あの騒動を巻き起こした謎のISのコアは未登録だったらしい。その上無人機。当然俺達には即座に箝口令が敷かれた。
しかし、そんなことは授業には関係無いわけで、俺達は今日も今日とてISの知識を頭に叩き込まれていく。
「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することで操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達───」
うん、ISスーツの果たす機能は知っている。そこら辺は篠ノ之束に教もえこまれたからな。
「───また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の弾丸程度なら完全に受け止められます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」
おや、そんな機能まであるのか。それは篠ノ之束は言ってなかったな。
スラスラと、ISスーツについて語ってくれたのは山田先生。俺達が朝の教室でISスーツの話をしていたらちょうどホームルームの時間が近づいてきたらようで、ひょっこりとやって来たのだ。
「あ、山田先生。ISスーツについて質問があります」
手を挙げて質問すれば山田先生はそれはもう嬉しそうに「何ですか、神代くん、先生何でも答えちゃいます」と満面の笑みを浮かべている。
「一般的な小口径拳銃を受け止められるとの事でしたが、具体的には何口径までですか?小口径と言うのだから.45ACP弾は無理だとは思いますけど、9ミリルガーまでですか?それとも32口径までですか?」
「え、えぇと……」
おや、山田先生の目が泳いでいる。どうにも具体的な口径までは知らないっぽいな。
……うーん、けどここの学校の制服は防弾性じゃないし、ボディアーマーとして着れそうなら念の為着ておきたいんだよな……。何せこのISスーツ、着心地はすこぶる良い。制服の下に着ていても違和感が無いのだ。流石に異世界じゃTNKワイヤーで縫製された布は手に入らない、ISスーツが代わりになるのなら大歓迎なのだ。
「衣類にも当然のように防弾性を求めるのは世界でもお前だけだ。……さて、時間だ。席に着け」
と、今度は織斑先生がやって来た。ということはもう本格的に朝のSHRの時間だ。仕方ない。これはまた今度だな。
「はい」
俺は大人しく返事を返して席に着く。態々出席簿で叩かれる必要もない。
他の奴らも各々席に戻ったところで山田先生が教卓に立つ。そして───
「今日はなんと、転校生を紹介します!それも2人!!」
山田先生のその言葉に教室が色めき立つ。俺としてはこんな変な時期に転校生?と思わないでもなかったが武偵校じゃ時々ある話だ。だが一気に2人か。何か、作為的なものを感じるな。
だがそう思ったのも束の間。俺の予想は確信へと変わる。何せ教室に入ってきた転校生2人、その内の1人はなんと、男だったのだから───
「シャルル・デュノアです。こちらに僕と同じ境遇の方達がいると聞いて本国から来ました。よろしくお願いします」
アルトボイス、とでも言えるのだろうか。高校生の男の声、というより女の声に聞こえるその自己紹介で発せられた名前に俺は少しばかり心当たりがあった。
シャルルは確かフランス語の男性名だったはずだ。そしてデュノア。この苗字はもしかして、フランスのIS企業であるデュノア社か?しかし、男、ねぇ。俺や一夏の時は世界中が大騒ぎだったみたいだが、3人目の男性操縦者が現れたにしては世間の反応は薄かった……というか、そんな話は一切出ていなかったぞ。まぁ当然、隠していたとも考えられるが……。
ちなみにここまでの思考は全て耳を塞ぎながら行っている。何せこのデュノア、濃く綺麗な金髪で、顔は女みたいに綺麗だし線は細いしで纏う雰囲気も紳士のそれ。つまりここの肉食系女子達は大騒ぎなのだ。
そして、この教室のドアをデュノアが潜った瞬間にはそれを予想出来た俺は即座に両耳を塞いだ。
織斑先生の一件で学んだからな。人間は学習する生き物なのだ。
で、そのバカ騒ぎを織斑先生が黙らせてもう1人の自己紹介へ。
