セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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同志になろう

 

 

考え事をしていたらいつの間にやらルシフェリアが広間からいなくなっていた。いやまぁ気配感知と氷焔之皇の封印でこの部屋から離れたのは分かっていた。そして、消えたのはルシフェリアだけじゃあない。ヒノトと、後何人かのレクテイア人もこの部屋から出ていったな。

 

「先程ヒノトさんはルシフェリア様に少し休憩していただくと仰っていましたよ」

 

「ここでは他のレクテイア人にルシフェリアを取られてしまっていたしな。積もる話もあるのではないか?」

 

と、リサとネモはやや楽観的。だがキンジは俺に対して"警戒しろ"と合図を送ってきている。それには俺も同意だ。態々ヒノトが"気にするな"というような合図を出したんだ。むしろ気にした方がいい。探偵科の自由履修の際に高天原先生から教わったことだが、こういう場合は"じゃあ気にしよう"とした方が良いのだとか。

 

だが、これも高天原先生から教えてもらったが、()に関することは()を付けた方が良くて、気付いたことに気付かれると気になる行動を止められてしまう。

 

だからここは慎重に行くべきだ。……と言っても、俺には気配遮断のアーティファクトがある以上はそれほど気にする必要は無い。さて……そうしたら

 

「ネモ、ちょっと着いてきてくれ」

 

「ん?分かった」

 

俺はネモを選ぶ。別にキンジやアリアとでも良いんだけどコイツらにはまだこっちの集まりを見ていてもらおう。そんなことはしないとは思いたいが、場合によってはこの2人にはリサを逃がしてもらう必要も出てくるかもしれない。

 

それと、ルシフェリアとヒノトが何を話すのか、何をしているのかにも依るけれど、彼女達の会話は俺達の今後の方針を決める大事なものになるかもしれないからな。一緒に行くならネモが1番良いだろう。

 

「リサにもこれ渡しとく。もし何かあったらこれを首に掛けて……ここを入れればアーティファクトが発動する。効果はキンジ達に渡してるのと同じものだから、多分逃げられる」

 

「承知致しました。ありがとうございます、ご主人様」

 

俺は一応リサにも気配遮断のアーティファクトを渡しておく。キンジとアリアに渡してあるやつもそうだが、このアーティファクトはハウリアに渡す前提だから、魔力を持っていなくても扱えるようにスイッチ式になっているのだ。

 

「ネモも、これがあれば素人でも軍隊の基地に潜入出来るぜ」

 

と、ネモにも同じアーティファクトを渡す。そして俺も宝物庫からもう1つ取り出して首に掛けた。ネモがスイッチを入れたのを確認し、俺も自分の首に掛けたそれに魔力を通せばアーティファクトの効果が発動する。それを示すように、直ぐにリサがキョロキョロし始めた。きっと俺達の気配を見失ったのだろう。

 

「行こうか」

 

「あぁ」

 

そしてアーティファクトによって存在の解像度を極限まで下げた俺達は堂々とレクテイア人の寄り合いが開催されている洋間から出ていくのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

寺の玄関口の下駄箱にはルシフェリアの履いていたハイヒールが無かった。取り敢えずルシフェリアの大体の位置は氷焔之皇で分かる。意識を失ってもいないな。力ずくで拉致されたわけではないみたいだ。ヒノトの下駄も無いし、この2人は一緒にいるのだろう。

 

ふむ……本堂から少し離れた位置に建っている別館の方だな。

 

俺の氷焔之皇による察知能力はそれほど高くない。そもそもそれ自体はスキルの権能の本質ではないからな。この距離でさえ大体の方角と大雑把な距離しか分からん。しかも意識の有る無し程度は分かるが、負傷しているとか緊張しているとかそういうのは全く分からない。それも、この敷地内にいるからこそ意識の有無が分かるのであって、多分もっと離れたらそれすら分からなくなるだろうな。

 

氷焔之皇による加護を与えればもう少しマシになるのだが、俺は今のところルシフェリアには氷焔之皇による魔の封印しか施していない。保護対象と考えれば発動しなくもないのだろうけど、あの時はそこまでする気にもなれなかったからな。

 

「あっちだな」

 

「あぁ」

 

