「しかし、存外に余裕じゃな」
「んー?」
アーヴェンストに来てから2日が経とうとしていた。俺とティオは雲の上……月と星が瞬く空の下で2人、アーヴェンストの甲板上にいた。
「トータスにいた頃の天人であれば、最初に遭遇したクヴァイレンの輩は皆殺しにしていたようにも思うのじゃがな」
宝物庫から取り出したソファに腰掛け、太ももに乗せられた俺の頭を撫でながらティオが愛おしげに目を細める。
「まぁね。あん時とは違うよ、やっぱり。力もあるし、何より───」
そこで俺はふと言葉を切る。そうして1拍の後、続きを口にした。
「───ティオがいる。だから俺ぁ誰にも負けねぇ。神の国だか何だか知らねぇけど、そんなもん全部叩き潰してやれるさ」
聖痕があり、ティオがいる。俺にとってこれ以上心強いものはないさ。だから今の俺には余裕がある。ティオを薄汚い目で見てくる奴らも、取り敢えず人間であれば生かして帰してやってもいいと思えるくらいにはな。
「ホント、そういう所じゃよ?」
「んー?」
思わずティオの頬を撫でていた俺の左手が取られる。するとティオはそこに1つキスを落とし、また自分の右頬に戻した。夜は更けていく。雲の上、高い空で月と星の輝きに照らされて、静かに過ぎていく時間の中で俺はティオへの愛とティオからの愛をそれぞれ感じていた。
───────────────
東の空が白み始める。夜は明ける。雲海の下に広がるは地獄。けれども太陽の輝きは不変で、さっきまで俺達の上で踊っていた月と星の輝きもまた変わらず。違うのは少しの位置だけ。だからこの世界はきっとまだ美しくなれる。だって空はあんなにも綺麗なのだから。
だけど───
「タカト様、ティオ様……」
朝焼けの空でしかし血の色を確信していた俺達にローゼが語りかけてくる。
「んー?」
「もし、ヘルムートもクヴァイレンも私達が戦うと言ったら、お2人はどうしますか?」
ローゼの瞳には決意の色が見えた。この2日間で彼女の中に何が起きたかは知らないけれど、どうやら俺達という理不尽に頼ることなくこの世界と戦うと決めたらしい。
「別に、どうも。クヴァイレンは好きにすればいいと思うけど、ヘルムートは俺達が終わらせる。……俺達が俺達の世界に帰るためにな。それを何十年と待ってやるつもりはねぇ」
クヴァイレンはコイツらの問題なのかもしれないが、ヘルムートは俺達の問題でもあるのだ。コイツらの意志がどうであろうと俺はヘルムートを倒す。そうでなければ俺達はこの世界から出られないのだろうから。
「そうですか……」
ローゼはそこで少し目を伏せた。とは言え、ローゼの想いは悪いものじゃあない。自分達の命運は自分達で切り開く。ヘルムートがどうなろうとこの世界はきっとコイツらにはまだとても過酷だろう。それでも、コイツらは自分達の力でその先へと進もうとしている。その決断が間違っているなんてことを俺は絶対に認められない。
「けどまぁ、それならクヴァイレンは───」
そこで俺は言葉を切った。何故ならアーヴェンスト竜王国──正確には空母艦アーヴェンスト──の周囲に飛ばしていた自動操縦のアーティファクト・ドローンは既にこの影を捉えていたのだから。
「───お出ましだぜ、神国クヴァイレンとやらがな」
その瞬間、アーヴェンストを莫大な光の束が襲った。太陽から閃光が放たれたのだ。そして、俺は太陽から放たれた白銀色の殺意を氷の壁と氷焔之皇で受け止める。それらは全て俺の捕食者の胃袋へと収容される。これはまだ使う時じゃあない。どうせならもうちょい貯めておこうか。
「さて、取り敢えず約束の1回だ。俺ぁコイツらを蹴散らす。そんでそれからヘルムートをぶっ倒す」
どんなにローゼの決意が固くても、まだアーヴェンストはクヴァイレンには敵わない。ローゼ達の意志を貫くためにも、ここは俺が出張ってやるしかないんだろうよ。
