エリーザに案内された科員食堂は手狭なレストランのような場所だった。ここには既に何人かの乗組員が来ていて、どうやら飯だけでなく手の空いている奴らの休憩場所でもあるらしいここで、紅茶を飲みながらトランプをしたりサラダを食べていたり、はたまたソフトクリームのサーバーの前でキャッキャと何やら楽しそうにしている姿もあった。
「いいよ、リサ。行ってきな」
と、俺はそれだけリサに声を掛ける。するとリサは感激したようにちょっと目に涙を浮かべて
「ありがとうございます、ご主人様!あぁ……ご主人様はこんなにもリサのことを分かってくれているのですね……」
何やらリサはそれだけで感激してくれているけれど、まぁ、今のリサは分かりやすいからな。食堂の狭い調理場にいたのはミサが1人。この人数ならそれほど忙しくはないだろうけど、別にリサはミサの手伝いをしたいってわけじゃあない。ただ、奇しくも同じルーツを持っているあの子と少しでも同じ時間を過ごしたいのだろう。まさかこんなところで同じ秂狼に出逢えたのだから、話したいことが沢山あるんだろうよ。
それを察してやれないほど俺はリサのことを見てやれてないなんてことはない。
「んっ、ほら、ミサも待ってるぞ」
ミサも、リサの姿を見つけてブンブンと手と尻尾を振っているからそれが何かを引っ掛けないかこちらが心配になるくらいだった。
「はい、行ってまいります、ご主人様。……んっ」
「ん」
俺とリサは1つ触れるだけのキスを交わし、その髪の毛を梳いてやってリサを送り出す。いや、送り出すって行っても10数メートル先の調理場なんですけどね。
長い髪の毛を後ろでポニーテールに束ねながら厨房に入っていくリサを眺めていると、後ろから何やら刺すような視線が。それに堪らず振り向けば、ユエとシアが俺をジト目で睨んでいて、エリーザもちょっと引いた感じの顔をしている。
「……何?」
「……んっ」
「はいですぅ」
すると、ユエとシアが目を閉じて唇を差し出してきた。えぇ……エリーザも見てるのに……?
とは思うけどここで2人にもキスをしなければこの後ずっと
「はいはい……んっ、んっ……」
俺はユエとシアにも触れるだけのキスを1つずつ。離れ際に髪を梳いてやれば満足したのか2人とも「ふふっ」と笑みを浮かべながら瞼を上げたのだった。
「ほら、早く注文するでち」
と、俺は冷たい目をしたエリーザに背中を押されながらミサとリサが構える厨房へと向かった。
「ここに無いメニューでも注文していいでちよ。ミサは何でも作れるし、通信教育で栄養士の資格も取っているでち」
ミサさんったら、そんな資格まで持っているのね。リサはどうだったかな。まぁ今持ってなくても取ろうと思えば直ぐに取れるだろうけど。
しかし2人ともポニーテールだとお揃い感が凄いな。顔もよく似ているし、まるで双子みたいだ。
「じゃあ俺は……」
と、そこで俺はふと横に並んだユエを見やる。別にそれ自体に意味はなかったが、ユエの向こうにいるシアも何となく視界に入った。
「……ん?」
それで、俺の視線に気付いたのかユエが顔を上げた。
「……どうしたの?」
そのまま固まっている俺が不思議だったのかユエが小首を傾げている。シアも「おや?」というような顔をしているし、注文を受けに来たリサも不思議そうな顔をしている。
「いや……じゃあ俺はカレーライスで」
ただ、何となく俺とユエとシアという3人の組み合わせに思い出すものがあっただけだ。だから俺はそれをリサに頼み、そしてユエとシアもきっと同じことを思い出したのだろう。2人とも俺と同じものをリサに注文していた。
「ふふっ……はい、承りました」
それで、リサは何かに気付いたのだろう。少し笑みを漏らして注文を承った。
リサに注文を伝え、最初から最後まで疑問符を浮かべ続けているエリーザに案内されて通された席には既にネモとルシフェリアがいた。しかしルシフェリアの民族衣装的なこの際どい水着みたいな服はレクテイア人の多いここでも一際浮いているな。いや、ノーチラスではレクテイア人もセーラー服を着ているからそれはそうなんだけども。
「エリーザ、ご苦労さま」
「おお、主様!ほれここ。我の隣に座るがよいぞ」
と、ルシフェリアに隣の席を叩かれたけど、俺が視線を上げればそこにはハシゴがあった。ノーチラスはそんなに大きな潜水艦ではないからこの士官席であっても直ぐ近くにハシゴがあるのだ。
そして、通路であるハシゴは当然人が通る。人が……というか
ユエ達もいるのに他の女の子の下着をおかずにカレーを食うのは大変宜しくない。そう思った俺はルシフェリアの誘いは放ってハシゴに背を向けられる反対側の席へ。
「むぅ!」
で、呆気なく袖にされたルシフェリアは拗ねたように頬を膨らませ、そしてテーブルにバン!と手を着くと、そのまま飛び上がってテーブルを乗り越え、俺の横に飛び込んできた。開閉式の椅子も念力のような力で開かれており、華麗にド派手に俺の横に座り直すことに成功。