と、俺は別館の方へ歩き出す。後ろからネモが着いてきて、俺の横に並んだ。

 

「ま、喧騒から離れて静かにデートするんならおあつらえ向きかもな」

 

静かな……ただし静謐とはまた違う、人を追い出そうとするかのような静寂に俺は思わずそう零した。ここはきっと、誰かの目から逃れたい時には最適なんだろう。

 

「それにしても静か過ぎないか?」

 

「まぁな。でも俺ぁ静かな方が好きだぜ?何となく、世界に2人っきりって感じがするからな」

 

街中でのデートも悪くはないけれど、個人的には静かな方が好みだった。まぁ、この場ではだからどうということもないのだけれど、本堂から離れ、更に奥へ建てられた別館へ向かうこの道の静けさが俺にそんなくだらないことを思い起こさせたのだ。

 

しかしネモはそれっきり押し黙ってしまう。ふと見れば少しだけ頬を赤く染めているのが見える。ネモはその頬の赤みを俺には見えていないと思っているのかもしれないし、実際東京の夜の空の下では常人ではその赤みを見ることは出来ないだろう。けれど俺の身体はもう人のそれではないのだ。夜目だってそれの固有魔法に頼らなくても多少は利く。隣にいる女の子の頬の色くらい見て分かるさ。

 

そして、俺達は無言のまま『織鶴院』という別館の縁側まで来た。さっきの本堂と比べると遥かに小さくて、挙句に周りにも雑草が好きなだけ生えているものだから近くに寄らなければそもそもそこにこれが在ることさえ気付かれないだろう。

 

これも、多分作為的だ。この寺の荒れ果てた外観と敷地内の雰囲気、そして奥に入ろうとも聞こえてくる野太い声のお経。きっと全てが人を寄せつけないためだ。だからきっと、この奥には何かがある。

 

「……念の為に、ね」

 

と、俺はネモの手を取り重力操作のスキルを発動。そのままネモごと地面から数ミリだけ浮いた。

 

「こ、これは必要なのか……?」

 

「んー?俺ぁユエみたいに器用じゃないからなぁ。浮かせられるのは自分と、せいぜい触れてる範囲だけなんだよ」

 

俺の言葉にネモは「そうなのか」とだけ返した。手を握られているのが恥ずかしいのか頬を赤く染めながらのネモと一緒にふわふわと音もなく別館の目の前に辿り着いた。入口は閉まっていたが、気配感知ではこの近くに誰かの気配は無い。念の為に羅針盤でも探したが、どうやらこの玄関を視界に入れられる範囲に見張りはいない。俺は宝物庫から空間魔法を付与してある円月輪を、玄関の向こう側に召喚。片割れも手元に召喚してそれぞれを広げる。

 

繋がった空間をこれまた無音で渡ると、俺は円月輪を手元に浮かせたままゆらりと漂うように先へ進む。

 

「……俺達の方が幽霊みたいだな」

 

ふと俺がそう呟くとネモも

 

「あぁ、ホントにな」

 

と、クスりと笑いながら俺を見上げてきた。夜の闇の中でも輝くようなその笑顔はやはり可愛らしくてそれが思わず俺の胸の内をくすぐるようだった。そして、不用心なのか何らかの自信があるのか、結局見張りを見かけることもなく俺達はルシフェリアとヒノトのいる部屋の前へと辿り着くのであった。

 

「ここか……」

 

「あぁ」

 

中から話し声が聞こえる。気配感知でもルシフェリアとヒノト以外にも何人かのレクテイア人の気配があった。どうにもご休憩という雰囲気ではなく、明らかに秘密の会談ってやつだろう。さてさて、それではご内密なお話を失礼ながらこっそりと聞かせてもらおうかね。

 

さて、と俺達が聞き耳を立てるとどうやら丁度良いタイミングだったらしく

 

「我がNの者だと誰に聞いたのじゃ?話さんようにしていたのじゃがのう」

 

というルシフェリアの声が聞こえてきた。ふむ、ヒノトはルシフェリアがNにいることを知っているのか。そして、その理由も直ぐに本人の口から聞けた。どうやらヒノトは乙葉──乙葉まりあはNの翼賛者で政界にもコネがあるとキンジから聞いた──にもツテがあって、そこから情報を手に入れたらしい。と言うことはネモのことも下手したらバレているかもな。場合によっては、俺の力の一端も多少は漏れているかもしれない。

