何も無い空間に瘴気とも呼ぶべき薄汚れた煙が集まっていく。それは直ぐに形を作り1つの姿を形成していく。
「あーあ……」
現れたのは邪竜ヘルムート。まぁ、さっき右眼で見て分かっていたけど、あれは本体じゃあない。ただ形だけ象った仮初の存在。そしてそれはこれも同じこと。奴はこの世界に満ちる負のエネルギーで自分の分身でも生み出せるのだろうよ。
「下がってろクワイベル。ありゃあ俺達がやる」
「うっ……」
クワイベルの肩と思われる部分に手を置くと、クワイベルは悔しげに唸りながらも1歩下がった。
「んっ。それでティオ、どうするよ?」
俺はクワイベルと入れ替わるように前に出る。選手交代だ。ヘルムートも空気を読んでいるのか、さっき俺に牽制された時のことを覚えているのか、ともあれ不用意には手を出してこなかった。
「ふむ……妾もさっきの戦闘でちと疲れたのじゃ。天人がやるのなら安心して見ていられる。……頼めるか?」
空中とは言えティオは俺にもたれ掛かるように身体を預けてそんな風に言ってきた。まったく……頼めるか?じゃねぇよ。そんなもん、聞かなくても分かってんだろうに。
「当たり前だろ。アイツは俺が終わらせてやる」
俺はティオの髪を梳いて額にキスを落とす。そうして誓いを込めた俺は宝物庫から再び覇終を取り出した。
さっきからヘルムートが何やら呪詛の言葉でも撒き散らしているらしく、他の奴らの顔色が暗い。けれどそんなものは俺には効かない。そもそも氷焔之皇でそういう思念すら自らの力に変換しているのだ。言葉は届かない、呪いは及ばない。ヘルムートの成す理不尽は、俺にとっては路端の石ころよりも存在感が無い。
俺は空力で虚空を踏みしめて真上へと跳び上がる。そして奴の頭上から脳天目掛けて覇終を振り抜く。牙のような刀身の大太刀から放たれたのは魔素を圧縮したエネルギー。純粋な暴力の塊が体長100メートル程はあるヘルムートの体躯を消し飛ばした。だが当然この程度は奴は死にはしない。そもそもが血と肉を持った肉体ではないのだ。この世界に満ち満ちている負のエネルギーから己の虚像を生み出し、それを起点として更なる権能を振るうヘルムートに対して、こういう単純な物理攻撃はあまり意味が無い。
───ガァァァァァァァァッッ!!
と、腹の底に響くような大声でヘルムートが吼える。あの身体の大きさで放たれる声量はもはや声ではなく衝撃波。それは空気の波となり、不可避の攻撃として人間サイズの生命体は尽く身体を打ち砕かれて死に絶える他ない。けれど俺には幾らでも防御手段がある。ヘルムートが大きく息を吸った瞬間に宝物庫から召喚したビット兵器をワイヤーで繋げた空間遮断結界。これにより俺は本来不可避のはずの空気の波から自身を断絶させる。
そして衝撃波を全て受けきり、空間遮断結界を解いた瞬間に、ヘルムートが今度は黒いブレスを放ってきた。それに合わせて俺は覇終を振るう。鋒から放たれた魔素の塊がヘルムートのブレスを掻き消し、その勢いのままヘルムートの仮初の肉体をも消し飛ばした。
だが直ぐにヘルムートは再生する。そもそもあれはそういう存在なのだから別に驚きもしないが。
そして再び放たれたブレスを───先程のものよりもさらに強い力を感じるそれを、しかし俺は避けることなく左手を翳すだけに留める。もっとも、俺の氷焔之皇の権能がそれを俺の捕食者の胃袋に収めてしまうのだが。
さらに、俺は氷焔之皇を仮初のヘルムートへと向ける。この世界の負のエネルギーを掻き集めて作られたソイツは、それだけで全身を銀氷と散らし、奴の蓄えていたエネルギーは全て俺の胃袋へと収められる。
「……何となく分かってきたぞ」
そして俺は思わずそう呟いた。それはきっと誰に届くこともなくこの世界の空に溶けて消えたのだろう。もしかしたらティオだけは俺が何を考え何に思い至ったのか気付いたのかもしれないけど。
と言うか、ティオには俺の予測を話していたからもう俺が何を試しているのか分かっているんだろうな。
「さてさて……」
何度も蘇るヘルムートの写し身。何度も何度も……それこそこの世界に満ちる負のエネルギーを全て使い切るまで奴の虚仮威しを吸収し続けることも可能ではあるが、正直時間の無駄だ。いくら俺でもそんなに暇ではない。だからもう終わらせることにした。俺が1番得意なやり方でな。
スっと、俺はそれを指差す。不意の無意味に見える動き……それに釣られてヘルムートも視線を上に移した。そこに拡がっていたのは多数かつ巨大な魔法陣。もっとも、この世界の誰があれをそうと認識できるのかは知らないが、ともかく俺は巨大質量の氷の槍を降らせる予告を出した。
後ろでティオが溜息をついた音が聞こえる。だがそこまで。その直後には、この世界から音が消えた。
それほどまでに巨大な質量が莫大な速度を伴って落下する衝撃は凄まじかった。それも、全ての槍に氷焔之皇が掛けられているから、降り注ぐだけでこの世界の負のエネルギーを吸収し、ヘルムートに当たろうものならその虚仮威しを暴いて消し去る。
エネルギー体ではどうにもならないことを悟ったか大地が捲り上がる程の槍の嵐に堪忍袋の緒が切れたのか、遂に肉体と魂を携えたヘルムートの本体が俺の前に姿を現した。だが俺の前に辿り着く前に何度も氷の槍を喰らったのだろう。眼前に現れる頃には満身創痍といった
そして俺に対する殺意と憎悪がこれでもかと込められた黒いブレスが迫る。しかし学習能力が無いのか俺の能力にも限度があると思っているのか。そんな思惑は全て握り潰すかのように、奴の攻撃は俺に通用することなくただ消え去るのみ。
そういう攻撃は俺に効かないと、ようやく分かったらしいヘルムートが、ならば俺の身体を力尽くで砕かんと迫る。俺はその顔面目掛けて覇終を振るう。放たれた魔素のエネルギーが、身を捩ったヘルムートの左目を抉る。痛みにヘルムートは叫ぶがそんなもの俺には関係がない。
天空から更に氷の槍を出現させる。当然それらには全て氷焔之皇が付与されていて、奴のブレスでは防ぎようがない。そしてそれを地上目掛けて叩きつける。
自身の身体を狙ったものではないからか、ヘルムートの反応が一瞬遅れた。だが奴は直ぐに気付いた。今の俺の狙いはもうヘルムートではないことを。そして俺の放った槍のうち、一部がどこへ向かうのかを。
───グルオォォォォッッ!!