「……挨拶しろ、ラウラ」
「はい、教官」
「教官は止めろ。私はもうお前の教官ではなくここの教師だ。織斑先生と呼べ」
「了解しました」
ラウラと呼ばれたその女は踵を揃えて背筋を伸ばし、片手で敬礼。明らかに軍人だ。
ここの制服は改造が自由だからってどう見ても軍服をイメージしたズボンを履いているしな。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
それだけらしい。この銀髪赤目に片目眼帯の背の低い女はまるで氷のようだった。名前だけ告げると即瞑目。お前らとは関わりません、みたいな雰囲気を醸し出している。だが、ふと目を開け目の前の一夏の存在を認めると───
「お前が……」
小さく呟きツカツカと歩み寄ってくる。そして右手を振り上げ───
「───ぐぇっ!?」
一夏の間抜けな声と共に振り抜かれたボーデヴィッヒの平手は宙を叩くだけ。本命の一夏の顔面は赤くはなっているがそれは俺が後ろから襟首掴んで引っ張ってるから。叩かれる予定だった左頬は無事だ。
「……貴様」
空振りを俺の仕業と認めたらしいボーデヴィッヒがその燃えるように赤い瞳で冷たく睨みつける。
けどそういうの睨むのとか、蘭豹の方が怖いんだよね。
『ドイツ軍じゃ、初対面の人間の頬を殴るのが伝統的な挨拶なのか?』
俺は挨拶代わりにとドイツ語で話しかける。コイツの名前的にも、織斑先生を教官とか言ってたところからも、こいつの出身はドイツ軍だろうからな。
織斑先生がドイツ軍にいたというのは篠ノ之束から聞いていた。理由までは適当にはぐらかされたけどな。
『……篠ノ之束の秘蔵っ子か。私の邪魔をするようなら貴様も潰す』
しかし、せっかく母国語で返してやったのにボーデヴィッヒはそんな大層なご挨拶で返して後ろの方に用意された自席へと歩いていった。
───────────────
今日は朝からグラウンドでISの模擬戦なんだとか。なので俺達はシャルルを連れて急いでグラウンドに集まったのだが、シャルルの様子がおかしい。男子はアリーナの更衣室で着替えたのだが、取り敢えず急ぐのでそこまでシャルルの手を引いて走っていたが、手を繋ぐだけで頬を赤らめるわ着替えするだけなのに照れまくるわで、何だか男に全く免疫の無い女子と接している気分だった。というか、この反応には見覚えがあるぞ。ちょうど俺とリサがこっちに来る前に武偵校の俺達のクラスに転入してきたワトソンと同じなのだ。そしてアイツは性別を装った
そしてそんな疑問を胸中に抱えつつグラウンドに集まった俺達。しかし、上から空気を切り裂くような甲高い音が聞こえてきたと思ったら───
「わぁぁぁぁ!!どいてくださぁぁぁぁい!!」
空から女の子が降ってくると思うか?いや、山田先生を女の子扱いは失礼だ。キチンと大人の女性として扱わねば。いやいや、そうではなく今はISを纏って降ってくる山田先生を避けなければ!!
俺は近くにいたリサを抱えながらダイブ。その背後でISが地面に墜落する爆音を聞きながら2人に付いた土埃を払う。
このISスーツ、女物は競泳水着みたいな形状をしているのでいくら俺とリサの関係とは言え多少は気を使う。男物は首から足首まですっぽり覆われているから何でもないんだけどな。
「ありがとうございます。天人様」
「気にすんな」
俺の手を取って握り締めるリサの、その両腕に挟まれた双丘に思わず視線が吸い込まれるがそれをどうにか振り払い。キチンと目を見る。
ISを扱う時はその長い髪を後ろで束ねているリサのあまり見られないポニーテールに付いた埃も払ってやると、どうやら理子的に言えばラッキースケベなイベントに遭遇したらしい一夏がオルコットと凰から攻撃を受けていた。しかしあの2人、まだ一夏はISを展開していないのにISでの攻撃とか、流石に駄目じゃないか?アリアもよくキンジに発砲しているけど、それだってキンジの服装はある程度考えて撃ってるぞ。
しかし、血気盛んなところは織斑先生の授業で発揮したって意味が無い。どちらかと言えば、お仕置きの対象になるだけだ。
模擬戦の組み合わせは結局、山田先生とオルコット・凰ペアの1VS2でやることになった。織斑先生に何を吹き込まれたのやら、渋々といった体だったのが急にやる気を出した2人。しかしその試合は結局山田先生の圧勝に終わった。