 

そして、ヒノトは話題を変えた。それは、この世界に産まれたレクテイアの子孫達に対する不満。レクテイア人の言葉と歴史を忘れ、ヒトとして生きていく者達への嘆きと、レクテイア人として生きることを許さないこの世界への反抗心。

 

さらにヒノトの言葉に重ねるように他の奴らも自分達が見聞きしてきたこの世界から受けた迫害の歴史を語る。魔女として殺されただの獣のように売り買いされただの……ショッキングな出来事に思えるがきっと事実だ。そして、彼女達が語ったその人の牙は……ユエ達に向けられる可能性だってあるのだ。

 

「天人……」

 

俺が何を考えているのかなんてネモにはお見通しなのだろう。ネモは俺の名前を呟き、そしてその小さな両手で俺の左手を包んでくれる。彼女達の味方はここにもいるのだと言うように、その両手の温かさは、熱変動無効のスキルを抜けるようにして俺の心に入ってきた気がした。

 

「───レクテイア共和国に」

 

ヒノトの言葉は続いている。ヒノトはどうやらモリアーティや俺達とは違った形でのサード・エンゲージを起こそうとしているらしい。このレクテイア組合を中心として、世界中に散らばるレクテイアの血筋を集め、そして1つの国としてこの世界に反旗を翻すつもりのようだ。

 

そして、ヒノトはルシフェリアの力を使って人類に蜂起するつもりらしい。ルシフェリアに……人類を殺戮させるつもりか……。

 

「我にヒトを襲えと申すのか」

 

「ヒトは数が多いですから、我々が千や2千の屍を積み上げたところで言うことは聞きませぬ。むしろそれを口実に交渉なく戦いになり、我々の方が皆殺しにされましょう」

 

ですが、とヒノトは言葉を続けた。

 

「ルシフェリア様の御力で1万、2万と屍を積み上げれば奴らも怖気付くはずです」

 

そして、ヒノトはルシフェリアの力を見せつけて、新たなレクテイア共和国───ニューレクテイア共和国を建国するのだとか。その国は男を排斥した女だけの国、そこの女王にルシフェリアを戴きヒノトが執政を支える国。

 

だが今のこの世界で新たな国を作るなんてあまりに現実味が無い。確かに、新しい独立国が出来た事例も無くはない。だがそれは元々統合されていた国が再び国境を復活させるとか、そういう次元だ。ヒノトの言うような、特定の民族がどこかの土地を占拠して国として独立したなんてことは聞いたことがない。

 

だが、ヒノトはつらつらと計画を述べていく。まずは東シナ海と南シナ海に隣接する国々でルシフェリアが台風や津波等の天災を起こす。正確にはそこら辺の国々が領土の主権を主張しあっている土地に対して、だ。どこの誰のものか曖昧であるからこそ、そいつらからすれば手放すことの抵抗は少ないだろうという予測。そしてそこを足がかりに周りの諸島や、最後には大陸までニューレクテイア共和国を広げていこうと言うのだ。

 

そして、そこで受け入れる奴らにはNが囲っているレクテイア人や超能力者、魔女も含まれるとか。

 

「天人……」

 

だがネモは俺を見上げ、手を握り、首を横に振る。ネモは、ヒノトには迎合するつもりはなく、別の道を行くという意志を俺に伝えてくれた。

 

それは、アーティファクトの隠形に身を任せてこっそりここへ辿り着いていたアリア達も見ていた。コイツらにはメールでここの場所を伝えておいたのだ。

 

「ふむ……じゃが前提条件として、我に施された封印は主様にしか外せないものじゃ。この封印は相当に強力だろうから、それこそレクテイアで上位の神であっても外せんよ」

 

とは言え、これもルシフェリアの言う通り。俺がルシフェリアに掛けた氷焔之皇による魔の封印がある以上は、ヒノトの侵掠計画の要であるルシフェリアの神の御力は発揮されないのだ。

 

「それは存じております。神代天人様がルシフェリア様に施した封印はこの世界のものでもレクテイアのものでも無い様子。とは言えあの方は女には非常に甘いようですから、やりようによってはご本人の意思で封印を解かせることも可能でしょう」