ヘルムートは大きく吼えながら、そして奴の巨大な体躯が削られ貫かれることも無視してとある場所に塞がる。そしてヘルムートの身体に突き刺さる何本もの槍。正解だよヘルムート。その先には───
「……だよなぁ、避けられないよなぁ。その先にあるのはお前の兄弟の竜核だもんなぁ」
ローゼは言っていた。ヘルムートは自身の兄弟が殺されたことで人や世界を恨むようになったと。そしてアーヴェンストは本来竜核で動かすもので、その竜核こそ王竜のそれ。しかしローゼ達は竜核をそのように扱う気が無い。ならばその竜核はどこへ行った?捨てた?竜を敬うローゼ達がそんなことをするわけが無い。クヴァイレンに奪われた?ならコイツらはあの戦いでそれを取り戻そうとしただろうし、俺にそれを頼んだだろう。
ならばどこへ消えたか。簡単だ。ローゼ達から奪ったとしてもローゼ達が取り戻そうとは思わない相手。それは生き残った王竜───今は邪竜となったヘルムートの手元以外にあるまい。
そして俺は羅針盤でその位置も完全に把握している。仮初の肉体では埒が明かないと本体を引き摺り出し、そして逃げられないように奴の最も大事なものを盾に押し潰す。
羅針盤で向かっても良かったのだけれど、俺としてはコイツを倒すこと以外にもこの世界でやりたいことができたんでな。ヘルムートにはそのための踏み台になってもらおう。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか……それともただヘルムートが後生大事に守っているものを自身の身体と天秤にかけさせたこの作戦に対してか、ともかくローゼやクワイベル達からはまるで悪逆非道な極悪人を見るような瞳で睨まれている。
まぁいい。もうここまでくればおおよその支度は終わったも同然。態々相手を痛ぶる趣味も無いし、一気に終わらせてやるよ。
───────────────
「───収束錬成」
氷の槍と覇終の1振りでヘルムートを終わらせた俺がポツリと零した言霊に従って、真紅の閃光が世界に広がっていく。オルクス大迷宮で手に入れた神代魔法は生成魔法。今まで俺が幾つものアーティファクトを作る際に何度も使用したそれの本質は、鉱物に魔法を付与するものではない。それはあれが持つ力のほんの一端でしかないのだ。
あれの本当の概念は無機的な物質に対する干渉だ。そして俺の元素魔法により生み出された氷の槍は───これ以上ない程に無機的だ。
俺はこの戦闘で放った氷の槍の全てに生成魔法で干渉している。その干渉はしかし俺が普段アーティファクトを生み出す時にやっていることとさして変わりない。要は、氷の槍全てに魔法を付与しただけのこと。そしてあの槍は全て俺と繋がっている。態々感応石何かを通して魔力を送ってやる必要なんてないのだ。
俺はただそう思うだけであれらに付与された魔法を行使させることが出来る。そして付与した魔法はもう行使されている。つまり───
「雲海が……それに……粉塵まで───」
俺はこの世界のかなり広い範囲に氷の槍を降らせていた。強化の聖痕と昇華魔法の合わせ技。ヘルムートとの邂逅の時にただイタズラに大質量の槍を降らせたのではない。この世界に散らばる負のエネルギーを吸収し、天核を回収するための中継点をそこかしこに設置したのだ。
「んっ……」
更に使うは変性魔法。俺は俺の身体に干渉し、捕食者の胃袋の奥深くに眠らせていた
「タカト様の……腕が……」
俺の左腕から黒い顎のようなものが現れる。それは
そこから排出されたのは捕食者の胃袋に収めていた鉱石達。神結晶やリムルの世界にある魔素を溜め込む性質のある鉱石だ。それらは俺の胃袋の中で俺の魔力や魔素を存分に浴び続けていた。
2,3日なんていう期間じゃあない。神話大戦の後くらいからずっと溜め込んでいたのだ。しかもこれがまた大飯食らいなおかげで、こっちにそれなりの量の魔素を注いでいたからあの北の海での戦いには随分と苦労させられたもんだ。そして、与えられたのは紛いなりにも覚醒魔王の魔素。そんな俺の魔素と魔力を浴び続けたコイツらはただの鉱石では終わらない。それが獲得した性質は、俺自身が持つそれにかなり似通っていた。
そして宝物庫から現れたのは幾つかの竜核。この世界に来てからパクった戦闘機や戦いのどさくさに紛れて潜り込んだ戦艦の中に収められていた、竜の腸から取り出し終えたやつを回収しておいたのだ。
それらと収束錬成で俺の手元に集まってきた天核が混ざり合う。さらにそこに幾つかの魔法を付与していきながら、天核と竜核はその役目を果たすかのようにこの世界に溢れている負のエネルギーをどんどんと吸収していく。それは俺の眼下に広がる雲海であり、地上に広がる黒い雨でもある。それらがまるで吸い上げられるように渦を描いて俺の左手に収束していく。
そして錬成されたのは空色の玉が9つ。そのうち1つは一際大きくて俺の片手から零れるくらいには大きい。だいたいフットサルのボールくらいだろうか。残りの8つはだいたいテニスボールより少し大きい程度のサイズの玉だ。