ルシフェリアの横が嫌だったわけではない俺もそれは放ってお……こうとしたのだが、俺の横に座りたかったらしいユエとシアがジト目でルシフェリアを睨み、そしてユエが重力魔法でルシフェリアを持ち上げる。
「なっ……わわっ!これはユエか!?」
そして2人はサッと素早く席に着く。ユエがルシフェリアのいた席。シアが反対側の俺の隣に座ったのだ。持ち上げられて空中でジタバタしているルシフェリアは元の席へと強制送還されていた。
「テーブルに着くだけでこんなにも騒がしくなるとは……」
「1度騒がないと座ることもできないんでちか……」
俺の家ではわりとこの手のはありふれた戦いなのだが、慣れていないと奇異に映るらしいこの席取り合戦。ネモとエリーザは片手で頭を押さえ、2人揃って溜息をついていた。
───────────────
「むぅ、なんで我が退かされるのじゃ!」
「……なんで私のメイドが天人の横に座れると思ったの?」
頬を膨らませて不満をぶつけるルシフェリアに、ユエはただジト目を返して取り付く島もない。そんなユエの様子を見てルシフェリアは俺の方を睨む。……え、俺に何か言えってこと?でも俺はユエの味方だしなぁ。
「……この3人でカレーを食うってのはちょっと特別なんだよ。だからルシフェリアには悪いけど、俺ぁユエとシアの味方だよ」
「むむっ!なんじゃなんじゃ!主様は花嫁の我に隠し事なのか?」
と、ルシフェリアが騒ぐので俺はユエとシアをそれぞれ見やる。すると、2人とも「別に話してもいいよ」って顔をしていた。まぁ、あれ別にそんな隠すことじゃあないもんな。
「別に、隠してるわけじゃあないよ。トータスにいた頃に立ち寄った町で、たまたま地球のカレーに似た食い物があって、それを3人で食べたってだけ」
思い出すのはあのウルの町での一幕。何もかもが綺麗な記憶ってわけじゃないけど、きっと俺とシアにとっては大切な記憶。
「……んっ、それにどちらかと言えば私よりシアにとって大事な記憶」
「ですねぇ。……私あの時、本当に嬉しかったんですよ?」
と、シアがウサミミごと俺に絡んできた。その身体の柔らかさとウサミミの暖かさに絆されそうになる。いや、もうとっくに絆されてはいるんだけども、こうされるとどうしたって俺は今この場で誰の目も気にせずにシアを抱きしめてやりたくなるのだ。
だけどネモもエリーザもいるし、他の乗組員達の目もあるここでは少しだけ我慢して、シアの頭を抱き寄せる程度に留めておいた。
「……何があったのだ?」
と、ネモが恐る恐るといった風で聞いてくる。
「えへへ……。トータスでは私達獣人族……当時はまだ亜人族と呼ばれていましたけど、私達は差別の対象だったんです」
と、俺に身体を擦り寄せたままシアが語り出す。
「……んっ、私達がとある町の宿の1階でご飯を食べてる時に、たまたまそこに天人と一緒にトータスに召喚された、別の地球から来た人達もいた」
そして、シアの言葉を引き取りながらユエも口を開く。
「んで、俺ぁ元々そいつらと少し話があって同席してたんだけどな。そいつらと一緒にいた現地人はそりゃあまぁシア達のことが嫌いでな。……あんまり言いたくないからボヤかすけど、シアに酷く言ったんだよ」
「その瞬間に天人さんが本気でキレて、そいつの首を引っ掴んで締め上げたんですよね」
「……さすがにあんな奴、天人が手を下す価値も無いから止めたけど」
「あの時はまだ私と天人さんはお付き合いもしていなかったのに、私が悪く言われただけであんなに怒ってくれて。恋人として……とまではいかなくても実は大切に思っててくれたんだっていうのが知れて……とっても嬉しかったんです」
ギュウッと、シアが俺に抱きつく。幸せそうに綻ぶその笑顔に俺はあの時ついぞ言ってやれなかった言葉を口にした。
「誰が何て言おうと、シアのそのウサミミも、髪の色も……全部が可愛いよ。シアは俺達の誇りで、大切な子だ」
「ううっ……天人さぁん!!」
んで、シアはシアで飯の前に感極まっちゃったのか半べそかきながら俺の肩に頭をグリグリと押し当ててくる。その時にシアのウサミミは当然のように俺の首に絡みつく。俺がそんなシアの髪を撫でてやっていると、ふとカレーのスパイシーな香りが漂ってきた。
「ご主人様、ユエ様、シア様。お待たせいたしました」
すると、リサがカレーを盛ったお皿を乗せたトレーを持って、ミサがネモとルシフェリア、エリーザの飯をそれぞれワゴンで持ってやってきた。どうやら飯の時間らしい。リサは俺達それぞれにカレーを配膳し終えると、ふと俺の耳に顔を寄せて
「次はリサのことも抱きしめてくださいね」
と、囁いて直ぐに顔を上げた。俺もその動きに釣られて視線を上げれば、そこにはどこかイタズラな笑みを浮かべたリサがいて、その蠱惑的な表情に俺は思わず無言で頷いてしまうのであった。
「……天人」
「天人さん?」
リサがクルリと振り向いて去っていく後ろ姿を眺めていると、急に冷えた声が俺の耳をなぞる。
「はい……」
「「はぁ……」」
そして大きな大きな溜息を2つ、頂戴するのだった。