───────────────
「クヴァイレンの艦隊!?そんな……どうしてここが……」
ローゼの声に悲壮の色が混ざっている。補足されていないと思っていたのだろう。だがこの国の戦力はお荷物のアーヴェンストと護衛艦……と言っても現代の基準じゃ駆逐艦程度の火力の艦が2隻。それとそこに搭載されている艦載機くらい。その数も質も、到底
再び白銀の砲撃が放たれる。だが何度も吸収だけというのもあまり芸が無い。何より、コイツらを追い返すなら自分らでは絶対に敵わないと思わせないとならないからな。
俺は円月輪のアーティファクトを召喚し、片方を白銀の砲撃に向けて、もう片方をそれを放った戦艦に向けて展開。狙い違わず奴らの砲撃は俺の円月輪の空間魔法を介して奴らに返っていった。
だがこの砲撃はこの世界の主力であるからして、きっと奴ら以外の国も似たようなものが使えるのだろう。アイツら───ローゼが神国クヴァイレンとか言っていた奴らの艦にはこれへの防御手段があるらしい。
そのまま返された砲撃は奴らの艦隊の前面に展開された白銀の結界のようなものに阻まれ、数秒で掻き消えた。その光景はまるで、あの壁に吸収でもされたかのようだった。
次に放たれたのはトマホークのようなミサイルの嵐。だがそれらは俺達を狙うわけではなく、アーヴェンストの後部と、これを守る2隻の護衛艦に向けられた攻撃だった。それは俺達を生け捕りにしたいのか、はたまた俺達と戦う時に余計な茶々を入れられたくないからなのか……。もっとも、コイツらを守るのがローゼとの約束。武偵憲章2条、依頼人との約束は絶対に守れ。ミサイルなんてもの、1発足りとも後ろには通さねぇ。
「ふむ……こういうのは纏まってくれていると楽なのじゃ」
ティオが腕を伸ばし、ボールを両手で掴むように突き出した。するとその手の間には漆黒の力の塊が現れる。ティオの漆黒の魔力が収束し、顕現するそれは竜のブレス。放たれるそれはこの世界の戦艦の主砲にも負けず劣らずの火力を持ってミサイルの殆どを迎撃する。
爆発すら伴われずに消失するミサイル群。僅かに出た討ち漏らしは俺が氷の槍で貫いて破壊する。
それと同時に俺は宝物庫から太陽光収束兵器を7機全て召喚。しかしその見た目は3日前に彼らに晒したそれとは少し異なっていた。
リボルバー拳銃からグリップを削ったような見た目のそれは、先日の戦闘で俺が感じた火力不足を補うためのもの。あの時貯め込んだエネルギーと、元々これが持っていた破壊力ではほぼ互角。そのため俺はアーヴェンストに来てから再生魔法で時を引き伸ばし、莫大な時間を得てこれを解消したのだった。
そして、その銃口が奴らの艦隊のド真ん中に向き、放たれたのは太陽の光と熱を重力魔法で圧縮され、指向性を持たされた灼熱の槍。それが朝焼けの空を白く塗り潰すかのようにクヴァイレンご誇る旗艦へと駆け抜けた。
もっとも、奴らも黙ってやられるわけがなく防御壁を展開。鍛えた昇華魔法で太陽の炉
だがまだだ。この太陽光収束兵器がリボルバー構造になっている理由、それは単純にこの砲塔1門当たりにつき太陽炉が6つ。つまり最大火力は今の6倍にまで跳ね上がるのだ。
そして今、俺は第4炉まで解放している。そうしてようやくあの白い壁をぶち抜けそうになったその時───
「…………」
奴らの旗艦と思われる1番の巨体を持つ戦艦から燦然と白銀色の光を纏い、それを周りの戦艦共に放出した。そうするとさっきまでヒビ割れ今にも硝子のように砕け散る寸前の音を立てていた障壁が力を取り戻した。さらに正面以外の3方から艦隊が姿を現した。どうやら雲に隠れて包囲を進めていたらしい。
しかも何やらスピーカーでも使っているのか、いきなり獣が痛め付けられているかのような、不快な叫び声がこの空域に響き渡る。