そんな9つの玉が俺の周りを浮き漂っている。それらはこの世界の負のエネルギーをどんどんと吸収していく。ただ、これにもそれなりに限界はあり、途中で1つ、また1つと渦を生み出すことを止めていった。
「……んー、こんなもんか」
とは言えそれなりの量のエネルギーを吸えたようで、さっきまで俺の眼下を支配していた雲海はほとんど消え失せていて、地上に広がっている陸や海がよく見える。
「んー?」
で、それはそれとして何で俺はアーヴェンストの奴らから拝まれているんだろうか。いやまぁ、確かに空に蓋をしていた雲海を取り払ったのは俺なのだけれど、だからってまるで神様の如く崇められるのもあまり良い気分ではない。何せ俺は神様って奴らが大嫌いだからな。あんな奴らと同類に扱われるのは良い気分じゃあない。
俺は1つ溜息を付きながら玉を宝物庫に仕舞い、王宮傍に着陸されていたアーヴェンストの甲板へ重力操作のスキルでゆるりと降り立つ。そうするとローゼが近衛達を引連れて駆け寄ってきた。そしてその勢いのまま思い切り頭を下げると───
「タカト様!……あぁ、何とお礼を申したら良いか……この胸に湧き上がる感謝の気持ちを表す言葉を、私は持っていないのです」
そう言って顔を上げたローゼの瞳は涙で潤んでいて、何故だか俺は自分が酷いことをしたかのような気持ちになる。
「ヘルムートを倒す、1回だけクヴァイレンからアーヴェンストを守る。あくまで仕事をしただけだよ」
だからそんなに感謝されても困るのだ。ヘルムートを倒すために報酬としてこの世界の情報を聞いた。クヴァイレンから守るのはオマケみたいなものだが、竜核と天核を用いたこれを頂ければ報酬としては十分以上なのだし。
「そんな……貴方様はどこまで……」
「別に謙虚なわけじゃない。さっきの玉、ありゃあ竜核と天核に俺ん手持ちの鉱石を併せたもんだけど、あれさえ持って帰っていいなら報酬としちゃ十分だ。だから俺ぁ仕事を請けて、それを成した。それだけだよ」
そもそもヘルムートもクヴァイレンも俺達からすれば大した相手ではないのだ。それに、ヘルムートの生み出した雲海を消したのだってあの玉の性能実験のためだ。だから俺の行動はどこまでも傲慢で利己的で、それがたまたまアーヴェンストの奴らの利益と合致したに過ぎない。
「それより、大変なのはお前らだぞ」
と、俺がそう告げれば流石にそれはローゼも分かっているようで、真剣な眼差しで1つ頷いた。
「この世界に満ちてた負のエネルギーとやらは相当取り除いたけどな。まだ残ってはいるし、竜の減り方を考えたら世界のバランスが元に戻るには結構な時間がかかるだろ」
それにローゼはコクリと1つ頷いた。
「ですが、それでもそんな世界で私達は戦うのだと決めたのです」
「おう。ならま、俺ぁ心ん中でくらいは応援してやるよ」
「ありがとうございます、タカト様」
そのお礼に対して俺は1つ手を挙げるだけで踵を返した。もうお別れだ。この世界で俺とティオがやることなんてもう何一つとして残っちゃいない。
「じゃあな」
「では、さよならじゃ」
ティオも、クワイベルの頭を1つ撫でて愛おしそうに微笑むが、直ぐに頭から手を離す。それを見て俺も宝物庫から越境鍵を召喚。魔力を込めながらそれを虚空に突き刺し、回す。
空間に波紋を浮かべならが世界を繋ぐ扉が開いていく。地上に出るのは諦めたので開いた先はどっちにしろ雲の上。それでも俺とティオなら何も問題は無い。むしろ地上に扉を開いたら向こうから一気に空気が流れ込んできてこっちが大騒ぎだ。
俺とティオは2人手を繋ぎ、空へと足を踏み出す。空の匂いからは、潮の香りがした。
───────────────
「それで、さっき錬成したあの玉は何なのじゃ?」
人の目のない空に転移し、そこから地上の無人島を経由してから家に戻った俺達だが、生憎と家には誰もいなかった。どうやら皆出掛けているらしい。
「んー?ま、天核と竜核、それから色んな鉱石を混ぜて神代魔法やら何やら付与して……要は永久機関的なあれを作ろうって感じよ」
「ふむ……妾はまだその辺の知識はよく分からないのじゃが、つまりあれらは無限にエネルギーを生み続けられるというわけじゃな?」
「んー、まぁそんな感じ。天核と竜核はお互いのエネルギー交換の比率だけで言えば完全にロス無しで、熱力学全否定なんだよ」
ローゼの話を聞いて俺が真っ先に思い浮かんだのがこれ。完全な循環を可能にする熱力学全否定の変換効率。これこそ俺の望んだエネルギー源。
「ふむ……すると、どうするのじゃ?」
「んー?正のエネルギーの活性化の力を氷焔之皇で魔力に変換しながら───」
そこで俺はソファに腰を下ろしたティオのふとももに頭を乗せて横になった。ティオに頭を撫でられながら俺は言葉を続ける。
「─── 天核と竜核の循環を再生魔法でひたすらに加速させるんよ。活性の力を氷焔之皇で変換した先は神結晶とかで貯蔵量はあるからな。んで、溜まり次第使ってくって感じ」
初動のエネルギーだけは別途用意する必要があるけれど、俺はあの空の戦いでそれはそれは大量の負のエネルギーを捕食者の胃袋に溜め込んでいる。1回起動しちまえば後は放っておいても大丈夫のはずだ。