───────────────
「あ、あの……ルシフェリア様がメイド、というのは何でちか……?」
俺達がカレーを食っていると、エリーザが恐る恐るといった風に聞いてくる。
「んー?……んー、ユエとルシフェリアでちょっと賭けをやってな。それでだよ」
ルシフェリアの一族はレクテイアじゃとても偉いらしいからな。ここでルシフェリアはユエとの決闘に負けて給仕さんになりました、と言うのはルシフェリアの面子が立たないだろう。ただでさえナヴィガトリアで俺に負けて捕虜になったのだ。あれだってルシフェリアはレクテイアの奴らには「神代天人は我の
と、そう思った俺はユエが本当のことを言う前に事実を少しばかりボカして伝えたのだった。すると、俺の言葉の意味をルシフェリアは直ぐに受け取ったらしく、何やらニマニマと嬉しそうだ。全部を知っているネモはそんなルシフェリアの様子を見てちょっとジト目。ユエとシアも小さく溜息。
ただ、エリーザは特に疑っていないのか「へぇ」と1つ頷いただけで、それ以上何か追求してくることはなかった。
「それよりも、さっきの話では天人とユエとシアの3人で食べるカレーは特別なのだろう?そこに私達がいても良いのか?」
と、ネモが頭に疑問符を浮かべている。
「んー?いや、あん時も俺達以外に何人もいたからな。むしろ誰かいる方が
あの時のような気まずさはないけれど、あんなのはむしろ無い方がマシってもんだ。だから今は結構理想的な状況だったりする。
すると、ネモはそれだけ聞ければ満足だったのか「ふむ」と1つ頷くと食事に戻っていた。そのうちリサも戻ってきて食事を摂り始めていた。ちなみにルシフェリアはカレーパンをやたら頼んでいて、もしゃもしゃ頬張っていた。
そうして静かだが気不味いわけでもない穏やかな食事の時間を過ごすと、ネモが食後のカフェオレを傾けながら
「天人、リサ、ユエ、シア。急で遠い船旅にも関わらずついて来てくれてありがとう。私はこれから艦で溜まった仕事を片付けるが、その後に今後のことを語らせてくれ」
と、お礼を言ってきた。
「んー?ま、インドならそんなに遠くねぇよ。所詮は同じ地球ん中だ」
聖痕を開かなくたって最悪ここから越境鍵で家にも戻れるしな。俺としてはそれほど大したことじゃあない。
「……んっ、同じ世界ならだいたい近場」
「遠出と言うならやっぱり世界くらいは渡らなきゃですぅ」
「リサはご主人様のメイドですから。ご主人様のいる所にどこまでもお供します」
「お前達と話していると自分がとても小さな世界の中で生きている気がしてくるよ。……私の動き───Nとノーチラスの関係については状況を窺いながら、次の寄港時に乗員達に周知するつもりだ。今後の動きが拙速にならないよう、私も考えを纏めたいしな。ついては、その時まではこのメンバー……いや、出来るなら天人の家族とはそれぞれ挨拶をしておきたいが、少なくともその中だけの話にしておいてくれ」
と、ネモは俺達を見回してそう告げた。それに俺達はそれぞれ無言で頷く。そうだな、俺もネモともう少し話がしたい。今ならシャーロックから聞いたモリアーティの目的、俺が思い至ったモリアーティのやりたいことについても話せるだろう。だからそれまでは、もう少しだけこの艦を見て回ろうか。
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ノーチラスは勉強に励むことを推奨されているらしい。俺達は自由にしていて良いと言伝を残してどっかへ行っちまったエリーザがそう言っていた。いやまぁ俺個人としては勉強になんて励みたくはないんだけどな。とは言え、ちゃんと数学で点数取らないとネモに怒られそうだし、ミュウにも面目が立たない。ここにいる間もそれなりには勉強せねばならないだろうな。
けれど、流石に飯をたらふく食べたばかりではやる気も出まい。というのを言い訳にして俺はフラフラとノーチラスの艦内……特にこの潜水艦に搭載されているはずの武装を中心に見て回ることにした。あまりそうなってほしくはないが、仮にノーチラスとナヴィガトリア、ノア、場合によってはイ・ウーとの戦闘になった場合、こちら側の戦力が分かっていないと中々やり辛いからな。
そうしてノーチラスの艦内を下に向かって歩いて行くと、鍵が掛かっていない半開きの格子扉の向こう側で青いセーラー服を来た2人組が体育座りをしていた。なんだあれ、何かの罰則で晒し者にされてんのか?しかも何かお手手繋いでるし。
その光景が気になった俺はフラフラとその2人へと寄っていくとついでに男に対してどんな反応をするのかも確かめるために英語で話しかける。
「何で手ぇ繋いでんの?」
「……刑罰」
「喧嘩したからしばらく手を繋ぎ続けて仲良くなる決まり」
と、質問そのものにはちゃんと英語で答えてくれた。ただ、質問にはしっかりと答えてくれるがその返答はやはりよそよそしい。まぁ今まで男なんて生き物を見たことがないんだもんな。あの竜の世界にいた竜達みたいに逃げ出さないだけマシか。