どうせ使い捨ての竜核を取り出す声でも外に流しているのだろう。もしくは生きたまま竜核の力を使うこともできるのか。どっちにしたってあまり良い気分ではない。本当なら火力の確認も兼ねてこのまま6炉全て解放して押し切ってしまいたかったのだが、仕方なしに俺は太陽光収束兵器の引き金を戻した。
「ティオ」
「……ふふっ、天人は本当に妾に甘いのじゃ」
声では笑っているが、その顔に笑顔は無い。そりゃそうだ。別の世界の竜とは言え、あんな風に使い捨てるかのように竜を扱っているのだ。竜人族であることに誇りを感じているティオがそれを見せられて何も感じないわけがない。むしろ、ローゼ達の話を聞いて真っ先に飛び出さなかっただけティオはまだ理性的だったのだ。
「聞こえるか、そこの黒髪の男。今の砲撃はお前か?」
と、何やら向こうの艦から呼び掛けが聞こえる。おそらくこの艦隊のボスだろう。戦闘の最中に態々会話をする余裕があるみたいだ。手前らご自慢の盾をぶち抜きかけた兵器を敵が仕舞ったのだ。次の一手を警戒すべきだろうに。それとも、向こうも次の一手のために時間を稼ぎたいのだろうか。そうであるならばコチラがその時間稼ぎに協力してやるつもりはない。
俺は奴らの上空に氷の槍を発生させるとそれをそのままどデカい戦艦の側面を掠めるように放つ。
それは狙い違わず少しだけ側面の壁を削るに至った。そして、その光景を見たアーヴェンストの奴らから驚きの声が上がる。どうやらあの艦が傷付くところを初めて見たらしい。
だが再び大きな艦が輝き、それに合わせて竜達の悲鳴が大きくなる。そして胸糞悪くなることに、この声は竜核を搾られている悲鳴ではなく、ただ徒に拷問されている声だと言うのだ。あーあ……そんなこと言っちゃったら───
「……天人よ」
「分かってるよ」
俺の隣にいる竜人族の姫の怒りを買うに決まっている。ただでさえアイツらのやり方が心底気に入らないって雰囲気を醸していたのだ。それであの悲鳴が戦闘に使うための竜核に全く関係の無い、ただの拷問によって絞り出されていたのだとすれば、もう誰にもティオを止めてやることはできない。そして、俺も覚悟を決める必要がある。……何を?決まっている。
───自分の手を再び血で汚す覚悟をだ。
「ふん……恐ろしくて声も出ないか?多少不思議な力を使えるとは言っても所詮はガキか」
「……傷付けられた誇りは取り戻さなけりゃならねぇ。そして、俺ぁそのために自分の手を血で汚したって構わねぇよ。それがティオ、お前のためなら尚更だ。お前の罪は俺が背負う。だからティオ、好きなだけ暴れてこい。そんで、アイツらから取り戻してこい、竜の誇りを!」
「あぁ……あぁ……妾はなんと恵まれておるのじゃろう。愛する男がここまで言ってくれるのじゃ。……だが天人よ、妾の罪はお主のものと言ってくれるがの、ならばお主の罪は妾のものじゃ。だからこの戦いで流れる血は、妾と天人の2人で背負うのじゃ」
そうして俺達は1つ触れるだけのキスを交わし、ティオが前を見据える。そこにあるのは自分らのボスのお言葉を全てマルっと無視されて、怒り心頭といった雰囲気で砲塔を俺達へと向けている艦隊。その数は正直数えるのが面倒臭いから数えていない。けれどこの程度、物の数では無いごとだけは分かる。何故かって?ここにいるのは竜人族の姫たるティオ・クラルスで、その横にいるのが
そんな俺達の前ではこの程度奴ら、雑兵にすらなりはしない。
スゥ───と、ティオが大きく息を吸い、そしてそれを吐き出す。
───グルゥァァァァァァァッッ!!
そして放たれたのは竜の咆哮。それはただ空気の波を音として伝えるのではない。そこには漆黒の波動が紅の魔力光を纏い、
今こそ……竜の時だ───!!
───ドクンッ
1つ、心音が瞬く。
───ドクンッ!ドクンッ!
2つ、鼓動が響く。
───ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!!