 

いやまぁこれ聞いたらそう簡単には外さないけどさ。だからネモもアリアもそんなに冷たい目で俺を見ないでほしいんですよ。ねぇキンジ……も駄目だ。アイツもジト目で俺を睨んでいやがる。なんで俺はいつもこうやって四面楚歌になりがちなんだろうか。

 

「ふむ……」

 

おっと、まだルシフェリアとヒノトの会話は続いているんだった。ほらほら皆さん、俺のことを睨んでないでちゃんと話を聞きなさいよ。

 

という俺のお気持ちが伝わったわけではないだろうけど、取り敢えず本来の目的を思い出したアリア達もまた聞き耳を立てる体勢に戻った。

 

「侵掠大いに結構。そうしたい気持ちも、そち達がそのように計画を進めていることも分かった。手法も……天災の種類さえ選べば昔ルシフェリアとヒトが結んだ協定の中でもやれるじゃろう。それに実際、主様の封印も解いてもらいたいという気持ちもあるしの」

 

ルシフェリアはそう答える。そして、アリアがホルスターに収められた拳銃に手を掛ける気配がした。けれども俺はそれを目線で制する。まだだ、まだルシフェリアは決断を口にしていない。

 

「少し前の我ならそち達の力になっていたじゃろうな。しかし今は───受けられぬ」

 

そう、ルシフェリアは口にした。彼女の決断を───そして、ルシフェリアは言葉を続ける。レクテイア人による侵掠は、国なんて作らなくても進んでいるということ、それはこの世界の人間と結ばれて子孫を残していくという方法であること。

 

そして、愛おしき子供……子孫のためを思えば、子供が泣くような天災による支配領域の拡大と侵掠なんてするものではないと、ヒノトに言って聞かせている。けれど、それを聞いたヒノトは───

 

「ルシフェリア様がお考えになられている侵掠は既に答えが出ているものなのです───」

 

そう、ヒノトからすれば、そうやってレクテイア人と地球のヒトとが交わってしまったからこそ今の世界があるのだ。だからこそヒノトはヒトを……男を嫌悪する。レクテイア人こそが最も誇り高く強き生き物なのだと。

 

「確かに、女と男は違う。だからと言って違うもの同士がお互いに国境線を引いていては永遠に睨み合ったまま……分かり合うことはないじゃろう。だがむしろ違うもの同士が渾然一体となり新たな命を生み出す。それこそが生きとし生けるものの使命だと我は気付いたのじゃ。それには愛も勇気も必要と思うよ。けれど、我はそれを主様や……あの家族達から教わったのじゃ」

 

そんなルシフェリアの言葉にヒノトは───

 

「このルシフェリア様は、私めの知っているルシフェリア様ではありませぬ」

 

「じゃろうな。レクテイアのルシフェリアは誰も男と(まみ)えたことはないし」

 

「変わってしまったのですね。変えられてしまったのですね、あの男───神代天人に」

 

ヒノトの言葉には憤怒の色が見える。しかもそれは、ルシフェリアにだけ向けられたものではない。ルシフェリアを変えた男───俺にも向けられている。そして、ヒノトが構える気配を見せた。だがまだ殺気は感じない。そして、ルシフェリアとヒノトの言葉の投げ合いは続く。

 

男になんて殉じるべきではないとするヒノトと、それで良いとするルシフェリア。2人の意見はそれでも完全に平行線だった。

 

今ここでルシフェリアがヒノトに協力して俺の施した封印を解き、そしてニューレクテイア共和国の建国に協力すれば恥も全て消せるというヒノト。確かに正論だ。ここでヒノトとルシフェリアが戦って、ルシフェリアが勝ったとしてもレクテイア共和国の灯火は消えない。所詮ヒノトも組織の一部なのだ。組織の強みは1人が消えてそれで全てが終わるわけではないということ。だからここでルシフェリアが戦うことにそれほど意味は無い。

 

なのに、けれどもルシフェリアはそんな損得勘定なんてかなぐり捨てているかのようで───

 

「覚悟はできているよ。我は全てを捨てて、そして全てを受け入れよう。主様への愛のためにな」

 

