう奴が竜の養殖場を攻撃したことで人と竜の間には埋めようのない隔絶が生まれてしまったのだった。

 

そして人と竜は戦争を起こし、竜は狩られた。その結果ヘルムートは王竜から邪竜と呼ばれるような存在になったと。

 

そしてこれまでは一部でのみ降っていたあの黒い雨を、その力で世界全土に降らせたらしい。なるほど、それで邪竜ヘルムートの嘆きと憤怒の証なのね。

 

んで、実は浮島の方もこの話と地続きらしい。

 

どうにもまだ人間を見放していなかった他の生き残りの王竜達がその最後の力で天核に力を与えて、それが多く含まれている土地だけは、どうにか雲の上に逃がしてくれたらしい。そして、クワイベルは土地を浮かべた王竜達の忘れ形見なんだとか。

 

「……取り敢えずそこら辺でいいよ。正直この世界の歴史そのものには興味無いし」

 

あと今の話の半分も俺は理解出来なかった。黒い雨がヘルムートとかいう奴が降らせたことと天核という鉱石が島を浮かせていること、アーヴェンストの艦や戦闘機の推進力にも使われていることはどうにか把握できた。そして、この世界のエネルギーはどうやら天核と竜核が循環させているということも……。

 

「で、アンタらは俺達にこう言いたい。「邪竜ヘルムートを打倒し、大地を取り返してくれ」ってな」

 

俺がそう言うとローゼは機先を制されたかのような顔をした。俺はふぅと一息つくと───

 

「ヘルムートをどうにかしたとして、お前らがこの世界の爪弾き者だってことと、さっきのアイツらが竜を養殖し続けることには変わりねぇ。それはどうするつもりだ?」

 

おそらくこの世界から俺達が出るためにはヘルムートなる竜を倒してあの黒い雨を止ます必要がある。まぁこれは特に問題は無さそうだがもう1つ。アーヴェンストは今や空賊なんて扱いなのだ。仮に大地を取り戻したとして、今更他の人類が竜核を手放せるとも思えない。まぁ、使う量より生み出される量の方が多ければ特に問題は無いのだけれど、聞く限りにおいてはそんなことを考えている世界ではないようだし、それじゃあ俺がヘルムートを倒そうがコイツらの立場はそれほど変わりないだろう。

 

「どうって……」

 

「ふむ、では先に妾達の立場を言っておくべきではないか?」

 

俺の問いに答えを言い淀むローゼに代わり、ティオがそんな提案をしてきた。確かに、まず先に俺達の目的を伝えておいた方がよさそうだ。

 

「そうね。……まず俺達の目的は、帰ることだ」

 

「帰る……ですか?」

 

「そう、帰ること。家に……俺達の世界に帰る。それが俺達ん目的」

 

そう、それだけが俺達の目的で、ヘルムート討伐なんてのはその目的を達成するための手段でしかないのだ。

 

「俺達ゃこことは違う世界から来た。アンタらも見ただろうけど、この世界の奴らは虚空から氷の槍を生み出して飛ばしたり金属や鉱石に触れるだけで形を変えたりは出来ねぇだろ?それが証拠」

 

竜核や天核から生み出されるエネルギーはどうやらこの世界に順応した超常の力ではあるようだ。それは、あの戦艦の主砲に氷焔之皇が効いたことが何よりの証。けれどこの世界には魔法と呼ばれるようなものは無い。それはローゼが言ったことだ。

 

「そして、俺には元の世界に帰る鍵がある……んだけど、どうにもその鍵が刺さらねぇんだよな」

 

「鍵……?刺さらない?」

 

と、ローゼとその近衛らしい金髪の姉弟2人が首を傾げるので俺は宝物庫から越境鍵を取り出して見せた。

 

「これが世界を越える鍵。だけどこれぁ今使えない。どうにもこの世界そのものに、俺達がここから出ることを拒まれてるみたいなんだ」

 

それが俺が出した結論。世界から出る方法を知っているティオも、きっとそうだろうと頷いていた。俺達はきっとこの世界に呼ばれ、そしてこの世界の運命を変える……いや、本来あるべき道へ戻すことを強制されているのだろう。

 