欲しかった答えは得られた俺はその子達に「仲良くしろよ」とだけ残してまた艦内を降りていく。そのうちノーチラスの主要な武装───魚雷が置かれている魚雷室や原子炉制御室まで見て回ることが出来た。
そうしてフラフラしていると流石に眠くもなってくる。トータスから帰ってきて1年以上が経過して、俺もようやく再び1人で寝れるようになってきた。元々はいつ魔物に襲われて死ぬとも分からないオルクス大迷宮の地獄みたいな環境にいたせいで眠りが浅くなり、その後ユエと出逢えて交代で見張りができるようになり……そしてオスカーの邸宅という安全圏で生活していくうちに取り敢えず近くで誰か──但し家族に限る──がいれば寝られるようにはなっていた。
それでこっちに帰ってきてある程度命の安全が保証される平和な世界で暮らしていくうちに段々と元の感覚に戻ってきたのだ。悪く言えば平和ボケ。だけど悪いことじゃあないのだろう。いつも気を張って寝る時までビクビクしているよりは余程マシな人生を送れていると言えるはずだ。
とは言え、このノーチラスは元々女しかいない艦である。しかも乗組員が100人ほどいるのにベッドの数は数えたら35基。それもカプセルホテルの方がまだマシなレベルで狭いベッドが居住区にあるだけだ。当然3交替みたいにベッドを使うからどれも直前に見知らぬ女の子──しかもレクテイア人は皆相当に可愛い──が使ったお布団しかないのだ。そんな所に入れるわけがなかろうて。
しかも俺の体格だとベッドが小さすぎて1人ならまだしも、ユエとですら一緒に入るのが難しいくらいなので、いつも通り一緒に寝るっていう力技が使えないというのもまた辛い。
どうするかなと思いながら歩いていると発令所に着いた。そこには今はウサミミのレクテイア人とシアの2人だけ。一応聴音もしているみたいだが、何やら2人とも楽しそうに談笑している。
するとシアが耳聡く俺の存在に気付き、こちらに手を振ってきた。俺もそれに手を振り返していると、ウサミミのレクテイア人がまるで親の仇かのように俺を睨んでくる。シアの後ろからだからシアはそれに気付いていないようだけど、どうやらあの子は俺をあまり快く思っていないらしいな。
だからってシアは俺のことを呼んでいるし、それを放って置くわけにもいかず、俺はちょっと気が進まないけれど取り敢えずシアの元へと向かう。
「天人さん!こちら、ミヒリーズさんです」
と、シアは新しい友達ができたようで、そのミヒリーズというらしいウサミミのレクテイア人を嬉しそうに紹介してくれた。
「ここでは政治経済を学んでいるんだそうですよ。それにそれに、ノーチラスの耳を担っているんですぅ。やはりウサミミこそ最高のミミってことですね!」
シアにベタ褒めされて嬉しいのか照れ臭いのか、さっきまでの殺意すらありそうな眼光は何処へやら。「ちょっと、恥ずかしいんだぞ。止めるんだぞ」とそれなりに流暢な英語でシアを
「おー。あんま聴音の邪魔すんなよ?」
ミヒリーズの頭に乗せられたヘッドホンを見やりながら俺はそれだけシアに告げて、発令所を後にする。
さてさて、最悪ある程度のデッドスペースさえあればあとは錬成と空間魔法で俺だけのお部屋を作れてしまうのだけれど、そもそもこのノーチラス、狭い潜水艦に出来るスペースを全く余すことなく使っているからか、デッドスペース何てものは中々見つからない。だが俺は遂に閃いたのだ。このノーチラスにある数少ないデッドスペースを。それは、俺達がノーチラスに乗り込んだ最初のエントランスにあったのだ。
発令所に上がる螺旋階段の下。ここは身体を丸めれば俺1人くらいは入れるスペースがある。上の階段は踏み板がクレーチングだから仰向けに寝転がって目を開けているとここを通る女の子のスカートの中が丸見えという高度なポジジョンではあるが、鉱石で箱を作ってそれに空間魔法を付与すれば踏み板が鳴らす足音も遮断できるし見知らぬ女の子のスカートの中を見ることもない。箱の側面にでも『神代天人の部屋』と書いておけば勝手に部屋ごと捨てられることもないでしょうし、案外完璧なのでは……?
さりとて、確かに俺の思い付いた作戦は完璧の一言だろうが、ここはあくまでもネモの艦。勝手に設備を増設する以上はネモにも許可を貰わなきゃならないだろう。
俺はネモを探しにまたフラフラとノーチラスの中を歩いて回る。すると、急に艦内の明かりが消え、赤色灯が代わりに灯った。一瞬何事かと思ったけど、ノーチラスは太陽とは殆ど無縁。しかもタイムゾーンを行ったり来たりする都合上、そのまま適当に生活していると、いざ陸に上がった時に時差ボケやなんかでその先の行動に支障が出る。だからこれは便宜的に"今は夜ですよ"と乗組員達に知らしめているのだろう。真っ暗にしてしまうと当直の組員が困るからな。
俺は赤色灯に淡く照らされる艦内を歩き、ネモを探す。もう眠いしさっさと寝床を確保したかった俺は羅針盤でネモのいる座標を特定。迷うことなく一直線にそこへ向かう───
───ビーッ!ビーッ!ビーッ!