3つ、朝焼けの蒼穹を脈動が駆ける。
それは竜の拍動。力強く瞬く生命の咆哮。
ティオの……竜の女王が放つ咆哮に応えるように、プライドを踏み躙られていた竜達が反旗を翻した。その旗が
その刹那に響くのはこの世界の広大な蒼穹を揺り動かすような莫大な咆哮。それは今まで誇りを汚され続けてきたことへの反逆。この場にいるのは細く弱い、項垂れ最期に痛覚神経の伝えるままに痛みを訴えるだけの弱い生き物ではない。堅い鱗と強い意志を秘めた瞳を持ち、顔を上げて自らの誇りを吼え示す気高き生命。
この世界の空の支配者は人ではない。竜こそがこの世界の空を支配し君臨するのだという決意を秘めた声。
あちこちの艦で黒い閃光と共に機体に穴が空く。内側から竜が覚醒し、そのブレスと肥大化した身体で壁をぶち破っているのだ。
今のティオは竜を自らの眷属として強靭かつ頑丈な黒鱗を持つ竜へと変貌させることができる。それだけではない。あの時の名付けによって、ティオには更なる力がもたらされていた。
「では行ってくるのじゃ」
「おう」
フワリと、ティオが空へと舞い上がる。そしてティオが自分の胸の上に手を置くと───
───轟ッ!!
竜巻のように風が吹き上がる。1拍遅れて漆黒と真紅の二重螺旋が湧き上がり、ティオの身体を包む。それは天を衝き雲海を割る。ティオに放たれた白銀の砲撃もミサイルの雨あられも何もかも巻き込み消し去り、そして顕現するのは空を支配する竜の女王。
雷が駆け巡る炎の海。死の雨をもたらす雲の上に現れたのはそれを上回る致死の熱だった。
それをもたらす漆黒の竜こそティオ・クラルス。
空は燃え、
この場にいる人間と、そして覚醒させられた黒い竜達もまた上を見上げた。1拍の後、ティオが吼える。放たれた声量が空間を砕かんと空気を揺るがす。
その後に繰り広げられた光景は、ただの蹂躙でしかなかった。
───────────────
「よいのですか?」
「んー?」
ティオを中心とした竜達による人への蹂躙劇を眺めていたローゼが俺にそんなことを訊ねる。
「タカト様は人を殺したくはないと言っていましたが、これは……」
確かに、ティオもティオに目覚めさせられた黒竜も明らかにクヴァイレンの兵士達を殺害している。時たま竜達も命を落としているが、それでも明らかに竜達の方が人を殺している。それを俺が見ているのは、あの時の言葉と矛盾するのではないかということだ。
「言ったろ、必要なら俺ぁ手を汚す覚悟はあるって」
それに、と俺は言葉を続ける。
「俺ぁ手前が手を汚すより怖いことがある」
「……え?」
すると、ローゼやその近衛の2人、サバスチャンとか言うらしい執事までもが意外そうな顔をしている。俺に怖いものがあることがそんなにおかしいのか。人がせっかく真面目な話をしているのだから腰を折らないでほしいものだ。
「……それはな、諦めちまうことだよ」
「諦める……ですか?」
「そうだ。生きることを……誇りを諦めること。俺ぁ自分が一瞬でもそうしちまうことが怖い。例えその後でどうにかなったとしても、もう折れちまったら元には戻れない」
「誇り……」
「俺ん誇りはアイツらだ。ティオ達が幸せに暮らせること。その幸せを作るのも、アイツらを守るのも俺がやる。それが俺の誇り。……だからティオの誇りは俺ん誇りだ。ティオが竜の誇りを取り戻すって言うんなら……そのためにアイツらを叩き潰す必要があるってんなら、俺ぁこの手を血で染め上げてもそれを成す」
もしあの子達のことで何か1つでも諦めてしまったら、俺はその先もずっと何かを諦め続けてしまうかもしれない。そうしていつか、俺の前から何もかも無くなってしまう。その未来が想像できてしまうから、俺は諦めたくない。諦めちゃならないのだ。