「きっと世界は黒い雨が止むことを願っている。……けど油断するなよ、世界の運命に個人の運命は関係ねぇ。俺達がヘルムートをぶっ倒しても、アンタらは死ぬかもしれねぇし、アーヴェンスト竜王国の再興はならず、ただ人間が竜を支配する世界になるだけの可能性はある」

 

この世界の運命の結末が、黒い雨が止み人類の活動領域が地上に戻るだけならば、ヘルムートが死にさえすればそれで終わり。最悪はその戦いの中でクワイベルも死に、王竜の血脈がが途絶えて人間が竜を支配する世界になる可能性はある。だが黒い雨が止めば俺達はこの世界を出ていくかもしれない。そうなればコイツらの悲願は叶わない。

 

「でも少なくとも、邪竜ヘルムートの討伐だけは、確実なものというわけですよね?」

 

「いや、言ったろ。世界の運命に個人の運命……生き死には関係無い。もしかしたら俺達ゃヘルムートに殺されるかもしれない。そしてまた長い時間……それこそアンタらが死んだ後にまたヘルムートを倒しうる奴らがこの世界に呼ばれて、ソイツが倒すことだってある。世界は長生きだからなぁ……。俺ん次を呼ぶまで1000年掛かっても世界からしたらクシャミした程度だろうな」

 

だからヘルムートを倒すことだって俺達は油断できないのだ。倒すのが世界の運命だからって、俺達が生きて倒せる保証はない。相打ちか、最悪俺達の次に回される可能性だってあるのだ。世界はそこまで、一個人に優しくない。

 

「まぁそんなわけで、俺ぁヘルムート討伐は真面目にやるよ。俺だって死にたくないし、ティオを死なせたくもない。……あぁ、それとついでに1個アドバイス。さっき戦った奴ら、多分またすぐ来るよ。準備はしとけな」

 

あれだけプライドの高い奴らだ。十中八九国に帰って直ぐに報告、アーヴェンストを殲滅って方向で進むだろう。ついでに目障りな王竜もぶっ殺して腸から竜核でも回収しちまえば最高って感じだろうな。

 

「そんな……っ!あの神国クヴァイレンがまた……っ!?……タカト様、ティオ様、お願いです。我らと共に───」

 

「それは断る」

 

「な、何故ですか!?」

 

「さっきチョロっと言って、普通に聞き流されたけど、俺の職業は武偵。武偵ってのは法律で人殺しを禁止されてる。もちろん、こっちの世界にそんな法律は無いから律儀に守る必要はないよ。だけど───」

 

「ぶ、ぶてい……?」

 

武偵制度のないアーヴェンストで生きるローゼは当然頭に疑問符を浮かべている。それは後ろの近衛2人も同じだった。

 

「んっ、まぁ金さえ貰えれば何でもやる何でも屋だよ。俺ぁそれで食ってる。基本依頼は荒事が多いけどね。だからまぁ……人は殺したくない。そーゆーわけで、さっきのアイツらすら誰も殺さずに追い返した。ま、さっきも言ったけど本当に無理そうなら最悪は手を汚す覚悟はあるし、国の1つや2つ滅ぼす程度ならワケないよ。でもそれをやらずに帰れるならそれに越したことはない」

 

それと、多分とは言ったけど確実に奴らは来るだろう。俺達が追い返したのは補給部隊の母艦でしかないし、向こうも俺達がアーヴェンストにいることは分かっているはずだ。奴らが帰ればそれは本国に伝わり、小生意気にも強い傭兵を得た空賊なんて、いかにも潰し甲斐のある奴らに見えるだろうな。そしてあの補給部隊の様子だと、そういう相手を蹂躙するのは大好きだろうな、アイツらは。

 

「そんなわけで、俺達はさっさとヘルムートを倒しに行くよ。アンタらも早く本国に帰って支度した方がいいぜ」

 

と、俺が立ち上がろうとしたところで───

 

「ま、待ってください!」

 

ローゼも勢い良く立ち上がり、俺達を引き留めた。

 

「んー?」

 

「もし神国が来るのなら、それを分かっててここから離れたタカト様は私達を()()()にしたことにはなりませんか?それは、ブテイのルールにそぐわないと思います」

 