───途中で急に電子音のブザーが鳴り響く。それだけでなくラッパのようなあの音も鳴り出していた。これは時報なんかじゃなくて、
俺はまず羅針盤でユエのいる座標を検索。直ぐに脳内に浮かんできたそこへ駆け出す───
「───うおっ!?」
しかし1歩踏み出した途端にノーチラスが傾く。恐らく取り舵───いきなり左へ急転舵しているのだ。それもとんでもない角度で曲がっているようで、壁の配管の上に置かれていた食料や物資がバラバラと落ちて転がっていく。壁や天井もまるで大型の地震が来た時のようにミシミシと音を立てている。なんだ……何があったんだよ!
俺はどうにかその場で腰を落として踏ん張り堪えた。そしてまた傾斜が元に戻り、ノーチラス艦内は落ち着きを取り戻したようだ。
あの警報以外には何の知らせもなかったことから、どうやら敵襲ではなかったらしい。だが急に斜めになるもんだから物が散乱し放題だ。
俺は仕方なくそれを1つずつ周りの配管の上や棚の中に戻していく。そうして取り敢えず自分の周りに落ちていた物を拾い終えると、俺はまたフラフラとネモの元へと歩みを進めるのだった。
───────────────
ネモがいるのは艦長室と羅針盤は教えてくれていた。そこで俺もそこへとやって来たのだが、部屋のドアには『休憩中』という札が掛かっていた。ネモが寝ていたら悪いしと、俺は小さくドアをノックして「ネモ、俺だ。天人だ。起きてるか?」と、ネモが寝ていれば起きないであろう音量で呼び掛ける。すると割と直ぐにドアが開き
「───は、入れ」
と、どうやら就寝前だったらしく薄着のネモがはにかみながら俺を上目遣いで見上げながら部屋の中へと招いてくれるのだった。
「い、今椅子を出すから……」
と、薄いキャミソールと短いスカートしか身に付けていないネモがアセアセと木組みの折り畳み椅子を二脚取り出してきた。……ていうか、本当に寝る前だったんだな、ネモ。あのキャミの下、下着付けてねぇぞ……。
いくらここがノーチラスで、自分の潜水艦とは言えそんな薄着で俺を───男を部屋に招き入れるなんて随分と不用心なことだ。あの香織だってあの夜俺の部屋に来た時は1枚羽織ってたんだからな。
……いや、違うよな。それこそネモの仕事用の机の奥にはポールが立っていて、そこにはあの古めかしいフランス海軍の軍服が掛けられている。ノックを聞いて、あれを羽織る程度の余裕はあっただろうし、そもそも俺相手にそれを
女の子が一応の夜間に、そんな薄着で男を部屋に入れるってことは、
そう、それこそ相手を全く異性として考えていないか、もしくは
さて、こういう時はどうするのが良いのだろうか。確かフランスじゃジャンヌと似たような感じになって……見え見えの罠に突っ込んで結局アテられ、エンディミラの時には調子に乗って格好付けたこと言ったらまんまと落とされた俺だ。
どうやらコーヒーを入れてくれるらしいネモの動きを眺めながら俺は思考の中に沈んでいく。
女の子がここまでしているのだから、恥をかかせるようなことはなるべくしたくない。普通ならそれでも『俺には彼女がもういるから』と言えば終わってしまえるのだが、残念なことに俺には既に7人もの嫁がいる。そんなことを言っても『どの口が?』と返されて終わりだ。いや本当に終わってんのは俺の節操の無さなんだけどそれはそれ。
かと言って下手なことを言って隙を作ってしまえば俺のことだ。多分ネモに落とされる。
多分……ではないな。確実に落とされる。俺はそういう奴だしネモは俺を落とせる奴だ。ネモは絶対に俺の過去を受け入れてくれちゃうだろうし、仮にそういう仲になった後に多分俺がリサ達にしているみたいに甘えても幻滅したりせずに、普通に甘えさせてくれるだろう。数日一緒に暮らしていくうちに、そう思える程度にはネモの性格も分かっていた。
ふと、俺が顔を上げるとちょうどネモも俺を見ていたらしくお互いの目がバッチリと合う。うぅ……こうやって改めて見るとネモもスゲェ可愛い顔してるんだよな。タレ目気味のターゴイズブルーの瞳は深い海のように俺を引き摺りこもうとするし、デイドリーム・ブルーの髪色をしたツインテールはまだ幼さの残るネモの顔つきにちょうどマッチしていて、そのくせ俺の横に座って頬に差した赤みはネモがお子ちゃまじゃないことをまざまざも見せつけていて、そのギャップもまた愛らしい。
駄目だ、今ネモの顔をずっと見てたらこのまま落とされる……。ていうかもうあれこれ考えるよりユエ達に土下座でもした方が早くて楽なんじゃないの?ネモだったらユエ達も知らない仲じゃないし、ユエもなんかネモのこと煽るようなこと言ってたし。
いやいや、待て、待つんだ神代天人よ。お前この調子でいってたらそのうちメヌエットとルシフェリアまで受け入れちゃうんじゃないの?いやもう既に嫁が7人もいるのに何言ってんの?って話ではあるんだけどさ、嫁10人はもう馬鹿でしょ。漫画や何かのキャラに対して『誰それは俺の嫁』って言ってんじゃあないんだよ?本当に嫁になるんだよ?全員、一遍に。経済的に……は何人も自立しているから平気だ……。家は……リサとネモとメヌエットが組めば大概どうにかならん?なるわ……。