「俺ん罪はティオ達が背負ってくれる。アイツらん罪は俺が背負う。アンタらの決意は尊重してやりたいけど、悪りぃがアイツらを潰すのは俺とティオだ。……それよりも、ここはもう竜の戦場だ。お前らん戦場は、もう別にあるんじゃねぇの?」
俺は宝物庫から越境鍵を取り出す。こっちの世界に来てから、この世界に阻まれてうんともすんとも言わねぇこの鍵。けれど今は何となく……コイツも自分の出番を待っているかのように感じられた。
「あの数だ。戦力は相当こっちに投入してるとは思うが、軍部の人間を潰したところで国は別だ。ほっときゃ他の国に潰されるのかもしれねぇけど……それじゃあ首がスゲ替わるだけで何も解決しねぇだろ」
と、俺が指先で越境鍵を弄びながらそう言うと
「……いえ、あの旗艦ドゥルグランの艦長こそ神国クヴァイレンの王───グレゴール・クリュゼ・クヴァイレン。この世界の神たる男です」
そんな、超重要な情報をさも当たり前のことかのように告げた。ローゼの瞳は物語る。むしろなんでそんな当たり前のことも知らずに普通に戦っているのだ、と。
「……いやだってさ、普通思わないじゃんよ。なんでそんな国のトップが最前線に出てくるのさ。その度胸はむしろ尊敬するよ……」
むしろアイツが殺られたら全部終わりなのにどうして彼は普通に敵の目の前に現れたのか。いくら俺達に勝てると踏んでいたからといって、そんなことを普通するだろうか。これが軍の司令官とかならまだ分かる。指揮系統の最上位なら命令もスムーズに通るだろうし、そもそも軍人は戦うことが仕事でもあるのだ。そう違和感のあることではない。
だが奴はクヴァイレンという国の大ボスなんだぞ?地球で言えば総理大臣とか大統領とか、それこそ国王とかが戦いの最前線に出てきているのと同じことなのだ。神話大戦じゃあるまいし、そんなことがあるなんて想像もしていなかった。
「しかしまぁ……って言うことは本国の守りは比較的薄そうだなぁ」
「えぇ、おそらく防衛に優れた艦隊しか残ってはいないでしょう」
「って言うことは、今こそクヴァイレンをぶっ潰す好機到来ってわけか」
「……は?」
俺の提案に、しかしローゼの目が点になる。どうやら今のこの状況をよく分かっていないのかもしれない。
「言っとくけど、今あの竜達が戦えてるのはティオの加護があるからだ。あれも俺達が帰ればなくなる。今……この場に来ている艦隊は当然全部潰すけど、アンタらは本気で守りを固めたクヴァイレンを落とせるわけ?」
そう俺が問えば、ローゼや他の奴らも黙り。クヴァイレンの防衛戦力がどの程度なのかは知らないけれど、やはりコイツらだけで倒せる相手でもないらしい。
「クヴァイレンまでは連れてってやる。いくら強い奴でも不意打ちかませば意外と何とかなるもんだぜ。……下から世界を変えたいなら、抗うしかない。抗って、ひっくり返す以外に未来はねぇ。……それで、どうする?」
もう一度俺が問えば、ローゼはギッと、力強く俺を睨み、そして口を開いた。
「やります。戦って、人と竜とがまた一緒に暮らせる世界を───今こそ取り戻します!」
その瞳にはさっきと変わらず強い決意の色が現れていて、きっとコイツらなら抗い続けるのだろうという予感があった。ならば俺も、依頼人のために働いてやらなきゃな。
俺は1つ頷いて返すと、アーヴェンストの前の空へ空力で立つ。そして虚空へ向けて越境鍵を突き刺した。それは波紋を立てながらズプリとその先端を沈め、俺の中から魔力を情け容赦無く引き摺り出していく。
そうしてタレ流される魔力に任せて俺は鍵を捻る。そうすればほら、光の中から空間が裂け、別の空の空気が流れ込んでくる。この裂け目の向こうはもう、クヴァイレンだ。
「行きましょう。私達の戦場へ」
ローゼのそんな声と共にロゼリア、アベリア、アーヴェンストとその僚機達が巨大な裂け目を潜る。それを見届けた俺は───