「IS学園の教師の実力がこれで分かっただろう。以後、教師には敬意を持って接するように」
それにしても山田先生の戦い方は上手だった。オルコットと凰の連携の不備や武装の特性をしっかりと把握し、派手な兵器こそ積んでいないもののしっかりと奴らの弱点に効果的な攻撃を仕掛けていた。つまり、戦い慣れしているのだ。そりゃああの2人じゃ敵わないわけだな。当然操作技術だって図抜けていたのだし。
「さて、では模擬戦も終わったことだし、今から操縦訓練に入る。専用機持ちは織斑先生、オルコット、ボーデヴィッヒ、デュノア、神代、アヴェ・デュ・アンク、凰だな。では4人グループに別れて実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。では分かれろ」
4人グループだっつってんのに一夏とデュノアの方に女子が殺到。あと何故か俺の方にも割と人間が集まってくる。その様子を見た織斑先生は頭が痛くなったのか指でこめかみを押さえている。
気持ちは分かりますよ……。
「……出席番号順に分かれろ」
その織斑先生の声に女子達は渋々グループに別れ始めた。俺は自分のグループの奴らの顔を確認して訓練機を取りに行く。俺のグループには2組の子が多いみたいだった。
しかしこの訓練機、カートに乗せられてるんだけど重いんだよな。さすがに。
俺がえんやさほいやさと今日の実習用の機体──ラファール──を取って戻ってくると、さっき注意されたばっかりの女子達はまた何かに気を取られているみたいだ。何やらこちらを見てヒソヒソと話している。……何か付いてるのかな。
「……何か付いてる?」
俺がどうしたのか聞けば、グループの女子達は一斉にこちらを向き、右手を差し出して頭を下げる。……何だそれ。
「2番目でも良いのでお願いします!!」
「「「お願いします!!」」」
「……は?」
思わず頬が引き攣る。すると、一夏とデュノアの方でも同じように右手を差し出され頭を下げられていた。第一印象から決めてましただのなんだのと言われながら。……なるほど、そういうことか。別に俺はそういうのを否定する気は無い。俺だってリサのこと大好きだし隠す気も無いからな。けどこういうのはな……。少し、強く言った方が良いかもしれない。
俺が鎧牙の右腕を部分展開しようとした時───
──スパパパパァン!!──
と、織斑先生の出席簿アタックが炸裂した。
デュノアに頭を下げている奴らの後頭部に。
並んでいるからさぞ叩きやすかっただろうな……。
「……ISを担いでグラウンド100週走らされたくなければ真面目にやれ」
「……はい」
その様子を見た一夏と俺のグループの女子もサッと顔を上げて「さぁやるぞ」みたいな空気を出し始めた。……最初からそうしろよ。
───────────────
その日の昼休みは1組と2組の専用機持ちで集まって屋上で食べることになった。もっとも、ボーデヴィッヒには誰も声を掛けていないらしいのだが。
俺はその昼時にもこっそりとデュノアを観察していた。リサにも頼んで女の子側の目線からも見てもらっている。デュノアが転装生だった場合、そこには何かしらの思惑があるわけで。それが俺や、特にリサを害するものだった場合には速やかに排除しなければならないからな。
で、俺は放課後の夕飯前の時間にデュノアを俺の部屋に呼び出してある。デュノアがどっちなのか確かめるために。もっとも、俺とリサの意見はほぼ同じ。少しデュノア社のことも調べたが結局それは俺達の結論を裏付けるものでしかなかった。
コンコン
と、控えめなノックの後にデュノアのアルトボイス、変声期前の男と言うよりはむしろ、変声期後の女のような声が聞こえてきた。
「天人、いる?」
昼くらいから俺、というか皆のことを名前で呼ぶようになったデュノアがドア越しに俺を呼ぶ。
「あぁ、鍵は空いてるから開けていいぞ」
ガチャリとドアを開けて入ってきたデュノアは紺色にオレンジのラインの入ったジャージの上下を着ていて身体のラインが分かりにくい。そもそもISスーツなんていうほぼ水着を着ているに等しい格好ですら女の身体だと分からないようになっていたのだから普通の部屋着であればそりゃあ分からないか。