いや待て、いつの間にかネモどころかメヌエット達まで迎え入れる前提になってるぞおい。
コトりと、俺の思考を遮るように目の前に白磁のコーヒーカップとソーサーが置かれた。ネモは1粒のホワイトチョコをソーサーに添えて、俺のカップには1杯分のコーヒーを、自分のには半分のコーヒーを入れてそれをミルクで割っていた。
いつの間にやら眼鏡を掛けていたネモの瞳が俺を見ている。露出された白い肩は思わず抱きしめたくなるような細さで、自分の指先が一瞬だけピクリと動いたのが分かる。
俺は「頂きます」とだけ告げて、自分の前に置かれたコーヒーを1口飲む。それで少しだけスイッチを切り替えた……ことにした俺は口を開く。
「……寝るとこさ、あのベッドだと流石に入り辛いから、エントランスの……発令所に上がるやつの下に作っていい?」
まず、ここに来た本来の目的を訊ねることにする。
「……作……どうやってだ?」
「手持ちの鉱石を錬成して……伝えてたか忘れたけど、俺ぁ魔法で鉱石を自由な形に加工できるんだよ。それで、簡単な部屋……もちろん屋根付きを作る。んで、そこにまた魔法で空間を広げて、狭いスペースでも広く使えるようにしたいんだよね」
ルシフェリアはともかく、ユエとシア、場合によってはティオやレミア達もこっちに呼ぶかもなのだ。そうするとただでさえ人数より少ないあのベッドの争奪戦は更に熾烈を極めるだろう。俺達のせいでそうなるのは気が引けるので、空間魔法ではそれなりの広さの部屋を作って俺達家族くらいだったら寝られるようにはするつもりだった。
「あ、あぁ。それは構わない。ただ、そこが天人の部屋だと誰の目にも分かるようにはしてくれ」
「んっ、分かってる。取り敢えず英語とフランス語とヒンディー語で俺の部屋って書いておくよ」
言語理解のおかげでヒンディー語すらマスターしているので、何語であっても取り敢えず注意書きを書いてぶら下げておく程度は造作もない。
「それと……悪かったな。Nを……モリアーティ教授を裏切らせちまって」
どうにも色っぽい雰囲気から逃げようにも墓穴を掘る未来しか見えなかった俺は、真面目な話をすることで雰囲気を変えようと試みる。勿論言った言葉に嘘はない。これは、ネモには言わなきゃいけないことだと思っていた。
「───いいのだ。私は今まで、超常の者が自由に生きられる世界を作るためには、教授と共にサード・エンゲージを起こす荒療治も必要だと考えていた。でも、天人の言っていた道───地球人類とレクテイア人が衝突せずに融和を果たす道……。それが出来るのならその方が良いだろう……それが、出来るなら……」
それでもネモはまだ自信が無さげだ。きっとネモにはまだその未来を頭に思い描くことも、方法も思い付かないのだろう。だから───
「───出来るさ。俺達なら出来る。大丈夫だよネモ。俺を信じろ。俺も、ネモを信じてる。俺達には文字通りの魔法がある……世界の理に干渉する魔法がな。世界と世界の垣根を越えて……世界を変えよう、ネモ」
俺は敢えて強く言い聞かせるようにそう言った。ネモの頭と、俺達の魔法があれば何だってできるさ。後で、俺達が本当はどこまでできるのか、共有しなくちゃあいけないよな。それにもしかしたら、ネモなら俺達が思い付かなかったような魔法の使い方も出てくるかもしれない。そこに俺のアーティファクトやユエ達の魔法があれば、不可能なんてもんは全部俺達の足元で理不尽に平伏すんだぜ。
「……具体的に、どうするつもりなのだ?」
「……細かいことは俺ん分野じゃねぇや。ヒノトが何か考えるでしょ」
俺はあくまで実行役。作戦は別の頭の良い人達に考えてほしいね。俺の脳みそじゃそんな難しいことは出来ないからさ。
「こら、何でそこだけ無責任なんだ」
「……別に、世界中の奴らを洗脳しろって言うならやるぜ。俺ぁ多分出来るからな」
魂魄魔法を付与したアーティファクトがあれば、多分それも可能だろう。太陽光収束兵器のように衛星軌道上に打ち上げて、そこから洗脳光線でも降り注いでしまえばいいのだから。
「それは……」
ネモはそれを聞いて黙り込む。当然だ、そんなのはモリアーティと大して変わらない方法だからな。そんなもの、相互理解の上の融和とは程遠い代物だ。
「今のはやらねぇにしても、俺達にゃそれも可能だ。俺達の力をどう使うかはネモに任せるよ。後で、俺達がどこまで出来るのかも擦り合わせなきゃな」
「うん……」
すると、ネモはポスりと自分の頭を俺の肩に預けてきた。ネモの髪からふわりと女の子の香りが漂う。思わずその頭に手を置いて髪を撫でそうになるがどうにか根性でそれを堪えた。
「……次にモリアーティ教授と会う予定は決まってんの?」
「ノアとナヴィガトリアとは来月だ。合流点は決まっていないが、西半球の予定なのだ。向こうは揃ってベーリング海に向かっているからな」
「……分かった。それまでに俺達ん家族ともちゃんと話さないとな。こっちのレクテイア人達とも皆顔合わせしとかなきゃだし」