「ティオ、そっちは少し任せた」
「応なのじゃ」
彼らの後に着いて扉を潜ったのであった。
───────────────
見える防衛艦は20隻。俺にとっちゃ物の数ではないがコイツらにとっては膨大な数になるだろう。だが奴らの直上に転移した俺達に対して有効な手札を使えるほどクヴァイレンの防衛艦隊は落ち着いてはいない。そこで───
「……久しぶりだな」
俺が宝物庫から取り出したのは"
俺は覇終に魔素を込め、横薙ぎに振り抜いた。
音は無い。本来大気が悲鳴を上げるほどの速度の筈だがそんなものを掻き消す程の力の奔流。覇終の刃から放たれた圧縮魔素が黒い刃となりクヴァイレンが誇るのであろう守護艦隊の内3艦を一閃にて叩き斬った。
「なっ……」
「いちいち驚いてんなよ。それよりどうすんだ?お前らが戦うって言うから連れて来たんだ。俺が全部やっちまっていいのか?」
俺は再び覇終に魔素を込めてそう尋ねる。答えを考える時間なんてないのは、覇終の刀身に黒い力の波が溢れていることが告げている。
「いいえ!私に作戦があります。下には真竜の涙泉というものがあるのです。そこにくーちゃんを連れて行きます。そこでくーちゃんの王竜としての力を一時的に覚醒させ、その力で私達がクヴァイレンを打倒します」
だからお前は大人しくしていろと、ローゼの瞳は告げているようだった。だがそれには大きな覚悟が伴っただろう。俺の力ならコイツらを守りつつクヴァイレンの防衛戦力を全て叩き潰すことだってできる。それは今しがたの斬撃で再び示されたばかりだ。だがそれでも彼女は私達が戦うのだと言う。ならば俺は彼女の決意を尊重する他ない。
「おう、なら行ってこい」
と、俺は羅針盤で真竜の涙泉の座標を特定。そのまま越境鍵でそこまで続く扉を開いてやる。
「ほれ、この先が真竜の涙泉だ。こっちはお前らに任せるよ。俺ぁティオの方に行きたいし」
「え……?あ、はい!」
「ぴ、ぴぃ!」
ローゼとクワイベルが扉を潜ってから数分後、王宮を縦に貫く極大の閃光が吹き上がる。俺はそれを見て、再びティオと竜達の戦場へと赴いた。
───────────────
「さて……」
再び竜達の戦場へと赴いた俺は辺りを見渡す。天空にはティオが座し黒い鱗を纏った竜達がこれまでの鬱憤を晴らすかのように飛び回り、ブレスを吐いていた。
「───貴様等ぁ!アイツらを何処へやった!一体貴様等は何なんだ!!」
グレゴール……だったか。ドゥルグラントを通して奴の焦りと混乱と怒りの混じった声が響いてきた。もうこれは戦いとも呼べない。いや、竜達にとってはそれなり以上に命懸けで、今まで踏み躙られてきた誇りと尊厳を取り戻す戦いなのだろうけれど、俺にとってこれはもうただの蹂躙にしかならない。
だから、それ故に───俺は口を開いた。
「さてな。俺ぁ
俺のそんな一言に、グレゴールは吐き捨てるように叫んだ。
「そうかよ……っ!クソッタレ!!」
「じゃあな、俺とお前じゃ……戦いにもならなかったな」
覇終を1振り。それだけで俺に向かって放たれたミサイルと砲弾の雨は掻き消える。そして俺は覇終の
放たれた怒りと殺意はドゥルグラントの艦橋ごとその場にいたのであろうグレゴールを消し飛ばしたようだ。何せ羅針盤で探しても見つからなかったからな。奴はもう、生きてはいない。
残りの艦隊は数える程だ。ティオ達と黒竜は俺がいない数分の間に随分と暴れ回っていたようだ。俺は覇終を担ぎ直す。そこに魔素を込め、圧縮し、残る戦艦へと向けて刃を振り抜いた。
───────────────
世界が黒に染まる
それはきっと、ヘルムートの起こした現象。クワイベルが一時的らしいとは言え王竜としての力を得たからだろうか。どうやらヘルムートはローゼとクワイベルの前に現れたようだ。