「なるほどじゃ。して、そんなエネルギーを何に使う気じゃ?それも、同じ物を9つも作っておったろ」
「8つは鍵だよ。
最初から出口になるアーティファクトを使えば魔力の消費量を多少削れるのは普通の空間魔法で分かっている。だから鍵のための玉は少し小さいんだ。
「世界を……天人は世界を変える前に世界を繋ぐ鍵を生み出したのじゃな」
「ま、まだ肝心の鍵が出来てねぇけどな。つってもこっちはトータスの魔法だけで事足りるからそんなに難しいっこっちゃないよ」
ユエには協力してもらう必要はあるだろうけど、逆に言えばそれだけでどうにかなるのだ。実質的には王手と言っていいだろう。
「で、最後の1つは何用なのじゃ」
「んー?これは俺ん魔力タンクだな。こっちじゃ聖痕は使えねぇし、そうなると魔力と魔素に限りがある。ただでさえ聖痕持ちとやり合う時に不利なのにリソースまで気にしてらんないわけよ」
聖痕持ちが相手だといくら俺でもパワー負けすることも多い。ただでさえ向こうの方が上位概念の力で、こっちの魔法やらスキルが効かないことがあるのに圧し合いでも負け、挙句の果てにスタミナでも勝てないとなるとモリアーティ達を相手にする時には心許ないにも程がある。しかも越境鍵で異世界に転移する時も聖痕が無ければ長い時間───それこそ数ヶ月を掛けて魔力を貯める必要があるのだ。
だから今は態々聖痕が封じられていないエリアまで飛んでから世界を渡っている。だがこれも正直面倒臭い。けれどこれがあればそんな煩わしさやパワー不足からも解放されるだろう。
「しかしティオよ、永久機関なんて人類の夢のまた夢なのに随分とあっさりした反応だな」
これが理子辺りならそれはもう良い反応を見せてくれるだろうに。
「妾はその辺あまり詳しくはないからのう。とは言え、これから先の天人の目的には大きく近付いた、ということは分かるぞ」
目的……俺の目的はこことレクテイアを繋ぎ、霊長類としての人間以外の奴らや、これまで魔女だのなんだのと呼ばれ蔑まれてきた奴らが、それを隠さなくても普通の奴らと何ら変わりない生活を送れる世界を作ること。社会を作るのはきっとネモがやる。だから俺がやるのは世界を繋ぐこと。そして俺は、世界を繋ぐ鍵に手を掛けたのだ。
「ま、当分はトータスとか香織達の地球との行き来が楽って感じだろうな。レクテイアの奴らを受け入れる土台は……まだ無いから」
俺が寝返りを打ちティオのお腹に顔を埋めていると玄関先に気配が幾つか。どうやらユエ達が帰ってきたらしい。すると直ぐに玄関の鍵が開く音がして、パタパタと人が入ってきた。
「ほう、私との勉強中にいきなり消えたと思ったら随分なご身分じゃないか」
ネモだ。ティオに甘えている俺を見てそれはそれは怖い顔で睨んでいる。んー、ネモにはちゃんと見せてやらないとな。
「もー、天人さんもティオさんも2人してどこ行ってたんですかぁ?急に3日もいなくなって……」
「んっ……どこ行ってたの?」
「んー?……秘密」
「秘密、じゃな」
どうやら心配をかけたようだ。シアの言葉尻が弱々しくなったのが何よりの証拠。だけどあの空の出来事は俺とティオだけの秘密だ。玉に関しては見せてやらなきゃいけないけど、それ以外の戦いも観光も、2人だけの秘密。あれはそういうものなのだ。
「……ティオ、楽しかった?」
ニンマリと笑う俺達を見てどうやらそれほど心配することは起きていなかったと察したユエがティオにそう尋ねる。すると───
「うむ、楽しかったよ」
ティオは、ユエがそうしたようにまるで少女のような頬笑みを浮かべていた。そう、楽しかったのだ。人と竜とが共存する世界を巡るのは。最初はちょっと暗かったし何やかんやで人死にも出たが、それでも世界は陽の光で明るくなれた。だからきっと、これは楽しかったと締めるべきだった。
「そういやネモ、お前にゃお土産があるぞ」
「ほう?……しかし私にだけか?」
そりゃあネモも疑問に思うだろうな。俺が態々ネモにだけ土産を持ってくるなんて。普通なら他の子達にこそ優先してお土産を持ってきて然るべきなのに。
「なんじゃなんじゃ、我には土産は無いのか?花嫁に土産の1つも寄越さないとはなんて悪い主様じゃ」
と、今度はルシフェリアが喚き出す。そんなこと言われたって、これは多分ネモしか喜ばないと思うんだよなぁ。
「ねぇよ。……それよりネモ。手に入れたぞ、世界を繋ぐ鍵ってやつを」
俺は宝物庫からあの玉を1つ取り出す。空色に輝くそれは、ネモの瞳の色ともよく似ていた。
「これは……」
「簡単に言えば永久機関。もっと言えば世界の扉を開く鍵だ。本当にレクテイアとこっちを行き来するんなら扉は好きに開ける方が都合良いだろ?」