戦うつもりだ。ヒノトのテロリズムに対して、1人で……今のルシフェリアは一切の超常の力が使えない。その上今ここに俺達が来ていることも知らないだろう。だからルシフェリアには勝算なんて無いはずだ。あるのはただ、俺への愛と、これまで見てきた子供達の笑顔のため……。そんな覚悟を持った奴に対して、俺のできることなんて───

 

「愛なんてただの感情です。感情など、風向き1つで変わるもの。そんなものを信じるのですかっ!?」

 

「愛とは───信じることじゃ」

 

───これくらいだよな

 

 

──バンッ!!──

 

 

と、俺は気配遮断のアーティファクトを宝物庫に仕舞いながらわざと大きな音を立てて襖を横に開いた。

 

「主様っ!?何故ここが分かったのじゃ?」

 

「んー?……俺がルシフェリアを見失うかよ。それより、愛は信じること、か。良いね、女にそんなに言われたんじゃあ俺も1つ応えてやる。……1つ、ルシフェリアを信じるよ」

 

俺は敢えてそんな甘ったるい言葉を吐きながら、ヒノトの横を素通りしてルシフェリアへと近付いていく。

 

「これは……」

 

そして俺はルシフェリアに掛けていた氷焔之皇の封印を解く。前にやったユエとの決闘の際にも感じたであろう自分の中の魔が漲る感覚。それでルシフェリアは俺が氷焔之皇の封印を解いたのだと分かったようだ。

 

「んんっ!主様〜」

 

語尾にハートマークでも浮かんでるじゃないかってくらいに甘ったるい声を出しながらルシフェリアもトコトコと俺へ駆け寄ってきた。そして抱きつこうって感じで俺に飛び込んできたルシフェリアに対して、そこまでは許していないので俺はルシフェリアの角の間から頭を掴んで止めようとしたその時───

 

───バキィンッ!!

 

「っ!?」

 

「きゃん!」

 

急に俺とルシフェリアの間で何かが砕け散り、その音に驚いたかルシフェリアは尻もちをつく。いや、俺の中に何やら力の流入があった。今、俺とルシフェリアの間には何か力が発動していて、それが俺の氷焔之皇に触れた瞬間に砕けたのだ。

 

「そんなっ!?七つ折の凶星が!」

 

と、今度はそれを見てヒノトが驚いている。どうやらヒノトはこっそりとルシフェリアに術を仕掛けていて、それが今俺の氷焔之皇に触れたことで強制的に消滅したのだろう。

 

「あぁ……」

 

なんかこう、居た堪れない空気がこの場を支配している気がする。何せ分かっていて術を打ち破ったのならともかく、完全に自動防御機能が勝手に作用しての術の消滅だからな。

 

「ヒノト、お前がどんな術をルシフェリアに仕掛けたのかは知らない。けど、もう止めようぜ。ここで聞いたことは誰にも言わないでおくよ。だからさ、テロで支配する世界じゃあない、霊長の人類もレクテイア人も、皆が幸せになれる社会を目指そうぜ」

 

とは言えそれを表に出すわけにもいかず、俺は振り返りつつ何事も無かったかのように言葉を放つ。襖の向こうではネモが大きな溜め息をついていたけどそれは見えない振り。

 

「何を馬鹿な……」

 

「馬鹿で結構。けどな、俺ぁ目指すぜ。少なくとも、こことレクテイアを繋げる鍵はもう持ってんだ」

 

空と竜の世界で手に入れた幾つかの珠は俺に無限の魔力を与えてくれた。それらは俺とユエが作った鍵のアーティファクトに錬成で埋め込まれ、世界を繋ぐために必要な莫大なエネルギー源となっている。あとはこの世界がレクテイアを受け入れられればもう、2つの世界の境目は限りなく薄くなって繋がるのだ。

 

「それで、サード・エンゲージでも起こすつもりですか?」

 

「必要ならな。けど、今すぐにそんなことしても意味無いってことくらいは俺だって分かるよ。確かにまだこの世界にゃレクテイア人を受け入れてやる度量は無い」

 

「皆が主様みたいに優しくなれれば良いのじゃがな」

 