こちらの戦闘はほぼカタがついていた。クヴァイレンの艦隊はドゥルグラントも含めてほぼ轟沈。残された戦艦だってもう戦える状態じゃあない。一応俺達の目的はヘルムートを倒すこと。それならもうこっちは放って向こうへ行ってやるべきだろう。
「行くか」
「そうじゃの。この感じ、流石にあの若い坊やだけでは心配じゃ」
巨大な竜の姿から人の姿へと戻ったティオが俺の隣へやってきた。その顔には些か以上に心配の色が見えて、彼女のこういうところが俺を惹いてやまないのだろうなと改めて感じる。
そうして俺はティオと共にもう1つの戦場への扉を開いた。鍵で開けたその瞬間から漂う異様な空気。別に汚染されてるってんじゃあない。そこにいるだけで特別な存在感を放つソイツは、正しく邪竜。ティオのような美しい漆黒ではない。憤怒に塗れ汚れた黒がそこにいた。
「さてさて……」
戦場を見れば、クヴァイレンの防衛艦隊は完全に崩壊していたがクワイベルも随分とボロボロだ。ただ、その負傷のほとんどはヘルムートとの戦いによって付けられたものだろう。
「ローゼ、状況は?」
「……くーちゃんから真竜の涙泉の力が無くなりつつあります。あれが尽きたら……張られている障壁も……」
「んっ」
それだけ聞くと俺は戦場へと飛び出す。そしてクワイベル目掛けてヘルムートから放たれた奈落色のブレスを
そして氷の槍でヘルムートを牽制しながら鍵で再び真竜の涙泉へ繋がる扉を開き、そこに円月輪を送り込む。
「水浴びの時間だぜ、クワイベル」
急に目の前に現れたかと思いきやそんなことを言い出した俺にクワイベルは一瞬キョトンとし、そして───
「───ぴぃ!?」
───いきなり頭から水をぶっ掛けられて情けない叫び声を上げた。
けれどその水が真竜の涙泉の水だと直ぐに分かったらしい。俺の背後でクワイベルの力が漲っていくのを感じる。さぁて、第2ラウンドの開始といこうか。
───────────────
「……勝てると思うか?」
いきなり現れて自分に攻撃をしつつクワイベルを回復させた俺よりも、まずは自分の近親者であるクワイベルを殺すことにしたらしいヘルムートは、そそくさと後ろに下がった俺を放って再びクワイベルとの戦いを始めた。そしてクワイベルが弱いのかヘルムートが強いのか──きっと前者だ──クワイベルはさっきの焼き直しのようにヘルムートに押されている。どうにも力そのものは強くなったがやはりクワイベルは若いままだ。戦闘技術、戦術、そして何よりも経験が足りない。
「まぁ……無理じゃろうな」
戦場を少し離れた位置から見ている俺達はそんな会話を交わす。
「どうする?元々アイツは俺達ん相手だろ?」
それに、アーヴェンストに滞在していた間、ティオは言っていた。同じ竜に縁を持つ者として邪竜ヘルムートを終わらせてやりたいと。世界を恨み邪の道に堕ちた同胞をその道から外してやりたいと。
「もっとも、彼奴を終わらせてやれるのなら……それを見届けられるのならそれを成すのは妾でなくとも良い。仮にあの坊やが出来るのならそれもよかろう。……どれ、では年長者らしく若造を導いてやるとしようかの」
ティオはそう言うとふわりと1つ高く浮かび上がった。そして言葉の通り、クワイベルに戦い方を教えていく。そして、クワイベルがその通りに動けば先程とは違い、傷付くのはヘルムートだけでクワイベルにヘルムートの攻撃が当たらなくなる。そして、遂にクワイベル渾身の
「やったわねっ!相棒!!」
「やったぜ相棒!!」
そうしてローゼとクワイベルが喜び合う。その瞬間───
「あっ───」
「ローゼッ!!」
天より黒き閃光が降り注ぐ。ローゼとクワイベルを殺すために放たれたそれは───
「まったく……暗雲も晴れておらんのに気を抜くとは大減点じゃぞ」
しかし彼女らを消滅させることなく、ティオによって受け止められた。