ちまちま船で行ったり来たりなんて面倒臭い。しかもそれだとこっちが向こうに行った時だけしかレクテイアの奴らはこっちに来れないし、戻る時もそれに合わせなければならない。例えモリアーティではなく俺がそれをやるのだとしても、地球で扉を開ける地域は限られてきているし、いつ地球全土で聖痕が使えなくなるか分からない。そうなれば1度扉を開くのに数ヶ月掛かるし、何より俺しか開けないのであればそれはモリアーティが船で行き来するのとそう変わらない。精々時間軸のズレが起きないって言う程度だ。
だが扉を都合の良いタイミングで自由に開け閉めできるのならこっちとあっちをもっと気軽に繋ぐことができる。それこそ、世界の間で検疫を行う程度は必須になるだろうが、極論海外旅行感覚でこっちとレクテイアを繋げられるかもなのだ。
「いや……それは、そうだが……永久……は……?」
どうやらネモはまだ俺の言っていることに頭の理解が追い付いていないようだ。まったく、普段はあんだけ頭良いのにこういう時だけ回転が止まってちゃしょうがないだろ。
「ユエ、鍵のアーティファクト作るの手伝ってくれるか?扉を開くパワーは手に入れたけど、肝心の鍵と扉のアーティファクトはまだ何もやってねぇんだ」
「んっ、分かった」
「ほら、ネモも来てくれ。実際まだ運用するんには色々問題あるかもなんだよ。お前ん頭がねぇとどうにもならん」
二つ返事で頷いてくれたユエを連れ、今だに思考停止してしまっているネモを引っ張って部屋へと連れて行く。そうだ、ついでに空間魔法で作ったアーティファクト作成用アーティファクトも見せてやろう。あれの中は時間も引き伸ばせるからこういう時にも使えるかもな。
───────────────
「それで、永久機関とは一体どういうことだ!?」
俺の部屋に置いてあるアーティファクト作成用アーティファクト部屋とかいう回りくどいそれに入った俺達。適当に敷かれたカーペットと無造作に置かれた幾つかの座布団があるだけの少し殺風景にも思える部屋だが、ユエは気にするふうもなく手近な座布団の上に腰を下ろした。ネモもそれに釣られるように腰を下ろし、俺も適当に座り込む。するとようやくネモの思考が現実に追いついてきたようで、ネモはせっかく座ったのにまた立ち上がって俺の鼻にネモのそれがくっつきそうなくらいの勢いで迫ってきた。
「……近い」
で、それは直ぐにユエに引き離される。それで少しは落ち着いたのか、ネモはいつもより湿度高めのジト目で俺に返事を促してくる。
「あん時俺とティオが飛ばされた先で手に入れたモンだよ。ま、正確にはそれを素材に色々混ぜてそうなるようにしたんだ」
天核だの竜核だのは話しても分からんだろうし、あの空での出来事はなるべく俺とティオだけの秘密にしておきたい。後暗いんじゃない、ただ俺とティオがお互いだけの秘密を共有していたいだけだ。
「また異世界の素材と言うやつか……。まぁそれなら私もこれ以上は追求しないでおく」
「……それで、作りたいアーティファクトって?」
「んー?……あぁ、こりゃあ確かに無限に魔力を生み出せるけど、異世界に渡るにゃそれなりに魔法のコントロールが必要だからな」
越境鍵もユエの助けがなければ生み出せなかったアーティファクトだ。トータスで使ったような、出口となるアーティファクトと対になる鍵のアーティファクトの仕掛けであっても、異世界に渡るとなれば概念魔法とはまではいかなくてもそれに近いくらいには空間魔法を高めなければならないはずだ。
アルヴを消し飛ばしたあの概念魔法は魂魄魔法による目標の確定と、俺が最も得意とする神代魔法───昇華魔法による、存在の情報に干渉する力でアルヴの情報そのものを削除するような概念魔法だった。ユエとエヒトを引き剥がしたのは魂魄魔法が中心で、空間魔法による境界への干渉は添え物程度だったのだ。
空間魔法は俺にとっては相性の良い神代魔法とは言えず、これを中心に据えた概念魔法やそれに近い純度の魔法はきっとまだユエの手助けが必要になると思う。
「んっ、天人が頼ってくれて嬉しい」
「おう」
と、俺の胸板に頭を擦り寄せてきたユエの頭を撫でる。その金糸のような髪を梳いてやればユエは喉の奥をゴロゴロと鳴らして気持ち良さそうに身体ごと俺に預けてくる。
俺はそんなユエを包むように抱いてやり、それをどこか羨ましげな様子で眺めているネモに声を掛ける。
「……ネモ、次はお前の番だぞ」
「……えっ!?いや待て、私とお前はまだそんな関係では───」
すると、何やらネモがテンパっている。今のどこに焦る要素があるのだろうかよく分からないが、何故ネモは俺の言葉を否定をしながらも徐々にこちらに寄って来るのだろうか。
「……俺ぁ世界を繋ぐ鍵を手に入れた。次はお前が世界を変える番だって言ってるんだぜ」
恐る恐るといった体で……しかも何故だかこちらに手を伸ばしながら距離を詰めていたネモは俺のその言葉に固まってしまった。そしてどうやら自分が何か勘違いをしていたことに気付いたらしく、頬を赤く染めながらスルスルと下がっていった。
「……ネモに天人の腕の中はまだ早い。ここはまだ駄目」
ギュッと、ユエがはネモに見せつけるように俺にしがみついてきた。そしてまるで勝ち誇ったかのようなドヤ顔。……何故。ネモも何でか知らんけど少し悔しそうだし。そんなに俺の腕の中って心地良いの?いや、ユエにそう思われるのは嬉しい限りだが。