「悪いな。ちょっと他の奴らには聞かれたくなかったんだ」
ポンポンと、俺の向かいのベッド、要はリサの使っている方のベッドを軽く叩いてそっちに座れと案内する。リサは俺の隣にいて、ニコニコと微笑んでいるだけだ。
「何かな、ISのこと?」
「あぁ、そうなんだよ。
デュノアが座ったことを確認して俺はデュノアのことをそう呼ぶ。すると、デュノアはビクリと肩を震わせてしまった。……マジか。
「な、なんの、こと……?」
「動揺しすぎだよ。……まさか、名前まで当たるとは思わなかったけどな」
シャルルは男性用の名前、そして同じ意味での女性用の名前はシャルロット。正直皮肉のつもりでそう呼んだのだが、まさかそんな安直な名前でここに来ていたとは思わなかったぜ。
「いや、だから───」
「バレないとでも思ったか?お前が
「い、いやいやいや!何を根拠に───」
「根拠、ねぇ……」
「え……キャッ!?」
根拠と言われれば俺はコイツの服を剥くしかない。確信はあったが証拠は無い。これで外れても男同士なら悪い冗談で済ませられる。俺はデュノアを押し倒しながら着ていたジャージのジッパーを下げ、さらにその下に着ていたシャツも捲り上げる。すると露わになったのはデュノアの胸にキツく巻かれていたコルセットのようなものだった。
「……これを剥がされたくなけりゃ正直に話せ」
俺の下に組み伏せられているデュノアはもう既に涙目だ。服を剥かれた恥辱に頬を赤く染め、弱々しく俺を睨むだけ。
「話すから……お願い……見ないで……」
俺も別にこれ以上乱暴にする気は無い。パッと手を離し、捲り上げたシャツも下ろしてやる。
「俺もお前に何か乱暴しようってわけじゃない。……悪かったな、怖かっただろ」
デュノアが何で男の振りをしていたのか何となくの想像は着いていたから俺も素直に頭を下げる。
「……騙していた僕も悪いから」
「……じゃあこれは手打ちってことで。……先に言っておくが、俺はお前が女だってことは他の奴には話す気は無い。これは約束する」
「どうしてそこまで……」
「お前が男装してる理由に察しがついてるからな」
「そっか……何で、分かったの?僕がその……女だってこと」
「お前みたいな奴はこれで2人目だ。IS学園じゃない別の所で、だけどな。だから俺はお前の顔を見た時からずっと疑ってたし観察してた。お前がこの部屋に来る前にデュノア社の業績も調べた。……ま、表に出てる数字だけだけどな」
逆に言えば、それだけで分かるほどにデュノア社は切迫していたのだ。そんな中でいきなり世界3人目の男性操縦者なんてのが現れたらそりゃあ疑う。
「そう、なんだね。……うん。話すよ。全部」
そこからデュノアはポツリポツリと話し始めた。本当の名前はシャルロット・デュノアであること。自分は父親こそデュノア社社長だが正妻の娘ではないこと。本当の母親は既に亡くなっていること。デュノア社が業績不振により危機に陥っていたこと。そしてISに適性のあったデュノアを男と偽ってIS学園に入れ、俺や一夏、他の専用機持ちのデータを盗んでくるように言われたこと。それを命じたのは父親だということ。
「で、お前はこれからどうするんだ?バレましたって言って帰っても、ろくな目に遭わねぇのは分かるだろ?」
このまますごすごと帰ったところで消されるだけだろう。だが俺はコイツらの計画に協力してやる気は更々無い。俺やリサのISのデータくらい、渡してやってそれで全部解決するならそれでもいいが、それをすれば今度は俺達が篠ノ之束に何を言われるか分かったものではない。アイツは俺はともかくリサにはさほど興味が無いからな。俺に対してだって異世界から来て男なのにISを動かせるから実験体としての興味が出ているだけであって、最悪消すことに躊躇いはないだろう。そうなりゃかなり面倒なことになるからな。
「うん……」
「天人様……」
横で、それこそデュノアが剥かれ掛けた時ですら黙っていたリサが口を開く。ただ俺の名前を呼び、そしてジッと俺の目を覗き込んでくる。リサが俺に何て言ってほしいかなんてそれだけで手に取るように分かるよ。