フワリと、ルシフェリアが俺の背中に乗っかってきた。おかげで背中からとてもとても幸せな感触が伝わってくる。今は真面目な話をしているのだからそういう方向のやつは控えてほしいのだけれど、このタイミングでそれを指摘することもまた話の腰を折ることになるから中々言い出しづらい。そして多分、ルシフェリアは俺がそう思うことを分かっていて乗っかっているんだろうなぁ。

 

「優しい……?神代天人が……男が、ですか?」

 

と、ヒノトはヒノトで俺───男が優しいとか信じられないっ!て顔をしている。

 

「俺が優しいかはともかく……ヒノト、俺ぁお前に1つ約束するよ。サード・エンゲージが起きようと起きまいと、俺ぁヒノト達の……レクテイア人の味方をするよ」

 

俺はヒノトの前で腰を下ろし、目線を合わせながらそう言う。すると、ヒノトは頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。

 

「味方……?」

 

「あぁ。急に仲良くやろぜ、なんて言っても無理なのは分かってる。男と女、地球人類とレクテイア人、俺達は何もかもが違いすぎてる。だからいきなり誰も彼も分かり合えるなんて思っちゃいないさ」

 

だけど、と俺は言葉を続ける。

 

「そりゃあ人間同士でも同じだよ。人種、宗教、生き方考え方……皆、どいつもこいつも何もかもが違う。だけど人は……それでもその差を少しづつ乗り越えてきた。今だってその最中さ。だからさ───」

 

俺はそこで一呼吸置く。これはヒノトにだけ聞かせているのではない。ここにいるもう1人にも、聞いてほしいんだ。

 

「俺達だって……地球人類とレクテイア人だっていつか分かり合える未来が来ると思うんだよ。俺ぁそれを信じたい。そして、俺達とヒノト達で、そんな未来を作りたいんだ」

 

その未来では、ヒノト達だけじゃない。リサやユエ達も自分のありのままの姿で生きていける世界がある筈だ。俺は、そんな未来を……世界を作りたい。この世界の未来に、その選択肢が残されているのなら、俺はそれを掴み取りたい……いや、掴み取ってみせるさ。

 

「未来を……作る……」

 

ヒノトが小さく呟く。

 

「神代様、貴方がそれを信じられる理由は何なのですか?───今日の組合を見れば分かるでしょう?私達は、差別され続けてきたのです!人は、自分達と違う者を簡単に除け者にして差別し、排斥する、それを知らない貴方ではないでしょう!」

 

ヒノトが、心のままに叫ぶ。その痛みは俺にも分かる。俺も、持っているからこそ周りから避けられ除け者にされてきたからな。

 

「……どうせ知ってると思うけど、この世界とレクテイア以外にも、世界ってのは沢山あって、俺ぁその中のいくつかを旅してきたんだ」

 

だけど、俺にだって根拠はある。

 

「その中の1つの世界じゃ、レクテイア人と似た奴らがいたんだよ。人とその他の動物の特徴……耳とか尻尾とか……そういうのがある奴らだ。そしてそいつらは人間から差別されてきた。長い……長い間な。けど今は違う。アイツらはもう誰からも差別されない。そんな世界ができたんだ」

 

亜人族はあの戦いの後、人から差別されることはなくなり、獣人族と呼称を変えた。もちろん差別もエヒトの仕組んだことだったとは言え、それでもその呪いから人は脱却できた。あっちの世界の人間はこっちと比べてどことなく根明ってはあるだろうけど、それでも人と亜人族──獣人族──は過去の歴史を乗り越えられたのだ。

 

「それが……信じる理由ですか?」

 

だがヒノトはまだ納得していないらしい。まぁ、それはそうだよな。コイツらはトータスを見てきたわけじゃあない。表向きそういうことが無くなったとしても、裏ではどうなっているのか分からないって考えてたっておかしくない。

 

「ヒノトが男を……人間を信じられないのも分かるよ。さっきのルシフェリアとの話だって聞いてた。だから人類を信じるのはもっと後でもいい。だけどまずは……俺を信じてくれないか?」

 

「あなたを……?」

 

ヒノトが俺に向ける胡乱気な瞳を、それでも俺は真っ直ぐに見つめ返した。

 