「……別に、そこに入りたいわけじゃない」
そりゃあそうだ。ネモだって態々好きでもない男の腕に抱かれたいとは思わないだろうよ。
「そりゃそうだ」
で、俺は思わず思ったことが口をついて出た。するとユエは1つ溜息をつくしネモはネモでちょっとムッとしたような顔をする。
「……天人」
で、何故か俺はユエにジト目で睨まれている。
「……めっ」
「ごめんなさい」
正直俺が何で怒られていて何に謝っているのかは分からないけれど、ユエがこう言うのだからきっと俺が悪いのだろう。
「……ネモがもし世界を変えられたら考えてあげる」
しかもユエさんはネモのことを挑発しているようだ。ネモはネモでそれに乗せられたかのようにユエと俺を交互に見やる。いや、俺を見られても知らんて。文句も疑問も全部ユエに言ってくれ。
「……取り敢えず、だ。ネモ、俺達が今から作る鍵と扉は組み合わせて使うんだ。1つの扉に1つの鍵。ただ、それを開く力は無限量にあるから開きっぱなしもできる。一応どっちからでも開けられるように2組あるから、1番良い使い方を考えてくれ」
「あ、あぁ。分かった」
「んっ、じゃあユエ……」
「……んっ」
俺は宝物庫から幾つかの鉱石を取り出す。こっちとレクテイアをどう繋ぐかはネモに任せよう。だから取り敢えず必要になりそうな数だけの鍵は作ってしまおう。俺とユエは越境鍵を作った時のようにお互いの手を握り合い、瞳を閉じて魔法へと意識を落としていった。
───────────────
「……んっ」
「これで数は揃ったかな」
いつの間にやらネモは部屋を出ていた。……ネモ、ビックリしたかな。この部屋は外と比べて時間の進み方が100倍になっていたから、ここでの5分は外の3秒なんだよな……。アーティファクトを作ると結構時間を消費する時があるからここは最大で1000倍まで時間を引き伸ばせるように再生魔法を付与してあるのだ。だからネモが30分いたと思っても、外の奴らの感覚だと20秒もいないことになる。ま、そこら辺はティオとかが上手に説明してくれるだろ。
「ありがとな、ユエ。おかげで香織達の地球とかトータスにも行き来し易くなったよ」
「んっ!」
俺は鍵と扉用のアーティファクトを宝物庫に仕舞いながらユエの頭を撫でてやる。するとユエはいつも通り俺に身体を預けてくるので俺もいつも通りユエの小さな身体を包み込むようにして抱きしめる。
まず繋ぐとすれば俺達の地球と香織達の地球。それからトータスと香織達の地球だろうか。こっちとトータスを繋いだらハウリア達がこぞってこっちに押しかけて来そうだ。アイツらなら勝手に山奥にでも潜んで集落を築くんだろうが、あの目立つウサミミが見つかると面倒くさいな。
変に星伽とかに出てこられたら、追い返したところでまた余計な敵が増えるだけだろうからな。どうせなら気配隠匿のアーティファクトを量産して全員に配るか。アイツらそういう
「……天人、楽しそう」
ユエを抱きしめながらそんなことを考えていると、ユエが俺を見上げてふと呟いた。
「んー?そうかな?」
「んっ……最近、天人の楽しそうな顔って見られなかったから嬉しい」
ユエの白く小さい手が俺の頬に触れる。熱変動無効が効いているはずなのに、どこかヒンヤリとしたその手から、俺はどうしてかその奥に秘める熱が伝わってくるような気がした。
「そうだっけ……?」
「うん、最近の天人は私達といて幸せそうな顔をしてても、どこかで辛い顔をしてたから……」
そんなことはない……とは言い切れなかった。確かにここのところの俺は、この世界をどうやって変えていけばいいのかとか、その後にどうするべきかとか、そんなことばかり考えていたかもしれない。そうでなくてもモリアーティ達と戦い、ルシフェリアが転がり込んできて、ちょっと余裕は無かったかもな。
「……ホントに可愛いなぁ」
そして、そんな俺を見てくれて、俺が言われるまで気にしていなかったことを気付いてくれていて、見守ってくれていたユエがどうしようもなく愛おしい。溢れるばかりのそんな気持ちを込めて俺はまたユエを抱きしめる。大好きとか愛しているとか、睦言は浮かんでくるけれどそのどれもしっくりこない。
だから俺はつい口をついて出た「可愛い」という言葉をひたすらユエに語りかける。ユエは擽ったそうに身を捩るがそれで俺の腕の中から出ようとはしてこなかった。ただ俺の中にもっと入り込もうとするかのように顔を、身体を俺に擦り付けている。
この時間はまるで夢のようで、俺はただ胸に溢れる幸福感に身を委ねていた。そして───
「……2人して何やってるんですか?」
いつの間にやら俺達を見下ろしていたシアのそんな冷えた声によって現実に引き戻されてしまった。
───────────────
あれから何日か過ぎた。その間俺はルシフェリアに妨害されつつもネモとアリアに勉強を教わる。しかしネモの教え方は理路整然としていて非常に分かりやすいのだが、アリアはまず最初に拳銃を突き出すのは止めた方がいいんじゃない?