なるほど、コイツは知らないだろうけど武偵法9条の適用範囲によっては確かにその理論は成り立つ。まぁ、別にこっちでどうしようが、帰った俺に何か罰が下るわけではないのだけど。それを言ったらコイツらの味方をしてやっても同じことだ。だからその理屈は俺に通る。

 

「……で、俺を兵隊として使うならそれなりの報酬が必要だぞ。一国の軍隊を退けるなんて仕事がそう安いとは思えない」

 

そして、この世界の通貨なんてものに俺は興味が無い。何せ直ぐに出る世界なのだからそんなもの必要無い。この世界にしかないものと言えば天核と竜核だが、天核はともかく竜核を報酬とするのはどうしても憚られるし。

 

「で、でしたら私の身体を───」

 

「マジで要らん」

 

そして洒落になってない。見ろよティオのこのジト目を。梅雨前線だってもう少し乾燥しているよ。しかもそれが向けられているのはローゼじゃなくて俺だし。

 

「一応フォローしとくと、ティオは俺ん嫁なんだよ。だからそんなことを言われても受け入れられないからさ……」

 

お前に女としての興味は無いよ、なんてのは特に好意を抱いていない相手から言われたとしてもそれなりに腹に据えかねるものがあるだろう。しかも対価とは言え自らそれを差し出そうとしたのだし。だから俺は"別にローゼが女として魅力が無いから断ったわけじゃないからね"ということでこの場を取りなす。取りなせ……たかなぁ。

 

「うぅ……な、ならせめて我がアーヴェンスト竜王国にお越しになってください!!邪竜ヘルムートの討伐と言っても彼の者がどこにいるのかご存知ないでしょうから案内も致します。それに、アーヴェンストの空域には湖を持つ島もありますし、竜と人間とが共存しているのです!数は僅かですが、確かに人と竜は一緒に暮らしてます!せめてそれを見てからでも……」

 

ローゼは必死だった。ここで俺という戦力を失えば直ぐにアイツらに滅ぼされるというのが分かっているのだろう。アイツらは俺がいるという基準で攻めてくる。そうなればアーヴェンストだけではどうにもならない彼我の差があるのだ。

 

『のう天人よ……』

 

すると、ティオから念話がきた。

 

『ヘルムート討伐は直ぐに終わるじゃろう?そうなれば妾達は元の世界に帰れる可能性が高い。なら……』

 

ティオの言いたいことは分かる。見れば、どこか照れたような顔もしているしそれを隠す気はそれほど無いようだ。普段あんまり我儘を言わないティオがこういう風に言ってくるのは、正直凄く可愛いと思うし、何より嬉しい。俺としては何としてもその意思を尊重してやりたいのだった。

 

「……1回だけだ」

 

「え……」

 

「1回だけ、アイツらからアーヴェンストを守ってやる。そうしたら俺達ゃヘルムート討伐に向かう。……あぁ、居場所なら自分らで分かるから気にすんな」

 

だから俺は、ローゼの招待を受けることにした。コイツがあれほど自信満々に語っていたアーヴェンストというのはそれなりに景観も良いのだろう。最近はティオのことをあまり構ってやれていなかったと思うから、偶には2人で観光デートも良いかもな。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

と、俺の言葉を聞いたローゼが凄まじい勢いで頭を下げた。そして、ティオはティオで何やらニヤニヤしながら俺の腕をその大きな双丘に埋めた。

 

「ふふふ……そういう甘ぁい天人も大好きじゃよ」

 

そう言ってティオが俺を上目遣いで見上げる。その長い黒髪を梳くようにして撫でてやればティオは気持ち良さそうに目を細め、さらに俺へとその豊かな身体を密着させてきた。

 

「……俺ぁこの性格、もう少しくらいは直した方がいいと思ってるぜ」

 

武偵憲章8条、任務はその裏の裏まで完遂せよ。別の世界に飛ばされてまで武偵法を守る気はなくても、これだけは守ろうと決めてトータスでの旅を始めたのだ。ここでだってそれを守るだろう。俺が俺として、胸を張ってリサ達の元と帰るために。それなのに1()()アーヴェンストを守るためにアイツらと戦うなんて約束してしまったら、その1回がどこまで続くのか分かったものじゃない。

 

「はぁ……」

 

という俺の大きな溜息は黒い雨の降るこの世界の大きな空の彼方へと掻き消えていくのであった。

 

 

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