「あぁ。俺ぁ何があってもヒノト達の味方でいるよ。今のこの世界は"砦"と"扉"ってのに派閥が分かれてる。簡単に言やぁレクテイア人と仲良くしようって奴らと排斥しよって奴らだ。俺ぁその扉側に立って、お前らを守るよ。だからヒノトも俺を信じてほしい」

 

「信じて……私めに何をしろと?」

 

「……このレクテイア組合の皆を守りつつ、融和に導いてほしい。不満分子もいるだろうし、難しいとは思うけど、それでもこれはヒノトにしかできないことだと思う」

 

俺にはレクテイア組合の奴らの不満を汲み取ってやりつつそれを抑え、融和に向かわせるなんて器用な真似はできない。俺にできるのは、せめて彼女達を理解しようと努力すること、そしてきっと彼女達を襲うであろう理不尽な牙から守ってやることだけだ。そのための武器には物理的な力も……多分に含まれると思っている。

 

「神代様……。先程守ると仰いましたが、本当に貴方に守れますか?」

 

ヒノトは1歩、2歩と後ろに下がりながらそう問うてきた。不思議なことに、ヒノトの来ていた白い和装がザワりと脈打ち、まるで鶴がその翼を広げるかのように表面積を大きくしていく……いや、袖の下の布ご羽に変わり、大きな翼へと変わっていった。

 

それだけではない。和服の背中側からはわさわさと鳥の尾羽が出てきたし、両側頭部の翼も広がってきた。

 

なるほど、ヒノトは本当に鳥と人の特徴を持ったレクテイア人なんだな。

 

「もし守れるというのなら……私めの()()を受け止めてください」

 

サッとヒノトが取り出したのは赤い羽根。1本だけ垂れ下ろしていたそれをヒノトは自ら抜いたのだ。そして───

 

「紅い羽根は血の同じ色。血濡れたこれを貴方の家族が見ても悲しまずに済む……慈悲の羽です」

 

その紅の美しい1本の羽を手に持ち振りかぶった。まるで槍投げのように構えたそれはきっとそのように使うのだろう。

 

「───ま、待てっ!!」

 

俺がそれを受け止めようとルシフェリアを背中から降ろそうとしたその時、ネモがアーティファクトを外して声を上げた。

 

「エンディミラに聞いたことがある。シエラノシア族の後頭部に1本だけ垂れている大きな羽根に気を付けろ、それは狙ったものの心臓を必ず貫くとな。天人……ヒノトは貴様を殺す気だぞ!」

 

狙ったものの心臓を必ず貫く……か。それはきっとただ単に威力が高いとかそういう話ではないのだろう。それこそどこまでも追いかけてきてそいつの心臓を貫くまで止まらない、そんな概念のような効果を持っているのだろう。

 

「ヒノトよ、主様のことを殺すと言うのなら……」

 

と、ネモはヒノトの殺意を俺に忠告し、ルシフェリアは俺を殺そうとするヒノトに対して逆に殺意をぶつけようとしている。けれど───

 

「いいよ、2人共。ネモ、ありがとな、教えてくれて。ルシフェリアも、怒ってくれるのは嬉しい。けど大丈夫だよ。俺ぁ全部受け止めるからさ」

 

「ルシフェリア様、どうかお許しください。神代様が強いことは聞き及んでおります。1人でNの戦闘員を相手にしても簡単に蹴散らせるのでしょう?ですが、それらはあくまで伝聞。本当のところは……自分の目で確かめなければなりません」

 

「そうだぜ、ネモ、ルシフェリア。これは俺がヒノトの信頼を得られるかどうかって話だ」

 

だから俺はネモ達を制しようとする。

 

「だが、幾ら天人でも心臓を射貫かれたら……」

 

「それにヒノトよ、主様は相手の魔を自由に封印できるのじゃぞ。さすればそれはただの羽根。試さずとも結果は見えているよ」

 

それでもまだ2人は言い募る。だけど俺はもう決めたんだ。ヒノトのあの一撃を絶対に受け止めるってな。

 

「いいや、誓うよ。俺ぁ俺ん誇りに懸けて誓う。今ここで氷焔之皇は使わない。俺ぁヒノトの力を封印して逃げたりはしねぇ」

 

そんなことをしてもヒノトの信頼は得られない。俺は、俺の全てでヒノトの紅の槍を受け止めなければならないのだ。それで初めて俺はヒノトや、今もずっと黙って俺たちを囲みながら固唾を飲んでいるレクテイア人からの信頼を得られる。

 

「大丈夫だよネモ、ルシフェリア。俺を信じろ。俺ぁ死なねぇ。絶対に受け止めてやるからさ」

 

と、2人を安心させてやるように微笑んでやったのだが、何故か2人共頬を赤らめて「うっ」と視線を逸らしてしまう。あれ……これ間違えたやつかな……?