「……このIS学園は周りからの干渉を受けないルールだ。それは企業だって例外じゃないし、例えそれが親だとしても、お前が嫌だと言えば戻る必要は無くなる」
「……天人」
「お前がここでどう生きるかはお前次第だ。今のまま、性別を隠していくのも俺は良いと思う。もちろん、明かしてもな。俺の目の届かない所でなら一夏や他の専用機持ちのISの情報だって持ってけばいいと思うしな」
別に、俺はデュノアがどうなろうが、そしてこれからどうしようかなんてものにはそれほど興味は無い。そこまでコイツと仲良くなったつもりはないし、リサに危害を加えるつもりがないのならそれでいい。だがリサはそうでもないらしい。同じ女同士何か思うところもあるのだろう。もしかしたら、イ・ウーで突撃要因として駆り出されたこともある自分と、親の都合で性別を偽らされてまでここに来させられたデュノアを重ね合わせているのかもしれない。
「……天人は───」
「あん?」
「天人は、怒らないの?僕は皆を騙してたんだよ?」
「言ったろ、理由は察してたって。それにな、武偵なら騙される方が悪い」
「……ブテイ?」
「……いや、それはこっちの話。ともかく、行く場所が無ぇって言うならここに居ろ。俺もリサもお前の味方だし、織斑先生もあれでかなり甘いからな。きっと悪いようにはしねぇよ」
確かに俺はコイツがどうなろうとそれほど興味もない。だけど助けてほしいと言われてすげなく断るほど嫌いでもない。だからま、こうして助け舟くらいは出してやるよ。
な、とリサに振ればリサも勿論ですと強く頷く。それを見たデュノアは目に涙を溜めて……。
「本当にいいの……?僕、ここにいて良いの?」
「あぁ。お前はここに居ていい」
「デュノア……いえ、シャルロット様……」
スッと、リサが両手を広げる。何でも受け止めてくれる慈愛と包容力を持った聖母のような頬笑みを浮かべれば、デュノアはそのままリサに飛び付き、今までの鬱屈を解き放つかのように泣きじゃくった。
さて、女が泣いているところを眺める趣味も無いし、俺はしばらく席を外すか。
───────────────
そういや腹減ったなと思いながらもリサを置いて行く訳にもいかずにフラフラと寮を彷徨っていると、食堂で飯でも食ったのか、向こうからボーデヴィッヒが歩いてきた。その銀髪が廊下のライトの光で輝く。もうちょい手入れすればジャンヌと良い勝負になりそうな髪の毛なんだけどな。まぁ、本人に着飾る気が無いというのなら俺から何かを言う権利も無いけどな。
『よぉボーデヴィッヒ。飯でも食ってきたのか?』
すれ違う時に、制服のズボンに、タンクトップというラフなんだかそうじゃないんだかよく分からん格好をしたボーデヴィッヒにまたドイツ語で声をかける。
「私は日本語も喋れる。馬鹿にしているのか?」
だが返ってきた答えは随分と辛辣だった。
そんなんじゃ友達出来ねぇぞ。俺も人のこと言えたもんじゃないけどさ。
「知ってるよ。単に話のきっかけにしようとしただけだ」
「ふん、貴様と話すことなど……いや、そうだな……1つ聞きたいことがある」
へぇ、俺はてっきり話すことなど何も無い!って言われるかと思ってたよ。ていうか、実際言われかけてるし。
「なんだ?」
だがコイツからこういう普通のコミュニケーションを取ろうという動きはかなり貴重な気がするので俺としては歓迎だけどな。
「お前はISを何だと思っている」
「何って……そうだな。俺はISを兵器だと思ってるよ。拳銃や、ミサイルと同じ。それだけだ」
「……そうか」
と、ボーデヴィッヒはそれだけ返すと踵を返し、スタスタと歩いて行ってしまう。え、本当にそれだけ……?もうちょい何かないの?聞いてきたのお前だろうに……。
「えぇ……」
長い銀髪が歩みに合わせて左右に揺れている。それをただボウっと眺めながら、ホントに1人残された俺の右手は空中を所在なさげに彷徨うのだった。
───────────────
「一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは射撃武器の特性を把握してないからだよ」