そう言えば、ミュウはともかくデモンレンジャーなるあの生体ゴーレム達は受け入れられるのだろうか。ルシフェリアのおかげでアイツらが地球の伝承に残ってる悪魔の名前を名乗っていることは分かったのだが、なんでトータス生まれの奴らが地球の文化の名前を名乗るのか、その理由までは結局分からず終いだし。
「あ、そうだ」
「どうした?」
俺はふと気になっていたことを思い出した。
「前にお前らと戦った時この艦って穴ぁ空けられてただろ?なのにいつの間にか潜水してたんだけどあれどうしたんだ?」
確かマシロは俺との戦いの最中にノーチラスの甲板に幾つかの穴を空けていたはずだ。しかもその後俺もノーチラスの甲板に叩きつけられて随分と凹ませちゃったし。あんなにぶっ壊さてれんのに潜水なんかして大丈夫だったのだろうか。いや、大丈夫だったから今こうしているんだけどさ。
「あぁ。問題ない。あの時はそれこそ天人と同じように鋼鉄も加工できる力を持った者がいたからな。その者が直したのだ」
「……そいつは、この艦に乗ってんの?」
「いや、彼女はノアの乗組員だからな。あの後直ぐに戻ったのだ。だからノーチラスには居ない」
今のネモの言い回し、多分そいつも痕持ちだな。へぇ、錬成の元になった力を持っている奴もいるんだな。ていうかホント、今の時代は随分と聖痕持ちが多い気がするな。
「聖痕持ちは1人現れると連鎖的にその時代に多く現れるという。30年程前を契機に、今は聖痕持ちがかなり多いのだ」
俺の考えを透かしたかのようにネモはそう言った。
「30……?40か50の間違えじゃねぇのか?俺ん知ってる最年長の聖痕持ちは40代半ばだぞ」
奏永人、奏咲那の父親にして再生の聖痕を持った男。現在は旧公安0課に所属していて俺を半殺しにした男。俺の知っている聖痕持ちの最年長はあの人だ。時点であの時の3人組。アイツらは今まで生きていれば30歳代くらいかな。
「その者の聖痕からはどんな力が出力されるのかは分かるか?」
「あぁ。……再生だ。あらゆるものの時間を再生する。例え全身をコンクリの染みにされて即死させられても即座に復活できるから殺しようすらない奴だ」
「再生……。それは合図であり世界のセーフティネットなのだ」
と、ネモは眼鏡をクイと掛け直してそう言った。
「その世界に聖痕持ちが現れる合図。その者が現れてから少しだけ間を置いてその時代には聖痕持ちが多く現れる。世界に何らかの不具合が起きて、存続が不可能になった場合はその者の力が溢れ出て
「……不具合で思い出した。俺が前にティオと一緒に異世界に召喚された時、あの世界は俺があそこから逃げるのを拒んだ。世界の運命はその世界の人間には動かせない。なら何であの世界は崩壊の流れになったんだ?」
あの空と竜の世界。あそこは俺が越境鍵で世界から離脱することを拒んだ。あの世界からすれば俺達は異世界の人間だ。それをわざわざ呼びつけて拘束し、世界の存続のために働かせた。あれは一体……
「世界というのはどうやら長い長い年月を経ていく間に時折不具合が発生するらしい。そして、それに備えてある程度の防衛機構も備えていると……。天人達はきっとそれに使われたんだろう」
そんなことがあるのか。そうなると、この世界の防衛機構は俺達聖痕持ちかな。まったく、俺は掃除屋じゃねぇんだぞ。
だが、ネモは俺のそんな内心を知ってか知らずか、さっきの話の続きだが……と言葉を繋ぐ。
「聖痕にはそれぞれ対になる聖痕が存在するのだ。聖痕はどれも強力過ぎるからな。使う人間の人格如何によっては世界を滅ぼしかねないし、安全装置が必要なのだ。そして、天人の強化と白焔と対になる聖痕こそが再生だ。あれはセーフティネットでもあるが、その絶対性から他の聖痕であっても太刀打ちが不可能なのだ。だが、万物の魂すら燃やし尽くす白焔だけは唯一それをもつ者を消せる」
なるほど、聖痕の力を燃やす聖痕。何がどうしてこんな力があるのかと思ったこともあるにはあるのだが、そういうことだったのか。しかし……
「じゃあ、強化の方は?」
「それには諸説あるようでな。再生の聖痕には強化と白焔の両方がないと敵わないという話と、天人は自身への強化しか出力出来ないようだが、自分以外の何かへの強化が出力できる聖痕もあると聞く。そちらと対になっている……という話もある」
「へぇ」
まぁ確かに、俺のは俺と、精々着ている服程度までしか強化出来ないけど、それがあるなら逆もまた然りってわけか。
素直に頷いた俺にネモは「私も全てを知っているわけではないがな」と付け加えた。
「それと、あらゆるパラレルワールドの中で聖痕が残っている世界は、唯一この世界だけらしい」
確かに、それは俺も気にしていたところだ。俺とリサは何度も何度も異世界を回っていた。けれどその中では1回足りとも聖痕持ちと邂逅したことがなかった。聖痕は全ての世界の力の根源の世界へと繋がっているのだから、1回くらいは出会っても良さそうだったのにな。
確かに、聖痕持ちにしか分からない独特の感覚として、聖痕を持っている人間のいる世界は減っているのは何となく伝わっていた。だからどうとも思ったことはないけれど、まさかもうここだけとはな。