 

「……お覚悟はよろしいでしょうか?」

 

そんな茶番はもう見飽きたのかヒノトは更に数歩後ろに下がって上半身をさらに引き絞る。

 

「あぁ、待たせたな」

 

引き絞られる殺気に合わせて俺は上半身の衣類を全て宝物庫に投げ込む。これで、俺の肉体を守る外的要因は無くなった。そして、敵の攻撃を逸らして俺の身体を守る多重結界すらも解除し、両脚を前後に開いて少しだけ腰を落とした。

 

「来い」

 

「……男は───死ねっ!」

 

そして極限まで膨らんだ殺気に弾かれるようにヒノトは羽根を俺の心臓目掛けて投げ放つ。

 

───バシュウゥゥゥゥッッ!!

 

と、亜音速で俺を殺そうとするそれはまさしく投げ槍(ジャベリン)。ヒノトの手元から放たれた紅の閃光は過たず俺の心臓を確かに貫いた。

 

「な───ッ!?」

 

だが驚きの声を上げたのはヒノトだ。何故ならそう───

 

「グッ……受け止、めたぜ……ヒノト……お前の……羽根を……」

 

俺は……倒れない。俺の心臓を貫いたヒノトの羽根は俺の背中を貫くことなく俺の体内でその撃力を完全に受け止められていたのだ。

 

別に大したカラクリなんてない。ただ俺は自分の背中に全力で金剛の固有魔法を張って貫通を防いだだけ。その上で血液を身体中に送るポンプの役目を担っていた心臓が破壊されても血液の循環が止まらないように魔力操作で無理矢理に押し回しているのだ。だがそれも当然そう長くは保てない。そもそもが無理のある動かし方だし、あの羽根の撃力による破壊は甚大で、左の肺も破裂しているからな。放っておけば数分ともたずに俺は死ぬだろう。

 

だからそうなる前に俺は自分の胸に空いた風穴に指を突っ込んだ。自分の指が痛覚神経を逆撫でして激痛が走るがそんなものはおくびにも出さずにヒノトの羽根を指先で挟んで身体から引っ張り出す。それと同時に、蓋の外れた穴から鮮血が噴き出す。

 

大量の出血で意識がブラックアウトしそうになるがそれを気合で押し込んで俺は氷の元素魔法で傷口を塞ぐ。

 

「ゴフッ……ハッ……ハァッ……!」

 

俺の体内で星が回る。体内で生み出される無限の魔力が俺の固有魔法である治癒力変換の働きを無限大に拡大させていく。更に俺は昇華魔法も使って失った内蔵すらも取り戻すという尋常とはかけ離れた高速治癒を行う。そうすれば俺の傷は数瞬後には塞がり、また俺の左胸で心臓が脈を打つ。

 

「ヒノト……受け止めたよ」

 

と、俺は血濡れた紅の羽根を摘んでヒノトに見せる。

 

「そんなことが……」

 

ヒノトの口から漏れ出た呟きと共に周りのレクテイア人もザワつく……と言うより言葉も無くまるで化け物でも見るかのような目で俺を見ている。いやまぁ心臓を貫かれたのに即死せず、その上自分の身体の中から羽根を引っ張り出して即再生するんだもんな。まぁ即死しなかった以外はどれも魔法の力だけど、確かに傍から見たら完全に化け物だな。

 

「信じてくれるか……?」

 

「……えぇ。貴方の力も覚悟も、しかとこの目で見させていただきました。ルシフェリア様が信じる貴方を信じましょう」

 

そしてヒノトがそっと右手を差し出した。俺も、その手を自分の右手で握る。レクテイア人と地球人の融和の第1歩が、ここから始まったのだ。

 

 

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