シャルル達が転入してきて5日ほど経ったとある土曜日。IS学園の土曜日は午前中に座学、午後はフリーだ。しかし、アリーナが全面開放されるとあって基本的にはISの操縦訓練にはうってつけである。俺もその例に漏れずに一夏やシャルル達とアリーナへ集っていた。もっとも、リサはISと武装の展開を手早く行えるようになった時点であまり来てはいない。本人に戦う気は無いし、俺も戦わせる気は無い。例えISなんてものを与えられてもそれは変わらない。
そんな中で今日は一夏の訓練としてシャルルと模擬戦を行ったのだ。その中で今はシャルルが見つけた一夏の課題をレクチャーしている。結局シャルルはしばらくは男のままで通すことにしたらしい。まだ打ち明ける勇気が出ないんだとか。まぁ焦る必要もないだろうし、変な形でバレなきゃ大丈夫だろう。
「そうなのか?一応は分かってるつもりだったんだが……」
「……1発撃たせた方が早いんじゃねぇか?」
実は俺は一夏の訓練に付き合うのは初めてだったりする。それまでは基本的にはリサと2人だけでずっとやっていたからな。最近はシャルルとはやるようになったけど。
あの無人機襲撃事件の折、オルコットに「リサ以外とコミュニケーション取らねぇじゃんお前」的なことを言われて割と心に大怪我を負った俺はこうして少しずつ交友を広げていく努力をしているのだ。ボーデヴィッヒにちょこちょこ構うのもその一環。この前昼飯に誘ったらすげなく断られたけど。そのうちまたリベンジする予定だ。
「そうだね。多分一夏は知識として知ってるってだけなのかな。さっき僕とやった時もほとんど間合い詰められてなかったし」
「確かに、瞬時加速も完璧に読まれてたな」
「うっ……」
「お前の瞬時加速はただでさえ直線的なんだから、当てるだけなら簡単なんだよ。だからなるべくタイミングとか使い所を考えなきゃいけないんだけど……。それを考えるためにはまず銃火器がどんなもんかを知らねぇと話にならんぞ」
「天人も手厳しいな……」
「あ、でも瞬時加速中は無理に軌道を変えない方が良いよ。空気抵抗とか気圧とか、凄い負荷が掛かるから、最悪骨折したりしちゃうから」
確かに、瞬時加速は身体にも相当な負荷が掛かる駆動だ。だけどそこまでだったとは知らなかった。何せ───
「……俺、瞬時加速だけでアリーナ1周とかやってたんだけど」
「……え?」
「……神代さん、前から思っていましたが貴方、どんな鍛え方をすればそんな丈夫な身体になりますの?」
ちょっと遺伝的な形質のあれそれで超音速駆動には慣れてますの。なんて言えるはずもなく、俺はオルコットの質問には「気合いで」としか答えられなかった。
あはは……と苦笑いをするシャルルはしかし、気を取り直して一夏へのレクチャーに戻る。その際に一夏のIS白式に武装を後から追加するための容量が無いこと。既に唯一単仕様能力が発現している異常性、それも姉の織斑千冬と同じものが発現している不可思議さ等が語られた。そして、取り敢えず射撃武器の練習だけでもしようとシャルルがアサルトライフルの
「火薬銃だから瞬間的には大きな反動がくるけど、そのほとんどはISが自動で相殺してくれるから大丈夫。センサー・リンクは出来てる?」
「……待てシャルル。反動ってISが消してくれるのか?」
俺のISはそんなもの消してくれない。俺がこのISで銃火器を使う時は生身の肉体で人間用の銃火器を扱う時同様に自分の技量で反動を制御していたのだが……。あとセンサー・リンクなんてものも無い。存在は聞いたことがあるが、俺の鎧牙にはそんなものは働いていなかったので篠ノ之束が付けていないのだと思っている。
「え……天人、普通に火薬銃使ってたよね……?」
「うん。よく使うな」
「えと、反動は……?」
「自分で抑えてた」
「ちょっと待ちなさい。あんた、拳銃使いながら近接格闘してなかった?」
アル=カタを使ったのはあの無人機相手の時だから凰も見ていたのだろう。うん、その時も普通に自分で押えてましたよ?だって鎧牙はそんな気の利くことしてくれないし。
「ISのだって普通の拳銃だって反動の抑え方なんて一緒じゃんよ」
「それだと拳銃を撃ち慣れているように聞こえるが……」
「……シャルル、センサー・リンクも見当たらないんだがどれだ?」