まぁ、俺は
金持ちのクセに
だからって女の子がそんなポンポン男の家に上がるもんじゃないよ。まぁ俺も何かする気は微塵も無いのだけれど。それでも風呂の時間に気を使ってやらなきゃいけないのは面倒なんだよ。あと食費払えや。
という呪詛は外には出さないでおく。言ったってどうせ何か言い返されるし口喧嘩じゃ俺はアリアにも勝てやしないだろうからな。
で、アリアを追い返すのは早々に諦めた俺は今もちゃんとお勉強をしている。ミュウも直ぐに機嫌を直してくれたみたいで、ちゃんとあの子もお勉強に取り組んでいた。
今日は取り敢えずネモから出された課題を解いている。本人は今はコンビニへお出かけ。流石にこの近辺であれば迷わなくなったので特に誰かが付き添っているということもない。リサ達やアリアも学校に行かなきゃだからな。
まぁ時々ルシフェリアが構えだの勝負しろだの言ってくるから、課題の進捗率で言うとあまり宜しくはない。しかもネモはルシフェリアに甘いから、俺がいくらルシフェリアに邪魔されたと言っても、ルシフェリアに強く注意してくれるわけではない───どころか最近はルシフェリアの構って攻撃をされた話をするとネモはどことなく不機嫌になるのだ。なんで……?
で、今この最中もルシフェリアの構え構え攻撃を適当にあしらっていたのだが───
──ピンポーン──
と、インターホンが鳴る。アリアが来るには早いし、ネモには(錬成で勝手に作った)合鍵を渡してあるからインターホンは鳴らさないはずだ。
はて来客とは珍しいと思いつつも玄関の外に気配感知を向けると、そこから感じるのは知っている気配。
「……はい?」
悪い奴ではないことは分かっていたので俺は玄関のドアを開けてやる。すると俺の気配感知が読み取った通りそこにいたのは───
「……神代先輩?」
向こうは俺の家に来たのに俺がいることは予想外といった雰囲気だった。小柄な身体に婦警帽と警察制服を纏ったこの子はこれでも武偵高1年の強襲科。つまりは
「よ、久しぶり。……態々どうした?」
「あ、はい。お久しぶりです。……巡回連絡カードをお持ちしました。私はここも受け持っていますので」
万年人手不足の警視庁が態々こんなところに誰もろくに書きやしない巡回連絡カードをお待ちさせるわけがない。きっとコイツはここに何らかの嫌疑があってここを訪ねてきたんだろう。だが俺の家に来て俺の存在に驚いているってことはまだ詳しくは調べていないんだろうな。……ここはちゃっちゃと追い返して後でユエ達と相談だ。場合によっちゃ魂魄魔法も辞さないぞ。
「ん、書いたら交番持ってくよ」
だから帰れと、言外に俺は伝える。そして警察のマスコットキャラ──目が変な方向を向いていてちょっと怖い──が描かれた封筒を受け取って玄関を閉めようとする。だが、乾が肩を玄関の隙間に割り込ませてくる。コイツ……流石は警察官だけあってドア前の攻防に慣れていやがるな。
「神代先輩が学校に来ないのはいつも通りですが、少し聞きたいことがあります」
後輩からは学校に来ないのがいつも通りだと認識されている3年生……。
「最近、ここら辺で見慣れない外国人を見かけると通報がありました。それと、この家によく出入りしているようだという情報も」
「むむっ……日本の警察か」
で、玄関が騒がしいと感じたのか、ひょいと覗きに来たルシフェリアさんはそれはそれは怪しい雰囲気でまた物影に隠れる。分かってんならそんな怪しい動きすんなよ。しかも家にいたからご立派な角もアーティファクトで隠していないし。
しかし……乾はまだあまり情報を得られていないというのは俺の予測は間違っていたかもな。コイツ、ある程度調べはついているって雰囲気だ。見慣れない外国人ってネモとルシフェリアのことか。ルシフェリアも、角を誤魔化すアーティファクトを着けて時々外遊びに行っているし。しかし……ただの欺瞞用のアーティファクトだって言うのに俺から貰ったって言うだけでやたら喜ばれたな。そんなに喜んでくれるんならもうちょい見栄えの良いモンにすりゃあよかった。
「あぁ、ちょっと友達が遊びに来てんだよ」
これも半分は嘘ではない。もう半分は、テロ組織の1人を捕虜として捕まえて放任しているってだけ。
「そのお友達が不法に入国していないかどうか、調べてもよろしいでしょうか?」
ネモはどうか知らんがルシフェリアは駄目っす。とは言えずどうしたもんかと瞬光を使って頭を悩ます。思考加速はあれ100万倍になってしまうので強化の聖痕が使えない今は俺がついていけないので使えない。これマジ最近役に立たねぇ……。