「他の世界では、世界そのものに聖痕の記録は残されている場合でも体質としてはもう完全に無くなっているらしい。理由までは私も知らないのだが……」
「……て言うか、今の聖痕の話全部誰に聞いたんだ?」
ネモは聖痕なんて持っていないはずだし、そもそも聖痕はそんな簡単に現れる存在ではないから、幾らなんでもそんなに細かい研究が進んでいるとは思えない。聖痕を持っている俺だって今の話は知らないことばかりだったのに。
「世界の扉を開く聖痕があるのだ。今代のそれを持つ者は男だったが、前に教授と私の2人の前に現れ、聖痕について知りたがっていた教授は彼から様々な話を聞いていた。今の話も、そこで聞いたものだ」
世界の扉を開く聖痕……アイツか。俺とリサをISのある世界に飛ばし、そして数ヶ月後に現れ……と言うか俺がそうなるようにユエの神言で誘導してもらったんだけど。
ともかく、そうして再び俺達の前に現れたそいつにリサも世界を渡る方法を聞いたんだったな。まぁアイツはどうせ自分の力でこの世界に帰ってきたんだろう。
「ふぅん。そういやさ、ノーチラスを見て回ってる時に学校の授業みたいなことをしてるのを見たんだけど、ここは学校の代わりもやってんの?ノアってのがレクテイアと地球を繋ぐ艦だろ?んで、ナヴィガトリアは戦闘艦で護衛って感じか。……ノアが連れて来たレクテイア人をノーチラスで勉強させるってサイクルでいいんだよな?」
フラフラと見て回っている時、俺はふとレクテイア人達がそれぞれ先生になって地球の常識や勉強を教えている光景を見かけたのだ。それはさながらイ・ウーのようにも見えた。
「おおむねそうだ。ノアでやって来たレクテイア人はここノーチラスで教育を受ける。陸上での生活やNに関する活動は先に陸で生活しているレクテイア人やNの翼賛者がサポートする。それらを円滑に進めるためにこちらの世界の人間が3艦のうちのどれかに乗船する場合もある。私もそのうちの1人と言えばそうだ」
なるほどな。俺はNの人間関係を大雑把にモリアーティの派閥とネモの派閥に分けていたが、割と正解に近かったんだな。
「それだけではない。ノアやナヴィガトリアには、地球人類を暴力で支配してしまえばいいというような思想で凝り固まっている者の受け皿にもなっているのだ。例えばここで学ぼうにもその気が無かったり、考え方が変わらなかったりした者達がそうだ」
と言うネモの言葉で、俺はふと1つの仮説を思い付いてしまった。仮説……いや、多分だけど、こういう小難しい話にしては珍しく俺の中には"こう"という確信があった。けれど、それを今ここでネモに話してしまっても良いのかどうか、そこに確信が持てなかった。
仕方なしに俺は今この世界でどこの国や組織が砦でどこが扉派なのか、日本の立ち位置はどこか等をネモから聞き出していく。
すると、その会話の中で───
「───私としては、貴様のいる台場に浮上したかったよ。そうすれば先日も電車で迷うこともなかった。……いや、それだと天人と2人で
日本は
ランデブー……恋人同士の逢い引き。その言葉を発したネモは頬を赤く染め、もじもじしながら俺を上目遣いで見てくる。……何か言えってこと?それとも、何も言うなってことかな。俺がもしここで何も言わなければ、あの東京駅から家までの一時を
て言うか、最初はピッタリと閉じられていたネモのミニスカートから見えている
ネモの奴……分かって今のこの体勢を作っているな。しかも何かさっきより距離も近いし……。
その距離感と急に見せてくるネモの女の部分に戸惑った俺は、ネモの
ネモが「ふふっ」と悪戯っぽく微笑む。俺は取り敢えず何でもいいから言葉を発しようとして
「ネモ───」
「───好きだ」
しかし、それをネモに止められる。それも、思ってもみない……いや、気付いてはいたけれどまさかこの場で飛び出すとは思っていなかった言葉に。
「天人、私は貴様のことが好きだ。天人は私に友達になろうと言ってくれたが、もう私はそれだけでは我慢ができない。もっと、天人と深い仲になりたい……」
そして、ネモが俺の胸の中にしなだれかかってくる。
「ネモ……」
それを、俺は何故だか抗うことなく受け止めようとして───
「……天人、いるんでしょ?」
コンコンというこの部屋の扉をノックする拳の音とユエのちょっと冷たさの込められた声によってネモの肩を掴んで身体から離す動作へとシフトした。
「また、話そう」
俺はそれだけ言い残してネモの艦長室のドアを開けた。気配感知の固有魔法が示した通り、そこにはユエとシアが冷たい目をして立っていた。
「おう、ユエ、シア」
「……んっ。行こ、天人」
「あんまり夜遅くに女の子の部屋に行っちゃ行けませんよ?」
「分かってるよ。ちょっと真面目な話してたんだ」
実際、俺の寝床の話とNやモリアーティ、レクテイア人達の話をしていたからな。どうしたってネモに色っぽい雰囲気にされそうだったけど……。だから2人ともそんなに疑うような目をしないで……。ホントに、本当に何もなかったんだってば……。