これ以上の追求は色々不味いので話題を逸らさせてもらう。本当のことを話しても信じてもらえる気はしないし銀の腕を見せるのもここじゃあ余計な騒ぎになるだけだ。だからって上手い嘘が付けるとも思えないしな。
「え、あぁ……えっと───」
シャルルに教わりつつどうにかセンサー・リンクの導入には成功した。反動の自動制御の設定もあったにはあったので試しに入れてみたが、どうにもその感覚に慣れなくて結局手動で制御することにした。ま、こっちの方が慣れてるしやり易いからな。
そして、シャルルから借りたアサルトライフルの弾丸をワンマガジン分丸ごと一夏が撃ち尽くしたところてまアリーナがにわかに騒めき立つ。
「うそ、あれってドイツの第三世代型の……」
「まだロールアウト前って聞いてたけど……」
アリーナの逆側から現れたのは黒を基調に赤いラインの入ったISを纏ったボーデヴィッヒだった。長い銀髪と赤い瞳に整った顔立ちが醸し出す超然とした雰囲気は神秘的と言っても過言ではなく、何処か近寄り難い印象を俺に与える。
「織斑一夏だな」
「……なんだよ」
ボーデヴィッヒは真っ直ぐに一夏を見据えるが、初対面でいきなりぶん殴られそうになったからか、一夏の方は珍しく歯切れが悪い。
「私と戦え」
「嫌だ。理由が無ぇよ」
「お前に無くとも私にはある。……そうだな、戦わざるを得なくしてやろう」
その言葉を発した瞬間にはボーデヴィッヒのISの右肩に装備された大型のレールカノンが一夏に照準を合わせる。そしてそこから即座に放たれたのは殺意の込められた弾丸で───
──ッドォォォン!!──
だがその殺意は一夏に届くことはなかった。発射される寸前に俺はアサルトライフルを呼び出し、レールカノンが放たれた瞬間には既にこちらも弾丸を吐き出してボーデヴィッヒの眼前でその砲弾を炸裂させたのだ。
「貴様……」
煙が晴れ、その中から現れたボーデヴィッヒとIS──シュヴァルツェア・レーゲン──にはそれほどダメージは入っていないようだった。あの距離での爆発だったのに中々やるなぁ……。
「仲良くしろ、とは言わねぇし、ただの喧嘩なんて止める気も無ぇけどさ、ここでやることでもねぇだろ」
土曜日のアリーナは人が多い。それに加え、世にも珍しい男性IS操縦者が3人も集まっているからか、俺達のいるアリーナには人間が殺到しているのだ。いくら皆ISを纏っているとは言え、専用機持ちがISを使って喧嘩するにはここは少しばかり狭過ぎる。
「それはともかくさ、今日夕飯一緒に食わねぇか?もちろんリサもいるから2人じゃないぞ」
「断る」
「こらぁ!そこの生徒!!何をやっている!?学年とクラス、出席番号を言いなさい!!」
あえなく断られた瞬間、どうやら今日のここの担当の先生らしい人から通信で怒号が飛んでくる。それを聞いたボーデヴィッヒもやる気が削がれたのか無言のままこちらに背を向け、ピットへと帰っていった。多分向こうじゃ先生が鬼の形相で待っているんだろうが、あの性格じゃ丸っと無視してしまうんだろうな。
「4時……アリーナの閉館時間だな。俺達も帰ろうぜ」
とは言えもうすぐアリーナも閉まる時間だ。俺も、一夏達を促してピットへと帰ろうと提案する。
「……あぁ、シャルル。ちょっと武器のことで相談があるんだ。……一夏達は先に着替えて帰っててくれ」
「あぁ、分かった。お疲れ様」
「そうだな。私達も帰ろう。お疲れ様」
「そうね、お疲れ様」
「お疲れ様ですわ」
「うん分かった。お疲れ様」
そして俺達(表向き)男子チームとオルコット達女子チームでそれぞれ別方向のピットへと向かう。
「……相談って?」
そしてピットから更衣室へ戻ったところで少し席を外して俺達はやたら大きいロッカーの影に入る。
「別に、一夏と一緒じゃお前着替え辛いだろ。俺もあっち行ってるからお前ここで着替えてろ」
「え、あ、ありがと……」
すると、気遣われたことが嬉しかったのかシャルルは少し頬を染めて縮こまる。……こうして見ると小動物みたいだなコイツ。
「気にすんな。じゃあ先行ってる」
「うん、ありがとね」
2度目の礼には手を挙げるだけで終わらせる。まぁ俺は基本的に汗拭いて制服着ちゃえば着替え終わりなんだけどな。