しかもタイミング悪くネモがコンビニから帰ってきたようで───
「むむっ……日本の警察か」
ルシフェリアとほぼ同じ反応をしてそれはそれは犯罪者っぽい挙動をする始末。だから分かってんならその怪しい動きは止めろって。
「何やらに日本警察に対して敵対的な人間が2,3人いるようですね」
あれ?その日本警察に敵対的な人間に俺も含まれてません?おかしい……俺は裏の公安とはやりあったけど警察とはまだそんなにやりあってないはずだけどな……。もしかしなくてもいきなりやって来て外国人の女の子を何人も住まわせている俺は、傍から見たら相当に印象が悪いのかもしれん。日本の警察は差別意識強いからな。この乾はどうか知らんけども。
で、乾はその形の良い鼻をスンスンと犬みたいに動かし始めた。俺も聞いたことあるが、その乾は"悪の匂い"が分かるらしい。で、この家には完璧に国際テロ組織の一員であるネモとルシフェリアが入り浸っているし、俺も手が綺麗と言えるわけがない。だがこの家には絶対正義のリサやレミア、お子様のミュウやテテティとレテティもいるんだ。
まぁ……ジャンヌは元イ・ウーの策士だしこの前もヨーデルで炎上してたから若干悪い側だろう。ユエ、シア、ティオはどうだろうな。シアは正義側っぽいけど、あの子も殺る時は殺るんだよな……。こっちじゃ流石に抑えているけども。
で、そんな差し引きで乾判定がどうなったかと言えば……この蓋を開けたら思わず漂ってきた生ゴミの臭いを嗅いでしまったような顔を見れば一目瞭然。今のウチには正義も多いが悪も多い。結果は駄目みたいですね……。
あ、しかも警察無線出してどっかに通報してる……っ!いや、けど架橋生は警察署よりも武偵高を優先するルールだったハズ……。という俺の予想通り乾は警察の隠語は使わずに武偵高の先生に話しているような雰囲気。て言うか、聞く限りこれ相手蘭豹だな。そして、俺の携帯から着信音が鳴り響く。その音は俺が指定した蘭豹の番号からのものだった。俺がそれに出ると───
『また怪しい女達と一緒にいるらしいな。しかも片方は角が生えてるとか乾が言っとったで』
「今は多様性の時代ですから。角が生えてるくらい大したことじゃないですよ。それにこの子達は悪いことしてないですし……。なのに乾に絡まれちゃって。先生から乾に帰れと言ってやれませんか?」
俺の勉学の成績はゴミみたいなもんだが強襲科の実習じゃ優等生だし仕事の方も品行方正。装備科に拳銃の違法改造もさせていない。学校側からの依頼だってこなすから割と武偵高での先生受けは割と良い。異性関係だけは問題ありって言われてるらしいけど……それは否定の言葉もございません。
で、蘭豹曰く、警察無線を通されると履歴が残るから蘭豹でこの件を握り潰すと後で面倒なのだそうだ。……乾め、俺が強襲科の成績が良いからワンチャン潰されると理解してそうしたな。
しかも、さっきの無線を聞き取った限り、乾は警察の捜査を要請しようとしているみたいだし。つまり、警察は来る。確実に。これはもう俺にも蘭豹にもどうにもならない。最悪神代魔法で無線の履歴も乾の認識もどうにかできるとは言え、あれはあれで1人にやるだけだと面倒なのだ。
しかも今回は周囲から
「ちょうど明日、湾岸署と合同で武偵高附属小で交通安全教室をやるんや。強襲科の生徒数人に先生の役をやらせる予定だったんやけど、昨日ちょっとそいつら全員入院させてもうてな」
俺がいない間にこの人は何をやっているんでしょうか。いや、俺がいようがいまいが彼らは皆蘭豹に病院送りにされてたとは思うけどね。
「───お前、その怪しい女と一緒に代役で出ろや。中坊の面倒が見れたんやから、小坊の相手も出来るやろ。署の連中も視察来るんで、それでもって捜査ってことにしろって言い含めた」
なるほど、湾岸署はアホほど忙しいからな。1手間で仕事2つこなせるならこの話も飲むだろうってことか。しかし、トータスじゃ無免で車やバイクどころか航空機まで乗り回した俺が交通安全教室か……。香織が聞いたら卒倒するな。
で、これが上手くいったら蘭豹に1杯奢ると約束させられたが、俺はこれを承諾。乾も渋々といった風だったが蘭豹に言われたら逆らえない。また明日と言って去っていった。さて……深海の女のネモとマジの異世界ガールのルシフェリアと一緒に交通安全教室か……。先が思いやられるどころの騒ぎじゃないな……。ホント……どうしよコレ。